とある冒険者の視点Ⅰ
貧乏クジを引かされた。隣にいる男にもわかるように溜息を吐き、濃紺のウィッチハットで表情を隠すように指で角度を調整する。元々うちのチームは討伐専門で探索なんて面倒なことは専門外だ。何を探すのかさえはっきりとしていないなら尚更で、自然と不満が口から出ようというものだ。
そこにいるやつを潰す──ただただシンプルで面倒事のない仕事だからこそ、私らは何の憂いもなく命のやり取りができる。だというのにこんな話が来るということは、余程「フルレトス大森林」の探索が難航しているということになる。
恐らく、退治屋家業の連中をまとめて「冒険者」として組合に所属させたは良いものの、成果が思い通りにいかず、腕の良い連中を片っ端から探索とやらに出しているのだろう。そして帰還した数が明らかに少ない、というのはつまりそういうことなのだ。
「まったく、こっちは探索なんてガラじゃないんだけどねぇ」
わざとらしく大きく溜息を吐く。モンスターを狩ってこそのハンター。それを便利屋のように扱われれば文句の一つも口から出る。
「そう言うなよ。組合からの評価が上がれば、今後の活動で旨い仕事が回ってくるんだ。一度のハズレくらいは引き受けようぜ」
隣を歩く赤髪の男──リゼルが宥めてくるが「殺してなんぼ」の業界から強引に移されて面倒事が増えているのに、そこに畳み掛けるようにまた増やしてきたのだから恨み言の一つは言わせてもらう。
私はもう一度「まったく」と腕を胸の下で組み不満を
(もうちょっといい男になったら、抱かせてやってもいいんだけどねぇ)
長く組んでいるとそういう感情もないわけではない。だが生憎と好みからは外れてしまっており、それを少し残念に思う気持ちはあれど「そうで良かった」と安堵もしている。
通り慣れたギルドの開かれた扉を抜けると、何人かの視線を感じる。
隣を歩かせるにはほど良い相手ではあるので、適当に話をしながら組合から大通りへと出ると待ち構えていた男女の中の女性から声がかけられる。
「兄さん! 森林の探索を引き受けるって本当ですか!?」
白い法衣をまとった少女が駆け寄りリゼルに詰め寄ろうとするが、手にしたスタッフで軌道を修正させると抵抗することなく私の胸に飛び込んでくる。濃紺のドレスローブと白のローブが重なると長く美しい金髪を梳かすように撫でる。それを抵抗することなく受け入れると彼女は満面の笑みをこちらに向ける。
「ああ、本当さレナ。お前の兄貴は私らに『大森林を歩き回ること』がご所望らしい」
レナの髪を撫でながら愚痴っぽく言うと、その兄であるリゼルが慌てて言い訳がましい言葉を吐く。
「勘弁してくれディエラ……今後の活動を考えたら引き受けないわけにはいかなかったんだよ」
「まあ、大森林って言ってもそんな奥には行かねぇんだろ? 旧帝国領のちょい先辺りなら精々出てもフォレストタイガーくらいだろうし、それくらいなら問題ねぇさ。そもそも『何を見つければ良いか』を提示されてねぇのなら、適当なもんを『見つけた』ことにすればいいんだよ」
レナの隣にいた黒髪で色黒の優男が「その程度は問題にもならない」とばかりに口を挟む。確かに一理はあるが、問題はその「適当なもの」の範囲である。それなりに名の通ったチームであるからこそ、誰でも見つけることができるようなものではギルドも納得しない。
「はあー、エルフどもが領有宣言なんぞしなきゃ、こんな面倒なことにはならなかったのに……何考えてんだろうねぇ、あの耳長連中は」
それもこれも、五年前に突然共和国が旧帝国領ほぼ全域に及ぶ大森林の領有を宣言したからだ。
「うーん……『汚染で危ない』って最初に警鐘鳴らして不可侵領域にしておいて、それを最初に破るってのもおかしな話だよね」
「いんや、俺は最初からそのつもりで実はこれまでの『汚染被害』はエルフの謀略だった可能性を推すね」
腕を組み頷く男にレナの呆れた声が続く。
「ジスタってほんとエルフ嫌いだよね」
「ああ、まだこっ酷くフラれたことを根に持っているのさ」
レナの言葉に私が続くと「ちげーって!」と声高に否定するジスタ。からかうように疑いの目を向けるレナ。そこにリゼルが加わって賑やかな大通りの中に私達は溶け込んでいく。このいつもの風景がずっと続くと思っていた。そう、願っていた。
最悪と言って良い状況だ。出発前にあれこれと話し合って決めた旧帝国基地跡という取り敢えず定めた目的地がドンピシャだった。帰還していない同業者が何組か確認できたため、モンスターが住処にしていそうな場所に狙いを定めたのだが、まさか一発目で正解を引くとは思わなかった。
オーガに大量のゴブリン……こいつらがこれまでの失敗の原因だとすぐにわかった。警戒はしていたはずだったのに完全に包囲されていたのだから、帝国の施設というやつは本当に碌でもない。科学とやらを厭う連中の気持ちが少しだけわかった気がする。
近づいてきたゴブリンをスタッフで払いながらも小技を多用し手数で攻める──集団に囲まれて相手をするならば大技を狙わず前衛が敵の数を減らすまでじっと耐える。うちの前衛ならそれくらいはできるはずなのだが、相手はオーガ……しかもゴブリンの妨害があることもあってリゼルが押し切ることができずにいた。おまけにこのオーガは相当戦闘経験が豊富らしく、状況を有利と見るや現状を維持するかのような立ち回りへと変化させた。
(ゴブリンは消耗品、ね!)
スタッフで飛びかかるゴブリンを殴り飛ばし心の中で吐き捨てる。オーガはゴブリンの損耗を全く気にも留めておらず、リゼルの相手をしながらこちらに綻びができるのをじっと待っている。人型のモンスターというのは総じて猪突猛進と思われがちだが、稀にこうした考えで戦う個体が現れる。そしてそういう個体は大抵頭角を現し群れを率いる。
こいつはその前段階と言ったところだろう。早急に対処しなければならない案件だが状況は悪くなる一方だ。しかも最悪なことに魔術師がどれだけ厄介かをこいつらは知っている。だからこそ、ゴブリンには不釣り合いな盾を持った奴が常に私の前に陣取っている。
(対魔法の騎士盾なんて、どこの馬鹿が奪われたのよ!)
これのおかげで「魔術師」という盤面をひっくり返すことができる駒が完全に封じられてしまっている。手持ちの術ではゴブリンを減らすには至らず、ダメージの蓄積こそあれ倒すには程遠い。隙を見て援護こそできてはいるものの、背中を守るレナとの分断を常に狙われている状況では無理もできない。
投石と矢を防ぐために魔術を使い、オーガを相手取るリゼルにちょっかいを出そうとするゴブリンを牽制し、正面の相手をしながら自分の身とレナの背中を守る。少しばかり手が足りず、一つのミスが命取りとなる状況。それがわかっているからあのオーガはニヤニヤと笑っているのだ。
ジスタが遊撃枠となりゴブリンの数を減らしてはいるものの、数が多い以上に人間から奪った武具を装備しているが故に、一体を倒すにも必要以上の警戒と時間を必要としている。
(クソ、ジスタがゴブリンを減らす前にこっちが先に瓦解するって読みかい!)
「舐められたものだ」と奮起こそすれ、体力と集中力は確実に削り取られていく。「このままでは相手の読み通りになってしまう」と焦りを覚え始めた時──破綻の時は予想外の形で訪れた。
柱の陰から身の丈ほどもある杖を持ったゴブリンが現れ、その杖の先をリゼルに向ける。閃光、そして雷鳴が走った。それがライトニングスピアーの魔法を宿したものであることを察した時には遅かった。
「がっ、あぁ!」
警告を発する時間などなかった。直撃を受けたリゼルの硬直をオーガが見逃すはずもなく、手にした巨大な棍棒による一撃を真正面から受けた。オーガが棍棒を持ち上げると、潰れた頭部に折れ曲がった体……リゼルだったものがそこにはあった。
「リゼル!」
叫んだジスタが代わりを務めるべくオーガの前に出ようとした。直後、転身したジスタの足にゴブリンが飛びかかるとしがみつく。それを蹴り飛ばすように振り払った直後に軸足にも飛びかかられ、体勢を崩し膝と片手を地面につける。
ジゼルのショートソードがゴブリンの喉を引き裂く──しかし、後ろにいた一匹から後頭部に棍棒の一撃を受け、得物が手から滑り落ちる。それを見るやゴブリンは一斉にジスタに群がり袋叩きにされた。
「グォオオオオオオオッ!」
オーガの咆哮が合図だったかのようにゴブリンが一斉に襲いかかってくる。詠唱もなしに咄嗟に放つ魔法などたかが知れている。上手く急所に当てない限り、ゴブリンですら怯ませることが精々。
「舐めるなっ!」
飛びかかるゴブリンの鼻っ面に小さな爆発を叩き込み視界を奪い、同時にスタッフで顔面を殴るとそのまま薙ぎ払うように別の標的の横っ腹に打ち込み吹き飛ばす。足を取ろうと姿勢を低くして突っ込んできたやつの顔面を蹴り飛ばし、再びスタッフを横薙ぎにして正面から向かってきたゴブリンを弾き飛ばす。その直後、背後からの衝撃を受けた。
(盾を、投げつけやがったな!)
所詮ゴブリンの力で投げられたものなので多少よろめく程度だったが、この状況ではそんな小さなものでも命取りになる。好機と見たゴブリンが飛びかかってくる。スタッフを使い無理矢理姿勢を戻し、振りかぶるゴブリンの手を避けた筈だった。
胸が大きいことを恨んだのは恐らくこれが初めてだろう。伸ばしたゴブリンの手を避けたかと思いきや、その指が私の服に引っかかったのだ。体重をかけられ、ずり降ろされた服から二つの豊かな膨らみが飛び出すとゴブリンどもがこちらに向かって殺到する。服に引っ張られるように体が前のめりになるが、服を掴むゴブリンを蹴り飛ばし、飛びかかってきた奴をスタッフで叩き落とす。
だが叩き落とせたのは、最初の一匹だけだった。スカートの端を掴まれ、引っ張られて体勢を崩されたところで腕にしがみつかれた。振り払おうとしたが、三匹のゴブリンに押し倒されると同時にスタッフを持つ手首を踏みつけられる。
これを手放せば反撃の糸口が潰えてしまう。そう理解している故に、何があっても手を放すわけにはいかない。再びゴブリンの足が私の手首を踏みつけるが、それでも手放さないと見るや両手で持った石を叩きつけスタッフを叩き折られた。
邪魔だと言わんばかりに錆びたナイフが服を切り、力任せに引き裂かれ抵抗も虚しく肌を隠す布がなくなっていく。両手を押さえつけられ、衣服を切り裂かれても下着を掴むゴブリンを蹴り飛ばし抵抗するが、そいつは下着を手放すことなく一緒に後ろに倒れたため破れた白い布が持っていかれる。
足が伸びた瞬間、その足首を掴んだ盾持ちだったゴブリンが、倒れた仲間を踏みつけ私の股の間に入り込むと太ももを両脇に抱え込んだ。通常サイズならばまだ跳ねのけることもできたかもしれないが、あの騎士盾を持っていただけに他と比べて大柄で力が強い。
押さえつけられた腕をどうにか振りほどこうともがくも、この細腕では体重をかけられればどうにもならず、ただ胸を揺らすだけでゴブリンどもを喜ばせるだけだった。盾持ちが笑い、その舌が自慢の胸を舐める。今度は醜い顔を上げ私の頬に舌を這わせた。
勝ち誇った顔──「今から陵辱してやる」と言わんばかりの顔に頭突きをくれてやる。片手で鼻を押さえる盾持ちを鼻で笑ってやると周囲のゴブリンから嘲るような笑い声が上がる。周囲の声に怒りの声を上げると一斉にゴブリン達が黙った。
こいつがリーダー格であることはわかったが、今更知ったところでどうしようもない。私の頭突きが余程お気に召したのか、こちらを睨みつけながら胸を掴もうとするが、大柄とは言えゴブリンの手には余る大きさなので、手が埋まり爪が食い込む。それでも不敵な笑みを止めない私に苛立ったのか頬を殴ってくる。
視線だけは逸らすまいと目だけはそちらに向けるが、それが視界に映ってしまった。その綺麗な長い髪を力任せに引っ張られ、最早原形を留めていない法衣を引き裂き、まさに今下着を剥ぎ取られているレナの姿。手を伸ばした先にあるメイスを一匹のゴブリンが蹴り飛ばした。
──全滅──
その単語が脳裏に浮かぶ。
(守れなくてごめん)
本当の妹のように思っていた。叶うなら命を賭してでも助けたかった。そのレナと視線が合うとコクリと頷いた。
(ゴブリンどもの玩具になるくらいなら……!)
残された道は自害しかない。ゴブリンに捕まった女がどのような目に合うかなど何度も見てきた。この状況では
オーガにも勝るとも劣らない図体に加え、甲殻のような灰色の肌。ゴブリンの背丈程もある長い尻尾を持つ人とトカゲを合わせたかのような新種のモンスター。そいつはオーガの前に降り立つと挑発するかのように笑った。
しかし、目の前に突如姿を現したそいつは何もしなかった。奇襲をかけるわけでもなく、ただオーガの前に着地しただけだったのだ。ゴブリンどもの動きが止まり、全員の視線が新種のモンスターに集まる。
最初に動いたのはオーガだった。手にした棍棒で目の前に現れた
そんな場違いな疑問を抱くほど理解不能なモンスターだった。こちらの太ももを脇に挟んだ盾持ちは笑い声を上げると続きをするつもりらしく、私の腰を浮かせようと体を反らす。猶予がないことを嫌でも悟らされた私は舌を噛もうとして──衝撃に硬直した。
それは果たして殴った音だったのだろうか?
まるでその場の空気全てが震えるほどの衝撃が響いたと思えば、オーガが地面から水平に吹っ飛び柱に叩きつけられていた。突然のことに私は疎かゴブリン全員が固まった。さらに新種は柱に叩きつけられたオーガに向かって飛びかかり、崩れ落ちたその頭部を着地と同時に踏み抜いた。
「グォアァァアァァァ!」
そいつは吠えた。それはきっと勝利の雄叫びだ。オーガのこん棒をものともせず、たった一撃で勝負を決めただけでなく容赦なくトドメを刺す。
(そうか……! こいつが、こいつこそがこれまでの失敗の原因! ゴブリンはこいつが殺したハンターの死体を漁っただけか!)
それならばこれまで送り込まれた同業者が不覚を取ったことも頷ける。幾ら数が多いと言っても所詮はゴブリン。冒険者の装備品がなければオーガに後れを取るとは思えない。こいつに遭遇し、敗れ、その遺品をここの群が手にしていたとなれば、行方不明者の数も納得がいく。
「ギギィ! ギャッギャッ!」
盾持ちが声を上げるとゴブリンが一斉に動き出す。同時にレナが頭部を棍棒で打たれ気を失った。それを確認した四匹のゴブリンがレナを持ち上げ、ゆっくりと動き出した。
(こいつら、私達を持っていく気!?)
気絶などさせられてたまるか、と抑えられた腕を振りほどこうと全力でもがく。予想通りと言うべきか、目の前で棍棒が振りかぶられ「間に合わなかった」と思った直後──再びあのモンスターの咆哮が聞こえた。
そちらに目をやると杖を持ったゴブリンに向かい飛びかかっていた。モンスターの体から僅かに漂う煙から、どうやら杖の魔法を使ったが怒らせるだけの結果となったようだ。
(けど、これはチャンス!)
杖持ちが肉塊に変えられたことで、ゴブリンどもがパニックを起こし我先にと逃げ出し始める。レナを攫おうとしたゴブリンは今や一匹もおらず、私を拘束していたゴブリンも最早いない。自由になると同時に折れた杖に手を伸ばし、未だ足を抱え込んでいる盾持ちの喉を狙い突く。
少々不格好ではあるが、狙い通りに盾持ちの喉に折れた杖を突き刺してやった。自分の喉に刺さった杖を両手で掴み、引き抜こうとするがそんなことをさせるつもりはまだない。自由になった足を曲げ、両足で盾持ちの腹を蹴り飛ばすとゴブリンの手からするりと杖が離れ、血を吹きながら仰向けに倒れる。
一難は去った。だがそれ以上の危機がまだいる。視界に僅かに映ったそいつに折れた杖を向け、視線を外さないように睨みを利かせる。そんなものが無駄であることは承知しているが、背中を見せることができる相手でもない。
新種のモンスターも棒立ちのままこちらをじっと見ている。恐らくは杖の先端──もしかしたら先程の杖持ちのゴブリンの攻撃を受けたことで、警戒して動かないでいるのかもしれない。
(ゴブリンに感謝するなんて、生まれてはじめてね……!)
状況が悪いことには違いはないが、生きて体が動く以上はやるべきことをやる。杖と視線をモンスターに向けたまま、体勢をそのままに自由に動く左手で後方にいたはずのレナを探しながらゆっくりと後退る。睨み合いがしばらく続き、ようやく私の手がレナに触れた。
腕を掴み、こちらに少しずつ引き寄せる。視線をそちらに向けることができず、少々手荒になってしまったが、どうにか無事レナの体を抱えることができた。これで何かあっても一緒に死んでやることくらいはできる。そう思うと笑みが溢れた。
「ガッ、ハ」
その光景を見ていたのか、あのモンスターから短い声が漏れた。
(笑った? こいつは私を嘲笑ったのか!?)
「興味を失った」と言わんばかりにこちらに背を向け歩き出す。だがその先にあったのは、私達の荷物、そして──リゼルの剣。あろうことか、あいつは荷物を手にすると剣も掴みそのまま立ち去ろうとする。
「待って! 持ち物なら金だって薬だってくれてやる! だけどその剣だけは止めてくれ!」
モンスターに言葉などわかるはずもない。わかっていても叫ばざるを得ない。
「それは……それは、私達チームの物なんだ! 私達が生きぬいた証なんだ!」
何を言っているのか自分でもわからず、追いすがろうとして思い留まり、ただ叫び続けた。幾ら叫べど、何を叫べどモンスターは振り返ることはなかった。
「行くな! その剣だけは置いていけ!」
杖を突きつけたところで立ち去るモンスターは止まらない。実力に訴えることすら叶わず膝が崩れる。自分の無力さに歯噛みしながらその背を見送る。
「覚えておけ! お前がその剣を持つ限り、私はお前を追い続ける! お前を必ず狩り殺す!」
負け犬の遠吠えであることは自分が一番よくわかっている。それでも、あの日を生き延びた私達の証が持っていかれる様を、ただ指を咥えて見ていることしかできないからこそ、言わなければならないことだったのは間違いない。これが、私とあいつの最初の遭遇だった。
「報告は以上か?」
どうにかして生きて戻った「サイサロス」の町の冒険者ギルド──その応接室にてギルドマスターを前にソファーに横になって話を終える。最近はめっきりと白髪が増えたなどと愚痴をこぼしているようだが、これからもっと増えることになる。それほどの脅威となる新種の登場である。
「精々禿げ散らかすがいいさ」と心の中で毒づくと、大きな欠伸を一つする。疲労で体を起こすのも億劫なので横になったままの報告だったが、決して有能ではない男でも「新種のモンスター発見」ともなれば無駄口を叩く余裕はないと見える。何も言わずに私の話を最後まで聞いていたが、内心ではそれどころではないだろう。
「ああ、憶測混じりだけど、これまでの退治屋……ご同業が失敗したのは多分あいつのせいだと思うよ」
ボロボロになった服は既に着替えており、レナもギルドの仮眠室で眠らせている。二人の死体から衣服を剥ぎ取り、血塗れの姿のおかげで門番に随分と足止めを食らったが、ようやく一息がつけるとなると二日に渡る強行の疲れが一気に襲ってくる。
報告が終わったのでこれ以上は流石にきついと、考えに耽るギルドマスターに「少し眠る」とだけ言うとそのまま目を閉じ意識を手放す。何か言っていた気もするが、こっちはもう限界なのでそのまま眠らせてもらった。
次に目を覚ましたのは翌日の昼前だった。前日の夕方に眠ったことを考えると半日以上眠っていたようだ。伝言が残されており、もう一度詳しい説明をしなければならないらしい。ソファーから起き上がるとレナの様子を見るために仮眠室へと向かう。
何度か利用したことがあるので、迷うことなく部屋の前まで来るとノックもなしに扉を開ける。そこにはベッドの上で体を起こし、窓から外を見るレナの姿があった。
「仇が生きていたら、まだ張り合いもあったんだけどね」
近づくと私が口を開く前にレナは話しを始める。
「討つべき仇はもう死んで……兄さんもジスタも死んで……どうすればいいのかな?」
「まだやることは残ってる。リゼルの剣が奪われた。それを取り返すよ」
「ディエラ姉さん、もうチームは無くなったんだよ? 無理をするべきじゃないと思う」
チームの中でも最年少とは言え相応に場数は踏んでいるレナにも、あのモンスターの異常性は感じるものがあったのだろう。「無謀なことはするべきではない」と自分でも薄々わかっている。私達が生き残ったのはただ運が良かっただけだ。
「ああ、私もそう思うよ」
あの時、モンスター同士の抗争がなければ私達は死んでいた。そしてあの新種の気まぐれで見逃されることがなくても死んでいた。
「じゃあ……」
「でも、それはできないんだ」と首を振る。自分でも馬鹿なことだとは思っている。けれど、その馬鹿をやり続けて生きてきたのが私なんだ。
「それで諦めてしまうのなら、それはもう私じゃない」
笑って話す私を見て、レナは何も言えずにいる。レナはきっともう誰も失いたくないのだろう。兄が死んで、ジスタも死んで……崩れ落ちてしまいそうなギリギリのところで踏ん張っている。
「死んで欲しくないのはお互い様だね」
そう言ってレナの頭に手を乗せて笑いかけるが、レナは笑い返さない。
「必ず、私達の剣を取り返す。だから、待っていておくれ」
待たせることに罪悪感がないわけではない。「共に行こう」という言葉が出なかったわけでもない。ただ、私が死なせたくないというエゴを突き通しただけのことだ。
「私は、必ず帰ってくる。だから私が帰る場所になって欲しい」
声を押し殺し泣くレナの頭を私は本当の妹のように優しく撫でた。