そんな軽いノリで荷物をそっと降ろして「こんにちは、死ね」を敢行。ものの数分で十五匹いたゴブリンは肉塊と化した。特筆すべき点などどこにもなく、精々バラバラに逃げられたことで時間が少し予定よりかかってしまったくらいである。
そもそもサイズが前屈みになってる俺の半分くらいしかない。数字にすると百二十センチメートルくらいなので、体格差の暴力だけで片がつく。拳を振るうだけで「パン」と音を立てて呆気なく弾けるので、手加減して殴り殺す必要ができたほどである。グロ耐性はある方なのでゴブリンが弾けた程度では何とも思わないが、手が汚れたことには少しばかり頭を悩ませた。
また散らばった肉塊や、微妙に付着してしまった肉片などには辟易する。まあ、訓練中にイタズラで見せられた戦場の写真の方がまだ胃にきたし、すぐ近くに川があるのでこの程度なら問題ない。
ちなみに折角なので尻尾も使って殴ってみたが、加減がわからずゴブリン君が木の高さまで吹っ飛んだ。頭から落ちたのでそのまま首の骨を折って即死である。尻尾があることにはまだまだ慣れないが、これはこれで使えるようになったときのことを考えるとちょっとワクワクする。
そんなわけで無事何事もなく水場を制圧し、早速川の中に入ってみるが、深い場所でも膝下ほどの水深とあまり深くはない。また透き通っているおかげで底にいる魚までしっかりと目視できる。帝国にこんな綺麗な川があるのは驚きだが、臭いにも異常はないので「実はがっつり汚染されてます」なんてこともなさそうではある。喉の渇きは特に感じているわけではないが、血塗れの拳を洗い少しだけ水を飲む。
(臭い、味におかしな点はなく、見た目も透き通っていて綺麗な水だ。自分の体で試すのは気が引けるが、ここにゴブリンが住んでいたのなら大丈夫と信じたい)
後は腹を下さないことを祈るばかりだが、この体がそうなった場合、一体どうなるのか少しばかり気になる。実はまだ一度も用を足していないので、その辺りに関しては不安しかなかったりする。ともあれ、ここの水を飲むことができるのであれば、水の心配はなくなり後は食料問題となる。川の中からゴブリンの死体で
ふと「ゴブリンの肉って食えるのか?」と思ったが、ゴブリンは兎に角臭く、その死肉ともなれば口にするまでもない。嗅覚が向上した今となっては尚更だ。たとえ非常時であっても食べる気にもならず、これの始末をどうしたものかと頭を悩ませるくらい使い道が思いつかない。
「魚の餌にするのが精々といったところだろう」と死体の一つを試しに川の中に放り込みしばらく観察したところ、ちゃんと魚が食らいついていたのでどうやら死体の処理には困りそうにない。だが水質汚染に繋がりそうなのでこれ以上は止めておく。
(釣り餌には使えるかもしれない)
魚が水中の肉を突く様を見てそんな感想を抱いたが、残念なことに針も糸もない上に竿すらない。どうやらゴブリンの肉は撒き餌程度が限界のようだ。しかし死体の処理を全て川に任せるわけにはいかないので、半分以上は適当に遠くへ投げ捨てておく。きっと野生動物や昆虫が処理してくれるだろう。
と言うわけでゴブリンを適当に小さく引き千切り、肉を川へと投げて集まってきた魚に狙いを定める。貫手を意識し、狙いをつけた魚に向かい突く──が成果なし。その後も色々と試行錯誤してみたところ、手を広げて
野生動物染みてきた己の姿に少し悲しくなってしまったが、人間とて自然の一部である。よって何ら恥じる部分などないといっそ開き直る方向で進める。そうでもしないとやってられない。環境どころか体そのものが変化しているのである。発狂しない自分を褒めたいくらいだ。
一先ずゴブリンの匂いが移らない程度の距離に荷物を移動させ、ここを本日のキャンプ地とする。せめて屋根のある場所を拠点としたいのだが、現状では望んだところで洞窟が関の山である。ゴブリンが使っていたであろう木と葉っぱを組み合わせた住居らしきものなど臭いが酷くて近寄りたくもないし、そもそもこの体では入ることなどできやしない。
「どこかに安全そうなねぐらとなりうる施設でもあれば良いのだが」と考えもしたが、二百年も経過してまともな形で残っているものが周囲にあるはずもなく「自作することも視野に入れるべきだろうか?」とも考えてしまう。となると建材は現地調達可能としても、道具を一体どこで手に入れろ、という話だ。
(何も持たないゼロからのサバイバル生活系のゲームには手を出していなかったんだよなぁ)
人間時代、帝国のゲームセンターにあったいつも人集りができていた人気ゲームを思い出す。いつ見ても誰かがやっているため、予約を入れようとしても十時間待ちとか当たり前。放課後くらいしかまともにゲームをできない学生だった俺ができるはずもなく、情報すら仕入れることがなかった。
所詮ゲームとは言え、サバイバルの基礎を学べたかもしれなかったのだからやっておけばよかったと少しばかり後悔する。
(まあ、過ぎたことは仕方がない。明日からは川を中心に探索を進めるとして……これが東西どっちの川かでも今後の方針が変わるんだよなぁ)
川を登ればいずれカナン王国には辿り着くだろうが、人間との接触についてはまだ良い案がない。見つかった場合どのように対処するかは今のうちに考えておいた方が良いのはわかっている。わかっているが、二百年前とどの程度違いがあるかで大きく変わる部分がある。
例えば装備──この体すら容易に切り裂くような武器が開発されている可能性もある。特に魔法技術に関してはド素人どころか全く何も知らないと言っても過言ではない無知っぷりである。それならば魔法国家である東西を避けて、北にある科学と魔法を両立しているカナン王国を目指した方がまだマシなのだ。
両立を目指した結果、どちらも中途半端であったカナン王国は現在の技術力を測るにはある意味で最適である。理由としては帝国が滅亡したと思われる今、その技術を継承している可能性があるのは周辺国ではカナン王国のみである。どの程度の武器を持っているかで今後の方針は当然変わる。
その最大値を知ることさえできれば、現代でどの程度俺が戦えるかわかるというもの。つまり対人における俺の生存力を測るためにはカナン王国の技術力は知っておきたいのである。魔法に関してはお手上げだ。いきなり眠らされるなりして無力化。気が付けば力を出せなくなっていて、見世物小屋とかオークションにかけられるとかありそうで怖い。なので魔法に重きを置く東や西の住人とはまだ接触したくはないのだ。
(いっそ、人間とは関わらないように……ってのも考えはしないんだけどなぁ)
やはり元人間としてその選択は取りたくない。しかしそうなるとやはり問題は山積みである。
(やっぱりまともに喋ることができないっていうのが大きい)
そう苦笑したところで気が付いた。俺が話すことができるのは「フルレトス帝国語」のみである。要するに恐らく既に滅んでいるであろう帝国の言語である。仮に話すことができてもこの姿では厳しいのではないだろうか?
考えれば考えるほどにドツボに嵌まるとはこのことか?
「問題が山積み」どころか問題しかない気がしてきた。
(なんかもう考えるだけ無駄な気がしてきたなー。いっそ開き直ってモンスターとして生きるか?)
だが、その場合どのような生活になる?
想像した瞬間「その生き方は無理だ」と諦めた。元帝国人として文明から切り離された一生など考えられない。現在の状況はまだ二日目だからこそ耐えることができているだけであって、これがずっと続くとなれば発狂する自信がある。
一ヶ月……それくらいならばまだこの体を楽しめるだろうが、それ以上となればきっと壊れる。どこかで折り合いを付けなくてはならないのは言うまでもなく、タイムリミットまでに俺は「何か」を見つける必要がある。
(この姿で生きていくためのものか……)
何も思い浮かばない。思い浮かばないが、この肉体のスペックの高さには素直に感心している。
(ああ、そう言えばまだまだこの体を使いこなしていないんだったな)
時間があるので考えるのを止め、体を動かす練習をする。何を決めるにしよ、せめてこの体を使いこなせなくてはどんな選択をしても後悔しそうだ。もうじき日が暮れる。俺は時間の限り体を動かし、その感覚に己を馴染ませるよう訓練した。
ちなみに薄暗くなってきた頃にゴブリンの集団がやってきたので、キッチリ全滅させておいた。多分狩りに行ってた先住民のお仲間だろう。ゴブリンが手にしていたウサギもしっかりと強奪し食料も確保。
「残念だったな、お前らの居場所はエロ本とエロ動画の中にしかない」
そんな台詞を決めたところで出てくる声は「がおがおがお」──人間との遭遇時の不安が消えるのはいつになるのか?
「この体に早く慣れなくては」と焦りが生じるが、まだ目覚めて二日目である。俺は落ち着きを取り戻すと暗くなった空を見上げる。本日はここまでだ。俺はリュックから取り出したマッチで火を点けると、ゴブリンの住居の中にそっと入れる。
やはりというかしっかりと乾燥していただけあってすぐに燃え始めた。適当に拾ってきた棒を兎肉に刺し、焼けた部分からもそもそと食べる。肉の味しかしないのは仕方ないにしても、正直言って美味くはない。
魚も同じように焼いてみたが、こちらは兎肉よりかはマシなのは間違いないのだが、無性に塩が欲しくなる。特に空腹を感じていたわけではないが、食べられる範囲で味気ない食事を済ませる頃にはゴブリンのボロい住処は燃え尽きていた。
燃料となる家はまだまだあるのでしばらくはここを中心に動くのも良いかもしれない。俺は荷物を持ってくると適当な木の下に座り込み、その幹に背中を預け目を閉じた。眠気はないが体を休めることは必要である。こうして眠りに就ければ良かったのだが、結局一睡もできずに夜を明かす。
二百年も寝溜めしていたのだから二、三日寝ないでも平気なのは当然かとも思うので、これを平常として良いかどうかは疑問なので今後注意は必要だ。眠気もないので本日の行動には支障が出ることはないだろう。
さて、今日も良い天気だがここは臭うので上流へ行くことに決めていた俺は早速モンスターとエンカウント。丁度自分の力を試す相手が欲しかったので戦ってみたのだが、これが期待外れもいいところで、戦闘と呼ぶに値しない一方的な
(食べるにしては大きすぎる。かと言って食べないというのも何だか申し訳ない)
こちらの都合で一方的に殺してしまった以上、せめて食ってやるくらいのことはするべきである。選択としては火をおこして焼いて食う。多分これしかない。流石に生で食べるのは勇気がいる。水を飲むのとではワケが違うのだ。
というわけでワニの尻尾を持って引きずりながら拠点に戻ると、リュックからマッチを取り出し家主のいなくなった見すぼらしいお家を燃やす。ワニがデカすぎるせいではっきり言ってもの凄く焼きにくい。腕力任せの解体という名の引き千切り作業で手を真っ赤に染めながら、棒に突き刺したワニ肉を直火で炙りまずは一口。
ただ焼いただけの肉なので味気ないのは仕方がないと思うのだが、はっきり言うとかなり不味い。血抜きもしてないような肉を食べればそうなるかと気づいたまでは良いが、ワニは既にバラバラの肉塊になってしまっている。「やっちまった」と思いつつ、川に入って体についた血を洗い流す。
(不味いとは言え、奪ってしまった生命……どうしたもんか)
パチパチと音を立て川原で燃える見すぼらしい小さな家を見ながら、綺麗になった手を顎に考える。完全に肉の処理に失敗しているが、狩り自体はこの体のスペックならば容易であることは判明した。
というより「確認できた」というべきだろう。この肉体の性能はわかっていたし、それに対抗できるような生物が果たしてどれだけいるか?
少なくとも俺の記憶には竜を始めとする例外的な存在くらいなものだ。俺は焼けた肉を再び口へと運ぶが、やはり肉質そのものの悪さも相まって喉を中々通らない。
(適当なところに捨ててくるか)
しばしの
そして今更だが「モンスター」という理不尽な生態を持つ生物故に、こんな大型であったとしても毒を持っている可能性を否定できないのだ。なので、これ以上食べることにはリスクもあったのでこの決断は仕方がない。以上を以って「不味い肉をもう食いたくない」という言い訳を終了とする。
折角の肉ではあるが、そもそも今の俺は一日三食食べる必要があるのかどうかも疑問である。いっそのこと「腹が減ったら適当に食べる」でも良いような気もしてきたが、自分の体のことなのに自分でもさっぱりわかっていないこの状況では、それは少々危険にも思える。
(食料事情に余裕ができたら試す。その程度で構わないか)
水場は把握できたし、食料についてもどうにかできる目処は立ったと見て良い。今後のことを考えるのであれば何かしらの着火道具を補充したいところではあるが、こればかりはどうしようもない。「運良く町の跡地などで何かが見つかれば」という程度の希望しか今はない。
と言うわけでサバイバル生活二日目は探索である。条件の良い場所が見つかるまでは暫定的にここが拠点となるので、荷物は置いて出発だ。
(見つけたいものが多い。欲しいものも多い。でもその前に、現在地を確認しなくては始まらない)
予定通り真っ直ぐ北上したのは良いとして、何か目印になるようなものはないかと歩きながら周囲を見渡す。自然の侵食というのは思ったよりも速いらしく、かつての帝国領の面影は綺麗さっぱり消えており、建造物すらものの見事に消えていた。
辛うじてアスファルトで舗装されていたと思われる痕跡を見つけることができたが、ほとんどがかなり細かく粉砕されており、視界に入った程度ではそこらの石との判別は難しい。これは戦争があったが故に壊れてしまったのだろうとは思うが、それにしては痕跡が薄すぎるというのは少々違和感がある。
今の俺の身長の倍はある高さの木々よりも高い建築物は幾らでもあったはずなのだが、それらが全く見当たらないというのもおかしな話だ。「一体どんな戦争をしていたのやら」と帝国の末期にますます興味が湧いてくる。
既に帝国は亡きものとして見ているが、あったらあったで我が身の振り方をどうするか悩ましい。最悪モンスターとしていきなり攻撃をされる可能性だってある。と言うかその可能性が高い。更に酷いケースを想定するならば、過去の技術を解析するとかそんな理由で生きたまま解剖されるとか想像してしまった。勿論抵抗はするが、現在の帝国の技術力は未知数であり、今の俺のスペックでも対抗できるかどうかは不明である。
考えながら歩いた結果「ない方がさっぱりして楽」というのが出した結論ではあるが、それはそれで寂しくもある。家族の子孫がいるかどうか、というのもやっぱり気にはするのだ。
さて、川が見える位置をこのまま北上し続けるのは良いとして、問題が一つある。カナン王国から南に位置するフルレトス帝国に流れる代表的な川は全部で二つ。一つは西側にある「ヘナ川」──もう一つが東の国境沿いにある「レストナント川」だ。
問題は東のレストナント川が帝国の東側にあるセイゼリア王国との国境付近となっているためである。そしてセイゼリアは「魔法国家」である。それも科学嫌いな魔法国家。正直、ここと上手くやっていける気がしない。
俺がまだ人間をやっていた頃は魔法に頼りきりな上、未開の土地が多く有り余った領土半分以上を腐らせていた国家だ。それ故に大量のモンスターが
(今の俺と相性が悪いなんてもんじゃないんだよなぁ)
俺の今の姿はまさしくモンスター。こんな姿でうろついてたら何か起こらない方がおかしいとさえ言える。しかも帝国産の一品物というレアモンスターだ。一体どれだけのハンターに襲われることになるのか予想すら難しい。
むざむざ狩られるつもりはないが、相手は人間。元人間だから、という理由で殺人を忌避するつもりはないが、下手に殺すと討伐隊とか組まれてバッドエンドになりそうな未来が本気で見えてくる。人間だったからこそ、その恐ろしさを俺はよく知っているつもりだ。
新兵とは言え軍人だったこともあり、多少はやり口がわかっているからこそのものでもあるが、個対組織を招くような真似をするつもりはなくとも、脅威となりそうならやってくるのが人間なのだ。関わるにしてもセイゼリアのようなモンスターを「狩り対象」と真っ先に見る国はご勘弁願いたい。
そういう意味で行くなら西──エルフ国家だ。自然崇拝がお盛んで「モンスターも自然の一部である」と言い、それを実践しようとしてゴブリンの巣に連れ込まれるアホがいる国家である。もしかしたら俺くらいなら受け入れてもらえる可能性も無きにしもあらず。
ちなみにゴブリンの巣に連れ込まれたアホは「そういう文化なんです!」と考えを改めない筋金入りだったと記憶している。「そんなんだから『エルフ×ゴブリン』のエロ本が絶えないんだよ」と言いつつも、何度かお世話になったことがある身としては、思い出しては自然に手を合わせてしまう。
この一件で帝国とエルフ国家の間で一悶着あったのだが、あまりにも下らない内容だったおかげで周辺国からは「何やってんだこいつら?」と白い目で見られていた時期があったりしたが、詳細は帝国の恥となるので割愛する。
「何でエルフと異種姦ものってあんなに色々あるんだろうな?」っていう疑問はそういう馬鹿が馬鹿をやるからだと思うんだ、と帝国に向かってエロ本片手に抗議活動していたエルフ議員を思い出しながら「ガッ、ガッ」と笑う。そこで思い出した。いや、思い出してしまった。
(俺のコレクション……絶対家族に見られてるよ)
顔を隠して転げ回りたい気分だが、この体でそんなことをすれば軽く自然破壊である。
「がーっ、がーっ」と恥ずかしさのあまり声が出る。そんなこんなで顔を伏せたり隠したり
(あー、この感覚はアレだ)
地下施設で恐怖を抑制してくれた時の妙なクールダウンと同じ感覚である。どうやら羞恥心を抑制でもしてくれたのか、意外ほどあっさりと平静を取り戻すことができた。よくよく考えてみれば今の俺は全裸である。確かに羞恥心などあっては戦闘に支障を来すことは間違いなく、あっても不思議ではない。
「んなわけあるかバカヤロウ」と心の中で冷静にツッコミを入れる。どう考えてもこの機能は様々な状況でのブレーキ機能として備わっているものと見るのが自然である。例えば「怒り」──帝国が無事であったとして、目が覚めて自分がこんな姿になっていたならばどうするか?
わかりきった話だ。こんなスペックの化物が感情のままに暴れたらどれほどの被害が出るだろう。そうならないようにするための機能と思って間違いないだろう。「感情抑制機能」と一先ず名付け、頭の中の自分の能力一覧のメモに書き込んでおく。
ちなみに俺は今の姿が嫌いというわけではなければ、嫌悪感を持つようなこともない。もともとホラーゲームは大好物であり、自分の見た目はグロテスクなものでもなし、その性能に至っては驚愕の一言。現状そこまでこの姿に不満がないのはゲームのやりすぎだろうか?
それともまだ誰とも人間に出会っていないからか?
はたまた「そうなるよう」に調整されているためか?
「人は皆映画のような現実を心のどこかで望んでいる」
これはとある天才映画監督の言葉なのだが……否定はしないし、むしろ賛同するが我が身に起こるのであれば映画を選ばさせて頂きたい。ホラーやモンスター系のパニック映画ではなく、ヒーローものであって欲しかった。ちょっとエロ要素が多めのラブコメならもっと良し。
思考が脱線してしまったが、この体でできることに関しては妄想が
ともあれ、この体を使いこなすことが何かのマイナスに働くことなどなく、今は少しでもこのスペックをフル活用できるように訓練あるのみである。走るだけでも訓練になるのだから、今は取り敢えず体を動かし情報を集めていこう。
そんな感じで飛んだり跳ねたりも加えながら川を上り続けたことで、主流へと辿ることができたのだが、ここで再びモンスターと遭遇。前回遭遇したものとは別種の巨大ワニ……川が一気に大きくなったこともあってかさっきの奴よりも少し大きい気がする。「また君かね」と呆れたように息を吐くが、ワニはこちらを「食いでのある得物」とでも思ったか真っ直ぐにこちらに向かってくる。
それを戦闘と呼べるはずもなく、俺は飛びかかってきたワニを横に蹴り飛ばすと生死を確認することなく、仰向けになったモンスターを無視してさらに上流へ向かう。既に日は真上を過ぎた辺り、人間だった頃なら昼食時といったところだが空腹感は未だなし。
そのまま進んでいたところ視界に人工物らしきものが映った。一旦停止した俺はそちらに向けて歩くのだが、木々の隙間から見えた物に一瞬我が目を疑った。
(……あれは戦車か? まさかここは軍事基地だった場所か?)
緑に覆われながらもその形を見間違うはずもない。視界の先に映る人工物が軍事基地跡だとすると少々面倒なことになる。何せあの基地は川の西側に存在している。つまり、帝国から見て東側の備えとなるはずだ。地理的に考えればその対象はセイゼリア王国が有力になり、同時に川が「レストナント川」と確定する。
さらに帝国領を流れるレストナント川のすぐ東は国境となっており、セイゼリアとの小競り合いが頻発していた地域でもある。人間……と言うよりハンターとの遭遇フラグが立った気がしてきた。近づくことで予感は確信に変わった。正面にある施設跡地に近づけば近づくほど確信はより強いものへと変化する。
(多少形を残しているとは言えこれだけ草も生え放題となれば……)
「何が残っているか?」ではなく「何か残っているのか?」という状態の基地跡。国境から然程離れていないのであれば、何も残っていないと考えるのが道理ではある。しかし何分お隣さんは科学嫌いの魔法国家。「もしかしたら?」が通用する可能性も無きにしもあらず。
何より戦車のような持ち運びが不可能だった物はしっかりと残されている。価値がわからず放置されているものだってあるかもしれないのだ。折角軍事基地跡があるのだから、使えるものがないか探索するのは当然の選択だろう。それに部分的にとは言え、ようやく見つけた屋根が残っている人工物である。
位置情報が大まかではあるが判明し始めている状況、場合によっては中継地点として出番があることだってあり得る。ほとんど残骸と化したとは言え、元軍事基地。屋根はあるし地下だってあるだろう。だが、こういった場所にはアレが住み着くのが定番──と思っていた矢先、何か音が聞こえてくる。
「グォオオオオオオオッ!」
何か聞こえたと思ったら今度は何かの咆哮。緑のアレでも住み着いてるかと思ったが、どうやら違うものがいるらしい。そう思ったのも束の間、川原で嗅いだあの臭いが漂ってくる。やっぱりお前もいんのかよ、と思わず舌打ち。
(これはあれだ。何か別の強い種族に率いられているかしているパターンだ)
国境付近なのだから大して強力なモンスターなどいるはずもなく、これは体を慣らす訓練として丁度良い相手かもしれない。念のためにコソコソと声がした方へと向かう。するとあっさりと声の主が確認できた。緑色のデカくて二本角が生えた奴──オーガである。
人型でデカイのは初めてなのでこれは実に良い練習相手である。割れた窓と崩れた屋根越しに見えるその背丈は凡そ三メートルといったところか?
しかも丁度オーガはその腕と同じくらい太い棍棒を持っている。まさに「試すにはもってこい」である。
(まだまだこの体には馴染んでいるとは言い難い。存分に試させてもらおうか!)
まあ、正直「オーガが棍棒で武装したから何なんだ?」という感想なのだが、段階を踏んでいくには実に丁度良い相手なのだ。これが金属製の武器を持っていたなら考えたが、木製の棍棒では脅威度はだだ下がり。評価はただの「実験用」で十分だ。ハンターとの遭遇フラグがサクッとへし折れたところでちゃんと跳べるか足元をチェック──問題はなし。
と言うわけで「行っきまーす」の掛け声が「ガッガゴーア」という感じに変換され、壁を跳び越え着地場所はオーガの真ん前。ドスンと着地しガンを飛ばして気が付いた。人間が何人かいるんですけど?
と言うか大量の血を流している者もおり、視界の端に少し映った程度では生きているか死んでいるかわからない。今目を離すのはよろしくないので、死にそうかもしれないがもうしばらく待ってもらう。しかし気が付かなかったとは言え、この乱入はやってしまったという他ない。
(まさか人間と戦闘中とはなぁ……ゴブリンが臭すぎて気づけなかったわ)
「お手頃実験材料だ!」と馬鹿みたいにはしゃいで目の前に降り立ったのが少し恥ずかしくなってきた。少し様子を見るくらいのことをしておけば、このようなミスを犯すことはなかっただろう。おまけにこんなところにいる人間などハンターくらいのものだから、フラグは折れていなかったというか。
一人は生死不明だが、一瞬視界に映った範囲では残り二人はゴブリンが
頭部に衝撃──それがオーガが手にした棍棒で殴られたものであることはすぐにわかったが、まさか完全にノーガードでまともに受けることまでは想定していなかった。だが残念、少しクラっとしたが大したダメージではない。「この体どうなってんだ?」という疑問が湧くが、取り敢えず「衝撃にも強いっぽい」と心のメモに書き込んでおく。
恐らくオーガは本気ではなかったのだろうが、殺す気でやったことには違いはない。これでは全力もたかが知れるというものである。つまりオーガにはもう勝機はない。
しかし俺がオーガの攻撃をまともに頭部に受けたことで、周囲のゴブリンどもから笑い声が上がった。どうやら先程の一撃で勝負が決まったと思っているらしい。状況を把握する能力もないようだ。そう思ったらオーガもニヤニヤ笑いで棒立ち……こいつもわかっていないとか野生での生存能力を疑うレベルだ。
取り敢えず一発貰ったのでこちらも一発返すのが礼儀。えぐりこむような右ストレートがオーガのボディにクリーンヒット。ガードすらできていなかったのだから、このオーガを実験台とするには不適格と言うしかない。
そして「殴った」にしては随分と水っぽい音と何かを折った……と言うより砕いたような感触を残し、オーガは地面と水平に吹っ飛んでいく。緑のデカブツは十メートルほど先にあるちょっと鉄筋が剥き出し気味のコンクリートの柱に背中から激突すると、そのままの姿でガクンと頭を垂れる。
距離が離れすぎて逃げられるというのも締まりが悪い。俺はその場から軽く助走をつけるように数歩踏み出すと吹っ飛んだオーガに向かい跳躍。目の前に立ってやろうと思ったのだが、情けないことにこのオーガ君は意識を失っていたらしく、壁から引き剥がされるように前のめりに倒れていく。
結果、俺はオーガの頭部に華麗に着地。グチュリという効果音と共に足の裏から大変気持ち悪い感触が登ってきた。
「グォアァァアァァァ!」
自分的には「キャー」くらいの悲鳴のつもりだったが、思ったよりもでかくて汚い声が出た。えんがちょである。足をどけるとねちゃりと糸を引いた。ゴア表現は視覚だけで十分だ。俺は慌てて足についたものを振り払うが、その直後にまるで電気ショックでも受けたかのように全身が痺れる。
今までとは比較にならない痛みが俺を襲うのだが、割と余裕を持って耐えられる。原因を探すように後ろに振り返ると、そこには如何にもな杖をこちらに向ける一匹のゴブリンの姿があった。
(こいつ、俺に魔法を使ったのか!?)
未知の攻撃でこそあれ、タネは恐らくあの杖だ。ゴブリンが道具を使うことくらいは知っているが、あんなものを一体どこから手に入れたのか?
だがそんなことは今はどうでもいい。
(ゴブリンの分際で!)
俺は一吠えすると杖を持ったゴブリンに向かい跳躍する。逃げ出した杖持ちを背後からの一撃でミンチに変えるとゴブリンどもは蜘蛛の子を散らすように我先にと逃げ出す。手に付いた血肉を一振りで吹き飛ばし、持っていた杖を取ろうとするが……残念なことに折れていた。
(あー、しまった。手加減して殺すべきだった)
頭に血が上って加減を失敗してしまった。魔法を使われた以上、手早く倒す必要があったが、手加減をミスったのはまだまだこの体を使いこなせていない証拠だろう。「また別の機会があるだろう」と気持ちを切り替え、思わず得物を奪ってしまう結果となってしまったハンター達を見るのだが、生きていると思っていた人間はピクリとも動いていない。
と言うか全身が結構グロいレベルで潰れている。まあ、囲まれて集られていたのだから、ボコボコにされてグロいオブジェクトと化すこともあるだろう。「後一人いたな」と思っていたら二人いた。見落としていた……というよりゴブリンが覆い被さるように集っていたので見えなかったと見るべきだろう。
こう視線が高いと床に押さえつけられている場合、気が付きにくいというのもあったかもしれない。ゴブリンに押し倒されてひん剥かれた女性ということはそういうことなんだろうが、見た感じスタート前か直後かくらいのギリギリなところだ。叫び声の一つでも上げてくれれば気づいてやれたのだが、それがなかったということは熟練のハンターということだろう。
衣服の残骸がかろうじて引っ付いているという乱れ具合──つまりはほぼ全裸。それはもう無意識にしっかりと、目に焼き付けるように見てしまうのは当然だから前後くらいはわかりもする。
(っていうかおっぱいでっかいな)
おまけによくよく見れば美女と美少女。美女の方はスカートの一部が申し訳程度に残ってるだけで上半身は完全に裸。乱れたセミロングの赤茶色の髪が肩にかかって色っぽく、六号……いや七号あってもおかしくない胸の大きさは自然と視線を釘付けにする。
美少女の方は気を失っているらしくぐったりとしている。服が引き裂かれて下着も剥ぎ取られたままなので全部丸見えのはずなのだが、長い金髪が邪魔をして年齢制限のない漫画のエロシーンのように芸術的なレベルで隠れている。写真を撮ってでも保存すべき案件だ。胸はまあ普通──二号、あっても三号と言ったところ。
意識のある巨乳美女がこちらを睨みながら、ゴブリンのものと思われる血の付いた折れた杖の先をこちらに向け、もう片方の手で気を失っている少女を探すように探りながらずりずりと後ろに下がり始める。