「……わかりました、ラックさん」

 とりあえず土下座から直ってもらった幼女は、アリーシャというらしい。

 ちなみに見た目的には完全にロリなのだが、これで成人している立派なレディーということだ。

 こういうのをなんと言うんだっけか……合法ロリ……だったか?

 一部のマニアが見たら飛びつきそうなほどに愛くるしい見た目だ。

 彼女は先ほどからなぜか、ものすごいキラキラとした目で俺のことを見つめてきている。

(ナージャ、お前一体この子に何を吹き込んだんだ……)

 咎めるような目でナージャを軽く睨むと、何を勘違いしたのか、ナージャは何故かふふんと自慢げに胸を張った。

 ……駄目だ、残念ながらまったく意思疎通ができていない。

「エルフ達のリーダーを務めているビビという女性から、ラックさんであればドワーフの現状をなんとかできるに違いないと聞きました! ナージャさんもラックさんであれば解決できないことはないと!」

「お前……ビビやナージャから何を聞いたのかはわからないが……俺はただの鍛冶師だ。できることなんて、本当に些細なことだぞ」

 ぽりぽりと後頭部を掻く。

 鍛冶の腕になら自信はあるが、俺はその辺にいるじっひとからげにできるような凡人だ。

 ただ鍛冶が好きなだけの俺に、ドワーフ達が困っているような難題が解決できるとは思えない。

 まぁ武力で解決できる問題ならなんとかできるかもしれないが……俺は基本的にオーダーメイドでしか武器を作らない。数人分の装備を作るくらいが関の山だ。そんなんでは大局的に問題を解決することはできないだろう。

 もちろん、俺にできることなら手伝わせてもらうけどさ。

 ちょうどエルフ式の文法を使って鍛冶がしてみたくてうずうずしていたところだったんだ。

「アリーシャさん、もしよければラックさんに詳しい事情を話してあげてくれませんか?」

「はい、えっとですね……」

 あまり慣れていないからか、たどたどしい口調で話してくれた内容はざっとこんな感じだった。

 現在アリーシャの所属しているドワーフの共同体は、食料難にあえいでいる。

 その原因は今までドワーフ達が穫っていたえんばくや大麦が突如として不作になったからだという。

 今はまだ備蓄を放出しているためになんとかなっているが、このままでは早晩餓死者が出てしまう。

 そこでまず、彼女は他のドワーフ達の共同体に助けを求めたのだという。

 すると他の共同体でも、同様の食料不足が起こっていた。そのせいで、むしろあちらから食料を分けてほしいと頼まれてしまうほどにどこも厳しい状態だったのだという。

 ドワーフ達は現状を打破するために、エルフの里へ助けを求めることにした。

 ただエルフの里へ行こうとしても結界に阻まれてなかなかたどり着くことができない。

 どうやって突破したものかと難儀していたところ、突然ものすごい大きな叫び声が聞こえてきた。

 そこで大量の包丁とフライパンを持っている謎のエルフ達と、その先頭を行くビビと出会ったのだという。

「あれは儀式か何かだったのでしょうか……どうやらエルフ達の文化は、私が知らないうちに大きく変化していたようです……」

「わかります」

 つい先日、やって来たビビから追加で包丁とフライパンのセットの注文を請けた俺は、彼女の気持ちに痛いほど共感できた。

 人生でこんなにたくさんの包丁とフライパンを作ったのはさすがの俺も、あれが初めてだったよ……。

 ――なんで主婦二刀流の勢い、とどまるところを知らないんだよ……っ!

 どう考えても剣と盾の方が強いだろうが……っ!

 間違いなくあれはビビの才能あってのものだと思っていたんだが、どうやらビビは最近本格的に主婦二刀流を体系的な流派にしようと取り組んでいるらしく、誰でも見事な包丁とフライパン捌きができるよう教理も固まってきているのだという。

 恐ろしい話だよな……って、いかんいかん。今はそれよりドワーフの話だ。

 つい大量の包丁とフライパン作成のストレスのせいで思考が逸れてしまった。

「そこでビビやナージャさんと知り合うことができた私は、まずは背に腹は代えられないとエルフ達に助けを求めることにしたのです」

 どうやらドワーフの方もエルフ達を良くは思っていないらしく、しぶしぶという感じがこちらにもひしひしと伝わってくる。

 だがエルフ達の方にも、そこまで食料の余裕はないらしかった。

 彼らは元々が狩猟民族であり、外と交易で何かを輸出入するという考え方自体を持っていない。

 穀物も育ててはいるが、それはあくまでも自分達が消費する程度の量。自活できる以上の量はない。

 そのため他部族の食料難までは解決のしようがなく、領主としてある程度小麦類の融通が利くナージャに頼ることに決めたようだった。

 そしたらナージャがこちらに来る際に俺のことをあれやこれやと褒めたものだから、それならあのラックさんであればなんとかできるはずだと、俺にお鉢が回ってきたということらしい。

 なんというか……信頼が厚すぎる!

 そこまで真っ直ぐ信じられると、俺の方も応えなくちゃいけないような気になってくるから不思議だ。

「ラックさんに頼ってなんとかならなかったことは一度もなかったですからね。信用しているんです、あなたのことを」

 そう言ってにっこり笑うナージャ。

『仮初めの英雄』からの製作依頼ではリアムの言うできるわけねぇだろってタイプのやつが一番キツかったが、その次に無茶を言ってくるのはいつだってナージャだった。

 彼女の無茶ぶりはいつも、こちらができるかどうかギリギリなところをついてくるものだから、鍛冶師としての創作魂が疼いてつい百パーセント以上の力を出してしまうのだ。

(幸か不幸か、食料難を解決できそうな手段がつい先日手に入ったんだよなぁ……偶然って怖い)

 俺は再びぽりぽりと頭を掻きながら、頭を回転させた。

 そして台所へ行き、ミスリルでできた包丁とフライパンをちらっと見てから、脇に置かれていた『収納鞄』を取ってくると、アリーシャの前にドスンと置いた。

「実はこいつの中に大量の食料が入っている。ある程度時間はかかるが、量も用意できるぞ」

 俺の説明を聞いたアリーシャの顔がみるみるうちに明るくなっていく。

「す……すごいです! さすがラックさん! さすラック!」

「……変な略し方しないでくれるか?」

 常に微笑を浮かべているナージャは口角を更に上げ、そして小さく笑った。

「ね、だから言ったでしょう? ラックさんに任せれば、どんな問題も解決するって」

 ナージャの期待が重すぎる、が……とりあえずできることをしていきましょうかね。


 最初は包丁とフライパンを直に貸そうと思ったが、さすがに怖かったので渡すのは『収納鞄』に入った食料という形にさせてもらうことにした。

 別にアリーシャが信用できないわけではないけれど、ものがものなのでよほど信頼がないと誰かの手に渡すのは怖い。

 何せこの二つ……直接的な戦闘能力こそ大してないものの、その凶悪さは下手をすればオリハルコン製のそれを上回るほどなのだから。

 まずいろいろと試してみた結果、『回復』によって材料を回復させることができる力は、フライパンだけでなく包丁にも宿っていることがわかった。

 というか調理の都合上、フライパンよりも包丁の方が効果は強力だった。

 このミスリル包丁の場合、素材を包丁によって切り離すことで怪我をしたと認識され、回復効果によって元の部分を取り戻すようなエンチャントになっていたのである。

 この怪我をしたと判断されるラインは、およそ素材の五分の一前後まで。

 つまり一キログラムのブロック肉から二〇〇グラムの肉塊を切り落とすと、ブロック肉の方で回復が発動し、元の一キログラムに戻るといった具合である。

 これを使えば、まるで錬金術のように大量の肉を生産することができる。

 この二つの道具があれば少なくとも食料不足は回復させることができるだろう。

 ただこれはあまり軽々しく世に出していいものではない。

 具体的に言うとこんなヤバいしろものが作れたということが発覚すると、俺の身が危うくなる。

 なので俺が『収納鞄』を作り、シュリが包丁で肉や野菜をカットして増やしていき、そしてジルがフライパンでポップコーンを製作(今回ばかりは盗み食い禁止と納得させた)という風にしっかりと役割分担をした上で、食料生産をしていくことになった。

 その間にナージャには領地に戻ってもらい、あいつらに俺が作った新作の魔道具を渡してもらうことにする。

 俺が作っていた新作の魔道具というのは……『通信』の魔道具だ。

 送受信が可能で音声と映像を行き来させることのできる魔道具の製作に成功したのだ。

 通信を一秒するのにAランクの魔石相当の魔力を使うために使える人物は非常に限られるが……なんにせよこれで、リアム達とのホットラインを作ることができる。

 山暮らしをして俺は痛感した。

 一度交友関係を切って、孤独な暮らしをしたからこそ思うのだ。

 やはり人との関わりというのは、大切だと。

 もちろんコミュニケーションに充てる時間は最低限でいいという考え方が変わったわけではないが……できればリアム達とくらいは、定期的に連絡を取っておきたい。

 そんな風に思うようになったのは……自然に囲まれる暮らしをした中で、俺が丸くなったからなのかもしれない。

 とりあえずナージャから連絡が来るまでは、ひたすら『収納鞄』作りに精を出すとしますかね。

 何せ数千人のドワーフ達全部をまるっと救うほどの食料が必要なわけだからね。

 鍛冶師としては少し物足りなくもあるが……人のために生きることこそ、鍛冶師の本懐……だからな。


 ドワーフの里は基本的に、鉱山の中に作られている。

 傍から見ると大量に空いている、巨大な蟻の巣とでも形容すべき大きな空間が、彼らが里と呼ぶ居住スペースになっている。

 最初はいちいち鉄鉱石を里まで運んでから精錬をしていたのだが、そのうちにそれなら鉄鉱山の近くでそのまま精錬をした方が楽ではないかと居を移し、更にそれが発展する形で鉱山そのものに住む形が定着するようになった。

 そんなことをすれば落盤事故や健康被害が馬鹿にならないのではないかと思われるかもしれないが、そちらも問題はない。

 何せ彼らは天性の手先の器用さを持っており、それをもの作りに使った際には格別の力を発揮する。

 坑道と居住用の洞穴をしっかりと分けて、落盤が起きぬよう鉄で補強するくらいはお手のもの。

 少なくとも現在人種が使っている魔力文字やエルフ魔力文字では作れぬような魔道具を作ることができる彼らは、『浄化』や『』などの魔道具を稼働させることで鉱業による健康被害を受けることなく生活を続けることが可能であった。

 己の興味の赴くままに製作活動に打ち込むためにしばしば寝食を忘れる彼らではあるのだが、ここ最近はそんなことも言っていられないような事態になってきた。

 ――の食料難が、ドワーフ達の里を直撃したのだ。

 病気に無縁ながんけんな肉体を持つ彼らであっても、さすがに空腹には敵わない。

 その原因は不明。

 しかし今年度の秋に収穫するはずの作物は、ほとんど全てが駄目になってしまったのだ。

 今までなら収穫できていたはずの大麦や燕麦、各種野菜は黒ずみ見る影もないような見た目になってしまい、またかじったネズミが死んでしまうほどの強烈な毒素まで持ってしまっていた。

 今まで溜めていた備蓄があるからなんとかなっているものの、このままでは……誰もがそんな危機感を覚えながら、動くことができないでいた。

 そんな中、精力的に動く一人の少女と、その彼女を裏で動かしている男の名は、電撃的な速度でドワーフ達のネットワークを通じて広がっていく。

 その理由は単純にして明快だ。

 何せ彼女達こそが――誰も融通することができなかったはずの大量の食料を、分け隔てなく配ってみせる……救世主だからである。


 そこはドワーフ達のいくつもある里の中でも特に南方にある、ガジールの里。

 集落の中で力を持つリーダー格のドワーフ達が、むしろの上であぐらをかき、顔をつき合わせながら話をしていた。

「くそっ、もう備蓄の大麦が切れかけちゃあおしまいだ!」

「もって後一ヶ月、か……」

「万事休す、ということか……」

 彼らの顔は一様に暗い。

 皆顔をうつむかせながら、大きなため息を吐いていた。

 が、それも当然のことだ。

 ガジールの里に暮らすドワーフの数はさほど多くはない。

 けれどそれでも大麦の袋が五十というのは、あまりにも少なすぎる量だった。

 このままでは一ヶ月もしない間に尽きてしまうだろう。

 リーダーである彼らとて、決して余裕はない。いやむしろリーダーであるからこそ彼らは率先して飯を女子供に分け与えていた。

 こんな状況であれば酒も貴重なエネルギー源だと、彼らは空きっ腹に酒を流し込んでなんとか最低限の栄養を補給しているような状態だった。

 故に彼らの顔色は里にいるドワーフ達よりも更に悪く、その頬はこけ、本来であればつやつやとして光沢があったであろう顎鬚はしなびた干物のようになってしまっている。

「ビルの里にやったモングはどうした?」

「そっちも駄目だった。わかっちゃあいたが、状況はどこも厳しいらしい……」

 これだけの食料難なのだ、当然ながら彼らもほうぼう手を尽くしている。

 周囲のいくつもの里に救援を出し、まだ元気がある者に食料と交換できるものを持たせエルフの里へと向かわせもした。

 ただ帰ってくる返答は、どれもつれないものばかり。

 同時多発的に起こっているであろう食料難の前では、いかに優れた魔法技術を持つドワーフであっても無力であった。

「野性動物がわずかに残っていると聞くが、そっちはどうなんだ?」

「駄目だな。狩人んところのリュートに聞いた感じだと、既に獲物もほとんど残っちゃいないっていう話だった」

 ドワーフの里は鉱山にあるが、周囲には未だ自然豊かな森も多い。

 そこから食料を獲ればいいと最初は誰もが思ったが、その目論見も上手くはいかなかった。

 何せ……。

「魔物が消えちまったわけだからな……跡形もなく」

「もしかするとスタンピードが起きるのかもしれねぇぞ?」

「起きたとしてもその頃には俺らは全員骨と皮になってるさ」

「はっ、ちげぇねぇ」

 生息地域から魔物が消える現象は、大量の魔物が徒党を組んで暴れ出すスタンピードの兆候に似ている。

 けれどリーダーの一人が言っていたように、それが起こるよりも間違いなく食料が底をつく方が早いのだから、考えるだけ無駄な話でもある。

「……聖女アリーシャ様が来てくれるとありがたいんだがなぁ」

「馬鹿かお前、あんな与太話を信じてるのかよ!?

 聖女アリーシャの話は、ドワーフ達が食料難にあえぐようになってからどこからともなく広がり始めた話だ。

 ここ最近、巷では誰も彼もが彼女の話ばかりを口にしている。

 どこからともなく現れたドワーフの女性が、大量の食材と共に来ては、また同胞を助けるために去っていく……。

 恐らくは絶望の中に希望を見出すために、誰かが作り出した創作だろう。

 はんっと一人の男が鼻で笑うが、次の瞬間、勢いよく扉が開かれる。

「た、大変です! アリーシャを名乗る者がやって来ております!」

 その言葉に、皆が顔を見合わせる。

 彼らは誰からともなく頷き合うと、その人物の元へと向かっていった。

 そこにいたのは、一人の女性だった。

 ドワーフの男達からするとかなりの美人に見える彼女は、彼らから挨拶を受けると、

「私はアリーシャと申します。食料を持ってきましたので、食料庫へ案内してもらえると助かるのですが……」

 男達は言われるがまま、空っぽの食料庫へと向かう。

 彼女は背負っている背嚢に手をかけ……それをひっくり返した。

 するとなんとそこから……食料が飛び出してくるではないか!

 まず最初に出てきたのは……大量のよくわからない白い何かだった。

「これはポップコーンといいまして、トウモコロシという穀物でできている食料です。一つ一つは軽いですが、しっかりと量を食べればお腹は膨れます」

 そのポップコーンなる食料が袋を一袋、二袋、三袋……百を超える袋をパンパンにするほどに大量に飛び出してくる。

 これだけあれば当座はしのぐことができるだろう。

 続いて飛び出してきたのは、新鮮な野菜や肉といった生鮮食品。

 収穫ができない状況で長いこと口にしていなかった野菜に、狩人が頑張ってもせいぜいがネズミや小さな鳥程度だった現状下では口にすることができなかった肉。

 それらを目にして、その場にいる全員がごくりと唾を飲み込んだ。

 それらは全てがなぜか薄切りにカットされていたが、そんなことは彼らからすれば些細なことであった。

 何せどれだけ食べようと思っても手の届かなかった食材が、食料庫を満たすほど大量に支給されたのだから。

「それでは私はまた次の集落へ向かいます。次の補給からは私ではなく私の代理人がやって来る手はずになっておりますので、よろしくお願い致します」

 次の支給日や代理人に使う符丁などを伝えると、彼女はそのまま風のように消えてしまった。

 まるで夢か何かを見ているようだった。誰もがどこか呆けたような顔をしている。

「ありがたや、ありがたや……」

 だが目の前にある大量の食料は紛れもなく本物であり、これもまた紛れもない現実であった。

 彼らにはわかったことが二つあった。

 一つ目は自分達は助かったのだということ。

 そして二つ目は、彼らを助けてくれた聖女アリーシャと、彼女を動かしている鍛冶神ラックは本当に存在するのだということだ――。


「よし、こっち上がったぞ!」

「はい、今すぐ詰めます!」

 俺は小屋を出てすぐのところで食材の回復を行っているメイドのラディに、作り上げたばかりの『収納鞄』を渡す。

 彼女は途中からやって来ることになった、ナージャの腹心のメイドの一人である。

 ラディは俺が作り上げた『収納鞄』を取りに来ると、そのまま外へ出て、巧みな包丁捌きで切り落としていた食材をひょいひょいと中へ入れ始める。

 そのすぐ隣からは、ぱああっという回復効果の発動する音と光が見えていた。

 見ればシュリが、目にも留まらぬ速度で食材を切りまくっている。

 こんな風に外ではナージャのメイド達が食料の増産に励んでいるわけだが……意外なことに、中でも一番食料を回復させるペースが速いのはシュリだった。

 彼女は食材の回復する量をしっかりと把握しており、これ以上は回復が発動しないというギリギリのラインで食材を切っては再生させていた。

 その速度はなんと驚くべきことに普通の『収納鞄』ではあっという間に中身が埋まってしまうほど。

 おかげで俺は彼女用に特注で金属製の箱形『収納鞄』を作らなければいけなくなってしまった。

 ただそれだけの効果はあり、箱形『収納鞄』は一つあるだけで巨大な里二つ分賄えるくらいの食料をしまうことができる。その分重たいので持ち運びが大変だったりするが、それを補って余りある効果だ。

 ――あれから俺はフル体勢で鍛冶に移ることになった。

 なんだか当初は軽く考えていたんだが想像していた以上におおごとになってしまった。誰かを助けるためだと思えばそう悪いもんじゃないが、疲れるものは疲れるから心の中で泣き言を言うくらいのことは許してもらいたいもんだ。

 俺の見通しが甘かったせいで、いくつもの誤算が生じてしまい、結果的に想像していたより大量の時間を取られてしまっている。

 ドワーフ達の人口は予想以上に多かったこと。そしてドワーフの暮らしている領域は俺が想定していたよりはるかに広がっており、その全てで食料問題が発生していたことなど、数え上げればキリがないほどだ。

 最初は俺・シュリ・ジルの二人と一匹態勢で回そうとしていたんだが、そんな状況だとすぐに手が足りなくなってしまった。

 そこでまず最初にやったのは、ミスリル製の『回復』包丁とフライパンの増産だ。

 食料を大量に生産できれば、それだけドワーフ達に食料が回るペースも上がるからな。

 元々リアム達に一組ずつプレゼントする予定ではあったので、『仮初めの英雄』それぞれにワンセットずつの合わせて四組と、普段使いするための一組の合わせて五組を用意させてもらった。

 次に行ったのが人員の確保だ。

 食料を増産するための人手と、増産した食料をドワーフの里まで届ける者達が両方必要だった。

 前者はジュリアに連れてきてもらったナージャの腹心のメイド達を使うことになった。

 それだけの人員が小屋に泊まれるわけもないので、今では外に仮設小屋まで建てている状態だ。

 かなり大規模に食料を増産することになったのはいいが、もう山に隠れ住んでいる感はゼロだ。

 そして後者の方はというと……。

「来ました、ウッディさん!」

「用意はしてある! 持っていってくれ!」

 アリーシャの里のドワーフの女性が、メイド達が切って回復させた素材を大量に詰め込んだ『収納鞄』を持って森の中に消えていく。

 彼女の護衛をしているドワーフ達がこちらにぺこりと頭を下げてきたので、俺は軽く手を上げて挨拶だけさせてもらうことにした。

 そう、後者の方はとりあえず一番最初に食料問題をなんとかできたアリーシャの里の人間を使うようにしていた。

 エルフほどではないとはいえ、ドワーフ達も人種のことはあまり良く思っていないらしいからな。それに同胞同士の方がいろいろと話が早いだろうという目算もあり、そちらの方は狙い通りに上手いことスムースに話を通すことができていた。

 こんな風にいろいろと大規模になりながらも、俺達の食料増産は今のところ順調にいっていた。

 もちろんこれはあくまでも一時しのぎの応急措置だ。

 所詮十二、三人の作業量では、恒久的に食料問題を解決できるような事態にはならない。

 ただ、しばしの時間が稼げればそれで構わないのだ。

 何せ困っている人を助けるのは俺のような普通の鍛冶師の領分じゃなく――仮初めの取れた、本物の英雄達の仕事だからな。

 その日の夜、俺が作りナージャに渡していた『通信』の魔道具に着信があった。

 とうとうリアム、フェイ、ミラ、ナージャの四人の元に魔道具が行き渡り、連絡を取ることができるようになったのだ。

 俺はその日のうちに四人とアポを取り、久しぶりに『仮初めの英雄』の四人と顔を合わせることになったのだった――。


「あーテストテスト、聞こえますか? 僕だよ、リアムだよ」

「うるさいわね、そんなに大声出さなくても聞こえてるわよ! こちらはフェイ!」

「フェイの方がうるさいでしょ! わっ!」

「二人とも大声出さないで! こちらミラ!」

「ミラが一番大きいんじゃない……? ナージャです、お久しぶり……というほど時間は経っていない気もしますが」

「……相変わらずうるさいな、お前らは」

 久しぶりに会ったリアム達は、以前となんにも変わっていなかった。

 別れた時はいろいろとパーティーだのパレードだのと忙しく、更に王様から爵位なんかももらっててんてこまいだったようだが、そちらも大分落ち着いたのだろう。

 彼女達の顔には血色が戻っていた。

 どことなしか貫禄のようなものも出てきているような気さえする。

(最後に会った時から……どれくらい経っただろうか?)

 多分半年は経ってないと思うんだが……俗世を離れて山籠りをし始めるようになってから妙に時間の流れが早い気がする。

 なんだか父さんみたいなことを考えるようになってしまったな。

 このままだと俺はそう遠くないうちにおじいちゃんになってしまうかもしれない。

「ええい表に出ろリアム! 今すぐ戦って決着をつけるぞ!」

「よし、やってやる!」

「外に出てもただ星空が見えるだけだと思うんだけど……」

「たしかにこの場にいるような臨場感がありますので、気持ちはわからなくはないかと……」

 基本的にリアムは直情径行でフェイは脳筋なので二人は仲が良い。

 ただそれは俗に言う喧嘩するほどなんとやらというやつで、その分二人は喧嘩をすることも多く、そのせいでガチバトルに発展することもよくあった。

 一度なんかパーティー分裂の危機になったことまであったほどで、その時は全力で戦ったせいで二人とも自分の得物を全壊させたんだよな……。

 あの時は喧嘩で俺の武器を壊すなと、拳骨と長時間の説教をくれてやったっけ……なんだか懐かしいな。

 わずか数年前のことなんだが、まるで遠い昔のことのようだ。

「にしてもすごいよねぇこの……『通信』の魔道具だっけ?」

「ですねぇ。まさかこうやって遠く離れたところから、顔を見ながらお話ができるなんて……」

 リアムとナージャの心からの賛辞に嬉しくなった俺は、つい照れてしまい鼻の上を擦る。

 自分が作ったものを自分が力を認めているやつらに認められるというのは、何度味わっても悪くないものだ。

「――ってそうそう、今はフェイと喧嘩してる場合じゃないんだった!」

 どうやら本日の本題を思い出したらしいリアムが、ポンッと手を叩く。

 この『通信』の魔道具は魔力を使い光と音を擬似的に再現しているにすぎないため、少しズレたタイミングで他の三人が首を縦に振る。

 四人が真面目な話に入ろうとしているので、俺も真剣な顔を作った。

「とりあえずナージャに言われた通り、エンポルド子爵領のルザネアの方に可能な限りの食料を送ってるよ。備蓄も解放した大盤振る舞いをしたし、商人達も焚きつけたから民間の二陣三陣もそう遠くないうちに着くと思う」

「うちのところもリアムと大体似たような感じかな。ただうちの場合は備蓄を解放するんじゃなくて、国で商人の在庫を買い上げてから流したわ。そのせいで文官がカンカンだったけど……命には代えられないものね」

「私んところもそうだ。難しいことは全部部下に任せたが、とりあえず食料を送れるだけ送らせてもらったぞ! 金が余ってたから、私の私財も結構使った!」

「ちょっと……それ大丈夫なの?」

『仮初めの英雄』の四人は、既に爵位をもらっている。

 リアムは家格を考えて彼女の家ただ一つにだけ送られる勇者の貴族、勇爵を。

 フェイとミラは王家の血のつながりがない中で最高位である侯爵の地位を。

 教会に身を置いているので、あまり俗世の高い地位があっても困るナージャはわずかな土地をもらい子爵を。

 会議の参加メンバーは、俺を除いて全員貴族だ。

 特にナージャ以外の三人に関しては広大な領土と大量の領民を抱えており、食料の生産量は当然ながらとてつもなく多い。

 そのため彼女達に食料支援を頼んだのだ。

 ちなみに今回も、まだまだ恩を返し足りないと言っていたジュリアの雷特急便でお願いした形である。

 さすがにこの小屋での人力生産だけだと、急場しのぎにしかならないからな。

「で、どういうなのかな? 一応ある程度は聞いてるけど、本人の口から一度詳しい話を聞かせてもらえると助かるんだけど……」

「ああ、それじゃあ少し長くなるかもしれないが聞いてくれ」

 手紙では食料支援とそのざっくりとした理由しか説明していなかったため、とりあえずビビがやって来たあたりからエルフの里を救援し、そのままドワーフの里を助けることに至った一連の流れを話していく。

 現地に行っていろいろと動いていたらしいナージャに適宜フォローをしてもらいながら話し終えると、三者三様の反応が返ってくる。

「さすがラックだね! 人助けをせずにはいられないその在り方、すごく素敵だと思う!」

 リアムには手放しで褒められ、

「ラック……お前はまた相変わらずとんでもないことばかりしているなぁ。でも今のラック、こっちにいた時よりずっと活き活きとした顔をしてる気がする」

 フェイからはそう言って笑われた。

 ちょっと鏡を見て自分を確認するが……そんなに変わっただろうか?

 俺自身としては何かを変えた記憶はないんだが……たしかにいろいろと変化はあった。

 ジルというもふもふがいることで動物と触れ合う時間を取るようになった。

 押しかけ女房的な感じでシュリがやって来たことで生活時間を規則的なものに変えられ、きちんと食事も取るようになった。

 ここ最近は忙しいのは事実だが、自分が好きなことをする時間はきちんと取れているし、山暮らしを始めてからというもの俺のインスピレーションは爆発するばかりだ。

「あなた、自分がしたことがどれだけのことなのかわかって……ないのよね、はぁ……」

 ミラからは何故か呆れられてしまった。

 どれのことを言っているかわからないくらいには心当たりしかないので、とりあえず黙っておく。

「でも僕達の食料が届くまで間に合うの? 今はなんとかなってるみたいだけど、どうしてもかさばるものだし時間がかかっちゃうと思うんだけど……」

「ああ、それに関してはだな……」

 ミスリル製の包丁とフライパンの効果を説明してやると、さすがにめちゃくちゃ驚かれた。

 事前に全てを話しているナージャだけが、うふふといつもと変わらぬ微笑を浮かべている。

「い、いや、食材の回復って、そんなむちゃくちゃな……」

「それ……大丈夫? 世界の摂理とかに反してない?」

「ラックの取り合いで戦争が起きるわよ……もしかしてあなたって、世界に混沌をもたらす魔王の隠し子だったりする?」

 皆してひどい言い草である。

 きっと映像越しに見た俺の口は、見事なまでにへの字に曲がっていることだろう。

 俺が気の弱いシャイボーイだったら間違いなくメンタルがブレイクしていたに違いない。

「もちろん普通に『回復』の魔道具としても使うことができる。少なくとも魔物相手には部位欠損も直せることは確認しているから、武器としては使えなくとも、他にいくらでも使いではある。いろいろと使えるだろうと思い一応四人分用意したんだが……必要はないみたいだな」

「どうやら三人ともいらないみたいなので、私に四組いただけると助かります」

「ちょっと待ちなさい、そこの腹黒シスター! 前言撤回! 神様仏様ラック様!」

「僕も欲しいよ! せっかくのラックが新しく作った包丁なら使ってみたいもん!」

「もちろん私も欲しいぞ!」

 四人がまたやいのやいのと騒ぎ出したので、俺は黙って腕を組んでその様子を見守ることにした。

 どうやら四人は魔石を使っている様子もないので自前の魔力でなんとかしているようだ。

 今こうして口喧嘩をしている一分一秒の間にもものすごい魔力量を使っているはずなんだが、四人の顔色はまったく変わってはいなかった。

 さすが魔王を討伐したパーティーのメンバーだけのことはある。

 ちなみに俺も自前の魔力でなんとかしている。

 俺はまぁ……鍛冶ばっかりしてきたから魔力量だけならかなり多いみたいだからな。

 ただこの使用量だと現状では量産しても使える人間はごく一部に限られそうだ……多分だけど下手な魔石を使っただけでは、魔力の補充より消費の方が早くなってしまうだろう。

「さて、そろそろいいか? もちろん一人に一組ずつ配らせてもらうんだが……多分だが食料生産に使うより、普通に高性能な『回復』の魔道具として使ってもらった方が効果は高いだろう」

「え、そうなの?」

「いろいろと使ってわかったんだが、どうやらこいつらには欠陥があるらしくてな……」

「ラックが作るものなのに、そんなことがあるんだな」

「たしかに、かなり珍しい気がするわね……」

「いや、俺はそんなご大層な人間じゃないぞ。まぁ厳密に言うと、欠陥ではないんだが……」

 俺は何日もの間、この『回復』の包丁とフライパンを使ってみてわかってきたことを説明していくことにした。

 最初この包丁を作った時、俺はこの世界から飢餓そのものがなくなる、いわゆる永久機関的なものを発明してしまったのではないかと考えていた。

 けれどさすがに世の中、そこまで甘くはなかったのだ。

「この包丁とフライパンは……使えば使うだけ、食料を『回復』させる機能だけが失われていくんだ」

 フェイの言っている世界の摂理に反しているという言葉は、実は案外的を射ていたりする。

 大量に食料を生産するようになってわかったことなんだが……『回復』効果には回数制限のようなものがある。

 それが何故かはわからない。

 少なくとも魔力情報を確認する限りでは回数の使用の度に情報が劣化するようなヘマはしていないし、やはり何度検算をしてもメンテナンスをしなくても数年は使えるもののはずなんだが、この包丁を全力で使うと一ヶ月もしないうちにまったくエンチャントのないただのミスリル包丁に戻ってしまうのだ。

 この原因はなぜなのか。

 幸いというか大して頭を使わずにできるミスリルの包丁とフライパンの量産作業をする中で考えることに頭を回すだけの余裕があったため、俺は思索にふけることができた。

 そして恐らくという但し書きはつくものの、一応の推測ならつけることができた。

 これが正しいのかどうか、聖職者であるナージャに聞いてみることにしよう。

「そもそもの話、神聖文字でエンチャントとして発揮させることのできる『回復』は本来であれば祝祷術で行うことの範囲に入っている。俺はこれが神の領分をあまり侵しすぎるな……という神様からのメッセージなんだと解釈した」

 薬草類から作り出すことのできるポーション類では祝祷術には敵わない。魔道具で発揮されるエンチャントの効果も同様だ。

 だが神聖文字を使って魔力素描を行った場合、部分的にだがナージャが行使できる祝祷術レベルの回復効果を発揮させることができてしまう。

 この世界には複数の神が実在している。祝祷術を使用可能とするのは光の神グレイスフィールの領分だし、鍛冶とクラフトを司るのは火の神であるヘパイストスの領分だ。

 ここからは俺の予想……というか完全に妄想になってしまうんだが。

 多分だけど……ヘパイストス側が、グレイスフィールに配慮したのではないだろうか。

 もしエンチャントで祝祷術を全て賄うことができるのなら、人が神に祈る必要などなくなってしまう。

 鍛冶の神でもあるヘパイストスからしても、それは避けたかったのではないだろうか。

「それなのにある程度は効果を発揮してくれるのは……俺が鍛冶の頂をほんのわずかでも覗くことができたから、そのご褒美なんじゃないかな……なんていう風に思ったり」

 当初は無限にできるだろうと思い戦々恐々としていたわけだが、実は内心でホッとしていたりもする。

 ミスリル製の包丁を定期的に打ち直す必要が出てきてしまったのは面倒だが、無限回復編が始まることに比べればこちらの方がずっといい。

 俺は映っている映像の中で右上に見えているナージャの姿を見る。

 いつもにこにことしているナージャにしては珍しく、笑みを消して真面目な顔をしている。

 おとがいに手をやりながら少し右上を見るそれは、彼女が考え事をしている時の癖だった。

「恐らく……ラックさんの言っていることは間違っていないと思います」

 考えを整理しているからか、ゆっくりと話し始める。

「これは教会内でも知っている者の極めて少ない情報なのですが……実は古代文明が滅びた原因の一つは、神へのぼうとくであったとされています」

「……なるほどな」

「つまり……どういうこと?」

「私にもさっぱりわからないな!」

 今よりはるかに優れているとされる古代文明。

 その技術の一端に触れたからこそ、文明の差が今と比べるとどれだけ違っていたのかがよくわかる。

 神聖文字による表現の幅と古代魔族文字による異常なまでの出力量。

 この二つを使えば一時的にとはいえ他神の領域を侵すことすら可能だ。

 恐らく光の神グレイスフィールだけではない。

 古代人達は風の神であるロキや水の神であるミルヴァスなど、いくつもの神の領域を侵したのだろう。

「そしてそれが……神達の逆鱗に触れたと」

「はい。神への敬意を失った古代人達は、神域に至り神をも超越しようと企てたとされています。現状を見れば、その結果がどうなったのかは推して知るべし、というやつですが……」

 神は決して優しいだけの存在ではない。

 そして神のえいは俺達の力が及ぶべきところではない。

 しかしなるほどな……あれ、でもだとすると俺の現状ってもしかしなくても、相当にマズくないか?

「……もしかして俺って、そのうち神罰で死んだりするか?」

「いえまさか、領分を侵されたグレイスフィール様でさえ、あなたのことは快く思っているようですよ。何せ実は先日、そういうしんたくが下りましたから」

「ほっ、それならいいんだが……」

 ナージャクラスの聖職者になると、神から神託を受けるくらいは朝飯前だ。

 以前一度だけだが、神をその身に下ろしたこともあると言っていたし。

「ラックさんの作り出した金物が正しく効果を発揮させていることこそ、あなたの鍛冶の腕が神域に至り、神様から認められたことの証明です。ですのでもっと誇っていただいても大丈夫、とのことです」

 神域、か……言われてもさすがにピンとこないな。

 俺は自分が才能があると思ったことは一度もない。

 ただ生まれてこの方、愚直に真っ直ぐ鍛冶と向き合い続けてきただけだ。

 それを神から認めてもらえたというのは、なかなかどうして悪くはない。

 あまり派手なことをしすぎたらマズいだろうが、俺が自身で鍛冶の道を探究するくらいなら、きっと神様もお目こぼししてくれることだろう。ヤバかったらナージャを通じて、話もしてくれるはずだしな。

 ということでその後は喧嘩が起きるようなこともなく、時折雑談も交えながら近況報告をして、今後の話を決めていく。

 俺にできるのは頑張って『回復』のエンチャントのついた金物と『収納鞄』を作ることくらいなものなので、とりあえず話を聞いて頷いておくくらいのことしかできない。

 応援態勢は無事に整い、食料不足に関してはなんとかできる目算も立った。

 王国が全体的に豊作だったこともあり、そこまで苦労することなく食料は供給することができるらしい。

 とりあえず今しばらく耐えれば、俺の出る幕はなくなりそうだった。

 俺が再び山籠りのスローライフを送れるようになるのも、そう遠い話ではなさそうだ。

「ドワーフの里で起こっている不作の理由はわかったのか?」

「一応いくつかあたりはつけている……という感じですかね。その話はこの後リアム達としようかと」

「……おう、そうか」

 この中では俺だけが『仮初めの英雄』のメンバーではないし、故に貴族でもなかった。

 出会った頃とは違い、彼女達は王国の中でしっかりとした立場を持っている。

 俺がいては話せないこともあるのだろう。

「それじゃあ……またな」

 少しの寂しさを感じながら、『通信』の魔道具の電源を切る。

 俯き加減だった俺は四人の口角がわずかに上がっているのに、この時は気付けなかったのだった――。


「……ふぅ、どうやら行ったみたいだね」

 ラックの映像が消えしばらく経ってから、口火を切ったのはリアムだった。

 彼女の顔には、以前はいつも浮かべていて、しかしここ最近ではあまり見せることのなくなったいたずらっぽい笑みが浮かんでいる。

「しっかしまさか、ラックがまたとんでもないものを作ってるとは……これ一本でてんやわんやだったっていうのに……」

 そう言ってリアムが持ち上げたのは、以前別れの際にラックが手渡した聖剣と禍剣の性質を併せ持つ魔剣、聖魔剣カオティックレイ。

 この剣の性能は、正直なところ常軌を逸していた。

 その切れ味と攻撃力は禍剣を超えており、聖剣に勝るとも劣らぬほどの『身体強化』は一兵卒を騎士団長に勝たせてしまうほどに強力だったのだ。

 そんなわざものを隠し通せるはずもないので国王に話をすると、尚一層騒ぎは大きくなってしまった。

 いろいろな人間がラックとアポを取ろうとして、元々店があった更地に大挙して押し寄せるほどだったのだ。

 専属鍛冶師を辞めると聞かされた時は本当にショックだったが、今となってみればあのタイミングで店を畳んで山へ出かけていたのはぎょうこうですらあった。

 ちなみにリアム達は結託して、ラックの情報を隠し通していた。

 彼女達にとってラックはかけがえのない戦友だった。

 そしてそれは何も魔王との戦いの勝利に大きく貢献してくれたというだけではなく……出会った時から一蓮托生で共に歩いてきたという自覚のある彼女達にとって、ラックは何よりも大切な存在でもあったのだ。

「それにしても素材を回復させる包丁はさすがに驚いたわね……聖魔剣はまだただ強いだけの剣だったからアレだけど、包丁に関しては本当に隠し通さないとマズいわよ」

「そうなのか?」

「はぁ……フェイ、そんなこともわからないのね」

「馬鹿にするな! 私のことを馬鹿にしていいのはラックだけだ!」

 あんな馬鹿げた性能の包丁やフライパンが何本もあってはたまったものではない。

 聖魔剣に関しては、リアム用のワンオフだと納得させたからこそ今では沈静化できている。

 使われているのが古代文明の技術であることを隠しきれたため、そこまで大事にはならなかったのも大きいだろう(それでもある程度の騒ぎにはなったが)。

 だがあんなものが新たに出てきてしまえば、せっかく消した炎が再び燃え上がるのは疑いようもないことだろう。

 食料を量産できる魔道具が作れると発覚すれば、恐らく王国はなんとしてでもラックのことを取り込もうとするに違いない。

 またどこかから彼が古代技術を現代に復活させたことがバレれば、その騒ぎは間違いなく大きくなる。

「ことはもう、王国だけの問題じゃ収まらなくなる。ラックの力が知られれば彼は恐らく……いや間違いなく、世界中の全ての有力者から身柄を求められることになるでしょうね」

「うーん、やっぱりそういう感じになっちゃいそうだよねぇ」

「ラックの力が認められた方がもちろん嬉しいとは思うんだが……なんだか複雑な気持ちだぜ」

 ラックの正体を知る人物は、この世界には両の指で数えられるほどしかいない。

 未だ彼が『仮初めの英雄』の元専属鍛冶師としてすら認識されていないことを、彼女達自身は歯がゆく思っている。

 けれどそれがラック本人のたっての願いであるからこそ、彼の気持ちを尊重してきた。

 ラックは有名になって鍛冶師として名を上げることを求めていない。

 彼は本当に、鍛冶の道を極めることしか頭にないのだ。

 リアム達からすると、ラックは自分の作るものについてあまりにも無頓着だった。

 彼は技術的なところには傍から見ていて異常に思えるほど執心するくせに、自分が作ったものが世界にどれだけ大きな影響を与えるかなどということは考えもしないのである。

 けれどそんな彼の在り方を、リアム達は愛しく思っていた。

 故にリアム達は彼の安住を守るつもりだった。

「とりあえず国の力を借りる選択肢はナシだな。私らだけでやろう」

「ええ、せっかくエルフとドワーフとのパイプができたんです。これをあいつに渡すのはあまりにももったいない」

 リアム達は実のところ、アレクサンドリア王国に対しあまりいい感情を抱いていない。

 王はリアム達にほとんど何の援助をすることもなく、ただ彼女達が王国出身だったからという理由だけで全てが王国の手柄であるかのようにけんでんした……どこかの名声を気にもしない鍛冶師とは正反対に。

 更に言えばラックの正体を率先して割り出そうとしたのも国王である。

 既に彼女達の不信感は、抜き差しならないところまで高まりつつあった。

 ラックの平穏を守るため――その思いで彼女達は団結し、動いている。

 ナージャが単身エルフの里へ出向き彼らと国交ではなく個人的なゆうを結んだのも、その計画の一環であった。

 そう、全ては……信用のできない王国ではなく、自分達でラックの平穏を守るため。

「とりあえず、現地集合でいいか?」

「ええ、私達が集まれば、どうとでもなりますよ」

 ドワーフ達の食料難は、作物の不作が起きている根本的な問題を直さない限り解決しない。そちらの方は、ナージャが既にある程度あたりをつけている。

 彼女達『仮初めの英雄』が出張れば、問題なく解決は可能な案件だった。

「それじゃあ久しぶりに――『仮初めの英雄』、全員集合だね!」

「せいぜいラックのこと、驚かせてやりましょう?」

「「「おーっっ!!」」」

 遠い空の下で、自分のせいで事態がどんどん大事になっているなどとはつゆ知らず。

 ラックは一人、ちょっと寂しさを感じながらジルをブラッシングしているのだった――。


『仮初めの英雄』の皆と連絡を取ってから、俺はまた鍛冶とクラフトの日々を送ることになった。

 終わりが明確に見えていれば、耐えるのは簡単だ。

 ただ単純作業を繰り返していてもつまらないため、より効率良くエンチャントを施すにはどうしたらいいのかを考えながら余っている魔力容量を使う形で、試行錯誤を重ねていく。

 やって来た食料配達の第一陣が子爵領に入ったという通信があった時点で、既に当初と比べて食材の再生速度はかなり速くなり、また効果が消えるまでの時間も倍以上伸ばすことができた。

 ただこれ以上はさすがにできることがない。

 ヒヒイロカネクラスの超のつく稀少金属を使えばまた話は変わるかもしれないが、わざわざ使うのもアレだしな。ヒヒイロカネを使うなら、もっと試したいエンチャントがいくつもあるからな。こんなもんで十分だろう。

「そろそろ来るなら……これ以上の増産は必要ないか」

 ちなみに既に、『収納鞄』の増産はやめている。

 食料供給をしたドワーフ達がある程度のペースで行き来するようになり、今あるものだけで回せるため、作る必要がなくなったからだ。

 なのでここ最近はスケジュールに大分余裕ができていた。

 今はもう少し燃費を良くするべく、『通信』の魔道具をいろいろと弄り回している。

「ラ、ラックさん、大変ですッ!」

「どうした、シュリ?」

「たったた大変! とにかく大変なんです!」

 小気味良いリズムで噛みまくっているシュリから話を聞くと、どうやら大量の食料を持った馬車が現れたらしい。

 事前に話はしておいたから、そんなに驚くこともないと思うんだが……そんな風に思っていた俺は、やって来た人員を見てシュリに負けず劣らずびっくり仰天することになる――。


「やぁラック、久しぶり!」

「半年ぶりくらい? なんか前より清潔感が出た気がするわ」

「たしかに、ラックもなんだか若返った気がするな! 久しぶりの再会を祝して、今日は宴会だな!」

「久しぶりに賑やかで……なんだか楽しいです」

 なんとやって来た人員を引き連れているのが――先日連絡を取ったリアム達だったのだ!

 しかもまさかの、『仮初めの英雄』のメンバー勢揃いである。

 いや、リアム達の領地って、このエンポルド子爵領に気軽に来れるほど近くはなかったと思うんだが……本当になんでいるんだ?

「わふっ!」

 リアム達を見たことがないジルは、なんだか興奮しながらぐるぐると辺りを走り回っていた。

 どうやら獣の嗅覚で、リアム達がただものではないことを感じ取ったらしい。

「この子……守護獣じゃない。しかもなんだか見知らぬ子もいるし……ラックの方もいろいろあったみたいね」

 ミラはそう言うと、俺の後ろからひょこっと顔を出しているシュリの方を見た。

 守護獣を知っているのか……『もしかすると俺が知らないだけで有名なのか?』と思いくるりと見回すと、フェイの方は首を傾げていた。

 どうやらミラが格別博識なだけらしい。

「ん……まぁな。そうは言っても上級貴族になったミラ達と比べたら誤差みたいなもんだと思うが……あ、そういえばきちんと敬語とか使った方が良かったりするか?」

「いや、今まで通りでいいぜ! ラックにかしこまられたらこっちが困っちまうしな!」

 俺としても敬語で話すのはやりづらいので助かる。

 で、どうしてわざわざリアム達がやって来たのかという話になったわけだが……どうやらドワーフ達の食料不足の問題を手ずから解決するから、ということらしい。

 たしかに思い返してみれば、リアム達は人を生け贄に求める邪竜が現れればすぐさま討伐に向かったし、何か危険が生じればいの一番に向かうことが多かった。

 貴族家の当主としてはあまりよくないのかもしれないが、一人の友人として言わせてもらうと変わっていなくてほっとするというのが本音だ。

「今すぐにでも行った方がいいか? なんなら供応のための準備もするが」

「うーん……?」

 リアムが期待するような顔をしながらミラの方を向く。

 けれど現実は残酷で、ミラは無情にも首を横に振った。

「祝杯を上げるのは全部が終わってからにしましょ。ほら、行くわよ」


「わわっ、ちょっと待ってってば~!」

 ミラ達は馬を休ませている兵士達の方へ向かい、話し合いを始めた。

 多分今後のスケジュールについて話をしているんだろう。

 どうやら食料輸送のためにちょう兵を連れて来ているらしく、いちいち動作がキビキビとしていた。

 あ、そうだ。

 食料輸送と聞いて大量に作っておいた『収納鞄』をお披露目しなくては。

 輸送が楽になるように、ある程度高性能なものを用意しておいたんだ。

 ブリーフィングを終えて円になって休憩しているリアム達のところへ持っていくことにした。

「あらラック、それは……?」

「ああ、これは『収納鞄』と言ってだな……」

 俺の説明を聞いたリアム達が、ぶーっと飲んでいる飲み物を噴き出した。

 うおっ、ちょっと俺にかかったんだけど!?

「ラックあんたはもう本当に、次から次へと……っ!」

 眉間にしわを寄せながら頭を抱えるミラに、ナージャが回復をかける。

 ナージャは事情を知っているはずなんだが、『回復』の金物と同様『収納鞄』のことも伝えていなかったらしい。

「これ、どれくらい入るの?」

「用意したのは最新式の魔鉄製の箱だから……まぁ多分家数軒分くらいは入るんじゃないか?」

「家数軒、って……」

「……はぁ、なんだかもういちいち突っ込むのにも疲れてきたぜ……」

「これ、輸送の概念が根本からひっくり返るわよ……」

 たしかにこいつがあれば列になるほど大量の馬車が運ぶ分を、六頭立て馬車一つで賄うことができる。

 補給段列にも影響があるだろうし、事前に伝えて渡しておくべきだったかもしれないな……ついうっかり忘れていた。

「すまないな、事前に渡しておくべきだった」

「大丈夫よ……ラックがそういう人だって、私達はちゃんとわかってるから」

「うん、だからあとは僕達に任せてね!」

「任せてって……ドワーフ達のことだよな?」

「もちろんそれもそうだけど、それ以前に……」

「わーっ! ちょっとリアム、それ以上言うんじゃないわよ!」

「むむーっ!!

 ミラに口を塞がれながら、リアムは輜重兵達の方へ引きずられていった。

 どうやら『収納鞄』の能力を考慮した上で、改めて食料の運搬方法を調整するらしい。

「ラック、また後で!」

「帰ってきたら打ち上げするからな! 準備しといてくれよ!」

「おう、任せとけ。腕によりをかけて料理を作るよ……シュリがな」

「――って、人任せかよ!?

 話し合いを終えたら、リアム達はさっさとドワーフ達の元へと向かっていった。

 彼女達の姿が見えた時点で、俺はドワーフ達の心配をする必要はなくなった。

 むしろ心配すべきは、打ち上げに出す料理や酒の内容だろう。

 何せリアム達は――本物の英雄だからな。


 結果的にリアム達は、馬車を自分達が使う一台を除いて帰らせることを決める。

 そしてそこに現在ラックが所有していた『収納鞄』を全て載せて、身軽な状態で飛び出したのだ。

 輜重の人間や兵士達は当然ながら抗議の声を上げたが、リアム達勇者パーティーが自分達より弱いのなら来る必要がないと言えば、それに反論をするのは不可能であった。

 彼らは傍から見るととてつもない速度で、けれど本人達からすれば鼻歌交じりでできるほどの気軽な速度で森の中を駆けていった。

「まさか四人だけでまた行動できる日が来るなんてね」

「今後機会は増えることになりますよ、きっと」

「ひっさしぶりの冒険だなぁ、腕が鳴ってきたぜ」

 リアム達『仮初めの英雄』は晴れやかな顔をしながら、立ちはだかる魔物達を鎧袖一触に蹴散らしていく。

 貴族として爵位をもらってからというもの、実戦の機会はグッと減った。

 けれど当然ながら鍛錬は欠かしていない。

 魔王を討伐した時と遜色のないだけの戦闘能力を保持し続けている。

「うーん、駄目だなぁ。槍を戻すまでの間が0・01秒くらい微妙に遅くなってる気がする」

「私も回復以外の祝祷術の展開速度と効力が微妙に劣化している気がします」

「私も似たようなものね……鈍りたくないものよ、本当に」

 ただそれでも本人達からすると納得がいかない様子で、彼女達はやって来た時のビビが苦戦していた森の中の魔物達を、文字通りせんめつする勢いで先へと進んでいく。

 一昼夜ほど粘って駆ければ、エルフの里へたどり着いた。

 来ることは事前にナージャが伝えていたため、里にも問題なく到着。

 そしてそのままエルフ達といくつかの約束事を交わす。

 交わすのはあくまでも個人的な友誼で、国としての付き合いはしない。

 今後はラックの拠点を通すような形で、リアム達の側からは加工品や魔道具などの文明的な産物を、対価としてエルフ達は培ってきた魔法技術をという形で相互に利のある取引だ。

 そしてこの場でも、ラックの名が想像以上の効力を発揮させる。

「ラック殿から話は聞かせてもらっている……彼は我々にとって命の恩人だ。彼のためになら、いくらでも力を貸そう」

 エルフの里を救い出したのは、ナージャという人脈を使ったことも含めて、まるごとラックの功績であった。

 更に言えばビビにあの包丁とフライパンを与えたのも、現在エルフで大流行している主婦二刀流の武器を揃えているのも彼であり、頑迷で排他的なエルフにしては珍しく、ラックはまるでエルフ達の恩人としてたたえられていた。

 それを聞いて悪く思わないのはリアム達の方である。

 ラックのことを認めてもらって、嬉しくないはずがなかった。

「僕達はこれからドワーフ達を助けに行く。なのでこれは提案なんだけど……」

 リアムが口にしたのは、今後はこのエルフの里を通じる形でドワーフ達とも連絡を取りたいということだった。

「ドワーフ達との交流か……必要なことなのか?」

「今後のことを考えれば、間違いなく」

 リアム達の腹案――それはラックの暮らしているアレルドゥリア山脈を通す形で、エルフとドワーフとの交流を復活させるというものだ。

 違う文化圏と優れた技術を持つ彼らとの交流は、リアム達の領地に莫大な利益を与えてくれるだろう。

 ラックの平穏な生活を守るためには、自分達が国王の言いなりにならぬほどに力を蓄える必要があった。

「うむむ……わかった。アリーシャの里のドワーフ達とは何度か連絡は取っているからな、ドワーフだからといって毛嫌いしているだけではいけない。私達が変わるべきタイミングがあるのだとすれば、それがきっと今なのだろう」

 リアム達はドワーフとエルフの間の仲の悪さもありすぐに確約はできないという前置きはあったものの、前向きに検討してもらうことに成功する。

 彼女達はその足でドワーフの里へと向かっていく。

 畑を襲っている不作の原因は、土地に満ちている瘴気がその原因であった。

 瘴気とはこの星そのものが持っている魔力のパスである地脈の流れが狂うことによって生じる悪しき魔力だ。

 それが悪性のものであるのなら、善なる光の神であるグレイスフィールの権能が通用する。

 ナージャは己の祝祷術を使い、土地へかかる瘴気を払ってみせた。

「おお、畑が……畑が蘇っただ……」

 畑作を得意とするドワーフがぺろりと土を一舐めすれば、それだけで土地がを取り戻したことはすぐにわかった。

 ナージャ達はドワーフから感謝されながら各地へ赴き、瘴気を払いながらその原因を探し続けた。

 その原因を突き止めたのは、魔力に関して造詣の深いミラであった。

 彼女は本来であればよどみなく循環するはずの地脈が、ある箇所で詰まっていることを看破してみせた。

 その場所とは、最南端にあるドワーフの里よりも更に南へと向かった地。

 そこに何かがあることを理解した『仮初めの英雄』達は、ドワーフ達からの信頼を獲得しながら先へ進んでいく。

「まさかラックさんが鍛冶神としてあがめたてまつられているとは……ふふっ、本人が聞いたらなんて言うんでしょうね」

「間違いなく柄じゃねえとは言うだろうな」

「でもラックの鍛冶の腕って間違いなく神域に至ってるから、あながち間違ってなさそうなのがすごいところよね……もしかしてだけど、将来死んだら亜神くらいにならなれるんじゃないかしら?」

 神が実在するこの世界では、生前の行いによって人間が神格を持つこともままあることだ。リアムなども既に神から直接啓示を受けているため、本人が望めば神として天上で永遠の命を謳歌することも可能であった。

 彼女達の見立てでは、ラックの鍛冶の腕は既にヘパイストスに迫るほどの領域に至っている。

 本人は頑なに認めないが、ここにいる四人はラックの鍛冶の腕を誰よりも認めているのだ。

 彼女達は誰かに尋ねられればノータイムで、ラック以上の鍛冶師などどこにもいないと言い切るのは間違いない。

 彼を守らなければと考えたら領地をほっぽって自分達で動いてしまうのだから、彼女達の思い入れも相当なものだろう。

 いくら領地の運営は雇っている文官や官僚任せとはいえ、それでも長期間自分の領地を空けることになるのは間違いないのだから。

 彼女達はそのまま進み続け――そしてドワーフ達の住まう領域全体の土地を汚染していた、その元凶と遭遇する。


 地脈の詰まりの原因となっているのは、ドワーフの領域を越えていった先にある湿原だった。

 特定したその場所へ向かうと……そこには、地平線を埋め尽くすほどに大量の魔物の姿が見えている。

 魔物の数は五千を優に超えている。恐らくは一万も超えているだろう。

 魔物達にはまったくといっていいほどに共通項がなかった。

 蜥蜴とかげのような鱗と頭を持つリザードマンから、捕食した魔物の特徴を手に入れることのできるキマイラ、更には骨だけのドラゴンであるスケルトンドラゴンなど……魔物達はグループを成すこともなく、なんの統一性もなく並んでいる。

「プシュウ……」

「フシュルルル……」

「ガルルル……」

 ただ全ての魔物に共通して言えるのは、彼らの瞳が濁っており――その頭に、赤と紫色をしたキノコが生えていることであった。

「これは……ミラ、知ってる?」

「恐らく生物を支配下に置く大型菌類でしょうね……差し詰めトードストゥール・コマンダーといったところかしら」

 ミラが使い魔を使って偵察させたところ、最奥にいる大型魔物の頭部、人間サイズの金色の交じったキノコが生えているらしい。

 恐らくその巨大なキノコが、全ての魔物達を胞子を使って操っているのだろう。

 眼前にいる、視界を埋め尽くすほどの大量の魔物達。

 けれどそれを見ても、誰一人臆してはいなかった。

「腕っ節でどうにもならないことじゃなくて助かったぜ! 要は――」

 ミラがグルグルと槍を回転させてから、その石突を地面に打ち付ける。

「こいつら全員ぶち殺せばいいってことだろ!」

「乱暴だけど……まぁ、その通りね」

「よし……戦闘準備」

 たった一言、リアムがそう呟くだけで、四人の纏う雰囲気が一変する。

 先ほどまでピクニック気分でニコニコとしていた時と比べると、その身体から発されるオーラが、桁違いに膨れ上がっていた。

 リアムの全身から噴き出す魔力を目の当たりにした魔物達が、後じさりをする。

 胞子に侵されまともな思考能力のないはずの魔物達が、そのわずかに残っている本能で彼女の危険性を感じ取ったのだろう。

「胞子の飛散は気にしなくても大丈夫です」

 ナージャの祝祷術によりリアム達の全身が光に包まれ、一切の状態異常が無効となる。

 リアムは腰に提げていた剣――ラックが手ずから作り上げた最強の一振り、聖魔剣カオティックレイを鞘から引き抜き、その愛らしい見た目からは想像のつかないほど凄絶な笑みを浮かべる。

「さぁ……やろうか」

 その圧倒的なまでの武威に、魔物達が一斉に後じさりする。

 フェイは聖槍を、ミラは聖盾を、ナージャはその手に聖杖を持つ。

『仮初めの英雄』はラックに鍛えられた武具を手に、トードストゥール・コマンダーへと突貫していく。

 ゆるまぬ修練の末本物の英雄へと至った彼女達が本気を出せば、操られた魔物など鎧袖一触。

 あらゆる魔物が一刀の下に切り伏せられ、貫かれ、そしてどんな攻撃も絶対の盾の前には意味をなさなかった。一時間にも満たぬわずかな間で、全ては終わり――ナージャによる地脈の正常化によって、ドワーフ達を襲っていた食料問題は無事解決を見せるのであった。