第四章 本物の英雄と本物の鍛冶師


 とある魔道具の研究が一段落したところで、俺はエルフの魔力文字――エルフ魔力文字の探究に励むことにした。

 エルフ達の間で使われている魔力文字は、現代のものとさほど変わらない。

 にもかかわらず彼らは、およそ現代の魔力文字では不可能なほど強力な結界を張ることができている。

 その理由はどこにあるのかと言われれば、それこそがエルフ魔力文字の特徴にあるわけだ。

 ――エルフ魔力文字は、それ自体が複数の意味を持つことができる。

 その理由は、エルフ魔力文字の韻を踏む形式と複数の意味合いを持つげんみょうな性質にある。

 たとえばAとBという単語があるとすると、人間の魔力文字であれば当然ながら二つの意味しか持つことができない。

 ただエルフ魔力文字の場合、たとえばBに使う単語をAの韻を踏めるCとした場合にA、C、AとCで韻を踏めていることによって発生するDという三つの意味合いを持たせることができる。更にここにCが複数の意味を持つ単語であった場合、EやFの魔法効果を発生させることもできる。

 こんなことを単語ごと、文節ごと、文意ごとに大量に行っていると言えば、その難解さが理解できるかもしれない。

 そんな風に、エルフ魔力文字は長大な魔力情報の中に情報を大量にちりばめていくことで、人間の魔力文字を使っていては到底不可能なだけのエンチャントを施すことに成功している。

 もしこれを神聖文字や古代魔族文字にも応用することができれば……あるいは今よりも更に強力なエンチャントを複数つけることすら可能になるかもしれない。

「……ク……」

 ただこれが非常に難しい。

 そもそも生き字引のいるエルフ魔力文字と違い、古代魔族文字と神聖文字を同時に使おうとした場合、両者の複数の意味合いを調べることはできない。

 更に言えば古代魔族文字と神聖文字がその韻や意味合いにおいてどのような感応を起こすのかの予測はざっくりとしかできず、かなりの確率で予期しない効果を発揮させてしまう。

 この技術を使ってしっかりと実用に耐えるレベルの鍛冶を行うためには、大変な試行錯誤がいる。

 だがそれで見えてくるものもあるはずだ。

 なかなかに研究しがいが……。

「ラックさん! ご飯ですよ!」

「うおっ!?

 びくっとしながら振り返ると、そこには持っているオリハルコンの鍋をカンカンと打ち鳴らしているシュリの姿があった。

 どうやらもう飯の時間になっていたらしい。

「もうちょっとだけ……」

「そう言って今日の朝ご飯も抜いたじゃないですか! 夜ご飯くらいきちんと食べて、しっかり栄養を摂ってください!」

「は、はい……」

 俺は手を引っ張られ半ば強引に連れ出される形で作業部屋を後にする。

 鏡に映った自分の姿があまりにも情けなくて、ちょっと泣きたい気分になってくる。

 リビングへやって来ると、既にそこにはほかほかと湯気を立てている食事がある。

 ジルの方は既に食べ始めているらしく、がつがつと勢いよくスペアリブをかじっている。

 この狼、最近では人の作る料理の味を覚えたせいで、一日三食きちんと小屋でシュリの料理を食べている。

 ちなみに外で狩った魔物はまた別腹で普通に食べるという話だ。驚くほどの食いしん坊っぷりである。

「いただきます」

「いただきます」

 シュリとの共同生活にもずいぶんと慣れたもので、今では一日のルーティーンもしっかりと決まっている。

 一人で暮らしていた時は作業の具合によって飯を一日抜くことくらいはまったく珍しくなかったのだが、シュリが来てからというもの絶対に一日に二食は飯を(半ば強制的な形で)食べることになった。

 睡眠時間の方も同様で、俺が根を詰めて二日以上連続で徹夜をしようものなら、鬼の形相でやって来たシュリの手によって強制的にベッドに送還されてしまう。

 おかげで生活はずいぶんと規則的になった。もっとも、普通の人間と比べればまだこれでも不規則なのかもしれないが……。

 最初はインスピレーションが爆発している最中に作業を打ち切られたり、アドレナリンでギンギンになっている状態でベッドに連れて行かれたりしたせいで苦労もあったが……そこはシュリもさる者。

 ある程度タイミングが掴めるようになってきてからは、俺が一休止取るタイミングを狙い澄ましてやって来るようになったので、被害(と言っていいのかはわからないが)も最小限で済むようになった。

 ずっと家に閉じ籠っていては駄目だと、時たまシュリに連れられてハイキングや散歩をしたりすることもあるため、しっかりと健康で文化的な生活を送れていると言えるだろう。

「ごちそうさまでした」

「お粗末様でした」

 食後のデザートまでしっかりと平らげたら、シュリが入れてくれたお茶を飲む。

 なんでも自生していた豆を煎ったものらしいが、風味がなかなかいい。

 ほんのり甘い後味も含めて、俺の好きな味だった。

「ふぅ……ん?」

 警戒のために作っておいた魔道具が、チカチカっと明滅するのが見える。

 だがジルの方は何もせずゆったりとしている。

 来客者に敵意はないと考えるべきだ。

 誰かと思い待っていると、やって来たのはナージャだった。

「日付の感覚は曖昧だけど……結構エルフの里にいたよな?」

「はい、エルフの方達と対話ができる機会は滅多にありませんので、この機会にと思いまして……」

「なるほど」

 里の危機も去ったのに長いこと滞在しているから何かしら事情があるとは思っていたが……エルフ達と交渉でもしていたんだろうな、多分。

 現在エルフやドワーフ、ハーフリングなどの純粋な人種以外の亜人達とはほとんど窓口らしい窓口が存在していない。以前から交流のあった獣人を除くと、その交流は極めて少ない。

 エルフは長い寿命を持ち、学術的、魔法的な知識は人種のそれをはるかに凌駕する。

 であれば技術交流などの形で彼らと関わりを持っておきたいと思うのは当然のことだろう。

「実はそれ以外にも少々立て込んだ話をしておりまして……」

「立て込んだ話? エルフの危機は去ったんじゃないのか?」

「ええ、それが……」

 ナージャは一度ちらと小屋の外を見やってから、覚悟を決めたような顔でこちらを見つめてくる。

「問題はエルフの里ではなく――里を越えた先にあるドワーフ達の暮らす造山地帯で起こっているらしいのです」

「ドワーフ達までいるのか……」

 実際にエルフがいたから、もう驚かないぞ。

 エルフ同様、ドワーフとも一度も会ったことがない。

 ドワーフには優れた鍛冶師がいるという話は鍛冶師界隈では有名な話だったりするから、一度くらい話してみたいな。

 ビビとも普通に対話ができたし、交流ができると助かるんだが……。

「ラックさん、実は――外に一人、助けを求めに来たドワーフの少女がいるのです」

「話が早くて助かる」

「話……ですか……?」

「あ、いや、すまん。こっちの話だ」

 ドワーフと話せるとあってつい気持ちがはやってしまった、これではいけない。

「外で待たせるのもあれだし、連れて来てくれていいぞ」

「そう言ってくれると助かります……少々お待ちください」

 ナージャは一度外へ出ると、すぐにドワーフを連れてやって来た。


 俺の前に姿を現したのは……。

「ど、どうか……ドワーフ達をお救いください、ラック様!」

 なぜか顔を合わせるなりものすごい勢いで土下座をしてきた、見た目が一桁年齢の幼女だった!

 ――とにかく顔を上げてくれ、がいぶんが悪すぎる!


「私の名前はアリーシャと申します、ラック様」

「さっきから言ってるが様付けはよしてくれないか? せめてさん付けにしてくれ」