だが何かがおかしいような……?
もこもこもこっとものすごい勢いでポップコーンがどんどん作られていく。
「……なんか量、多くないか?」
俺がそう言っている間にも、ものすごい勢いで量産されていくポップコーン達。
その量は俺が最初に入れたはずのトウモロコシの量を明らかに超えていた。
「わわわわっ!?」
そのあまりの量の多さにとうとう蓋を押しのけたポップコーンが、フライパンからあふれ出し始めた。
ただそれでもまだまだ生産は終わらず、ポップコーンは変わらずもりもりと増えていく。
「な、なんですかこれっ!?」
俺とシュリは慌てて火を止める。
するとさすがにポップコーンの増産も止まってくれた。
びっくりした……あのまま増え続けて、ポップコーンに押しつぶされるかと思ったぞ。
「ラックさん、これどういうことなんですか!? やっぱりただのフライパンじゃないじゃないですか!」
「いや、今回ばかりは『回復』がついただけのフライパンのはずなんだが……」
とりあえず落っこちたポップコーンを拾い、軽く払ってから確認する。
気になったので、ひょいっとつまんで食べてみた。
塩味の利いた味と軽い食感が楽しい、ポップコーンだ。
使っている実もわりといいやつだし、アツアツなのでとっても美味しい。
(ただ少し、サイズが小さいような……?)
落ちたものを拾ってから、フライパンをひっくり返して皿に空ける。
とりあえずフライパンの謎は置いといて、おやつの時間にすることにした。
「お、美味しいれす~」
シュリが頬に手を当てながら、目を細めている。どうやら獣人界隈には広がっていないものらしく、ものすごい勢いで食べ始めた。
「わふっ!」
どうやらジルも気に入ったようで、シュリに負けない勢いで食べ始めている。
フライパンからあふれ出すくらい大量に作ったポップコーンだが、あっという間になくなってしまった。
効果の再確認がてら、もう一度ポップコーンを作ってみる。
そこで俺はようやく、この無限ポップコーンの仕組みについて理解することができた。
あふれんばかりにこんもりと盛られたポップコーンを提供しながら、なるべく噛み砕いてシュリに説明をしていく。
「つまりこれも『回復』の効果なんだ。トウモロコシの種がポップコーンになって弾けた、ということが怪我として認識されてるってことらしい」
たとえば人が右手を失った際、ナージャのような使い手であれば強力な回復魔法をかけて欠損した腕を生やすことができる。
その時、元あった腕が勝手に消えるかと言われれば、否だ。腕は腕としてそのまま残る。
この『回復』のフライパンもやっていることはそれと同じだ。
トウモロコシの実が弾けた瞬間に回復が発動し、弾けていない部分を急速に元の状態に戻していく。
その際弾けてポップコーンになった部分はそのまま残り、回復した実は弾け、またポップコーンになる前に戻り……ということを繰り返すというのが、この無限ポップコーンの仕組みというわけだ。
「
まさか回復効果を極限まで高めると、こんなことになるとは……この『回復』がどのくらいの範囲に有効なのかはわからないが、少なくとも加熱している限りポップコーンなら無限に作ることができる。
間違いなく有用だが、こいつの影響がどこまで波及するか、ただの鍛冶師である俺には想像がつかない。
ただ有用そうなのは間違いないから……とりあえずリアム達に一つずつプレゼントすることにするか。
(そのためにも、こいつの製作を成功させなくちゃな)
俺はポップコーンをサクサクと食べながら、ノートに書き付けた魔力文字を確認していく。
これから俺が作るのは――遠隔地に魔力で書いた文字を届けることのできる魔道具である。
こいつが完成すればもっと簡単にリアム達と連絡を取れるようになる。
今回のナージャの一件もそうだが、多分今後もなんやかんやで俺とあいつらの腐れ縁は続くことだろうからな。高速の連絡手段の一つや二つはあった方がいいだろう。
(そろそろ、エルフ達の戦いも終わった頃だろうか……)
麓の先に広がっている大森林のその先にいるであろうナージャ達と、里に住まうエルフ達のことが頭をよぎる。
まぁ、まったく心配してはないんだけどさ。
何せ――ナージャが目の前で誰かを死なせるはずがないからな。
「はああああああっっ!!」
それはあまりにも圧倒的な蹂躙劇だった。
包丁がひらりと動く度に魔物達は切り刻まれていき、そしてあらゆる攻撃はフライパンによって防がれていく。
「す、すげぇ……」
「格好いい……」
その姿を見たエルフ達から、思わず感嘆のため息がこぼれていく。
魔物達からすると命を刈り取る死神であったとしても、エルフ達からすれば彼女はばっさばっさと魔物をなぎ倒していく英雄そのものだ。
そう、包丁とフライパン捌きに関して天性の才能を持っている彼女は、英雄であるナージャでさえその資質を認めるほどに開花していた。
「主婦二刀流……俺も習えるかな」
「可能なら私だって習いたいわ! 少なくとも包丁捌きなら、男衆なんかには負けないもの!」
先頭を切って進んでいくビビの戦闘スタイルには、気付けば主婦二刀流の名がついていた。
『いや、フライパンは刀じゃなくね?』などとマジレスしてしまう者がいるとすれば、恐らくそれは圧倒的な力を示すビビの力強い雄姿を見ていないからに違いない。
激戦は続いているが、エルフ達には余裕があった。
その原因は、後方で戦局を管理しながらエルフ達の支援を行っているナージャによるものである。
「エリアヒール」
魔王の一撃すら一瞬で完治させてみせる彼女の祝祷術の威力は、他のヒーラーと比べれば
彼女は重傷者が出れば即座に回復を飛ばし、戦士達が戦いに傷付けばすぐさま全体回復を発動させ、誰一人として脱落者を出すことなくエルフの軍団を森の奥まで進めさせていた。
ビビとナージャ、そして彼らがやって来るギリギリまで身を削って魔物達の数を減らしてくれていたジュリアの奮戦のおかげでエルフの戦闘部隊はどんどん歩を進めていき……そしてとうとう、彼らは最奥へとたどり着いた。
そこに待ち受けていたのは……。
「GYAAAAAAAAAO!」
全身を紫色の鱗で覆った巨大な竜、ポイズンドラゴンだった。
その討伐ランクはA。ただしその中では最上位に近く、Aランク冒険者パーティーが複数で当たらなければ倒せないほどの難敵だ。
けれどビビはそれほどの強敵を前にしても決して臆さず、むしろ不敵な笑みをこぼしながら前に出る。
「お前達は他の魔物を片付けていてくれ。こいつとは――私がやる」
言うが早いか、ポイズンドラゴンとビビの姿が消える。
紫竜の放つ攻撃には、全て毒が含まれている。
振るう毒爪、噛み砕く毒牙、そして吐き出すポイズンブレス……その攻撃手段全てが毒を持ち、一撃でももらってしまえばナージャの解毒を受けなければ動けなくなってしまうほどに強烈だ。
だが……。
「当たらなければ……どうということはないっ!」
ビビはその攻撃をフライパンで捌きながら、包丁によって攻撃を加えていく。
このポイズンドラゴンは魔物を結界内に侵入させていたことからもわかるように空間に作用する魔法も使うことができるが、『概念防御』を持つオリハルコンのフライパンはその全てを防ぎきっていた。
また、いかに強固な爪を持っているとはいえ、ラックが現代に蘇らせた古代技術による『絶対切断』を持つ包丁には敵わない。
ポイズンドラゴンの身体には傷が増えていき、このままいけばビビが勝利することができる……かに見えた。
「GUOOOOOOOOOO!!」
けれど自らの劣勢を悟ったポイズンドラゴンは、そこで肉を切らせて骨を断つ作戦を採った。
ポイズンドラゴンが攻撃を放つと、ビビはそれを当然ながらフライパンで防ぐ。
「はああっ!」
そして続けざまに包丁の一撃を放った。
その突き込みを、ポイズンドラゴンは敢えて前進して受けた。
スパッと右前足が断たれたが、一瞬のうちに近付かれたせいでビビにフライパンを使うだけの余裕はない。
更にポイズンドラゴンはそこで、範囲攻撃であるポイズンブレスを選択する。
この至近距離では避けることはできず、今からフライパンを引き戻しても間に合わない……。
だが包丁の天稟の才を持つ彼女には、正解の道を照らす一筋の光が見えていた。
「主婦二刀流を……舐めるなああああっっ!!」
彼女は右手に持つ包丁を、全力で振るう。
彼女は包丁に込められた『絶対切断』の能力を完全に己の制御下に置き――ポイズンブレスという攻撃それ自体を、切断してみせたのだ。
「おおおおおおおおおおおおおっっ!!」
続けざまに放った一撃は、ポイズンドラゴンの頭部に突き立つ。
そして竜はそのまま、二度と起き上がることはなかった。
ビビは両手を高く掲げると、包丁とフライパンを両手でクロスさせる。
「「「うおおおおおおおおっっ!! 主婦二刀流! 主婦二刀流!」」」
主婦二刀流のシュプレヒコールが鳴り止まぬ中、統率する個体のいなくなった魔物達が、森の中を
ビビは手に持つ包丁を魔物達に向けながら、大声で叫んだ!
「掃討に移る! 皆の者、私に続け!」
こうしてビビは見事森の異変の元凶を打ち倒し、エルフの里には平和が戻るのだった――。
「――と、いうわけで。見込みのありそうなエルフ達に渡すために、できればフライパンと包丁のセットをいくつか頼みたいんだが……」
「……まるでわけがわからんぞ!?」
新たな包丁と鍋を作ってから数日後、俺は魔物達を無事に倒して帰ってきたビビの報告を受けていた。
ちなみにジュリアは既に帰り、ナージャの方はエルフの里に滞在して何かをしているらしい。
ビビの報告を最初のうちはふんふんと納得しながら聞いていたんだが、途中でさすがに聞き流せなくなり、最後の方は質問をしたくてそわそわしてしまっていた。
――主婦二刀流って、なんだ!?
「当然、包丁とフライパンを使い戦う私が編み出した流派のことだ」
あまりの驚きに、心の声が漏れ出してしまっていたらしい。
包丁とフライパンによる攻防一体の流派、主婦二刀流。
魔物を一刀両断してみせる攻撃力と、どんな攻撃も防げる絶対の防御力を兼ね備えたこの二つを使うことでビビは凡人では越えられない、いわゆる強さの峠というやつを越えた。
そんな彼女のようになりたいと、今エルフの里では包丁とフライパンを持って狩りに出かけるのがブームになっているらしい。
上司である長老衆も、包丁とフライパンを武芸の科目に入れるかどうか真剣に議論しているそうだ……そんなもの議論するまでもないだろ!?
俺は
……あまりにシュールすぎる。思わず噴き出しそうになってしまったじゃないか!
「それと……続けて頼んでしまって申し訳ないのだが、できればこの包丁と鍋を、買い取らせてもらいたいんだが……」
どうやら俺がツボっている状態でなんとか爆笑せずに我慢しているのを、機嫌を悪くしたと捉えたらしく、ビビが申し訳なさそうな顔をして言ってくる。
幸い今は新しい魔道具の方が無事完成したので気分がいい。
何十個も作れと言われたら面倒なので断りたいが、数個くらいであれば用立ててもいいだろう。
それにあの包丁と鍋に関しても、買ってもらうのは問題ない。
ビビの主婦二刀流の才能は本物だ。
彼らも自分達のことを有効活用してくれる人間に使われたいと思っているだろうしな。
「両方とも構わない。ただし支払いは金以外で頼む。金には別段困ってないからな」
「な、なんだろうか……もしかして、か、身体かっ!? わ、私の貧相な身体でよければ差し出すが……は、初めてだから、優しくしてくれると助かる……」
「とんでもない勘違いをしないでくれ!」
人聞きの悪いことを言わないでくれ!
さっきからシュリがこっちをものすごい顔で睨んでいるじゃないか!
シュリの弁明も兼ねて、慌てて説明させてもらうことにした。
「俺が教えてほしいのは、エルフの魔力文字だよ……できればエルフの鍛冶師から直接教えを請いたい」
「本当にそんなことでいいのか?」
「ああ、エルフの魔力文字に触れることができる機会なんてそうないからな。是非お願いしたい」
「――ああ、任せてくれ! ただこれだけだとまだまだ対価に見合っていないだろうから、貸し一つということでどうだ? 何かあれば連絡してくれれば、私が手を貸そう」
ということで俺は急ぎで魔鉄で包丁と鍋を作っていった。
途中でビビは新たに作ったミスリルの包丁とフライパンを見て羨ましそうな顔をしていたが……残念ながらこいつはまだあげるつもりはない。
もしビビに渡すとしても、リアム達にいろいろと確認をしてもらってからになるだろう。
こうして大量の包丁とフライパンを持っていったビビとは別れ……しばらくしてからやって来たエルフの鍛冶師からエルフの魔力文字を教えてもらうことができた。
エルフの魔力文字は今まで習ってきた文字とはまたひと味もふた味も違い、新たな知見と発想力を培うことができたので非常に参考になった。
これでまた、鍛冶の頂に近付くことができたぞ……ふふふ、笑いが止まらないな。