第三章 エルフの里と一人の鍛冶師


 エルフを見るのは初めてだった。

 その見た目は、伝承に聞いているものそのままだ。

 左右対称で整っている美しい顔に、ぴんと綺麗に横に伸びているささみみ

 エルフは人間などとは違う悠久の時を生きるという。

 見た目は二十代前半くらいに見えるが、見た目通りの年齢と思わない方がいいだろう。

「はい、人種のラックといいます。そちらはエルフ……で間違いないですよね?」

「あ、ああ……エルフの……ビビという。正式に言うと愛称なのだが、人間からすると本名は長すぎるらしいので、ビビと呼んでもらって構わない」

「ビビさん、ですね。よろしくお願い致します」

 やって来た瞬間はさすがに警戒したが、どうやらエルフの女性にこちらとやり合うつもりはないようだ。

 俺は間にジルを立てる形でとりあえず彼女を家の中に招き入れることにした。

「人種を見るのはずいぶんと久しぶりだ……そういえばこの辺りには人里があるんだったよな? もし良ければ後で案内をしてくれると助かるのだが……」

「……いえ、少なくとも俺以外に住んでる人はいないと思いますよ」

「む、そうだったのか? なんだか聞いていた話とはずいぶん違うな……」

 どうやらエルフの中の認識は、この辺りにまだ人間が暮らしていたあたりで止まっているらしい。

 それって一体……いつの話なんだ?

 少なくとも百年二百年じゃ利かなそうなくらい昔のことだと思うんだが……時間の流れが違いすぎる。きちんと話ができるか、なんだか心配になってきた。

「えっと……ビビさんはどうして山を越えてこっちにやって来たんですか? こっちのシュリの話では、かなり凶悪な魔物が巣食っているという話でしたが……」

「うむ、それについてはきちんと理由があるのだが……」

 ビビさんは時折こちらを見て身体をビクッとさせたりしながら、話をしてくれた。

 どうやら今、エルフの里は存亡の危機に立たされているらしい。

 ただそれでもエルフの里の人間は、里の外に助けを求めることはない。

 シュリから聞いていた通りエルフは非常に排他的であり、以前(それこそ千年近く昔の中期文明の頃の話だ)狩りと称して自分達をさらい奴隷に落としていた人間の手など借りたくはない。

 そして森を大切にしようとするエルフからすれば木々を伐採して鍛冶をするドワーフとも根本的に相容れないため、彼らに弱音を吐くわけにもいかない。

 ただ危機を放置していたせいで、とうとうエルフ達は里を捨てるかどうかの瀬戸際にまで追い込まれてしまった。

 それでも尚助けを求めようとしない里の長老衆を見かねたビビさん達の中でも比較的若いエルフ達は、周囲の反対を押し切って里を出ることを決めたのだという。

 どうやら彼女は里の若いエルフ達のリーダー的な存在らしく、その中では一番実力もあった。

 故に他のエルフ達は彼女をサポートし、彼らの協力を受けてなんとか森と山を抜けてきたのだという。

「もちろんかなりの危険を伴う旅ではあったが……こうしてなんとか生きながらえることができている。山の手前で別れはしたが、皆も無事でいてくれるはずだ。そんな風に命からがらこの山へやって来たら……いきなり神獣様と出会ったのだ。これを運命と言わずになんと言えばいい? 私達は神様に見放されていなかったのだと、改めて信じることができたよ」

 どうやらジルのことも魔物とは思っていないらしい。

 というか俺よりも隅に置けないと思っているような扱いをしている気がする。

 エルフの方の信仰では、守護獣ってどういう扱いになっているんだろうか。

「そうしたら、その……」

 ビビさんは言いよどむと、ちらちらとこちらを見ている。

 エルフというのはもっと尊大で、人間に対していい感情を抱いていないと聞いていたから、正直なところかなり意外な反応だ。

 嫌われているわけではないんだろうけど……怖がられている?

 心当たりがないので、首を傾げてしまう。

「ラック殿と出会ったわけだ。最初は守護獣様と共に人間が暮らしていることに驚いてしまったが……今ではきちんと納得している、安心してほしい」

「ビビさん、一つ聞いてもいいでしょうか?」

「な、なんだ?」

 ワンオクターブ上がった半分裏返った声で聞き返される。

 知り合ってからあまり時間は経っていないが、彼女は間違いなく緊張していた。

 ただ、なんと聞けばいいか迷う。正直に聞いたら、答えてくれるだろうか?

「その……怖がってますか?」

 悩んだ末、単刀直入に聞いてみた。

 びくうっと一際大きく身体を動かしたビビが、おずおずと答えてくれる。

 彼女の口から出てきたのは、俺が想像もしていない答えだった。

「す、すまない、ラック殿の魔力がすごすぎて、つい……」

「魔力……ですか?」

「ああ、ラック殿ほど大量の魔力を持っている者を見るのは初めてで……もし態度に出ていたのならすまない」

 魔力がすごいなんて言われたのは初めてだ。

 そんなのリアム達からも言われたことないぞ。

 ていうかそもそも魔力っていうのは、人が見たり感じたりすることのできるものなんだろうか?

「エルフの耳はある種の感覚器官になっているのだ。我々が生まれ持っての狩人と言われるのは、この笹穂耳が風の流れだけではなく魔力や生命力といった、目では見ることのできないいろいろなものを捉えることができるからなのだ」

 彼女曰く、俺の魔力はとてつもなく多いらしい。

 ピンと横に張った耳が、この家に近付こうとする際にものすごい勢いで警鐘を鳴らした。そしてこうやって対面すると耳のセンサーが完全にいかれて無音になってしまったのだという。

 少なくとも彼女の人生経験の中では、そんなことは一度としてなかったらしい。

「俺の魔力量って、多かったのか……」

「もしかして、自覚なかったんですか?」

 シュリにも呆れたような顔をされてしまう。

 どうやら彼女の方も、魔力量に関してはいろいろと気付いていたらしい。

「なかったな……今まで比較対象がいなかったし」

 俺は別に優れた魔法の才能があるわけではない。

 リアムやフェイのように大規模殲滅魔法が使えるわけでもなければ、ナージャのように欠損した肉体を完全に再生できるわけでもない。

 そのため俺は持てる魔力のほとんど全てを鍛冶に使っている。

 そして幸か不幸か、俺に鍛冶師の知り合いはいなかった。

 なので自分の魔力量が多いのかどうか、比べる相手がいなかったのだ。

 ただよくよく考えてみると、魔力は最初の頃と比べればかなり増えてはいる……と思う。

 最初はすぐに魔力切れでへばってしまうことも多かったが、ある程度鍛冶技術が上がってからは魔力よりも集中力の方が先に切れるようになっていたし。

 しっかし、エルフにビビられるほど多かったのか……。

 ま、まぁその分レベルの高い鍛冶が長時間できるってことだから、別に問題はないよな。

「ラック殿の方はその……ここで何をしているのだ? 守護獣様と一緒に住んでいるということは……この地域の鎮守的な存在なのだろうか?」

「……いや、普通に山暮らしをしているだけですね」

「普通に……山暮らし……?」

 俺は何もおかしいことは言っていないはずなのだが、なぜだかビビさんに首をもげそうなくらいすごい角度でかしげられてしまう。そしてそのまま、フリーズしてしまった。

 ……別に嘘とか隠語とかじゃなくて、普通に山暮らしをしているだけなんだけどな。

「そ、そうか……」

 なんかそれ以上聞いたらマズいと思ったからか、ビビさんがちょっと引き気味にそう言った。

 彼女は絶対、何かを勘違いしていると思う。

 ただ今の俺が何を言っても通じそうにないので、とりあえず別の話題を用意することにしよう。

「そういえばその……エルフの里で起こっている問題というのは、一体なんなのでしょう?」

「それは……そうだな、どうせ人里に下りたら話そうと思っていたのだ。少し長くなるかもしれないが……聞いてくれると助かる」

 そう前置きをしてから、ビビさんは話し出した。

 今エルフの里を襲っているという、とある魔物の被害について……。


 元々エルフは、俗世との干渉を良しとしていない。

 彼らはエルフ文字のエンチャントを使って作った魔道具を使い、常に里の外に『人避け』や『魔物避け』の効果のある結界を発動させていた。

 故にエルフの里には普通の人間や魔物はたどり着くことができず、害意を持ってエルフに接しようとする者はそもそも結界を抜けることすらできずに永遠に森をさまよい続けることになる。

 だがある時を境に、彼らエルフの結界を抜けて、魔物が襲ってくるようになったのだという。

 ブレーンらしき大物が奥にいるようなのだが、慎重な性格だからかエルフ達の前に姿を現すことはなかった。

 統率された動きを取る魔物達によってたくさんのエルフが傷付き、今も苦しんでいるという。

 エルフ達は何度も挑もうとしたのだが、魔物達が結界を抜けてくるというのがなかなかに厄介だった。

 下手に相手を責めようとすればこちらの防御がおろそかになってしまう。

 そして狡猾な魔物達はその隙を逃さず、戦闘力を持たないエルフ達を狙ってくるだろう。

 里にいる怪我人やまだ未来ある年若いエルフ達のことを捨て置くことができず、エルフ達は動くことができていないのだという。

 その現状を変えるために、ビビさんはやって来た。

 かつて自分達を高級奴隷として売り払った人間にいろいろと思うところはあるが、今ばかりはごうはらを抑えて人の力を借りなければなるまい……と。

「なるほど……つまり結界がなんとかなればいいわけですね」

「ああ、自慢ではないがエルフは皆が強力な魔法の使い手だ。結界さえなんとかできれば、魔物も倒すことができると思うのだが……」

 話を聞きながらも、俺は高速で頭を回転させていた。

 結界にほころびがあるとしても、俺が行ってすぐに直すことができるかどうかは正直微妙だ。

 そもそもエルフ文字のエンチャントがどういうものなのかもわからないし、それを勉強しようとしている間に事態が悪化してしまえば目も当てられない。

 それならとりあえず魔物にこれ以上好き勝手されないように俺が改めてクラフトで結界を張り直すという手もあるが……俺のクラフトの腕はそう大したものではない。

 その魔物がどうやって結界を通り抜けてきているかわからない以上、俺がなんとかできると楽観的に捉えるのは良くないだろう。

 となると採れる手は限られてくる。

 その中で最も確実な手はというと……。

「わかった、人間側の戦力には俺が話を通しておきましょう。確認だが、魔物が結界を通さないようなんとかすればいいんですね?」

「あ、ああ……ありがとう……」

 困った時はお互い様だ。

 それに山を隔てているとはいえ、エルフの人達とはお隣様ということになる。

 彼らが困っているのなら、手助けをするのは当然のことだ。

 それに、善意だけではなくてわずかばかりの打算もある。

 もしかするとこれを機に……エルフの魔力文字を学ぶこともできるかもしれない。

 エルフの魔力文字は人と同じなのかもしれないけど、もし違うものだとしたら……俺は鍛冶師として、また一歩高みに上ることができるはずだ。

「……もう二つほどお願いをしてもいいだろうか?」

 頷くと、ビビさんがおずおずと続ける。

「もし良ければ、武器を融通してほしい……恥ずかしながらここに来るまでに、武器を駄目にしてしまってな。も、もちろん金は用意させてもらうからそこは安心してくれ」

 なんだ、そんなことか。

 何を言われるかとちょっとビビっていたが、それくらいならお安いご用だ。

 なんたって俺は……。

「鍛冶師ですから、任せてください。もう一つは?」

「私のことは気安く、ビビと呼んでくれ。恩人に敬語を使わせるような恩知らずにはなりたくない」

「――ああ、わかったよ……ビビ」

 こうして俺はビビと一緒に、一度山を下りることになった。

 そこで一通のふみをしたためる予定だ。

 その宛て先は――エンポルド子爵家。

『仮初めの英雄』のメンバーの一人……あらゆる神聖魔法を使いこなすことのできるナージャが治めている領地である。


「一番近くの街まで行くのに結構時間がかかるから、待っていてくれてもいいぞ?」

「いや、何もしないのはさすがに気が済まない。できれば同行させてくれるとありがたいんだが……」

「もちろん構わないぞ」

 それなら問題はないということで、俺はシュリとジルに新たにビビを合わせた三人と一匹の即席パーティーで森を下りていくことになった。

 ビビが背中に背負っているのは、特殊な形状をした弓だ。

 見たことがない複雑な形をした弓で、恐らくは複数の動物の筋肉あたりをねじって作った合成弓なのだろう。

 その名はエルフィンボウ。

 コンパクトなサイズにもかかわらず大弓以上の飛距離を出せる、エルフ達が独自の製法で作っている弓らしい。

 鍛冶師としての自分が、正直なところバラして中身をたしかめろとしきりに訴えかけてきていたが、努めて無視する。

 エルフィンボウはエルフの誇りなのだと言われてしまえば、我慢する他ない。

 ……あっ、そうだ。

 弓を見てようやく思い出した。彼女に武器を調達するんだった。

 俺は『収納鞄』からあるものを取り出して、彼女の前に出す。

「ビビ、これを使ってくれ」

「……マジックバッグだと!?

「ああ、俺が作った」

「作った!? ラックが!?

「今それはいいだろ、大事なのはこっちの方だ」

「これを、何に使えと……?」

「何って……もちろん戦闘にだよ。今俺が出せる一番強い武器は、間違いなくこの二つだからな」

「武器って――これ、包丁とフライパンじゃないか!!

 そう、俺がビビに出したのは――俺が山暮らしをするようになってから作ったあのオリハルコン製の包丁とフライパンだった。

 ……いや待て、落ち着いてくれ。

 まずは一旦、俺の話を聞いてほしい。

 俺は、作った武器は実戦で使われてこそ最も輝くと考えている。

 そのためリアム達の専属鍛冶師になってからは、オーダーメイドの一点物しか作っていなかった。

 なので俺の手元には、武器と言えるものの在庫がほとんどないのだ。

 強いて言うなら、俺の腰に提げている聖魔剣のプロトタイプである短剣は武器と言えるだろう。

 ただこれは、俺が使うためにちょっと……いや結構なカスタマイズを加えている。

 そもそも古代魔族文字を弄ることができる人間しかまともに使うことはできないため、俺以外の人に使ってもらうには危険度が高すぎる。

 となると今渡すことができるのは山に来てから俺が鍛冶で作った金物……包丁・鍋・フライパンに解体ナイフの四つになる。

 魔鉄を使って大したエンチャントをつけられていない解体ナイフと、『圧壊』を鍋の内側に発動させることしかできない鍋を除くと、選択肢がこれしかなかったのだ。

 俺だって作れるものならきちんとしたものを作ってあげたかった。

 ……いや、もちろん包丁とフライパンがきちんとしてないなんて言ってないぞ。

 趣味の領域に足を突っ込みながら作ったこいつらの効果の高さは折り紙付きだ。

「包丁と……」

 ビビは俺がソッと手渡した包丁の柄を握り、

「フライパン……」

 その後に手渡したフライパンのグリップをたしかめる。

 ビビがカッと目を見開く。

「これでどうやって戦えばいいと言うんだ!?

「どうってその……食材を解体する要領でだな……」

「ピイイッッ!!

 要領の得ない話をしているうちに、草むらの中から魔物が飛び出してきた。

 やって来たのはハインドバードという鳥型魔物だ。

 大きな叫び声を上げて他の魔物達を呼び寄せるという、厄介な特徴を持つものである。

 こいつが本腰入れて騒ぎ出す前に仕留めなければ魔物がやって来てしまう。

「と、とにかく切れ味は保証する! 鍛冶師の俺を信じてやってみてくれないか!」

「――ええい、ままよっ!」

「それ実際に口にしている人、初めて見ました!」

 内心でシュリと同じことを思っていると、ビビがハインドバードへと駆けていく。

 彼女はかんまで一瞬で近付くと、前傾姿勢になりながらハインドバードの首筋へと斬撃を繰り出した。

 すると……。

「ピイイイイイッッ!!

 彼女は斬撃を放ったはずなのだが、まるで何事もなかったかのようにハインドバードが叫び続けている。

「な、なぜだ!? 攻撃はたしかに当てたはずだぞ!?

「ラ、ラックさん、どうなってるんですか!?

 こちらを見る二人に対して俺は……黙って頷いた。

 俺の見た限りでも、たしかにハインドバードへ斬撃は当たっていた。

 つまりどういうことかというと……。

「ピ、ピイ……?」

 するりと、ハインドバードの首が胴体からズレていく。

 そしてそのまま……ストンと首が地面に落ちる。

「オリハルコン包丁の切れ味が良すぎたせいで、ハインドバードが斬られたことに気付かなかったんだ」

「な、なんなのだ、この高揚感は……」

 包丁をジッと見つめるビビの頬は、なぜだか少し赤くなっていた。

 彼女はその熱い視線をフライパンにも向けていき、そのまま包丁とフライパンをぶんぶんと振り回し始める。

「もちろんビビのたしかな腕あってのことなのは間違いないけどな。俺が斬ったとしても、ただ即死させていただけだろう」

「そういうものなのか……って、オリハルコンだと!?

「……? ああ、その包丁は完全にオリハルコンだぞ」

 オリハルコンの加工はさほど難しいものじゃない。

 そもそもオリハルコンの融点まで耐えることができる炉を用意するのはたしかに難しいが、それさえできればいいのだから性能のいい炉さえ作れればオリハルコン製の武具はわりかし簡単に作れるのだ。

 ただオリハルコンをきちんと魔力鍛造しながら魔力情報を打ち込んでエンチャントを作るのはかなり難度が高いから、そっちに驚いたならまだわかるんだが。

 何せこれが俺もできるようになるまでに、かなりの量のオリハルコンを駄目にしてしまった経験があるからな……。

「オリハルコンはドワーフ達がどれだけ頑張っても加工できなかった伝説の金属だぞ!? 当然ながら我々にも加工技術はない」

「……そうなのか? 俺は普通に加工できるが……」

「人間の技術は、我々が里に閉じ籠っている間にここまで急速に進んでしまっていたのだな……」

「あ、あのー、神妙な雰囲気を出してるところ申し訳ないのですが……ラックさんがおかしいだけなので、あんまり気にしなくて大丈夫だと思いますよ」

「ほっ、そ、そうか……」

 シュリの説明にほっとした様子のビビを見ながら、顔をしかめる。

 俺がおかしいだけ……?

 オリハルコンの加工ができるのは当たり前のことではないのか……?

「ちょっと聞くのが怖いんだが……ちなみにこの柄は、何でできているんだ?」

「柄はえっと……持ってきてもらった魔王城に生えていたキングエルダートレントを使っている」

「キングエルダートレントだと!?

「……何をそんなに驚いてるんだ?」

 キングエルダートレントは、トレント材の中でも特に癖が強いため使うまでにはかなりのコツがいる。

 ただ魔道具を使ってしっかりと温度と湿度を調整してから作れば、『自動修復』を使わずとも活性化して傷を治してくれたり、もんと完全に一体化してくれたりといろいろと便利なところが多い。

 リアムが持ってきてくれたんだがこの木材はとにかくデカくてな。

 樹齢何千年とかそういうレベルの超のつく巨木で、ぶっちゃけると俺の一生で使い切れないくらい大量にある。

 なので気合いを入れて鍛冶をする時には、積極的に使うようにしているのだ。

「ラック殿と一緒にいると、自分の常識が音を立てて崩れていく気がするよ……」

「わかります、ビビさん」

「おお、わかってくれるか、シュリ殿」

「どうか私もシュリと」

「そうか、ではシュリと。多分だがシュリとは今後も、仲良くできそうな気がするからな」

 気付けばシュリとビビの間に友情が育まれていた。

 そのかすがいになっているのが俺なのがどうにも納得がいかないが、仲良くなってくれたなら良しとしておこう。

「ラック殿、ちなみにだが、この包丁についているエンチャントを教えてもらってもいいだろうか?」

「それにつけてるのは『絶対切断』だな。すまない、本当ならもう何個かは効果をつけるつもりだったんだが……」

「――『絶対切断』だって!?

「ちなみにフライパンには、『概念防御』がついてるんですよ、ビビ」

「『概念防御』!?

 素材で驚かれたのは意外だったが、ついているエンチャントで驚かれるのは自分の腕を褒めてもらえているようで、なんだか嬉しい気分になってくるな。

 何かある度に、ものすごい勢いで驚いているビビと一緒に森の中を歩いていく。

 どうやら彼女は今のうちに使用感に慣れておきたいらしく、道中でエンカウントする魔物達と積極的に戦闘を行いながら戦いの経験値を稼いでいた。

「馴染む……驚くくらいよく手に馴染むぞ!」

 ビビの包丁とフライパンさばきは、戦いを一つ経る度にどんどん見事になっていった。

 見ているこちらが恐ろしくなるくらいの成長具合だ。

 てんぴん――そんな言葉が頭をよぎった。

 ビビは間違いなく、包丁とフライパンの扱いに関して天賦の才を持っている。

 稀にだが、こんな風に自分とぴったりと合う武具を身に着けた戦士は驚くほどの速度で強くなっていくことがある。まさかリアムの時に見て感じたあの感覚を、また味わうことができるとはな……。

 ビビに細かく話を聞きながら包丁とフライパンの微調整をしつつも移動していく。

 だがすぐに呼吸が荒くなり、足に痛みを覚えるようになった。

「ぜえっ、ぜえっ……」

 俺の身体能力は、このメンバーの中でダントツに低い。

 狩りをして生活している二人と一匹と、基本的に店や小屋の中でずっと物作りをしているだけの俺とでは、そもそもの基礎体力が違ったのだ。

「ラック殿にもできないことがあるんだな……」

「そりゃあ、そうだろう……」

 途中からは明らかに俺に合わせて全体のペースが落ち始めてしまったため、俺はジルの背中に乗ることにした。

 鞍を取り出して装着すると、明らかにサイズが合っていなかった。

 どうやらジルはまだまだ幼生らしく、成長スピードがめちゃくちゃに速いらしかった。

 待たせるわけにもいかなかったので、革と木を使ってサクサクとクラフトをして新しい鞍を作る。

 今回は成長しても問題がないよう、ベルトにいくつか穴を打って微調整ができるような形にさせてもらった。

「い……一瞬で鞍が!? もうなんでもありか!?

 ビビはまたしても、飛び跳ねるように驚いている。

 なんでもありなわけではないんだが。

 鍛冶なら性能はわりと自分が好きなように弄れるが、少なくともクラフトに関してはかなり制限も多いしな。

 というわけでジルの背中に乗ってからは移動は一気にサクサクと進んでいき、俺達はあっという間に最寄りのウィチタの街へとやって来た。

 そして俺はそこで、予想していなかった人物と再会するのだった――。


「ラック殿――ラック殿ではないか!!

 ウィチタの街でナージャへ文を出そうとしていたところに現れたのは、鬼気迫る様子でこちらに駆け寄ってきたジュリアさんだった。

 話を聞いてみると、なんとかして恩を返すべく俺のことをあちこちと捜し回っていたらしい。

 その過程でいくつもの難関クエストをクリアし、今ではSランクに最も近い女傑とまで言われるようになっているそうだ。

 街と街の間の道を高速で移動すべく『雷化』まで完全にマスターしてしまったというのには、さすがの俺も驚いた。

 見ればその様子は以前とは明らかに変わっていた。

 独特の風格というか……経験に裏打ちされた自信のようなものがしっかりと見て取れる。

 俺が作った剣がその変化のきっかけになったというのだから、やっぱり鍛冶師は辞められない。

「何かしてほしいことはないか!? いろいろと鍛冶に使えそうな素材を集めたり、金を貯めたりしてきたんだ!」

 どうやら成長のきっかけを作ってくれた俺になんとしてでも恩返しをしたいらしい。

 お金や素材に関しては今は別に求めてないが、幸い今俺の隣には助けを求める人がいる。

 ジュリアさんはソロでAランクを誇る実力者だ。彼女の力は、確実に助けになってくれるだろう。

 ……いやちょっと待てよ? 高速移動ができるのならもしかして……。

「実はですね……」

 というわけで俺は彼女に、二つのお願いをした。

 まず一つ目は、エルフの里の近くでの魔物の討伐をしてもらうこと。エルフの里の結界を超えることはできないが、その周りにいる魔物を討伐してもらえるだけでも非常に助かる。

 そして二つ目は――彼女に、ナージャへ文を届けてもらうこと。

「委細了解した! 任せてくれ!」

「あっ、ちょっ……」

 なんとかして押しつけようとしたのだが、依頼料は受け取らずに雷の速さで消えていってしまった。

 それならご厚意に甘えさせてもらうことにしよう。

 せめて剣のメンテナンスくらいは、ロハでやらせてもらうことにするか。

 彼女は『雷化』の能力を完全に制御下に置いているらしく、恐ろしいことにたったの二日で手紙が返ってきた。

 しかもなんとそれだけではなく……。

「あ、どうも……お久しぶりです、ラックさん」

 四角い旅籠のようなものに入ったナージャまで、一緒にやって来たのだった――。


「本当に、久しぶりだな……そこまで時間は経ってないはずなのに、どこか懐かしさすら感じるよ」

「ええ、本当に……」

『仮初めの英雄』でヒーラーを務めていたナージャは、そう言ってたおやかに笑う。

 少女のように愛らしかった笑顔は、今ではどこか怪しげな色香を漂わせている。

 以前送別会をした時はしっかりとしたイブニングドレスを着ていたが、今の彼女は俺の見慣れている神官服をその身に着けていた。

 既に説明は済んでいるらしく、ある程度情報を共有したらそのままエルフの里へ向かうことになった。

「でも頼んでおいてなんだが……本当にいいのか?」

「ええ、大丈夫です。子爵といっても、実務はほとんど文官の方に投げていますので。少し屋敷を空けるくらいのことは、なんでもありませんよ」

「ほっ、そうか……助かるよ」

 ちなみに今回俺とシュリ、ジルは里へは行かずに俺の山で待機をすることになる。

 エルフの里に向かうまでの道のりはかなりの難関らしく、またたどり着いたとしても、恐らく里の中に入ることは許されない。

 長期間森の中でも問題なく活動でき、かつエルフの里を襲っている魔物達を退けられるくらいの実力のある者でなければ、今回のミッションをこなすのは難しいのだ。

 俺はできることをしておこうと思い、あらかじめ用意しておいた各種魔道具をナージャに渡していく。

 やはりというか、彼女が一番驚いたのは俺が作れるようになった『収納鞄』であった。

「後でリアム達から羨ましがられるでしょうね、ふふっ」

 話もそこそこに、ナージャ・ビビ・ジュリアの三人は急いでエルフの里へ向かう。

 ちなみにその運搬方法は、はちゃめちゃな力業だ。

「うおおおおおおおおおおおっっ!!

『雷化』したジュリアが、絶縁体であるごうらいウナギの革張りの籠を引いて、ものすごい勢いで走り去っていく。ただそれだけである。

 あっという間にキランと光を残して消えていった三人の姿を、俺は見えなくなるまでじっと見つめるのだった。

「頑張ってくれ……皆……」

「エルフの里の皆さんが、救われますように……」


 一筋の雷と化したジュリアは、あっという間にエルフの里の近くまでたどり着いてみせた。

「お、おろろろろろろろ……」

 そのあまりの乗り心地の悪さに馬車を降りた瞬間に戻してしまったビビと、自分の身体にこっそりと魔法をかけて乗り物酔いしないような魔法を編み出していたナージャが馬車を降りる。

 そこは新緑の森の奥深く。

「それでは私はここから別行動を取らせてもらうぞ! 二人の健闘を祈る!」

 ビビの案内に従い、ジュリアはそのまま魔物を討伐しに向かっていった。

 ビビとナージャはそのまま真っ直ぐ進み、エルフ達が張っているとされる結界の下までたどり着く。

「これは……」

「どう、だろうか……?」

 ビビがナージャを見つめながら尋ねる。

 あのラックの紹介なので何も心配はしていないが、腕がいいからといって必ずしも問題が解決するとは限らない。

「……」

 ナージャは何も言わず、ジッと結界を見て回った。

 この結界は侵入者を拒むタイプの『人避け』と『魔物避け』の効果の籠ったものに、更に物理・魔法障壁を組み合わせたタイプのものだ。

 結界の強度的に考えれば、話に聞いていたような普通の魔物が通り抜けられるはずがない。彼女は触れるようにたしかめてみたり、自分で出した結界とぶつけてみたりとゆっくり時間をかけて検分を行い……数十分ほどしてから、一つの結論を出してみせる。

「この結界は――問題なく作動しています。ですのでこの場合、相手が一枚上手と考えるべきでしょう」

 破られることのない絶対防御の結界も、決して無敵ではない。

 破ることができないのならすり抜けたり、地面を掘って結界の張られていない場所をくぐり抜けたり、あるいは……。

「――来ます。ビビさん、結界をすり抜けていった魔物のお相手をお願いしてもいいでしょうか?」

「ああ、任せてくれ!」

 ナージャは駆けて結界の内側に入っていくビビを見送ってから、じっくりと魔物を観察する。

 やって来たのは鳥形の魔物であるラプターだった。

 ラプターは結界へ向かっていくと……そのまま何事もなかったかのように、結界を通り抜けて内側へと入っていく。

 実際に侵入の様子をその目で見てから洞察を深めることで、ナージャは何が起こっているのかを正確に理解してみせた。

「なるほど……どうやら敵の魔物は、空間の窓を開いています」

「空間の……窓?」

 ラプターをしっかりと仕留め、その魔石をしっかりと回収したビビの問いに、こくりと頷きを返す。

 彼女に対し、ナージャはなるべくわかりやすく言葉を変えて説明を試みる。

「簡単に言うと結界の手前と結界の後ろという二つの空間を繋げ、結界そのものを完全に無視しているのです」

「そんな! つまりどれだけ結界を張り直そうがどうしようもないということか!?

「いえ、そうではありません。そもそも空間越え自体がある程度高度な術式になりますし……それにこれならまだ、どうとでもなります」

 ナージャは片膝を折り、目を瞑る。

 ――神官が行う奇跡の御業は、魔法とは異なる技術体系によって編み出されている。

 神に真摯に祈り、神から力の一部を譲与されることで発動が可能となる、神の能力の代行行使。

 それらはこう呼ばれる――しゅくとう術と。

断絶結界フォークロア

 ナージャが生み出した結界は、ピアノの鍵盤にビロードをかけるように、エルフの里の周囲を覆うように展開されているそれの上に覆い被さっていった。

 淡いオレンジ色の光を宿していた結界が、先ほどまでより強い輝きを宿し始める。

「「キョワアアアッッ!!」」

「――なっ!?

 先ほどの一体はせっこうのようなものだったのか、後を追うように大量のラプター達が押し寄せてくる。

「ナージャ殿!」

「大丈夫です」

 ビビの切羽詰まる声を聞いても、彼女は顔に浮かべる微笑を崩さない。

 そしてラプターの群れが結界へと向かい……そのままくちばしの先から結界に激突し、地面に落下していく。

「……っ!?

「簡単な話です。空間を繋いで中に入ろうとするのなら……二点間の魔法的な繋がりを結界によって断絶させてしまえばいい。そうすればエルフの結界も、しっかりと効力を発揮してくれるはずです」

 魔物が使ってくる知恵など、その王である魔王と対峙したナージャからすればのようなものであった。

「それでは後は、お願いしますね?」

「――ああっ、ここまでお膳立てをしてもらったのだ! ここから先は、任せてくれ!」

 ナージャは結界の内側へ再度入っていくビビの背中を見送る。

 そして念のために結界を強化させ完全に魔物の侵入を拒絶できる状態を作り出してから、外で待機するのだった……。


「ビビ、貴様……まさか本当に人間を連れて来るなどと!!

 里の中へ入ったビビを取り囲むように、大量のエルフの男衆が現れる。

 遠くには若手のリーダー格であるビビを疎ましく思っている長老衆の姿があり、更に遠巻きにビビのことを心配する比較的若いエルフ達まで見える。

 男衆はエルフの中で強力な発言権を持っている長老衆子飼いの精鋭達だった。

 彼らは本来であればビビよりも格上の相手。

 けれど彼らを前にしても、ビビはまるで臆することはなかった。

「きっさまぁ……ふざけているのか!?

 彼女の手には――包丁とフライパンが握られている。

 道中何度も使い続けることで、その二つの金物はビビの手に驚くほど馴染んでいた。

「この不届き者を引っ捕らえよ!」

 遠くから聞こえてきた長老衆の声を聞いた男達が動き出す。

 ビビへ襲いかかる全方位からの攻撃を――彼女は見事なフライパン捌きでいなしていく。

「はあああああっっ!」

 フライパンによる『概念防御』はあらゆる攻撃を防いでみせる。

 そして逆の手で持つ包丁による『絶対切断』によってエルフの男達は瞬く間に倒れていった。

 本来であればただ万物を割断することのできる能力である『絶対切断』を、ビビは完全に使いこなしてみせる。

 今の彼女は『絶対割断』を範囲と威力を指定して発動させることで、男達を峰打ちで倒していた。

 それは正しく、包丁が彼女を持ち主として認めたということであり……まるでそれに対抗するかのように、フライパンの『概念防御』の範囲も戦いの中で広がっていった。

「す、すごい……」

「格好いい……」

 それは正しく、包丁とフライパンを持ったいくさ、乙女によるワルツであった。

 金物にこだわりのある主婦層だけでなく、彼氏を作ったことのない年若い女の子から既に料理をしなくなった年寄り達までの視線を釘付けにする。

 本来であれば敵対していたはずの長老衆ですら、気付けばビビのことを視線で追っていた。

 気付けばその場所に立っているのはビビ一人となっており……彼女は両手に持った包丁とフライパンを両手でクロスさせる。

「既に結界は張り直した。いくぞ皆……なんとしてでも魔物達を倒し、里の平和を取り戻すのだ」

「「「う……うおおおおおおおおおおおっっっ!!!」」」

 気付けばそこにいる者達全員の心をわしづかみにしていたビビの先導の下、皆はその手に弓と剣……そしてなぜか包丁とフライパンを持って魔物達へと向かっていく。

 あらかじめジュリアが敵の掃討を始めてくれていたおかげで、敵の数は目に見えて減っていた。

 エルフ達は、鬼気迫る様子で見事魔物達へ突撃していく。

 エルフの里をかけた戦いの火蓋が、切って落とされるのだった――。


 俺達はジュリア達が去るのを見守ってから、とりあえず小屋に戻ってきた。

 エルフの里の皆は今頃戦っているだろうか……。

「ふわぁ~」

 と大きなあくびが出る。

 明らかに気の抜けている俺に対して、シュリの方は不安そうな様子をしている。

 なぜだろうか……と思ったがすぐにわかった。

 そういえば彼女は、ナージャのことを詳しく知っているわけではないのだ。

「安心して大丈夫だぞ、シュリ。ナージャは天才だ」

「天才……ですか?」

「ああ、少なくとも俺はあいつ以上のヒーラーを見たことがない。ナージャが向かったんだ……里のエルフ達は誰一人、死にやしないさ」

「ラックさんがそう言うんなら……信じます」

 彼女は伏し目がちだった目を開き、薄く笑う。

 俺の言うことを信じてくれようとしているその健気な態度に、思わず心がどきりと高鳴った。

「ちなみに知ってるかはわからないが、ナージャは『仮初めの英雄』のヒーラーだ」

「かりそめのえいゆう……って、『仮初めの英雄』ですか!? あの魔王を討伐した!?

「なんだ、知ってるのか」

「もちろんですよ! 超のつく有名人じゃないですか!」

「そうか?」

 まだひよっこだった頃から知っている俺からするといまいち実感がないんだが、たしかに街でも時折『仮初めの英雄』の話は聞くことがあった。

「『仮初めの英雄』を呼び出せるラックさんって、一体何者なんですか……?」

「ただの鍛冶師だよ」

「ラックさんがただの鍛冶師なわけないじゃないですか!」

 うーん……別に俺自身は普通の鍛冶師だと思うんだけどな。

 特別に才能のある鍛冶師でなくとも、恵まれた環境で何年も技術を磨き続ければ俺くらいにはなれると思う。

 やっぱり俺なんか、運が良かっただけの普通の鍛冶師さ。

「まぁ別にそれはいいさ。とりあえず俺は今日から、また何日か作業部屋に籠ろうと思う」

「今度は何を作るんですか?」

「とりあえず替えの包丁とフライパン……あとはまぁ、意欲作を一つってところかな」

 今のこの小屋には、まともな包丁がない。

 シュリは解体用のナイフを使ってなんとか素材を切っているのだが、やはりオリハルコン製の包丁の時と比べるといくらかやりづらそうにしている。

 それに代用として使っている深底フライパンも火力のせいで焼き加減の調節が難しそうだったので、とりあえずオリハルコン製の包丁とフライパンはもうワンセット作るべきだろう。

『絶対切断』はやりすぎだったから、切れ味の方はあまり弄る必要はないだろう。

 強力なエンチャントをつけなくていいならオリハルコンを使うのはもったいないので、今回はどちらもミスリルで作っていこうと思う。

 金属ごとに微妙にやり方が違うから、忘れないうちに加工していかなくちゃな。

 それじゃあまずは包丁の製作からだ。

 ミスリルの融点になるまで炉の内部の温度を上げてから、ミスリルを溶かしていく。

 溶けたのを確認したら取り出し、槌を使って魔力鍛造をしていく。

 ミスリルはオリハルコンと比べると少し粘り気が強いので、叩き方にコツが必要だ。

 また強度の問題もあり、あまり強く叩きすぎるとミスリルの構造が壊れ、魔力容量が減ってしまう。

 なので優しく丁寧に、赤ん坊を抱きしめる時のように神経を注ぎながら叩いては熱し、叩いては熱しを繰り返していく。

 叩いて割れたミスリルのそれぞれの魔力容量を限界ギリギリまで増やしてから、沸かして再度叩き、一つにまとめていく。

 あらかじめ用意していた魔力文字自体、ミスリルだと限界まで容量を拡張してギリギリ書き込めるようになるくらいの見込みだったんだが……思っていたより俺の腕が上がっていたらしく、想定していたより少し魔力容量に余裕ができるほどだった。

 今回は練習も兼ねて、神聖文字だけで魔力素描していく。

 魔力文字にはそれぞれ特徴がある。

 普通の魔力文字を王都で使われている話し言葉だとすれば、中期文明の魔力文字は片田舎で使われている、なんて言っているか聞き取れないけど文字に起こしてみるとまぁわからんではない田舎言葉くらい。

 そして古代魔族文字は、昔すぎてイントネーションから何から全てが違う完全に別言語。

 神聖文字も古代魔族文字とおおよそ同じなのだが、ただ神聖文字の場合は詩的な美しさがある。

 文脈の構成だけでなく韻を踏んだところを繰り返すことでわずかに効果を向上させることができたり、かいぎゃくを利かせた単語なども多いため、書き込んでいて結構楽しかったりするのだ。

 古代魔族文字と違い暴力的なまでに強力な効果は発揮しないが、その分だけ扱いやすい。

 どちらかと言えば補助や支援などのエンチャントを発揮させた方が効果が高くなりやすく、俺が蘇らせた聖剣クラウソラスもその特性を活かし斬撃の威力より防御と回復に重きを置いている剣だった。

(古代魔族文字と違って、ぽしゃっても爆発が起きたりしないのもありがたい)

 俺が普段使っている作業着は、ドラゴンブレスを受けようがびくともしないような一級品の素材と、それらの魔力容量をギリギリオーバーするかしないかまで敷き詰められた魔力文字が記されている。

 だがたとえダメージを受けなくても、至近距離の爆発を食らえばどうしても衝撃は身体に届く。その間に下手に魔力情報がズレたりした時のストレスがヤバかったりするし、神聖文字だけで作ると非常に精神衛生的によろしい鍛冶ができる。

 ただ純粋に効果を求めるのならどうしても古代魔族文字を避けられないというのが、なかなか難しいところだったりする。

「よし、完成っと」

 そのままの勢いで、フライパンの方も作ってしまうことにしよう。材料はミスリルでいいかな。

 一度包丁を作って慣れていたおかげで、フライパンの方はささっと作ることができた。

 外に出てみると時間はまだ午後三時で、シュリが夕食の準備を始めるよりも前だった。

 ジルと一緒にリビングでまどろんでいる彼女に手を振る。

「ほいシュリ、できたからぜひ使って、使用感を聞かせてくれ」

「今回は事前に聞いておきたいんですけど……どんな効果がついてるんですか?」

「今回は神聖文字を使っているから、以前ほどのインパクトはないぞ」

「鍛冶に関しては、ラックさんの言葉は信用してませんから!」

 なぜかぷりぷりと怒り出すシュリ。

 信用してほしいところだ。鍛冶に関しては俺より真摯に向き合っている人間は滅多にいないぞ。

 今回包丁につけたエンチャントはいくつかある。『自動修復』や『耐久力向上』なんかの恒常的についている効果以外に、ついているものは一つ。

 その効果は『回復』だ。

 とりあえず実演してみせることにした。

 俺の指を、包丁を使って浅く裂く。

 当然ながら刃先が俺の皮膚を破り、つつ……と球のような血が出てくる。

 けれど見ていると……ふわっ!

 全身が柔らかい光に包まれたかと思うと、温かい感触が指先にやって来る。

 光が収まると、先ほど付けた傷が跡形もなく消えていた。

「と、まぁこんな感じで、もし包丁を使って傷付けても傷が治るようにできてるんだ。どうだこれ、調理人垂涎の一品じゃないか?」

「す、すごいです……これがあればお料理教室を開いても安心ですね!」

 一応、案としては、切ったものを自動的に燃やしてコンロ要らずな包丁や、切ったものを凍らせて保存しやすくした包丁なんてのもあったんだが、全てボツにさせてもらった。

 当たり前だけど、包丁なんだから使いやすいに越したことはないからな。

 ナージャにインスピレーションを受けて回復効果をつけてみたわけだが……たしかにこうして結果だけ見てみると、あまり包丁に慣れていない初心者向けのものになってしまったな。まぁそれでも、調理の時に怪我をしにくいというのも利点だろう。

 ただとりあえず回復効果は魔力容量を超過しないギリギリまで使って強化してあるから、普通に『回復』の魔道具としても使える逸品に仕上がっているはずだ。

「それじゃあこっちのフライパンの方はどんなものなんですか?」

「これも一緒で、『回復』の効果がついているぞ」

「……フライパンに、『回復』ですか?」

「ああ、油が跳ねたりしても大丈夫になっている……はずだ」

 実際に調理してみないと効果がわからないが、さすがにこの場で試すわけにもいかない。

 どうせなら自分が作ったものの結果も見てみたいし、こっちの方も実験してみることにしよう。

 というわけで台所にやって来た。

 ただ油を跳ねさせるだけでは芸がないので、おやつにポップコーンを作りながら試してみることにする。

 皮の硬いトウモロコシの実を用意し、軽くパラパラと塩胡椒を振ってから加熱していく。

 上に蓋を被せず、時間が経つのを待つ。

 すると……ぱうっ!

 勢いよく弾けた熱々のポップコーンがこっちに飛んでくる。

 避けずにむしろこちらから当たりに行くと……。

「あっち! ……おお、治ったぞ」

 当たって熱さを感じたかと思うと光りだし、火傷痕が消えた。

 包丁の方は初心者向けになってしまったけど、今度こそ料理をする人垂涎の品ができたはずだ。

 油跳ねの火傷は調理をするなら避けられないものだからな。

 とりあえず効果のほどは確認できたので蓋を閉めて、ポップコーンが出来上がるのを待つ。

 ぱこん、ぽこぽこぱこんっ!

「……ん?」

 目の前で小気味いい音をさせながら、実が弾けポップコーンが出来上がっていく。