獣人は成長が早いとはいえ……大きくなったなぁ。

 子を持つ親の気持ちが少しだけわかった気がした。

 俺も負けないようにしなくちゃいけないな(一体何にだろう? 自分で言っててわけがわからなくなってきた)。

「里に呼んだやつらは元気にやってるか?」

「はい、技師の方からお金がもらえるようになったおかげで、里の皆も美味しいご飯を食べれてます!」

「そっか、それなら何よりだ」

 原始的な暮らしを良しとする獣人達の技術は、俺達純粋な人種と比べるとまだまだ低い。

 ただヨリノの里には、加工技術のない彼らからするとガラクタ同然で持て余してしまうが、人間にとっては同量の銀にも匹敵するほどの特殊な宝石を産出する山があった。

 風の噂で聞きつけた盗賊達に目をつけられていたところを、テーブルに使う鉱物を探しに来ていた俺が出会い、助けたのだ。

 盗賊達を縄でふん縛り、俺はそのまま近くの街に下りて領主と直談判をした。

 そしてあちこちの伝手つてを使い、領主もヨリノの里の住民達もどちらも得をする形で採掘の段取りをつけてあげたのだ。

 おかげで今のヨリノは採掘が盛んになり、近くの街の方でも宝石の加工業が栄え、両者ウィンウィンの関係を築くことができているという。

 そのせいでいたく感謝されたのは覚えているが……それとシュリがここにいることが、俺の中ではまったく繋がらないんだが。

「というか、そもそもどうやって来たんだ?」

「あ、匂いをたどってきました。ラックさんの服が家に残ってましたので」

「お、おう、そうか……」

 身体能力同様、獣人の五感もまた人間のそれよりはるかに優れている。

 ただいくら獣人とはいえ、こんな人里離れた山まで追ってこられるような感知能力はなかったはずだ。

 どうやらシュリの嗅覚はものすごく鋭敏らしい。

「で、シュリは何しに来たんだ?」

「はい! ラックさんのお嫁さんになりに来ました」

「ぶーーーーーっっ!!

 思わず噴き出してしまった。

 が、それも無理もないことだろう。

 たしかに俺も子供の言葉だからと『その時を楽しみにしてるね』的なことを言った気がするけど……まさかそんな口約束を本気にして追ってこられるとか誰が想像できる?

「――と、言うのは冗談で」

「ほっ……」

「ラックさんのお手伝いをするために来ました!」

 どうやら里の生活は相当に豊かになっているらしい。

 里の住人達は飢えることなく食料を買い込み、今まで行っていた労働の時間を鍛錬や狩りをする時間に変えて訓練の日々を送っているらしい。

 ちなみにこんな風に獣人達の文化は、かなり体育会系だったりする。

 強いやつには従うというシンプルにして絶対的なルールが存在するため、族長の言うことには誰も逆らわないのだ。

 そんな風に里で絶対の命令権を持っている族長さんは、里の状況を劇的に改善してくれた俺に対してきちんとしたお礼ができていないのが悔しかったらしい。

「我らのために頑張ってくれたラック殿に恩返しをしてくるのだ!」

 恩を返さない恥知らずにはなれないと、彼の命令の下、俺の手助けになる人員を出すことになり。

 それにシュリが立候補し、俺のところまでやって来たというのが真相のようだ。

「なるほど……」

 あの時も結構歓待してもらっていたから、俺としてはそれで貸し借りなしだと思っていたが……どうやら族長は思っていた以上に義理堅い人物のようだ。

「なんでも言いつけてください! 使いっ走りでも狩りでも……その、よ、とぎでも……」

「よ、夜伽!? そんなことさせないって!」

 前に会った時はただの子供だったが、今のシュリは成長して立派な美少女になっている。

 そんな子にこんなことを言われれば、そりゃあ平静ではいられない。

 たしかに将来美人になりそうだとは思っていたけど……まさか想像を超えてくるとはな。

「最低でも一年……いや二年はいさせてください!」

 シュリの決意は固かった。

 てこでも動かない様子なので、とりあえず部屋を貸すしかなさそうだ。

 一応部屋は余っているからそこを使ってもらうとして……家具は先住人のものを使ってもらうか。さすがにもうワンセット作るのはちょっと面倒だし。

 まさか美少女獣人と一緒に暮らすとは想定していなかったが……たしかに一人でずっと山籠りをしているのも精神衛生上良くないとは思っていた。

 せっかくなのでお言葉に甘えて、家政婦というか話し相手というか、まぁそんな感じのゆるっとしたポジションで一緒に暮らしてもらうことにしよう。

「それならとりあえず同居人の紹介をしないとな」

「同居人……ですか? ――ハッ!? もしかしてラックさん、既につがいが……」

「いやいやいや、今シュリの後ろにいるやつだよ。同居人というか……同居狼?」

「わふ」

 どうやら目が覚めたのか、まぶたをしぱしぱとさせながらジルが大きなあくびをする。

 それを見たシュリは……なぜか固まっていた。

「え、う、嘘……」

「もしかして、知ってるのか?」

 道中冒険者ギルドに寄った時に職員達に聞いて回ったんだが、ジルの正体は終ぞわからなかった。

 新種の魔物なんだろうと思っていたが……シュリの様子を見ると、どうやら彼女は知っていそうだ。

「は、ははあぁっっっ!!

 何をするかと思えば――シュリは突然土下座をして、頭を下げた。

 それを見たジルが、どうすんのこれという瞳でこちらを見てくる。

 そんな目をされても……俺にも何がなんだか……。


 どうやらジルは、守護獣と呼ばれる存在らしい。

 聞いたことがないので詳しい話を教えてもらうことにした。

「守護獣は魔物ではなく、どちらかと言えば精霊に近い存在なんです。私達獣人にとっては、そうですね……土地の守り神とか、神様の御使いとか、そんな感じでうやまわれています」

 はるか昔、獣人達の立場がまだ今よりもずっと弱かった頃、獣人達は守護獣の庇護を求めた。

 そして守護獣は自らが庇護する対象として獣人達を認め、守ってあげていた。

 獣人達にその教えは今も根付いており、彼らにとって守護獣は敬意やそんすうの対象なのだという。

「お前、そんなすごいやつだったのか……」

「わふ?」

 ジルが首を傾げると、シュリがビクッと身体を震わせる。

 ジルは守護獣の中だとまだかなり若い個体らしいが、成長すればとてつもない強さになるという。

 こいつが狼の魔物にしては異常に強く、賢いのにとくしんがいった。

「俺も敬意とか払った方がいいか?」

 俺がそう聞いてみると、『馬鹿なこと言うんじゃない』という感じで尻尾で頭を叩かれる。

 それじゃあ俺はいつも通りにやらせてもらおう。

「とりあえずシュリも長旅で疲れただろうから、今日は自分の部屋でゆっくりするといい。俺はちょっとやることがあるからな」

「わ……わかりました!」

 持ってきていたらしい大きなトラベルバッグを持ちながら、ビシッと敬礼される。

 いそいそと荷物を取り出そうとする彼女の部屋のドアをパタリと閉じて、今日の作業に取りかかるため作業部屋に向かう。

 いくつもの魔法効果の込められた作業着に着替えると、ビシッと心まで引き締まった気がした。

「生活のために必要な家具は一通り作ったから……次は金物にしようかな」

 似たようなものばかり作っていると飽きがくる。

 そして飽きというのはどうしても槌を握る手と、魔力や文字を動かす頭を鈍らせるものだ。

 なので俺は根を詰めて作業をする時を除いて、なるべく自分がやりやすい形や順序で作業をすることにしていた。

 とりあえず今日は金物を作っていくことにする。

 鍋に包丁、あとは……解体に使うナイフなんかも作っておきたいな。

「久しぶりの鍛冶だ……ふふっ、なんかちょっとワクワクしてきたぞ」

 やはり鍛冶をする時が一番心躍る。

 必要があったから魔道具作りもある程度はこなせるが、やはり俺の専門は鍛冶なのだ。

 鍛冶とそれ以外では、気合いの入り方がまったく違う。

 まずは今のところ一番使いそうな包丁から作っていくことにしよう。

 炉に火をおこしていく。使うのは火魔法と魔道具だ。

 始めに火魔法を使って火力を上げている間に、選定しておいた材料を取り出す。

 今回包丁の材料に使うのは、魔力含有金属であるオリハルコンだ。

 普段使いにしては高価すぎる気がしないでもないが、久しぶりの鍛冶の前の高揚においては、そんなことは些細なものだ。

 火魔法を使って限界まで火力を上げるが、当然ながらそれではまだまだオリハルコンの融点には届かない。俺の火魔法は、リアム達と比べれば鼻くそみたいなものでしかないからな。

 故に取り出すのは、龍が火を噴いているような形をした魔道具だ。

 こいつは俺が鍛冶用に作り出した一点物で、その効果は『魔力量比例加熱』。

 魔力を燃料にすることで無際限に火力を上げてくれるこいつがあれば、魔力の籠った石である魔石に糸目さえつけなければ、理論上いくらでも加熱をすることができる。

 大量の魔石をくべていくことで、炎の温度が上がっていく。

『大気循環』や『冷却』の魔道具を複数使い、自身も『温度調節』の籠った作業着を着ても尚汗が噴き出す。

 メラメラと燃える炎を見ながら、ちょうどいいタイミングで溶かしていたオリハルコンを取り出していく。

 続いて行うのが魔力鍛造だ。

 オリハルコンは大量の魔力の込められている魔力含有金属であり、その魔力容量は文字通り次元が違う。

 けれど聖魔剣のようなとてつもない情報量の剣を作るためには、ただ鋳型に入れた剣に魔力文字を打ち込んでエンチャントをつけるだけでは足りないのだ。

 それでできるのは精々が一級品止まり。

 ワンオフの超のつく一級品を作るためには、文字通り鍛冶師側も情熱を燃やして製作に打ち込む必要がある。

 魔力鍛造とは、簡単に言えば魔力の込められた魔槌を使って魔力含有金属を成形し、その過程で魔力容量を増やす作業のことを指している。

 膨大な魔力を打ち付けながら加工することで、魔力容量は増やすことができるのだ。

 もちろんやりすぎれば魔力に堪えきれずに金属側が破裂したり、場合によっては風化・消滅してしまうこともある。

 ただその見極めの加減は、聖魔剣を打った時に見極めることができている。

 ちなみに俺が使っている魔槌も、その時に聖魔剣用にあつらえた超のつく一級品だ。

 融点を超える熱を受け、容易に変形するようになったオリハルコンを、魔力を使いながら魔槌を使って叩いていく。

 温度が下がってくるとパリパリと表面が剥げてくるが、それらも槌を使って一つに纏める。

 最後に魔石を使いまくって最高温まで上げていく。

 するとオリハルコンは燃えるのではなく、沸き始めた。

 何度も叩き魔力容量が増えたオリハルコンを、丁寧に成形していく。

 成形というのは当然ながら包丁として打っていくだけではなく、内側の魔力情報を整えることも含まれている。

 何度も重ねて叩かれたオリハルコンの内側の魔力情報は、かなりぐちゃぐちゃになってしまっているからだ。

 それを魔力素描を使って整えながら、同時並行で魔槌による成形も進めていく。

 炉に入れて再加熱をしている間は、魔力情報を書き込むための時間だ。

 ただ再加熱を何度も繰り返せば当然ながら剣ももろくなる。

 オリハルコンなどの稀少な金属を使う場合は、素材としての耐久性を始めとした性能が高いため、下手に再加熱をせずにそのまま名剣として生み出すことが多い。

 神聖魔法と古代魔族文字を覚えるまでは俺もそうだったが……この二つであれば再加熱によるデメリットを、魔法効果を刻み込むメリットが上回る。

 故に俺は何度も加熱を行い魔力文字を書き続けた。

 あらかじめ用意していた文字列が文意をなしエンチャントとなり、また全体それ自体も文脈として通すことで別のエンチャントをつけ、同時にエンチャント自体も強化していく。

 古代魔族文字の場合、魔力情報をミスればそのままダメージになってこちらに返ってくる。

 一瞬たりとも気を抜く時間はない。一秒のそのまた十分の一秒ですら無駄にはできなかった。

 時間の流れが気にならなくなり、世界に在るのが俺と金属だけになる。

 この時間が、俺は好きで好きでたまらなかった。

 過剰なほどに集中し続けることしばし。ようやく包丁が形になった。

 そのままの勢いで解体ナイフを作る。

 そしてなんだか気分が乗ったので、そのまま鍋とフライパンも作ってしまうことにした。

 俗世のことを気にせずにやりたいことができるというのは、なんて素晴らしいことなのだろう。

「ふうぅ……なんとか集中力が切れる前に全部作れたか」

 全ての金物に魔力容量ギリギリになるまで魔力文字をつけ、かなり高度なエンチャントをつけ終えると、緊張から解放されて思わず安堵の息がこぼれた。

 途中からは完全に魔力素描だけを行っていたため、既に汗は止まっている。

 俺は作業部屋には時計は置かないようにしている。

 時間や効率を気にしていては、真の鍛冶の頂にはたどり着けないと思っているからだ。

 ただそのせいで、時間の経過はまったくわからない。

 作業着の内側は、既にパリッと乾いているし腹も減りすぎて逆に減ってない状態まで来てるから、かなり経っているとは思うんだが……。

「ふふふ、だが満足のいく逸品ができたぞ」

 神聖文字と古代魔族文字を使えば、情報量をかなり圧縮することができる。

 おかげで通常の魔力文字であれば到底不可能なような、高度かつ情報量の多いエンチャントもつけることが可能となっている。

 聖剣や魔剣に込められていたものの容量の都合上、聖魔剣に搭載できなかったいくつものエンチャントを込められたので、俺としては大満足だ。

 もっとも素材としては最高峰であるオリハルコンを使い、更にそれを魔力鍛造してギリギリのラインだったから、通常の素材だと作れそうにないな……どのあたりの機能をデチューンするかは今後の課題だな。できれば魔鉄でも作れるようにして、ある程度手の届く価格帯で作れるようにしたい。

 その製法を回せば、あとはわざわざ俺が出張らずとも他の鍛冶師が上手いことやってくれるだろうし。

 出来上がった作品達を、うっとりと眺める。

 触ってみたり、角度を変えながら四方から観察してみたりする。

 完成した作品というのは、一種の芸術品のようなものだ。

 鍛冶師が作り出した作品は、決して名画家の描いた絵画に劣るものではない。

 むしろ実用性がある分、そこには純粋な芸術にはない独特の魅力があった。

 ぐう~っ。

「……さすがに、腹が減ったな」

 永遠に見ていたいのはやまやまだったが、空腹でいよいよ限界だったので作業部屋を出ることにする。

 リビングに向かうと、何やらいい匂いが鼻腔をくすぐった。

「あ、お疲れ様ですラックさん」

「料理、作ってくれたのか?」

「えっと……はい、すみません、調理器具を持ってきてないのであまり大したものは作れてないんですけど……」

 そう言ってもじもじとしているシュリは、なんだかかわいらしかった。

 以前のちっちゃかった頃を思い出し、思わず頭を撫でてしまう。

「いや、男の一人暮らしでまともな料理も作れてなかったからな。正直かなり助かるよ」

「は、はひっ!」

 ボンッと顔を真っ赤にしたシュリと一緒に椅子にかける。

 先住者が残してくれていた、がっしりとしたテーブルの上には、色とりどりの料理が並んでいた。

 肉料理に野草料理。それにあらかじめ持ってきたのか魚料理まである。

 これこそが料理だ。

 俺の食っていた飯は、ただ素材を加熱して味付けしただけにすぎなかったのだ。

 そんなことを悟ってしまうほどに、シュリの手料理は美味しかった。

「とっても美味しいよ、毎日作ってほしいくらいだ。将来のシュリの旦那さんは幸せ者だな」

「だ、旦那ですかっ!? ……そ、それならラックさんが立候補してくれても……(ごにょごにょ)」

「ん、何か言ったか?」

「なんでもありましぇん!」

 思いっきり舌を噛んで痛そうにしているシュリを、ジルがかわいそうな子を見るような目で見つめている。それを見たシュリがまた騒ぎ始め、漫才のようなやりとりをする二人を見ると思わず笑みがこぼれた。

 一人増えただけのはずなのに、こんなに急に賑やかになるものなんだな。

 俺が山に籠っていた時間は大してなかったはずなのだが、やはり現金なもので、ずっと一人でいることに寂しさを感じている自分もいた。

 誰かと久しぶりに話せたことで、改めて人は一人では生きていけないのかもしれないと思う。

 そして誰かと摂る食事というのは、やはり味気ない一人飯より何倍も美味しく思えた。

 それに別に鍛冶は孤独じゃなければできないわけでもないしな。

「あ、そうだ。シュリ、これなんだけど……」

「は、はいこれは……金物、ですか?」

「ああ、この小屋には金物がなかったから、腕鳴らしの意味も込めて作ってみたんだ。もしよければ明日の料理でこれを使ってみてくれ」

「あ、ありがとうございます!」

 目をキラキラと輝かせるシュリによく切れるからなと言い含め、包丁と解体ナイフを手渡す。

 そして俺は久しぶりにしっかりと鍛冶をした心地よさに身を預け、ぐっすりと眠るのだった……。


「きゃあああああああああっっ!!

 突如として聞こえてきた叫び声に思わず飛び起きる。

 外を見ると日が昇ったばかりのようだった。

 すわ敵襲かと思い、迎撃のための武器を手に、そのまま声のしたリビングの方へと走って行く。

「大丈夫か、シュリッ!!

 中へ入るとそこにはあわあわとしているシュリの姿があるだけで、少なくとも魔物や盗賊の類いの姿はない。

 ホッとしながら武器を下ろすと、シュリは相変わらずあわあわとしていた。

「す、すみませんラックさん、これ……」

 シュリが指差す先を見て、俺は彼女がなぜ叫んだのかを理解した。

 そこには――切った肉ごと真っ二つになったまな板があった。

「ちょ、調理しようとしたらまな板ごと切れちゃいまして……」

「ああ、そうか……包丁の切れ味について、もうちょっときちんと説明しておくべきだったな」

 これは間違いなく俺の落ち度だ。まな板を上げて見れば、調理場に使われているステンレスにも深い切り込みができてしまっている。

「と、とにかく弁償を……」

「いや大丈夫。これくらいならすぐに直せるよ」

 まな板の方はただの木材なので無理だが、台所の方はステンレス製なのでどうとでもなりそうだ。

 情報展開を使い、ステンレスの魔力情報を弄っていく。

 いくつか動かしても問題なさそうな配列を動かし、新たに上書きしていく。

 パパッと使うために中期文明の魔力文字を使って、『自動修復』の効果をつけることにした。

 すると先ほどまであった亀裂が徐々に、目に見える速度で小さくなり始めた。

「す、すごい……すごいです、ラックさん!」

「お、おお、そうか……」

 ものすごい食いつきように、俺の方がびっくりしてしまう。

 シュリは目をキラキラと輝かせながら、跡が消え元通りになったキッチンを見つめていた。

「ラックさんのクラフト、初めて見ました!」

「あ、ああ……そうだったっけ?」

「はい! やっぱりラックさんはクラフトも一流なんですね!」

「はは、ありがとう」

 俺自身クラフトに関しては人並みだと思っているが……さすがに褒められて悪い気はしない。

「ちょっと切れ味を良くしすぎたかもしれないな……金属のまな板だと味が移るだろうし、別の包丁にしようか?」

「い、いえ、切れ味が抜群なのはいいことですから! 事前にわかっていればどうとでもなりますので!」

 そう言うとシュリは新たに取り出したまな板の上で、ものすごい勢いで肉を切り始めた。

 彼女は五ミリ程度のかなりの薄切りを高速で行っているが、まな板には傷一つ付いていない。

 どうやらしっかりと斬撃の範囲を見極め、まな板に傷が付く寸前で引き上げているようだ。

 高い動体視力と鋭い勘を持つ彼女だからこそできる芸当だろう。

「まったく抵抗がないので他の包丁を使うのがちょっと怖いですけど……ものすごい切れ味です」

「ああ、この包丁は切れ味特化で作らせてもらった。ちょっと俺の想像以上に切れすぎてびっくりしてるけどな……」

「え、この包丁……ラックさんが作ったんですか? てっきりアーティファクトか何かかと……」

 アーティファクトとは、ざっくり言うと古代文明の遺跡から掘り出された魔道具のことだ。この包丁は一応神聖文字と古代魔族文字を使って作った、いわば現代に蘇らせた古代技術を使って作られた逸品だから、当たらずといえども遠からずってところではあるんだが。

「しっかし……うーん、包丁につけるには少しやりすぎだったかもしれないな」

「ち、ちなみにどんな効果がついてるんですか?」

「『絶対切断』だな」

「……ぜ、絶対切断?」

「ああ、霊体だろうが空間だろうが理論上は切り裂くことのできる、絶対の攻撃能力だな」

「な、なんて効果を包丁につけてるんですか!」

 つけられる効果のうち一番難度が高いものに挑戦したんだが……どうやらやりすぎだったらしい。

 ただ鍛冶をすると、ひたすらにいいものを作ろうとして、一切妥協できないたちだから、こればっかりはどうしようもない。

 切れ味を強化するだけだと普通に筋張った肉とか切りづらいから、わりと有用だと思うんだけどな。

 何事も、過ぎたるは及ばざるがごとしということなのだろうか……。

「なんだか聞くのがちょっと怖くなってきたんですけど……もしかしてこのお鍋や解体ナイフやフライパンも……?」

「ああ、鍋は一瞬でどんなものでも煮込むことができるよう『圧壊』のエンチャントを、フライパンにはどんな火力でも焦げ付かないように『概念防御』のエンチャントをつけている。ただ解体ナイフの方は……すまん。これは試しに魔鉄で作った試作品だから『斬撃強化』や『不壊』・『腕力強化』のような普通のエンチャントしかつけてないんだ……」

「私今、何を謝られてるんですか!?

『概念防御』のエンチャントを作り上げること自体はできたんだが、これに熱だけを上手いこと通すようにするのが難関だった……ただおかげで『概念防御』をすり抜けるための魔力情報を見つけることができたから、結果オーライと言える。

 今の俺なら、魔王が持っていた障壁や結界を以前よりはよほど簡単に貫ける武器が作れるだろうな。

 ちょっとやりすぎな気もしたが……やはり普段から使うものに関しては、鍛冶師として一切の妥協はできない。

 身の回りの金属製のものくらいは、全てワンオフの一級品で揃えておきたいというのが鍛冶師心というのものだ。

「それじゃあ煮込んで……うわっ、本当に一瞬でお肉がほろほろに!!

 シュリには是非とも、この器具達を使いこなしてもらえたらと思う。


 最初はビクビクしながら料理をしていたシュリだったが、効果に慣れてくるとあっという間に使いこなしてしまった。

 元々高い身体能力との相乗効果で、驚くべきことに調理時間は五分もかかっていない。

 だというのに今俺の目の前には、フルコースもかくやというほど大量の料理がほかほかと美味しそうな湯気を立てていた。

「いただきます!」

 とろとろのスープに、フォークを軽く差すだけで切れてしまう煮込み料理、シャキシャキの葉野菜のサラダの上にはすっぱめのドレッシングとローストされた肉が乗りカルパッチョ風に。

 正直全ての品が、俺の男飯とは比較にならないくらいに美味かった。

 ガツガツと、ちょっとはしたないと自分でも思ってしまうほどのハイペースで食べ進めていってしまう。

 使うのは初めてのはずなのに、まるで熟練の主婦のようにシュリは俺のハイスペック調理器具を使いこなしている。もしかするとシュリは、俺が想像していた以上に料理上手なのかもしれない。

「なぁシュリ」

「はい、なんでしょうか?」

「何か作ってほしい調理器具があったら言ってくれ。作らせてもらうから」

「えっと……それじゃあお言葉に甘えて……」

 俺はシュリに言われた金物を最優先で作ろうと心に決める。

 一度彼女の料理を味わってしまえば、二度とあの調味料をかけただけの食事には戻れそうにない。

「そういえばシュリは今日は何をするんだ? 家には『浄化』がかかってるから掃除はさほど時間をかけずに終わるだろうし、ゆっくりしてるのか?」

「いえ、でしたらジル……さんと一緒に山を探検しようかと思いまして」

 様付けはやめてほしいという本人からの意思で、どうやらジルはさん付けという形で落ち着いたらしい。

 にしても山の散策か……。

「もしよければ俺もついていっていいか?」

「はい、もちろん一緒に来てくれるなら心強いですが……鍛冶の方に影響はありませんか?」

「ああ、しばらく外に出てなかったからな。少しリフレッシュした方がいいかと思って」

 鍛冶は金属との対話であり、そこには当然ながら高い独創性や創作性を求められる。

 作業の性質上、ずっと根を詰めすぎていると、どうしても煮詰まってしまうことも多いのだ。

 山の中を歩くというのは、適度な気晴らしにはちょうどいいだろう。

 というわけで今日はジルやシュリと一緒に、山を散策してみることにしよう。


「ここに来た時は急いでいたからあんまり気付かなかったが……かなり広いな……」

 ジルに先導されながら、シュリと一緒に山の中を探索する。

 一応、今回の目的は食べられる野草やフルーツの採取だ。

 何か食えるものがあるといいんだが……と思い歩いていると、あるわあるわ。

 ヨモギのような野草から野いちごのようなフルーツまで、実にたくさんの食材が見つかる。

 特にフルーツの方はかなり潤沢で、ミカンやザクロまであった。

 よく野生動物に食い荒らされていないものだ……。

 魔物は基本的に魔力の籠っているものしか食べることはない。

 食材を食べる野生動物が魔物に食べられてしまっているせいで、自然がほとんど手つかずの状態で残っているんだろう。

「にしても魔物に遭遇しないな……」

「ジルさんがいるので、当然のことだと思います」

『魔物避け』の魔道具は動かすと効果をなくすタイプのものなので使っていないんだが、さっきから魔物の尻尾すら見えてはこない。

 先ほどからなんとなく魔物がいる感覚はあるんだが、こちらが近付く前にどいつもこいつも遠くへ行ってしまうのだ。

 どうやらここでジルが暴れ回ったのがかなり効いているらしい。

 本来であれば闘争心が強いはずの魔物もまったくやって来ないとは……一体どれだけ暴れ回ったんだ、こいつは。

「わふっ」

 安全に採取できるから俺達としては問題ないんだが……ジルの方はどこか不満げだ。

 なだめながら、とりあえず買った山を回っていく。

「思ってたより広いな……これなら採取に関しては、わざわざ隣の山まで行く必要もないかもしれん」

 少なくとも、一日で回りきれるような広さではない。

 ただ長期的に見たら別の山に行く必要はあるだろう。

 幸い王国では、現地の狩人や村人がいない限り狩猟権や採取権なんかは問題はない。

 人の手が入っていない場所である以上、俺が自由に採ってしまっても問題はないだろう。

「こっちにはクワの実がありますよ!」

「こっちにはラズベリーだ」

「……(すんすん)」

『収納鞄』に十分な量の採取した食料を入れ、そろそろ帰るかと言い出そうとしたタイミングで、先ほどまで楽しそうにクランベリーを収穫していたシュリが鼻を動かした。

「……匂いがします」

「敵か?」

「いえ……焦げ臭いです。多分炊事の匂いかと」

 彼女の先導で、森の中を歩いていく。

 ジルは少し後ろをハイド&シークをしながらついてきていて、俺とシュリを見守り、やって来た魔物達を的確に捉えていた。

 本気を出したジルの隠密は凄まじく、かなりの距離に近付かれないとそもそもその存在にも気付けない。

 こいつがこれだけ魔物から避けられていても大量の素材を持ってくるのには、こういうカラクリがあったのか。

 シュリの足が止まる。

 足下を見ればそこには……たしかに人が焚き火をした痕跡が残っていた。

「……匂いはここで途切れてる。多分、風魔法で匂いを散らしたんだ」

 どうやら向こうもかなりのやり手のようで、しっかり痕跡は消していたらしい。

 足跡も土魔法で消す徹底ぶりで、これではとても追跡はできそうにない。

 炊事の匂いをたどることができるシュリのような子がいなければ、見つけることすらできなかったはずだ。

「現地住民……なのか? 少なくともここには誰も住んでいないって聞いてるんだが……」

「ラックさん、もしかすると……この人は、南から来たんじゃないでしょうか?」

「南、か……」

 このアレルドゥリア山脈によって隔てられた更に南側。

 そこにはエルフやドワーフ達の暮らす亜人の領域がある……と話には聞いたことがある。

 けれど少なくとも俺は今までの人生で一度もエルフもドワーフも見たことがない。

 なのでどこか現実味がないというか……都市伝説なんかの類いだとばかり思っていた。

「エルフにドワーフ……本当にいるんだろうか?」

「いますよ?」

「……え?」

「えっ?」

 気付けば見つめ合うシュリと俺。

 シュリの顔がぼふっと真っ赤になる。

 けれど彼女の変調に思い当たる節を考える余裕は、今の俺にはなかった。

「シュリは会ったことあるのか?」

「えっと……はい。私は族長の父さんに連れられていろいろと各地を回る機会が多かったので……エルフの方とは一度会ったことがあります」

 なんと……そうだったのか。

 一人で引き籠って鍛冶ばかりしていると、どうしても世情に疎くなってしまう。

 なんだか世の中に置いていかれてしまった気分になってくる。

「それならエルフかドワーフが、わざわざアレルドゥリア山脈まで来ているってことか?」

「はい、ただ山脈の南の方もかなりの危険地帯らしいので……相当な実力者ではあるのかと」

 そんな人物がわざわざこちらにやって来ているとなると……どんな事情があるにせよ、とにかく警戒しておかないといけないな。

「それならジルも家から出さない方がいいか?」

「ゔぉふ」

 目を細めながら嫌そうな顔をされるが、これはわりと深刻な問題だ。

 もしジルが普通に狩られてしまうとなれば、さすがに表に出すわけにはいかなくなる。

 多少窮屈に思われようが、家の中にいてもらわなければならないだろう。

「あ、それは大丈夫だと思います。人種が亜人と呼んでいる我々獣人やエルフ、ドワーフ達は多神教ですので。エルフの森林信仰やドワーフの山岳信仰では、守護獣様はきちんとした扱いを受けることができるはずです。むしろ私達の方が危ないかもしれません。ドワーフはまだマシですが、エルフはかなり排他的ですので……」

 なるほどな……それなら家の警備はしっかりしておいた方が良さそうだ。

 警戒用の魔道具、いくつか作っておくか……。

「それならジル、明日からはちょっと遠出して隣の山や麓の先に続いている森の辺りまで行ってくれるか? もし不審な人物を見つけたら、連れて来てくれると助かる」

「わふ」

 別に頼んだわけではないのだが、ジルは俺の山暮らしが快適にいくようにわざと狩りの範囲をこの山の中に限定してくれている節がある。

 それだと窮屈だろうし、どうせならこの機会にもっと広い範囲を動いてもらうことにしよう。

「あんあん、あおーんっ!」

 どうやらかなり気合いが入っているようで、何度か鳴いたかと思うと急に遠吠えまでしていた。これだけやる気があるなら問題はないだろう。

 ただ、無理はしすぎないようにな。

 というわけで俺達はいつもより少しだけ気をつけるようにしながら、日々の生活を送ることにした。

 ただ、事態の進展は想像以上に早かった。

 俺が警戒用に魔道具を作り終えたタイミングを見計らったかのように、ジルが一人の来客を連れて来たからだ。

 小屋にやって来たのは――。

「失礼する……。む、貴殿は、人間……か?」

 恐ろしいほどに容姿の整った金髪へきがんのエルフだった――。