耐熱性、耐衝撃性をかなり十分に取り、『自動修復』もつけさせてもらった。

 これで加熱中に多少ぽしゃったとしても、衝撃と熱を内側で留め、消化してくれるはずだ。

 本来ならこのまま作業場作りに移りたいんだが……腹が減ったな。

 窓から外の景色を見ると、既に完全に夜になっていた。

 時計を見て驚愕したが、どうやら十時間近くぶっ続けでやっていたらしい。

 何かを始めるとすぐ時間を忘れてのめり込むのが俺の悪い癖だ。

 けどこんな自分も嫌いじゃないのだから、始末に負えない。

 作業部屋から出ると、既に家の中にはジルの姿があった。

 どうやら家の中に火打ち石があったらしい。

 暖炉には火がつけられており、外に置かれていた薪がくべられている。

 いや、頭良すぎだろう……。

「もしかすると、リアムより頭がいいかもしれないな」

 そんな本人が聞いたら激怒しそうなことを言うと、誰それという感じで首を傾げられる。

 敷かれているラグの上でぐでーっとくつろいでいる様子は、あまりにも人間らしかった。

 俺は空きっ腹を満たすため、ジルが狩ってきてくれた魔物の肉を香辛料を振って食べる。

 この少し硬めで筋張った肉質は……多分熊だな。

 今はまだいいが、年を取ったら顎が疲れてとても食べられそうもない。

 ただ最初は硬いが、噛めば噛むほど熊肉特有の脂の旨みが感じられる。

 気付けばペロリと食べ終えてしまい、腹がいっぱいになった。

「ごちそうさま……よし、続き続きっと」

 俺は急ぎ、作業部屋へと戻る。今日中になんとか作業場を完成させてしまいたいからな。

 食事を急いで済ませてからすぐにクラフトに戻ろうとする俺の背後からは、ジルの呆れたような鳴き声が聞こえてくるのだった……。


 腹が減ったと思ったら調理場へ向かい、とりあえず腹が膨れたら作業を再開する。

 そんなことを数度ほど繰り返すと、ようやく作業部屋の中をしっかりと整えることができた。

 ここで暮らしていた鍛冶師はかなり余裕を見て設定をしていたらしく、事前に用意していた素材を使い切って尚まだゆとりがあった。

 そのせいでいくつか持ってきていた素材を追加で使ってしまったが……おかげで満足のいく出来になった。

 エンチャントを発揮させ十を超える効果を発揮させる炉を確認し、次にそのまま鍛造を始めとする各種作業を行える作業場を見やる。

「うん、これなら古代魔族文字が暴発しても、壊れずに済みそうだ」

 いくつもの魔法効果をかけてとにかく頑丈に作ったため、中で何があっても小屋はびくともしないはずだ。

 ただそのせいで俺の身はその限りではないけれど……完全防備でしっかりと作業をすれば問題はない。

「ふうぅぅ~~っ」

 ぐぐっと両腕と背を伸ばすと、なんとも情けない声が出た。

 何日も同じ姿勢で作業をしていたせいで身体がバキバキだ。

「目もしぱしぱするな……」

 明らかに眼精疲労だとわかったので、ポケットの中から目薬を取り出し、両目に一滴ずつ点眼する。

 目薬は長時間光を直視することの多い鍛冶師には、必須アイテムだ。

 特に古代魔族文字を扱う俺の場合、目がかすんで文字を打ち込み間違えたりしたらとんでもないことになるからな。

 ちなみに使っているのは、俺の手製のポーションを点眼用に調整したものだ。

 ヨル草やディミトリ草などのかなり値の張る薬草を惜しみなく使っているおかげで、つむっている目の内側でものすごい勢いで眼神経が修復されていくのがわかる。

 これ一瓶で金貨数枚が飛ぶほどのものではあるが、なにぶん身体が資本なのでまったく惜しくはない。

「とりあえずこのまま鍛冶に入ってもいいんだけど……」

 ぐるりと首を回し、軽く身体を動かし、そのまま頭の回転を確認する。

 普段より明らかにいろいろと鈍くなっている。

 ゼロイチではない接合なら利いた無理も、自分で手ずから作るのなら利きづらい。

 しっかりと身体を休め、万全の状態であたるべきだろう。

「飯食ったら……寝るか」

 寝ても覚めても作業のことばかり考えていたせいで、ここ数日の間の記憶がない。

 というか、一日経ったのか十日経ったのかすらわからなかった。

 何かに没頭するということは、何かを失うということでもあるのだ……気取って言ってみたが、格好はつかないな。

 時間と体調の管理は職人としては当然のことだ。

 気をつけなくちゃいけないとわかってはいるんだけど、これがなかなか難しい。

 とりあえず飯を食うかと作業部屋を出ると、そこにジルの姿はなかった。

「めちゃくちゃ大量に素材が入ってる……」

 リビングの隅の方に置かれていたマジックバッグには、既に中がパンッパンにはちきれそうになるほど大量の素材が入っていた。

 俺のやり方を見ていて覚えたのか、皮からは肉がしっかりとこそぎ落とされており、状態がかなりいい。

 これなら多少手を加えれば、すぐになめし作業に入ることもできるだろう。

 それなら荷物はどこに……と思ったが、どうやら俺が持っている予備のマジックバッグを拝借していったらしい。

 この調子だととんでもないペースで素材が溜まっていってしまいそうだ。

 明日からはクラフトで大忙しだな。

 中に入っている肉を取り出し、焼き始める。

 大きな腿の肉は、恐らくは鹿のそれだろう。

 食べてみると、以前口にしたことのあるワイルドディアーに似ている気がした。

 中を確認すると、肉の量は素材全体からすると微々たるものしか残っていなかった。

 どうやら動き回っているからか、ジルの食欲はとてつもなく旺盛になっているらしい。

「ふうぅ……とりあえず寝るか……」

 食べると今までの疲れがドッと出たのか、眠気が襲ってくる。

 王都からベッドの素材は持ってきているんだが、今は組み立ててクラフトをするのも億劫だ。

 俺は眠たい目を擦りながら寝袋を取り出し、そのまま蓑虫のように眠るのだった……。


「よしっ、元気出た!」

 死んだように眠ることしばし、完全に復活。

 見れば外からは眩しい太陽の光が差し込んでいて、気分も明るくなってくる。

 ちなみに目覚めると、寝袋に覆い被さるような形でジルが眠っていた。

 何日も洗ったりブラッシングしたりしなかったので、毛並みはゴワゴワで、かなり獣臭かった……ジルをなんとかするための魔道具も作らなくちゃいけないな。

 やることはたくさんあるが、それを作るための生産拠点は既に用意してある。

 まずは必要なことから始めていこう。

「生産拠点を作ったんだから、次は生活拠点だよな」

 買った寝袋はかなり上等なものだったはずなんだが、ベッドで眠った後だとやはり寝苦しさを感じてしまった。

 ジルが狩ってくれた魔物の素材は幸い大量に余っている。

 せっかくだし、使えるところはこいつを使っていこう。

 一日の質は睡眠で決まる、というわけでベッド作りから始めるか。

 まずはマットレスの下に置く木枠部分からだ。

 こいつはジルが獲ってきてくれたトレントの素材を使わせてもらうことにする。

 サイズは……シングルだと少し小さいか。

 あまり大きすぎると部屋を圧迫してしまうので、ここはセミダブルにさせてもらうことにしよう。

「ほい、接合っと」

 接合を使い、木材同士を一つに合体させていく。

 こうすれば釘いらずで、最初からくっ付いているかのようにぴったりと寸法も合う。

 あっという間に四角い基礎部分を作ることができた。

「マットレスもサクサク自作していくか」

 マジックバッグをひっくり返すようにして、弾力性のある素材を探していく。

 指で押し込んで試してみた結果、一つだけ押し込んだ指の跡がしっかり残るほどの低反発の素材があった。

 どうやら巨大な魔物の表皮らしい。

 表面は妙にぬらぬらとした光沢がある。見た目をたとえるなら……白い巨大ウナギ、だろうか。

 いや、これ多分蛇だな。

 目がないってことは、普段は地中で活動している魔物なのだろう。

 森の中にこんな魔物がいたのかと驚きつつ、皮を水魔法で洗い、続けて風魔法と土魔法で乾かしていく。

 少し縮んだ皮を重ねて折っていき、都合五匹分ほども束ねるとセミダブルのマットレスを作れるくらいの高さと大きさになった(ちなみに当然ながら、接合を使って一つにまとめ済みだ)。

 続いて皮のなめし作業に入る。

 といっても、エンチャントを使ってしまえばさほど時間はかからない。

 一から薬品を使って皮の処理をやっていけば魔力容量を圧迫せずできるわけだが……ぶっちゃけた話、俺はクラフトに関してはあまりこだわりがない。

 本気を出すのは鍛冶分野と決めている分、普通の物作りに関してはさほど関心がないのだ。

 今回作る家具類も、金物以外はちゃっちゃと作ってしまうつもりである。

「魔力素描っと」

 マットレスとして使うぶよぶよとした蛇皮に魔力文字をちゃっちゃと書き込んでいく。

 古代の文字を使うのは疲れるし頭を使うので、手なりで書ける現代文字を使っていく。

 俺が皮に書き込んだのは『柔軟化』・『殺菌』、そして『合一化』だ。

 ちょっと硬すぎかもと思ったので『柔軟化』を使い適度な弾力に変え、『殺菌』を使うことで皮に残っているであろう雑菌類を消した。

 そして『合一化』を使い、これらの皮を完全に一つの弾力性のある素材の塊にまとめ上げていく。

 すると光が収まると、なんだかぶよっとしたウォーターベッドのような何かが出来上がった。

 これをあらかじめ買っておいた大きめのシーツで覆えば、そこには弾力性のあるベッドが現れる。

「よっと……もうちょい硬い方がいいかな」

 魔力文字を消しエンチャントとして成立する魔力情報を穴抜けにすれば、魔法効果は打ち消すことができる。

 本来の弾力性を取り戻したマットレスに、今度は先ほどまでより弱めに『柔軟化』を使うと、沈み込んでも腰が痛くならなそうな硬めのマットレスが出来上がってくれた。

 横になってみると、弾力は問題ない。

 ただ臭いを消すのを忘れていたので、『殺菌』で消し切れていない獣臭さが残っていた。

 マジックバッグからアロマディフューザーを取り出し、魔道具のスイッチを入れる。

 するとあっという間に風魔法によって匂いが拡散され、寝室の中がゼラニウムのスッとする香りで満たされた。

 以前ミラにせがまれて作らされた時は何に使うんだよと思っていたが……なるほど、獣臭さを消すために使えばいいのか。

 こいつはきっと、食べ物で言うところの臭み消しのようなものなんだろう。

 続いて羽布団の製作に移っていく。

 取り出すのは、とんでもなく大きな鳥の素材だ。

 ぶちぶちと羽根をむしり、大きな毛玉を作っていく。

 今度は同じミスをしないよう乾燥させ、殺菌してからアロマで香りをつけ、その後で四角く成形した袋の中にじゃんじゃか詰めていく。

 二羽分も使うと、十分にもこもこな羽布団ができた。

 都合一時間ほどでベッドが完成する。

 ベッドに横になり、羽布団をかけてみた。

「……うん、悪くない」

 少なくともこの家に元々あったベッドよりはいいものができている。

 同じ要領で他にもいくつか家具を作っていく。

 トレント材はジルが獲ってきた分以外にも用意してあったので、タンスやクローゼットなんかを作っていき、配置を決めたら床にラグを敷く。

 これで俺の部屋は完成だ。

 時間を見るとそろそろ午後一時になりそうな頃だった。

 朝を食べたのが遅めだったからか、まだ昼飯を食べたいと思うほど腹が減っていない。

「……せっかくだし、寝心地をたしかめるか」

 昼寝をするためにベッドに入る。

 背中越しに感じるたしかな弾力に、俺はあっという間に夢の世界に落ちていくのだった……。

 昼寝から目覚めると、午後三時になっていた。

 遅めの昼食をするのにはちょうどいい頃合いだ。

 いつものように肉を食い終えてから、小屋の中を軽く見て回る。

 必要最低限の家具は揃えたし……次は小物を作っていくか。

 数日間の山暮らしで、いくつかわかったことがある。

 それはこの山に生息している魔物の量が、とんでもないということ。そしてジルはそんな魔物達を、きっちりと狩ることができるということだ。

 そこで一つ、問題がある。

 ――俺がクラフトをして使う素材の量が、ジルが狩ってくる魔物の量にまったくもって追いついていないのだ。

 これでは早晩、マジックバッグの中がパンパンになってしまう。

 更に言えばマジックバッグの中に入っている素材も、そう遠くないうちに駄目になってしまう。

 その問題を解決すべく、俺は動き出すことにした。

 今日中に作成を目指すのは――収納したものの時間を遅らせることのできる機能を持ったマジックバッグだ。

 複数の機能を持つマジックバッグとなると、ある程度素材の質も必要になってくる。

 接合をすれば魔力容量を増やせるとは言っても、素材本来の持つ魔力容量が一番大切なことには変わりがないからだ。

 ジルが狩ってきた魔物達の中で吟味した結果、あらゆる魔法を使いこなすレインボーリザードの喉袋を使うことにした。

 いつものように接合して形を整えてから、魔力素描に入る。

「……魔力容量がかなり多いな、これなら接合せずにいけそうだ」

 情報を圧縮してなるべく容量を圧迫することがないよう、古代魔族文字と神聖文字を組み合わせて使いながら魔力素描を行っていく。

『空間拡張』のために必要な文字量はかなり多いため、下手に別の文意が出来上がらないよう何度も確認をしながら魔力文字を記していく。

 じっとりと汗を掻きながら文字とにらめっこを続けることしばし……ようやくエンチャントが終わる。

 しかしこれではただ、普通のマジックバッグを作っただけだ。

 肝心なのは、むしろここから先。

 収納したものの時間を止める、あるいは遅延させる効果をつけるために必要な魔力文字を見つけ出さなければならない。

 ただ何も手がかりがないわけではない。

 現代の魔力文字にも同じ中空に物体を留める『滞空』のエンチャントがある。

 そこにある魔力文字から『留める』という意味の魔力文字を割り出し、これを古代魔族文字に翻訳してやればいいだけだ。

 魔法文明はどれだけ時間的な断絶があろうと、地続きになっている。

 そのため翻訳に時間はかかるが、ヒントさえあれば答えを見つけ出すまでに時間はかからない。

 エンチャントを見つけ出すためにはトライアンドエラーが必要不可欠だ。

 ジルが持ってきた素材の中で今後も使わなそうな素材に下書きをして試していく。

 予想もしていなかった別の効果が発動したり、あるいは純粋に文意が破綻することで爆発したり……数々の素材を駄目にしてしまう中で、見つけた規則性をきっちりと頭の中に覚えていき、リストを作っていく。

 試行錯誤を繰り返しては小休止を取るということを続けると、日が暮れて夜になった頃にようやく時を止める――『時間滞留』のエンチャントを見つけ出すことができた。

 あとはこいつをマジックバッグにつけていけばいいだけだ。

 ただかなり魔力容量を食うため、『飽和』ギリギリまで接合をしてなんとか……ってところだろうか。

 これなら多少無理をしてでも、鍛造した金属の箱にでも込めた方が性能は良くなりそうだ。

 魔物素材とは違って、魔力含有金属ならまた別のやり方もできるからな。

 大分苦労して、なんとか『時間滞留』つきのマジックバッグを作ることに成功する。

 一度やり方を覚えればあとは流れ作業でいけるので、とりあえず当座の分の五つほど作っていく。

 やっている最中により効率的な魔力文字の書き方に気付けたおかげで、後になればなるほど入れられる容量も多くなってきた。

 最後に作ったマジックバッグは、軽くこの小屋を超える容量が入る。

 今回はソート機能を作るまで手が回らなかったが、まあ上出来だろう。

 我ながら記憶力はいい方なので、一度見れば素材の場所は忘れないし。

 一仕事終えた俺は、グッと背を伸ばしながら外を見る。

 見えるのは朝日だった。

 もう一日経ったのか……と思ったが、飯を食べた回数から考えると二日は経っていそうだ。

 そのあたりが曖昧な俺の、相変わらずの自己管理の甘さよ……。

 弟子でもいればまた話は違ったんだろうが……趣味に生きる独身男の生活なんて、まぁこんなもんだわな。

「ただこれで、とりあえず素材を腐らせずに済むようになったぞ」

 一日しっかりと休んで英気を養ったら、明日は家の魔力文字を弄って強化を施すことにしよう。ただそれだけだと時間が余るから……そうだ、せっかくだし山の散策でもしに行くか。

 いい加減肉ばかりを食べる生活にも飽きたし、野草の類いを探しに行ってもいいだろう。

 話に聞いたところによると近くに川も流れているらしいから、渓流で釣りをするのも乙なものかもしれないな。


 寝て起きると、既に夕方頃になっていた。

 もう俺の体内時計がおかしくなっていることには慣れたのか、ジルは何も言わずパンパンになったマジックバッグを持ってきていた。

 そいつの中身を新たに作ったマジックバッグに詰め替えながら、思った。

「そういえばこのマジックバッグに名前をつけないとな……」

 俺は我ながら良いアイテムが作れたと思う時は、名前をつけるようにしている。

 俺はただ容量を拡張するだけのマジックバッグの出来には納得いかなかったが、古代の魔力文字を使って作り出したことで内側の時間をゆるやかにすることができたこのマジックバッグは、俺の中での合格ラインはしっかり超えている。

「そうだな……『収納鞄』でいいか」

 俺の一存で、これらのマジックバッグは『収納鞄』と名付けることにした。

 なぜ『収納背嚢』ではないのかといえば、今後のことを考えていろいろな形状を試してみるつもりだからだ。

 持ち運びにいいのは背嚢タイプになるだろうが、片手で持つ手提げ鞄やセカンドバッグなんかも作ってみたい。

 金物を使うタイプの鞄にすればその分魔力容量も増やせるから、多分ソート機能をつけるためにはより強力な魔物の素材を使うか、金属を使ったゴテゴテとした感じにするかのどちらかになるだろう。

「金属だけで作った据え置きの箱タイプをオリハルコンで作れば、多分はちゃめちゃな容量のものが作れると思うが……さすがにもったいないしな」

 俺が持ってきている魔力含有金属――それ自体が魔力を含んでいるミスリル、アダマンタイト、オリハルコン、ヒヒイロカネなど稀少金属を総称してそう呼ぶ――には限りがある。

 これらをクラフトではなく鍛冶で作りたい俺としては、多少の性能差には目を瞑るしかない。

 魔力含有金属の中でも比較的安価な魔鉄を買い込んできたから、こいつくらいなら使ってもいいかもしれないがな。

「わふっ!」

「おお、おかえり」

 他の『収納鞄』の図面を引いてああでもないこうでもないと頭をひねっていると、ジルが帰ってきた。

 外を見れば既に夜になっていた。

 山に来てから、時間の感覚がバグり始めてるな……。

 誰に止められることもないし納期もない。自由すぎるのもこれはこれで問題なのかもしれないな……なんて、これはちょっとばかし贅沢な悩みか。

 仕事を命じられていた時と比べると、天と地ほども差がある。

 全部自分で一からやっていかなくちゃいけない面倒はあるけど……それでもやっぱり、店を持っていた時とは比べものにならないほど俺は自由で、何者にも縛られずに好きなように生きることができている。

「自由って最高!」

「きゃんっ!?

 全ての仕事から解き放たれたあまりの解放感に思わず叫ぶと、優れた聴力を持つジルがびくっと飛び上がる。

 ジルは俺の方を目を細めながら見ると、前足でてしてしっと俺の足を踏みながら、無言の抵抗をしてきた。

「ごめんごめん、悪気はなかったんだよ」

 ジルの機嫌を取るために、道中で採取しておいた香辛料を超レア肉に振ってやる。

 こいつの好物のマグラ草は、カレーに似たスパイシーな風味が特徴だ。

 そいつを最大限辛みが乗るようにみじん切りにしてから乾燥させたこの香辛料は、上等なクミンのような香りがする。

「わふっ!」

 狼の魔物ということもあり鼻は相当にいいと思うのだが、ジルはこのマグラ草がかなり好きなのだ。すぴすぴと鼻を鳴らしながらも、美味しそうに肉を食べている。

 肉食動物は肉から栄養素を摂れるから、栄養バランスを細かく気にしなくても生きていける。

 野草や果物を食わずともなんとかなるジルが羨ましい……バランス良く栄養を補給できるような食品が作れないものだろうか。

 マグラ草は切り方と乾かし方によって味や風味が大きく変わる。

 俺は大きめに切ってからしっかりと乾かした、マイルドな味わいが好みだった。

 適宜肉に乾燥したマグラ草を振りながら飯を食べていると、ジルが身体を横たえた。

 夜目が利き、体力も人間とは比べものにならないジルには夜もあってないようなものなのだが、どういうわけかこいつは夜になるとそのまま家の中でゴロゴロし始める。

 生活リズムが俺よりよほど規則的なのだ。

「ほらジル、おいで」

「わふっ!」

 ご飯を食べ終えてから、久しぶりに身体を洗ってやることにした。

 水魔法と風魔法を併用して使えば、部屋の中を汚さずに綺麗にすることくらいは朝飯前だ。

 なるべく傷まないよう冷たい風で乾燥させると、少しべたついていた毛並みがふわっふわに戻っていった。

 ジルが期待したような顔でこちらを見上げてくる。

「へっへっへっ」

 目をキラキラと輝かせながら尻尾をぶんぶんと左右に振っているジルに苦笑しながら、暖炉の脇に置いてあるブラシを取ってくる。

 ジルにせがまれて俺が作ったブラシは、合わせて三種類。

 まず最初はワイバーンの顎鬚を使った硬めのブラシ。

 そして二つ目がカイザーホースの尻尾の毛を使ったほどよい硬さのブラシ。

 最後がダークスパイダーの蜘蛛糸を使った繊維の細かい柔らかいブラシだ。

 これを順番に使っていてもらうのが、ジルはたまらなく好きだった。

 まずはワイバーンの顎鬚ブラシを使って、がっしがっしと全身を梳いていく。

 しっかりと洗ったおかげで毛が途中で突っかかることもなく、ブラシはするすると通っていった。

「はふっ、はふっ」

 四肢ですっくと立ち上がったジルが、目を瞑りながら感じている。

 どうやらジルにとってのブラッシングというのは人間で言うところのマッサージのようなものらしい。

 硬めのブラシで力強く梳かれるのは、恐らくしっかりとした足つぼマッサージを受けているような感じなのだろう。

 続いて二つ目のカイザーホースのブラシを手に取り、優しめに梳いていく。

 先ほど力を込めすぎたせいで乱れた毛並みを戻しながら、ほどよい力加減を保つのがポイントだ。

「ふーっ、ふーっ……」

 この馬のブラシは、たとえるなら弱めのあんを受けているような感じだろうか。

 気付けばジルは舌を出しながら、前足にグッと力を込めてなんとか前傾姿勢を維持していた。

 最後に使うのは、ダークスパイダーを使ったきめ細かなブラシだ。

 これを使って優しく梳いてやると、毛並み全体が本来の力強さとしなやかさを取り戻すかのように輝いていく。

 キラキラと暖炉の光を反射する白銀の毛並みを見ていると、宝石を研磨している宝飾加工職人のような気分になってくる。

「……きゅうっ」

 大量の魔物をほふることのできるたけき狼であっても、硬さと用途の違う三つのブラシには敵わなかった。

 ジルは完全に脱力した状態で、床に倒れ込んでしまっている。

 ただその内心を表しているかのように、ふわふわとした尻尾だけは視認できないほどの勢いで左右に動いていた。

 何も言わずに目を瞑っているジルを横目にしながら、俺はマジックバッグ(つまりはここに来る前に作ったもの、ということだ)からワインの瓶を取り出す。

 鍛冶師には酒が強いやつが偉いという、はたから見ると意味のわからない風潮がある。

 なんでも人里に下りてくることのないドワーフが全員かなりのうわばみだからという理由でできた古い慣習らしいが……俺は鍛冶師独特のとにかく大量に酒を飲む風潮があまり好きではなかった。

 酒は適切な量を、適切な形で楽しむくらいでちょうどいい。

 持ってきていた切り出したグラスの器にワインを注ぎ、水魔法を使って中に氷を入れる。

 ぶっちゃけた話、俺は酒はあまり強くない。

 酔えればそれでいいというタイプなので、当然酒に詳しいわけでもない。

 フェイにはワインに氷を入れるなんてありえないと何度も言われたが、生憎直すつもりはない。俺からすれば、飲み物なんて冷えていれば冷えているだけ美味いからだ。

 以前シェイカーに入れてガシガシ振って冷やしたら、とてつもなく怒られたことを思い出す。

 軽くかき混ぜてしっかりと冷やしてから、ワインを口に含む。

「うん……相変わらず、マズいな」

 俺は子供舌なのか、酒の美味さが未だにわからない。

 だがこの小屋の落ち着いた雰囲気がそうさせるのか、それとも着実に形の整っていく内装に俺が満足しているからか、不思議と悪い気分ではなかった。

 パチパチと暖炉のぜる音が聞こえてくる。

 ゆらゆらと燃える炎を見ながら、ちびちびと舐めるようにワインを飲む。

 ゆっくりと落ち着いた時間を過ごしていると、なんだか自分が大人になったような気分になってくる。

 図体ばかりデカいだけで、中身は昔と大差ないんだけどさ。

「わふっ!」

 気付けば元気を取り戻していたジルが、じーっと俺の持っているワインを見つめている。

「……飲みたいのか?」

「わふっ」

 どうやらジルは、酒もいける口らしい。本当に人間と一緒にいる気分になってくる。

 恐ろしいことに、ジルはワインの瓶を尻尾で掴むと、封をしているコルクを噛み砕く。

 そしてそのまま直飲みし始めた。

 あっという間に一本空けてしまったが、大して酔っている様子もない。

 こいつ……とんでもないうわばみだぞ。

「今日はこれで終わりな」

 ちょっと物足りなそうなジルの頭を撫でてやる。

「……久しぶりに一緒に寝るか?」

「あんっ!」

 セミダブルのベッドなら、倒れ込むように寝れば一緒に眠れる。

 ベッドに横になると、酒の力も手伝って俺達は団子になって眠るのだった……。


 俺は胸に感じる圧迫感から思わず目を覚ます。

 妙に重たいな……ジルか? こいつ、案外寂しがり屋だからな……。

「ううーん……」

 温かい体温を感じたので、目の前にいる何かを撫でてやる。

 すると……。

「ひゃんっ!?

 妙にかわいらしい声が出てきたので思わず身体がびくっと動いてしまった。

 もふもふ……ではあるが、なんだかいつもと毛並みが違うような……?

「ふわあぁ……」

 なでりなでり。ジルにしては妙にもふもふも足りない感触をしっかりと味わっているうちに……むにっと手が何かやわらかいものに当たる。

 ここにきて俺は、さすがに違和感を覚えた。

 いくら肉球にしてもやわらかいし……それに大きすぎる。

 目を開けると、そこには――。

「きゅう……」

 なぜか顔を真っ赤にしている女の子の姿があった。

 ……って、女の子!?

「ジル、まさかお前擬人化したのか!?

 びっくりしながら起き上がると、眠っている女の子の後ろにはごろりと横になっているジルがいた。

 そして薄く目を開けると……。

「ばふ」

 馬鹿言ってんじゃないのという感じで尻尾で俺のことをたしなめてから、またすぐに目を閉じた。

 てっきりジルが女の子になったのかと思ったがどうやら違うらしい。だとしたらこの子は一体……?

 眠っているのをいいことに、観察してみる。

 まず最初に目がいくのは、ぴょこんと伸びている獣耳だ。

 犬のようにもふもふっとした茶色い耳が出ているが、それ以外は普通の人間となんら変わらない。年齢は十代後半くらいだろうか。

 美しいというよりかわいいという言葉の似合う美少女だった。

 カラフルな麻布の服を着ていて、どことなくエスニックな装いをしている。

 だが男の性というべきか、やはり一番目がいってしまうのはそのたわわに実った双球だった。

 もしかすると先ほど感じたやわらかい感触は……いや、これ以上考えるのはやめておこう。

(なるほど、獣人か……なんで獣人の女の子が俺のベッドに入ってるんだ?)

 頭が軽くパニックになりつつあるので、一旦情報を整理することにした。

 獣人は亜人の一種だ。

 魔法を使うことはできないが高い身体能力を持つ、肉弾戦に特化した種族である。

 一応王国にもある程度の数はいるが、人里に下りてきて人間達と暮らすというより、どちらかと言うと集落を作って王国の外れの方で狩猟生活を続けている者達の方が多い。

 当然ながら俺も獣人には何人も知り合いがいる。

 だが少なくともこんな風に発育の良い女の子はいなかったような……。

「でも、どこかで見たことがある気がするんだよな……」

 顔を近づけてじいっと見つめていると、びっくりするくらい長いまつげがふるふると震える。

 そして女の子がゆっくりと目を開けて……二人の視線が交差した。

「ラ、ラックさん! おはようございます!」

「あ、ああ、おはよう……」

 目を開け、しゅたっと起き上がった姿を見て、俺はようやく彼女が誰なのかがわかった。

「もしかして……シュリか?」

「はいっ、ラックさんのシュリです」

「俺が所有した記憶は一度もないんだが……」

 彼女の名前はシュリ。

 以前俺が冒険者として活動しながら素材を集めていた頃、ヨリノという獣人族の里で出会った女の子だ。族長の娘で、そういえば当時はお嫁さんになってあげると言われた記憶がある。

 あれは何年前のことだったか……年は取りたくないもんだ。

「にしても大きくなったなぁ。前は、そうだなぁ……このくらいじゃなかったか?」

「そ、そんなちっちゃくなかったですよ!」

 俺がふざけて膝丈のあたりを指すと、ぷんすかと怒られてしまった。

 さすがに膝丈は冗談だが、今より二回りは小さかったはずだ。