こうして俺が生み出した剣こそが――。
「聖魔剣カオティックレイ……間違いなく今の俺が作れる、最高傑作だ」
「聖、魔剣……」
リアムは信じられないようなものを見る目で剣を見たかと思うと、同じような顔をこちらにも向けてきた。
「多分だが純粋な耐久性と攻撃力だけなら、リアムが使っている聖剣以上になるだろう」
「な、なんてものを作っちゃうのさ!?」
「作れる技術があるのなら、作らずにはいられない……鍛冶師っつうのはそういう生き物なんだよ」
「か、カッコいいこと言って誤魔化そうとしても騙されないからね!」
なぜか顔を赤らめながらそんなことを言われる。
別に誤魔化しているわけじゃないんだが……病気だろうか?
勇爵としてのめまぐるしいほどの忙しさに、熱でも出したのかもしれない。
遊びに来た時のフェイ達も全員死んだ目をしていた。
勇者パーティーは四人とも、とてつもなく忙しいらしいからな。
(というかリアムは褒めてくれているけど……俺自身としてはまだまだこの聖魔剣の出来に満足はいっていないんだよな)
この短い時間では、そもそも最適な魔力文字を見つけることができなかった。
理論上より効率的なエンチャントを施せるくらいに情報が圧縮できるようになれば、その他にもいろいろな性能が足せるはずなのだ。
純粋な強化効率がエグくなる聖魔剣であれば、もっともっと俺の創作意欲を満たせるような作品が作れるはずなんだが……いかんせん、俺の努力不足だ。
少なくとも今よりも神聖文字と古代魔族文字を使ったエンチャントに熟達しないと、これ以上の作品を作るのは難しいと言わざるを得ない。
「この剣は習作だ。とりあえずリアムに渡しておくから、もしも聖剣が壊れた時は使ってくれ」
「聖剣が壊れることなんてそうそうないと思うんだけど……? 魔王との戦いの時だって傷一つ付いてなかったし」
「別に聖剣自体の耐久度はそこまで高いわけじゃないから、そこは純粋にリアムの腕だと思うがな……あ、そうだ。実は今日、リアムに一つ言っておくことがあるんだ」
「え……何、どうしたのさ急にそんな真面目な顔をして。も、もしかして……(ドキドキ)」
いかんいかん、ここに来たもう一つの目的を完全に忘れるところだった。
俺はなんでもないような態度のまま、気軽に告げることにした。
「俺……リアム達の専属鍛冶師辞めるわ」
「…………え?」
ギギギと油の切れた人形のように、リアムがこちらを向く。
パクパクと口を開いたり閉じたりしながら、目を見開いている。
「え……えええええええええええええぇぇっ!? どどど、どうして急に!?」
「店が吹っ飛んだから……というのが表向きの理由だな」
「――ええっ!? 店、なくなっちゃったの!?」
絶えず襲ってくる新たな情報にパニックになっているようで、リアムはグルグルと目を回していた。
「ああ。二つの魔力文字の相性を試すために何振りか作ったら、更地になった」
「更地っ!?」
そう、この二ヶ月で既に俺の店は完全に更地になってしまっていた。
まさかちょっと出力をミスったせいであれだけの衝撃波に襲われるとはな……おかげで途中からは完全防備で作業をすることになり、熱中しているうちに俺がやっている店どころか、中にあった炉から備品から全てが跡形もなく吹っ飛んでしまった。
聖魔剣を作る時には鍛冶作業が終わり、あとはエンチャントをするだけで良かったので問題なく仕上げることができたわけだが……更地の鍛冶屋では今後の作業に明らかに支障が出る。
ただ、吹っ飛んだなら新しいものを建てれば済む話。
つまりこれはいわゆる建前というやつで、本音は別のところにある。
「ぶっちゃけた話……これ以上俗世の依頼を受けたら俺の方がパンクして、まともに自分のしたい鍛冶ができなくなる。それに……平和になった世の中じゃあ、リアム達も剣を振るう場所がないだろ?」
「うぐ、それはたしかにそうだね。最近身体は鈍ってしかたないし……お腹だって、ちょっとぷにってきてるし」
少し薄情な気もするが、俺がリアムの専属鍛冶師になったのはそうするのが一番、自分のしたい鍛冶ができたからだ。
『仮初めの英雄』と共に歩んできた日々が、間違いだったとは思わない。
けれどあれはあくまでも、ギブアンドテイクの関係が成り立つからこそ続いていたもので。きっと今が、俺と彼女達の道が分かれるタイミングなのだと思う。
今後、リアム達は強力な武具を必要とする機会はどんどん減っていくことだろう。
平和な世界で必要になるのは一本の名剣ではなく、十の
『人のために生きることこそ、鍛冶師の本懐だ』
父さんの言葉が頭をよぎる。
鍛冶屋は誰かの役に立たなければいけないとは、俺も常々思ってきた。
けど自分で言うのもあれだが、その……俺は十分に、世の中というものに対して貢献をしてきたように思う。
それに何も一切の鍛冶をしなくなるわけじゃない。
技術を研鑽していけばきっとその先には、今よりもっとたくさんの人に役立つものが作れる気がするのだ。
それもあるからこそ……俺は、わがままになろうと決めた。
『自分のために生きることこそが、鍛冶を何より色づけてくれる』
ここから先は――俺の好きなように、生きるのだ。
自分の腕を磨いて磨いて磨き続けて……鍛冶師の
かねてから抱いていた情熱は、ことここに至っても一切消えることはなく。むしろ以前にも倍するほどの勢いで、
俺はそんな自分の気持ちを、真っ直ぐにぶつけた。
最初は不満そうな顔をしていたリアムも、俺が思いの丈を告げていくうちに表情が変わっていく。
怒りから戸惑い、そして諦め……良い変化なのか悪い変化なのかはわからないが、彼女は最終的にはため息をこぼしながらも頷いてくれた。
「そう……だね。それがラックのしたいこと……なんだもんね」
「勘違いしてほしくないんだが……」
俺にとって、『仮初めの英雄』との日々は、何よりもかけがえのない、とても大切なものだよ。
そう告げると、リアムははにかんだ。
それにつられて、俺も笑う。
俺はあの研鑽の日々を、生涯忘れることはないだろう。
だからこれはしばしの別れだ。
もちろん、今生の別れでもなんでもない。
全力で生き抜いていれば、道は再び交差するはずだ。きっと……いや、絶対に。
「ミラ達に挨拶はしていかないの?」
「もちろんしていくさ。今日の午前中の予定は、屋敷巡り」
「そっか……ラック、ちょっと待っててもらっていい?」
「ああ、構わないぞ」
俺が待っていると、リアムはめちゃくちゃ仕事ができそうな家宰の人間と話し合い始め、そして数分もしないうちにこちらに戻ってきた。
「出立、明日でも大丈夫? 今日休みもらってきたからさ、皆でラックの送別会をしようと思って」
「……ああ、一日ズレたくらいで問題は起こらないさ」
こうして俺は久しぶりに、リアム達と一緒に昼間っから酒を飲むことにした。
店が吹っ飛んだ俺と大貴族の彼女達。
立場は変わったものの、お互いの関係性は何も変わらない。
「ラックがいなくなったら困る! 私の聖槍が壊れたらどうすればいいんだ!」
「大丈夫だ、こんなこともあろうかと
「なんだと!? たしかにヒビが入っても次の日にはなくなってたから、変だとは思ってたんだ!」
「逆になんでそれで気付かなかったんだよ」
フェイは相変わらずキリッとした見た目のくせにどこか抜けていて。
「まぁ俺くらいの鍛冶師ならいくらでもいるだろうし、達者でやってくれ」
「ラックさんレベルの鍛冶師がいるわけないじゃないですか!?」
ナージャにはなぜか呆れられ、怒られてしまった。
俺は流れの鍛冶師なので他のやつの腕をほとんど知らないが、まぁ俺クラスの鍛冶師ならいくらでもいるはずだ。
お世辞だとわかっていても、ナージャに認められたようで嬉しい気分になる。
「また遊ぼうね、ラック! あなたはマブダチだからな」
「おう」
ミラとは拳を打ち付け合い、また会う約束を交わした。
そして次の日、俺は二日酔いに悩まされながらも馬車に乗り込んでいく。
向かう先は――この二ヶ月のうちに目星をつけて買った、辺境にある名もなき山だ。
誰にも邪魔されることなく、鍛冶に打ち込める環境。
それを求めた結果どうしても人のいない場所を選ばざるを得ず、結果としてかなりの秘境になってしまったが……こればかりは致し方あるまい。
こうして店を吹っ飛ばした俺は、鍛冶師としてのセカンドライフを始めるため、王都を後にするのだった――。
俺が購入した山は、かなりの僻地にある。
人間の領域では最南端と言っていい場所で、ぎりぎり王国領に入っているという人間の住処というより魔物の生息地帯と言った方が正しそうな場所だ。
なんでも凶悪な魔物が出るような場所らしく、おかげで値段は二束三文だった。
魔物が出る僻地で、一人で暮らしていけるのかと尋ねられれば、俺はこう答えよう。
ぶっちゃけた話、一人で生きていくだけならどうとでもなる……と。
エンチャントを使えば衣食住どれも問題なく揃えることはできるし、古代魔族文字のおかげで自衛するには過剰なくらいの戦闘能力も身に付けることができた。
とりあえずしばらくは、一人でじっくりと鍛冶に打ち込める環境が欲しい。
人が来られないくらい厳しい環境なら、誰かに邪魔されることもなくしっかりと鍛冶に集中することができるだろう。
リアム達が忙しく動いている中で一人ゆっくりしに行くのに少々罪悪感がないではないが……魔王に届くだけの武器を作ってみせたのだから、しばらく己の研究に打ち込むくらいのことを望んでも罰は当たるまい。
まぁ長々と説明をしたが、俺にとっては人目につかないというのが何より大切なわけだ。
ただ当然ながら王都から辺境伯領へ向かうためには、人里を通っていく必要がある。
さすがに補給やぐっすり眠れる宿なしで、目的地への最短距離を突っ走れるほど身体が強いわけじゃないからな。
王都を抜けてから半月ほど、およそ半分ほどの行程が済んだところで、俺は問題に直面していた。その問題というのが――。
「盗賊、ですか……」
「ええ、どうも傭兵上がりでなかなか強敵らしく……辺境伯家の騎士団が来るまでは南の街道は封鎖されておりまして」
現在俺がいるのは、辺境伯領の真ん中辺りにあるレルドーンという街だ。
ここから更に南下してアルリリという街へ向かおうとしているんだが、現在暴れ回っている盗賊団の根城がその辺りにあるらしく、街道封鎖が実施されてしまっていたのである。
事情を聞くため、冒険者ギルドで受付嬢から詳しい話を教えてもらっていたのだ。
なんでも
魔王が倒されたとはいえ、世界から悪人が消えたわけではない……ってことか。
「援軍がやって来る前に襲われる可能性もあるのではないですか?」
「ええ、ですので現在街には厳戒態勢が敷かれております。また、冒険者達による討伐隊を組織しておりまして、こちらは準備でき次第出発する予定です」
こちらに攻め込んでこないのは……戦闘力が高いのが頭目だけだからだろうか?
もちろん情報が少ないので、判断するのは軽率だが……。
「今日やって来たばかりのラック様に対して強制力はないのですが……もしよければ盗賊の討伐依頼を受けてはもらえないでしょうか?」
俺は一応、冒険者ライセンスを持っている。
ランクはC。
Sまで上がっているリアム達と比べると大したことはないが、一応自分の身を守れるくらいの強さは持っている。
しっかし、盗賊討伐か……本気で剣を数本も打てば盗賊程度ならどうとでもなるとは思うんだが……ここで下手に目立って釘付けになるのは避けたい。
もちろん街の人達の命が危ないとなれば、全力で武器を放出してなんとかするつもりだが……どうにかならないものだろうか。
「『雷剣』のジュリアの得物さえ壊れていなければ、盗賊共なんかに遅れは取らなかったのでしょうけど……」
……なぬ?
「私が『雷剣』のジュリアだ。なんでも私に話があるということだったが……」
俺は冒険者ギルドの中の会議室を貸してもらい、一人の女性と向かい合っていた。
真っ赤に燃える炎を思わせる、意志の強そうな女性だ。
タッパもかなりあり、俺よりも大きい。年齢は二十代後半くらいだろうか。
彼女は現在レルドーンにいる唯一のAランク冒険者、『雷剣』のジュリア。
本来であれば盗賊など瞬殺できる彼女だが、折り悪く彼女の二つ名にもなっている、雷の魔剣は壊れてしまっている。
彼女の強さは己の肉体を
「あまり時間があるわけではないので、早く目的を言ってくれると助かるんだが」
「その前に一つ質問をさせてください。『雷剣』を直せば、盗賊を倒すことはできますか?」
「――無論だ。ただ魔剣がない状態で挑めば、勝率が下がる。なので冒険者達を纏めて組織的に討伐に出ようという話になっているわけだ」
「だったら俺が魔剣を直します。急いでいるし代金はロハで……ただし、魔剣を直した人物を秘密にすることと、魔剣を使う様子を近くで見せてもらうこと。この二つを条件とさせてください」
「――馬鹿を言うのも大概にしろ。何人もの名工に頼んでもダメだったのだ。いくらなんでも……」
明らかに気分を害して怒っている様子のジュリアさんに、俺は一本の剣を差し出した。
護身用にと思い持ってきた一本の短剣は、リアムに渡す前に作っていた聖魔剣のプロトタイプだ。
剣を見たジュリアさんが、顔色を変える。
この剣を見てそんな反応をするということは、彼女が魔力の感知や検知に際して
「こ、これは……」
「俺が打った剣です」
剣士同士が一合刀を交わせば相手の力量を測れるように、優れた剣士は一目見ればその剣に宿る術理を理解することができる。
「誰も直せなかったというのなら、俺に任せてくれませんか?」
「……ああ」
その場の雰囲気に飲まれてか、彼女は抵抗せずにスッと背負っている剣を差し出してきた。
鞘から剣を抜いてみる。
刃は見るからにガタガタになっている。かなり硬い相手に何度も剣を当てたのだろう。
状態は中破ってところだろうか……これなら素材さえあれば、問題なく直すことができそうだ。
頼んだ名工ってのが潜りだったのかもしれない。これくらいなら、そこまで難しいものじゃないはずだ。
「雷龍の牙、
「な、なぜわかったのだ……?
「前に似たような剣を仕立てたことがあるので……で、いかがでしょう? 俺の力を認めてもらえましたか?」
ジュリアさんが複雑そうな顔をする。パッといきなり現れた鍛冶師のことを信じられないのは当然のことだ。
「……いや、信じる。どうせこのままでは壊れたままなのだ、この剣を直せる可能性があるというのなら、私は手間も苦労も惜しまない」
というわけでジュリアさんに素材を持ってきてもらう間に、俺は宿を借り、解体などに使われる作業場を貸し切らせてもらった。
あの破損具合なら、魔力情報を修正すれば間違いなく直すことができる。
鍛造をして魔力容量を確保する必要もないため、そこまで大がかりな設備は必要ない。
「はあっ、はあっ、持ってきたぞ、ラック殿……」
聖魔剣を見てから妙に態度が軟化したジュリアさんから素材を受け取る。
「もし良ければ、作業を遠目に見ていてもいいだろうか……もちろん、邪魔だというのなら席を外させてもらうが」
「いえ、大丈夫ですよ。愛剣がどうなるかをこの目で見たいという気持ちはよくわかりますから」
好奇心旺盛なリアムなんかは、新しい剣を作る度にそれをじいっと観察することも多かった。おかげで誰かに見られながらの作業には慣れている。
それにこの魔剣の魔力文字は、ごく一般的なものだ。
古代魔族文字のように暴発する可能性は著しく低いため、距離を取ってくれるのなら問題はないだろう。
俺は素材を持ってやって来たジュリアさんに見守られながら、鍛冶を始めていくことにした。
一応道中も魔力文字は毎日弄るようにしていたため、ブランクはないが、油断せずにいこう。
意識を集中させ、雷の魔剣に触れる。
「
構造解析は、鍛冶師としてやっていくためには必要不可欠な魔法の一つだ。
これは簡単に言うと、物体の構造を解析する魔法だ。
その構造というのは、物体を構成する要素や使われている材料だけでなく、そこに記されている魔力文字も含まれる。
魔力文字というのは、簡単に言えば魔法的な効果の籠ったクラフトの際に使われる、専用言語のようなものだ。
「ほう……『切れ味強化』・『斬撃強化』・『神経強化』・『俊敏』・『肉体活性』に『雷魔法』、それにこれは……『雷化』か? これを鍛えた鍛冶師は、かなり腕がいいみたいだな」
構造解析を極めれば、一発でどのような素材でできていてどのような魔力文字を書けばいいかがわかる。つまり簡単に言えば、トレースのようにまったく同じものを作ることができるようになるのだ。
俺はまだその領域にまでは至っていない。
俺にできるのはおおよその組成を把握し、記されている魔力文字をざっくりと解読することくらいなものだ。
それは無理矢理翻訳した直訳のようなもので、意味が完全に理解できるほど完璧なものではない。
この魔剣をより深く知るためには、もう一つの鍛冶魔法が必要となってくる。
「――
情報展開もまた、鍛冶師としては必須技能の一つだ。
構造解析が基礎設計を確認するためのものだとすれば、これはその中で魔力文字にのみ焦点を当て、より詳細な読み取りを行うことができるようになる魔法だ。
この世界においては、魔力文字が唯一魔道具を作る方法だ。
そして魔力文字を規則的に羅列し構成していくことで魔法的効果を生み出すことを、エンチャントと呼ぶ。
「魔力の流れは……セノト式に近い。ただちょっと文意がわかりづらいな……少なくとも現代の魔力文字じゃない」
宙に浮かび上がって見える魔力文字を高速で解読していく。
これはある種慣れのようなものがあり、見たことのある並び方をしていれば共通項を抜き出して理解までの時間を短縮することができる。
使われている文字は現代の鍛冶師が使っている魔力文字だけでは文意の通らない部分が多々ある。
恐らくは中期文明と呼ばれる、古代文明と現代文明の間の時代に作られた剣なのだろう。
神聖文字と古代魔族文字を理解しているため、さほど時間をかけることなく文字を理解することができる。
「なんて流れるような解読だ……ラック、君は、一体……?」
遠くからささやくような声が聞こえてくるが、完全にゾーンに入っている俺にはそれは音の羅列以上の意味を持たなかった。
「くくっ、面白いな……この文字列は初めて見た。多分切れ味強化だろうが文字数が二文字も省略できるのか……後でしっかりメモしておかないと……」
魔力文字を解読していると、思わず笑みがこぼれてくる。
わからない部分、意味の通っていないと思われる部分がいくつもある。類推はできるが確証はない部分も多かった。
ハンマーで頭を殴られたような気分だ。
どうやら俺は現代と古代の魔力文字を操れるようになり、少しばかり調子に乗っていた。
まだまだ研鑽すべき点はあるというのに、聖魔剣が作れたからと少しばかり調子に乗りすぎていたかもしれない。
自分の知らない知識に触れることができる機会は貴重だ。
それもあって俺はこの魔力文字の情報の読み取り作業が、決して嫌いではない。
魔力文字によってそのものがどのように作られ、どのような意図を持って作られたかという作成者の意図まで読み取ることができるからだ。
更に言うと魔力文字というのは、人の癖や個性が反映されることが多い。
一人称が僕と俺で違うように、エンチャントの構成を見ていればなんとなく人となりのようなものが見えてくるのだ。
「穴だらけな部分も多いが、そこは俺の腕の見せ所だな……」
魔力文字、およびそれによって作られる文脈としての魔力情報は当然ながら道具自体に記されている。
剣は刀身が欠け、中の芯が見えているわけだから、そこに記されている魔力情報は当然ながら虫食いのようになっている。
現代の鍛冶では理解しにくい前文明の文脈と虫食いだらけの魔力情報……たしかにこれは普通の鍛冶師なら
俺も古代文字を習得していなければ、無理だと諦めていたかもしれない。
(技術には流れがある。今の俺なら、こいつを問題なく直せる)
この剣のエンチャントを完全に修復するためには、中期の魔力文字によって魔力情報を記す必要がある。
現代の魔力文字と古代の魔力文字を比べ合わせ適宜索引する形を採れば、問題なく穴を埋めることはできるはずだ。
「……」
高速で魔力情報を展開しながら、手持ちのノートに魔力文字を書き記しては消していく。
魔法効果を成り立たせている魔力文字を読み取り続けること、およそ二十分。
自分なりに仮説を立て、文意に筋が通るところまでいった。
訳としては少々硬いが、安全係数は十分に取ってある。
あとは修繕用の素材を使いながら継ぎ足ししていけば、問題なく直せるだろう。
「少々強い光が出るので、気をつけてください」
俺は作業用のゴーグルを取り出し、カチャリとかける。
魔力情報にパスが発生し、ラインが通る度に発生する光は、使う魔力文字や鍛冶魔法の腕によって光度が変わる。今の俺の場合、閃光弾クラスの光が出るので普通に殺人兵器だ。
遠くにいるジュリアさんが手で
「
こいつはぶつ切りになっている魔力情報に新たな魔力文字を書き込んでいく鍛冶魔法だ。
俺の魔力文字が、新たな文脈を生み出していく。
文意の通っていなかった場所に意味が通り、虫食いになっていた魔力情報が本来の力を取り戻していく。
バチバチバチッ!
高速で打ち込んでいく魔力文字に反応して、強烈な光が噴き出してくる。
いくつものエンチャントの効果が発動し、更に強烈な色とりどりの光が飛び出しては、吸い込まれるように魔力情報の中へと消えていく。
「綺麗……」
ただ刀身が壊れている状態ではやはり限界がある。それにこの剣自体のリソースも切れかけていた。
ジュリアさんから渡されていた素材を剣の上に置き、再び鍛冶魔法を使わせてもらう。
「
剣と素材を重ね合わせ、魔力文字によって繋いでいく。
光が収まった時、そこには己の怪我を新たな素材を使って修繕したかのように、少々いびつながらも欠けの消えた魔剣がそこにあった。
「私は一体……何を見ているのだ……?」
感嘆のため息をBGMにしながら、淡々と作業を続けていく。
打ち込む魔力文字を間違えれば、その分だけ剣の出来も悪くなる。
後からやり直すこともできるが、その場合は修正のためにリソースを使わなければならないため、一発で完璧に仕上げるのが理想なのだ。
幸い最難関といえる古代魔族文字に何百回と触れてきたおかげで、一度のミスをすることもなく魔力文字の打ち込みが終わった。
次が、最後の仕上げだ。
「
発揮されているエンチャントがしっかり百パーセントの効果を出せるようにするために、残っている不必要な魔力を取り出し、省略できる魔力文字を削り、多少無理に接合した素材と魔剣をしっかりと馴染ませていく。
最後に余ったリソースを全てエンチャントの効果向上の部分に振ってやれば、これで完成だ。
完全に光が収まった時、そこには一本の剣があった。
俺はそこに、雷の虎を見た気がした。
バチバチと雷を弾けさせながら、己の牙で獲物を食い破るのを待ち望んでいる飢えた虎だ。手に取ってみると先ほどまで鳴っていた雷は一瞬のうちに消え、美しい紫の刀身が、キラリと俺の姿を鏡のように映し出す。
「雷剣『独虎』、と呼んでいただけたら」
「……」
俺が剣を差し出すと、ジュリアさんは何も言わずにそれを受け取った。
剣をためつすがめつ眺めてから、こくりと頷く。
「古代文字を使ったので少々ピーキーにはなっているかもしれませんが……少なくとも前より弱いということはないはずです」
「ラック殿、あなたは、一体……?」
ジュリアさんの問いに、俺は自分の唇を人差し指で押さえることで答えとした。
約束を思い出したのか、彼女は口を
「どうでしょう、これを使えば盗賊は倒せるでしょうか?」
軽く剣を振り、調子をたしかめてから……彼女は笑った。
「――ああ、
それは一陣の風――いや、荒れ狂う一筋の雷風だった。
「ぐおっ!?」
「なんだ、この化け物はっ!?」
「畜生、こんなんがいるなんて聞いてねぇぞ!」
現在俺はジュリアさんと一緒に、盗賊のアジトまでやって来ている。
彼女が高速で移動すれば、アジトを見つけるのは実に簡単なことだった。
(しっかし……すごいな……さすがはAランク冒険者だ)
以前は使用感がわかるよう前線に出て武器を観察することもあったが、リアム達が戦う敵が強くなりすぎてからは、こうして最前線で自分の武器が使われている様子を見る機会はとんとなくなった。
なのでとても新鮮で、そしてためになる。
「「「ぐああああああっっ!!」」」
俺の目の前で、大量の盗賊達が目にもつかないほどの速度で倒されていく。
しかもきちんと手加減もしており、誰一人として殺してはいない。
ジュリアさんは雷をしっかりと使いこなしており、盗賊達は皆感電しながら気絶している。
「すごい……すごいぞラック殿! 正直、以前とは比べるのもおこがましいくらいだ」
「ありがとうございます」
古代魔族文字を使ったので少々出力は上がっただろうが、それほどの違いはないはずだ。
大げさだなぁと思いながらも、しっかりとお礼を受けておく。
長いこと使えていなかった魔剣が使えるようになったんだから、テンションが高くなるのもしょうがないだろうしね。
盗賊を蹴散らしながら奥へと進んでいく。
一番奥までたどり着くと、そこには簡素ながらも扉が付いている小屋があった。
恐らくは頭目が住んでいる場所なのだろう。
ギィ……と
「てめぇ……よくもやってくれやがったなぁ」
筋骨隆々の男は、たしかに騎士団を蹴散らしたと言われても頷けるほどの迫力があった。
けれどそんな男の前でも、ジュリアさんの様子は何一つ変わらない。
彼女は至って自然体な様子で、
「お前が『首狩り』ザルーグだな。捕縛して、連れて行かせてもらうぞ」
「へっ、ぬかせ! 俺は同じことを言うやつを、既に十人以上殺してるっつうの!」
瞬間、二人の姿が消える。
そして遅れて聞こえてくる
見れば二人は超高速で移動しながら、互いに攻撃と防御を繰り返していた。
ただどちらが優勢なのかは、戦いの専門家でない俺にも、見て明らかだった。
「ぐうぅっ……なんで、なんで俺の攻撃が通らねぇっ!」
「……なんだ、この程度か」
実力者であるはずのザルーグが完全に防戦一方になっている。
このままでは勝てないと判断したのだろう、彼は戦いを観察している俺を見ると一目散にこちらに駆けてきた。
恐らくは人質に取るつもりなのだろう。
その様子を見とがめたジュリアさんが、腰を下げ前傾姿勢になる。
そして彼女は次の瞬間――大気を裂く、雷そのものになった。
「――『雷化』!」
「ぐああああああっっ!!」
追いつけないと思い無防備に背中を晒していたザルーグが、モロに一撃を食らう。
「ちくしょう、一生、遊んで暮らすはずだったってのに……」
ブツブツと言いながら気絶した彼を、ロープでグルグルにして捕縛する。
同じく盗賊達も全員後ろ手に縛ると、ジュリアさんはこちらを見て笑った。
「やっぱりすごいな、この『雷化』の力は! ラック殿のおかげで、私はまた一歩強くなることができたぞ!」
俺が直すまでの雷の魔剣には、組み込まれているが使用できていない機能が一つだけあった。
それが『雷化』――使用者そのものを雷へと変じさせる力だ。
恐らくリソースの都合上使えなかったであろうその能力を、俺は古代魔族文字を使って情報圧縮をすることで問題なく使用できるようにしてみせた。
この力を使ったジュリアさんは正しく敵なしだ。
恐らく今後、彼女の名は更に有名になっていくに違いない。
なんにせよ、これで盗賊退治は終わった。
これで心置きなく山に……。
「……っ……っ」
何か、音が聞こえてくる気がした。
ジュリアさんと顔を合わせる。二人でそっと部屋の中へ入るとそこには……。
「くぅん……」
檻の中に捕われている、一匹の狼の姿があった。
体色は光沢のある銀色。全身が銀や鉄でできているんじゃないかと思ってしまうほどにぬるりと輝いている。
牙は人間を噛み砕けるくらいに長いが、こちらを見つめる視線に剣呑さはなかった。
それどころか、その深緑の瞳には知性を感じる。
全てを見透かすかのように、その澄んだ瞳でこちらを見つめていた。
「ジュリアさん、多分だけど……こいつ魔物ですよね?」
「ああ、恐らくはそうだろうな。しかし、これほど見事な狼型魔物は、私でも見たことがないな……」
体長は明らかに俺より大きい。
思い切りダイブしても受け止めてくれそうなでかもふだ。
「お前……怪我してるのか?」
傷でも負っているのか、前足に包帯が巻かれていた。
ただ盗賊達の巻き方が雑だったのか、傷が外気に晒されるようになっている。
その痛そうな様子を見た俺は、ポーチに入れていたポーションを取り出し患部にかける。
俺が旅の道中暇で作ったポーションを使うと、みるみるうちに傷は小さくなり、数秒もしないうちに消えた。
「嘘だろう、まさかそれは……伝説のエリクサー……?」
「いえいえ、まさか。俺が
「その回復具合がハイポーションなわけがないだろう!? ……はぁ、もう驚くのにも疲れてきたぞ……」
なぜか戦った直後よりぐったりとした様子のジュリアさんは放っておき、次は檻に手をかける。
「後ろに下がっててくれ」
言葉が通じるかと思い一応言ってみると、狼は何も言わず檻の端の方で身をすぼめた。
どうやら人間の言葉が理解できるくらいには高い知性を持っているらしい。
「情報展開、からの……魔力素描」
この世界に存在しているものは、大小の差異こそあれど必ず魔力を持っている。
つまりそれは、全ての物体が魔力情報を持っているということだ。
この檻も魔道具ではないが、そこには魔力文字を書き込む余地がある。
俺はそこに、でたらめな魔力文字を書き込んでいった。
エンチャントは、何もプラスの魔法効果を生み出すだけのものではない。
ぐちゃぐちゃな魔力文字を書き込めば、当然ながらマイナスの効果を発揮する。
そこに出力が高い古代魔族文字を使えば……バギンッ!
魔力文字の負荷に耐えきれず、檻を構成する鉄柱が真ん中のあたりからへし折れる。
「ほら、おいで」
こっちの言葉を理解している狼は、鳴き声を上げることもなくするすると器用に檻から出た。
そして……ぺろっ。
まるで感謝の意を示すかのように、俺の頬をぺろりと舐めた。
狼はそのまま頭をこちらに擦りつけると、体重を預けてくる。
かなりの巨体なので、思いっきり踏ん張らないとすぐにでも倒れてしまいそうだった。
「なんというか……あんまり魔物っぽくないな」
「……ええ、そうですね」
「わふっ!」
頭を撫でてやると、狼は満足そうに目を細める。
もっともっととせがまれたので、そのまま手を下げて綺麗な毛並みを撫でてやることにした。
指先は絡まることもなく、するすると通り抜けていく。
ずっと触っていたくなるような撫で心地だ。
つるつるとしていて、高級なビロードに触れているようだった。
「くぅん……」
気持ち良さそうにしている狼を見ていると、なんだか気が抜けてしまった。
警戒していた自分が馬鹿みたいだ。
ひとしきり撫でて満足させてから、ジュリアさんと一緒にアジトを出る。
数珠つなぎにした盗賊達を引っ張りながら街へ戻ろうとした時のことだ。
「わふっ!」
さっき別れを告げたはずの狼が、なぜか後ろからついてきた。
「……一緒に来たいのか?」
「きゃんっ!」