王都の外れにあるひっそりとたたずむ飯屋にて、二人の男女がカウンターに並んで座っていた。

「大将~、いつもの頼むわ~」

「はいよ。で、そっちはどうするんだい? いつもので?」

「明日早くから予定があるからな。今日は酒抜きで、適当につまむもんを出してくれ」

「てきとーね。ちょっと待ってな」

大将と呼ばれた男は二人の注文を聞くと厨房へと引っ込んでいく。

「え~。団長~、今日は飲むんじゃないの~?」

隊長と呼ばれた男は隣に座る女性のおでこに軽くデコピンをすると、

「だからいい加減、その団長ってのをやめろ。今の私は学園長だ、学園長。それに、お前は明日も特級組の授業があるだろう?」

「明日は午前授業だから多少酔ってても大丈夫です~。それに私の中では未だにイアン団長です~。全く……私たちを捨てたと思ったら魔法学園の学園長になってるんだもんなぁ~」

「……捨てた訳じゃないと何度も説明しただろう」

ヒノハバラ魔法学園学園長であるイアンは、元部下であり新米教師であるフィオナと二人で情報交換という名の食事会をする事になっていた。

ちなみにこの飯屋。

軍属時代からの御用達の店であり、情報の漏洩についても口の堅い信用のおける店である。

「それよりもだ。イアン団長……いや学園長。アイツ想像以上だわ。あの魔力量は普通じゃねぇ。魔力だけで言ったら第二魔法師団の上位には確実に入りますよ。むしろ、団長や私の魔力量に近いかそれ以上かも」

「……やはりか。加護持ちであり、あの二人の子供だと考えればあり得るんじゃないか?」

「確かに血筋は多少関係あるかもしれませんけど……あれは幼い頃から訓練を続けてきた結果みたいですよ? 魔力の訓練を始めた頃は加護なんて持ってなかったって話ですし」

「幼い頃から訓練だと……? 今だって子供だろう。一体いつから訓練しているんだ?」

「世間からしたら確かに十歳は子供ですけどね。でもアイツから話を聞いた時は信じられませんでしたよ。ラグナが初めて魔力を使ったのは五歳らしいですよ?」

イアンはお通しとして出されていた漬物を口に入れようとしていたのだが、フィオナがあまりにも信じられない事を言うので思わず皿の上に落としてしまう。

「ちょ、ちょっ、ちょっと待て。五歳から……なんだって?」

「だーかーらー。ラグナが初めて魔力を使ったのは五歳らしいですよって事! しかも、その時に魔力欠乏症でぶっ倒れたとかヤバすぎますよね」

「はっ……? 本当なのか……? あの二人に限ってそんな事をさせるか? 一歩間違えば自分たちの子供が死ぬんだぞ? 絶対に止めるだろ?」

「それが本人曰く、両親に言われてやったって訳じゃなくて、初めて魔力を使った事による事故だって言ってましたよ」

「いくら事故だからって……普通は初めて魔力を使ったら気持ち悪くなってすぐに止めるはずだろ? アイツは一体何をやらかしたんだ?」

「何をやらかしたのかまでは聞いてませんけど……初めて魔力欠乏症になった時は三日間目を覚まさなかったらしいですよ」

「よく死ななかったな……。初っ端から意識を失うとかヤバすぎだろう……」

イアンがフィオナからあまりにも信じられないような内容の報告を受けて戦慄しているタイミングで、大将が注文された料理を作り終え二人の元へとやって来た。

「あいよ。待たせたね」

そう言って大将が持ってきたのは、ホーンラビットの煮込みとコケットバードの塩胡椒焼きだった。

「おー、美味そう! コケットバードなんて久々だよ!」

「俺も久々に見たな。こいつの討伐には手を焼いたよな」

「コッケーーー!! ってやかましいですからね。アイツらの討伐命令は本当に嫌でしたよ。覚えてます? コケットバードの飼育をチャレンジしたいから無傷で確保しろって言ってきやがったクソ侯爵を」

「あぁ、侯爵か……あの方には今まで本当に何度も困らせられたものだ。だが、今回の騒動であの家は処罰されたからな。二度と会うことはあるまい」

「詳しくは聞いてないんですけど、あのエチゴヤを怒らせたとか?」

「怒らせただけじゃないぞ。エチゴヤの屋敷に暗殺者まで向かわせたとか。それが判明した時の王の怒りは凄まじかったらしい」

「それであの侯爵は……」

「軍が突入した時にはもぬけの殻だったらしい。たぶん他国に逃げたんじゃないかと言われているな」

「はえー、それは怖いですね。ま、エチゴヤを怒らせたバカの事なんて忘れて、さっさと食べちゃいましょ!」

そう言ってフィオナは両手を合わせると料理を食べ始める。

イアンもそれを見て同じように料理を食べ始めたのであった。

「煮込みも本当に肉がとろっとろで美味いなぁ」

「くっ、これは絶対に酒が合うじゃないか……」

イアンの隣では見せつけるかのように酒を楽しむフィオナの姿があった。

「学園長、飲まなくていいんですか? お酌してあげましょうか?」

「……チッ」

イアンは舌打ちを一つすると、悔しそうな表情でフィオナにグラスを突き出す。

「あれ? 今日は飲まないんじゃなかったですか?」

フィオナはそんなイアンの反応に笑いながらもグラスに酒を注いであげる。

そして、二人の酒盛りは続く。

料理を食べ終え、コケットバードも完食した二人は帰り際に大将と話をしていた。

「大将、ここ最近どうなんだ?」

「最近ですか? 酷いですねぇ……裏で貴族様がいろいろと動き回っているらしいですぜ。それに第一魔法師団もコソコソ何かをしているって話で」

「あのクソジジィめ。息の根を止めとくべきだったか」

「はぁ……お前という奴は……」

「フィオナ様。第一魔法師団の団長様には気を付けてくだせぇ。貴女に復讐してやると豪語してたんでね」

「おい、それは本当か?」

イアンが大将から話を聞いて思わず聞き返してしまう。

「えぇ。先日第一魔法師団の幹部がこの店で会合をした際に酔った勢いで言ってましたから間違いありませんぜ。まぁ、他の幹部の方も同じような事を言ってましたし。お酒って怖いですねぇ」

「……情報収集もほどほどにな。この店の味が楽しめなくなるのは困る」

「気を付けますでさぁ。また何かありましたらいつもの通りで連絡くだせぇ」

「あぁ、頼んだ。また帰るぞ。これ以上は明日に響く」

「えーって言いたいところだけど……仕方ない。今日は帰ります。ご馳走様でした!」

「あいよ、また来てくだせぇ」

こうして二人は大将に見送られながら店を後にするのであった。

翌日、フィオナは若干の二日酔いに耐えながらも午前授業を無事にこなした後は一旦帰宅。

昼食よりも仮眠を優先することにした。

そして目が覚めたのは

「マジかよ。もう夕方になりそうじゃん。寝すぎて昼飯食いそびれた。いや……職員用の学食ならまだ間に合うか? とりあえず学園に向かうとするか」

急いで準備を整え、学食に向けて走っていったが、

「はぁ……やっぱり無理だったか」

昼食の提供はすでに終了しており、もう料理は余ってないとの事だった。

それにもうそろそろ晩飯の支度をする時刻でもあると言われては無理に何かを作ってくれとも言える雰囲気ではなかった。

「いや、マジで何も食えないのか……仕方ない。そこらの出店で何か買うか」

まだ若干のダルさを感じるものの、食欲を満たす方が先と考えたフィオナは学生達もたまに利用している飲食店がある方へと足を進める。

しばらく歩いていると、

「……ん? 何だこの匂いは……?」

ほのかに香ばしい肉の匂いがフィオナの鼻をくすぐった。

思わず立ち止まってしまい、匂いの元凶たる建物の方を振り向くとそこにあるのは、

「確かここは学生寮だったか……?」

しかも自分が受け持つ生徒達が暮らしている寮だった。

あまりにも美味そうな匂いに釣られてフラフラと寮に引き寄せられてしまうフィオナ。

すると衛兵らしき二人がこちらへと警戒しながら近寄ってきたのだが

「ここは特級組の寮だ! 部外者は……た、隊長!?

「何してんすか、こんなところで!?

二人は警戒体制を緩めると慌てた様子でフィオナに話しかけてきた。

「お前達……久しぶりだな。話には聞いていたが本当に軍を辞めたんだな」

そんな二人を見て軽く挨拶を返したのだが、相手の顔は強ばっていた。

それもそのはず。

自分たちの目の前に立っているのは元上司であり、あの有名な爆炎の魔女フィオナ・パスカリーノなのだから。

彼女は第一魔法師団団長に手を出した結果処罰され、軍を辞める際に彼女を慕っていた第二魔法師団の一部メンバーも同様に軍を除隊していた。

そんな彼女が学園で教師として働くとの情報を得た一部のメンバーは学園で働く事を決意。

元第二魔法師団団長であり、現在魔法学園学園長であるイアンに必死に頼み込んだ結果、ほんの数名だけならば雇用出来るとの条件を掲示された。

その少ない枠を掛けての壮絶な争いがあったり、色々と紆余曲折うよきょくせつを経て現在に至るのだが、

「隊長がいない軍なんて何も魅力がありませんから!」

「そ、そうっす! 俺達はフィオナ隊長だったからこそ喜んで突撃部隊として命を懸けた任務をこなしていったんです! 隊長がいないあの部隊に何の魅力があるって言うんですか!?

「おい、二人とも落ち着け。分かったから少し落ち着け」

鼻息を荒くしながらフィオナに詰め寄ってくる二人をなだめる。

「まぁ、なんだ……いろいろとすまなかったな」

あまりの二人の様子に少し罪悪感を覚えたフィオナは謝ろうとするのだが二人はお互いに目配せをして首を振った。

「隊ちょ……ッ! 俺達を散々コケにし、仲間の命を無駄に奪ってきたあのクソジジィの顔面を俺達を代表して隊長が思いっきりぶん殴ってくれたじゃないですか!」

「そうです! あれはスカッとしましたよ! 俺達は何も出来ずにずっと悔しい思いをしていましたけど、ぶん殴られた後のクソジジィの怯えた顔は今でも忘れられません!」

再び興奮しながら話し始める元部下達にたじろぎながらも、フィオナが話を続けようとしたところで寮の玄関が開いた。

「どうしました? お客様ですか?」

寮から顔を出したのは特級組の専属メイド長であるミーシャだった。

「フィオナ先生でしたか。どうかしましたか? 誰かをお呼びでしょうか?」

「え、えっと……」

美味そうな匂いがしたからたまたま寄ってみたとは言いにくい。

フィオナが返答に困っていると、寮の中から、

「やっと出来たー!!

という聞き覚えのある声が聞こえた。

フィオナは咄嗟にその生徒の名前を呼ぶ。

「ラ、ラグナに用事があったんだ」

「ラグナ様ですか? ちょうど今声が聞こえたのでお部屋にいると思いますが、お呼びしますか?」

「い、いや。私がアイツの部屋に向かうからいい。案内してくれ」

本来ならば部外者は立ち入り禁止なのだが、フィオナは特級組の担任という事で特例で入室を許可する事にしたミーシャ。

「それでは案内いたします。お二人とも? お話は大事かもしれませんが、自分たちの職務を忘れてはいけませんよ?」

と新米の衛兵の二人にクギを刺す。

「「も、申し訳ございませんでした!!」」

二人は直角に頭を下げて謝ると、そそくさと仕事に戻るのであった。

「お見苦しいところを見せてしまい大変申し訳ございませんでした。それではこちらへどうぞ」

ミーシャはそう言ってフィオナをラグナの部屋へと案内するのであった。

その頃、まさかフィオナが部屋へと向かって来ていることなど知らないラグナは、何度も失敗に失敗を重ねてようやく完成に漕ぎつけた料理を味わうべく準備をしていた。

「やっと完成したよ~。燻製くんせいがこんなにも難しいなんて知らなかったなぁ。でもマジでこれは美味そう。桜っぽい木の枝を細かくチップにしてみたけど……まさかそのチップに火が着火してそのまま肉がまる焦げになるとは思わなかったよなぁ」

備長炭を使って火起こしをした後、ラグナは自分で作った桜っぽい匂いがする枝で作ったチップを下から熱してみた。

するとモクモクと煙が出始めたので、燻製用にと木の板で作った箱の中に事前に買ってきてもらった鶏肉っぽい何かの肉を吊るし、煙にいぶされるように高さを調整してチップの上に箱を被せた。

しばらく見守っていると、木の板の隙間から炎らしき光が見えたので慌てて箱を持ち上げると着火したチップと、まる焦げになった肉が出来上がっていた。

更に慌てて素手で箱を持ってしまったのでほんの少しだけ手のひらを火傷してしまった。

そんな失敗を繰り返すこと数回。

ようやくチップが着火しない安全な距離を見極める事が出来た。

そして新しく準備した肉をセット。

そんなこんなの試行錯誤の結果、やっとの思いで完成したのがラグナの目の前にある鶏肉の燻製。

「これってあれだな。完全に見た目は某夢の国で何回か食べた事があるスモークなターキーのチキンじゃん! あとは味が完璧なら!」

完成した何本かの燻製肉のうちの一本を手にし、かじり付こうとしたところで部屋の扉がコンコンとノックされた。

「ラグナ様、少々よろしいでしょうか?」

どうやら部屋に来たのはミーシャだと思ったラグナは軽い気持ちで、

「どうぞー」

と入室の許可を出す。

ミーシャさんならばコレを見られても大丈夫だろうとの判断したのが間違いだった。

いつもならばほとんど扉の音を出さずに入室するはずなのだが……

今日はいつになく乱暴に部屋の扉が開かれた。

「ミ、ミーシャさん? どうしました?」

ガチャリと音を立てて開かれた扉の音に驚き振り向いたラグナの目の前には、

「アレはお前だったのか!」

とにっこりと笑う担任の先生が……

「な、なんでフィオナ先生が!?

驚くラグナをよそに後は二人で話をするからとやや強引にミーシャを部屋から追い出すと、

「わかってるよなぁ?」

とラグナを問い詰める。

突然現れた担任。

ギラギラとした目つきでこちらを見るその雰囲気はまるで獲物を見つけた狩人のようだった。

フィオナの視線の先にある物。

それは何度も失敗を繰り返してようやく完成した燻製料理。

「これはやっと形になったばかりで……美味しいかどうかもわからないので……」

と抵抗してみたものの、それを遮るように、

「私が味見してやろう。さぁ、一本よこせ」

そう言って手を出してくるフィオナに抵抗することを諦め、

「……わかりました。不味くても怒らないでくださいよ?」

と一言添えてラグナは燻製料理を差し出す事にした。

そんなラグナの態度に満足そうに頷くと、早速一つ手に取り口に入れるフィオナ。

口に広がる鶏肉の味とスモークの風味。

「う、う、うっ……」

一口齧った後にプルプルと震えるフィオナの様子にビクビクするラグナ。

「う……うっめぇぇぇぇぇ!!! 何だコレ!? こんな美味い肉は食った事がねぇぞ!!

どうやら成功したらしいという事をフィオナのリアクションを見て確信したラグナも慌てて一本手に取ると口に入れる。

「う、うんめぇ! これだ、これ!! やっと成功だ!」

とあまりの美味さにそのまま燻製肉を食べ進め、手に持つ燻製肉を二人はあっという間に食べきってしまう。

お互いに二本目を手に取ると無言で更に食べきる。

そして二人の目の前にある燻製肉は残り一本。

「な、なぁ……」

流石に自分の生徒である子供相手に最後の一本を寄越せとは言えないフィオナは、チラリとラグナを見るが……

「駄目ですよ!? これは俺がやっとの思いで完成させた燻製肉なんですから!!

とラグナは全身で拒絶する。

しかし諦めきれないフィオナはラグナにオネガイをする事にした。

「おい、ラグナ。お前、今日はこれから暇か?」

「き、今日ですか?」

フィオナからの急な提案に頭が真っ白になるラグナ。

「よし、予定は無いな。今すぐ出掛ける準備しろ!」

「で、出掛けるってどこに!?

「あん? いちいち気にすんな! あ、これを作った道具は持って来いよ! 私はミーシャに話を付けてくる」

そう言うと、フィオナはラグナの部屋を飛び出していく。

「まさか……出先で燻製を作らせる気じゃ……」

と嫌な考えが頭に浮かぶラグナだった。

拒否権が無いと諦めたラグナは渋々出掛ける準備をしたのだったが……

フィオナは一向にこの部屋に戻ってこなかった。

ラグナは恐る恐る部屋の扉を開け廊下に出ると、ちょうどミーシャさんがこちらへと歩いてきているところだった。

「……せ、先生は?」

「……お帰りになられました」

「そ、そうですか……って帰ったの!? なんで!?

あれは絶対にそういう雰囲気ではなかったはず。

「……学園長に緊急連絡し、連れて帰っていただきました」

「それは……」

「流石に教師と生徒とはいえ、女性が一人で住む部屋に泊まらせようとするのは許可できませんので」

「え……泊まり!?

まさか泊まらせようとしていたなんて思ってもいなかったラグナは驚き固まる。

一方その頃やらかした教師は

「バカかお前は! 十歳の子供を家に連れ込もうとするとは本当にバカなのか!」

と学園長直々に叱られていた。

「ち、違いますって! 別に変な意味じゃなくて!」

「じゃあどういう意味だって言うんだ!」

「あ、アイツに料理を作ってもらおうと……」

「馬鹿者が! そんなものは自分で作れ! 今日はとことん話し合いだ!」

と、フィオナは夜遅くまでこってりとイアンに絞られてしまうのだった。