これはクラス入れ替え試験まで二ヶ月を切った頃の話。

「ラグナ様、明日のご予定はありますでしょうか?」

授業が終わり寮へと戻ると、ミーシャさんが尋ねてきた。

「明日の予定ですか? 特に決まってませんけど。何かありました?」

「実は先日の紅茶の件で改めてメイドギルドに呼ばれまして……なので明日一日だけ代わりの者を手配する予定なのですが、よろしいでしょうか?」

『明日一日ミーシャさんが居ない……やるか!!

機会があればいつかやろうと思っていたチャンス、つまりはあの世界で食べていたキャンプ飯を再現するチャンスがやっと巡ってきた。

「別の方をわざわざ手配して頂かなくても大丈夫ですよ! 僕は貴族ではなく平民ですので、自分の事は自分で出来ますから。ミーシャさんも明日は用事が済んだらゆっくり休んでください」

「しかし……」

「本当に大丈夫ですよ! ミーシャさんもたまにはゆっくり休んだ方がいいですから」

収納に仕舞ってあるアレを使う日がやっと来たと思うと、思わずニヤリとしてしまうのをグッと我慢する。

しかしミーシャにはその様子が何か悪戯をしようとしている子供らしい姿に見えていた。

普段大人びているラグナの珍しい姿にクスッと笑みを浮かべると優しい声色で語り掛ける。

「そうですね……ではお言葉に甘えて明日は用事が済み次第、休みを取らせて貰うことにします。明日の食事はどうしますか?」

「あっ、朝食の手配だけお願いできますか? 昼と夜は久々に自分で料理を作ろうと思うので」

「ラグナ様は料理も出来るのですか? では食材はこちらで用意いたしましょうか?」

「食材ですか? それならこの……」

「この?」

「こ、この前行った八百屋さんは学園の外だから行けませんよね?」

危うく収納に仕舞ってあるから大丈夫と言いそうになったラグナは、慌てて別の言い訳を考えて誤魔化す。

「そうですね、学園の規則上外出は禁止されているので難しいかと。前回は特例で外出することが出来ただけですから」

「で、ですよねぇ。それじゃあ学園内で食材が手に入る場所ってあります?」

「食材ですか? 品数は専門店に比べるとかなり少ないですが、学園内にあるメインの売店で販売はしています。それ以外ですと携帯食を扱っているお店くらいしか……」

誤魔化す為に聞いてみたのだが、まさかの返答に驚く俺。

「えっ? それじゃあ自炊する生徒ってどうしているのですか?」

少ない種類の食材でやりくりしてるって事だろうか?

「ラグナ様、お忘れかもしれませんが……特級組以外の寮には料理が出来るようなキッチンなどは用意されていません。精々お茶を飲めるように湯が出る魔道具が設置されているくらいです。それにこの学園に通う生徒は貴族の方が多いので料理が出来る方などほとんどいませんし、平民の生徒も味は多少劣りますが食堂で格安の値段で食事をすることが出来ます。自分で自炊するよりも安いらしいですよ? ですので食材を購入する生徒なんてほとんどおらずあまり取り扱ってないんですよ」

のんびりとキャンプ飯でも再現して楽しもうと思っていたが、そう甘くはないらしい。

「うーん……」

俺がどうやって食材を手に入れようか悩んでいると、

「もしかしてご自分で料理をされようとしてますか?」

「あっ、はい。久々に料理したいなぁと思いまして」

「それでしたら食材の手配を致しましょうか? 事前にわかれば発注する事は可能ですので。もちろん費用は掛かってしまいますが」

とミーシャさんからのありがたい提案に少し悩んでしまう。

何故ならば……

俺はこの世界にどのような食材があるのかわからない。

食材の名前も知らない。

アオバ村で食べていた食材なんてほんの数種類。

その数少ない食材を使って母さんは飽きないようにと、いろいろな料理にアレンジしてくれていたから。

「……ちなみに野菜などの食材の名前が載っていたりする本ってありませんよね? 村では限られた食材しか手に入らなかったので名前がわからないんですよ」

「うーん……それでしたら私の使い古した本でよろしければすぐにお持ちしますよ」

という流れになり、ミーシャさんから野菜の本を借りて読むことにした。

夕方までに決めてくれれば明日の朝には届くように手配出来るらしい。

今日は半日授業でまだ時間に余裕があるので借りた本を開く。

「うわっ、すっげぇ……」

リアルに描かれた絵にも驚くが、本に書かれてる内容以外にもびっしりと補足として書き込まれたミーシャさんの字に驚いた。

そして改めてこの世界の異常さと勇者のやらかしに気がつく事が出来た。

トマト、ジャガイモ、ナス、キュウリなどあの世界であまり料理をしない人間でも知っているような野菜が一通り揃っている中、何故かピーマン、パプリカ、セロリ、ほうれん草などの野菜は意図的にこの世界に持ち込まなかったであろうことが推測できた。

「もしかしたらまだ見つかってないだけの可能性もあるけど……絶対にこれ勇者が嫌いな野菜だからって持ち込まなかったんだろ!」

何度も本を読み返したが、やはり一部の野菜はこの世界に持ち込まれていない様子だった。

「はぁ、まぁ確かに俺もピーマンが苦手だからわからなくはないけど……」

そう言いながら、明日の料理に必要な材料を次々とメモしていくのだった。

メモをチェックしたミーシャさんからはもしかしたらすべてを揃える事は難しいかもしれないと事前に言われたので、無理せずある分だけで大丈夫ですとお伝えくださいとお願いしておいた。

「それにしても……」

メモをチェックしながら思わず苦笑いする。

ミーシャさんから借りた本の中には俺が知っている野菜もあればこの世界特有の名前も知らない野菜もあった。

後は超高級食材としてあのリンモの名前も書かれていた。

特にリンモについてはびっしりと補足事項が追記されていたので、きっと若かりし頃のミーシャさんも興味津々だったのだろうなと文章の熱量から伝わってきた。

翌朝、朝食前にミーシャさんと軽く挨拶して見送りをした後、朝食を食べて部屋に戻ると既に食材は届いていた。

「うわぁ……思っていたよりも多いな……ってそうか」

ミーシャさんに調達してもらうように頼んだメモにはどれくらい必要なのかなどの量についての情報を一切記入していなかった。

これぐらいでお願いしますとお金だけ手渡していたので、その金額ピッタリの分量を用意してくれたらしい。

収納に仕舞っておけばいつでも出来立てのまま楽しめるので、今回はかなり多めに作ることにした。

「とりあえず必要な分以外は収納してっと。その前に窓をあけて換気しないと」

この寮の部屋には換気扇が付いていないから、窓を開けなければ匂いが充満してしまう。

というかこの世界には換気扇が無いのだろうか?

「とりあえず興味があったからついでにと頼んではみたものの……これは何の卵なんだろうか?」

ニワトリの卵とほぼ同サイズの大きさで真っ白な色。

軽く叩くとコンコンと懐かしい硬さを感じる。

「まぁいいか。ここにあるって事は食べられるって事でしょ」

気にしたところでわからないし。

今回は卵を使わないので、割れてしまう前に収納に仕舞い、代わりにとある調理器具を取り出す。

手にずっしりとした重みを感じる。

軽く叩くとコンコンと頑丈そうな金属音を奏でる。

俺の目の前に現れたのはスキレット。

先日たまたま新たに召喚出来るようになったキャンプ道具。

早く使ってみたいとウズウズしていたのだ。

「それじゃあ、やるか!」

まずは用意した食材の下拵えから。

土が付いたままの野菜を洗って汚れを落とす。

ジャガイモを手に取ると2㎝角に切る。

マッシュルームのような形のキノコは半分に。

エリンギみたいなキノコは一口サイズに。

ベーコンっぽい何かの肉も同様に一口サイズで。

「まさかこんなのもあるとは思わなかったよ」

ニンニクや唐辛子、それにオリーブオイルまで。

ニンニクは包丁の腹で潰して皮と芽を取りのぞいてみじん切り。

唐辛子は軸を切って種を取り除いて準備完了。

刻んだニンニクと唐辛子をスキレットの中へ入れて、そこへオリーブオイルを投入。

そして弱火でじっくりと火を通していく。

ジュー

あっという間に部屋の中がニンニクの香りに包まれる。

暴力的なニンニクの香りに思わずお腹が鳴ってしまう。

「さ、流石にこのままだと匂いがヤバいかな?」

慌てて風魔法で部屋の空気を外へと逃がし、室内を換気する。

「いい感じに火が通ったら、次は角切りにしたジャガイモを入れてっと」

ジャガイモにニンニクの香りが混ざり、更に食欲をそそる匂いが襲いかかる。

つまみ食いしたい衝動に襲われるが、

「ここで食べたら止まらなくなる……」

グッと堪えてキノコ達を投入。

弱火でグツグツと煮込んでいくとキノコ達はニンニク風味のオリーブオイルを吸い込んでいきテカテカと美味そうな色へと変化していく。

そして最後に投入するのはベーコン。

ニンニクとジャガイモ。

それにキノコ達の香りの中にベーコンの香ばしい匂いが部屋の中に充満する。

思わずニヤリと笑顔になってしまうほどの食欲をそそる匂い。