お説教とクラスメイトと。

「フィオナよ、授業に立ち会っていたコレットから聞いたぞ。初回の授業から盛大にやってくれたな」

初日の授業を終えたフィオナは学園長室へと呼び出しを受けていた。

「やってくれた? 何のことです? 別に私は何かをやらかしたつもりはありませんが……それにたとえ私が何かをやらかしていたとしても好きに授業を行ってもいいと仰ったのはイアン団長ではないですか」

全く反省の色が見えないフィオナに学園長であるイアンは思わず深いため息をついてしまう。

「……私はもう団長ではない。学園では学園長と呼んでくれと言っているだろう。それに確かに好きに授業をしてもいいとは言ったが……ラグナの件を生徒達にバラすのはダメとわかるだろうが! ラグナが使徒である件は未だに国の上の連中には内密なのだ。それを魔眼持ちの生徒に鑑定させただけでなく、うっかり漏らすとは……同じクラスにはエチゴヤの一人娘がいるんだぞ! この件でエチゴヤに騒がれたらどうする気なんだ?」

初回から盛大にやらかしたこの新任教師に、頭を抱える学園長。

「でもラグナの件を探れと命じたのは学園長ですよ? それにアイツはすでにあの実力です。あのままだと貴族の生徒達に目の敵にされる可能性が大きいですよ? 学園長も試験で担当しているからアイツの実力は知っているのでしょう?」

「……あぁ。入学試験の実技では三年生の特級組と変わらない位の出来だった。更に魔力量に関してはすでに一流の魔法師と同レベルだ」

「それだけラグナの実力は周りの生徒とかけ離れているんです。貴族の子供達のしょうもないプライドを傷つけるには充分では? エチゴヤの娘がずっと付きっきりでラグナを守れるとでもお思いですか? 学園長も経験したことがありますよね。平民が目立つ際の辛さを」

学園長は苦虫を噛み潰したような顔をする。

「……あぁ」

「やはり……学園内の職員にもまだいるんですよ。貴族至上主義の連中が。特級組とはいえ、たかが平民に絡んだくらいで貴族達が処罰されるなど許せんと思ってる職員がいるんです」

「貴族至上主義の連中め……」

学園長は怒りがこみ上げてくる。

貴族達による腐敗は学園内にも蔓延っている。

「ちなみにこの件はラグナ専属のメイドより報告を受けました。警備部に報告を行った後に担当者が小さい声で平民の癖にと呟いたのが聞こえたらしく、その事が引っかかり私にも報告にきたとのことです」

「確かラグナの専属はミーシャだったな。彼女がそう聞こえたんだったら事実なんだろう……そうか、警備部までもが……」

学園長とは言え、学園全体を把握することは困難であった。

先日発覚した事務職員による不適切対応の件もラグナに関して騒がれなければそのような事が日常的に行われていた事実が学園長には伝わっていなかった。

そして今度は学園の治安を守るべく存在しているはずの警備部での不祥事。

イアンが学園長の任についてからまだ二年。

あまりにも多すぎる学園内での腐敗を改善どころか把握する事すら困難を極めていた。

『どこまでも私をバカにしよって。もうよい! 向こうがその気ならこちらとて容赦はせんぞ!』

学園長はフィオナに対して改めて生徒達に対して口止めをするように指示をした後、今回だけは処分を見逃すと言い放ち窓をあけると、魔法を起動して空へと飛んでいく。

「あっ。ラグナが実は加護二つ持ちって伝えるの忘れた。でもまぁ別にいいか」

フィオナは初の授業を終えやや軽い足取りで自室へと戻っていく。

『とりあえず生徒達には明日もう一度だけ釘刺しとくか』


一方その頃、生徒達は全員で夕食を共にしていた。

「駄目だぁ。まだ気持ち悪くて食欲が出ないよー」

クララは授業の後遺症により食欲が戻っていなかった。

「あれは仕方ない。体験して分かった。魔力欠乏症は本当に苦しかった」

ベティーも初めて魔力欠乏症を味わったのでクララと同様に食事が喉を通らなかった。

まだ喋る余裕がある特別入試組のメンバーに対して一般入試組は無言で食事をするのがやっとの状態だった。

『これが魔力欠乏症か……あいつはこんなにキツい訓練を五歳から毎日……」

ウィリアムは改めてラグナの異常性を認識した。

こんなにも苦しい日々を五歳から毎日送っていた事に。

只々凄いと素直に感心してしまうほどだった。

ただし、言葉を話す余裕など全く無いし、本人にそんな事を伝えるつもりも無いが……

そんな状態のクラスメイトが大多数の中、バクバクと食事を進める二人の人物がいた。

それはラグナとシーヴァだ。

ラグナは授業での訓練で魔力欠乏症になっていないので食欲は普通にある。

もう一方のシーヴァは授業で魔力欠乏症になっているので、本来なら食事が喉に通らないはずなのだが……

幼き頃より食事が満足にとれないギリギリの環境の村で育ってきたのでどんな体調でも食事出来るようになっていた。

体調が悪いから食べられないイコールそれは死が訪れる環境だったからだ。

「それにしてもラグナ君は凄いなー。こんなんキッツいのを五歳から続けとるんでしょ? 私には無理や」

出会った時と話し方が変わっているルーに対して弟でもあるテオが注意する。

「ねぇさん、話し方!」

「なんや、もうええやん。うちは学園内にいるときくらいはこのしゃべり方を直す気は無いんよ」

ラグナはルーのこのしゃべり方を聞いてふと思い出した。

『なんか……高三の時に関西の親戚の家に夏休み中ずっと泊まっていた玉城さんを思い出すな。夏休みが終わって学校に登校したら、話し方が中途半端な関西弁モドキになっていたからな。クラスみんなに爆笑されてたのを思い出した。一ヶ月半で何があったんだよ! って突っ込まれて。何だかルーさんを見ていると懐かしい感じがする』

「ウチのことはえぇ。それよりもラグナ君や。ホンマにこんなんを五歳から毎日続けとるん?」

クラスメイトの視線が一斉にラグナへと向けられる。

うーん……流石にスキルのことは話せないけど……

「続けてるよ。両親が魔法剣の使い手だからさ。見よう見まねで訓練してたら魔力を流すことが出来ちゃって……でもすぐに魔力欠乏症で寝込んだけどね。それからもキツいけど父さん達みたいにカッコ良く魔法剣を発動したくて毎日ずっと続けてきたよ。魔力循環法なんて物があるとは知らなかったから魔法剣の練習で毎日魔力を消費してたけど」

「ほぉー、だからかねぇ? あんなキツい訓練を五歳から続けとるからあの方々に選ばれたんかねぇ?」

「ねぇさん!」

ルーはあえて何から選ばれたとは口に出して言わなかった。

「でも皆気になっとるやろ? 先生には口止めされてるけど、それはこのメンバー以外に対してやし」

すぐにラグナの助けが現れた。

「ルーさん、それ以上は駄目ですよ」

ミレーヌだ。

「なんや、ええやんか。駄目なん?」

「駄目ですよ。ラグナ君、話さなくて良いですからね?」

「ミレーヌちゃんは知っとるんか?」

ミレーヌは首を振る。

「詳しくは知りませんわ。でもラグナ君でも話せないことがあるでしょう。何せラグナ君を見守っている方々がいらっしゃるのですから。それに下手にこの情報を広めると先生からだけでなく天罰が下る可能性もあるんですよ?」

ミレーヌが天罰という言葉を発して上を指差すと、みんなはハッとする。

この世界では女神様からの天罰というのは、おとぎ話でも何でもなく実際に起きる現象だった。

確かに不用意に話をすると自分に天罰が下る可能性もゼロではないとの考えに至る。

ルーも流石にヤバいことに気が付き冷や汗をかく。

「ラ、ラグナ君、変なことを聞いてしもたな。すまんかったわ。あとミレーヌちゃん、忠告ありがとうな」

弟であるテオはそんな自分の姉を呆れた表情で見ながら、

「ねぇさんは調子に乗りすぎるんだよ。ラグナ君、ねぇさんが本当に迷惑をかけてごめんね」

「だ、大丈夫だよ。僕は気にしてないから。それに僕自身も良くわかってないんだ。だから聞かれても困るだけなんだよ」

ルーはつい癖でどうやって使徒に選ばれたか教えてよと口から出そうになるものの必死にこらえた。

『あかん、気をつけな、聞いてしまいそうになるわ』

ひと目見て気に入ったミレーヌと距離感が近いラグナの存在が気に入らないチリチリ前髪ことシャールも、天罰という言葉に冷や汗をかく。

『クソッ! あいつの事は気に入らない! ……でも……下手に行動すると僕に天罰が来てしまう。どうにもならないじゃないか!』

少しぐらいは嫌がらせでもしてやろうかと考えていたシャールだったがルーのおかげで実行する前に止めることが出来た。

それだけこの世界の人間にとって天罰とは恐怖の象徴でもあった。