「皆も聞いたな? こいつが異常なのは、加護を授かる前から死ぬかもしれないほど厳しい訓練をしてきたからだ。分かるか? こいつは五歳という幼き頃から五年間、毎日死と隣り合わせのような訓練を続けてきたんだ。だからこそ今、お前達との差がここまで開いている。報告を聞いた時は何かの冗談かと思ったが……やっと合点がいった。こいつの魔力量は学園長や私と同じ金ランク。その意味が分かるか? こいつの異常性を。そしてお前達は命を懸けた死と隣り合わせの訓練なんてしたことがあるのか?」
クラスの皆が顔を振るのだった。
先程までラグナのことを忌々しい奴だとウィリアムは考えていたのだが……
しかし、フィオナからの説明を聞いて驚きを隠せなかった。
『この僕ですら魔力の訓練を本格的に始めたのは八歳からだ。それなのにあいつは平民の癖に五歳からだと……? 一度だけ魔力が枯渇しそうになったのか気分が悪くなった事があったが……アイツは倒れる寸前まで魔力を毎日使い続ける訓練をしていただと……?』
先ほどまでウィリアムはラグナのことを平民の癖に僕の上にいるとは無礼な奴だと思っていた。
ただただ自分よりも上にいる事が許せなかった。
しかし、ラグナの訓練内容を聞いて、正直狂気を感じるほどだった。
『毎日死と隣り合わせの訓練をしていたこいつに負けているのは仕方ない……』
一瞬そんな考えもよぎった。
『僕は侯爵家の人間だ。平民であるこいつに負けたままであってたまるか! 絶対に追い抜いてやる!!』
平民であるラグナですら耐えられた訓練。
選ばれし人間である自分が出来ない訳がない。
絶対に平民であるアイツやエチゴヤの娘に追いつき、そして自分自身の力で学年トップを奪ってやる。
そう心に刻む。
ウィリアムは生まれて初めて自身のライバルともいえる存在を見つけたのだった。
フィオナはラグナの頭をずっとポンポンしながら生徒達に語り始める。
「まぁ、別にこいつみたいに毎日自らの身体を追い込めとは流石の私も言わない。一歩間違えば死ぬからな。だがな、魔力は限界まで使ったら使っただけ伸びていく。その例がこいつだ。さぁ、お前たちはどうする? 今までのようにぬるま湯に浸かった訓練でも私は一向に構わない。ここから先どうするか、全ては自分自身で決めろ」
あくまでもフィオナは生徒達に任せる。強制することはない。強制的に訓練したところで伸びる訳がない。
あくまでも、ついて来たい奴だけついて来ればいい。
ついて来ないなら半年後の試験でこのクラスから落とせばいいだけだと考えていたからだ。
するとウィリアムが第一声をあげた。
「僕は強くなりたい。こいつに負けているままなんて自分自身が許せません!」
ラグナを指さしながらそう答えた。
「僕も」
「私も」
皆がそれに続いていく。
その光景にフィオナは少し満足する。
『最初はガキ共のお守りかよって思っていたが……楽しくなりそうだなぁ』
どこまで
「お前達のやる気があるのはよく分かった。それじゃあ、飯を食った後に午後から本格的な訓練を始める。吐くかもしれんから食い過ぎるなよ! 分かったな?」
「「はい!」」
「一旦飯にする。解散!」
そう言うとフィオナは先に校内へと戻っていくのだった。
さて、ご飯でもと思いラグナは食堂へと向かおうとしたその時。
グッとローブを掴まれて引き留められた。
振り向くとローブを掴んでいたのは下を向いたままのミレーヌだった。
「どうしたの? ご飯食べに行こう?」
「ラグナ君……」
ミレーヌが顔をあげると、目にいっぱいの涙を溜めていた。
「ど、どうしたの、ミレーヌさん」
「だって、だって。そんなにも危ないことをずっと続けてきたなんて、私……知らなくて……」
「ぼ、僕自身がそんなに危険な事だったなんてさっき知ったばっかりだから。それにどんどん魔力が多くなるのが嬉しくて訓練してきただけだよ!! 別に強制されて訓練してた訳じゃないからね!?」
涙を浮かべるミレーヌをアワアワとしながらも何とか慰めて食堂へ向かうことに。
初めての食堂でのご飯に本来ならルンルンだったはずなのだが、ミレーヌのことが気がかりでまともに味わうことが出来なかった……
「よーし、お前ら。覚悟は出来たか?」
午後からは本格的な授業が始まった。
「魔力を手っ取り早く使うにはこうやるのが一番だ」
そう言うとフィオナ先生は、どかっと地面へと座ると見たことがあるような体勢になった。
『なんだっけ、この座り方……一回だけ学生の頃に修学旅行で体験したな……えっと……あれだ! 坐禅、坐禅だ!』
「これは初代勇者様より伝わっている魔力を効率的に増やす訓練。魔力循環法の姿勢だ。このように足を組んだあと、右の手のひらを上にして組んだ足の上に置く。次に左手を同じように上に向けて右手に重ねる。そしたら両手の親指をくっつきそうな形にして手で輪っかを作る。手を組んだまま下腹部へと手を移動させる。いいか、この独特の座り方と手の形に意味があるらしい。一応立ち上がったままチャレンジしたり座り方を変えたりして訓練したことがあるが、何故かこの座り方が一番効率良く訓練できた。何となくしっくりくるんだ。それに研究者共が長年探ってはいるのだが、何故効率がいいのか未だに理由はわかっておらん」
フィオナ先生の姿勢を見たラグナは思わず吹き出しそうになる。
『完全にこの姿勢は坐禅だよ! 初代勇者は何やってんのさ!』
ラグナは口に出して叫びたくなるがグッと堪える。
「この姿勢が出来たら目を閉じる。そしたら、魔力を頭から右手へ。右手の魔力を左手へ。左手の魔力を頭へ。魔力を身体の中で円を描くように回していくんだ」
そう言うとフィオナ先生は実際にやってみせてくれた。
うっすらと頭を中心に魔力が集まっているのが感じ取れた。
そして、それは先生の身体の中をゆっくりと移動し始めた。
徐々に移動する速度が速くなり、勢い良くグルグルと魔力の塊が移動していく。
「お前達もやってみろ! あと座る位置は私から全員が見渡せるように半円形に広がって座るんだぞ」
フィオナ先生の体勢を何度も確認しながら皆で真似をして座る。
まさか、この世界に来て再び坐禅をやる機会が訪れるなんて……
俺も過去を思い出しながら足を組んで座る。
「みんな座れたか? それじゃあ訓練開始だ!」
フィオナ先生の一言で魔力循環法の訓練がスタートしたのだった。
手を組んだあと魔力を回すイメージ……
まずは頭に魔力を集める。
すると頭が暖かい感じがしてきた。
目を閉じてるおかげなのか、坐禅をしているからなのかは分からないけど、自分の魔力をいつもよりはっきりと感じ取れる。
頭に集めた魔力を円を描くイメージで右手に。
右手から左手、そして頭へ。
じんわりと暖かいソレがゆっくりと移動していくのが感じ取れる。
本当にビックリするくらい自分の魔力を感じ取れる。
ゆっくりと魔力を身体中に回すイメージで移動させていく。
すると魔力の塊が身体の中をぐるぐると回り始めたのを感じ取れた。
そして徐々に速く回していく。
『くっ!?』
回す速度を上げるにつれて、魔力の塊が徐々に小さくなっていくのを感じた。
明らかに魔力が散っていく。
はやく回せば回すほど魔力が散っていく量が増えていく。
このままでは魔力の塊が無くなってしまう。
なので一旦魔力を解除し、仕切り直す。
今度は集めた魔力が散らないように泥団子をギュッと固めたイメージを想像しながら作り直す。
固めた魔力が散らないようにし、再びゆっくりと回し始める。
『きっつ!? 先ほどよりもギュッと固めた魔力は明らかに動きが鈍い。回転する速度を上げようと思ってもなんだか重たい!! でもこれを緩くすると崩れていってしまうし……』
ラグナが悪戦苦闘している中、フィオナは魔力循環法の手本をやめると生徒達を観察していた。
『一般入試組は特別入試組に比べるとやはり苦戦しているな。まぁこの程度の差なら直ぐに追いつくだろう』
生徒達が頭に集めた魔力をゆっくりと回し始めた。
『やはりあいつだけは違うな。周りとは明らかに違う。魔力の移動がスムーズだ』
フィオナはラグナの魔力の動きを見ていく。
徐々に魔力の移動を速くしていこうとしているみたいだが……
速くしていけばいくほど、魔力が散っていくことに気がついたらしい。
『ほぅ、流石だな。気がついたか。さぁどうする?』
すると魔力をギュッと圧縮し始めた。
『魔力の圧縮を始めたか』
ひたすら生徒達がそれぞれ悪戦苦闘しながらも魔力循環法の訓練をしていると、ソレは突然やってきた。
バタン。
生徒の一人が倒れる。
それから暫くしてバタン、バタンと次々とクラスメイトが倒れていったのだった。
人が倒れた音に驚いた俺は訓練を続けながらもそっと目をあけた。
すると先生は倒れた生徒に慣れた手つきで何かの液体を飲ませて、休むように命じていた。
その後も立て続けにクラスメイトが倒れていく。
そして今現在。
未だに訓練を行っているのは三人。
ラグナ、ミレーヌ、ウィリアムだけが未だに魔力循環法を行っていた。
『僕はまだやれる。まだやれるんだ! アイツには負けたくない!』
とっくに限界は超えていた。
侯爵家の一員として小さい頃より魔法の訓練してきたが、未だかつてここまで自分を追い込んで訓練したことなどあっただろうか。
『ま、まだだ………』
徐々に意識が朦朧としてくる。
魔力を回す力が無くなってくる。
そして……
『も、もう意識が……』
バタン。
とうとうウィリアムまでもが魔力欠乏症により倒れてしまった。
すかさずフィオナは駆けつけると、ウィリアムにも液体を飲ませた。
「あっちで休んでろ。よくあそこまで頑張ったな」
ねぎらいの言葉を掛けられるとは思ってもいなかったウィリアムは目を見開き驚いたものの、素直にありがとうございますとお礼を伝えて休憩する。
残るは二人。
試行錯誤しながらも平然とどんどん魔力の塊の回転速度を上げていくラグナ。
片や徐々に魔力を回す速度が落ちてきているが、それでもなんとか食らいついているミレーヌ。
『魔力をここまで消費するとこんなにもキツいだなんて……知らなかった……』
するとガクンと目に見えて移動速度が落ちていく。
「も、もう限界です……」
そしてミレーヌの魔力が飛散するとふっと意識を失い地面へとゆっくりと倒れ込む。
フィオナが駆けつけて口の中に液体を流し込むと、むせながらも液体を飲み込んでいき意識が回復したのだった。
「後はお前だけだけど……もういい。一応これやるから飲んどけ」
俺以外のクラスメイト全員が倒れたことにより訓練は終了したのだった。
「これは……?」
「あぁ? お前はそれを知らんのか。それは魔力回復薬だ。飲めば多少魔力が回復するぞ。言っておくがソレは私の自腹だからな。大事に味わって飲むんだぞ」
わざわざ俺達の為に用意してくれたのか。
キュポン。
蓋をあけて中身を確認する。
色は緑色だな……
飲んだことは無かったけど青汁みたいな色合いだ。
匂いを嗅ぐとちょっと薬品の匂い。
なんだか懐かしい感じの匂いがするが、そこまで嫌な匂いではない。
そして喉も渇いていたので勢いよく飲んだ。
すると身体が拒絶反応を起こすがごとくビクッと跳ねた。
『まっずい。なんだこれ。そこらへんに生えてる雑草を大量に口に含んだような青臭い味。完全に匂いに騙された』
物凄い味に拒絶反応を起こしたが、なんとか飲み干す。
「よーし、これでラグナ以外は魔力欠乏症を初めて体験したな。どうだ? 今まで経験したことの無い辛さだっただろう? 今日は初日ってこともありちょいとキツメの訓練をしてみた。まぁ安心しろ。普段はお前達生徒が倒れるまで追い込むなんてするつもりはないからな。今回だけが特別だ。自分の魔力限界まで追い込むとどうなるかを全員に経験してもらいたかった。まぁ一人はすでに経験してるから途中で切り上げたけどな」
再び先生が頭をポンポンしてくる。
「倒れるまで訓練しろとは言わない。いちいち魔力回復薬を飲んで練習などしていたら破産まっしぐらだからな。だが倒れるギリギリのラインはさっき限界まで魔力を絞り出したおかげで何となくわかったんじゃないか? 授業前は流石に困るが、寝る前や休みの日など時間がある時でいい。なるべく魔力を空にして休む癖をつけて欲しい。きっと数ヶ月後には自分達の成長を実感できるはずだ。まぁ、やるもやらないもお前たちの自由だがな」
生徒達は初めての魔力欠乏症で身体が疲れきっていることもあり、初日の訓練はやや早めに終了した。
ミレーヌさんに聞きたいことがあったのだが、明らかに疲れ切っている姿を見て質問するのをやめた。
その代わり寮に帰宅してからミーシャさんに聞くことにしたのだった。
「お帰りなさいませ、ラグナ様」
「ただいま、ミーシャさん」
「初日の授業はいかがでしたか?」
「魔力循環法を教わったよ。あんなやり方があるなんて知らなかった」
「魔力循環法ですか……あれはやり続けることが出来れば確実に魔力が伸びるんですけどね……大変地味な訓練なので続けるには根気が必要なんですよ」
ミーシャさんは苦笑いしながらそう教えてくれた。
確かに座ってひたすら魔力を循環するだけだからね。
でもミーシャさんまでもそう言うって事は効果があるのは確実なんだろう。
「そうだ。ミーシャさんに聞きたいことがあるんだった」
「何でしょう?」
「今日初めて魔力回復薬飲んだんだけど、魔力回復薬って高いの?」
「魔力回復薬ですか。ランクによって値段は上下しますが………最低ランクでも大銀貨五枚はしますね」
最低ランクでも大銀貨五枚……
まてよ。その前にランクってどういうことだ?
「魔力回復薬にランクなんてあるんですか?」
「ありますよ。最低ランクの魔力回復薬は緑色のような濁った色に、独特の匂い。そして葉っぱを食べたような強烈な味がするんです。まぁあの味は魔力欠乏症になった人の気付薬の効果の意味合いもあるので仕方がないらしいですけどね……あと、私は飲んだ経験は無いので聞いた話になりますが、最高ランクの魔力回復薬は液体そのものが光り輝き、まるで芳醇な果実のような甘い香り。そして飲むと甘い中にもすっきりとした味わいだと聞いたことがあります。まぁ実際にこの目で見たことはないのですが……」
それじゃあつまりフィオナ先生は俺達の授業の為に、魔力回復薬十人分である金貨五枚は使ったっていうのか……