悩むなら身体を動かして。

魔法学園への入学試験受験受付を済ませた次の日。

朝早く目が覚めてしまった俺は、エチゴヤ邸の敷地内に設置されていた訓練所にて剣を黙々と素振りしていた。

『今更昨日の件を気にしたって仕方がない。ここはあっちの世界とは違って、そういう世界なんだから』

雑念を振り払うようにひたすら剣を振る。

しばらく素振りをしていると、後ろから気配を感じたので素振りをやめて振り向く。

訓練所の入り口には王都まで一緒に旅をしたエチゴヤ商会の護衛の人が来ていた。

「ラグナ君はこんな朝早くから訓練か?」

「はい。なんとなく身体を動かしたくて」

「そっか。俺もなんだよ。そういや一緒に旅をしてたってのに、きちんと名乗って無かったな。俺はリビオってんだ。改めてよろしくな」

「ラグナです。こちらこそ、よろしくお願いします」

リビオさんと改めて握手をして挨拶した後は彼の訓練風景を見せてもらうことになった。

まずは訓練を始める前にと身体をほぐすところから。

「まずは身体を動かす前にきちんと関節をほぐしておかないと怪我をする可能性があるからな」

柔軟体操のような動きをしながら身体をほぐしていく。

そして次はいよいよ素振りかと思ったら、今度はマラソンを始めた。

「護衛をするにしても戦うにしても、体力が無ければ務まらないからな」

確かにその通りだ。

護衛途中でスタミナ切れなんてしたら、待っているのは護衛対象や自分自身の死あるのみ。

マラソンからは俺も参加して一緒に走る事にした。

一時間ほど走り続けた後にいったん休憩することに。

「まさかあのペースに九歳の子供がついて来られるとは……」

「確かに少し疲れましたけど……まだまだ僕は走れますよ?」

「まじかよ。流石に自信無くすわ。もしかして身体強化魔法使えるのか?」

「一応使えます。でも今のは使ってませんけど……」

身体強化魔法を使わないであのペースについてきていたことに驚いていたリビオさん。

『本当にこの子は九歳なのか?』

横目でチラッと見ると自分はまだ息を整えているのに対して、ラグナは平然としている。

ふと神殿騎士が話をしていたことを思い出す。

『アオバ村の狩人と一度だけ手合わせしたことがある。神殿騎士としてのプライドを簡単にへし折られたよ。訓練漬けの人間と魔物相手に毎日命のやり取りをしている人間との違いだったんだろうな』

そうか、この子もそう言えば九歳にしてワイルドボアの討伐をしていたんだったな。

アオバ村の子ども達はみんな小さい頃から鍛えられているんだろうなとリビオは勘違いした。

ただ単純にラグナは加護を受けており、徐々に加護が馴染んでいき日々身体能力が高くなっているだけである。

本人であるラグナはその事に全く気が付いていない。

リビオは息を整え終えるとラグナと共に素振りを行う。

その後は手合わせ。

「いきます!」

ラグナが木剣をリビオに向かって振るう。

対するリビオはラグナからの攻撃を次々と捌いていく。

カン カン

木剣の打ち合う音が訓練所の室内に響き渡る。

『こいつ絶対に九歳じゃないだろ! 一撃が重い!』

軽く捌いているように見えるが、リビオにはそこまでの余裕が無かった。

徐々に力負けしていくリビオ。

『神殿騎士の奴らはこれを涼しい顔をして捌いていたのかよ!?

困惑するリビオだったが、神殿騎士との訓練は確実にラグナを成長させていた。

「その辺で終わりにしましょうか」

その声に打ち合っていた二人はビクッとする。

声がした方を振り向くと、セバスがいつの間にか訓練所の室内で打ち合いを見学していた。

「セバスさん、おはようございます。見てる事に全く気がつきませんでしたよ」

「ラグナ様、おはようございます。もう少しで朝食の用意が出来ますので、どうぞこちらへ」

セバスはラグナを案内する際に、すれ違ったリビオに耳打ちしていた。

「あなたは一から鍛え直しですよ」

リビオはその言葉を聞いてがっくりと肩を落とす。

『でも仕方ないか……九歳の子供にここまで押されたんだ。もっと貪欲に強さを求めて鍛えなきゃ強くはなれない』

ラグナと打ち合い痺れた手を握りしめて、リビオは自分自身に喝を入れる。

その一方、セバスは先程の光景を思い出していた。

『先程の打ち合いを見ていましたが、なかなかの太刀筋。気配察知に関してはまだまだ訓練が必要ですが……これで九歳ですか。きちんと育てれば一流の護衛としても使えそうですね……最近壁にぶつかって伸び悩んでいたリビオにとってもいい刺激になったでしょう』



俺は汗を軽くシャワーで洗い流して身嗜みを整えた後に食堂へと向かう。

食堂には既にミレーヌさんが着席していた。

「おはようございます。お待たせしてすみません」

「おはようございます。ラグナ君は朝から訓練していたと伺っていますので大丈夫ですよ。お兄さまは朝早く仕事へと向かいましたので、二人で食べましょう。それじゃあお願いしますわ」

訓練所から部屋に向かうまでの間に、セバスさんには食事の際のテーブルマナーを教えてもらえないか頼んである。

セバスさんには必要ないのでは? と言われたけど。

知らないことがあるかもしれないし。



朝食が運ばれる直前に一人の女性がラグナの許へと歩いてきた。

「ラグナ様、初めまして。本日より教育を担当しますアドリーヌと申します」

「初めまして。ラグナです。よろしくお願いします」

ミレーヌは二人の姿を見て疑問に思う。

「アドリーヌがラグナ君の教育ですか?」

「えぇ、セバス様よりラグナ様が食事のマナーの教育を希望とのことで、私が担当することになりました」

「そうなんですの? ラグナ君に教育は必要かしら?」

ミレーヌはラグナと共に食事をする機会が何度かあったが、マナーに関して特に気になることなど一度もなかった。

食事が始まり、ラグナの食事風景を観察するアドリーヌ。

手掴みであれもこれもと食べる訳でもなく、スープを飲む際にもお皿にカチャカチャとスプーンをぶつけて音を立てて食べる訳でもない。

食べ物を咀嚼する際に、口をあけて音を立てながら食べるわけでもない。

特に注意する点が見つからないまま、食事が終了したのだった。

更に食事後はきちんと口周りを拭き、手も綺麗に拭いている。

「どうでしょうか? 全然ダメですよね。辺境の村にいたので、どうすればいいのかわからなくて……」

「……正直に申してよろしいでしょうか?」

「厳しくお願いします」

ラグナは今後のことを考えて、マナーを覚えるつもりだった。

学園に入学する限り、貴族の子供と共にいる機会からは逃れられない。

些細なことで目立ちたくないと思い、食事のマナー教育を頼んだ。

「では食事のマナーについてですが……正直、注意するべきところがありません」

「えっ?」

そんな答えが出ることを考えていなかったラグナは、驚いて固まってしまうのだった。

「正直に申しまして、指摘するところを無理矢理見つけろと言うのであれば……食事の際に背筋が曲がっているのでピンと伸ばす位ではないでしょうか」

この世界だとテーブルマナーはこの程度でいいのか?

「ほ、本当にそれだけ……?」

みんなの顔を見渡すと同様に頷いている。嘘を吐いているような感じはしない。

「だから言いましたのよ? ラグナ君に教育は必要かと」

「村の中でしか生活してこなかったので、不安で仕方がなかったんですよ」

セバスもラグナの食事風景を観察していたが、唯一指摘するとすればアドリーヌと同様に姿勢くらいしか見つからない。

「正直なところ、私はラグナ様に驚かされるばかりです。辺境の村の子供と聞いていたのでいろいろとイメージはしていましたが……考えていたイメージがここまで当たらないとは思ってもいませんでした」

セバスはラグナを観察して感じていたことを口に出していた。

「欲を言わせて頂けるならば、ラグナ様には将来当家に仕えて頂きたいほどです」

セバスのその言葉にラグナは慌てる。

「い、いや……僕は所詮、僻地にある村で育った人間ですよ?」

「そこが不思議なのですよ。言葉は失礼になりますが、何故辺境の村で育った子供がここまで出来るのか理解出来ません」

「えっ、普通じゃないんですか?」

流石に転生したことはバレないだろうが、少し疑われていることにラグナは冷や汗をかく。

「辺境の村の子供であれば、普通に考えて読み書きなど出来ません。まして計算などもってのほか。読み書きに関しては大人でも出来ない人間など数多くいるくらいです」

「でもうちの村では五歳以上の子供は週に一回、文字の読み書きや計算などを教わりますよ? 希望者は剣術も教われますし」

「それが普通の村では有り得ないのです。子供とはいえ、ある程度育てば立派な戦力。農作業などに駆り出されるので、学ぶ時間などありません」

村では勉強や剣術を教わるのは当然と思っていたが、普通の村ではあり得ないのかとラグナは気づく。

「憶測になりますが……ラグナ様の村は魔の森に面しているので、素材の売却益などで他の村に比べたらかなり裕福なのかと。子供まで駆り出して仕事をするような必要はないのでしょうね」

セバスには村の子供がどのように過ごしているのか聞かれたので素直に話す。

「村が裕福なだけではありませんね。村の村長がとても優秀な方なのでしょう。子供達に勉学の機会を与えるだけでなく、遊びの中でそれぞれの仕事を体験させる。将来の仕事の選択肢を増やしているのですか」

確かに村長は凄いとラグナは思っていた。

普通ならば、まだ出来て十数年の村では開拓作業に追われているはず。

領主からの手助けがあったとしても、ここまで順調に発展しているのは村長の腕前だろう。