その姿を後ろから見ていたサイは少し考え込む。
『ミレーヌもラグナ君の事を気に入っているみたいだな。父上と話をしてみるか。ラグナ君のことは今後手放したくないからね。それだけの価値が彼にはある』
サイは今後どう動くべきか考えながら屋敷の中へと入る。
「ここは食堂になりますわ。そして次はこっち」
食堂からキッチン、食料庫などいろいろと案内されている。
しばらくそうしているとミレーヌさんの後ろに屋敷の人が現れた。
「お嬢様、ラグナ様は遠い所から到着したばかり。そろそろお休みさせてあげては如何でしょう?」
ミレーヌさんはハッとしたあとに顔を赤くする。
「私としたことがハシャいでしまいましたわ。そうでした。ラグナ君は移動してきたばかりでしたね。ごめんなさい」
「だ、大丈夫ですよ? 楽しかったのでありがとうございます」
「それではラグナ様、お部屋まで案内します」
「僕はただの子供なので様なんて付けなくても……」
「いえいえ、ラグナ様は当家にとって大事なお客様であると旦那様より申し付けられておりますので」
ブリットさんからそう指示されていることに驚いて、思わす思考が停止してしまう。
執事さんに導かれるがまま部屋へと案内される。
「ラグナ様の部屋はこちらになります」
執事さんが扉をあけてくれたので部屋の中に入る。
左側には大量の書物。
そして窓側には机。
右側には疲れた時に休めるようにテーブルとイスが。
そしてひと目見てふかふかだと分かるほど立派なベッド。
「えっと……これは……」
流石にこの豪華さには驚いてしまい、とでもじゃないが腰が引ける。
「こちらの部屋にある物はご自由にお使いくださいと旦那様より言伝がありました。滞在中はどうぞご自由になさってくださいませ。ちなみに左側の本棚には様々な種類の本を一通り取り揃えましたのでご自由にお使い下さい」
「取り揃えたってことは……僕の為にここまで……?」
「おっと、失言でしたな。それでは私はこれにて失礼します。何かありましたら机にあるベルでお呼び下さい」
「あっ、はい。わかりました。わざわざありがとうございます」
俺は執事さんに頭を下げる。
執事はラグナの礼儀正しさに驚くものの「では」と部屋を後にする。
『旦那様からは辺境に住んでいる子供と聞いていたので、多少やんちゃな子供を想像しておりましたが……とても礼儀正しい。失礼かもしれませんが、お嬢様と同じ九歳とは思えませんな。こんな状況下であってもはしゃぐ事なく落ち着いておられる。はてさて、旦那様は今後どうお考えなのでしょうか』
執事はそう考えながら自分の仕事へと戻っていく。
ひと通り部屋を見回ると椅子に座る。
「まさかここまでしてくれるなんて……これ絶対に客間じゃないよね……」
あまりにも過大な待遇に驚き思わず溜め息がでた。
「とりあえず、本でも読もうかな」
ボーっとして過ごすのも申し訳ない気持ちになってしまい、せっかく用意してくれたのだからと大量に並べられた本のタイトルを見ていく。
この国の歴史書から数学、商業学、剣術書から魔法書までいろいろ取り揃えられていた。
「まずはこの国の歴史書から読んでいこう」
魔法書にグッと惹かれる思いがあったものの……
村にいては絶対に知ることが出来ない、この国の歴史を学ぶことにした。
辺境にある村では国の歴史について学ぶことなんて出来ないから。
それに勇者ヒノがどのようにしてこの国を作ったのか。
それを知りたかった。
漠然と初代勇者が魔王を倒して、その後にこの国を作ったとしか知らない。
「初代勇者ヒノかぁ」
普通なら勇者を下げる内容を書くような書物なんて無いと思うけど、この本にはその部分も含めて詳しく描かれていた。
この世界に転移してきたばかりの頃は一般兵にすら勝つことが出来なかったと。
まぁあの世界にいたら戦う機会なんてないもんね。
「ここまで赤裸々に書いた著者は誰だろう?」
ふと気になり、最後のページを開く。
『ナナシ・エチゴヤ』
ナナシ・エチゴヤ?
これを書いたのはエチゴヤ一族の誰かってことかな。
さて、続きをと思い本を開こうとしたら部屋がノックされた。
「どうぞー」
部屋に入ってきたのは案内してくれた執事さんだった。
「早速勉学とは……お邪魔でしたかな?」
「いえ、大丈夫ですよ。何かありましたか?」
「夕食の準備が出来たので、どうぞこちらへ」
驚いて窓側を振り向くと、いつの間にか外は暗くなっていた。
「もうこんな時間になっているなんて、全く気が付きませんでした」
「それは、それは。だいぶ集中していらしたのですね」
集中していたのもあるんだけど、いつの間にか部屋が暗くなる前に照明がさりげなく点灯していて部屋が明るいままだったから全く気が付かなかった。
食堂に案内され、こちらですと用意された椅子に座る。
席に座っているのは俺とミレーヌさんだけ。
少し遅れてサイさんがこの部屋に入ってきた。
「遅くなったかな? どうやら父上は急遽仕事が入ったらしく、一週間程こっちには戻れないらしい。私達と会った後に商業ギルドに呼ばれて、そのままシーカリオンに向かったらしいよ」
「まぁ」
「エチゴヤ商会の代表ともなると、大変なのですね……」
イヤイヤとサイさんは首を振る。
「普段は絶対にこんなこと無いんだけどね。どうやらシーカリオンの神殿直々の呼び出しで断れなかったらしい。おかげで父上の仕事が私に回ってきて、仕事に溺れそうだよ」
サイさんだって今日やっと王都に着いたばっかりなのにね……
そして夕食をご馳走になる。
出て来たのはサラダや味噌汁。それにステーキとパンだった。
味噌汁は本当に美味しい。
「ラグナ君は勇者食が本当に好きなんだね。この前の鍋もそうだし、味噌汁も美味しそうに飲むんだね」
「勇者食ですか?」
「初代勇者様の故郷の料理を再現したものを勇者食っていうんだよ」
「そうなんですか。とりあえずこのお味噌汁は本当に美味しいです。なんだか飲んでいて落ち着きます」
「勇者様と一緒だね、勇者様も味噌汁が大好きで、飲んだ後は気分が落ち着けるって言っていたらしいよ?」
そりゃ日本人だもん。
味噌汁は落ち着けるよね。
ご飯を食べた後は紅茶を貰いながら寛ぐ。
「ラグナ君は明日の予定とか決まってるのかな?」
「出来れば明日は入学試験の手続きをしようと思っています」
「そうか。そうしたら学園まではセバスに案内してもらうといい。大丈夫か?」
セバス?
案内してくれた執事さんが一歩前に出て来た。
「承りました。では明日、朝食後に早速行くとしましょう」
「それではお兄様。私もついていっていいでしょうか?」
「ミレーヌも行くのかい? 別に構わないけどラグナ君には迷惑をかけちゃ駄目だよ?」
「迷惑なんてかけませんわ、もぅ」
どうやら明日はセバスさんとミレーヌさんと一緒に学園へと向かうことが決まったらしい。
食後はシャワーを浴びて着替えた後に就寝。
自分が思っていたよりも疲れていたのか、はたまたフカフカのベッドにやられたのかはわからないが転がると直ぐに就寝してしまった。
一方その頃、サイはセバスと話し合いをしていた。
「どうだい、貴方からみてラグナ君は?」
「そうですねぇ。まだまだ出会ってそれ程時間が経っていないので、ハッキリと申すことが出来ませんが……一言だけは言えるかと」
「何かな?」
「あの子は本当に九歳なのでしょうか? お嬢様も世間一般の子供と比べると、落ち着いており頭が回ると思っておりましたが……とても同じ歳とは思えませんな」
サイはセバスからの評価を聞くと笑い出す。
「確かに。彼はとても九歳とは思えないよね。話をしていると僕と大して変わらない感じがするから。それに彼は頭だけではないよ。あの歳でワイルドボアの討伐もしているし、僕と一緒にナルタまで連行された時も、一切弱音を吐くことなく付いて来たくらいだ。僕だって顔に出ないように心掛けたつもりだけどなかなか厳しかったよ」
「なんと! 九歳にして魔物の討伐ですか。頭の回転が速く武術にも心得があり、精神面でも鍛えられていると。本当に何者ですか?」
「やっぱりそう思うよね。彼の情報としては、僕が取り引きしているこの国一番の危険地区『魔の森』と面している辺境の村出身ってこと。後は商業の神殿からは使徒として扱われている位かな。これは内緒で頼むよ」
「更に使徒様であると……内密の件は了解しました。それにしても旦那様も若様もずいぶんと気に入っていらっしゃる様子。今後どうなさるおつもりで?」
サイは考え込むものの答えはわからない。
「今後については本当に未定だよ。全ては父上次第さ。僕としては彼を取り込みたいとは思うけどね」
「左様で御座いますか。とりあえず、私はもう少し様子を見たいと思います。話は変わりますが若様、自分の呼び方が私から僕に戻っていますよ?」
「仕方ないじゃないか。貴方と話していると、つい昔のように戻ってしまうのだから。私のことはいい、明日の件よろしく頼むよ」
「承知しました。では夜も遅いので失礼します」
執事のセバスは一礼すると部屋から退出する。
『とりあえず、旦那様の代わりに彼のことを観察すると致しますか』
セバスは自分の部屋に戻り明日に備える。
まずは明日。
彼ともう少し会話をしてみようと考えながら眠りにつくのであった。