商業の女神マリオンと使徒。
会議室の部屋から出て少し進むと階段があり二階へ。
「ここは……」
二階に上がると戦場が目の前にあった。
「ここは商業ギルドの事務室だよ。各種手続きは、この部屋で行われてるんだ」
「凄いですね、これは……」
大量の書類を運ぶ人。
走り回る人。
一心不乱に書類を書いている人。
ひたすら判を押している人。
中にはほとんど休んでいないのか、目の下の隈が酷い人もチラホラと。
「それじゃあ、このまま神殿がある三階に向かうよ」
さらに階段を上がり三階へ。
階段を上り切ると少し広間があり、両サイドには武装をした白い鎧の人達が四人。
「ここは……」
三階に上がると部屋の雰囲気がガラリと変化した気がする。
「例の少年をお連れしました」
まさか商業ギルドの三階がそのまま神殿になっているとは思わなかった。
「では後は我らが引き継ごう」
うん?
商業ギルドの人はついて来てくれないのかな?
「いえ、ギルド長からは側にいるようにと言伝がありましたので」
「我らのことが信用出来ないとでも言うのか!」
武装していた一人が怒り始めた。
「いえいえ、そんなことはありませんよ」
「なら、あとは我らに任せれば良いではないのか?」
「此方としてもそういうわけにはいかないのですよ。ちょっと失礼」
そう言うと怒っている神官の人に何かを耳打ちしていた。
そういやこの人の名前をまだ聞いてないや。
「仕方ない。二人とも、ついて来い」
怒っていた神官が引き下がり渋々二人での同行を許可するのだった。
広間の先には重厚な扉が。
左右一人ずつ扉を引っ張ると、ゆっくりと開いていく。
扉が開いた先には全身真っ白な服を着ている人と色が多少ついている服を着ている人が何人かいるのだった。
「ようこそ、我らが神殿へ」
扉の先にいた人たちが突然両膝を地面につき、俺に向けて祈るポーズをしてきた。
「えっと……」
なんだ、この状況。
「はぁ……これだから神官というのは……」
後ろからは一緒に付いてきてくれた人が、小さな声で文句を言ってるし。
とうとう何人かの神官はそのままぶつぶつと祈り始めてしまった。
これはヤバいな。
「すみません、みなさん立ち上がって貰えますか?」
俺がそう声を掛けると、みんな一斉に立ち上がってくれた。
急に俺に向かって祈り始めるとか……本当に怖いからやめてほしい。
「我らとしたことが、急に申し訳ありません。まずはご挨拶からですね。商業の女神マリオン様の神殿ナルタ支部、司祭のマホッテトと申します」
顔はニコニコしているんだけど眼の瞳孔がガッツリと見開かれて怖いな……
「初めまして。ラグナです」
「ラグナ様、本日は当神殿へとようこそいらっしゃいました。詳しくお話を聞きたいところではありますが……まずは祭壇の間へどうぞ」
そう言うとほぼ強制的に奥へと連れて行かれた。
そして豪華絢爛な扉の前へ。
「こちらの部屋に入りましたら、部屋の中心まで進み女神様へとお祈り下さいませ」
えっと……
全く話がわからん……
「お祈りしたらどうすればいいのでしょうか?」
「女神様からはラグナ様お一人で祭壇の間に入るようにと厳命されていますので詳しいことまでは……」
ただ祈るだけでいいのかな?
あんまり注目されたくないんだけど……
仕方ない。行くか。
「それじゃあ行ってきますけど……」
「お気をつけ下さい」
あっ。また名前を聞き忘れた。
司祭様が近寄ってきた。
「……もしも女神様からのお言葉などがありましたら……どうか今後ともよろしくお願いしますとお伝え下さい」
そう耳打ちしてきた。
思わず苦笑いしながらも祭壇の間へ。
部屋に入った瞬間に部屋の雰囲気が更に変化したのがわかる。
この感じは狭間の世界にいるときに似ている気がする。
部屋の中心には、いろいろな模様が描かれている床があった。
「とりあえず……ここで祈ればいいのかな?」
目の前には祭壇。奥には女神様の像? が置かれている。
部屋の中心へと進み、目を閉じてとりあえず祈ってみる。
ふわっとした浮遊感を一瞬感じた。
「ようこそいらっしゃいました」
うん? 誰かの声? 女性の声だろうか?
恐る恐る目をあけると目の前には見たこともない女性が椅子に座って足を組んていた。
「あなたは……?」
スーツをバシッと決めて、眼鏡をかけた青い髪色の謎の綺麗なお姉さん。
「初めまして、私の名前はマリオン。海の女神であり商業の女神でもあります。ようこそ我が神殿へいらっしゃいました」
「あっ……こ、こちらこそ初めまして。ラグナといいます」
マリオン様の存在感に圧倒されてしまい、ついペコペコと頭を下げたくなってしまう。
視線を感じたのでペコペコと下げていた頭を上げると、マリオン様がじーっと俺の眼を見つめてくる。
「な、何か……?」
ちょっと緊張する。こんなにも綺麗な方に見つめられるのは慣れない。
「そういうことでしたのですね」
そういうこと?
「はい、どうりで落ち着いているわけです」
うん? どういうこと?
「やっと意味がわかりました」
えっ? ってか……普通に考えていることがダダ漏れ?
「はい。バッチリです。先ほどは容姿を褒めていただき、ありがとうございます」
「えっと……まぁ、はい」
いろいろ妄想してしまったから、恥ずかしくて顔が熱い。
「それでどうして僕はここに……」
「あなたが提出してくれたレシピが他の世界にある料理と同じだったので、これを申請してきた人物がとても気になりましたの」
「やっぱり、駄目でしたよね? 本当にごめんなさい」
慌てて頭を下げる。
やっぱり、人のマネは良くない。
そう思っていたのだが……
「何も悪くありませんよ? それに、あなたが何故他の世界と同じ料理を考えることが出来たのか……あなたを間近で見てようやくわかりましたから」
「えっと……?」
「あなたの記憶を読ませていただきました。以前、他の世界の
「はい……そうなります」
「他の神の仕業とはいえ、命を失うような結果になってしまい本当に申し訳ありませんでした」
まさか女神様まで謝罪してくれるなんて。
「頭を上げてください。いろいろありましたが、僕は創造神様のお陰で新しい人生を歩むことが出来て、とても楽しく過ごしているので大丈夫です」
「そうですか。しかし、言葉だけでは不誠実ですね。貴方にはこれを授けることとします」
女神様の指が光り俺の身体が包まれる。
「これはいったい?」
「本当に気持ち程度ですが、私からの加護をプレゼントしました」
「加護ですか!?」
「本来ならばもっと強力な加護をとも考えましたが、あなたは既に契約をなさっているようなので軽い加護にしておきました」
これで二つ目の加護。
「本当にありがとうございます」
マリオン様からも加護が貰えるなんて。
「ちなみに貴方への加護ですが、水の中でも呼吸が可能になり水中でも地上と同じように自由に動くことが出来ます」
「えっ!? それほどの加護で軽くなのですか?」
この加護で本当に軽いだって!?
水中でも普通に活動出来るってかなり凄いことだぞ。
海に潜れば貝類や海老とかもゆっくり探せるかもしれない。
もしかしたら浜焼きとか海鮮系絶品キャンプ飯が実現できる……?
これは早めに試してみたい。
「我々には経験がありませんが、キャンプというものが本当にお好きなようですね。あなたにはこの加護を喜んで頂いたようで何よりです。それでは本題に入りましょうか」
本題……
「まぁ、そう身構えなくても良いですよ。なに、簡単な事です。時間がある時でいいので、出来ればこの世界でも再現できそうな料理があればその都度レシピを登録して頂きたいのです」
「料理のレシピですか?」
「はい。貴方もこの世界で暮らしているので実感しているとは思いますが。この世界の料理は基本的に焼くか煮るのみ。食文化が全くと言っていいほど発展していないのですよ」
「でも昨夜泊まったエチゴヤの宿の料理は美味しかったですよ?」
「それはそうでしょう。あの商店は唯一初代勇者と繋がりのあった一族が経営しているお店。勇者が伝えたレシピを再現しようと長い年月をかけて代々研究し、更に研鑽しているのですから」
確かに長きに渡り研究してるって説明はあったな。
「そうして金貨を湯水のように使い、出来たのがあの料理。しかし問題もあります」
「問題ですか?」
何が問題なんだろう?
「大問題です。それは、一つ一つの料理の値段が高すぎるのです。何故ならば調味料に莫大なコストがかかりすぎているからなのですよ」
それは確かに。
味噌も醤油もとんでもない値段だった。
「でも調味料に関しては、僕だってそのような知識はありませんよ?」
「そこは仕方ないと思っています。本当ならば貴方のスキルで作られたスパイスをこの世界へと流してもらいたいところですが……それですと命を狙われる危険性もありますし、人である限り寿命の問題もついてきますから」
やっぱり売ったりするのは危険なのか。
「だから無理にとは言いません。思い浮かんだ時でいいので、思いついたレシピがあればよろしくお願いします」
「わかりました。それぐらいでいいのであれば喜んでお手伝い致します」
「ありがとうございます。私からの用事はこれくらいですが……ちょっとお待ち下さい」
そう言うとマリオン様は何かの呪文? を唱え始めた。
そして一瞬目の前が眩しく発光する。
ゆっくりと眼をあけると本当にびっくりするくらい近い位置にサリオラがいた。
「「えっ!?」」
「「なんで!?」」
なんで目の前にサリオラが?
少しでも前に顔を移動するとキスできてしまいそうなほど近いので、慌てて少し後ろに下がった。
「久しぶりね」
サリオラは後ろにいるマリオン様の声にビクッとなり、慌てて振り向く。
「マ、マリオン様、お久しぶりにございます」
片膝をつきサリオラはマリオン様に挨拶していた。
「急に呼んでごめんなさいね。ちょっと私がラグナ君を借りてたの。急にラグナ君との繋がりを失ってびっくりしたでしょ?」
「いや、それはその……」
「ちらっと貴女を覗いたら急にラグナ君との繋がりが消えて、慌てて狭間の世界から地上を覗いて探していたから可哀想になっちゃってね」
「それは……」
サリオラは普通に照れているのか、顔が真っ赤になってるな。
こういう反応も見ていて可愛いな。
「良かったわね。ラグナ君は照れている貴女も可愛いですって!!」
サリオラは耳まで真っ赤になって固まっている。
「ほら、ラグナ君も男の子なんだから手ぐらい繋いであげなさいよ」
なんで急に手を繋ぐことに?
でも女神様には逆らえないし……仕方ない。手を繋ぐか。
顔を見ると流石に恥ずかしいので見ないようにしながらサリオラの隣に並ぶと、ゆっくりと手を伸ばして掴む。
手を繋いだ瞬間……
バチバチと身体中に電気が流れたような痺れが巡った。
「あらあら。本当に相性がいいのね」
なんか身体中がポカポカしてる。
「貴方が今感じているそれは、彼女の力が貴方に流れ込んでるからよ」
「この温かいのがサリオラの……」
「それじゃあ試しに私とも触れてみます?」
物凄くドキッとはしたものの、サリオラが手をギュッと握ってきた。
そんな反応をみて、マリオン様はうふふと笑いながら、
「これ以上は怒られちゃうから止めておくわね?」
と冷やかすのをやめてくれたのだった。
しかし……さっきまでポカポカしていたのだが……だんだんと身体が熱くなってきた。
「サリオラ? 照れてないでちゃんと制御しないと、ラグナ君が貴女の力に苦しんでるわよ?」
サリオラがハッとして力を制御する。
「ごめんなさい」
サリオラがシュンとしてるのがますます可愛く見える。
「大丈夫だよ」
「二人とも本当に仲良しさんなのね」
マリオン様がニヤニヤしながらからかってくる。
「まぁいいわ。それよりも面倒なことにあっちで騒ぎになっているみたい」
「あっちで騒ぎとは……?」
「祭壇の間が開かないように細工していたんだけど、そのことに気がついた神官が騒いでいるみたいね」
それは……マズいな……面倒な事になってる。
「うーん、そうねぇ。どうしましょうか」
「出来ればあまり目立ちたくないのですが……」
だからと言ってこのまま戻るのは怖すぎる。
「それではラグナ君には向こうに戻ったら、演技でもして貰いましょうか?」
えっと?
「演技ですか?」
「はい、演技です。難しいことは言いません」
急に演技をしろと言われても……
「えっと……どうすれば?」
マリオン様はニヤリと笑うとこう告げるのだった。
「何、簡単ですよ。私が今から書類に記した神託を渡すので、それを握ったまま倒れたフリをしてくれればいいのですよ」
「た、倒れたフリですか?」
倒れたフリくらいなら出来ないことはないけど。
「神官には適当にこの部屋に入って、気がついたら倒れていたとでも言っておいて下さい」
神官で思い出した。
「そういえばここに来る前に神官によろしく伝えるように言われたのですが……」
「あの神官ですか? あの方は駄目ですよ。信仰とは名ばかり。自分の出世と欲の事しか考えていないんですもの」
流石は女神様。
下心などお見通しなんですね。
「それじゃあ、そろそろラグナ君を戻すけど貴女はいいかしら?」
サリオラはこちらをチラッと見ると、構いませんと一言返事をする。
「それじゃあサリオラ、またね」
「うん、またね」
ずっと繋いだままの手を放すと、少し寂しく感じる。
「マリオン様、ここにサリオラを呼んでいただき本当にありがとうございます」
マリオン様はにっこりと笑うと、
「構いませんよ。こういうのも良いものですね。それではラグナ君、レシピの方は何か思いついたらよろしくお願いしますね」
そう言うとマリオン様は神託を記した書類を俺に渡してきた。
受け取った書を手で握りしめるとマリオン様の指示通りに倒れたフリをする。
「それではまた。いつかお会いしましょう」
その声と共に意識を手放した。
…………
…………
……ラグナ君!
……大丈夫か!?
うん?
ゆっくりと目を開ける。
「ここは……」
目を開けると俺と一緒に神殿まで来ていた商業ギルドの人が一生懸命俺のことを揺すっていた。
周りには神官の人達がワタワタと動き回っている様子が見える。
マリオン様。
気絶したフリをするつもりが本当に気絶していたんですが……
「大丈夫かい!?」
大きく息をはぁーっと吐き出すと返事をする。
「ご心配をお掛けしました。大丈夫です」
司祭のマホッテトが近寄ってきた。
「それで何があったのですか? あまりにも長い時間部屋から出てこないので、何かあったのかと部屋に入ろうとしたら扉が開かなくて驚きましたよ」
何があったのか……
「ここで祈っていたところ、マリオン様のお声が聞こえて、名誉な事にお話をすることが出来たのは覚えているのですが……その後、気がついたら倒れていたみたいです」
神官達がザワザワしている。
「そ、そうなのですか……うん? その手に持っているのは何でしょう?」
手に握っている書類をみんなの目の前で広げる。
そう言えばマリオン様はどのような内容を書いたんだろうか。
『この者に神託と試練を与えた。その内容を教えることは出来ない。教会はこの者を陰ながら手助けして欲しい。また神託に関連して、この者を崇める事、この者の存在を教会や繋がりのある者以外に広める事を禁止とする。出来るだけ陰からの手助けに徹して欲しい。商業の女神 マリオン』
マリオン様ー!!
こんな内容だと、完全にマリオン様と関わりのある存在になってるじゃないですか!
後ろから一緒に書類を覗いていた神官の一部がポツリと一言。
「マリオン様の使徒様……」
すると他の神官も続くように、
「使徒様……」
「使徒様が誕生した……」
使徒という言葉がどんどん静かに広まっていく。
次第に騒ぎ始める神官にむかって司祭が咳払いをすると再びシーンと室内が静かになる。
「使徒様、お騒がせしてしまい申し訳ありません」
マリオン様ー!! 神官達の中で俺は貴女の使徒になってるんですけど!
「こちらの神託の内容を直ぐに全教会へと報告させて頂きます。また秘密裏にということなので、まずは商業ギルドにてギルド会員の登録して頂き、身分証の発行を行いたいのですがよろしいでしょうか?」
マリオン様のぶっ飛んだ神託の内容に頭の中が真っ白になっていた俺は、思わずウンと頷いてしまった。
「聞きましたね? 直ぐに全教会へと連絡を行います。今日の打ち合わせなどは全て中止にするように。直ぐに行動を開始しますよ!!」
神官達は一斉に散らばり各々の仕事に取り組み始めた。
その光景を見ていた商業ギルドの職員は一言。
「大変なことを聞いてしまった……」
呆然と立ち尽くしていた。
ハッと気がついた俺は自分の境遇に気がつく。
ここまで騒がれたらもみ消すなんて無理だ……
マリオン様め、やってくれたな!! という気持ちでいっぱいだった。
すると、司祭が手揉みをしながら笑顔で近寄ってくる。
「それで……女神様には……」
あぁ、あの事か。
「一応伝えました」
下心丸出しで、ダメ出しされていましたけどね。
「本当ですか!? ありがとうございます!」
笑顔で手を握ってくる。
真実を知らないって幸せだよね。