──世界の異変。

 それは【世界礎の黒竜ブラックバハムートドラゴン】として見逃せないものだった。

 この世界は自分の身に造ったものだから。

 太古の昔、あまりに大きく強い【黒竜ブラックドラゴン】がいた。長く一人で過ごし、生きることに飽いていた。

 そのとき、神に声をかけられたのだ。「その身に世界を造らないか?」と。

 すでに膨大な時間を生きた【黒竜ブラックドラゴン】は、「それもまた一興」と、神の言葉にうなずいた。

 ──自分の身をいしずえとし、七つの【神の宝玉】により、安定を図る。

 【黒竜ブラックドラゴン】は【世界礎の黒竜ブラックバハムートドラゴン】となり、長い眠りについた。

 世界では幾度も事件が起き、動植物たちもさまざまに変化していく。だが、なにが起ころうとも、変わらず営みは続いていった。

 悠久の流れに身を委ね、時折、意識の分身を出し、世界の変化を見て回った。

 一人の人間、一つの国、一つの種族、一つの地域。それらが滅亡へ向かうことはあったが、世界の存続に影響はない。

 礎として、世界を守る。その目的を阻むようなものはなかった。ただ、見守るのみ。そして、またゆっくりと眠ればいい。

 だから、最初に異変を感じたとき、またいつものように見守るだけのつもりだった。

 わかったのは、世界の異変の中心にいる『【神の宝玉】を持つ幼いエルフ』であるレニの存在だ。

 どうやら【神の宝玉】がレニと強く結びついてしまっているようだった。

 長い歴史の中で、【神の宝玉】が使われたことは多々ある。だが、七つの【神の宝玉】はバランスを崩すことなく、世界を安定させていた。

 今回だけが特別だとは思えない。だが、世界の異変、小さな傷のようなものは次第に大きくなっていく。

 さすがに見過ごせなくなり、意識の分身を出し、レニへ接触を図った。

 信念とは反れるが、世界の安定のためには、火種をつぶすのもやぶさかではない。

 ──殺すのもやむなし。

 そう思い、レニと相対した。

 結果。【神の宝玉】とレニは、想定よりもっと強く結びついており、切り離すのは困難。それどころか、レニとともにこの世界から消えようとしていた。

 そこで、まずは器として不安定すぎるレニの調整が必要だと考えたのだ。

 幸いなことにエルフは寿命が長く、魔力値も高いため、器として申し分ない。

 レニが寿命を迎えるまでに、【神の宝玉】が世界にとどまるように策を練る予定だった。

 だが……。


「世界がゆがむとはどういうことですか? ……レニ様は今、【魔力暴走】を起こしていません。お体もここにしっかりとあります」

 サミューはそう言うと、レニの手をそっと握った。

 それに応えるように、レニは自身の胸のあたりから手を放し、サミューと手を合わせる。

 サミューの言う通り。エルフの森で消えかかっていたときとは違う。レニは【魔力暴走】を起こしていないし、体が消えかかってもいない。

「しかしのぅ……間違いなく、世界が歪んだのじゃ。歪んだ……というべきか、ブレたというべきか……。それも幼いエルフを中心として、な」

 【世界礎の黒竜ブラックバハムートドラゴン】は空中で胡坐あぐらを組み、パタパタと翼を動かす。

 たしかに異変は起こった。だが、それはあっという間に消え、今ではいつも通りの世界に戻っている。

「幼いエルフが器として成熟すればあるいは……と思っていたのだが、もっと緊急を要することかもしれん」

「つまり、どういうことなのですか?」

「わからん。わからんからこそ、このままではよくない」

 【世界礎の黒竜ブラックバハムートドラゴン】そう言うと、レニをじっと見た。

「この世界が好きじゃな?」

「うん。れに、このせかい、すき」

 金色の瞳はまっすぐで、そこにうそはない。

 自分の身を世界の礎とした【世界礎の黒竜ブラックバハムートドラゴン】にとって、この言葉は胸をくすぐるもの。レニの目がワクワクと輝く瞬間が、【世界礎の黒竜ブラックバハムートドラゴン】は好きだった。

「余は眠るぞ」

「は?」

 突然の宣言に、サミューが眉をひそめて声を出す。

 【世界礎の黒竜ブラックバハムートドラゴン】は「うむ」と頷いた。

「余の残り二つの秘宝について、場所は教える。じゃが手助けはできん」

「はぁ。これまでも案内はあれど、助けてもらったことなどありませんが」

「いや、それはそうじゃが……っ、こう、……っもう見守ることもできんぞ、となっ」

「見守ったからなんだというのですか」

「うぐぅ」

 サミューのしんらつな言葉に【世界礎の黒竜ブラックバハムートドラゴン】はうなる。

 たしかにその通り。だれかに肩入れをせず世界を見守ると決めている【世界礎の黒竜ブラックバハムートドラゴン】は、これまでなにかをしたわけではない。

 エルフの森を燃やしたが、あれはレニやサミューにとっては敵対行為であり、むしろいないほうがマシだった。

「むーとちゃん、れにがきえかけたとき、『しゅうちゅうしろ』っていってくれた」

 そんな【世界礎の黒竜ブラックバハムートドラゴン】を見上げ、レニは「ありがとう」とつぶやいた。

「れに、あれで、きえなかったよ」

「そうじゃろう、そうじゃろう!」

 レニの言葉に【世界礎の黒竜ブラックバハムートドラゴン】はヒヒヒッと笑う。

 そして、眉尻を下げた。

「次にもし同じことが起こっても余は語りかけられぬから、そこはエルフと幼いエルフで乗り越えるのじゃぞ」

「うん。れに、れんしゅうした。だいじょうぶ」

「そうです! レニ様は【魔力操作】を練習し、今では特別な魔法も自由自在です! 【水蛇ナーガ】を吹き飛ばした魔法もお見事でした! もう、めったなことでは【魔力暴走】は起きないはずです」

「うん」

 レニとサミューが笑い合う。

 二人の笑顔と信頼関係を見ていれば、よほどのことがない限りは大丈夫だろう。【世界礎の黒竜ブラックバハムートドラゴン】もそれは感じる。だが……。

「ああ……逆に『もしも』があれば、それは『めったなこと』が起こったとき、ということじゃ」

 【世界礎の黒竜ブラックバハムートドラゴン】は「とにかく!」と声をあげた。

「幼いエルフと【宝玉】は余が想定したことよりももっとおおごとになっている。今はまだそれがなにかはわからん。じゃが、それが起こったとき、世界に必ず天変地異が起こる」

 この予感がゆうで終わればいい。

 【世界礎の黒竜ブラックバハムートドラゴン】はレニを笑って見下ろした。

「幼いエルフはこの世界が好きじゃからな。なくなっては悲しむじゃろう。防げれば一番!」

「うん」

 レニが【世界礎の黒竜ブラックバハムートドラゴン】を見上げて笑う。

 それだけで【世界礎の黒竜ブラックバハムートドラゴン】は胸がぽわぽわと温かくなるのを感じた。

 だれにも肩入れしない。見守るのみ。それが【世界礎の黒竜ブラックバハムートドラゴン】だ。

 そんな【世界礎の黒竜ブラックバハムートドラゴン】の心にあるのは──

「幼いエルフには、きらきらした瞳で、余を見上げる使命がある!」

 ──レニの輝く金色の瞳。

 かげらなければいい、と。世界の異変の中心にいる幼いエルフ。「たのしい!」と笑うその旅がずっと続けばいい、と……。

「これを渡しておく。まあお守りみたいなものじゃ。余は眠るが、本当に困ったときはこれに語りかけよ」

 【世界礎の黒竜ブラックバハムートドラゴン】はそう言うと、レニのてのひらの大きさほどの輝くものを渡した。

「これは?」

「うむ。余のげきりんじゃ」

「げきりん? むーとちゃんの?」

 サミューから手を離し、逆鱗を受け取ったレニがぱちぱちと目をしばたたく。

 そして、困ったように首をかしげた。

「れに、もっても、おこらない?」

「なぜじゃ?」

「りゅうのげきりん、さわったらおこるって……」

「それは余に生えていればじゃな。ここに逆鱗があるのじゃから、余には今、生えておらん。そして、逆鱗を持つのはおぬしじゃ。つまり、おぬしになにかあれば、余の逆鱗に触れるということじゃな!」

 【世界礎の黒竜ブラックバハムートドラゴン】は満足げに胸を張り、ハッハッハッ! と笑う。

 サミューはそれを嫌な目で見たあと、レニにそっとささやいた。

「捨てましょう、レニ様。ポイです」

「余の逆鱗じゃぞ!? 貴重で力も強く、必ず幼いエルフを守るものじゃぞ!」

「その身から出たうろこをレニ様に渡すなど……。レニ様、汚いですよ。捨てましょう」

 しかし、レニはサミューの囁きもムートの叫びも聞いていないようで、目の前の逆鱗をじっと見つめている。

 「ふわぁああ!」と声をあげ、目をきらきらと輝かせた。

「くろくてきれい」

 レニのてのひらサイズの鱗はとても硬く、光の加減で虹色に光を放つ。鱗というよりは、大きな宝石を削り、きれいに整えたようだった。

 レニはその美しさにうっとりと目をとろけさせる。

「れに、このあいてむ、はじめて」

 うれしそうなレニに、サミューもなにも言えなくなる。

 「しかたがありません」と呟くと、眉をしかめて、【世界礎の黒竜ブラックバハムートドラゴン】を見上げた。

「で、眠る前に行き先を言うんでしたね。あと二つはどことどこですか?」

「うむ、あとは【変転の砂漠】と【透写の森】じゃ」

「わかりました。では眠ってください」

「待て待て待て。もうちょっと聞け。それぞれ場所はわかるじゃろうが、【変転の砂漠】は行く度に地形が変わる。【毒鶏コカトリス】が秘宝を持っておるが、変わる地形でうろうろと放浪しており、会うのが一苦労なんじゃ」

 その言葉にサミューは「はぁ」とため息をつく。

「つまり、案内が必要な場所なのですね。そして、ドラゴンは眠るため案内ができない、と」

「……う、む」

 サミューはさらに「ふんっ!」と鼻を鳴らした。

 目は冷え冷えとしており、その顔には「役立たずが」と書いてあるようだ。

 すると、そこに元気な声が響く。

「カリガノは【変転の砂漠】を案内できるノ!」

 今まで、空気を読んで黙っていたウサギ獣人・カリガノが「はいはいはーい!」と手を挙げた。