「それではレニ様、出発です!」

「うん!」

「ここからは余が案内するから、安心せよ!」

「うん」

 修行を終えた私たちはついに、エルフの森を出発することにした。目指すは【涼雨の湖】! そこに秘宝を守る【水蛇ナーガ】がいるのだ!

 毎日散歩に出かけていた【世界礎の黒竜ブラックバハムートドラゴン】も今日からは一緒に旅に出る。

 そして、ハサノちゃんやエルフのみんなとはお別れだ。

「レニちゃん、エルフの森へ来てくれて本当にありがとう。レニちゃんと一緒に過ごせてとても楽しかったわ」

「うん。またくる」

 ハサノちゃんは目をうるませるとぎゅうっと私を抱きしめた。

「ええ。そうよね。……これで、お別れじゃないものね」

「うん。またあえる」

「ええ」

「ままとぱぱも、くる」

「……っ。ええ、そうね。ええ……っ、そうよね」

「うん」

 ハサノちゃんは二度ほど鼻をすすると、そっと私を地面に下ろした。

「レニちゃんの【魔力路】は今は問題ないわ。【魔力暴走】も起こしていない。そして、【魔力操作】も身につけたのだから、怖いものなしね」

「うん。れに、つよい」

 ハサノちゃんが助けてくれたから。たくさん教えてくれたから。

 まっすぐにハサノちゃんを見上げれば、ハサノちゃんはしっかりとうなずいた。

「……いってらっしゃい、レニちゃん!」

「いってきます」

「サミューもしっかりね!」

「はい、本当にありがとうございました」

 ハサノちゃんとエルフのみんなに、ばいばいと手を振る。

 エルフのみんなは、最初に私が森に来たときと同じように、【光耀の木フローセントツリー】の枝を振り、見送ってくれた。

 装備品もばっちりつけて、いざ!

「行くぞ! まずは東へまっすぐじゃ!」

「うん」

「はい!」

 【世界礎の黒竜ブラックバハムートドラゴン】が翼をはためかせ飛んでいく。そのあとをサミューちゃんと一緒に地面を蹴ってついていった。

「あ、そういえば」

「ん? なんじゃ?」

「なまえ、ないの?」

「名前とは余の名前か?」

「うん」

 びゅーんと飛ぶ【世界礎の黒竜ブラックバハムートドラゴン】と、ぴょーんぴょーんと跳んでついていく私とサミューちゃん。会話できそうだったので声をかければ、不思議そうな声が帰ってきた。

「余は【世界礎の黒竜ブラックバハムートドラゴン】じゃ。世界で唯一の存在なのじゃから、それ以外の呼び名は必要ないじゃろう?」

 さも当然というような声にうーんと首をかしげる。

 でもそれって私が「人間」とか「エルフ」って呼ばれているようなものじゃないんだろうか。たしかに識別はできるわけだから、『名前』という概念は必要ないのかもしれないけど……。

「よびにくい」

「は?」

「ぶらっくばはむーとどらごん、ながくて、よびにくい」

「っそ……そうじゃろうか……」

「かっこいいけど」

「そうじゃろう!? そうよなぁ!?

「よびにくい」

「ぐぅ……」

 私の言葉に【世界礎の黒竜ブラックバハムートドラゴン】はみるみるそのスピードを落とした。

「しっかりしてください。あなたが案内してくれないとレニ様が困ります」

「うるさいわい! ちょっと余は今、落ち込んでるんじゃ!」

「おちこんでるの?」

「……多少な! べつにこれぐらいどうってことないがな!」

 【世界礎の黒竜ブラックバハムートドラゴン】はそう言うと、自分を奮い立たせるように羽ばたいた。

 私はふむ、と考える。呼びにくいと言われて落ち込むのならば……。

「れに、なまえ、つけていい?」

 呼び名があれば、お互いに楽かな? と思ったのだ。

 すると、【世界礎の黒竜ブラックバハムートドラゴン】はピタッと前進をやめた。

「わっ」

「レニ様っ!」

 ぶつかりそうになって、急いでスピードを落とす。でも変な体勢になってしまって、サミューちゃんが慌てて私を抱き留めてくれた。

「危ないではないですか! あなたはどうでもいいですが、レニ様が傷ついたらどうするおつもりですか!」

 サミューちゃんが、ああん? と【世界礎の黒竜ブラックバハムートドラゴン】を見上げる。

 それを落ち着かせるように、私はサミューちゃんに声をかけた。

「だいじょうぶ。さみゅーちゃんいてくれるから」

「うぐっ」

「さみゅーちゃん、すごいね。いま、くるんってなった」

 そうなのだ。今、サミューちゃんは体勢を崩した私を抱きしめて、空中でくるんと一回転したのだ。

 空中には方向転換できるような壁などはなかったのに、すごかった……!

「これは前に見たレニ様の二段ジャンプを参考にしまして、エルフの森で練習していたのです」

「しんわざだ……!」

 さすがサミューちゃん。私が【魔力操作】の修行をしている間に新技を獲得していた……!

 ほぅと感嘆の息を漏らすと、サミューちゃんは照れたように笑う。

 ……にしても。

「うごかないね」

「……そうですね」

 【世界礎の黒竜ブラックバハムートドラゴン】がいまだに空中で止まったままぴくりとも動かない。

 ……大丈夫かな。

 じっと見上げていると、ようやくギギギギッと首を動かして……。

「幼いエルフよ。余に名前をつけると?」

「うん。よびやすいように」

 うーん。この反応を見るに、呼び名を考えるのは良くないのかもしれない。

「いやなら、やらない」

 だから、そう付け加えたのだが、【世界礎の黒竜ブラックバハムートドラゴン】はビュンッと私の前まで飛んでくると、ふふんと胸を張った。

「許す! うむうむうむ! 余に呼び名をつけたいという願い、かなえる!! ちょっと案を言ってみよ!」

「レニ様、やめましょう。レニ様が呼び名を考えるなどもったいないです。ドラゴンと呼べばいいのでは?」

「いやいやいや、おかしいじゃろう。それでは余の高貴さが伝わらんわ! ほれ、言うてみろ、幼いエルフよ。余にはどんな名前が似合う?」

 ワクワクワクと【世界礎の黒竜ブラックバハムートドラゴン】の紫色の目が輝く。

 ……どうしよう。すごくいい案があるわけじゃないんだけど。

 『ブラック』だとちょっと安直すぎるし、『ドラゴン』だとダメらしいし。……バハムート……。バハムート……。

 必死に頭をひねって考える。そして──

「むーと、ちゃん?」

 【世界礎の黒竜ブラックバハムートドラゴン】のムートちゃん。どうだろうか。かわいいし、いいんじゃないかな……。

 首を傾けて、紫色の目を見つめる。するとその目はニッと細くなった。

「ムート。そうかムートか! うむうむうむ、バハムートから取ったのだな! 多少安直だが、まあよい! 許す! うむうむうむ! まあ幼いエルフにはそのあたりのが限界だろうからな!!

 ふははははっ! と高笑いをすると、次はぐふぐふぐふと含み笑い。そして、またふははははっ! と高笑いをした。

「よし、では、行くぞ! 湖まではまだ遠い!」

「……私はドラゴンと呼びます」

「なんじゃおぬしは! ムートと呼べ!」

「ドラゴンと呼びます」

 また飛び始めた【世界礎の黒竜ブラックバハムートドラゴン】、ムートちゃんのあとに続いて、ぴょーんと地面を跳ぶ。

 たぶんだが、ムートちゃんは名前を気に入ってくれたようだ。……サミューちゃんはすごく不服そうだが。

 そうして、サミューちゃんとムートちゃんの言い合いを聞きながら、【涼雨の湖】を目指す。

 途中の街で宿泊しながら、だいたい三日。エルフの森より北東の場所にそれはあった。

「着いたぞ!」

 ムートちゃんがそう言い、羽ばたきを止めた。

 私もそこで止まるべきだったのだろうが、ムートちゃんの言葉にテンションの上がった私はそのままムートちゃんを追い抜いた。

 だって、この先にはゲームで憧れたあの湖があるのだ……!

 湖は森の中にあって、私は木を避けるように進みながら、湖面へと近づいた。

 ゲームで見たきれいな水のエフェクト。実際に見るとどんな色? どんな光が当たっている?

 ワクワクが抑えられない。

 走っていけば、すぐに木がない開けた場所が広がる。

 ここが【涼雨の湖】。転生してからずっと、見たかったあの景色。それが今、私の目の前に──

「え……」

 歓声をあげるべく吸い込んだ空気。

 だが、出たのはぜんとした声だった。

「どうしたのですか、レニ様っ」

 そんな私にサミューちゃんが追いつく。

 だが、それに答えらえず、私はぼうぜんと湖を見つめた。

「みずが……」

 そこまで言うと、さらにムートちゃんも追いついたらしい。

 バサッと羽ばたく音がして、そして──

「なんじゃこれは!!

 ──出たのは悲鳴。

「水が枯れているではないか!!

 そう。そこにあったのは水のない、ただの大きなくぼみだった。

「きれいな……みなも……」

 とても楽しみにしていた【涼雨の湖】。まさか水が枯れているなんて。

 想像と違いすぎる姿にがっくりと肩を落とす。

「レニ様、あちらを見てください!」

「ん?」

 水のなくなった湖に近づき、大きく空いた窪みをのぞきこんだサミューちゃんが私を呼ぶ。

 サミューちゃんの指差した先を見てみると──

「あ、なにかいる」

「あー……うむ。あー……おるな」

 ムートちゃんがもごもごとつぶやいた。

 深い窪みの底のわずかに残った水。そこに無理やりに巨体を浸している水色の蛇がいる。

 水がすこししかないため、蛇の大きな体の腹側しか水にかっていない。とぐろを巻いた姿だが、頭はくたりと体の上に置かれていた。

 ……あきらかに弱っている。

 これがムートちゃんの言っていた『秘宝を守る【水蛇ナーガ】』だと思うのだが……。

「なーが、つよい?」

 あまりにもな姿に、思わずムートちゃんに声をかける。

 ムートちゃんいわく、【水蛇ナーガ】はとても強いらしいが、正直、今は生気がないせいか、全然そんな風には見えない。

 ムートちゃんは私の言葉に天を仰いだ。

「【水蛇ナーガ】はな、水を操る蛇なんじゃ」

「うん」

「水をやいばのようにして飛ばしたり、水の膜でシールドを作ったりな、それはそれは戦いにくい魔物なんじゃ」

「うん」

「……つまり」

「うん」

「水がなければ──ただのでかいなにかじゃな」

「でかいなにか……」

 ムートちゃんはそう言うと、【水蛇ナーガ】をそっと指差した。

「ひと思いにヤるがいい。そして、秘宝を手に入れるのじゃ」

「いいの?」

 ムートちゃんは、強い【水蛇ナーガ】と私が戦い、秘宝を手に入れるのを期待していると思ったのだが。

 あっさりと今の【水蛇ナーガ】を倒していいと言われ、はて、と首をかしげる。

 すると、ムートちゃんは「うむ」と頷いた。

「余であればこの湖を元に戻すのも可能じゃ。だが、これもまた巡り合わせ。幼いエルフが引き寄せた運じゃろう」

「そっか」

 ムートちゃんは世界のいしずえとなったドラゴンだ。そういう面では達観しているのだろう。でも、私は──

「じゃんぷ」

 【はねうさぎのブーツ】で、ぴょんっと地面を蹴った。

 行く先は湖底。水の枯れた底に向かってふわふわと降りていく。

「なーが」

『……』

 【水蛇ナーガ】との距離はたった一歩。

 いかに弱っているといっても、今、【水蛇ナーガ】が暴れれば、私も困るだろう。

 【水蛇ナーガ】は私の存在を感知したようで、顔を伸ばした。

 だが、こちらに牙をく様子もなく、そのまま湖底に頭を置く。そして、片目をすこしだけ開けると、すぐにまたそれを閉じた。

 『好きにしろ』と。

 そういうことだろう。

「みず、かれたの?」

『……』

「だれがやったの?」

『ニンゲン』

「わかった」

 私は猫の手をぽすっと【水蛇ナーガ】の鼻の上に置いた。

「いま、ひほう、いらない」

 ムートちゃんは、倒して秘宝を手に入れろと言った。

 なんでもいい、技を一つ放つだけで、【水蛇ナーガ】に勝ち、一つ目の秘宝を手に入れることができる。圧倒的勝利。

 でも──

「……もっと、たのしいのがいい」

 ね! 圧倒的勝利もいいが、ゲームの面白さはそれだけじゃない!

 強敵に対して、レベルを上げたり、アイテムを駆使したり、パーティメンバーを変更したり、スキルの交換をしたり。それでもダメなら、たまには攻略動画を見たり。そうやって知略と技術、やり込み要素で勝つ! 私はそういうのも好きだった。

 だから──

「みず、もどす」

 ──涼雨の湖を元通りの姿に!

 そして、本来の強さを持った【水蛇ナーガ】と戦って勝つ。きっとこれが一番楽しい。

 【水蛇ナーガ】は私の言葉にぱちりと両目を開けた。私はそれにしっかりと頷く。

 そして、【水蛇ナーガ】から手を離し、ぴょんっと地面を蹴った。

「さみゅーちゃん、みず、もどしたい」

「はい! レニ様!」

 湖底から上がり、サミューちゃんのもとまで戻る。

 私の宣言に、サミューちゃんは笑顔で頷いてくれた。

 すると、ムートちゃんは肩を震わせていて……。

「ふはははは! おもしろい! いいぞ、幼いエルフ! 愉快だ!」

 牙を見せながら、高らかに笑った。

「余が手助けをすれば摂理を乱すかと思うたが、もはやそれも良し! 強い【水蛇ナーガ】と戦いたいというその希望、しかと聞き届けた」

 ムートちゃんは紫色の目をにんまりと細める。

「ここは雨が多い場所でな。森に降った雨が地下水となり、ここで湧き出す。それがまったのがこの湖じゃ。つまり、この湖が枯れたということは、水源である地下水に異変があったということじゃろう」

 そして、ビシッと森の奥を指差した。

「水の匂いはあそこで途切れておる。行ってみるか?」

「むーとちゃん、じょうほう、ありがとう」

 サミューちゃんに調べてもらうつもりだったが、ムートちゃんのおかげで手間が省けた。お礼を言うと、ムートちゃんはふふんと胸を張る。

「これぐらい、どうということはない! それより幼いエルフよ。今ここで【水蛇ナーガ】を倒すより、よほど事情が込み入って、めんどくさいことになるぞ?」

 そして、ムートちゃんの紫色の目が私を試すように怪しく光った。

 だから、私は「うん」と頷く。

「れに、いく」

 最高にきれいな【涼雨の湖】で、強い【水蛇ナーガ】と戦うために!

「さみゅーちゃん、いこう!」

「はい!」


 ムートちゃんが教えてくれた場所は湖より山側。たぶんそこで地下水がなんらかの理由で湖に流れ込まなくなってしまったのだろう。

 で、私たちはその「なんらかの理由」を探りに来たのだが、そこで見たのは──

「いけ?」

「なるほど……。地下水をみ出す大きな井戸を作ったということだったのですね」

「うむ。見事にここで水脈が途切れておるわ」

 ──貯水池。

 本来なら湖まで流れ込むはずの地下水を上流側の井戸で汲み出す。その水を溜めて、貯水池にしているようだ。

 これまでは【涼雨の湖】がその役割を担っていたのだが、それを人工的に作り出したのだろう。

「人工的なものだからか、水が濁っていますね」

「そうじゃのう。貯水池の造りももろいな。これでは大雨で水量が増えた場合、決壊しそうじゃな」

 サミューちゃんは眉をひそめ、ムートちゃんはやれやれと息を吐いた。

 二人からすると、この貯水池はあまりいいものには見えないようだ。

 それならば、湖に地下水が流れ込む、今までの形でよかったのではないだろうか。なぜ、これを作ったのだろう。

 はて? と首を傾げると、そこにどやどやと人の声と、草を踏む足音が聞こえた。

「おいおい、こんなところにこどもが三人もいるぞ」

「あ? また村のヤツらか?」

「懲りねぇな」

 ギャハハハと笑いながら現れたのは柄の悪そうな男が四人。それぞれが腰に武器をいている。

 男の一人が、はんっと鼻で笑った。

「何度来ても同じだ」

 どうやら私たちをどこかの村人だと思っているらしい。

 ということは、ここは村人が何度も訪れ、しかもあまりいい関係ではないということだろう。

「待て。よく見ろよ、全員、売れそうな見た目だぞ」

「本当だな。エルフに竜人に猫の獣人か?」

「エルフなんかめったに拝めねぇぞ。うわさには聞いていたが、こんなに美人なのか!」

 男たちがサミューちゃんを見て、ヒュウと口笛を吹いた。

 そして、サミューちゃんはそれを冷えに冷えた目で見ている。サミューちゃん、こういうの本当に嫌いなんだろう。割とよくこういう目をしているもんね……。

「あっちの竜人も珍しいが、あの猫獣人。あの歳なら売れるんじゃねぇか?」

「あー、そういえばあったな。こどもを相場の五倍で買ってくれる場所が……」

「あれなら高く売れるに違いねぇ」

 男たちはサミューちゃんから私へと視線を移した。その目はギラギラとしている。

 この視線は父母と暮らしていた村の借金取りと同じだ。ある一定の人間から見ると、私がお金に見えるらしい。

「あそこはもう買い取りはしてないんだとよ。上が消えたとかなんとか言ってたぞ」

「あ? そうなのか、惜しいなぁ。絶対高く売れただろうに……」

 男たちは残念そうに肩を落とした。

 どうやら、私がガイラル伯爵を倒したことに意味はあったらしい。この国にはびこっていたこどもをさらったり、売ったりすることはこれからは減るだろう。

 こどもを買う組織がなくなったのだから。

「とにかく、こいつらは村とも関係ないんだろう。ここは俺たちの土地だ。出ていけ」

 男たちはそう言うと、私たちを追い払うようにしっしと手を振った。

 私はサミューちゃんと目を合わせると、くるりときびすを返す。そして、そのまま男たちから離れていった。

「なんじゃなんじゃ、どうするんじゃ? 湖を復活させるんじゃなかったのか?」

「うん。みず、もどす」

「それなら、ここを壊すのが早いじゃろう。幼いエルフの力があれば一発じゃ」

「うん。れに、つよい」

 ムートちゃんがパタパタと空を飛びながら、サミューちゃんと私についてくる。

 ムートちゃんの言うことはもっともなので、頷いていると、サミューちゃんがふぅとため息をついた。

「レニ様にはレニ様のお考えがあるのです。まあ、ドラゴンにはわからないでしょうが」

「ムートちゃんと呼べと言っておるに! 余に厳しすぎるじゃろ!」

「レニ様は一度様子を見るおつもりなのです。風貌や態度、会話から悪人であることはほぼ決まりでしょう。あの施設は壊しても問題ないでしょうが、確証はありません」

 サミューちゃんはあの一瞬の視線のやりとりで私がなにをしたいのかを察してくれたようだ。

「まずは情報収集。そうですよね、レニ様」

「うん」

 サミューちゃんの言葉に頷き、【隠者のローブ】のフードをかぶる。

 これで気配を断ち、あの男たちを探るのだ!

「おお……幼いエルフの気配がなくなった。余でもどこにいるか探ることができないとは……。すごいものを持っているな」

 ムートちゃんが【隠者のローブ】の効果に驚いている。これは私が前世でやりこんだゲームのレアアイテム。こちらでも珍しいものなんだろう。

 というわけで。

「れに、これでさぐる」

「はい! 私は森から男たちを探ります。レニ様のそばにいますので、なにかあれば呼んでください」

「余は目立つからな。とりあえず、飛んでおく」

「うん」

 貯水池を作った男たちの目的を探っていきましょう!

 姿を消した状態で、男たちを探っていく。

 貯水池の近くには小屋があり、どうやら男たちはここに住み、貯水池を見回っているらしい。

 割と羽振りはよさそうだ。高そうなお酒がたくさんあるし、賭け事でもしたのか、メモ代わりに使われたと思われる紙には、レート設定高めの値段が書かれていた。

 さらに探っていくと、高い酒が並んでいる棚の一角に書類などが収められているのを見つけた。それを手に取り、中身を見ていく。

 内容を確認してみると──

「みず、うってる」

 ──それは、男たちが行っている商売の帳簿だった。

 どうやら男たちは、貯水池の水をふもとの村へと売っているらしい。

 村は【涼雨の湖】から流れるきれいな水を使って、作物を栽培して生計を立てていたようだ。だから、水が無くなるのは死活問題。

 そして、男たちはそれをわかった上で、【涼雨の湖】を枯らし、出来の良くない貯水池を作ったのだ。

 水を集めて売るという商売が悪だとは思わない。

 けれど、これは……。

 むーんと考え込む。

 書類の中から、一枚の紙を見つけた。革の書類じに挟まれ、ほかとは様子が違う。それを手に取ると、小屋の外から、懇願するような声が届いた。

「お願いしますじゃ。ここにお金は用意しました」

「最初にこの土地を売った額の倍ある。これでここを買い戻す」

「これならいいだろう!?

 ただならぬ様子に、声の主たちを探すために外へ出る。

 そこにいたのは、老人と中年男性が二人。

 貯水池にいた男たちに向かって、革袋を差し出していた。ずっしりと重そうだ。

「まあ、金はもらってやる」

 男の一人が老人の持っていた革袋をひったくるように奪う。

 老人は勢いでよろめき、両脇にいた中年男性が慌てて支えた。

「これは今週の水代だな」

「なっ!?

「俺たちはここを買い戻す金として持ってきたんだ!! 水代がそんな高いわけないだろ!」

「ああん? 売値は俺たちが決めるんだよ。高いって思うなら、水を買わなきゃいいだろ」

「くっ……そんなこと無理だってわかってるだろ! この辺りにほかに水場はない。ここの水で俺たちの村は暮らしてたんだ……っ!

「お前たちは水がいる。水は俺たちが持っている。水が欲しいなら金を払う。そして、売値は売るほうの俺たちが決める。当たり前だろう? バカが」

「俺たちはここを売る気はねぇ。この土地は俺たちが正式にお前らの村から買い取った。権利書もちゃんとある」

 私は手に持っている革の書類綴じを見た。きっとこれが土地の権利書だろう。

 男たちはハハハッと下卑た笑みを浮かべる。

「俺たちは法律にのっとって商売をしているだけだ。お前たちから土地を買った。お前たちだって『こんな田舎の山を買ってもらえるなんてありがたい』って言ってたじゃないか」

「それは……。じゃが、このままでは、村で作物を育てることはできませんですじゃ。水が高すぎます。そもそも水に値段はかかっていないはず……それをこんなに高額で売るなんて……」

「はぁ? 安く仕入れたものを高く売る。当たり前だ。需要と供給だろう? 水代が高いなら、作物に水代を上乗せして売れ」

「そんな高すぎる作物、だれが買うってんだよ!」

「それを考えるのは俺たちじゃなく、お前らの仕事だ。とにかくこの土地は売らねぇ。水なら売ってやる」

「このままじゃ……村は消えるしかないぞ……」

「俺たちはお前らがどうなろうと知ったこっちゃねぇんだよ!」

 老人は肩を震わせ、中年男性は悔しそうに顔をゆがめている。

 男たちはそれを見て、ニヤニヤと笑ったあと、村人たちを追い返した。

 よし。わかった。

 心を決めた私は、森へと隠れているサミューちゃんへと【精神感応テレパシー】を飛ばす。

『さみゅーちゃん』

『はい! レニ様!』

『──おとこたち、たおす』

『承知しました!』

 私の憧れの『涼雨の湖』を枯らしてまでやっていたことは、水の転売。しかも村を滅ぼすようなものだ。

 長い目で見れば、村が滅びることは男たちにとっていいことではないはず。だが、男たちは村が滅びようと、目先の金を手にすればそれでいいのだろう。

 村が滅びれば、別の土地へ行く。そうやって目先の金のために、場を荒らし、その場を衰退させて、また次の場へ。

 ……胸がムカムカする。

 私は男たちの前に立つと、フードを外した。

「あのね」

「「「あ!? なんだっ!?」」」

 男たちは突然現れた(ようにあっちからは見える)私に驚き、うわっと身構える。

 私は気にせず、手に持った革の書類綴じを見せた。

「これ、おじいちゃんたちに、わたすね」

「は……はぁ!? それは、俺たちの土地の権利書じゃないか!」

「いま、おかねもらったの、みた。れに、しょうばいのしょうにんになる」

「なに言ってんだ、このガキ! 返せ!!

 私の手にある土地の権利書を見て、男たちは頭に血が上ったらしい。

 男の一人が私に飛びかかってくる。

 私はトンッと地面を蹴り、男の突進を横にかわした。

「ぐぅっ!? は……? なんだ、こいつ……?」

 私を捕まえるつもりだった男は地面にズシャッと滑り込む形になった。

 地面と私を交互に見て、唖然としている。

「おしえてあげる」

 私はそれを見下ろし、淡々と告げた。

「おかねもらったら、しょうひんをわたす」

 ね。商品を渡さず、お金だけもらうのは詐欺です。

「うるせぇ! このガキ!」

「なんかこいつ、変だぞ! 全員でかかれ!!

「「「おう!」」」

 男たちは全部で四人。最初に見つけた人数が全員いるようだ。

 それぞれが私を警戒しながらも、じりじりと向かってくる。

『さみゅーちゃん、さみゅーちゃん』

『はい、レニ様!』

『おかね、とれる?』

『お任せを!』

 サミューちゃんに【精神感応テレパシー】を飛ばすと、即座に返事がくる。

 そして、瞬間、近くの木の上から、一筋の光が伸びた。

 光はまっすぐに、男の一人が手に持っていた革袋へと向かっていく。

「ひっ!?

 男が情けない悲鳴をあげると、革袋は手から離れ、そのまま斜め下の地面へと落ちる。しっかりと突き刺さった矢とともに。

 さすがサミューちゃん! 正確!!

 ──あとは、吹き飛ばすだけ!

「ねこのつめ!」

 みんなまとめて。

「おほしさまになぁれ!」

 ──キラン。

「よし」

 男たちを星にしたあと、地面に落ちたお金の入った革袋へと近づく。

 サミューちゃんの弓の腕はさすがで、革袋に穴が開くということはなく、ちょうど革袋の口を結んでいた部分に矢が刺さっていた。

 矢を地面から引き抜き、革袋を拾う。

 すると、木の上からサミューちゃんが降りてきて、空を飛んでいたムートちゃんも私のそばへと舞い降りた。

「それでどうするんじゃ? この貯水池を管理して、村から金を巻き上げていたやつらはいなくなったが、貯水池がこのままでは湖に水は戻らんぞ?」

 ムートちゃんがいまだに濁った水が溜まる貯水池を見る。

 大きさは湖よりは小さいがそれなりにある。小学校の25mプールよりは大きいかな。あと深さもある。

 粗雑な造りの貯水池はこのままにしておけば決壊し、山を下り、村へと被害を及ぼすだろう。

 水代を巻き上げられることはなくなったから、村人がここを管理していく道もあるとは思うが……。

「ちょすいち、なくす」

 私がそう言うと、サミューちゃんが貯水池を見回しながら呟いた。

「この貯水池は元の山を崩し、掘り込んで作ったようです。まずは下へと掘り、地下水脈を当てたのちに、横へと広げていったのでしょう」

「うん」

「水脈が地表からあまり離れていないために、こうして貯水池を作れたようです。……どうしてここは水脈の場所が浅いとわかったのでしょうか……」

「普通の人間ならわからないじゃろうな。運が良かったのか、はたまた」

 サミューちゃんの話にムートちゃんが眉根を寄せて、うーむとうなった。


「幼きエルフよ。ここに溜まっている水をなくしても、すぐにまた水はあふれてくるぞ。掘り抜いた部分を周りの地面と同じにしても、川のようになるだけじゃ」

「そう……ですね。レニ様のお力であればここを壊すことはできるでしょうが、そうすると水が決壊してしまいますね」

 サミューちゃんも難しそうな顔をしている。

 が、私は大丈夫! と胸を張って答えた。

「れに、できる。みてて」

 とてとてと貯水池に近づく。

 そして、貯水池の水に向かって猫の手で指を差した。多すぎず、多すぎず……。エルフの森でハサノちゃんと修行したことを思い出して……。

 胸のあたりの熱さが、ゆっくりと指先へと集まっていく。これが魔力が【魔力路】を通っていく感覚だ。そして──

「──まほう、【でんしれんじ】」

 ──パチンとウインク。

 その瞬間、ボッと貯水池の水が沸き、そのまますべてが蒸気へと変わった。

「れ、っレニさまっ!?

「ぶふぉっ、おい、なんじゃこれはっ!!

 突然、蒸気が立ち上ったため、一体に白い雲のようなものができる。

 たぶん熱いので、触れないようにして……、と。

「ねこのつめ!」

 ジャッと右手を振るい、竜巻を発生させる。すると蒸気はそれに巻き込まれ、そのまま空へと上っていった。

「よし」

 うまくいった! 想像通り! 我ながらうまくいったので、思わずふふふと笑ってしまう。

 水を蒸気に変えたのは、私のオリジナル魔法、名付けて【電子レンジ】!

 その名の通り、電子レンジの要領で、水分子を動かすイメージで行使する。今回はそのまま水に使用し、沸騰させて蒸気に変えたのだ。

 ハサノちゃんと【魔力操作】の練習をしていたとき、熱中しすぎて、せっかく持ってきてくれたあたたかいお茶が冷めてしまったときがあった。それを温めようとして、使ってみたらできるようになったのだ。

 魔力の量としては。【蠢く鎧リビングメイル】に使った浄化の魔法より全然消費量が少ないらしく、思いっきり使わなければ大丈夫だろうとハサノちゃんからも言われている。

 ゲームにはないオリジナル魔法だ。

「レニ様、お体は大丈夫ですか!? 魔力暴走は……!」

「だいじょうぶ。こんとろーるできてる」

 サミューちゃんが焦った様子で私の体を確認するように抱きしめる。なので、安心させるために、ぽんぽんと肩をたたいた。

「まだ、みてて」

「っ、はいっ!」

 サミューちゃんが私の言葉を聞いて、体をそっと離す。

 私はサミューちゃんに親指を立ててみせると、そのまま水の消えた貯水池の底へと降りていった。

「ちゃくちよし」

 ゆっくりふわふわと降りると、水のなくなった貯水池は、水の枯れてしまった【涼雨の湖】と同じ感じだ。

 違うのは、山側の底から水が湧き出ていることだろうか。ここに水脈があったのだろう。

 水脈はまだ枯れておらず、水量も十分だ。

「せいち、する!」

 私はよし! と気合を入れ、アイテムボックスを開いた。

 取り出すものは──

「つち」

 土!

「つち、つち、つち!」

 私が、そこ! と指差した場所に四角く切り取られた土がボコッと置かれる。私は横へ移動しながら、まずは貯水池の底、横一列に土を並べていった。

 ゲームでおなじみのあれである。一ブロックずつ置いていけるやつだ。ホーム設定している土地に家を建てたり、畑を作ったりいろいろできる要素があった。

 現実で一ブロック単位として考えると、こうして突然、四角い土が出てくるのがすこし不思議だが、端からしっかりと埋めていけば大丈夫だろう。

 そうして作業をしていると声がかかり──

「なんじゃこれは……! 幼いエルフよ、今、なにをしておるのじゃ!?

「つち、うめてる」

「それは見ればわかる! そうじゃないぞ! どうして、なにもない空間からものを取り出せているんじゃ!? しかもその土は、『まるで地面から切り出したまま』ではないか!」

「うん。そのままだよ」

 ムートちゃんが底まで降りてきて、私が出した土を触り、ふぉぉぉおお! と驚いている。

 続いて降りてきたサミューちゃんも土のブロックを触り、ごくり、と喉を鳴らした。

「レニ様……これは、シュルテムの屋敷に行く際、地下道を作ったことと関係がありますか?」

「うん。このつち、つるはしでほったあと」

「……あのとき、おかしいと思ったのです。地下への道を掘っていれば、確実に残土が出るはず。なのにそれが一切出なかった」

「れに、もってた」

「っそう、そうなのですね。……さすがレニ様です。私の考えのはるか高みをあっという間に飛んでいくのですね」

 シュルテムの屋敷の地下に行くために、地下道を作ったのは三歳のときだったなぁ。懐かしい!

 今、私が出した土はゲームで溜めていたものだから、あのときの土ではないかもしれないが、まあ、基本は一緒だ。一ブロックずつ削った土はそのままアイテムボックスへ仕舞われる。そして、こうやっていつでも出せる。

「この説明で納得できるのか!? 土魔法で周りの土を崩し、埋めているわけじゃないんじゃぞ! こんな……まるでなにもなかったかのように元に戻せるなぞ……」

「はい。普通ならば、掘られた池を埋めるには、どこかから持ってきた土で埋めるしかありません。しかし、一度掘ってしまった土で同じような土地とするのは不可能です。どれだけ踏み固めても、そこはやわらかくなってしまい、雨で土が流れ出してしまったり、水が浸透し、そこだけ他より地面が下がってしまい、結局、池に戻ってしまう可能性が高い」

「じゃが、幼いエルフが出した土はどうじゃ……。この硬さ、この質。すでに周りの土とみ、初めからこういう形に掘り込まれたようではないか……」

「これならば……掘られてしまったこの土地は元通りになりますね」

 二人が戦慄わなないたあと、私を見る。

 だから、私は、自信たっぷりに頷いた。

「れに、できるっていった」

 そう! 貯水池を最初からなかったかのように。そして、水脈を枯らしたり、場所を変えることなく、そのまま湖に戻すのだ。

「ここは、つちやめる」

 私が指差した場所。そこは水が湧き出ている場所だ。ここに土を置いてしまうと、水脈の流れをふさいでしまう形になってしまう。なので、ここは……。

「まるいし」

 アイテムボックスを選んで指差せば、そこにポコンと丸石を敷き詰めたブロックが出現した。

「は!? 土だけじゃないのか!?

「そざい、いっぱいある」

「な、なるほど……。土だと水は流れない。けれど、丸石であれば隙間があるためそこを水が通るというわけですね」

「うん。もっときれいにできればいいんだけど……」

 本来なら、土のちょっとした割れ目とか、大岩と大岩の隙間などだった可能性もある。しかし、まったく同じかたちに再現というのは難しい。

 ので、ここは湖までの水脈が復活すればいいと考えて、丸石で水の道を作ることにする。

「のこり、ぜんぶやる」

 サミューちゃんとムートちゃんに声をかけて、どんどん作業を続けていく。

 土をポコポコ出し、丸石を湖への水脈へつなげて……。ときどき失敗するので、そんなときは【つるはし(特上)】を装備して、土を壊した。

 水脈を繋げたあとは、地面の高さまで、四角に切り取られた土を置いていけば──

「できた!」

 ──貯水池はきれいさっぱりなくなりました!

 ゲームだと一マスずつ置いていく単純作業になるのだが、こうして実際にやってみると割と体力も必要だった。

 土のブロックを一つ置いたら隣、一つ置いたら隣と移動し、さらに段が上がるときは、よいしょと登らないといけないしね。

 達成感に額の汗をぬぐう。

「なんじゃその、規格外の能力は……」

「さすがレニ様です……! すばらしい力です……!」

 元の地面と私が置いた土との境目を触ったあと、二人はそれぞれの表情をした。

 ムートちゃんはあきれかえったという顔。サミューちゃんは胸の前で両手を組み、私を崇拝するような感じ。

 私はそれに「うん」と頷いた。

「これで、なーが、たたかえるね」

 ──さあ、【水蛇ナーガ】と対決です!

 さっそく、【涼雨の湖】へと戻り、うまくいったかどうかを確認する。

 まだ水位はほとんど変わっていない。けれど、水脈はしっかり繋がったようで、湖底がどんどん潤ってきていた。

「なーが、どう?」

 湖底でとぐろを巻いている【水蛇ナーガ】に声をかける。

 最初に会ったときは、覇気がなく、ぐてっとしているようだったが、今はシュッと素早く頭を起こした。

 二股に分かれた舌がチロチロと動く。

『ミズ、モドッタ』

「うん。いっぱいになったら、たたかおうね」

 そう伝えると、【水蛇ナーガ】はまた頭を湖底へと戻した。どうやらあふれてきた水を全身で感じているようだ。

 浅い水位に浸していた体がうれしそうにうねうねと動いている。

 これなら、水さえ戻れば、強い【水蛇ナーガ】と戦えそうだ。

「どれぐらいで、いっぱいになるかな?」

「どうでしょう。この調子であれば一週間ほどでしょうか」

「この湖も大きいからな。元の通りの水位になるにはそれぐらいかかるじゃろう」

「そっかぁ……」

 思っていたよりも時間がかかる。一度、壊したものは普通はなかなか戻らない。一週間で戻るなら御の字だ。

「じゃあ、そのあいだ、むら、いってみる」

「麓の村ですか?」

「うん。おかねをかえす」

 というわけで、麓の村へと移動する。

 村はいかにも農村といった様子だ。水車がいくつかあって、本来なら【涼雨の湖】から流れる豊かな水を使ってたくさんの作物を育てていたのだろう。

 今は水路は枯れ、水車が止まってしまっている。たくさんの畑も作物が植えてあるのはわずかなところだけだ。

 村人の顔も一様に暗い。やはり、農村にとって水というのは大切なのだ。

 私とサミューちゃんとムートちゃんと。三人で村へ入っていく。すると、すぐに女性が声をかけてくれた。

「旅の方ですか?」

「はい、そうです」

「まあ……それはこんな田舎までよくいらっしゃいました。……やはり、名物の大水車を見に来たのですか?」

 女性はそう言うと、村の一点を指差す。

 そこにはとても大きな水車があった。いくつかある水車のうち一番大きい。

「だいすいしゃ?」

「あら、大水車を見に来たわけじゃないのかしら? この村で旅の方がいらっしゃるときは、みんな大水車を見に来るので……」

「たしかに、とても大きな水車です。あれで畑に水を送っているのですね」

 女性の言葉にサミューちゃんが「なるほど」と頷く。

 どうやらあの大きな水車がこの村の観光スポットらしい。

「大水車が水で回る様子はとても人気がありました。力強い水車と美しい水。カラカラ、ギィギィと鳴る木の音も褒めてもらっていたのですが……」

「れに、みたい!」

 素敵な観光案内にワクワクして、思わず声をあげる。

 けれど、女性は申し訳なさそうに、眉根を寄せた。

「……ごめんなさい。今は、止まってしまいました」

「あー……水が無くなったからか」

「はい……もう、二度と……動くことはないかもしれません」

 ムートちゃんがやれやれと肩をすくめる。

 女性は悲しそうに顔を伏せた。

「とても……、きれいだったのに……っ」

 女性はそう言うと、急いでハンカチで目元を拭った。

 村がこれからどうなってしまうのか、それを考えると、つらい気持ちになってしまうのだろう。

 私は女性の手をそっと握った。

「だいじょうぶ」

 私の言葉に女性が顔を上げる。

 私は元気づけるように、「うん」と頷いた。

「ぜんぶ、もとどおり」

 そう。すべて解決したのだ!

 ただ、まだ湖の水位が戻っていないため、村の水路は枯れてしまっている。女性に私の言ったことはわからなかっただろう。

 けれども、私の手をぎゅっと握り返してくれた。

「……、そう……ね……ありがとう。すこし元気が出ました」

「うん。まっててね」

 湖に水が溜まるまで一週間はあるらしいので。

 すると、ちょうどそこへ老人が通りかかった。あれは──

「ちょすいち、いたひと」

 ──貯水池でお金の入った革袋を持っていた人だ。

「あ、村長をご存じですか?」

「そんちょう」

 女性の言葉に「なるほど」と頷く。あの老人は村長。つまりこの村で一番偉い。きっとあのお金は村を代表して持ってきたんだな。

 すごく悲壮な顔をしているのは、土地の権利書も手に入らず、お金も取られ、最悪の状況になってしまったからだろう。

 女性の手を離し、村長のもとへ、てててと近づく。

 そして、「はい」と持っていたものを差し出した。

「これ」

「あ、旅のお方ですか? わしになにか用でしょうかな……」

「うん。これ、おちてた」

 私が差し出したのはお金の入った革袋だ。

 それが革袋だと認識した途端、落胆していた村長の目がカッと見開かれた。

「こ、これは!? 儂らがさっき持っていったものじゃ……? な、なぜ、これを!? どういうことじゃ!?

 驚いている村長を気にせず、そのまま革袋を渡す。さらに、【隠者のローブ】の下に持っていた革の書類綴じも「はい」と渡した。

「おちてた」

 その途端、さらに村長の目が見開かれた。

「こ、これはぁあ!? と、土地の、け、権利書じゃぁ……!?

「うん。おちてた」

 とても驚いている村長を気にせず、革の書類綴じもそのまま渡す。

 よし。これで任務完了!

 村長から離れようと足を動かす。しかし、それはうまくいかず──

「お、待つんじゃ……いや、お待ちくだされ……! これは、これは儂らの村にとって非常に大切なものですじゃ。ほ、本当に、お、落ちていましたでしょうか……!」

「……うん」

 ズササッと目の前に回り込まれ、しかも地面に膝をついている。なぜか言葉も敬語に変わっていて、熱意がすごい。

 思わず一歩下がれば、私をフォローするようにサミューちゃんがそっと背後から支えてくれた。

 私としては「落ちていたなら、そうなんだな」となる予定だったのだが、どうやらそれはうまくいかなかったらしい。

「あなた様方が、儂らを救ってくださったのでしょうか……! どうぞ、どうぞ、なにとぞ、そのお話をお聞かせください……!」

 村長はそう言うと、事の成り行きを見守っていたらしい、周りの村人たちへと声をあげた。

「みな! この方々が土地の権利書とそれを買い戻すはずじゃったお金を、取り戻してくださった……? こちらへ来るのじゃ!」

「「「まさかっ!!」」」

 う……なにやらすごいことになってしまった……。気がつけば、村長のうしろにもたくさんの村人が膝をつき、私を見上げている……。

 おかしい……父と母に「おちてた」と借用書を返したときは、うまくいったのに……。こんな……こんな、おおごとになるなんて……。

「さ、……さみゅーちゃん」

 思わず、サミューちゃんのスカートの裾をクイクイと引っ張り、心細さをアピールしてしまう。ちょっとちょっと相談を……。

「くっううぐっぅ」

 そんな私の行動がサミューちゃんのなにかを刺激してしまったようで、サミューちゃんの目が一瞬白目になった。あ……。

 しかし、さすがに今はダメだと踏ん張ってくれたようで、サミューちゃんは体を細かく震わせながらも、表情だけは冷静さを取り戻した。

「……みなさん、落ち着いて聞いてください。この村の窮状はすべてではありませんが、わかっています。水源を奪われた農村。その心情は察して余りあります」

 サミューちゃんがりんとした声で村人をいたわった。

 美少女であり、エルフであるサミューちゃんが人々の視線を集めて、演説のようなものをする姿は絵になる。……体はずっと小刻みに揺れているが。

「今、みなさんを苦しめていた者たちは消え、権利書もお金も返ってきました。そして……【涼雨の湖】もいずれ水位が戻り、ここの生活も元のように戻るでしょう」

「「「おおおおお……!!」」」

「ちょうど今、水路にも水が流れたようですね」

 サミューちゃんの言葉に村人が水路へと視線を走らせる。

 すると、たしかにこれまで枯れていたはずの水路にわずかだが水が流れていた。

「本当だ……!」

「水が……水が戻ってきている……!」

「よかったなぁ、よかったなぁ……!!

 水路の様子を見た村人が沸く。それぞれが声をあげ、お互いに抱き合っている人もいた。

 サミューちゃんは発言をやめ、村人たちが喜びを分かち合うのを見つめる。

 そして、すこし落ち着いた頃合いを見計らい、また凛とした声を発した。

「だれが? なぜ? どうやって? もちろん、そのような疑問も当然です。ですが、それはまつなこと」

 サミューちゃんはそこまで言うと、一度、言葉を切った。

 村人はサミューちゃんの雰囲気にまれ、ごくりと唾を飲む。

 サミューちゃんは村人を見下ろすと、まっすぐに言い切った。

「──これは、奇跡です」

「「「おおぉぉぉおお……」」」

「この幼い体に、奇跡を体現されているのです」

「「「おおお……」」」

 サミューちゃんはそう言うと、大切なものを扱うように私の手を取る。

 すると、村人の目が私へと集中して──

「みなさんはただ感謝すればいいのです。──奇跡が、ここに、降臨されたことを」

「「「おおおおお……」」」

 村人の歓声が地鳴りのように広がっていく。

 いや、でも、なんか、どういうこと……? 力は隠したほうがいいんだよね?

 慌てて、サミューちゃんに【精神感応テレパシー】を飛ばす。

『さ、さみゅーちゃん、さみゅーちゃん……どういうこと?』

『レニ様。今回は力を隠すのは不可能だと考えました』

『うん』

 それは、……そうだろう。「おちてた」作戦が全然うまくいかなかった。

『ですので、ここは逆にレニ様のお力を信仰まで上げておくことがいいだろう、と判断しました』

『しんこう……』

 それはつまり、すうはいとかけいとかそういうことだよね?

『人間は自分と同じものであると思えば、利用することや取り込むことを考えてしまうもの。しかし、奇跡はだれのものでもありません』

『なるほど……』

 わかるようなわからないような……。

 ただ、村人たちが雰囲気に呑まれ、〝だれが、どうやって行ったか〟を考えないでいてくれるのはいいことだろう。

 〝私が、魔法と、アイテムボックスと、装備品で、いろいろとした〟ことを説明するわけにはいかないしね。

「さぁ! あがめるのです。 奇跡を!! その身に浴びるのです!!

「「「おおおおお!!」」」

 ……浴びる?

 扇動するサミューちゃんと、熱狂する村人を前に、私はそっと目を閉じた。




        


 あれから一週間。

 無事、湖は元の水位を取り戻し、村の水路も潤った。

 大水車が回り始めたときは、村人と一緒に大盛り上がり。お祭りみたいだったよね。

 そして、村人は私のことを「お猫様」と呼び、すれ違うたびに目を伏せるようになった。どうやらサミューちゃんが「直接、姿を見るのは失礼に当たる」と説いたらしい。

 村を歩きながら、サミューちゃんに【精神感応テレパシー】を送る。

『さみゅーちゃん、やっぱりへんじゃない?』

『レニ様のお顔を覚えて絵姿などにされては困りますので。せっかく信仰心を植えつけたのですから、利用しない手はありません』

『れにのえすがた、かくかなぁ……』

『それは間違いありません。現に今、あちらに』

『うん?』

 サミューちゃんが示した方向へ視線を向ける。

 そこには村人がいて、掘り出してきた石でなにかを作っているようだ。

「……せきぞう?」

「はい。あちらはレニ様の像です」

「れにの……ぞう……?」

 予想もできなかった言葉に驚く。私の像? え、本当に?

 近づいて、作業をじっと見守る。

 私ぐらいの大きさの石。それが彫られていく。まだ完成ではないようだが、ほぼ形はできあがっているようだ。

 像の上部にある三角は……私の猫耳。そして肩に溜まる布は【隠者のローブ】のフード。うん。手は【猫の手グローブ】だ。

 顔部分はぼやっとしているが、これはわざとなのだろう。

 サミューちゃんが村人に私の顔を見てはいけないと説いているため、そこだけは彫られていないのだ。

 石工さんが上手なのか、細部もとても凝っている。

「わたしだ……」

 たしかに私だ。顔以外の部分、全部が私だ……。

 呆然と呟くと、サミューちゃんは満足そうに頷いた。

「この像はレニ様の素晴らしさ、尊さ、魅力が一かけらあるかないかしか表現できていませんが、その志はすばらしいですね」

 目線が上からなのはいつも通り。

 石工さんがいやな気分にならないかとハラハラしたが、話が聞こえているはずの石工さんは気にする様子はない。

「──その者、白き衣をまとい、この地に降り立たん。手をかざし地を造り、手を握り水を生み出す。まさに奇跡の降臨である。我ら村人、そのわざにて窮地を脱す。子々孫々語り継がん」

 石工さんは夢見るように言うと、また作業に没頭していく。

 どうやらその文言が像の台座部分に彫られているようだ。

「おおごと……」

 まさに大事。壮大な感じになってしまっている……。

 おののく私に対し、サミューちゃんは「この手はもっとふわふわです」やら「お耳はもっと理知的です」と石工さんに横からあれこれと注文をつけていた。そして、石工さんもそれに応えている。


 そして──

「なーが、しょうぶ!」

 像のことは忘れて!

 【水蛇ナーガ】と一戦です!

「ふはははは! 水を使える【水蛇ナーガ】は強いぞ!」

「うん!」

 湖に移動し、【水蛇ナーガ】とたいする。

 最初に見た活力のなかった【水蛇ナーガ】とは違う。今の【水蛇ナーガ】は私をまっすぐに見つめ、目を光らせている。活力! 覇気!

 ムートちゃんは空中に浮かび、楽しそうに私たちと【水蛇ナーガ】を見ている。観戦モードだ。

 サミューちゃんは私の隣でぐっと弓を構えた。

「さみゅーちゃん!」

「はいっ!」

 声をかけた瞬間、サミューちゃんが矢を放つ。

 魔力を込めた一矢は、【水蛇ナーガ】に向かって飛んでいった。しかし──

「そんなもの! 水のバリアで【水蛇ナーガ】には届かんぞ!」

 矢は【水蛇ナーガ】の体に届く前に、水の壁に阻まれる。

 魔力を込めた矢は一枚目の水の壁を貫通したが、次々に出現する水の壁を破ることはできず、三枚目の壁によって、トプンと周りを囲まれてしまった。

 威力を失くした矢はそのまま水に取り込まれ、ポイッと岸辺へと投げられた。

「かっこいい……!」

 これが【水蛇ナーガ】。水を扱い、攻撃を無効化できる!

 思わず、きらきらした目で【水蛇ナーガ】を見つめれば、【水蛇ナーガ】は誇るようにニッと笑みの形に口を引き上げる。

 そう。これだ! この【水蛇ナーガ】と戦いたかったのだ。

「レニ様! 次は連続で行きます!」

「うん! れにもいく!」

 ワクワクする気持ちのままに、サミューちゃんの矢に合わせて、岸辺を蹴った。

「じゃんぷ!」

 まずは真正面から!

「ねこぱんち!」

 【飛翔ジャンプ】の勢いをそのままパンチに乗せて!

 私の必殺の一撃を前に、【水蛇ナーガ】は一声、『シャー!』と鳴いた。

 その瞬間、水が私に向かってくる。水は私を包み込んでいった。

「まけない」

 でも、大丈夫!

 水に包まれたぐらいで止まる勢いじゃない。

 水に包み込まれながらも、【水蛇ナーガ】へと進む。が、やはり水の力は強く、スピードが落ちていく。そして──

『シャシャー!』

 ──【水蛇ナーガ】が体をぐるんと反転させた。

 その途端、【水蛇ナーガ】の尻尾が私の体に激突した。

「レニ様っ!?

 尻尾の威力に負け、体がポーンと飛んでいく。

 サミューちゃんは慌てて私の落下点へと走り、【羽のブーツ】の効果により、ふわふわと落ちていく私を受け止めてくれた。

「お身体は!? 大丈夫ですか?」

「うん。こうげきは、にくきゅうくっしょんで、ふせいだから」

 そう。私は【水蛇ナーガ】の尻尾が当たる瞬間に【猫パンチ】をやめ、尻尾を肉球で受け止めたのだ。ただ、攻撃は防げたが、勢いがあったため、うしろへとはじかれてしまったのだ。

「つよいね……!」

「はい。私の矢もすべて無力化されてしまいました」

 サミューちゃんが悔しそうに呟く。

 どうやらサミューちゃんの連撃も、先ほどと同じように、すべて水の壁に阻まれたようだ。

「水があれば【水蛇ナーガ】はほぼ無敵じゃからの。ほれ、攻撃も来るぞ!」

 ムートちゃんの声に、【水蛇ナーガ】を見れば、空中に水の塊がいくつもプカプカと浮かんでいた。

 そして、それが、私たちに向かって飛んでくる。

「水の弾丸、ですかっ!」

「さみゅーちゃん!」

「お任せください!!

 サミューちゃんが私を抱きかかえたまま、地を蹴る。

 水の弾丸は私たちのいた地面に着弾すると、そのまま弾けた。えぐれた地面が威力を物語っている。

 当たれば、サミューちゃんも私もひとたまりもないだろう。

『シャーッ!!

 【水蛇ナーガ】が一声鳴くと、またしても空中に水の塊がプカプカ浮かぶ。

 壁として防御もでき、弾丸として攻撃も可能ということだ。

 【水蛇ナーガ】は私たちが攻撃してこないとみると、また弾丸として、私たちに水の塊を放った。

「このような攻撃、レニ様とともにいる私に当たるはずがありません!」

 サミューちゃんはそう言うと、再び地面を蹴った。

 弾丸の数は先ほどより多い。地面だけでなく、空中にいる私たちを追いかけているようだ。跳躍のタイミングと距離に合わせたのだろう。私たちの着地地点へと弾丸が迫る。このままでは当たる……! しかし──

「はっ!」

 サミューちゃんがそう気合を入れると、みどりいろの目がきらりと光った。

 その瞬間、サミューちゃんが空中を蹴り、降りる場所と方向を変える。

 水の弾丸は私たちが着地する予定だった、だれもいない場所で弾けた。空中にある弾丸はまだこちらを追っているが、サミューちゃんはまた空中を蹴ると、大きく上へと跳んだ。

 私たちを追い、低空飛行していた弾丸は、急激な軌道変更についてこれず、そのまま地面へと着弾する。

 水の弾丸が消えたことを確認し、サミューちゃんは大きな木の枝へと着地した。

「いくら放っても同じことですよ!」

 木の上で堂々と言い放つサミューちゃん。かっこいい……!

「さみゅーちゃん、すごい!」

「はい! これは新技【レニ様の尊きお姿】です!」

「……え?」

 突然、よくわからない単語が聞こえた。ちょっとよくわからなかった。

 驚いて聞き返すと、サミューちゃんは笑顔で頷いた。

「技の名前です!」

「……わざの?」

「はい! この技は一度、披露しましたが、技名は伝えておりませんでしたね。レニ様の【二段ジャンプ】から着想を得ましたので、そのような呼び名にしております」

「うん……」

 空中を蹴り、体をひねる、とってもかっこいい技。その技名が【レニ様の尊いお姿】というのは、おかしいと思う。が、サミューちゃんの技だからサミューちゃんがそう決めたならそうなんだろう……。

『シャーッ!

 【水蛇ナーガ】はまた水の弾丸を発射する。

 それに対しサミューちゃんは、体をひねり、宙を蹴り、水の弾丸のすべてをけきった。すごい。

 これならば、回避はサミューちゃんに任せて、私は攻撃に専念するのがいいだろう。

「ねこのつめ!」

 サミューちゃんに抱きかかえられながら、ジャキッと爪を出し、【水蛇ナーガ】に向かって、竜巻を繰り出す。だいたいの相手はこれに巻き込まれ、弾き飛ばされて勝てるのだが……。

『シャッシャーッ!

 【水蛇ナーガ】が鳴くと、湖に巨大な渦巻きが起こった。

 私が作った竜巻はその渦に吸い込まれていく。そして、そのまま湖の水を巻き上げていき……。

「きえちゃった……」

 私の作った竜巻が……。

 なんていうんだろう。水に飲み込まれたというのだろうか。渦巻きによって進行を阻まれた竜巻は、水を巻き上げながらその場で力を失くしてしまったのだ。渦巻きから逃れられなかったのがよくなかったのだろう。

「さみゅーちゃん、れに、いく」

「はいっ!」

 渦巻きを作っていたため、今、【水蛇ナーガ】は水の弾丸を出せていない。

 私はその一瞬を見逃さず、サミューちゃんに頼み、地面へと降ろしてもらった。

 そして、地面を蹴り、また【水蛇ナーガ】のもとへ飛び込んでいく。

「じゃんぷ!」

 しかし、【水蛇ナーガ】も私に気づいたようで、すぐに水の塊が空中に浮かんだ。

「レニ様には撃たせませんっ!」

 サミューちゃんがそう言って、矢を何本も放つ。

 すると、水の塊は矢を受ける水の壁となるため、私に向かってくる弾丸にはならなかった。

 湖から上がってくる水が私を包み込もうとする。なので……!

「ねこぱんち!」

 包み込まれないよう、水をパンチ!

 私を包み込もうとしていた水が、弾けて落下していく。だが、すぐに水は集合し、また私を包み込もうとする。

「ねこぱんち! ねこぱんち! ねこぱんち!!

 でも、大丈夫! 私だって何度でもパンチが打てる! そして、【水蛇ナーガ】に近づいたところで──

「でんしれんじ!」

 魔法【電子レンジ】!

 湖に向かって、パチンとウインクをすれば、湖がボコボコっと一瞬、泡立った。

「なんじゃぁ? 結局、水を干上がらせて戦うのか? それでは湖の水を戻して戦った意味がないじゃろうに」

『シャ?』

 空からがっかりしたような声がする。

 きっと、私が貯水池を枯らせたときのように、水を沸騰させて、【水蛇ナーガ】から水を奪うと思ったのだろう。

 【水蛇ナーガ】も水の変化に気づいたようだ。だが──

「みず、りようする」

 そう! 水を消し、無力化した【水蛇ナーガ】と戦うのではない。私自身が水を利用するのだ!

「さみゅーちゃん! なーがのからだのした、うって!」

「承知しましたっ!!

 サミューちゃんの声をかけながらも、私は前へと進んでいく。

「はっ!!

 サミューちゃんの気合の声とともに、矢が何本も放たれた。

 もちろん、【水蛇ナーガ】はそれを水の壁で阻もうとする。

 ほとんどの矢は水の壁に呑まれてしまったが、一本だけ、矢が【水蛇ナーガ】の巨体のあたりの水面に刺さった。

「レニ様、申し訳ありません! 一本しか……!」

「たった一本の矢ではなにもできんぞ!」

『シャシャ!』

 焦る声、がっかりした声、余裕の声。

 だれも、この矢でなにかが起きると思っていない。でも──

「じゅうぶん」

 ──私が欲しかったのは、ほんのすこしの衝撃!

「とっぷつ!」

 私の声と同時に、突然、湖がブクブクブクと泡立った。

 しかも、泡は大きく、ちょうど【水蛇ナーガ】の周辺で一つに集まる。そして──

「ふきとべ!」

 ──パァアン!

 巨大な泡が【水蛇ナーガ】の体の下で弾ける。

『シャー……!!

「はああぁああ!?

 驚く【水蛇ナーガ】の声とムートちゃんの声。

 【水蛇ナーガ】の巨体は泡の弾ける力に耐えられず、宙を舞った。

「にだんじゃんぷ!」

 私はそれを追うように、空中を蹴った。

 上空へと跳べば、【水蛇ナーガ】に追いつく。そして、そこでぐるっと一回転をし──

「ねこのしっぽ!」

 回転を加えた私の尻尾が【水蛇ナーガ】の下腹の部分に当たる。

 威力はすさまじく、【水蛇ナーガ】はそのまま空へと消えていき──

「おほしさまになぁれ!」

 ──キラン!

「よし」

 【水蛇ナーガ】はひこうき雲になりました!


 水を取り戻した【涼雨の湖】はとてもとてもきれいだった。

 透き通った水は湖底まで見ることができる。そこには色とりどりの水草が生えていて、ゆらゆら揺れるたびに、湖面の色が変わるのだ。

 CGで表現されたあの湖面の美しさはこの水草によるもの。実物はCGよりももっともっと美しくて──

「『よし』じゃないわい! 『よし』じゃ!!

 ──そんな湖面を見ながら、私はムートちゃんに怒られていた。

「『倒す』というのは吹き飛ばすということじゃったのか! 幼いエルフよ、もしや、目的を忘れたわけではあるまいな!?

 湖の岸辺に座る私。腰に手を当てたムートちゃんがクドクドと怒る。

 湖には【水蛇ナーガ】が戻ってきており、水から頭を出して私を見ていた。

 ムートちゃんが慌てて飛び、雲になりかけていた(ほぼなっていた)【水蛇ナーガ】を空から連れ戻してきたのだ。

 湖はまだ温かいようだが、【水蛇ナーガ】は気にしていない。地下水が流入し、ちょうどいい温度になっているようだ。

「もくてき……」

「そうじゃ! 余がしっかりと話したであろう!?

「もく……てき……」

 ムートちゃんに言われ、私は自分がなぜ【水蛇ナーガ】と戦っていたか、考えた。えっと……。

「みずをもどす。なーが、つよくなる。ワクワクする。たおす……」

「待て待て待て! 違うじゃろう! 秘宝じゃ! 余の秘宝を探し出し、おぬしのおかしな体、魔力異常を安定させるんじゃ!」

「……ふわぁああ」

 そうだった……!

 ムートちゃんに言われ、はっとする。

 忘れていたわけではない。ないと思う。今すぐには言えなかったけど! 【水蛇ナーガ】との戦いが楽しすぎて、うっかり最終目的が消えていた……。

 私はいつもそうだ……。目の前のことに熱中して、ついつい勢いでやりすぎてしまう……。

 自分の残念さにしょんぼりと肩を落とす。

 すると、隣に座っていたサミューちゃんが慌てて立ち上がった。

「レニ様、これはまったく問題ありません! 秘宝を手に入れるためには【水蛇ナーガ】を倒すのだと言ったのはドラゴンのほうです! レニ様はそれを実行した。どのように倒さなければならないかの指定はありませんでした」

「倒し方の指定なぞするか! まさか空に吹き飛ばすとは、思わんじゃろう!」

「レニ様は規格外ですので」

「それは十二分にわかったわ! 誇らしげに言うんじゃない!」

 胸を張ったサミューちゃんにムートちゃんが突っ込む。

 すると、サミューちゃんは眉間にしわを寄せ、ムートちゃんを「ああん?」と見た。

「そもそもあなたはどういう立場で話をしているのですか? レニ様の味方なのか敵なのか。立場をはっきりできない者の話に価値はあるのでしょうか」

「ぐっ、余は【世界礎の黒竜ブラックバハムートドラゴン】じゃ! 世界の均衡のためにおる! 幼いエルフが宝玉ごと消えるのを防ぎたいだけじゃ!」

「ならば、粛々と秘宝を渡せばいいものを、【水蛇ナーガ】のもとへ案内だけして戦わせるだけ。レニ様はそんなドラゴンを責めもせず、その熱い志と尊い魔法、すばらしい機転で勝利に導いた。それを、戦い方にまでいちゃもんですか」

「余はだれかに肩入れはしないのじゃ! ……それが世界なのじゃ!」

 サミューちゃんに押され、ムートちゃんがぐぬぬとなっている。

 ムートちゃんは、世界存続のため、秘宝を手に入れさせ、私の魔力異常を安定させたい。が、場所への案内までとし、それ以上の介入はしたくないのだろう。……いや、もしかしたらできないのかもしれない。

 ムートちゃんは【世界礎の黒竜ブラックバハムートドラゴン】。その名の通り、世界の礎であり、その身の上に地上がある。【世界礎の黒竜ブラックバハムートドラゴン】が世界そのものとされているムービーがゲームの中で流れていた。

 いつもかん的立場で、だれか一人に肩入れをすることはないのだ。

「おぬしたちが飛ばした人間も、村人も、【水蛇ナーガ】も……余から見れば全員同じじゃ。それはエルフやその幼いエルフとて同じ。余は……ただ見守るのみ。地上の者たち同士の営みには必要以上に干渉はせんのじゃ!」

 ムートちゃんはそう言うと、ふんっと視線を私たちから外した。

 私はそれに「うんうん」と頷く。ムートちゃんは最初は器である私から宝玉を取り戻すために現れた(サミューちゃんが突進して弾き飛ばしていたが)。私の生死はどちらでもよかったのだ。

 そして今は世界滅亡回避のために、私と一緒に旅をしてくれている。

 ムートちゃんは敵ではないが、味方でもないということだ。

 サミューちゃんはその言葉に、はぁと息を吐いた。

「あなたがそうして第三者的立場でいたいのであれば、それでかまいません。とにかく、レニ様へのお言葉を慎むように、と!」

「じゃが、幼いエルフは普通に目的を見失っておったぞ!」

「レニ様はなにごとにも一生懸命なのです! すばらしいことです!」

「そういう問題じゃないじゃろ! 【水蛇ナーガ】の秘宝は【水蛇ナーガ】が持っておるのじゃ! 吹き飛ばしてしまえば、手に入らんぞ!」

「そうなの?」

 二人のやりとりを見ていたが、「秘宝が手に入らない」という話になり、え? と声を出す。

 すると、ムートちゃんは「そうじゃ」と頷いたあと、【水蛇ナーガ】へ視線を向けた。

「ほれ、出せ」

 その言葉で 【水蛇ナーガ】はうぇっとした。……そう。うぇ……っと。

「わぁ……」

 べしゃーという胃液とともに、なにか光るものが岸辺へと出される。

「ほれ、あれが秘宝じゃ。【水蛇ナーガ】の胃液には毒があり危険じゃ。秘宝も長年体内にあり、毒がしみついておるぞ。注意して近づいてみよ」

「レニ様はこちらでお待ちください!」

 サミューちゃんはそう言うと、【水蛇ナーガ】の胃液を避け、矢を菜箸のようにしながら慎重に秘宝をつまんだ。そして、そのまま湖へと浸ける。

 途端、じゅぅぅぅと音がし、秘宝の周りからどす黒い煙が立ち上った。

「迷いなく、この美しい湖で浄化するとは。エルフには躊躇ためらいはないんじゃろうか……」

「レニ様にこんなばっちいものを渡すわけにはいきません。しっかり洗ってからお持ちしますので!」

「うん……」

 すっごくきれいな湖で胃液洗いなんてしていいのかな……と思う。が、サミューちゃんがまったく気にしていないから、まあ、いいのかな……うん。

 私は作業中のサミューちゃんからそっと目をらすと、湖の上に浮かぶムートちゃんを見た。

「むーとちゃん、ありがとう」

「うむ?」

「むーとちゃんのおかげで、ひほう、てにはいる」

「むっ」

「なーが、つれもどしてくれた。ありがとう」

 ムートちゃんは私のお礼の意味がわからなかったようで、最初は目を丸くした。

 続けた言葉で、なににお礼を言ったのかわかったようで、ほおを赤くすると、ふははははっ! と笑った。

「まあな! そうじゃろうな! 余がいるからな! ……そうじゃな! おぬしは好きに戦えばよい! 余がおるからな! そうじゃそうじゃ!!

「レニ様の戦い方に文句を言ったり、好きに戦えと言ったり。どちらなのですか」

「倒したのは幼いエルフじゃからの! べつに【水蛇ナーガ】を湖に戻すのは肩入れしたわけじゃなく……うむ! この湖には【水蛇ナーガ】がいて守ったほうがいいという世界の判断じゃ!」

「それでしたらレニ様のお礼は必要ありませんね。レニ様がもったいないです」

「ぐ、ぬ」

 サミューちゃんは一度、秘宝を湖面から引き上げると、そっと岸辺へと置いた。

 しかし、まだ毒は残っているようで、秘宝を置いた地面がズズズッと焦げていく。

 あの秘宝、私がアイテムボックスに入れたら【呪い】が付与されていそう……。バッドステータスを付与してくるヤツだ……。

「ところでレニ様、先ほどの【水蛇ナーガ】を湖から弾き出した技はどういうものですか?」

「あ、とっぷつのこと?」

「はい。レニ様はそう呼ばれていました」

「そうじゃそうじゃ、あれはなんじゃ?」

「えっと、ぜんぶ、わかるわけじゃないけど……」

 あれは『突沸』と呼ばれる現象。本来ならば沸点に達した液体は気泡となっていく。だが、沸点に達したものの気泡が発生せず、過熱状態になる場合がある。その場合、過熱状態になった液体は、異物の落下や衝撃により、一気に沸騰。生成した気泡は急激に膨張して上昇するのだ。

 これを防ぐために理科の実験のときに沸騰石を入れる。私はグループで行う実験が苦手だったから、あまりいい思い出はないけれど。

 日本での引きこもり時代、電子レンジで温めたミルクティーが突沸により、大変なことになった。幸い火傷やけどはしなかったが、電子レンジ内で飛び散ったミルクティーを掃除するのが悲しかったよね……。

 その際に調べた現象をここで利用したのだ。電子レンジは突沸が起こりやすい。

 わかる範囲で、そしてこの世界でもわかる語句を使って、たどたどしく説明すると、サミューちゃんは感激したように頷き、ムートちゃんは器用に片眉を上げた。

「さすがレニ様。その現象をご存じなこともさることながら、それを即座に思いつき実行できるということがすばらしすぎます……。私もまだまだ知識を入れ、機転を利かせて動けるようにならなくては……」

「幼いエルフはほんに不思議よのぅ。なにも知らないかと思えば、そうして不思議な知識を駆使し、能力も規格外、か……」

「あ、レニ様! 浄化が終わったようです!」

 サミューちゃんがそう言うと、手に秘宝を持ち、こちらへと走ってくる。

 どうやら手で持っても大丈夫なようになったらしい。

「レニ様、こちらです」

「ふぁあああ!」

 サミューちゃんが恭しく私に秘宝を差し出す。

 私はそれをそっと受け取った。この形は──

「たんけん」

 ──短剣だ。

 刃渡りは三十センチぐらい。たくさんの宝石がついた金色のさやに収まっている。

 つかには繊細な金細工の意匠が施され、実用よりは鑑賞用を目的とした宝剣のたぐいだろう。

 鞘から剣を抜く。ずっと【水蛇ナーガ】のお腹の中にあったというのに、刃こぼれもさびも見当たらない。刃にりはなく、両刃。の光を受け、銀色にきらりと輝いた。

 美しさにうっとりする。

 そして、私はあの言葉を呟いた。

「すてーたす」

 そして! 見たいのはこれ! ステータス!

 ゲーム内では手に入れていないアイテムである。アイテム名や効果を知りたい!


・【水蛇ナーガの短剣】

・【世界礎の黒竜ブラックバハムートドラゴン】の秘宝の一つ。【世界礎の黒竜ブラックバハムートドラゴン】が眠りに落ちるとき、世界の危機を救うために創り出された。

・常時:【魔力操作】+200%、【魔力耐性】+200%

・使用時:【一回魔力使用量】+100%、【魔力量】+100%


「ふぁあ……」

 これは魔力チート武器だ……。正直、攻撃力は強くない。私が前世で強化しまくった【猫の手グローブ】のほうが武器としては断然強いのだ。

 だが、魔力バフがすごい。メイン武器として使うわけではなく、サポート武器として使えばいいのだろう。

 そして──

「あ、……からだ、かるい」

 ──か、体が軽い……!

 これまで、自分の体をおかしいと思ったことはあまりない。いや、おかしかったのかもしれないが、体が動かない赤ちゃんのときからこの世界を始め、まだ四歳だ。【魔力暴走】になった際は、熱が出て眠かったからおかしいと思えたが、そうじゃないときは普通だと思っていたのだ。

「はしってみる」

 短剣を腰に差し、【猫の手グローブ】を外す。

 そして、てててててっ! と岸辺を走ってみた。

「レニ様?」

「なんじゃなんじゃ、いきなり」

 途中で引き返して、サミューちゃんのもとへ戻る。もちろん、猫になっているときよりも断然遅い。でも、それでも……。

「れ、に、はしるの、はやくなった!」

「っ、ええ、そうですねっ! はい、たしかに!」

 すぐに息が切れてしまったが、これまでの全速力が50%とすると、今は70%ぐらいになっている気がする……!

「うむうむ。それが秘宝の力よ。幼いエルフは魔力量と器が合っておらんかったからの。秘宝は器を強くし、魔力に耐えられるようにする力がある。それがいい方向に働いたのじゃ。いずれ、幼いエルフであれば成長すれば身につくものでもあるが、今は秘宝の力に頼るがいいじゃろう」

「うん!」

「よかったぁ……よかったですねぇ、レニ様……っ!

 サミューちゃんがうるうると目をらす。

 まだ秘宝は一つ目だが、これが三つそろえば、【魔力暴走】なんて起こらない気がする。秘宝、すごい!

「れに、はやかった?」

「はい! 光の速度のようでしたっ!」

「それ、はやいね」

 まさか光速と同じだとは思わなかった。そんなわけはないってわかっているけど、サミューちゃんがまっすぐに言ってくれるからうれしくなる。

 思わず、そのままぎゅーと抱きついた。

 そして、サミューちゃんを見上げて、ふふっと笑えば──

「ふぐっ……ぐぅ、かくさつ……」

 ──サミューちゃんは目を濡らしたまま、白目になった。

 あ、ダメ、ダメ、まずい……っ!

「さみゅーちゃん! おちちゃう!」

 ここ、ここっ、岸辺だから! そっち側、湖だから……!

「ぐぅっぐ……」

「さみゅーちゃん!」

「フガフガブクグガクブブグ」

 頭浸かっちゃってるから……! おぼれちゃってるから……!

 溺れているサミューちゃんを必死の思いで岸辺に引き上げようとがんばる。

 すると、突然、そこに甲高い、知らない声が響いて──

「獣人じゃなかったノ……! だましてた! 私は見たノ! 人間、許さないノ!」

 ──ナイフを持って、私にまっすぐに向かってくる女の子がいた。

「ブヴァ、殺気! レニ様っ!」

 今まで溺れていたサミューちゃんが上半身をバッと直角に持ち上げる。

 どうやらナイフを持った女の子から私を守ってくれようとしたようだ。

「なに者ですっ!!

 サミューちゃんが私を抱いて、高く跳ぶ。

 ナイフを持った女の子と距離を取ったあと、サミューちゃんはきりっとした顔で殺気の持ち主を見た。

 かっこいい。サミューちゃんはとってもかっこよかった。

 が、顔がびしょびしょだし、口と鼻から水が垂れている……。明らかに溺れていた人のそれ……。

「……だいじょうぶ?」

 サミューちゃんを見上げながら聞くと、サミューちゃんは「はい」と頷いた。

「問題ありません。取り乱しました。レニ様に危険を感じさせてしまい、申し訳ありません」

「うん、それならよかった」

「レニ様、ここでお待ちください。捕縛します」

 サミューちゃんはそう言うと、私を地面に下ろし、女の子と間合いを詰める。

 女の子はあっという間に捕まり、サミューちゃんが縄で縛っていく。

 ナイフを取り上げられ、地面に転がされる女の子。むぐぅっと力を入れているようだが、縄はびくともしなかった。

「お、おかしいノ! 獣人ならこんな縄なんて、すぐにちぎれるはずなノ!」

「無理です。いくら獣人が力が強いといえど、エルフの魔力で強化されたけんの縄を力ずくで解くなど不可能」

「むぐぐぅー!」

 女の子はうごうごとしているが、縄はしっかりと固定されている。どうやら危険はなさそうだ。

 それを確認し、私はとてとてと歩いて近づいた。

「ちかくいく」

「はい、レニ様。今は安全かと」

 サミューちゃんの隣に並び、すぐそばにいる女の子を見る。

 女の子は自分でも「獣人」と言っていたように、どうやら種族は人間ではないようだ。頭にはピンク色のふわふわ、長い耳。おしりにはピンク色の丸いしっぽがついていた。つまり、これは──

「うさぎさんだぁ」

 ふぁああ……っと声が漏れる。

 ムートちゃんを知っているから、人間の姿に角や翼、しっぽがある種族を見たことはある。だが、こうしてふわふわな毛皮の獣人を実際に見るのは初めてだ。

 【猫の手グローブ】をつけている私は獣人のような見た目になるわけだが、こうして本物の獣人を見ると、感動で思わず声が出てしまった。すごくふわふわだぁ……!

 ピンク色の髪を左右で三つ編みにして結んである。同色の目はまんまるでとってもかわいい。

「なぜ、レニ様を狙ったのですか?」

 そんなかわいいウサギの獣人の女の子を、サミューちゃんは冷えた目で見下ろす。

 ウサギ獣人の女の子は、縄から抜けようとするのをいったん諦めたようで、力を抜くと私をキッとにらんだ。

「レニがだれだか知らないノ! その子が獣人のフリをしていたノ! 人間なのに獣人のフリをするなんてひどいことなノ! きっと獣人のイメージダウンをさせようとしていたの違いないノ!」

「獣人の?」

「いめーじだうん?」

 ウサギ獣人の女の子の言葉に、サミューちゃんと視線を合わせて、はて? と首を傾げる。

 先ほど、装備品の【猫の手グローブ】を外したため、猫耳としっぽはなくなった。ちょうどその場面を見て、私が「獣人のフリをしている」と思ったのだろうが。

 だが、「獣人のイメージダウン」の意味がわからない。

 サミューちゃんも同様の考えに至ったようで、また冷えた目でウサギ獣人の女の子を見下ろした。

「イメージダウンとはどういうことですか?」

「そのままの意味なノ! ……獣人は悪いことをするって言われるノ。獣人は身体能力が高いから、人間相手ならやりたい放題できちゃうノ。きっとその子は獣人のフリをしてそれを悪用して、村をいじめていたに違いないノ!!

 獣人の女の子は「許せないノ!」と言って、またむぐぐぐっと体に力を入れ始めた。

 私はそれを見て、ふむ、と考える。

 この世界に転生して四年。旅に出てからはすこししかっていないが、ウサギ獣人の女の子の言う通り、人間世界では獣人に対する偏見のようなものがあるとは感じる。

 とくにガイラルの事件の際にはそれを強く感じた。

 それは新興の教団が信じていた「エルフが女神に一番近く、獣人が一番遠い」という創世神話のせいだと思っていた。

 が、獣人の女の子の話の通り、獣人は身体能力の高さにより、その気になれば人間を襲ったり、人間から金品を奪ったりもしやすいはずだ。それがより獣人への偏見を強めているのかもしれない。

 で、私がそれを利用して、麓の村へ害を与えていたと獣人の女の子は早合点したようだ。

「れに、そんなことしない」

 きっぱりと横に首を振る。

 サミューちゃんは話を聞いているうちに、私を襲ったのが獣人の女の子の思い込みの勘違いだとわかったようで、もはや目が据わっている。

「麓の村が困っていたのは、人間同士の無駄で些末な欲深いやり取りによるもの。放っておいてもよかったものを、レニ様は寛大なお心で村を救いました。……それを脇から見ていただけの者が思い込みでレニ様を襲うなど」

 サミューちゃんは、獣人の女の子の縄をむんずとつかんだ。

 そして、湖に向かって歩き出す。

「このまま湖に沈めましょう」

「ま、待ってなノ! いくら獣人でも、ほどけない縄で結ばれたまま湖に放り込まれたら死んじゃうノ!」

「自分の愚かさを悔やむのですね」

「ひゃあああー!!

 湖のふちに立つサミューちゃんと、悲鳴をあげる獣人の女の子。

 上空ではムートちゃんが腕組みをして見下ろしており、湖では【水蛇ナーガ】が困ったように、私を見つめていた。

 どうやら止める者はいないらしい。

 私は急いでサミューちゃんに声をかけた。

「みずうみ、きれいだから、すき」

 そう。転生前から大好きだったCGで表現された湖面。貯水池をつぶし、水を戻し、ようやくこの目で見れたのだ。

 それが、いわくつきの湖になってしまうのはちょっと……。【涼雨の湖】が【惨劇の湖】になっちゃう……。

「きれいなままがいい」

 水質も。いわれも……。

 ので、そう言うと、今まさに湖に投げ込まんとしていたサミューちゃんがぴたりと動きを止めた。

 そして、私を見てにっこりと笑う。

「そうですね! ウサギの死体で湖を汚すなどもってのほか! 埋めましょう!」

 埋めるのも……ちょっと……。

 はやるサミューちゃんをなんとか止める。

 そして、まずはみんなで移動しようということになった。

 向かうは村の宿屋。

 【水蛇ナーガ】に別れを告げると、【水蛇ナーガ】はお礼を言うように頭をすり寄せたあと、湖に潜っていった。

 そして、宿屋についたんだけど……。

「本当に、本当にごめんなさいなノ! 勘違いだったノ……!!

 道中、村人に「お猫様」「お猫様」とたたえられる私を見て、自分が盛大な誤解をしていたことに気づいたらしい。

 ウサギ獣人の女の子は宿屋の床で、それはそれはきれいな土下座をした。

 私はソファに座り、サミューちゃんは土下座するウサギ獣人の女の子の隣に立って、事情聴取を行っていく。

 獣人の女の子からはすでに敵意はない。ので、縄はほどいた状態だ。

 なぜここに来たのか、なにをしていたのか。獣人の女の子の話をまとめると……。

「つまりあなたは、獣人の村を出て、いろいろな場所を巡りながら『人助け』をしているのですね」

「そうなノ! 獣人のイメージアップ作戦なノ!」

 ということらしい。

「で、あろうことか、湖を枯らし、法外な値段で水を売っていた者たちを手伝っていた、と」

「……うぅ。本当に本当にごめんなさいなノ! わからなかったノ……! 困っている村のために水源を探しているって言われて、耳がいいから任せてって水源の位置を教えてしまったノ……」

 ピンク色のうさぎ耳がしょんぼりと垂れる。

 あの男たちが湖の上流の水源を掘り当てられたのは、どうやらウサギ獣人の聴力のおかげだったらしい。

「【水蛇ナーガ】がいるから、水が取れない。上流に新しい貯水池を作りたいって言われたノ。さすが獣人だなって褒められて……。獣人のイメージアップ大成功! って喜んでたノ……。体力もあるから任せてって、貯水池も一生懸命掘ってしまったノ……」

「それで湖が枯れ、【水蛇ナーガ】は気力を失くし、村は廃村の危機になった、と。あなたがやったことは獣人のイメージダウンにしか繋がりません」

「うぅ……」

 ピンク色のまんまるの目がうるうると揺れる。

 良かれと思って行動したことだったのだろう。

「まあどうりで、といったところじゃな。なんの知識も技術もなさそうな人間たちが、水源を寸分もたがわず掘り当てることも、手作業であれだけの貯水池を作ることも不可能じゃろう」

 窓枠に座っているムートちゃんがやれやれと肩をすくめる。

 たしかにムートちゃんは初めからいぶかしんでいた。人間ができることか? と。

「水資源を奪い、村から金を巻き上げるなど人間の考えることとしか思えんが、普通の人間にできることではないからのぅ。【水蛇ナーガ】もまさか水源が枯れるなど思わず、森に入った人間を放っていたのじゃろう。獣人がいたのは誤算じゃったな」

 ムートちゃんの言葉にふんふんと頷く。

 【水蛇ナーガ】もあの湖をすみにしているのだから、常に守っているはず。だから、麓の村にはいつだって水が豊富にあった。

 今回、上流に貯水池を作られてしまったのは、普通の人間であれば放置していても問題ないからだ。

 その話を受けて、サミューちゃんは「ふんっ」と鼻を鳴らした。

「すべて自身の責任。ナイフを向けるのはレニ様へではなく、自分自身では?」

「その通りなノ。本当に本当にごめんなさいなノ……」

「あなたの考えの足りない行動により、困窮した人間たちがいました。が、結果としてレニ様がすべて救っています。では今、あなたがするべきことは?」

「ありがとうございますなノ。ありがとうございますなノ」

 獣人の女の子が土下座のまま、ははぁ~と私に向かって何度も頭を下げる。

 サミューちゃんはそれを冷たい目で見下ろしていた。

 さすがにそこまでされると、私の背中がそわそわしてしまう。

 「もういいよ」と、そばに行って止めたい。が、もしものことがあるといけないから近づかないように、とサミューちゃんに言われている。

 なので、せめて話題を変えようと、声をかけた。

「なまえ、なんていうの?」

 私の言葉に、ウサギの耳がぴょこん! と立った。

「私の名前はカリガノなノ」

「かりがのちゃん」

 ふんふんと頷き、名前を呼ぶ。

 ピンク色のかわいいウサギの獣人、カリガノちゃん。今はきれいな土下座をしている。

 そして、私も名乗り返した。

「れにだよ」

「レニちゃ!」

 カリガノちゃんは顔を起こし、えへへっと笑う。

 瞬間、サミューちゃんがすかさず、カリガノちゃんの額を床へつけた。

が高いです」

「ごめんなさいなノ!」

 サミューちゃん……。

「カリガノはあまり賢くないノ……。レニちゃやみんなに迷惑をかけてしまって本当にごめんなさいなノ。そんなカリガノの失敗をレニちゃがなんとかしてくれて本当によかったノ。本当にありがとうなノ」

 深々~と手と額を床へとつける。

 その様子に、私はまた背中がそわそわとして……。

「かりがのちゃん、むらのためっておもったんだよね」

「騙された……のかもしれないノ。でも深く考えなかったカリガノが良くなかったノ」

「……ひとだすけしたいって、がんばろうっておもった。それがしっぱいっていうの、かなしい」

 ……私もいつも失敗ばかり。

 思い立ったらすぐに動いてしまうし、どちらかというとカリガノちゃんに近いタイプだと思うのだ。だから──

「れに、かりがのちゃんが、かなしくなかったら、それでいい」

「ふぇ?」

 カリガノちゃんは私の言葉に耳をぴくぴくとさせた。

 そして、思わずというように顔を上げ、私を見つめる。

「みずうみ、もとどおり。むら、もとどおり。れに、げんき」

 私はふふっと笑った。

「なにも、もんだいない」

 ね。

「れ、レニちゃ……っ!

 途端に、カリガノちゃんの頬がふわぁっと赤くなった。

 そして、その場でぶるるっと身震いを一つ。

「レニちゃはすっごくすっごく優しいノ……! 決めたノ! レニちゃには獣人イメージアップ部の部長になってほしいノ!」

「じゅうじんいめーじあっぷぶ……?」

 よくわからない響きにそのまま首を横へ傾げる。

 カリガノちゃんは「うんうん!」と頷くと、その場でぴょんぴょんとジャンプした。

「カリガノの作った部なの! カリガノしかいないけど、これからはレニちゃと二人でやるノ!」

「あ、え? でも、れに、じゅうじんじゃないよ?」

 そう。それはカリガノちゃんも見たはずだ。

 今は【猫の手グローブ】をしているが、外せば耳が丸いエルフ。魔力暴走をすれば耳のとがったエルフだ。

「レニちゃはそのアイテムを装備したら今みたいな姿なノ?」

「うん」

「それならいいノ! そのアイテムつけてるときは獣人としか見えないノ! レニちゃなら絶対に獣人のイメージアップをしてくれるノ! 一緒に部の活動するノ!」

 カリガノちゃんは、ぱぁぁ! と笑って、とってもいい案を思いついたとばかりに喜んでいる。

 でも、私は……。

「……れに、きっと、あまりとくいじゃない」

 中学校も高校も部活なんてしたことがない。

 集団活動ではすぐに浮くし、周りの人をイライラさせる。どうしていいかわからなくなって、なにも話せなくなるのが常だった。

 『部の活動』と聞いて、転生前の自分を思い出し、胸のあたりがキリッと痛くなる。

 胸のあたりの服をぎゅうと握って、浅く息を吐く。すると、いつのまにかサミューちゃんが私の前にいて……。

「レニ様、どうされましたか? 痛みが?」

 ぎゅうっと握り締めた手。そこにそっと温かいものが触れる。これは……サミューちゃんの手だ。

「さみゅーちゃん……」

「レニ様、胸に不調がありますか?」

「……ううん、なんともない」

 サミューちゃんの手の温かさが私の手に移り、そのまま胸まで温かくなる。

 知らず知らずのうちに、息を詰めていたようで、ほっと息を吐く。そうすれば、胸の痛みはなくなっていった。

「こちらを見よ」

「……むーとちゃん?」

 やけに真剣な声がして顔を上げれば、ムートちゃんが私を覗きこんでいた。

「幼いエルフよ、今はどうじゃ? どこかおかしいか?」

「ううん、いつもどおり」

「そうか」

 ムートちゃんは難しそうに眉を顰める。

「今、魔力を使った感覚があったか?」

「ううん、れに、むねのあついの、つかってない」

 ムートちゃんの質問に、はて、と首を傾げる。

 魔力を使った感覚はすこしもなかった。ちょっと前世の嫌な記憶を思い出して、胸が痛くなっただけなのだ。

 ……そういえば最近、前世のことを思い出すタイミングが多くなった気がする。しかも嫌な記憶を。

 一度、【魔力暴走】を起こしたときに飲み込まれた、あの黒い渦。あれがきっかけだったのだろうか。

 私の答えに、ムートちゃんは一度、目を伏せた。

「……だとすれば、これは一体どういうことじゃ」

 そして、考え込むように息を吐いた。

「今、世界が歪んだぞ」