エルフの森に住むエルフたちは他種族との交流はほぼない。古来から森の中で暮らし、自給自足の生活をしている。

 そんなエルフたちにとって、前女王、レニの母のように出奔をすることなど前代未聞であった。さらに、サミューのように旅に出るエルフもめったにいないのが現状だ。

 他国はエルフの知識や魔法の力を重要視しており、エルフはどこでも歓迎される。だが、エルフの排他的属性は理解しており、エルフの森へは不干渉としていた。

 独立独歩。長い寿命を持つ、理知的な種族。それがエルフへの一般的な印象だ。

 そのエルフたちは今、空前絶後の盛り上がりを見せていた。

 まず、旅に出ていたサミューが久しぶりに帰ってきたことで、みな笑顔になった。

 次に、出奔した前女王の現在の様子がわかったことで、みんな涙を流した。

 決定打として、前女王のこどもであるレニが現れ、エルフたちはみな、毎日を興奮と共に過ごしている。みな、レニに骨抜きにされたのだ。

 そして、これはレニがけんで【魔力操作】していたころ。


「今日の王女様もとても素敵ね」

「ああ。王女様は毎日、輝いておられる」

 エルフの男女はそう言うと、二人でそっと目をぬぐった。あまりの興奮にレニを見るだけで、勝手に涙が出てしまうのだ。

 前女王の子であり、現女王の姪であるレニは、「王女様」としてしたわれていた。

「私、王女様が魔絹糸を爆発させたところを見たの。王女様の力はとても巨大だと感じたわ。そして、今は毎日、それをコントロールするために努力を重ねていらしゃる」

 エルフの男女の会話にもう一人女性が加わる。ほおは紅潮し、目は夢見るようにうっとりと細まっていた。

 レニが魔絹糸で【魔力操作】の修行をしていることは、エルフたちは全員知っている。魔絹糸を手にあれやこれやと試行するレニをみなでハラハラと見守っていた。

 三人はお互いに目を合わせる。そして、くぅと右の拳を握りしめた。

「「「今日も大変かわいらしかった……!」」」

 そこに四人目のエルフも加わってくる。

「ハサノ様に助言をもらいながら、魔絹糸を持つレニの小さな手……、とてもとてもかわいらしい……!」

「そうね、そうね。かわいらしいわ!」

「私は王女様が困ったとき、首をすこし傾けたところを見たわ。銀色の髪がさらっと揺れて、思わず、息が止まってしまったの」

「そうだな、それは息ができなくて当然だ」

「そんな私を見て、王女様は私の心配をしてくださったの。『だいじょうぶ?』と」

「ああ……! かわいらしいだけでなく、心も優しい王女様……!」

「そうだな、王女様は心が大変お優しいんだよな」

「あ、王女様のお話ね? 私にも話をさせて!」

 四人がそうして盛り上がっていると、さらに五人目が加わってくる。

 そうして、レニの話をすると、我も我もと人が加わり、気づけば大きな輪になっていた。レニ会議だ。

 みな、レニの日常について話しながら、涙を流したり、うっとりとしたり、息を止めたりと忙しい。

「そういえばサミューは、今は森を走り回っているんだよな?」

「ええ。王女様をお守りするためにはもっと力が必要だ、と」

「サミューより身体強化が得意なエルフはいないけれど、腕自慢の何人かが一緒にがんばっているらしいわ」

「サミューは放っておくと自分を追い詰めすぎてしまうものね……」

 レニ会議に加わっていた老年のエルフが、心配そうに「ふぅ」と息を吐く。

 エルフは元来真面目で、根を詰める気性であるが、サミューはそれが色濃く出ている。老年のエルフは前女王にあこがれ、努力を重ねてきたサミューの姿を幼いころから見てきた。ゆえに、サミューが無理をしないかと心配しているのだ。

 すると、隣にいた厳格そうな男性のエルフがそっと肩をたたいた。

「王女様がいらっしゃる。王女様はサミューをしっかり見ておったぞ。サミューも焦るときもあるのだろうが、王女様と話をしたあとから、かなり落ち着いておる。自分を追い詰めるような酷使はせんじゃろう」

「ええ……、そうね、今のサミューはとても穏やかに笑っているものね」

 その言葉に、みなはしんみりとうなずき合った。

 きっと大丈夫。レニとサミューが笑顔で会話をしている場面を見れば、エルフたちはそう思えるのだ。だから──

「なにはともあれ」

 厳格そうな男性のエルフが低く声を発する。

 今日のレニ会議も終盤だ。

「王女様は今日も大変かわいらしい!」

 握っていた右の拳を空に突き上げる。低く響いた声はかちどきの合図だ。

 それに合わせ、エルフ全員が拳を空へ突き上げた。

『王女様は今日も大変かわいらしい……!』

 わあぁぁ! とエルフの森が揺れる。

 レニが来てから、だいたい夕方の決まった時間にこの歓声があがる。


 そして、この声は魔絹糸で修行をするレニの耳にも届いていて、最初はびくぅと驚いていた。が、今ではレニも慣れたものだ。

「あ、じほう」

 レニはまさか自分のことでエルフたちが歓声をあげているなど知る由もない。ただ、夕方に響くこの声を、修行の終了する合図としていた。

 今日の修行も終わりだと悟り、むむぅと自分の手と床を見つめる。

 【魔力操作】はまだうまくいっておらず、床には爆発した絹糸がたくさん転がっていた。

 どうしても、力が強すぎるか、弱すぎるかになってしまうのだ。あともうすこし、コツさえつかめば……そう思うのだが。

「はさのちゃん、きょう、おわりにする」

「ええ、そうしましょう。レニちゃん、昨日よりうまくなっているわ」

「そうかな」

 ハサノに励まされ、レニは「うん」と頷いた。

 そして、床に散らばっている爆発した魔絹糸を集めるために、かがみこんだ。

「王女様、こちらの掃除は私たちが行います」

 レニの行動に気づいたエルフの一人が素早く動く。待機していた壁際からレニのもとへと急ぎ、魔絹糸を受け取ろうと手を伸ばした。

 しかし、レニはふるふると首を横に振る。

「よごしたの、れにだから」

 そう言って、もう一つ爆発した魔絹糸を拾った。

 レニのそばにきたエルフは「うっ」と言葉を漏らす。そして、不自然に体をぎくしゃくと動かした。

 レニは気づいていないが、感動のあまりに体が震えているのだ。

「……王女様、これは私たちの仕事ですので」

 エルフは必死に平静を装いながら、レニから魔絹糸を受け取ろうと、もう一度手を伸ばす。

 その様子に、レニは今度は首を横に振ることはせず、手に持った爆発した魔絹糸を渡した。そして、そのまま立ち上がる。

「わかった」

 レニの言葉にエルフはほっと息を吐いた。危なかったのだ。これ以上は体がもたない。

 しかし、レニはそんなエルフの心情に気づくことはなく──

「いっしょにやる」

「……一緒に、ですか?」

「うん。いっしょにやったら、はやいよね」

 ──エルフにふふっと笑いかけた。

 その瞬間。

「かわいいわ!!

 ハサノがぎゅうっとレニを抱きしめた。

 天井を見上げて放った叫びが、部屋にこだましていく。

「は、さのちゃん?」

 突然のことに驚いたレニは目を白黒とさせた。

 ハサノはさらにぎゅうとレニを抱きしめる。

「ごめんなさい、また驚かせてしまったわ」

「ううん、だいじょうぶ」

 大丈夫なのだが……。

「……みんな、だいじょうぶ?」

 レニはおそるおそる部屋を見渡す。

 壁際に待機していたエルフたちがみな泣いている。はらはらと涙をこぼしている。

「ええ、心配ないわ。レニちゃんのかわいさに感動しているだけだから」

「……うん」

 レニはハサノに抱きしめられたまま頷く。よくわからない。よくわからないが、頷くよりほかはない。

 すると、いまだに床に屈んだままだったエルフがぽつりと言葉をこぼした。

「この出来事を一生の宝にします……」

 声は震えている。そして、見つめる床には、大きな涙のみができていた。