体が熱い。だるさと眠気もある。

 これはハサノちゃんに術を施してもらう前と同じ状態だ。

 どうやら私は眠り込んでしまっていたらしい。

 眠る前にハサノちゃんから、また【魔力暴走】を起こしてしまったこと、そして、消えかけていたと話を聞いた。

 気がかりだったエルフの森の炎はちゃんと消火できたようだけど……。

「さみゅーちゃん……?」

 ぼんやりと目を開ける。

 そこには心配そうにこちらを見つめるきれいなみどりいろの瞳があった。

 目をこすったのだろうか。目元が赤くなっている。

 思わずそこへ手を伸ばせば、触れる前にその手を取られてしまった。

「レニ様。……お身体はつらくないですか?」

「うん……、またちょっと、おなじかんじ」

「申し訳ありません……。また術前と同じ状況に戻ってしまったようです……」

「ううん、さみゅーちゃんのせいじゃない」

 眠ったおかげか、熱っぽいとはいっても、起き上がれないほどじゃない。

 ゆっくり上半身を起こせば、サミューちゃんが手伝ってくれた。

 すると、長い黒髪の少女が見えて……。

「あ、ぶらっくばはむーとどらごん」

 背中から生えた翼とおしりから生えた太く長いしっぽ。

 【世界礎の黒竜ブラックバハムートドラゴン】だ。エルフの森を焼こうとし、ハサノちゃんに捕まっていたはずだが……。

 【世界礎の黒竜ブラックバハムートドラゴン】はボンレスハムにはなっておらず、翼を畳み、しっぽを避け、器用にイスに座っていた。

「ようやく起きたようじゃの、幼いエルフよ」

 私の言葉に応えるように、しっぽが左右に揺れる。

 私が寝ている間に和解したのだろうか。

「れに、どのぐらいねてた?」

「レニ様が倒れられたのが午前中でした。今はもう夕方になるところです」

「わぁ……ほぼはんにち……」

 思ったより寝ていた。

「レニ様はエルフの森を消火するために、力をお使いになりました。それによって【魔力路】に負荷がかかり、もう一度【魔力暴走】の状態になったのです」

「うん」

「そして……これまでと違い、体に急激な変化が起こったためか、体と魂が分離したような形になってしまったようです」

「からだとたましいが……」

 サミューちゃんの説明を聞きながら、「なるほど」とうなずく。

 前世の記憶を思い出していただけかと思ったが、あれは魂が体から抜けていくような感じだったのかもしれない。

 魂が前世の世界へと引かれているような感じとでもいうか……。

「余がおぬしの魂をもう一度体に戻したのじゃ」

「ぶらっくばはむーとどらごんが?」

 はて? と首をかしげる。

 そのときのことを思い出してみる。

「れに、くろいうずにのまれそうだった」

「……っ、はい」

「でも、さみゅーちゃんのこえ、きこえた」

「……私の声、ですか?」

「うん。さみゅーちゃん、ないてた。……なかないでっておもった。そうしたら、ひかりがでたよ」

 人を困らせてばかりの自分。謝って生き続けていく自分。できないことを責め続ける自分。

 ……それに飲み込まれそうになった。

 でも、サミューちゃんの声がして……その声が泣いていたから。サミューちゃんの涙を拭かないといけないって思った。

「ぱぱとままのこともおもった。そうしたら、はさのちゃんのこえもした」

「うむうむ。おぬしの魂はこの世界から消えようとしていた。そのまま消えてもおかしくなかったが、きっかけがあったんじゃろう。あとは、余が手助けをして、【宝玉】の力を調整し、魔力も止めたのじゃ」

「しゅうちゅうしろってきこえた」

「そうじゃ。それが余じゃ!」

 【世界礎の黒竜ブラックバハムートドラゴン】はそう言うと、自慢げに胸を張った。

 どうやら、私がこの世界でふたたび目覚めたのは、みんなの力のおかげのようだ。

「ふたりとも、ありがとう」

 まずは部屋にいる二人にお礼をする。

 すると、サミューちゃんは珍しく、目をさまよわせて顔を伏せた。

 いつものサミューちゃんなら、もっと喜んでくれると思ったが……。

「あとで、はさのちゃんにもおれいするね」

 朝からいろいろあったから、サミューちゃんも疲れているのだろう。

 ハサノちゃんは今はここにいないので、あとでお礼をしないとね。

「おぬしが消えなくて本当によかったぞ。なんせおぬしは【宝玉】ごと、消えるところじゃった」

「ほうぎょくごと?」

「そうじゃ。おぬしは【宝玉】を持っておるじゃろう?」

 ……。これ、答えてもいいのかな?

 ちらりとサミューちゃんを見上げれば、小さく頷いてくれる。

「レニ様、【世界礎の黒竜ブラックバハムートドラゴン】はレニ様の【宝玉】の様子を見に来たようです。そして、七つの宝玉は【世界礎の黒竜ブラックバハムートドラゴン】が作ったのだと言っています」

「そうなんだ……!」

 【宝玉】の出どころはゲームではわからなかったが、どうやら【世界礎の黒竜ブラックバハムートドラゴン】のものだったようだ。

 テンションが上がってしまう。

 ゲームのオープニングで見た、【世界礎の黒竜ブラックバハムートドラゴン】と女神様のムービー。もしかしたらそこに【宝玉】も描かれていたかもしれない。

 そして、私はそのうちの一つを手にしていたのだ。

 これは上がる。うれしくなる。

 思わずふふっと笑っていると、【世界礎の黒竜ブラックバハムートドラゴン】があきれたようにため息をついた。

「余の【宝玉】を持ち去ろうとして、よくそんな笑顔でいれるのぅ……」

「じゃあ、ほうぎょくがほしくて、れにをさがしたの?」

「そうじゃ! ちょっと様子がおかしかったから、器はいらんし【宝玉】だけを回収しようと思っておったのに……」

 【世界礎の黒竜ブラックバハムートドラゴン】はチッと舌打ちをする。

 つまり、【世界礎の黒竜ブラックバハムートドラゴン】は──

「えるふのもりにつくまえだったら、れにたちおそってた?」

「……まあ、そういうこともあるかもしれんの」

 【世界礎の黒竜ブラックバハムートドラゴン】はふいっと私から顔を背けた。

 どうやら、サミューちゃんが立ち止まることなく、走り続けたのは正解ではあったらしい。

 【世界礎の黒竜ブラックバハムートドラゴン】の言う「器はいらない」というのは、私がいらないということだろう。

 あそこで止まっていれば、襲われ、死んでいたかもしれない。

 ハサノちゃんに術をかけてもらう前の私だったら、本来の力も【宝玉】の力もうまく使えず、負けていた可能性もあるからだ。

「あんなに殺気を出している者の前で、足を止めることなどありえません」

「じゃからといって、吹き飛ばすことはなかったじゃろう!」

「進路に立ちふさがるからです」

 サミューちゃんはいろいろと考えた上で、走り抜けるという選択肢をとったのだろう。

 結果として、エルフの森に炎が仕掛けられたわけだが、私が消火したから問題なし!

 というわけで。

「れに、ほうぎょく、もってる」

「うむ。それは間違いないな。で、じゃ。それはいつからじゃ?」

「たぶん、うまれるまえから」

「う……生まれる前から……っ」

 私の答えに【世界礎の黒竜ブラックバハムートドラゴン】はほおを引きらせた。

「レニ様は特別なのです。レニ様のお母様が【宝玉】を使用されました。そして、それを受け継いで生まれてきたのです」

「ほう。エルフが【宝玉】を使ったのか。珍しいな。そのようなことをするのは人間に多いと思っていたが」

「……レニ様のお母様も特別な方なのです」

 そうだよね。人間になったエルフなど前代未聞だろう。

 あと、【世界礎の黒竜ブラックバハムートドラゴン】は【宝玉】を使用したことに関しては、怒りはないようだ。

「母から子に受け継がれたことは理解した。たしかに【宝玉】を使った者がいれば、その子に受け継がれる。じゃが……」

 【世界礎の黒竜ブラックバハムートドラゴン】は紫色の瞳で私を観察するように見つめた。

「それにしてはおかしなことになっておるんじゃ。【宝玉】を受け継ぐ者がいなければ、【宝玉】だけが世界に残る。魂は消えるが【宝玉】は残るはずなんじゃ。なのに、おぬしは【宝玉】ごと、消えるところじゃった。【宝玉】と魂が密接に絡まり合っておる……。どんな仕組みでそんなことになったんじゃ……」

 【世界礎の黒竜ブラックバハムートドラゴン】が、はぁぁあと深くため息をつく。

「でじゃ、大切な話はここからじゃ。おぬしには生きていてもらわねば困るんじゃ」

「こまる?」

 てっきり、「【宝玉】を返せ!」と言われたり、「器はいらぬ!」と言われたりすると思っていたが、そうではないらしい。

 むしろ、【世界礎の黒竜ブラックバハムートドラゴン】は私に生きていてほしいようで……。

「【宝玉】は七つそろってこの世界を支えている。おぬしの魂とともに消えられては、世界は終わってしまうのじゃ」

「……おわるの?」

「終わる」

「めつぼう?」

「滅亡じゃ」

 その言葉に私の背中にビリビリビリと電気が走った。

 私の大好きな世界の終わり……! それはつまり……!

「さーびすしゅうりょうのおしらせ……!」

 オンラインゲームで一番つらいやつ……! サ終……!

「【宝玉】をおぬしの魂と離すことができるようになるか、【宝玉】が世界に定着するまで、おぬしには生きていてもらわねばならぬ」

「うん」

「【魔力暴走】なんかで消えられては困るのじゃ。わかるな?」

「うん」

 真剣に。それはもう真剣に頷く。

 サ終。それは絶対に阻止しなければならない。

 それに──

「れにも、まりょくぼうそうで、きえるのはこまる」

 ──大好きなこの世界。

 もっともっと見て回りたい。自分の五感で体験したいのだ。

「そこでじゃ。まずはもう一度、エルフの女王に術をかけてもらう」

「まりょくろをほそくするやつ」

「ああ。じゃが【魔力路】への制限だけでは、おぬしの体はもたぬ。とくにおぬしはすぐに無理をするようじゃから、焼け石に水じゃろうな」

 【世界礎の黒竜ブラックバハムートドラゴン】の言葉に頷く。

 【魔力路】を細くする術をかけてもらっても、今回のように魔力を使いすぎた場合は、【魔力暴走】に戻ってしまうのだろう。

 注意事項など、ハサノちゃんからはしっかり聞くつもりだし、一度体験したから、同じような状態にならないようにしたい。が、いかんせん私は失敗をする。間違いない。

「ほかのほうほう、ある?」

 じっと【世界礎の黒竜ブラックバハムートドラゴン】を見つめる。

 この口振りならば、【世界礎の黒竜ブラックバハムートドラゴン】はほかの方法を知っている。

 そして、【宝玉】を私の魂から離したいのだから、協力してくれるはずだ。

 私の視線を受けて、【世界礎の黒竜ブラックバハムートドラゴン】はピッと右手を前に出した。

「これからおぬしがやることは、二つある」

 人差し指と中指。二本の指が立っている。

「一つは【魔力操作】を身につけること。なんでもかんでも外に放出すればいいってものではない。これはエルフの得意とするものじゃから、きちんと教えを乞うんじゃ」

「うん」

 私も【魔力操作】は訓練したいと思っていた。

 炎を消したときのように、無理やり力を外へ出せばいいというものではないのだろう。

「もう一つは」

 【世界礎の黒竜ブラックバハムートドラゴン】はイヒヒッと笑った。

「──宝探しじゃ」

「たからさがし……!」

 したい、すごくしたい!

 ワクワクと【世界礎の黒竜ブラックバハムートドラゴン】を見つめると、【世界礎の黒竜ブラックバハムートドラゴン】は胸を張って頷いた。

「うむうむ。意欲があってよい。では説明するぞ。よく聞くのじゃ」

「うん」

「エルフの女王の術はあくまでも応急処置。魔力を使いすぎたり、無理をしたりすると、すぐにまた魔力路が太くなり、今日のようになる。さらに、おぬしの持っている魔力は強力じゃ。時間がてば経つほど今度は中心がもたなくなるじゃろう」

「うん」

「そこでじゃ、余の秘宝を探すのじゃ」

「ふああぁ……!

 『【世界礎の黒竜ブラックバハムートドラゴン】の秘宝』。なんて……! なんて魅力的な響き……!

 思わず声を漏らせば、【世界礎の黒竜ブラックバハムートドラゴン】は満足そうにイヒヒッと笑った。

「余は世界を支える宝玉を七つ創った。そして、さらに三つの秘宝を作ったのじゃ」

「うんうん!」

「三つの秘宝は、魔力に対して干渉するようになっておる。……本来ならば世界の危機に対して魔力の増幅をし、敵をせんめつすることや、守護のために大がかりな結界を張るというようなことを想定して作ったのじゃが」

 【世界礎の黒竜ブラックバハムートドラゴン】はやれやれと肩をすくめる。

「まさか余の秘宝を、たった一人の幼いエルフを生かすために使うなど……。だが、おぬしが消えれば世界が終わるのじゃからしかたがない」

 そして、ビシッ! と私を指差した。

「おぬしは三つの秘宝を用い、魔力を制御するのじゃ」

「まりょくのせいぎょ」

「そうじゃ。三つの秘宝を集め、それにより巨大すぎる魔力を抑える。さらに、【魔力操作】を磨き、魔力を使用する感覚を研ぎ澄ますのじゃ」

「うん!」

 この胸のワクワクを……なんと言えばいいのだろう。

 ──私の命がかかっている。

 ──世界の終わりがかかっている。

 でも、それよりもなによりも……。

 ──私の知らないアイテム!

 大好きな世界で、まだ知らないことを体験できる。

 それがうれしくて……。

「さみゅーちゃん!」

 胸からあふれるワクワクをサミューちゃんに伝えたくて、ベッドのそばにいてくれるサミューちゃんを見上げる。

 きっと、サミューちゃんならば、そんな私を優しい瞳で見つめてくれると思ったから。

 でも……。

「……さみゅーちゃん?」

 サミューちゃんは私を見ていなかった。

 ただ空を見るサミューちゃんの目は、どこも映していなくて……。

 私がエルフの森を燃やす炎を消すときまでは、普段のサミューちゃんだった。

 でも、私がふたたび【魔力暴走】を起こして、目が覚めた今はどうだろう……?

 いつものサミューちゃんじゃない。

 自信をなくしてしまっているような……そういう感じがする。私と出会ったばかりのころのサミューちゃん。守護者の契約をする前のサミューちゃんに戻ってしまったかのよう。

 様子をうかがうようにサミューちゃんを見上げる。それでも、目は合わなくて……。

 【世界礎の黒竜ブラックバハムートドラゴン】はそんな私たちの様子を気にすることなく、話を続けた。

「余の秘宝じゃから、余には場所がわかる。ゆえにおぬしを案内しよう」

「あんない?」

 サミューちゃんのことは気になるが、まずは【世界礎の黒竜ブラックバハムートドラゴン】の話を聞く。

 どうやら、秘宝の場所はわかっているようだ。

「一つ目の秘宝。場所は【涼雨の湖】じゃ」

「ふああぁあ!」

 【涼雨の湖】……!

 それは私のお気に入りのマップの一つ。CGで表現された抜群にきれいな水面。あの水面は、実際に見ると、どんな色をしているんだろう……。

 大好きなゲームの世界に転生したことに気づいたときに見たいと思っていた場所。それを本当に見に行くことができる……!

 また胸にワクワクがあふれてくる。

 ──見たい。

 ──知りたい。

 ──感じたい。

 このあふれる気持ちを私には止められない。

「秘宝はな、だれにでも手に入れられるわけではない。好き勝手に使われては困るんじゃ。ので、余はけんぞくに守らせることにした」

「けんぞく」

「うむ。【涼雨の湖】にむ、【水蛇ナーガ】が秘宝を守っておる」

「なーが!」

「余の眷属といっても、余の言うことを聞くわけではない。余は眠っておったし、この世界に住む者たちには好きに生きてもらいたいのじゃ」

 【世界礎の黒竜ブラックバハムートドラゴン】はイヒヒッと笑った。

「【水蛇ナーガ】は強いぞ? 幼いエルフよ。それでもおぬしは行くか?」

 そう言うと、試すように、紫色の瞳が私を射抜く。

 私はその瞳をまっすぐに見返した。

「こたえはひとつ」

 ──決まっているよね?

「れににおまかせあれ!」

 【涼雨の湖】に棲む【水蛇ナーガ】が守る秘宝。

 手に入れてみせましょう!


 そうして、【世界礎の黒竜ブラックバハムートドラゴン】の話を聞き、今後の動きの見通しがついた。


・【魔力路】を細くする術をもう一度かける。

・【魔力操作】の訓練をする。

・【世界礎の黒竜ブラックバハムートドラゴン】の秘宝を探す。


 この三つを行い、現在の【魔力暴走】状態を抑える。そうすれば、私が消えることはなく、世界の滅亡(サ終)は免れるということだ。

 話を終えた【世界礎の黒竜ブラックバハムートドラゴン】は「ちょっと世界を見てくるぞ」と言い残し、窓から飛んでいった。

 部屋に残ったのは私とサミューちゃん。

 サミューちゃんは掛け布団を手に取ると、眠るようにと促した。

「レニ様、お疲れだと思います。【魔力路】を細くする術については、ハサノ様が準備に取りかかっています。用意ができるまではお休みください。明日の朝か昼頃に、とおっしゃっていました」

「わかった」

 たしかに体は熱っぽく、だるくなっているように感じられる。

 でも……。

「さみゅーちゃん。こっち」

 私はベッドから起き上がり、ソファへと歩いた。

 そして、ぽんぽんとソファの座面をたたく。

 こちらへどうぞの合図だ。

「ここにすわって。はなしをしたい」

「っ……しかし、レニ様……」

 サミューちゃんはベッドと私とに交互に視線を送る。

 そして、眉を下げて困ったようにその場にとどまった。

「レニ様。私は今、レニ様には休息が必要だと思います。落ち着いてからでも、話をする機会はあるのではないでしょうか」

「うん」

「私との話よりも、レニ様の体を大切にしてほしいのです……」

「うん」

 サミューちゃんの言うことはもっともだ。きっと今じゃなくてもいい。

 でも……。それでも、私は──

「れに、さみゅーちゃん、しんぱい」

「えっ……」

「さみゅーちゃん、げんきない。しんぱいで、やすめない」

「レニ……さま……っ」

 世界の滅亡を回避するため、私が無理をしてはいけないことはわかっている。

 でも、私はサミューちゃんのことが気になるのだ。

「さみゅーちゃん、ふあん? こまってる?」

 私は……転生するまでは、引きこもりの女子高生だった。

 うまく人とめず、普通に学校に行くことすらできない、そんな人間だ。

 普通の人なら……こういうとき、どうやって会話をするんだろう。もっとうまくやれるのかな……。

 さりげなく理由を聞いたり、おいしいごはんに誘ったり……? でも、私にはそんな器用なことはできない。

 なにかを言えば、その発言は普通ではないようで周りから浮く。それならばなにも言わないでおこうと黙っていれば、周りをイラつかせる。

 どっちを選んでも、なにもうまくできない。気づけば「ごめんなさい」以外の言葉を口に出すこともできなくて……。

「……れにね、しっぱいする」

 転生する前、私はなにを成せたんだろう。なにもできないまま、そのまま死んでしまった。

 そして、この世界に転生して、強い力をたくさん得たのだ。

「れに、つよいけど……、できないことがいっぱい」

 父と母を救い、世界を見て回ろうって決めた。その力があるって思ったから。

 それでも、私は失敗ばかりで……。

「ぱぱ、ままのおかげで、それでもいいっておもえた」

 そんな私を父も母も笑って受け止めてくれた。成功する私じゃなく、失敗した私でさえ、ぎゅっと抱きしめてくれた。

 だから……「ごめんなさい」以外の言葉もたくさん伝えることができて、やりたいことをやりたいって伝えることができたのだ。

 そして今、私がここで笑っていられるのは──

「さみゅーちゃん、いっぱいたすけてくれた」

 ──サミューちゃんがいてくれたから。

 私のことを丸ごと全部信じてくれた。できるっていう私をまっすぐに見てくれた。隣を見上げれば、いつもうれしそうに笑ってくれた。

 ……それが、私は本当にうれしかったから。

 その笑顔がいつも私の胸をうきうきさせてくれたから。

 大好きなサミューちゃんの笑顔。きらきら輝く碧色の瞳。それが今、かげってしまったのは……。

「……れにが、……なにかやったのかも」

 ……私のせいかもしれない。

 ここにきて、ようやく私は一つの可能性に思い当たった。

 サミューちゃんの元気がないのは……。私に愛想を尽かしたのかもしれない。

 転生前、ずっと引きこもりで周りから浮いていた私だ。転生したからといって、コミュ能力が上がったわけではない。

 だから……私のしたことで、サミューちゃんの元気がなくなったのかもしれない。

 そう考えたら、胸が苦しくなって、思わず下を向いた。

 すると──

「違います! レニ様……っ!

 焦った声と、こちらへ近づいてくる足音。

 気づけば、私の体は温かなものに抱きしめられていた。

「さみゅー……ちゃん?」

「申し訳ありません、レニ様っ。私は、私はレニ様にそんな悲しい顔をさせるつもりはなく……っ」

 サミューちゃんがソファの正面に膝をつき、私をぎゅっと抱きしめていた。

「私は……レニ様が消えてしまうかもしれないと説明され、絶対にいやだと思いました。怖くなったのです。……そして、レニ様がこのままエルフの森にいてくれれば……と。そんな浅ましい考えがよぎったのです」

 サミューちゃんの声が震えている。

 きっと今、すごくつらい告白をしてくれているから……。

「女王様が……レニ様のお母様が人間の男と出奔したとき、私は……自分の愛し方が間違っていたと思いました。いとしさ故に縛りつけ、希望を押しつけ、本人の意思を無視するのはダメなのだと。……だから私たちエルフはレニ様のお母様を失ったのだと感じたのです……」

「……うん」

「人間の男……レニ様のお父様は女王様をそのまま愛したのです。……私はそれをねたみ、そねみ、……うらやましいと思いました。そんな風にだれかを愛することが……それが正しいのだろう、と」

 サミューちゃんの話は、父と母のことだった。

 サミューちゃんたちエルフはここで母とゆっくりと死を迎えようとし、父は母と生きることを諦めなかった。

 結果、母は人間になり、ここを出ていったのだが、それがサミューちゃんの心にずっと残っているのだろう。

「私は間違っていた。だから……女王様の子の守護者になるという夢が消えたのだと、深く絶望しました」

 母がいなくなったエルフの森。母の子が生まれたらその守護者になると決め、必死で努力していたサミューちゃん。その夢が消え、とても苦しかったのだろう。

「けれど私の夢は続いていて……。私はもう二度と間違えないよう、レニ様を支えられるようにしたいと考えてきました。縛りつけ、押しつけ、意思を無視する愛し方はしないと必死でした」

 出会ったときから……サミューちゃんは私のことを止めなかった。いろいろと説明してくれ、私がやりたいと思ったことをサポートしてくれていた。

 それは……過去の苦しみや悲しみがあったから。

 初めからそうだったわけではなく、サミューちゃんは一生懸命に考えてくれていたのだろう。

「けれど……私はやはりダメなエルフです。今の私はどうやったらレニ様にここにとどまってもらえるか、そんな考えばかりが浮かぶのです。【世界礎の黒竜ブラックバハムートドラゴン】がレニ様に宝探しの提案をしたときも、それを喜べませんでした。……レニ様はそれをしたいと望んでいるのに」

 さっき目が合わなかったのは、止めたい気持ちとそれじゃいけないという、相反した二つの気持ちが葛藤していたのだろう。

 そこまで言うと、サミューちゃんはすこしだけ私から体を離した。

 ほんのすこしだけ見えた横顔。サミューちゃんは目を閉じていて……。

「私は人間の女騎士の姿を見て、昔の自分を見ているようで軽蔑していました」

「ぴおちゃんのこと?」

「はい。……守りたいと言いながら、狭い世界へ閉じ込めること。危険を取り除くと言いながら、交友関係を断つこと。……そんな愛し方ではダメなのに。私はそれを二度としないと、ごうまんにも思っていたのです」

 サミューちゃんとピオちゃん。二人は相性が悪かった。

 初対面でピオちゃんの対応が冷たかったからかと思っていたが、それだけじゃなかったようだ。

 サミューちゃんは過去の自分とピオちゃんを重ね、より強い言葉を使った面もあったのだろう。

「でも、私は……あの人間の女騎士と同じでした。情けなく、弱い。それが私です」

 サミューちゃんはそこまで言うと、私から顔を隠すように、もう一度、私を強く抱きしめた。

「レニ様は世界の滅亡を回避するために、きっと旅に出る。そして、必ずやり遂げる方です。だから……私は止めることができない……。レニ様は人のために走っていく方だから……」

 サミューちゃんはそう言うと、深く深く息を吐いた。

 表情は見えないけれど、震える体と息遣いから、サミューちゃんが悲しんでいるのがわかる。

 でも、私は……。私は……。

「さみゅーちゃん」

 私はぎゅうとサミューちゃんを抱き返した。

「れに……うれしい」

 どうしよう……。うれしい。

 サミューちゃんの告白は重く、愛し方に悩んでいる。私が消えてしまうことを嘆き、悲しんでいるのに、こんな気持ちになるなんておかしな話だろう。

 でも……。

「れになら、せかいのために、ちからをつかうって」

 私がひるんで、エルフの森へ留まるなんて、サミューちゃんの頭にはない。

 そんなこと、つゆほども考えてないのだ。

「れになら、やるって」

 ──信じてくれている。

 信じているから、私を止められないって悩んでいるのだ。

「れに、あいのせいかい、わからない」

 サミューちゃんが間違っていて、父が正解だった?

 でもきっと、そういうことじゃないと思うのだ。

 いろんな愛し方があって、いろんな関係性があって。たまたま父と母がうまくいき、サミューちゃんは悲しい思いをした。

 それは過去の話。未来がどうなるかはわからないし、それがずっと続く保証もない。父と母はまた愛の形を変えていくのだろうし、キャリエスちゃんとピオちゃんたちも、みんなで試行錯誤しながらがんばっている最中だと思うから。

 そして、今、私とサミューちゃんは二人で一緒にいる。私はサミューちゃんと一緒にいたいと思っている。

「れに、さみゅーちゃんがいい」

「レニ……さま……っ」

「さみゅーちゃんがいい」

 とってもかわいい美少女なのに、呼吸困難になって……。

 とっても強いのに、ときどき自信がなくなって。

 そんなサミューちゃんがいい。

「さみゅーちゃん、もっとしんじて」

「もっと信じる……?」

「うん。れにのこと、もっと、もっとしんじて」

 いつも信じてくれる。それが本当にうれしいから……。

「れになら、かならず、うちかつって」

「打ち勝つ……ですか?」

「うん」

 もっとできるって。

 信じて。

「せかい、めつぼうさせない」

「……は、い」

「れに、きえない」

「は、いっ!」

「さみゅーちゃんと、せかいをみてまわる」

「はいぃぃっ……!!

 サミューちゃんはそこまで言うと、わぁあん! と大きな声を出して泣いた。

 私はそれが落ち着くまで、ただぎゅっとサミューちゃんを抱きしめる。

 しばらくすると、サミューちゃんは、そっと私から体を離した。

 その碧色の瞳はきらきらと輝いていて……。

「もし、宝玉がなくなって世界が滅亡しそうになったとして、きっとレニ様ならすごいことを起こしてくれます!」

「うん」

「もし、レニ様がこの世界からいなくなってしまったとして、私が迎えに行けばいいのです!」

「むかえに?」

「はいっ! 世界を渡ってでも! 私は必ずレニ様を捜し出します! そして、ずっと一緒に旅をするのです!」

 サミューちゃんがぎゅっと石の拳を握り、声高に宣言をする。

 その姿があまりに真剣で……。だから、私は思わず笑ってしまった。

「うん、いいね」

「はいっ! なんの問題もありません!!

「うん。さいこうだね」

「はい! 最高です!!

 ああ。やっぱり、サミューちゃんが元気だと胸がうきうきする。

「しゅぎょう、がんばる」

「はいっ!! 私ももっと立派なエルフになれるよう、修行を重ねます!」

 二人で視線を合わせて頷き合う。

 そう。二人なら絶対に大丈夫!

 ──さあ! もっと強くなりましょう!


 その後、サミューちゃんはいつも通りに白目になり倒れた。いつも通りになってしまっていることが怖いが、これがいつも通り。

 その顔は幸せそうだったから、話をしてよかったのだろう。……よかったんだよね?

 そしてサミューちゃんは二秒後に白目から復活し「レニ様に休んでいただかなくては」とキリッとした顔で、私をベッドに運んだ。心配事がなくなった私も、ゆっくりと眠れた。


 そして、翌日。

 ハサノちゃんにもう一度、術をかけてもらう。

 一度目と同じように、熱っぽさやだるさはすぐになくなった。あとはこれを維持できるように、私が【魔力操作】ができるようにならなければ。

 行うことは──

「しゅぎょう!」

 すでに最強である私が、さらに最強に至るための道……!

「ではレニちゃん。【魔力操作】をしてみましょう」

「うん!」

 ワクワク【魔力操作】!

 【魔力路】を細くするための術を受けた魔法陣が描かれた大広間。そこで、ハサノちゃんは扉の前に待機していたエルフに目配せをした。

 そして、そのエルフはなにかを載せたワゴンを私たちの前へと運んでくる。

 ワゴンに載っているのは……大量の糸?

 たぶん地色は白なのだろう。だが、不思議と七色に輝くそれはとてもきれいだ。

「ニジイロカイコという、エルフの森にしかいないカイコのまゆからとったきぬいとでできているの」

「きぬいと」

「ええ。けんと呼ばれ、魔力を通すことができるのよ」

 ハサノちゃんの説明にほぅと頷く。

 ゲームにはなかった情報だが、魔力防御が高くなる服飾装備品にはこの糸が使われていたのかもしれない。七色に輝くエフェクトがあった気がする。

 ハサノちゃんは私に向かってほほむと、何本かの魔絹糸を手に持った。

 すると──

「ほら」

「ふわぁああ」

 ──糸が空中に浮かび、編み込まれていく……!

 できあがった組みひもを見て、歓声をあげる。

 糸が……勝手に動いた!!

「すごい……!」

「こんなこともできるわよ?」

 ハサノちゃんはさらに魔絹糸を手に取る。すると、魔絹糸はハサノちゃんの手から離れて空中へと浮かぶのだ。そして、それぞれ意志があるように動き、編み込まれ、織られていく。

 できたのは……。

「りぼんだぁ!」

「レニちゃんにあげるわね」

 七色に輝く平織りのリボン。

 ハサノちゃんから受け取れば、さすがシルク。すべすべでとっても気持ちがいい。

「幼いエルフはね、この魔絹糸で魔力の伝え方や操り方を学ぶの。サミューは覚えている?」

「そんなこともあったかも……しれません……」

「魔絹糸による練習はサミューにとって百年は前のことだから、記憶が薄いのね。サミューは【魔力操作】による身体強化を上げるために、走り込みや剣技、弓ばかりだったものねぇ……」

「強さはパワーです」

 サミューちゃん……。

「さぁ、レニちゃんもやってみましょう。まずは一本の魔絹糸でちょうむすびができるようにしていくのがいいと思うわ」

「うん!」

 うまくいくかな、どうかな。

「やってみるね」

 まずは魔絹糸を手に取る。うん、よし、ここまでは大丈夫。

「そっと魔力を流してみて」

「うん」

「そのあとは空中で糸を動かすことを想像してみてね」

「うん」

 魔力を流すのは、たぶんレオリガ市全体を浄化したり、エルフの森の炎を消したりしたのと同じ感じだろう。空中で糸を動かすことについてはまだピンと来ていないが、とにかくまずは実践!

 目を閉じて、体の中にある熱いのを集める。で、それを指先に移動させるイメージして──

「れ、レニちゃん!? 待って!?

「レニ様っ!」

「へ?」

 ハサノちゃんとサミューちゃんの焦った声がする。

 思わずパチッと目を開ければ、私が持った魔絹糸がびっくりするほど七色に光っていた。

「手を離して!」

 ハサノちゃんの声と同時ぐらいに、慌てて魔絹糸を手放す。

 すると魔絹糸から七色の光が放射線状に広がった。そして──

「あ」

 ──ボフンッ!!

「いとが……」

「爆発しました……」

「爆発したわね……」

 みんなで顔を見合わせる。

 糸を空中で操作する前に、そもそも糸に魔力が通せない……。

 ハサノちゃんもサミューちゃんも驚いた顔をしているから、普通ならば魔絹糸が爆発するわけではないのだろう。

 まさか私がここで引っかかるなんて思ってもみなかったようだ。

「もういっかい、やってみる」

「ええ。……もうすこし、少ない量でいいのかもしれないわね」

「レニ様、危ないと思ったら、先ほどのようにすぐに手を離してください!」

「うん」

 ハサノちゃんとサミューちゃんのアドバイスを聞き、もう一度、ワゴンから魔絹糸を取る。

 今度は……もうすこし少ない量をイメージしながら目を閉じる。胸の中の熱いのをちょっとだけ指先に集めて──

「れ、レニ様っ!」

「手を離して!」

 二人の焦る声とともに目を開け、魔絹糸から手を離す。

 するとやはり──ボフンッ!

「……ぜつぼう」

 また、爆発した……。

 【魔力操作】、まさかの初手で足踏み。

「普通なら魔絹糸がこんなに簡単に魔力で爆発することなんかないはず。レニちゃんの魔力が膨大すぎるのかしら……」

 しょんぼりと肩を落とす。

 でも……大丈夫! 最初からうまくいくことは少ない。ゲームだって失敗を繰り返し、何度もリトライし、うまくなるのだ!

「めげない」

 ワゴンから魔絹糸を手に取り、もう一度、集中。今度はもっともっと少ない量をイメージして……でも、また爆発。だから、私はもう一度、魔絹糸を手に取った。

「さすが……さすがレニ様です! 私は今、レニ様の尊さを体中に取り入れています。私も強くならなくては!」

 サミューちゃんはそう言うと、私に向かって力強く頷いた。

「レニ様が更なる高みを目指すならば、私もともに跳ばなくてはなりません。走ってきます!!

「うん」

 サミューちゃんはそう言うと、今度はハサノちゃんに向き直る。

 ハサノちゃんは私たち二人のことを微笑んで見つめていた。

「ハサノ様、レニ様のこと、よろしくお願いします」

「ええ、大丈夫よ。レニちゃんの身に危険が及ばないようにするわ」

 サミューちゃんがやる気に満ちた目で私を見つめる。

 なので、私はびっと親指を立てて、頷いた。

「つよくなろう」

「はい!」

 サミューちゃんが勢いよく大広間から出ていく。

 碧色の瞳はきらきらして、前を向く姿はとても力強かった。

「……サミューはもう大丈夫みたいね」

「さみゅーちゃん?」

「ええ。……悩んでいたようだけど、二人でちゃんと答えを見つけたのがわかるわ」

 どうやらサミューちゃんの元気がないことをハサノちゃんも気づいていたらしい。

 ハサノちゃんは私の前にかがみ、目を合わせた。

「レニちゃんはすごいわね」

「れに、はなしただけ」

「それがなかなかできないのよ」

 ハサノちゃんが私の頭をよしよしとでる。

 気持ちよくて目を細めると、ハサノちゃんも一緒に笑ってくれた。

 そして、よし! と立ち上がる。

「さあレニちゃん。レニちゃんの膨大な量の魔力を操作するには、もっともっと少量をコントロールする力が必要みたいね。──いろいろと試してみましょう」


        


 それから私は毎日、魔絹糸と向き合った。サミューちゃんは走り続けた。

 一週間後──

「さみゅーちゃん、はさのちゃん、みててね」

「はい!」

「ええ」

 いつもの大広間で、一本の魔絹糸を手に取る。

 これまで何度も何度も爆発させた糸。

 ハサノちゃんの見立て通り、私の魔力が膨大すぎて、自分ではすこしのつもりでも、大量に垂れ流してしまっていたのだ。

 省エネが叫ばれる昨今、あまりの燃費効率の悪さ。それが私。さらにあふれる魔力で【魔力路】に負担をかけ、不安定な状態だった。

 そして今──

「えいっ!」

 ──ぱちん、と一つウィンク。

 その途端、魔絹糸がふわりと七色に光った。手を離せば、重力で落ちるはずの魔絹糸はそのまま空中へと浮かぶ。

 そして、うにょうにょっと動いたそれは、ゆっくりと結び目になり……。

「できたぁ……!

 ふわぁああ! できた! 蝶結びは無理だったけど、なんとか片結びはできた……!

 達成感を胸にふぅと額をぬぐう。そして、サミューちゃんとハサノちゃんの顔を見上げた。

 やったよ! 私できた!

 すると、そこには──

「ひぐっ…うぐっひっ……」

「さみゅーちゃん……?」

 なんか白目になりつつ頬を紅潮させつつ……ぷるぷると震えている。美少女がしちゃいけない表情をしている。え? これサミューちゃんだよね……?

 びっくりしていると、ハサノちゃんがカッと目を開き、天井を見上げた。そして、右手を握りしめ、空へえる。

「かわいいわ!!

「はさのちゃん……?」

 よく見れば、扉のところに待機していたエルフの人たちもお互いにくぅと言いながら抱き合っている。これはいったい……。

 【魔力操作】の成功への感動が、目の前の謎光景への不審へと変わってしまう。すると、いち早く平静を取り戻したハサノちゃんが私をそっと抱き上げた。

「レニちゃんのあまりのかわいさに、みんな取り乱してしまったわね」

「そうなの?」

「ええ。気にしなくていいわ。レニちゃん、大成功よ!」

「うん!」

 片結びじゃダメだったかと不安になったが、そんなことはなかったらしい。ハサノちゃんが満面の笑みで褒めてくれたので、私もうれしくなってくすくすと笑った。

「レニちゃんの【魔力操作】は片目を閉じるとうまくできるのね」

「うん。かためだと、ちょうどいい」

 そうなのだ。これはたぶん私の癖のようなものだと思うが、魔力を感じるのに目を開けたままだと難しい。体に巡る魔力を感じるときは目を閉じて、体内へ意識を変えたいのだ。

 だが、両目を閉じて【魔力操作】をすると、魔力を出しすぎてしまう。

 そこで、私は片目を閉じる方法を思いついたのだ! 一週間もかかってしまったが、なんとか『ちょうどいい量を出す』ということをものにできたと思う。

 省エネ基準達成。

「問題はあまりにかわいすぎるということかしら……」

 ハサノちゃんはそう言うと、いまだに美少女に似つかわしくない表情で震えるサミューちゃんを見つめた。

「サミューがもたないかもしれないわ」

 ……サミューちゃん。