エルフの森で女王であるハサノちゃんと挨拶した私は、【魔力鑑定】を受け、女王の住まいであるという大きな木の宮殿みたいなところへと案内された。

 まずは疲れを取るためにベッドを借りて、すこし睡眠。【封印】が解けてからというもの、すぐに眠くなってしまう。

 エルフの森へ到着したのは夕方から夜ぐらいの時間だったが、私は一度目覚めて食事をって、またすぐに眠ってしまったようだ。

 今は、ピチチッという鳥の声が聞こえ、窓からは朝日が差し込んでいる。いい天気。

 ゆっくり眠ったため、体もだるくない。

 というわけで。

「すてーたす」

 いろいろと新しい情報が増えたから、確認!

 今まではなかった表記が追加され、変更されていて──


・名前:レニ・シュルム・グオーラ

・種族:エルフ(魔力暴走)

・年齢:4

・レベル:999(マイナス90%)


「まりょくぼうそう」

 今までは【エルフ(封印)】だったが、それが【エルフ(魔力暴走)】へと変わっている。サミューちゃんやハサノちゃんが話していたように、やはり今の私は魔力暴走の状態のようだ。

 そして──

「まいなす、へってる!」

 レベルの横にあるマイナス表示が97%から90%に変わっている!

 これには思わず、笑ってしまう。

「がんばってあるいたから」

 父母と別れ、旅をする中でたくさん歩いたのだ。

 体を作れば、もっと強くなるとサミューちゃんは説明してくれたが、まさにその通り。数字として表れていると感動する。

 今後もがんばらねば。

 そして、もう一つ、今までとは違う表記を発見した。

「……ばぐ?」

 なんだろう、これ。バグかな?

「まりょくちがおかしい……」

 魔力値が。魔力値がおかしいことになっている。

 これまでのMPは最大値である9999だったのだが……。

「にばい?」

 ・MP:19998/9999

 現在値が最大値を超えてしまっている。しかも大幅に。二倍。

 普通はスラッシュの下側に表記されるのが、自身が持つ最大値で、MPを消費する魔法などを使う度にスラッシュの上側の表記の現在値が減るはずなのだ。

 現在値が最大値をオーバーすることなんてないと思うが……。

「まりょくぼうそうだから? それとも……ままの?」

 ハサノちゃんが眠る前に言っていた。

 私は二人分の魔力を持って生まれた、と。

 とすれば、私が今まで持っていたMP9999と母が持っていたMP9999がそのまま私の値になってしまっているんだろうか。

「ほうぎょくのちから……?」

 母は【宝玉】に人間にしてほしいと願った。結果、母は魔力を失くし、人間の姿になったのだ。

 これまでのことと合わせて、時系列を考えると


・【宝玉】は母の願いを聞き入れ、魔力を吸い取り、封印した。

・母の魔力であるMP:9999は【宝玉】へとめられた。

・【宝玉】が母から私へと受け継がれた。

・【宝玉】の魔力を吸い取る能力は続いており、私のMP:9999も吸い取り、封印していた。

・【彷徨さまよえる王都 リワンダー】の【宝玉】の力により、私と共にある【宝玉】の封印の能力が消された。


 結果、私は母の魔力と元からの魔力が一度に体へと戻ってしまった。

「……ぶじでよかったかも」

 自分の状態を考えて、すこし反省。

 【封印】が解かれたとき、目の前にガイラル伯爵がいたから、たぶん興奮していたのだとは思う。

 たくさんのリビングメイルを浄化すること、ほかの施設にまだいるこどもたちを助けることしか頭になかったから、魔力がかえってきたことも気にしなかったし、それを一気に使うことにもちゅうちょはなかった。

 が、MP:19998が一気に体に巡ったと考えると、私はあの瞬間に変になってもおかしくなかったのではないだろうか。

 サミューちゃんが言っていた「レニ様が今、普通にしていることが、私には奇跡に思えます」というのは、たしかにその通りだったようだ。

「ずっとこうなのかな」

 リビングメイルを浄化するために、魔力をたくさん使ったはずだ。

 だが、現在値は二倍ある。もしかしたら、最大値はMP:9999となっているが、それは私自身の最大値であり、【宝玉】と共にある間は、二倍あるのが普通なのかもしれない。つまり。

「げーむより、つよい」

 ふふっと思わず笑ってしまう。

 ゲーム内ではすでにMAXになっていた魔力値。それが、今やそれを大幅に超えてしまった。しかも、ゲーム内にはなかった【魔力操作】もできるわけで、もはや私のポテンシャルは最高潮なのでは?

 さすが、最強四歳児。まだまだ伸びしろがある。

「レニ様、目が覚めましたか?」

「さみゅーちゃん。どうぞ」

 ベッドで一人で笑っていると、扉がノックされた。サミューちゃんが来てくれたようだ。

「レニ様、体調はいかがですか?」

「うん。だいじょうぶ」

 よく寝たから、眠くもないし、熱っぽさもすくない。

 ので、そう答えると、サミューちゃんはほっとした顔をした。

「昨夜、レニ様について話をしました。ハサノ様は現在のレニ様の症状を抑える方法をいだされたようです」

「そうなの?」

 【魔力暴走】を起こしたエルフは亡くなると聞いていたし、だからこそ、母は【宝玉】へと願ったはずだが、そうではなくなったのだろうか?

「ハサノ様はレニ様のお母様が【魔力暴走】を起こしたときから、ずっと研究されていたようです。もう二度と亡くなる仲間がいないように、と」

「すごいね」

 研究というのがどういうものかわからないが、きっと大変なことだろう。

 ハサノちゃんは女王もしていたはずだから、苦労もより多そうである。

 ハサノちゃんの優しいまなざしや、頭をでてくれた手を思い出し、胸がきゅっとする。

「根本的な解決にはならないようですが、レニ様の体のだるさや眠気、熱っぽさはなくなるようです。それにより、レニ様の体が大きくなり、魔力に耐えられるように成長を待つことが狙いです」

「うん」

 サミューちゃんの話はわかりやすい。

 いつものことだが、こどもである私にも、これからなにをするか、どうなるかを説明してくれるので、すごく安心ができる。

 本当は根本的に【魔力暴走】を終わらせることができればいいのだが、そうなると母のように魔力を失くすという方法になってしまう。

 今回はそうではなく、私に出ている症状に対応する方法のようだ。

「その方法は【魔力路】を細くすることです」

「まりょくろを……ほそく?」

「はい。エルフと人間の違いは魔力の循環であるという説明は覚えていますか?」

「うん」

 エルフは血液と同じように、魔力が循環してるんだよね。だから魔法が強かったり、寿命が長かったりするのだと話してくれた。

「今、レニ様の体は突然増えた魔力により、循環する魔力が大きくなりすぎ、魔力の通り道に負担がかかっている状態なのです」

「なるほど。まりょくのみちが、まりょくろ、だね」

「はい。【魔力路】が膨張することで、体がだるくなり、眠気や熱っぽさが出るようです。ですので、今は太くなってしまった【魔力路】をレニ様の体に合わせて、もう一度細くするのがいいのではないか、と」

「わかった。それ、やる」

 サミューちゃんの言葉にうなずく。

 【魔力路】を細くしてしまうと、魔力を出す量が制限されて、弱くなってしまいそうではある。が、今はそうするのがいいだろう。

 この眠気や熱っぽさとずっと付き合っていくのは大変だし、体に合わせた量が大切なのは私でもわかる。

 私の体はまだ四歳。MP:19998を操るには、幼すぎるのだ。

 私が頷くと、サミューちゃんも力強く頷いてくれる。

「では、レニ様、詳しいことはハサノ様から説明があると思います。まずは着替えて、ハサノ様のもとへ。すでに準備を進めています」

「うん」

 魔力路を細くしよう!

 ハサノちゃんは宮殿の一階。天井が高く、窓からの光が降り注ぐ部屋で準備をしてくれていた。

 この雰囲気はこどもたちを捕まえていたニグル村の教会に似ている。あれよりも温かみがある感じだけど。

 中央にはたくさんの紋章が複雑に組み合わされたような魔法陣。この中央に立つと、術が発動するのかな?

「じゃあ、レニちゃん、術を使う前に今の状態を伝えるわね。レニちゃんは【魔力路】がパンパンに膨らんだ状態なの」

「うん」

「このままだと、【魔力路】が壊れてしまう、それによって命を落としかねない状態よ」

 ハサノちゃんの言葉に、うんうんと頷く。

 サミューちゃんに教えてもらったこととほぼ同じ。さらに新情報として【魔力暴走】によって死んでしまうのは、【魔力路】の破損が原因らしい。

 イメージだと、蛇口とビニールホースのような感じだろうか。

 水圧の高い蛇口。そこについたビニールホース。今までの私は蛇口の栓が閉じていたからよかった。が、今はそれが開きっぱなしの状態なのだろう。

 エルフは体内に魔力が循環していると言っていたから、ビニールホースの先はまた蛇口へとかえっている。そこでバランスを保ちながら、ぐるぐると体内を巡っている感じかな。そして、必要なときに魔法を使ったり、【魔力操作】を行ったり、任意の場所から魔力を出している。

 が、私はその水圧が高すぎて、ホースが耐えられないのだ。ホースはどんどん太くふくらみ、ホースの外皮は薄くなってしまっているのだろう。

 このホースの負担により発熱やけんたいかん、眠気の症状が出ていて、いつかホースが裂けてしまえば、死んでしまう。

「この魔法陣は太くなってしまった【魔力路】を細くしたうえで、さらに魔力の循環の負担にも耐えらえるよう、きょうじん性を持たせるものよ」

「すごいね……」

 母のように循環する魔力を失くし、【魔力暴走】を防ぐのではない。そして、これまでの私のように元栓を閉めるわけでもない。

 蛇口の栓は開いたまま、魔力の循環量は変えずに、ホースを強くすることが今回の術でできるようだ。

 負担がかかったホースを体のサイズに合わせて細く。そして、補強までしてくれる。

 もう二度と母のようなエルフを出さないため、エルフの仲間を救うために、ハサノちゃんはたくさんの研究をしたのだろう。

「けれどね、レニちゃん。これは完璧な術ではないの……」

 ハサノちゃん苦しそうに眉根を寄せた。

「レニちゃんの魔力は大きすぎる。この術を使って【魔力路】を強化したとして、それでもまた【魔力路】は太くなり、レニちゃんの体には負担がでてくると思うわ」

「さいはつ?」

「再発……ええ、そうね。そうなると思うわ。だから、レニちゃんの体が魔力に見合うように成長をするまで……。いいえ、もしかしたら、一生かもしれないわ」

 ハサノちゃんの言葉に、隣にいたサミューちゃんの体がぴくりと動いたのがわかった。

 もしかしたら、初めて聞くことがあったのかもしれない。

「レニちゃんの成長とともに【魔力路】も強くなる。いつか持っている魔力と循環する魔力、【魔力路】のバランスが取れる日が来るかもしれない。けれど、もし、成長とともに魔力も強くなっていくとすれば……」

 ハサノちゃんの言葉に、今後、ずっと【魔力路】が安定しない未来を考える。

「ずっと、しんどい」

「そんな……っ」

 それに反応したのはサミューちゃんだった。

「レニ様が成長すれば、【魔力暴走】は落ち着くのではないのですか?」

「もちろん、そうなるように期待しているわ。……けれど、どう成長するかはだれにもわからない」

「そうですが……ですが、それはレニ様にとってはあまりにも……っ」

 サミューちゃんの悲痛な声。

 これから先、ずっと発熱や倦怠感、眠気が付きまとい、さらに死の危険があることを考えてくれたのだろう。

 そんなサミューちゃんをハサノちゃんはただ静かな目で見つめていた。

 なんていうか、ハサノちゃんは医師のような雰囲気があると思う。私の体を診察してくれ、冷静に話をしてくれる。いいことだけではなく、悪いことも含めて。そういうのはとても信頼できる。

 なので。

「さみゅーちゃん、だいじょうぶ」

 私はサミューちゃんの手をぎゅっと握った。

「れに、つよいから」

 ──最強四歳児だから。

「だいじょうぶ」

 またちょっと体が重くなってきたけれど、ふふんと胸を張る。

 すると、サミューちゃんの目がじわじわと溶けていって──

「はいぃっ……はいっ……。申し訳ありません、っ、レニ様の未来を疑ったわけではないのです……」

「うん。わかる」

 心配してくれたんだよね。

「さみゅーちゃんのきもち、うれしい」

 自分のことを心配してくれる人がいるのは、とても幸せなことだ。

 サミューちゃんが苦しそうなのに、私の胸はぽわっと温かくて……。

 ふふっと笑って、サミューちゃんの体にちょっとだけすり寄った。すると──

っ……っ

 ──サミューちゃんが息をむ。

 そして、白目に……。あっ、これは……。まずい……。

「あ、無理、尊い、むり、ひっさつ」

 倒れていくサミューちゃん。なにもできない私。傍観するハサノちゃん……。

 光の差し込む一室がなぜこんなことに……。

 すると、ハサノちゃんが冷静に告げた。

「サミューはエルフの性質を色濃く受け継いだのね。すこし熱中しすぎる」

「すこし……」

 すこしだろうか……。

「……なおる?」

 ハサノちゃんは医師のようだ。なので、もしかしたらサミューちゃんのこの呼吸困難も治せるのではないだろうか?

 恐る恐る尋ねると、ハサノちゃんはいい顔で笑った。

「レニちゃん、これはそういうものではないのよ。私がレニちゃんがかわいくて叫びたくなるように、サミューは息が吸えなくなる。自然の摂理よ」

「しぜんの」

 摂理……。

「失礼しました!」

 ハサノちゃんのいい顔にたじろぐと、サミューちゃんがなにごともなかったように復活する。

 そして、気合を入れて頷いた。

「もしレニ様の症状が今後も続いたとして、私が残りの宝玉をすべてレニ様にささげます! この命に代えても!」

「ええ。それに私もいるわよ。レニちゃんの体がしんどくなったときは、必ずここに来てね。また術をかけるから。それに研究も続けるわ」

 サミューちゃんもハサノちゃんもいてくれる。

 だから、きっと大丈夫。

 うん、と私も頷いた。

「では、始めるわね」

「おねがい」

 サミューちゃんから手を離し、てててと小走りで魔法陣の中央に立つ。

 すると、ハサノちゃんがいろんなところへ移動しながら、地面に手をついていった。

 複雑な紋様がすこしずつ輝いていく。光はどんどん増えていき──

「さあ、これで最後よ!」

 その声とともに、目の前が光であふれた。

 体がきらきらと輝く。そして──

「あ、からだ、かるい」

 体が軽い!

「ありがとう、はさのちゃん」

「よかった……うまくいったみたいね。こちらに来て、すこし【魔力鑑定】をさせてね」

 魔法陣から離れ、ハサノちゃんのもとへ。

 封印が解けてから感じていた、倦怠感や眠気がうそみたいだ。

 光の輪を通され、ハサノちゃんが体を調べてくれている。それが終わるとハサノちゃんはほっと息を吐いた。

「成功したわ。どう?」

「ねむくない、しんどくない」

「これからも体がおかしいと思ったら、この術をかけるわね」

「うん」

 ハサノちゃんは私の主治医。また【魔力路】の負担が大きくなったら、エルフの森へ帰ってこないとね。

「よかったです……っ、レニ様っ……」

「うん。さみゅーちゃんのおかげ、ありがとう」

「そんなっ……もったいないお言葉ですっ。ひとまずレニ様の体の不調が治ったならば、本当によかったです」

 私の体調不良に気づいて、すぐに【魔力暴走】だと見抜いてくれた。

 そして、母とやりとりをし、こうしてエルフの森へと連れてきてくれた。本当にサミューちゃんには助けてもらってばかりだ。

 そうして、サミューちゃんと会話をしていると、ハサノちゃんが私の前にかがみこんだ。

「あと、レニちゃん、一つ約束してほしいことがあるの」

「やくそく?」

「ええ、レニちゃんの体を守るために大切なことなの」

 目線を合わせたハサノちゃんが、真剣な顔で私を見つめる。

 私の体のため……。わからないけれど、その表情を見れば、とても重要なことだとわかった。

「それは──」

 ハサノちゃんの雰囲気に押されて、ごくりと喉を鳴らす。

 けれど、それは最後までは言葉にならなくて──

「おぉぉい!! エルフども!! 余をろうした罪、決して許さぬからな!」

 ──聞こえてきたのは。

「どらごんのひと?」

 まるで拡声器でも使ったかのように、エルフの森中に響き渡っている。

 この声は、サミューちゃんの突進で何度もお星さまになった、あの竜人だ。

「姿を現さぬならば、燃え尽きてしまえ! こんな古代の魔法があろうとも余の炎にかかれば一網打尽じゃ!」

 フハハハハッと笑う声。

 それと同時に部屋の扉が勢いよく開いた。

「女王様! 大変ですっ! エルフの森が燃えています!」

 慌てて部屋に飛び込んできたのはエルフの男性。

 その言葉に、ハサノちゃんは立ち上がり、すぐに男性へと視線を飛ばした。

「規模は?」

「それがっ、エルフの森の全周です! エルフの森を囲うように輪のように燃え上がり、ここの中心地点に向かって燃え広がっています!」

「消火を進めているのね?」

「はいっ! ですがあまりにも範囲が広く……っ、さらに炎は魔法の力があるようで、普通の水では消火できず、魔法の力でしか消せないのですっ!」

「結界はどうなっているの?」

「普段であれば魔法の力を遮るはずなのですが……っ」

 男性の焦った声と悲痛な息遣い。

 そこから緊急事態であるとすぐにわかった。

「とにかく、ここを出ます。現状確認を」

「はいっ」

 ハサノちゃんを案内するように男性が小走りで廊下へと向かう。

 私もその後ろを追った。

「れにもいく」

「はいっ!」

 エルフの男性、ハサノちゃん、私、サミューちゃんと外へ出ていく。

 外ではエルフたちがあわただしく動いていた。

 私たちが出てきたのを見て、何人かのエルフがこちらへと走り寄る。

 そして、ハサノちゃんへと悲痛な表情を見せた。

「ダメですっ、消火が間に合いませんっ」

「水魔法を使える者が消火にあたっていますが、範囲が広すぎて……っ」

「結界がっ、もちません……っ!!

 その言葉の途端、空が大きくぐにゃりと揺れた。

 エルフの森を覆っていた古代の魔法。それにより他者が入れないようにしていたものがなくなってしまったのだろう。

 すると、これまで見えなかった人影が現れて──

「やっぱり、あのこだ」

 ──長い黒髪に大きなしっぽ。そして背中には翼があり、それを羽ばたかせていた。

 サミューちゃんが吹き飛ばし続けた竜人。

 私から姿が見えたように、あちらからも私を見つけたのだろう。

 紫色の目がり上がり、私とサミューちゃんをビシッと指差した。

「見つけたぞ! ようやく姿を現したな! 余の話を聞かなかったことを後悔するがいい!!

 竜人はフハハハハッと笑う。

 サミューちゃんは無言で矢を構えると、なんのためらいもなく矢を放った。

 魔力を込めた矢はまっすぐに向かっていく。

 フハハハハッと笑っていた竜人は油断しているようで、矢に気づかない。

 しかし、寸前で気づいたらしく、慌ててしっぽで矢をたたき落とした。

「ううぉおい! 危ないではないか! 刺さったらどうする!!

「刺そうと思ったので、当然です」

「なんじゃこの危険なエルフは!!

「どうでもいいことです。それより、森を囲む炎はあなたの仕業ですか?」

「そうじゃ! おぬしらが出てこないならば仕方がないよのぅ!」

 竜人はそう言うと、悪い顔でクククッと笑った。

「伝説のブラックバハムートドラゴン様の炎じゃぞ? 地上を焼き尽くすまで消えん。余にこのような力を使わせた非礼を後悔しながら焼かれるとよいわ!」

 フハハハハハハッ!

 上空に浮かぶ竜人の言葉に、周りにいたエルフたちが息を呑むのがわかった。

「このままでは……私たちは……」

「ともに燃え尽きるしかないのでしょうか……」

「そんなっ……」

「くそっ……」

 聞こえてくるのは絶望の嘆き。

「大丈夫よ、みんな。……ここにしかないものもたくさんある。それが燃えてしまうのは悲しいけれど、ここを守り続けて私たちまでともに消えることはありません」

 そんなみんなを鼓舞するようにハサノちゃんは頷いた。

「一点突破です。招集をかけましょう。水魔法が使える者で私たち全員が通れるように消火し、外へ逃れるのです」

「っはい!」

 ハサノちゃんの言葉にエルフの男性が駆け出す。

 すると、それを追うように竜人が上空を移動した。

「ふんっ! 逃がすと思うか?」

 急降下し、男性へと手を伸ばす。が──

「手は出させませんっ」

 その言葉とともに、サミューちゃんが矢を放つ。

 矢はまっすぐに飛び、竜人の前髪を焼いて通過した。

「おおぃ! じゃから! 危ないじゃろ! 止まらなかったら当たっておったぞ!?

「当てようとしていますので」

 さらりと答えたサミューちゃんはまた矢を構える。

 竜人は慌てて、空高く飛んだ。

「ここは私が止めます」

「さあ、早く行って」

「はいっ!」

 サミューちゃんとハサノちゃんの声に、足が止まっていたエルフの男性が走り出す。

 今度は竜人は追わなかった。

「……レニ様っ、レニ様っ」

 矢を構えたまま、サミューちゃんがこっそりと私へと話しかける。

 でも、私はその声に応えず、ぼーっと竜人を見つめ続けていた。

「ぶらっくばはむーとどらごん……」

 竜人はそう名乗っていた。

 【世界礎の黒竜ブラックバハムートドラゴン】。ゲームの知識で知ってはいる。

 この世界の根源。それを支える伝説の竜の名だ。

 ゲーム内ではオープニングにちょっとだけ絵姿が出ただけ。自らが世界の基礎となるために眠ったドラゴン。それをもとに女神が地上を創り、この世界ができあがっている。ムービーで語られる、神話を見て、ワクワクと胸を躍らせたことが懐かしい。

 【宝玉】を守っていたアースドラゴンなど目じゃない。

 そのドラゴンが……ここに……。生きて、動いて……話している……っ!!

「レニ様っ……きらきらした瞳は大変美しいですが、今はそれどころではなく……っ」

 サミューちゃんの心配そうな声。

 そうだよね、今はそれどころではない。エルフの森が燃えているのだ。しかも周囲をすべて焼かれて、縮まる円の中心にいる私たちはここで燃え尽きてしまうかもしれない。

 でも──

「かっこいいね」

 ──私は思わず声を出していた。

「ん! ん! んんん!?

 そんな私の声は竜人に届いたようで、空中で思いっきりった、すごい海老えび反り……。大丈夫かな。

 すると、海老反りから戻った竜人がビシッと私を指差した。

「そこな小さきエルフ!」

「れに?」

「そう、おぬしじゃ! ……もう一回言ってみろ!」

「もういっかい?」

「さっき言ったやつじゃ! ほら! ほらほら! 言ってみろ!」

 竜人がそわそわとしながら、私になにかを求めている。

 さっき言ったこと。えっと……。

「かっこいい?」

「んん!!

「これでいい?」

「もう一回! もう一回じゃ!! いや、もう一回といわず何度でも! おぬしが思う余の魅力を言ってみよ!」

「かっこいい」

「んんん!」

「黒いのがかっこいいね」

「んっ」

「飛べるのもかっこいいね」

「んんっ」

「れに、ぶらっくばはむーとどらごん、みれて、しあわせ」

「んっんっんっんん」

 私の言葉を聞く度に、竜人は海老反りになる。

 そして、最終的に私の前まで降りてきて、「どうじゃ!」とポーズを取った。

 その瞬間──

「でかしたわレニちゃん!」

 ──四つの光の輪が竜人を捉える。

 ちょうど輪投げみたいな感じかな。

 私の前でポーズを取っていた竜人はそれをけることができなかった。肩下、胸の下、お腹、膝の上で停止した光の輪がその輪を縮め、ぎゅっと縛るような形になって……。

「な。なんじゃこれは……うぐぅ」

 ボンレスハムみたいになった竜人はそのまま、ごろんと地面の上へと転がった。ほおから落ちていったが大丈夫なのか……。

「ぐっ、なんじゃこれは……取れん!」

「ええ。いかに【世界礎の黒竜ブラックバハムートドラゴン】といえども、エルフの女王の全力の魔法です。すぐには破れません」

 うごうごする竜人に、ハサノちゃんがくすっと笑って言った。

 どうやら、この光の輪はハサノちゃんが出したものらしい。【魔力鑑定】してくれたときの光の輪に似ているが、こういう使い方もできるようだ。

 ハサノちゃんの器用なところにほぅと息が漏れる。サミューちゃんが言っていたように、ハサノちゃんは魔法の使い方がすごく上手だ。

 すると、竜人はキッと私を見上げた。

「よ、余をだましたのか……っ!

「だます?」

「余のことをかっこいいと言ったではないか! 余の純粋な心をもてあそんで、たぶらかしたのじゃ!」

 紫色の目が悔しそうにゆがんでいる。

 でも、私は──

「れに、うそ、つかない」

「じゃが……っ」

「かっこいいとおもった。いまもおもう」

「んんっ!!

 竜人はうごうごしながらも海老反り……。元気。

 そんな竜人をサミューちゃんは冷ややかに見下ろした。

「レニ様が騙すなどするはずがないでしょう。レニ様は心から思っていますし、それを言葉にしたまで。あなたがバカなだけです」

「本当に、ひどいエルフじゃな!」

「ひどくて結構。それよりも、早く炎を消してください。このままではあなたも消し炭です」

「ええ。私はあなたを逃がすつもりはないわ」

 地面でうごうごしている竜人にサミューちゃんとハサノちゃんが迫る。

 竜人は二人の剣幕に負けたのか、うごうごするのをぴたりとやめた。

「……無理じゃ」

「は?」

 あ……サミューちゃん、そんなドスが利いた声で……。

「……余のブレスは最強なんじゃ。対象物を燃やし尽くすまで消えんもん」

「はぁ?」

「……余のブレス強いもん」

「よし。このドラゴンはこのまま消し炭にしましょう」

 サミューちゃんはそう言うと、興味を失ったように、竜人から目を離した。

「いやいや! 余じゃぞ!? 世界の基礎となるドラゴンじゃぞ!? 余が消えたら、この世界が困るぞ!?

「しかたありません」

「しかたないことがあるか!!

 またうごうごし始めた竜人にハサノちゃんがため息をつく。

「まさか自身で扱いきれない力を使うなど……。とにかく、私たちは予定通り、一点突破を狙いましょう」

「はいっ」

「レニちゃん、こっちへ──」

 ハサノちゃんが私を手招きする。

 だが、私はそれに胸を張って答えた。

「れに、できるよ」

 エルフのみんなが話していた。森を焼く炎は不思議な力があり、魔法じゃないと消えないんだって。

 【世界礎の黒竜ブラックバハムートドラゴン】自身が消すことができない力でも、私なら!

「れにに、おまかせあれ!」

 だって、逆に言えば。

 ──魔法なら消せる。

「ほうぎょくよ」

 胸のあたりで両手をかざす。すると、そこにきらきらとした玉が出現するのがわかった。

 この感覚はレオリガ市の【全身よろい】を浄化するために使ったときと同じ。

 【魔力路】は細くなってしまったが、宝玉から魔法を使うイメージはとくに変わらないようだ。

 体が熱くなっていく。この熱さを地面まで広げて……。

「えるふのもりをまもり、ほのおをけせ」

 範囲はエルフの森全体。

「ひかりになぁれ!」

 言葉の瞬間、地面から光が湧きあがった。

 これできっと大丈夫。エルフの森は燃えないし、みんな安心安全。

 さすが最強四歳児!

 そう思ったのに──

「レニちゃんっ、ダメッ……!!

 光の向こうで、ハサノちゃんが必死に手を伸ばしていた。


        


 気がつくと、鏡には中学時代の私が映っていた。

 表情はなく、義務的に手を動かし、髪を結んでいる。

 肩につく長さの髪は校則で結ばなくてはならないから。

 そんな私に鏡越しに映った母がため息をつきながら声をかけた。

「ちゃんと学校に行きなさいよ。困らせないで」

「……ごめんなさい」

 そう一言返せば、母はまた、ため息をついて、離れていった。

 私はのろのろと体を動かし、廊下に置いていたカバンを背負う。大量に入れた教科書の重量で、かたひもが食い込んだ。

 靴を履き、うつむいて歩き続ければ、学校へとたどり着く。

 一週間ぶりに入った教室は、なにも変わりなく、私は自分の机まで近づき、椅子に座った。

 カバンを置き、空っぽだったはずの机の物入れを探る。そこにはプリントが乱雑に入れられていたので、とりあえず一まとめにした。

 そうしているうちにチャイムが鳴り、授業が始まる。

 とくになにもない。

 私が休もうと学校へ来ようと、他人には関係のないこと。学校は授業を受けて勉強する場所なんだから、それぐらいなら私にもできる。

 そう思っていたら、一時間目と二時間目の間に声をかけられて──

「あのね、あなたが休むと私たちのグループが一人少なくなるの」

「……うん」

 声をかけてきたのは、出席番号が二つうしろの女子。私は机に座ったまま、三人の女子に囲まれていた。

「掃除とかいろいろ困るんだよね。役割とか分けてるから、あなたが来なかったら、私たちのグループだけ役割を二つやる人ができるの。わかるよね?」

「……うん」

 言っていることはわかる。私たちのクラスは掃除当番などが出席番号で分けたグループの持ちまわりになっている。七人の五グループなんだけど、私が休んでいると、六人のグループになり、同じグループの人に迷惑がかかっているということなんだろう。

「……ごめんなさい」

 カラカラになった喉でなんとか言葉を発する。

 目の前の女子たちがどんな顔をしているのかが怖くて見れない。だから、顔を上げることができずにいると、はぁという大きなため息だけが聞こえた。

「なんかいじめてるみたいだから、そういう感じはやめてほしいんだけど」

「ごめんなさい……」

「来るなら来る、来ないなら来ないで先生に言ってほしいだけだからね。そうしたら先生も六人グループってわかって当番を振り分けるから。七人だと思われてると困るってだけだから」

「……ごめんなさい」

「ちゃんとしてほしいだけだから」

「……ごめんなさい」

 はぁ、とため息の音がして。

 女子たちは私の机から離れていった。

 向こう側で会話が続いている。

「ありがとうー、困ってたから助かった!」

「これで先生に言ってくれればなんとかなるね。本当にありがとう」

「いいよ。私も困ってたから」

 そこから先は授業にも身が入らなくて……。お腹の底のほうが重くて……。

 それでも、なんとか一日の授業を終えたところで、先生に声をかけられた。

「帰りに職員室に寄ってくれるか?」

「……はい」

 行きたくないけれど。でも、今日のことを相談できるかもしれない。

 私のせいでグループの人が困っているから、役割を軽くしてほしいって。

 だから、お腹の重さを我慢して、職員室へと向かった。

 先生は私を中へ入れて、自分の席へと着く。そして、立ったままの私を見上げた。

「ちゃんと学校に来ないとダメじゃないか」

「……ごめ、なさい」

「勉強もついてこられなくなるし、クラスの役割もできないだろ」

「ごめ……なさい……」

「別に先生は怒っているわけじゃないぞ。ちゃんと学校に来て、ちゃんとクラスのこともやっていかないとな」

 お腹が……痛い。頭が……ガンガンする。

「明日からもちゃんと来るんだぞ」

 そう言って、先生は私を職員室の外へと出した。

 結局、グループの人の負担を軽くする話はできないまま……。

 私は重いカバンを背負って、俯いたまま、家へと向かった。

「ちゃんと学校へ行く……」

 たったそれだけ。みんなができていること。できて当たり前のこと。

 学校に行けさえすれば、だれも困らないんだろう。

「神様……」

 神様。神様。神様。

 私はちゃんとしたいと思っています。ちゃんとできればいいって、いつもいつも思っています。

 でも──

「……できない」

 普通がわからない。ちゃんとができない。

 今日一日、人とした会話で「ごめんなさい」以外、返せなかった。

「疲れた……」

 一日中、気を張って。一日中、謝って。

 なにもしていないのに、もう動く気力がない。

 制服のままベッドに潜り込んで、そのまま目を閉じる。

 明日も明後日も、これからずっと。私は他人と関わる度に謝って生きなくてはならないのだ、と。できない自分を責め続けて生きなくてはならないのだ、と。

 黒いぐるぐるとした渦に飲み込まれていく。

 すると、遠くから声が聞こえて──

「──っニ様、レニ様っ」

 必死な声。涙混じりに呼ばれているのは──私の名前。

 すると、黒い渦の中に光があふれた。

「レニはすごいな! なんでもできるんだな!」

「……ぱぱ」

 そう言って、ぎゅうっと抱きしめてくれる。

 小さな私の視点は高くなって、ここから見る景色は特別に見えた。

「レニ、大好きよ」

「まま……」

 ふふっと笑って、優しく撫でてくれる。

 小さな私の頭に乗せられた温かな手。そこから伝わる温度は心にすっと染みていった。

「レニ様っ、ここです! こちらです!! 消えないでください……!」

「レニちゃん、こっちよ。戻ってきて!」

 さっきより鮮明に、必死な声が聞こえる。今度は二つ。

 その声に応えたいと思うけれど、どうしていいかわからない。

「ええいっ! このままでは【宝玉】とともに消えてしまうぞ! 余を自由にせよ! 余に任せるのじゃ!」

 もう一つ違う声がして、トンッと胸の中心に衝撃が走った。

「ここじゃ。ここに意識を向けよ」

 澄んだ声。

 その言葉の通りに、胸の中心に意識を向ければ、そこに大きな光があって……。

「この世界が好きじゃろう?」

「うん」

「この者たちが好きじゃろう?」

「うん」

「ならば、力を発散させるんじゃない。集中させよ」

「しゅうちゅう……」

「光を集めるんじゃ」

 そう言われて、よく見れば、光がどんどん外へとあふれているのがわかった。

 これを……こう、ぎゅっと丸くする感じにして……。

「そうじゃ。その調子ぞ」

 集めた光を球にするように、最後にぎゅうっと力を込める。

 瞬間、パチッと目が覚めた。

「あ、みえた」

 最初に見えたのは、竜人。黒い髪に紫色の瞳。

 そのうしろには泣き顔のサミューちゃんと、心配そうなハサノちゃんの姿があった。

「れ、れ、レニ様ぁぁあっ、よかったですぅぅうっ!」

 サミューちゃんがぐっと私を抱きしめる。

 力が強くて痛いぐらい。その強さがサミューちゃんの心を表しているようだ。

「れに、どうなってた?」

 はて? と首をかしげる。

 中学時代のあまりいいとはいえない記憶を見ていたのはわかる。けれど、それにしてはみんなが必死だ。

 私の質問に、ハサノちゃんが苦しそうな瞳で答えた。

「今、レニちゃんは力を使いすぎて、【魔力暴走】で消えかけていたのよ」