元引きこもり女子高生だった私は大好きだったゲームの世界に転生していた。

 銀色の髪に金色の目、種族はエルフ。そして、なんとレベルはカンストし、たくさんのアイテムも持ち越していた。ただ、封印状態となっており、耳は丸く、能力も制限されていた。

 能力が制限されていても、最強装備とアイテムで、つよつよの私。借金で苦しむ父母を助け、【守護者】となったエルフのサミューちゃんと旅に出たのだ。

 そして、そこでドラゴンに襲われていた王女、キャリエスちゃんとその騎士ピオちゃんたちと合流した。

 しかし、キャリエスちゃんは【蠢く鎧リビングメイル】に襲われ、領都へと連れ去られてしまった。

 私、サミューちゃん、ピオちゃんの三人でキャリエスちゃんの奪還を目指す。

 ガイラルをお星さまにし、【宝玉】を探す新興宗教集団【女神のしずく】の地下施設を壊滅させることに成功した私。

 けれど、ガイラルが【彷徨さまよえる都市 リワンダー】の魔法陣を使い、私の体に変化が起こってしまった。

 ──封印が解けたのだ。

 魔力暴走を起こし、父と生きるために人間になりたいと願った母。そして、宝玉はそれをかなえた。

 私はそれを受け継ぎ、生まれたときから【宝玉】を持っており、さらに封印状態だったと考えられる。

 封印が解けた私は、エルフの見た目となり、【魔力操作】もできるようになったのだが、突然、増えた魔力に身体がついてこなかった。

 ──魔力暴走。

 エルフだった母と同じ症状。

 私としては、いつもより眠くなりやすく、体が熱っぽいという感じだが、サミューちゃんの心配そうな目を見れば、あまり良くない状態なのだとわかった。

 それに……。

「レニ、絶対に無理をしてはダメですわ」

「ああ。レニ君は自分のことに無頓着すぎる。もっと慎重に、体を大事にしてほしい」

 ガイラルを吹き飛ばしたあと、すぐに眠ってしまった私は、豪華なベッドで横になっていた。

 ここは領都を外から見たときに見えた、あの白いお城の一室のようだ。

 ベッドの横にはキャリエスちゃんとピオちゃんが来て、私にゆっくりと声をかけてくれた。

「わたくしはガイラル領都に残り、混乱が起きないよう、これまで通りに領民が暮らせるようにしますわ」

「うん」

「僕もここで護衛を続ける」

「うん」

 私が眠る前にみんなで決めたこと。

 キャリエスちゃんは家族と協力し、これ以上の混乱が起きないようにしていく。そして、ピオちゃんはそんなキャリエスちゃんを支えていく。

 なので、二人とはここでお別れだ。

 うなずいて答えると、二人の隣に立っていたサミューちゃんが話を引き継いだ。

「レニ様、体調はどうですか?」

「うん。ねたら、ちょっとげんき」

 熱っぽさは変わらないけれど、眠気はかなり引いた。

 これだけで、体は楽だ。

「レニ様がお休みになられたのは、昨日の昼前です。今はもう翌朝になっています」

「……そんなに」

 思ったよりも寝ていた。

 領都全体を浄化しようとして使った魔力が多すぎたのか、封印が解けた反動かはわからないが、あの眠気と丸一日の睡眠時間はちょっと困る。

 そして、魔力暴走が続くと、亡くなってしまう……んだよね?

「レニ様の魔力ですが、眠る前と比べるとすこし安定しているようです。今のうちに移動をしたいと思いますが、よろしいですか?」

「えるふのもり、いく?」

「はい。女王様に連絡を取りました。女王様の守護者には女王様のお姉様が就かれています。そして、エルフの現女王様がお姉様です。急ぎ、エルフの森へと向かうようにと伝えられています」

「わかった」

 母はエルフの森を出て、父と生きることを選択した。

 父はエルフの女王を誘拐したということで、お尋ね者になっているはず。なので、母はエルフの秘密である【守護者の契約】で行える【精神感応テレパシー】をずっと使っていなかった。

 けれど、私のためにサミューちゃんと連絡を取ったり、エルフの森とも連絡を取ったりしてくれたようだ。

「ぱぱ、まま、だいじょうぶ?」

 母が連絡を取ったことで、エルフがそちらに意識を向けて、父と母の暮らしをやめさせようとしないだろうか。

 心配になって聞けば、サミューちゃんは困ったように眉尻を下げた。

「レニ様の不安ももっともです。私たちエルフは人間の男……レニ様のお父様に対していい感情は持っていません」

 そして、まっすぐに前を向き、拳を握った。

「エルフにとってはかつと同じです」

「さみゅーちゃん……」

 そんなはっきり……。

「しかし、女王様の気持ちは十分にわかっているつもりです。……自らの愚かさも。ですので、今はただレニ様のお身体を治したい。それが全エルフの願いです」

「そっか」

 どうやら父と母の暮らしに波風を立てるような展開にはなっていないようだ。ほっと胸をでおろす。

「ところで、エルフの森へはどうやって行くんですの? レニの体を考えれば、やはり馬車がいいのでしょうか」

「領都へ来たときと同じように馬車で向かうのがいいと思う。その場合は僕がぎょしゃになり、またジュリアーナたちにていてつをつければどうだろう」

 キャリエスちゃんとピオちゃんが行き方について提案してくれる。

 しかし、サミューちゃんは首を横に振った。

「馬車は使えません。エルフの森へ人間を案内することは禁忌なのです。ですので馭者は私自身がする必要がありますが、その場合、馬車や馬を返すことで二度手間になってしまいます」

「そうか……」

せんえつながら──私が抱き上げます」

 サミューちゃんは決意のこもった瞳でうなずいた。

 というわけで。

「レニ、これが最後ではありません。わたくしはまたレニと会いたいと思います。必ず。……必ずっ!!

「うん。ぜったい、だね」

「僕はまたレニ君に料理を食べてほしい」

「うん。ぴおちゃんのごはん、すき」


        


 ガイラル領都の門前。

 キャリエスちゃんとピオちゃん、そして護衛の騎士たちがわざわざ見送りに来てくれていた。

 キャリエスちゃんはぎゅうっとスカートを握りしめ、必死に私を見上げている。そして、ピオちゃんは心配そうに私を見つめていた。

 私はというと、サミューちゃんに抱っこされている。

 フードはしていないけれど、サミューちゃんは倒れることはなく、その場にとどまっていた。

「がんばれ私。がんばれ私。……がん、ばれ。できる……私はできる……エルフッ!」

 ……うん。頭上からつぶやきは聞こえる。

 サミューちゃんが耐えてくれているのはわかるので、私は決してそちらを見上げない。目が合うと絶対に危ない。危険。

「またね」

 きっと、また会える。……また会いたい。

 だから、悲しい別れじゃない。

 抱っこされたまま、キャリエスちゃんとピオちゃんに手を伸ばす。

 二人は私の手をぎゅっと握ってくれた。

「では、行きます」

 二人の手の温かさと、抱きしめてくれるサミューちゃんの温かさと。

 胸がぽかぽかとあたたかくなるのを感じながら、私はそっと手を離した。

「レニッ! 体を大事にしてください!」

「レニ君、無理は禁物だぞ……っ!

 二人は最後まで私のことを案じてくれる。

 サミューちゃんは二人の声を聞きながら、思いっきり前方に向かってジャンプした。

「わぁ……!

 すごい。世界が一気に駆けていく。

「レニ様っ、大丈夫ですか?」

「うん。たのしい」

 体は相変わらず熱っぽいけれど。

 でも、ほおに当たるさわやかな風と、一瞬で過ぎていく景色。それがサミューちゃんの一足一足で生まれていく。

 【魔力操作】ってすごい。

 これまでもサミューちゃんの能力はすごいなぁと思っていたけれど、速さでいえば今が一番だ。

「はやいね」

「はい。これが私の最速です!」

「むりしないでね」

「問題ありません! このままエルフの森まで駆け抜けます!」

「うん」

「エルフ一同、レニ様のことをお待ちしています」

「うん」

「とてもとてもきれいな森です」

「うん。たのしみ」

 エルフの森へ向かっていくサミューちゃんと私。

 びゅんびゅんと景色が跳んでいく。

 サミューちゃんに抱き上げられて、景色を楽しんでいたんだけど、また眠気がやってくる。

 サミューちゃんへの信頼や安心から、眠気が来てしまうのもあるが、やはり体がおかしいのだろう。

 起きたばかりなのに、こんなにすぐに眠くなるなんて……。やはり、このままではダメだ。

「レニ様、また眠気が来ましたか?」

「……うん」

 サミューちゃんは私の変化を察知したようで、すぐに声をかけてくれる。

 うそをついても意味はないので、素直に答えると、私を運んでいる腕にぎゅっと力が入った。

「…急ぎます」

 そう言ったサミューちゃんが、ぐっと地面を蹴る。瞬間、世界がもう一段階、速く過ぎていった。

 最初に「これが最速です」と言っていたけれど、またスピードが上がった気がする。サミューちゃんすごい。

 すると、いきなり、きれいな声が響いた。

「そこなエルフたち! 待つのじゃ!」

 声の聞こえてきた方角は──

「そら?」

 うつらうつらしていた目をこすり、空を見上げる。

 逆光だから、シルエットしかわからない。見えたのは、たなびく長い髪と翼竜のような羽、そして太い尻尾だ。

「余の宝玉を返すのじゃ!!

 びゅっと空を駆けた声の主が、サミューちゃんと私の前に立ちふさがった。飛び降りたのは私たちの十メートルぐらい向こうかな。

 空中では逆光で見えなかった顔がよく見える。

 黒色の長い髪にキッとつり上がった紫色の目。体格は十歳ぐらい? 特徴的なのは背中から生えた黒い羽と、おしりのあたりから伸びる太くて黒い尻尾だろう。

 まさか移動中に来訪者が現れるとは。しかも、口振りから私たちに用があるのは間違いない。

 そんな来訪者にサミューちゃんは──

「邪魔です!」

「へぶっ!?

 ──止まることなく、まっすぐに突っ込んだ。

「え……?」

 ──キラン。

 結果、来訪者はお星さまになってしまった……。

 遭遇時間、わずか二十秒……。

「さみゅーちゃん……いま……」

です!」

「え、でも、えるふたちってよんでたよ……?」

「些事です!」

 サミューちゃんがまっすぐな瞳で言い放つ。

 些事……か……。

「あの姿から考えるに、獣人かなにかでしょう。上空からとはいえ、私の最速を追い抜きました。多少、勢い余って吹き飛ばしてしまいましたが、あちらは自分でなんとかする力があると考えます」

「うん」

 来訪者は、まさかサミューちゃんがそのまま突っ込んでくるとは思わなかったのだろう。明らかに油断した声を出して吹き飛ばされてしまった。

 が、たしかにサミューちゃんの言う通り、羽もあるしなんとかなりそうではある。無事ならばそれでいいが……。

 あと、気になることを言っていた。

「ほうぎょくのこと、しってた」

 そう。来訪者は「宝玉を返せ」と言っていたと思う。

 ということは、私が宝玉とともにあることを知っていて、さらにその宝玉の元の持ち主ということだ。それはつまり……。

「どらごん?」

 私が現世で手に入れた宝玉は【霊感の洞窟】のドラゴンを倒したあと、隠し部屋の床を【つるはし(神)】で穴掘りして手に入れた。そして、ここではサミューちゃんが【霊感の洞窟】にいるドラゴンを引きつけている間に、父が隠し部屋から見つけたと話をしていたのだ。

 宝玉をなくしたドラゴンは、ガイラルにそそのかされ、キャリエスちゃんを襲った。そして、私はそのドラゴンをお星さまにしたのだが……。

「しりあい、かな」

 あのアースドラゴンの。

「はねとしっぽがあった」

 黒い羽と太い尻尾。たしかにドラゴンっぽい。サミューちゃんは獣人の可能性を示唆していたが、もしかして竜人だろうか。

 ふむ、と考え込む。

 すると、サミューちゃんは一歩も足を止めないまま、ゆっくりと話を始めた。

「レニ様、そのことはまたあとで考えましょう」

「あとで?」

「もしかすると、また現れるかもしれません。その際に考えるとして、今はレニ様の【魔力暴走】を止めることを目的としましょう。エルフの森まではまだかかります。途中に食事休憩は挟みますが、このまま走ります。レニ様の眠気が増してきているのは、体内の魔力がまた増えているためかと。まずはお休みになってください」

「……うん」

 たしかにそうなのだ。

 宝玉のことを話していたし、なんとか情報を整理しようと思うのだが、頭がうまく回らない。風邪で高熱が出たときはこんな感じだったなぁ。

「レニ様……」

 サミューちゃんの心配そうな声。

 スピードは緩めないが、その手の力強さや、できるだけ私が揺れないように走ってくれているのは十分に感じる。

 サミューちゃんは私を甘やかすのがうまい。

「わかった。またねる」

「はいっ」

「サミューちゃん、むりしないでね」

「まったく問題ありません! レニ様を抱き上げているこの幸せがあれば、走り続けられます!!

「ありがとう」

 サミューちゃんに甘やかされ、またうとうとと目を閉じる。

 そうして、私は眠ったり起きたりを繰り返した。寝起きはすこしだけ元気になる。そのタイミングで一度だけ昼食をるために、二人で木陰で休憩した。

 それ以外は、サミューちゃんは跳び続け、止まったのはすでに夕方。オレンジ色の夕日は落ち、空は紫色へと変わろうとしている。

 ちなみに──

「そこなエルフたち!! 待てと言っておろうが!! 余を吹き飛ばすとはどういう了見なのじゃ!? って──へぶしっ!?

「本当になんなのじゃ!? 余の言うことが聞こえておらんのか!? ──って、待て、待てというに──っへぶしぐっ!?

「本当に……本当に待ってほしいのじゃ……せめて、せめて話を──へぶしぐぬっ!?

 ──来訪者は何回か現れ、その度にサミューちゃんに吹き飛ばされた。

 最後のほうは泣きが入っていたと思う。が、サミューちゃんは「些事です!」とまっすぐに言い放ち続けた。

 私も眠気により、サミューちゃんを止める間がなくて……。

 吹き飛ばされても無事に戻ってくることがわかってしまったので、後半は私ももういいかな、と思ってしまった面もある。


 そうして、来訪者を吹き飛ばしながら到着したのは、背の高い大きな木がたくさん茂った場所。

「レニ様、ここがエルフの森です」

「ここが?」

 サミューちゃんの言葉に、目をこすり、辺りを見回す。

 普通の森では考えられないぐらいの大きな木がたくさん生えている。

 幹の太さだけで、六メートル以上はありそうだし、高さは百メートルを超えているかもしれない。地球でも背が高い木というのは存在していた。それが一本だけではなく、背が高い木で森が構成されている感じだ。

 でも、それだけ。

 ゲームの知識とサミューちゃんの教えてくれたことから考えるに、こういう大きな木に家が建っていると思ったんだけど……。

「き、だけ?」

 不思議に思って尋ねると、サミューちゃんはふふっと笑った。

「エルフの森には、他者の侵入を防ぐため古代の魔法がかけられているのです」

「こだいのまほう」

「はい。ちょうどレニ様が手を伸ばした先に空間のゆがみがあります」

「え、ここ?」

 サミューちゃんの言葉にびっくりして手を伸ばす。

 とくになにも変わらない。

 だが、たしかに、伸ばした手にすこしだけ違和感があった。

「……ちょっとへんかも」

「さすがレニ様です。普通は違和感にも気づけません。この空間の歪みを開くにはエルフに伝わる秘密の呪文が必要なのです」

「ひみつのじゅもん……!」

 それはかっこいい。

 エルフは他種族と関わらないため、どこか神秘的だ。ゲーム内でもエルフの神秘性についての描写はあったが、実際にこの目で見て、体験できるとワクワクする。

 守護者の契約をしての【精神感応テレパシー】もあったし、エルフにしかできない、知らないことがたくさんあるのだろう。

「必要なのは呪文と、このエルフの証明書です」

「あ、れおりがしの」

「はい。レオリガ市に入る際、検査のために使ったものです」

 サミューちゃんが取り出したのは、てのひら大のみどりいろの石。

 たしか魔力が込められていて、サミューちゃんの名前とサミューちゃんの両親の名前、それを証明する現女王の刻印があると言っていた。戸籍の証明書のようなものなんだよね。

 なるほど。エルフの森に入るにはエルフの証明書が必要ってことなのだろう。

 ゲームでもエルフの森はだれでも行けるわけではなく、イベントをクリアしないとマップに表示されることはなかった。

 まさか古代の魔法がかけられて隠されていたとは思わなかったが、現実だとこういう仕組みになっているようだ。

「では、いきます」

 サミューちゃんが私を抱き上げたまま、器用に右手を空間に突き出す。握られているのは碧色の石。

「【現れろファイノマイ】」

 言葉と同時にサミューちゃんの目がきらっと光った。

 そして、碧色の石からまっすぐに光が進む。瞬間、霧が晴れたように景色が変わり──

「ふわぁ……」

 ──現れたのは、たくさんの建物。そして、あちこちで輝くピンク色の光。

「きれい」

 これまで見えなかったツリーハウスがたくさん見えるし、さっきまでは感じなかったたくさんの人の気配もする。きっとここに住むエルフたちだろう。

 が落ち、紫色になった空。大きな木とそこに建つ家並み。そこにピンク色の光がちらちらと揺れていた。

 ゲームで見た幻想的な世界。それを実際にこの目で見ている。

 そのことに胸がじーんとして……。

「……え?」

 ……え?

「なに……?」

 感動に震えていた胸が、突然スンッとなる。

 エルフが全員、手にはピンクに光る棒を持っていた。

「レニ様、かわいすぎます……っ」

「レニ様、こっち向いてください……っ!

 そして、いろんなところから声がかかる。

 いや、これは声をかけているというより、胸にとどめられない思いの発露というか……。そう、これは熱狂。エルフたちが熱狂している。

 まるで──

「こんさーとかいじょう……」

 アイドルのコンサート会場みたいになっている……。

 手に持っているのはペンライト……?

「さみゅーちゃん……これは……?」

 目の前の光景が信じられず、サミューちゃんを見上げる。

 すると、サミューちゃんはいい笑顔で頷いてくれた。

「エルフ一同、レニ様にお会いできるのを心待ちにしていました。女王様と現女王様が【精神感応テレパシー】で連絡を取り、こうして準備を進めていたのだと思います」

「ひかってるのは?」

「あれは【光耀の木フローセントツリー】の枝だと思います。切り口から樹液が出て発光する珍しい木なのです。エルフの森にしか生えていません。色はさまざまなのですが、今回はレニ様に合わせ、あの色に揃えたようですね」

 木の上にはペンライトを振るエルフ。地上にもペンライトを振るエルフ。地上のエルフたちは私を取り囲むように人垣になっているが、ある一定距離からは近づいてこない。怖くはないが、戸惑う。

 きょろきょろと視線を彷徨さまよわせると、サミューちゃんが、すっと手を前に出した。

「レニ様、現女王様です」

 サミューちゃんの言葉にその手の先を見る。

 人垣が割れ、そこから一人の女性がこちらへと歩いてきた。

「レニ様のお母様の姉上。レニ様にとってはに当たる方です」

「うん」

 こちらへやってくる女性を見つめる。

 肩あたりで切り揃えられた金色の髪。緑色の目は切れ長だ。そして、れいな雰囲気にぴったりの眼鏡をかけていた。

 母はおっとりしている感じだが、その姉である女性は知的美人といった感じがする。

「あなたが──レニちゃん?」

 女性は私のもとまで歩いてくると、すずやかな声で私にたずねた。

 その声に私はぐっと手を握る。

 母はエルフの元女王。父と生きるために人間となり、エルフの森を出た。父母には事情があったため、これまで父母以外の血縁、親戚とは会ったことがない。

 前世も引きこもりで、こういうあいさつは慣れていないのだ。

 この世界に来て、人付き合いのしんどさはあまり感じていなかったが、さすがに初めて会う親戚への挨拶は緊張する。てのひらにじんわりと汗が出るのがわかった。

「はじめまして。れにです」

 ちゃんと顔を上げて。しっかりと発声して。

 ──大丈夫。

 ──普通にできている。

 ──おかしくない……よね?

 そうやって、自分を鼓舞して……。

「ふくっ……っ

 すると、どこかから空気の漏れる音がした。

 その音を出したのは……目の前の女性?

「かわいいわ!! 好き!!

 眼鏡知的美人はそう空に叫び──

「でかした、ソニヤ!!

 くぅっとみしめながら、拳を握った。

 大きな声に肩がビクッと上がる。

 すると、サミューちゃんがそんな私をなだめるように、ポンポンと背中をたたいた。

「ハサノ様、喜びは理解しますが、レニ様が驚いています」

「はっ……。そうよね。ごめんなさいね」

 サミューちゃんのりんとした声に、拳を握り、ほうこうしていた眼鏡知的美人が我に返ったように、冷静な顔へと戻る。

 そして、ゆっくりと私と目を合わせた。

「とてもかわいい挨拶をありがとう。私の名前はハサノ。レニちゃんのママのお姉ちゃんよ。今はエルフの女王をしているの」

 小さくほほみながら、自己紹介をしてくれる。

 一見して、母と姉妹だとはわからない。が、こうして笑う顔を見ると、目元が母とそっくりだ。髪の色も目の色も、持っている雰囲気も違うが、たしかに母との血のつながりを感じる。

 母の面影を見て、緊張していた体から力が抜けた。

 よかった。私の挨拶も嫌な風に受け取られてはいないようだ。これならば、私のせいで父母が悪く言われることはないだろう。

 それならば、伝えておかねばならないことがある。

「あのね、ままげんき」

 ──きっと、気になっていると思うから。

「ぱぱといっしょ、しあわせにみえる」

 あくまで私の視点からだが。

 エルフの森を出て、いろいろと苦労をした母だが、これまでに一度も後悔していると話したことはなかった。

 こどもである私の前では言えない可能性もあるが、母はどんなに大変なときも前向きで、いつだって父と暮らすために努力を続けていた。

 私は母のそういうところがすごいと思う。

 父も母と支え合っていて、この二人だったから、たくさんのことを乗り越えていけたんだろうと感じる。

「ままはだいじょーぶ」

 エルフたちがつけているお揃いの鉢巻きと、エルフの森にしか生えていないという珍しい【光耀の木フローセントツリー】の枝。それを準備してくれたということは、私を本当に歓迎してくれているのだろう。

 サミューちゃんから、エルフはこどもを大切にするし、エルフ全体が家族のような繋がりがあると聞いていた。が、会ったこともないこどものために、こんなに準備するのは大変なはずだ。

 それを準備したのは──母のことが大切だったから。

 父と出会うまで、エルフの森で暮らしていた母。女王として存在していた母。みんなに大切にされ、愛されていたのだと感じる。

 だから、一番気になっているだろう、母のことを伝えると、現女王は泣きそうな顔になって──

「私たちエルフは……ソニヤに起こったこと、自分たちの行動をずっと後悔していたの」

 それは一瞬。そんな表情を隠すように、すぐに目を閉じた。

「でも……そうね……。あの子が幸せならよかった」

 噛みしめるような声。

 そして、次に目を開けたときには、母と同じ、あの優しい目元で笑ってくれた。

「レニちゃんは幼いように見えるけれど、とてもさとい子なのね」

「はいっ! レニ様は特別なのです!」

 その言葉にサミューちゃんがうれしそうに声をあげる。

 現女王はそれに、ふふっと笑って答えると、そっと私の頭を撫でた。

「レニちゃん。私もレニちゃんを抱っこしたいんだけど、いいかしら?」

「うん」

 頭を撫でる優しい手。きっと身を任せても安心だ。

「サミューもいい?」

「はい」

 現女王はサミューちゃんに確認をしたあと、私へと手を伸ばした。

 私からも手を伸ばし、サミューちゃんの腕の中から移動する。

 ぎゅっと抱きしめられると、ぽかぽかと温かい体温が伝わった。

「レニちゃん。そのかわいい声で私を呼んでみて?」

「よぶ?」

「ええ。私はレニちゃんの伯母だから、『おばちゃん』で構わないから」

 そう言われて、むむっと考える。

 『おばちゃん』と呼ぶのが嫌なわけではないが、眼鏡知的美人をそう呼ぶのは気が引ける。

 なので、ちょっと考えてから、そっと口を開いた。

「……はさのちゃん?」

 年上の女性に『ちゃん』は失礼だろうか。

 うかがうように、目を見つめると、現女王──ハサノちゃんは顔をらし、空気を漏らした。

「ふくっ」

 そして、また──

「かわいいわ!! 好き!!

 ──咆哮。

 紫色から黒へと変わる夜空にその声が響いた。

「叫ぶのは耐えてください。レニ様が驚きます」

 そして、冷静にそれを止めるサミューちゃんの声。

 ハサノちゃんはその言葉に我を取り戻したようで、何度か浅く呼吸を繰り返した。

「ふくっ……くっ……ぅ。そう、よね……ふっ……。レニちゃんごめんなさいね。伊達だてにエルフを三百年生きてきたわけじゃないわ。この衝撃に耐えきることができなくて、なにがエルフの女王かってことよね」

 ハサノちゃんはそう言って、額の汗をぬぐった。

「……うん」

 ちょっとわからないが。

 よく見れば、エルフの人垣の中にも呼吸困難者が出ているような気がする。

 とりあえず、この呼び方でいいのかな?

「はさのちゃん、いやじゃない?」

「嫌なわけない。とってもとってもかわいらしくて、本当にうれしいわ」

 ハサノちゃんはそう言うと、ふふっと笑った。

「とにかく」

 そして、コホンと一つせきばらい。

「レニちゃん。エルフの森まで来てくれてありがとう。あなたの体のことはソニヤからの【精神感応テレパシー】で聞いているわ」

 そう言って、私をそっと撫でた。

「あの子と私たちの縁を再び繋いでくれて、ありがとう」

 緑色の目は優しくて──

「生まれてきてくれて、ありがとう」

 まっすぐにかけられる言葉はくすぐったくて──

「あなたを失うのを、ただ見ていることはしない。もう二度と。自分たちの未熟さになげく日々が訪れないように、私たちエルフは努力をしたの。レニちゃんは今も体がしんどいのよね? この体の熱さでわかるわ。まずは【魔力鑑定】を行うけど、いいかしら?」

「まりょくかんてい?」

 不思議な単語に首をかしげれば、サミューちゃんが説明をしてくれる。

「【魔力鑑定】はその名の通り、体にある魔力を鑑定する技術です。エルフはそれぞれ魔力があり、その量や種類、大きさなどもわかります」

「さみゅーちゃんもわかる?」

「はい。しかし、私は若輩者ですし、魔力があるかないか、おおまかな大きさぐらいしかわからないのです」

「なるほど」

 サミューちゃんの言葉に頷く。

 私がドラゴンを倒したときにした二段ジャンプ。あのとき、サミューちゃんは魔力を感じたと言っていた。そして、ガイラル領都を浄化したときや、そのあとの【魔力暴走】のときも、魔力のことを教えてくれた。

 それは、エルフが持っている魔力を感知する技術を使ってくれていたようだ。でも、それはおおまかなもので、ハサノちゃんはそれよりも細かく魔力について感知できるのだろう。そして、その技術を【魔力鑑定】と呼んでいるようだ。

「ハサノ様は【魔力操作】や【魔力鑑定】の専門家です。今、生きているエルフの中ではもちろん、歴代のエルフの中でも一、二を争う知識と技術の持ち主なのです」

「すごい」

 サミューちゃんの言葉に、思わずハサノちゃんを見上げる。ハサノちゃんはふふっと笑った。

「それじゃあ、今から私の魔力を流すわね。不思議な感じがするかもしれないけれど、我慢してね」

「うん」

 ゲームの世界にはなかった【魔力鑑定】。これからそれを受けることができるということでワクワクする。

 ハサノちゃんに抱き上げられたまま、じっとしていると、ふと額のあたりに不思議な感覚がして……。

「この魔力の円がゆっくりと下がっていくの。気持ち悪くない?」

「だいじょうぶ」

「これでレニちゃんの中に流れる魔力路や魔力源を見ていくわね」

「うん」

 ハサノちゃんの言葉に頷く。

 どうやら、ハサノちゃんは魔力で円を作って、それを私の体に通すようにしているようだ。

 まずは頭から。丸い円のようなものがゆっくりと降りていくような感覚がする。

 病院で受ける健康診断。なんか大きな装置で体を上から下まで見ることができる機械の魔力版といった感じだろうか。ハサノちゃんの中では私の中に流れる魔力を見ているのだろう。

 頭から降りてきた不思議な感覚が胸のあたりを通っていく。

 一瞬、その感覚がぐっと強くなったことを感じた。

「はさのちゃん……?」

「……、ごめんなさい、ちょっと力が入ってしまったわ。……このまま、足のほうまで行くわね」

「うん」

 強くなった感覚が元に戻ると、そのまま腹部へと向かっていく。

 最後は足先まで降りて、ゆっくりとその感覚は消えていった。

 たぶん【魔力鑑定】はうまくいったのだろう。初めての感覚だったけれど、体験できてよかった。

 どんな結果が出たのか、ワクワクしてハサノちゃんを見つめる。

 でも、そんな私の目に映るハサノちゃんは、ひどくつらそうな顔をしていて──

「レニちゃん、まさか──」

 ハサノちゃんは苦しそうに声を絞り出した。

「あなたは自分の魔力のみじゃなく、ソニヤの魔力をすべて受け継いで生まれてきたの……?」