──士官学校での生活もようやく一か月が経過した。そして今日は待ちに待った大砲演習である。

 一回目は謹慎中のため、二回目は何故なぜか参加を認められず私だけ自習と待ちぼうけをくらったのである。未来の砲兵としてそれはどうなんだということで、ガルド教官に直訴した結果、すったもんだで参加を認められることに。良かった良かった。

「お、チビ。なんだかウキウキしてるね」

「そうか? 私にはいつもと同じに見えるが」

「ふふん、私には分かるのさ。ほら、目の雰囲気が違うだろう」

「……私にはいつもと同じに見えるが。どうでも良いことか、ろくでもないことを考えているに違いないのは分かるが」

「おやおや、サンドラ様ともあろうお方が観察力が足りないね。そんなんで立派な議員様になれるのかなぁ? 民意をみ取れないんじゃダメダメだよねぇ」

 けけけと邪悪に笑うクローネ。サンドラの機嫌がみるみるうちに悪化していく。

「貴様に言われる筋合いは全くない」

「それになんだか顔色まで悪いね。くくっ、そんなに大砲演習が嫌いなのかな?」

「うるさい。余計なお世話だ」

 着替えながら二人で、がやがやとやっている。大砲演習は王都の外、砲兵演習場で行なわれる。ここは軍人も使用しているから、週に一回しか使えないわけだ。さらに大砲が高価なのは聞いていたが、その弾薬も高いらしい。景気良くぶっ放していたら、更に軍事費が増大すると。なるほど。

「私は毎度憂鬱になる。毎回無意味に大砲を移動させるくらいなら、常にあの場に置いておけばいいだろうが」

「何を軟弱なことを言ってるんだよ。必要な場所に移動して、必要なところにぶっ放すのが大砲の利点だろ」

「それはあくまで実戦の話だろう。訓練でそこまでする必要があるのか?」

「ふん、訓練で泣き言を言ってるやつは、実戦で逃げ出すに決まってるのさ。それをたたき直すのが訓練の目的だよ」

「知ったような口を。実戦経験などないくせに」

 ああ言えばこう言う。二人の応酬は始まると結構長い。

「ま、そうなんだけどね。でも人の頭を吹っ飛ばした経験はあるからさ。それと大体同じだよ」

 なんだか物騒な言葉が飛び出してきた。クローネは人殺しの経験があるみたいだ。私は──あったかな。どうだろう。どうでもいいか。知らない人が何人死のうとどうでもいいし。

「殺しの経験を誇るなど、実に馬鹿馬鹿しい。私には理解できんな」

「別にしてもらいたくないしね。でもそういう世界にアンタは足を突っ込んでるんだよ」

「課された義務をこなすのみだ。私の思考まで縛られる筋合いはない」

「一々小難しいことばかり言いやがってさ。本当にぶん殴りたくなってきたよ」

「先に手を出すということは、『私は野蛮な馬鹿で会話を理解することができません』と主張するのと同義だ。遠慮せず存分にやるといい」

「いい覚悟だね! 着替えるからちょっと待ってなよ。半身不随程度は覚悟しな」

「正当防衛の権利は私にもある。遺言は残しておけ」

 と、クローネとサンドラの口げんかが段々とエスカレートしてきた。サンドラなんてこっそり袖から短銃を取り出してるし。暗殺者みたいですごい。というか確実に校則違反である。

 私がここに来る前は必要最低限のことしか話さなかったらしい。が、私が来たことで、会話をするようになったとか。結果はご覧の通り。相性が悪い。二人とも頭は良いのに、考え方が合わないようだ。そしてその仲介役は私である。

「まぁまぁ、けんはやめましょう。さっさと着替えないと遅刻しますよ。ほら、今日は私が一番です」

「ああ、しまった。チビに抜かれるとは失態だ」

…………

 目も合わせずに着替えを再開する二人。多分、これからもずっとこんな調子なのだろう。

 クローネとはよく遊びに行ったり飲んだりするが、サンドラはいを好まない。つまり、三人で仲良く遊びに行く、昼食を共にするということはらいえいごうなさそうである。残念。



 大砲、必要器具、砲弾各種を担いで私たちは移動中である。最初の内は道が整備されていたけど、一時間も過ぎた頃からもう農道に近い感じ。ある男子組はバランスを崩して水路に落っこちてしまった。大砲の車輪を大破させてしまい、どうなるかと思ったら、その場で修理を命じられた。実際にも起こり得ることらしいので、気をつけないといけない。

「それにしても、大砲って人力移動じゃないと駄目なんですか?」

「いや、馬を使うこともあるよ。でも私たちは訓練だし、そんなもの用意してくれないさ。ついでに、戦場での移動は大体人力だね。道なんて整備されてないし、気合で押さないとね」

「なるほど」

 戦場までは、馬二頭で大砲をけんいんするのが現在の定石だとか。各国は、量産化に努力すると同時に、軽量化も目指しているらしい。大砲の難点は高価なこと、重すぎること、故に移動に時間がかかることである。

「はぁ、はぁ」

「サンドラ、顔色が悪いですけど大丈夫ですか?」

「……うるさい。余計なお世話だ」

 なんだか疲れているようだ。各種弾薬はクローネが背負い、お掃除棒や呪紙棒をサンドラが背負っている。私はチビだから押すことに専念しろと言われた。

「チビは本当に余裕だね。というか大砲がいつもより軽く感じるし、私もラクチンだ。頑張って押してるねー」

「じゃあもっと飛ばしますか?」

「いやいや、水路に落ちたり、くぼみにはまると面倒だ。のんびり行こうよ」

「この前みたいに、暴走したら、撃ち殺してやる」

 汗だくのサンドラがこちらをにらんできた。

「わぁ、怖い」

「こいつは思考がアレだからね。普通にやりかねないよね」

「本当にやる、お前たちに、言われたくはない」

 言葉にいつものキレがない。丸眼鏡も曇ってるし。おかっぱの茶髪がおでこにべったり張り付いている。

「後どれくらいなんです?」

「後一時間くらいじゃないかなぁ。二時間移動で三時間現地演習、また二時間移動がいつものパターンだね」

「本当にピクニックですね」

「誰かさんには死の行進だけどね。あー情けない。本ばっかり読んでるとこうなるんだ。軍人を目指すんなら、身体が資本だよね」

…………

 いつにも増してクローネのいやみがさくれつしている。サンドラは歯を食い縛っている。と、よく周囲を見ると男子学生もかなり苦しそう。ゆうしゃくしゃくで無駄口を叩いてるのは私とクローネだけだった。

「もしかして、私たちの方がおかしいとか?」

「ん、それほど優秀ってことかな?」

「……体力馬鹿なだけだ」

 ──そして演習場に到着。宿舎やら倉庫やらが立ち並び、銃撃、砲撃演習用のスペースが用意されている。ここなら遠慮なくぶっ放すことができる。

「よし、大砲をそれぞれの持ち場に配置しろ。十分の休憩後、砲撃演習を行なうぞ。おら、へばってるんじゃない!」

「は、はい」

 座り込んでいた痩せ気味の学生が叱られている。私たちはさっさと大砲を移動させ、水筒から水を飲む。

「ふー。良い汗かいたね」

…………

 無言のサンドラ。そこで私はふと気がついた。

「ところで、今日ってお昼ご飯はあるんです? あの建物が食堂ですか?」

…………あー」

「え?」

「うっかり伝え忘れてた。弁当は各自持参するんだよ。わざわざご飯を用意してくれるほど優しい学校じゃないよ」

「あらら」

「んー困ったね」

「よし、誰かから奪いましょう。実戦形式の演習なら文句も言われないですよね。弱肉強食です。文句言ったら始末しちゃえばいいですし。死人に口なしです」

 口から勝手に言葉が出てきた。でもよくよく考えるとそんなに間違ってない。いわゆる現地徴用である。使えないへばっている連中から拝借し、有意義に使うのだから問題ないはず。

 舌なめずりしながら品定めをする。太り気味の学生に目をつける。目が合ったが、なんだか汗がひどい。奪ったら餓死してしまうかも。次に叱られていた痩せ気味の学生。ひっ、と痩せ気味の学生が悲鳴をあげる。よし、小食っぽい彼にしよう。足を踏み出そうとしたら、肩に手を置かれた。

「冗談にしちゃ目が本気だったね。大丈夫、安心しなよ。私のを分けてあげるから。味は保証しないけどね」

「く、クローネ」

 奪うことを即断した私が恥ずかしい。顔が赤くなりそう。なってないだろうけど。

「ん?」

「ありがとうございます。今度おごりますね」

「あはは。別に気にしなくていいよ。お優しいサンドラ様も分けてくれるだろうし」

「……勝手に決めるな」

「いつも残してるじゃないか。好き嫌いは良くないね」

「残してはいない。あれは二度に分けているだけだ。……仕方ない、今日だけはお前にくれてやる」

「サンドラも優しいですね」

「こいつは身体の芯からひねくれてるだけさ。ま、元はといえばこいつが悪いんだけど。知ってて伝えなかったんだからね」

「そうなの?」

「……朝言おうとしたら、馬鹿が騒いだせいで忘れてしまったんだ」

 珍しくバツが悪そうなサンドラ。眼鏡の位置を所在なさげに直している。

「そそ。景気が悪いのも税金が高いのも治安が悪いのも全部こいつが悪いんだ。まさに諸悪の根源だね。粛清しなきゃ」

「なんでも私のせいにするな! 諸悪の根源は一番目立つところにいるだろうが!」

 冗談に真顔で返すサンドラ。人生苦労しそうである。なんでも真剣に考えてしまうのだろう。だから若いのに国と政治を憂い、議員を目指そうとしている。だけど勉強するお金がないから、遠回りをして士官学校にやってきてしまった。色々手を尽くしたのだろうけど、これしか道がなかったのだろう。うん、しらが増えそうな人生だ。

 そんな感じでわいわいやっていたら休憩時間終了。サンドラは全然休めなかったらしく、疲れきった顔をしている。可哀かわいそうに。

「これからやるのはいつも通りの砲撃演習だ。これもいつも言っていることだが、一発目は実弾を使うから扱いに気をつけろ。訓練で手足を失うなんて無駄もいいところだ。口うるさく言うのは、それだけ失うものが大きいからだ。分かったか?」

『はい、教官殿!』

 私も合わせて斉唱だ。はい、教官殿、が了解の合図らしい。へい、と言ったらげんこつをおとされそうなので言わない。格好つけて敬礼したら、まだ早いと怒られたし。

「よし、今日はミツバがいるから説明から行なう。二度目だから、他の者は復習のつもりで聞け。大砲の原理は長銃と一緒だ。魔力をほうこう内で爆発させ、その勢いで弾を放つわけだ。違うのは弾の大きさと、種類があることだな」

 かばんから形状の違う三個の弾を取り出す。

「それぞれ、砲弾、りゅうだん、散弾だ。砲弾は単純に鉛の弾。これをぶつけて敵をぶっ殺したり、施設を破壊する。普段お前らが使うことになるのは、これだろうな」

 砲弾をポンポンと叩き、地面に落とす。ドスンと地面にめりこむ砲弾。

「これだけの重さだ。身体にぶつかりゃそのまま持ってかれるぞ。対物障壁だろうと無駄だ。銃撃は緩和できても、こっちの前じゃ紙くず同然だな。突撃騎兵なんて一発だ。──ま、当たればだが」

 ガルドがニヤリと笑いながら砲弾を拾い上げ、布巾で拭いてからしまい込む。

 確かに、当たれば痛いというか死ぬだろうけど、大砲の数はそんなに多くない。素早い連射も無理だろう。騎兵科が存在する理由が分かった。

「次に榴弾。こいつは、特別な素材で作られていて、中に魔力をんである。敵陣で炸裂して、魔力の衝撃と砲弾の破片で敵を殺す。もちろん対魔障壁は役に立たない。術式なんて組んでないからな」

「凄く便利ですね」

 私の独り言が聞こえたガルド教官が、深々とうなずく。なんだかその目は警戒しているようだけど。

「ああ。だが、コストが高い。一発作るのに普通の砲弾十発分だ。特別製の砲弾、製造魔術師に魔力をじゅうてんさせる手間がある。ここぞというところで撃つのがベストだな。ま、乱戦時以外は上官の指示に従うように」

「あの、中身がからっぽの弾はないんですか?」

 気になったので聞いておく。空っぽなら、そんなに高くならないのでは。暇なときに自分で溜めればいいじゃんみたいな。

「……言いたいことは分かるが、やめておけ。溜めている最中に爆発されたら困るからな。一度試して死人が出てからは、訓練を積んだ魔術師にしかやらせていない。第一そんな悠長な時間もないからな」

「分かりました」

 自分の魔力を溜めた榴弾ってなんだか面白そう。花火みたい。今度なんとかして空のを手に入れて撃ってみよう。楽しそうだし。

「そして最後に散弾だ。この弾の中に、更に小型の弾が入っているんだが。発射と同時に外殻が砕け、小型の弾が前面に展開するというわけだ。見かけは派手だし、複数の敵に当たって便利なんだが。射程が驚くほど短いのが欠点だな」

 ガルド教官が弾を割って、中に入っている小型の弾を見せてくれた。あれが当たったら身体が蜂の巣である。

「こいつが出番のときは、敵がビックリするほど迫っているということだ。周りの大砲と連携して発射間隔を合わせろ。交互で撃ちまくれば、時間を稼げる。その間に味方の援護が来ることを祈るわけだ。逃げ出そうとした奴は殺されるから注意しろ。むしろ、お前たちはそれをやる側だ」

 ガルド教官の楽しい砲弾解説が終了した。ああ、早く撃ってみたい。最後の散弾とか、たくさんの人間にぶっ放したら凄いことになりそう。にぎやかになること間違いなし。とてもワクワクする。

 後、中に入っているのは小型の弾だったけど、代わりにびたくぎとかでもよさそう。刺さったらとても痛い。もし散弾がなくなったら、代用してもいいかも。要は、大砲の中に入って、ぶっ放せればいいのだから。



 いよいよ砲撃演習のときがきた。標的は、積み上げられた岩とプルメニアの国旗。仮想敵は東の強国プルメニア帝国だ。海軍では西の島国リリーア王国の旗を標的にするらしい。

「よーし、まずは砲身の掃除を行なえ。前回の発射の際に、魔粉薬が散ってこびりついている可能性がある。筒内爆発の原因になるから、発射前に必ず行なえ。砲身を長持ちさせることにもつながるからな。目の前に敵がいたら、気にせず撃ちまくれ。かくされるよりはマシだ」

『はい、教官殿!』

 サンドラがお掃除棒を使って砲身の中を突いてゴシゴシ掃除。撃ってないからもちろん汚れてない。毎日磨かされてるから大砲のお手入れは完璧だ。古くてなんか傷もいっぱいだけど。

「次、魔粉薬の詰まった布袋を大砲に押し込めろ。その後で砲弾だ。順番を間違えるな。大砲が導入された頃、馬鹿が味方陣で爆発させた事例がある。粉、弾だ。いいな!」

『はい、教官殿!』

 弾を先に入れて、その後に粉。着火したら、こっちに飛び出てこようとする。だが入り口は開いてない。ということは筒内爆発が起きて、大砲が勢いよく吹っ飛ぶんだ。びっくりである。

「実戦時には気が動転するもんだ。掃除、粉、弾だ。頭じゃなく身体に覚えさせろ。よし、無事に入れられたら呪紙棒を用意しろ。それ以外の者は照準合わせ。狙って当たるもんじゃないから、敵陣に着弾するようにすれば良い」

 呪紙棒を構えるのは私。これを大砲の上についてる、着火点に接触させることで術式発動、魔粉薬が爆発するわけだ。棒を握る手に汗がにじんできた。

「チビ、緊張してる?」

「ちょっとだけ。何で分かったんです?」

ほおが一瞬ったから」

「なるほど」

 私が頷くと、クローネがどんと肩を叩いてくる。鼓舞してくれたらしい。将来は良い指揮官になるだろう。陸軍元帥とかになってたりして。家来にしてくれるらしいから、凄い大砲を回してもらおう。それで大きな建物を粉砕するのである。とても賑やかで楽しいだろう。

「この状態がいつでも撃てる態勢だ。後は砲兵隊指揮官の合図を待て。命令があるまで勝手に撃つな。基本は『射撃態勢』で準備、『撃て』で発射だ。『各自砲撃せよ』の命令が出たら、弾の続く限り撃ちまくれ」

『はい、教官殿!』

「よし、ではプルメニア陣に向かって撃て!!

 教官がサーベルを抜いて、振り下ろす。各砲兵組がそれぞれ着火をはじめ、大砲をぶっ放していく。中に入ってるのは普通の砲弾。ドンドンドンと景気の良い音が響いていく。

「チビ、掛け声を忘れるな。発射、って大声でね。私たちに知らせる意味もあるから」

「分かりました」

「頼むから、私が準備している最中に着火するなよ」

「分かりました。ではいいですか? ──発射!!

 耳を押さえるクローネとサンドラ。私は呪紙棒を着火点に接触させる。一瞬光ると、ジッという音とともに呪紙が燃えた。そして、大砲から砲弾が発射される。──砲弾は残念ながら積み上げられた岩の少し右に着弾。ハズレである。

「おしい!」

「当たる方が珍しいからな」

「そうなんですか」

「うむ。熟練砲兵でも狙い通りにはまず当たらんそうだ。射撃間隔を短くすることが技量上達のあかしらしい」

「なるほど」

 私は納得して、着弾跡を眺めていた。そして、疑問に感じたことがあったので挙手をする。警戒心をあらわにしてガルド教官がこちらを向く。

「なんだミツバ」

「大砲には参式長銃のような機能はついてないんですか?」

「どういうことか」

「魔力貯蔵装置です」

「ない。馬鹿でかい弾を飛ばす量が必要だからな。一発で意識を失う奴が多発するから存在しない。魔粉薬の量を見ただろう。その布袋に入ってるのは、一般的なローゼリア人数人分の魔力量と同等だ」

 触媒やらを使って具現化する方が魔力の消費が少ないらしい。原始的な分だけ、消費量が多いとかなんとか。くいかないものである。そもそも魔力というのがなんなのかよく分からないんだけども。でも、体力だって目に見えるもんじゃないからそういうものかもしれない。気力に至っては言うに及ばずだ。

「余計な機能をつけたところで、コストがかさむだけだ。今はとにかく、量産、そして軽量化が第一だからな。ニコレイナス所長の手腕に掛かっている」

「試しに、魔力込めていいです?」

「──おい。人の話を聞いていたか? 貯蔵装置はついていないと」

「だから、試しに。ようは弾が前に飛べばいいんですよね」

 大砲内で魔力を爆発させればいいわけだ。どうやれば良いのか分からないけど、なんかやってみたい。手を大砲にかけたところで、慌てて飛んできたガルド教官に手首を押さえられる。

「やめろ。非常に嫌な予感がする。どこぞの屋敷を吹っ飛ばすわけにはいかん。だから、やめろ。そういうのは俺がいないところ──じゃなくて実戦でやれ」

「……はい」

 がっかり。しかしいつかやってみよう。

「次からは空砲だ。弾も魔粉薬もなし。空砲用弾包を各自使用するように。『各自、砲撃を開始せよ!』」

 早速掃除しているサンドラ。クローネは鞄から別のものを取り出した。なんというか、適当に造りました感にあふれる茶色い包み。

「これ、しょぼいんだよねぇ。音も造りもしょぼい。そのくせ重いし、撃った後は焦げ臭い」

「空砲用のですか」

「ああ、音と光だけ出すんだ。撃ったつもりになれるってね」

「訓練で実弾を使うなど無駄もいいところだからな。おい、さっさと詰めろ。教官が発射回数を測ってるぞ」

「分かってるよ。一々うるさい奴だね」

 舌打ちしながらクローネが茶色い包みを詰め込んでいく。本当ならこの後に弾だが、空砲なのでなし。

「あ、チビ。その呪紙巻き直さないと駄目だよ。使い切りだ」

「分かりました」

 そういえばなんかいっぱい紙を渡されていた。慌てて黒ずんだ呪紙を外して、新しいものを結びつける。

「よし、発射態勢完了!」

「発射!」

 ポフッとなんだか気の抜けた音とともに、光が砲口からほとばしった。火花っぽく見えなくもないが、安っぽい。確かに偽物である。あんまり面白くなかった。やっぱり実弾がいい。

「砲身清掃を開始する」

 サンドラが中からボロボロになった空砲弾包をき出し、お掃除棒で掃除。クローネが新しいものをつめる。発射態勢、発射。ルーチンワークでだんだん眠くなってきた。五回くらい繰り返したところで。

「お、おいチビ。寝るな。起きろ!」

「──はっ」

 目を見開いて、周囲を確認する。うっかりしていた。でも着火はちゃんとやっていたようだ。

「確かに空砲だけども。砲撃演習で居眠りする奴は初めて見たよ」

「豪快なのか馬鹿なのか。多分私は後者だと思う」

「違うんです。集中していたんですよ」

うそつけ。よだれたれてたよ」

「嘘」

「涎は出ていないが、完全に目は閉じていたな。居眠り以外の何ものでもない」

 あははと私はごまかし笑いを浮かべた後、発射態勢を待つ。

「──発射!!

 ボフッ。

「大声出しても、居眠りしてた事実は消えないんだよね」

「そのうち、目を開きながら眠ってしまうかも」

「それは怖いからやめろ。また悪評が広まるぞ」

 あきれたようにサンドラがつぶやいたところで、ガルド教官が笛を鳴らした。砲撃演習は終了のようだ。

「そこまで! 二十回発射できなかった組は、休憩時間半分だ! 飯の前に腕立てしておけ! 残りは休憩にしてよし!」

『はい!』

 午前の授業終了。お昼の時間だ。午後も砲撃演習をした後で帰還するんだろう。大あくびをしたクローネと、汗を拭っているサンドラの後を追って、宿舎へと向かっていく。昼食はそこでとるらしい。

 ──二人からお裾分けしてもらった後、昼寝をした私。寝起きでまた居眠りをしてしまい、二人から盛大に突っ込まれたのだった。やはり空砲演習はいまいちだ。全部実弾にしてほしいな。ブルーローズ家から出してくれないかなぁと思ったが、絶対に無理だと思うのであきらめよう。世の中の景気は悪いみたいだから仕方がない。




 ──毎日忙しい日々を過ごしていたら、あっと言う間に三か月が過ぎていた。季節は秋です。ちなみに夏休みなんていうしゃたものがあるわけもなく、汗だくの毎日を過ごしていたわけで。水泳訓練はあったので、まぁまぁ良かったけど。それと、日焼けすれば多少は死体じみた肌の色が変わるかと思ったけど無理だった。赤く腫れたりもせず、真っ白のままだった。もしかして本当に私は死体なのかと思ったけど、そんなに食欲旺盛な死体はいないとクローネに笑われた。

「暇です」

…………

「はー」

…………

 今日は休日。試験も終わったので、もう勉強することはない。

 クローネはデートだそうで、青春をおうしている。羨ましい。一度紹介してあげると言われたので、ものは試しと喫茶店に行ったら、ごつくてせいかんな先輩士官候補生がいた。なのに相手は私の顔にビビってしまって話は全く盛り上がらず。珈琲コーヒーと安いお菓子を食べて終了。積み重なる悪評のおかげで私に男の縁はないらしい。残念。私はお化けか。

 積み重なる悪評については、素性不明の男の死体が校庭から見つかったり、演習場に何故なぜかいた素性不明の男が私の撃った弾に直撃してしまったりと。砲撃演習場の的のそばにいるのが悪いのに。

 前者については知らないし、後者は不可抗力である。狙って撃って当たるものじゃないので、私は放免されたけど。謹慎回数はもう二桁である。栄えある記録は現在も更新中。何故だろう。

「それにしても暇です。暇暇暇暇暇暇」

「やかましい!」

 同室のサンドラが仕切りのカーテンを開けて怒鳴り込んでくる。休日はいつも読書か自習している真面目なサンドラ。私としてはたまには遊んでほしいところなのだが、そうはいかないらしい。彼女は議員になるためにいっぱい勉強しなくてはいけない。しかしたまには息抜きも必要である。私は気を使ってみたのだが、逆効果だった。

「あの、どこか遊びにいかないです? 暇すぎです」

「私はいかない。お前一人で行ってこい」

「そうですか。分かりました」

 けんもほろろだったので、諦めて一人で出かけることにする。そういえば、一人で王都を散策するのは初めてだった。どこから行ってみようか。まずは露店か。制服に着替えて、お小遣いを持って出発だ。

「行ってきますよ」

…………

 もしかしたらとも思ったが、特に返事はなかった。いつものことなので気にしない。我が道を行くのがサンドラなのである。というわけで私も我が道を行くのであった。



 露店でなんだか分からない焼き菓子を買った私は、それをパクつきながらぷらぷらと王都を散策していた。時折通りかかる警備兵にはほぼ確実に立ち止まれと大声を出される。

 制服が身分証にならないと前回学習した私は、ちゃんと学生証を持ち歩いている。しょぼい紙きれなので、普段は持ち歩かないのだが。なくすと再発行とか面倒くさいらしいし。それを見せると、なんとか解放してもらえる。歩くだけで職質される哀れな少女である。

「なんだかにぎやかだし、あっちに行ってみようか」

 繁華街と住宅街の境目にある広場、そこにはれいな噴水がある。そこに、演説台を作って、腕を振り上げて熱弁してる人がいる。それに群がるように熱狂する人たち。一番後ろについて、話を聞いてみる。

「──よって、我々市民こそが国なのである! いいか、貴族ではなく我々市民の意見こそが尊重されるべきなのだ!! 国のために血を流し、その命をささげているのは誰か? 貴族ではない、我々だ! 国のために大地を耕し、汗を流して税を納めているのは誰か? 貴族ではない、我々だ! 国のために剣を鍛え、銃を作り、弾を運んでいるのは誰か? 貴族ではない、全て我々だ!! 我々こそが全てなのだ!」

『その通りだ!!

『全部我々の働きだ!!

「そうだ諸君! 我々市民の持つべき権利は、貴族に不当に奪われてきた! ただ生まれの幸運に甘え、ろくに働きもせずぜいを貪るのが貴族どもだ! それを愚かにも許容するのが国王だ! この不平等な状況を変えるには、我々はもう行動で示すしかないのだ! 国王にこの窮状を理解させなければならないのだ! そうだろう諸君!!

『そうだ!』

『貴族は我々に権利を返せ!!

『国王は我々に寛容を示せ!!

「彼らは剣と銃で我々を弾圧しようとするだろう! どうかつしようとするだろう! だがそれに決して屈してはならない。皆がまとまって声をあげるのだ。一つの声は小さくても、それが集団になれば決してすことはできない! 力で自由を欲する心を弾圧することは、断じてできないのだ!!

『そうだそうだ!!

『決して屈しないぞ!!

 ──すごかった。一応皆に合わせて拍手しておいたけど、熱気にちょっとついていけなかったので、私はその場を離れることにした。いずれは、サンドラもこんな感じで演説するのだろう。私に選挙権があったら一票を投じてあげよう。一定以上の税金を納めてないと駄目らしいけど。

「共和派のくずどもが! 許可のない演説は禁止されている! 何度言わせるつもりだ!!

「さっさと散れ!! 逮捕されたいのか!!

『貴族の犬が来たぞ!』

『脅しに屈するな! 追い返せ!!

 と、警備兵の集団が押し寄せてきた。頭に血が上っている群衆の一部が物を投げつけると、警備兵も剣を抜いて応戦。もう入り乱れてぐちゃぐちゃだ。飛沫しぶきも舞い上がる。だが、人数が違う。警備兵たちは剣を取り上げられた挙句、暴行を受けて逃げ去っていった。

「見たか諸君! 我々を力で弾圧することはできないのだ!」

『うおおおおおおおおおおおおッ!!

 そのまま革命が起こりそうな雰囲気だったが、最後に冊子が配られて集会は早々と終了した。本隊が来たら流石さすがに耐えられないとせんどう者も冷静に判断していたのか。

 それにしても、群衆も熱しやすく冷めやすいのか、切り替えが早い。まぁ激しい怒りを持続させるのは大変だし。だけど、こうやっていくうちに不満は汚泥のように蓄積していく。聴衆がこの話を人々に広めれば、不満は更に拡大していく。演説してた人もそれが狙いなのかも。

 それと、国もそこまでまだ本腰を入れていないような。本気で鎮圧するつもりなら銃撃するだろうし。甘く見てるのか、何も考えていないのか、ただめているだけなのか。こちらも全部かもしれない。

 まぁ、下手に最大武力で鎮圧でもしたら一気に火が付きかねない気もする。今は燃料がそこら中にばらかれている状況なのかな。──どうでもいいけど。なんにせよ賑やかなのが一番である。

「どれどれっと。しかし、良いタイトルですね」

 押し付けられた冊子を見る。『自由をその手に』。帰ったらサンドラにプレゼントしてあげよう。

「そこの学生、少し待て、何を持っている」

 それをひらひらさせながら街を散歩していたら、また警備兵に拘束された。今度は煽動容疑をかけられた。流石は歩くだけで職質される少女。何の自慢にもならない。助けてクローネ。

「貴様、栄えある陸軍士官学校の学生のくせに、何故共和派の冊子を持っているっ!」

「違います。押し付けられただけです。本当です。立派な軍人を目指すただの子供です」

 でも捨てなかったので有罪認定らっても仕方ない。しかもタイトルを褒めてしまったし。

うそをつけ! ただの子供がそんな目をするか!! それに貴様、士官学校で煽動活動を行なうつもりか! この怪しいやつめ!」

 違うと言ってるのに、なかなか解放してくれない。段々面倒くさくなってきた。

「本当に違うんです。どうしたら信じてくれますか?」

「ならば、それを捨てられるか? 全力で踏みつけてみろ! できないようなら──」

「はい」

 特に何の感慨もなくビリビリと破り、そのまま踏みつけてあげる。あまりに淡々としていたからか、警備兵のおじさんも一瞬ぼうぜんとしていた。そして、ごまかすようにゴホンとせきばらいすると私の肩をようやく離してくれた。目はまだ疑っているようだが。

「……学生なら、勘違いされるような行動は慎むことだ。その目は、どう見ても常人のものじゃないからな。ただの子供には全く見えない」

「気をつけます」

 常人の目じゃないと言われてしまった。なるほど、呪い人形が反体制派の冊子を握り締めていたらそりゃあ怪しい。しかもそいつは士官学校の学生なのだ。怪しさ百倍。職質されて当然だった。だが話の分かるおじさんで助かった。

 踏み絵を行なったのでなんとか許してくれた。私は千切れてしまった冊子を拾って、かばんに入れる。ゴミはゴミ箱へ。でもゴミ箱なんて街に設置されているのだろうか。そんなことを考えながら歩いていたら。

…………ん?」

 見覚えのない、なんだか暗い路地。自分の居場所が分からなくなってしまった。なんだかヤバイ雰囲気も感じる。だって、懐かしい臭いがするし。あの、血の臭い。でも全然気にならない。むしろ、気分が落ち着く。なんだか凄く爽やかな臭いもするし。

「緑の旗?」

 路地の壁には、『我々を導きたまえ』の字と緑色の薄汚れた旗が貼り付けられている。

 と、後ろの方から爆発音が鳴り響く。後ろは住宅街かな。悲鳴と逃げ出す人々、黒煙も上がっている。警備兵も駆け付け始めた。

「へっ、いい気味だ。カビも金持ちも全員死にやがればいいんだ」

…………?

「お前、とっとと出ていった方がいいぜ。もうすぐ日も暮れる。そんな格好でここにいたら、襲ってくれと言ってるようなもんだ」

 汚れにまみれた服を着た、ほおに傷のある壮年の男。なんだか凄みがあるし、わずかに血の臭いもするような。

「あの爆発は? それにカビって?」

「……俺の話を聞いてなかったのか? 死にたくないなら、今すぐ出ていけ。ガキだから見逃してやるだけだ」

「はい」

「こんな場所に二度と来るんじゃねぇ」

 しっしっと追い払われたので、私は薄暗い路地を出ていく。途中、爆発現場を目撃した。緑の鉢巻を巻いた男の死体があった。ぞうがばら撒かれて、腕が千切れ飛んでいる。

 一方、同じ鉢巻をした女は、半身がただれているが生きている。

 うまの話をまとめると、緑化教徒とかいう人たちが自爆したそうだ。りゅうだんでも抱えていたのだろうか。中々元気な人たちである。もう元気じゃないけど。あ、また死体とひんの女の人から爽やかな臭いがする。なんでだろう。香水だろうか。

 そういえばサンドラは緑化教徒をカビとか言ってたような。でもカビの臭いはしない。

「むしろさわやか。変なの」

 まぁ、目の前にいる死体と瀕死の女がさわやかな人たちでないのは間違いない。無政府主義をひょうぼうするはためいわくな連中らしいけど。王政を否定したい共和派からも忌避されているとか。国なんていらない、死ぬまで自由に過ごし、自然の中で死ぬべきというのが緑化教会の教えだとか。資金源は大いなる自然の恵み、麻薬である。こうして実物を見てみると、結構ろくでもない連中だった。自爆は危ないし、とても迷惑である。私に迷惑を掛けそうな連中は全員死んだ方がいいと思う。軍人になったら積極的に消毒していくことにしよう。

「このくそカビどもがっ!! そんなに死にたいなら自分たちだけで死ね!! 俺たちを巻き込むな!!

「こ、これで免罪符を、あ、与えて、もらえるの。わ、我々を導きたまえ。か、神よ、我々を、楽園に──」

「何が楽園だ! お前たちは全員地獄に落ちるんだよ!!

 思わず同意の拍手をあげようと思ったが、それは周りの野次馬がやってくれたので控えておこう。目立つとまた職質される。死ぬと暗いところに行くから、あそこが地獄なのかもしれない。知らないけど。明るいところは天国かと思ったけど、この世界は天国じゃなかった。残念。

「お、愚か者め。貴様らは、罪を抱えて、地獄に、落ちるの。ふ、ふふ、わ、私は、楽園であの人と、永遠に」

「とっとと死ね、罪人めッ!!

 いよいよ怒りが頂点に達した警備兵が、銃剣で女の顔面を突き刺した。既に瀕死だった女は、悲鳴をあげることもなく息絶えた。多分、麻薬常習者だから痛みなんて感じないのだろう。ある意味幸福な人である。それを、汚いものでも見るように眺めている群集たち。現在進行形で燃え上がっている料理屋の店主は、この世の終わりのような顔をしていた。

「わ、私の店が。私の夢が、人生が燃えていく。なくなってしまう」

「男なら泣くんじゃないよ。それにだけで済んでよかったよ。そうだろ、アンタ。死ななかっただけで運が良かったんだ」

「……しかし」

「もう一度頑張るしかないよ。生きてりゃ、いつかいいこともあるさ。ほら、体を動かしな!」

 奥さんに背中をたたかれている店主。泣いていた店主も、目元を拭うと消火活動にあたりはじめた。私の見る限り、この世界は女の人の方が精神的に強い。良くも悪くも。

「生きるって大変だね」

 しみじみとうなずいてみたが、同意してくれる人はいなかった。警備兵が怪しげにこちらを見ているので、退散することにしよう。

 しかし王都がこれでは、他の街は一体どうなってることやら。どうも、先行きはいまいち良くない気がする。国が大変だと、私の未来も大変になる。サンドラには頑張って良い世の中にしてもらいたいものである。

 楽しい土産みやげ話ができた私は、ウキウキしながら寮に帰宅した。が、鞄に入ったビリビリの冊子をうっかり発見されてしまい、サンドラからすさまじい怒鳴り声をあげられた。しかもそのまま『自由』についての授業開始である。事情を納得してくれるまで一時間もかかってしまった。サンドラは、興奮すると人の話を聞かないようだ。



「なるほどなるほど。別に良いんじゃないですか?」

「本当に良いんですか? 十一歳で実戦参加なんて聞いたことありませんよ。いくら条件つきとはいえ」

「常識にとらわれては進歩がないですよ。それに可愛かわいい子には旅をさせないといけないでしょう。まぁ、既に元気すぎるほど学生生活を謳歌しているようだけど」

 副所長のあきがおを尻目に、あははははとニコレイナスはビーカー片手に大笑いする。と、ビーカーから強い光が生じ、勢いよく煙が上がり始める。そういえば今は実験中であった。特に慌てることもなく、おもむろに適当な壁にぶん投げる。爆発音とともに壁には大穴が開いてしまった。魔粉薬の更なる改良実験中だったのだが、結果は満足できるものではない。ニコレイナスはふーっとためいきく。

「うーん。ちっとも威力が安定しないですね。もっと威力をあげたいんですが」

「いや、十分ですよ。銃身改良により命中率と射程は著しく向上しましたし。所長が欲張りすぎなんです。試作品とはいえやりすぎです」

「いやいや、威力もあげないと面白くないですよ」

「面白いとか面白くないで物事を判断するのは危険と以前おっしゃってませんでしたか。面白くないことを面白くすることが肝心と」

「そうでしたっけ。いやぁ、としを取ると記憶が曖昧になりますねぇ」

 やれやれと肩をむが誰も突っ込んではくれない。優秀な研究員たちだがユーモアが足りない。

「試作品としては十分すぎる結果です。むしろ四式は、これを採用してもいいと思います」

「私も同意見です」

「賛成です」

 紋章つきのローブを着た研究者たちが意見する。どうでもよくなったニコレイナスは、資料と作業中の試作品を彼らに無造作に渡した。

 これは参式長銃の弱点、重量を改善するための次期新型銃計画書である。長銃の重量を抑えつつ、命中率と威力の向上を図るのが主目的。銃身にらせん状の溝を刻むことで、命中率と射程距離は劇的に改善する。コストは激増し、重量も据え置き。とはいえ量産できれば敵味方共に死者が激増することだろう。できれば弾も自動でそうてんできればいいのだが、まだまだ技術が追い付かない。

「あっそう。じゃあ後は貴方あなたたちにお任せしましょう。私はとにかく忙しいので、こればかりにかまけていられないんですよ」

「いやいや、ほとんど完成しているじゃないですか。所長ほど仕事が早い人は世にいませんよ」

「仕事が趣味みたいなものですからねぇ。あははは、貴方たちはしちゃダメですよ。私みたいに仕事にかまけて人生台無しになりますから。家族を大事にしてくださいね」

 副所長を引き連れて、さっさと所長室に戻る。首をこきこき鳴らした後、椅子に腰掛ける。すぐに珈琲を注いでくれる副所長。流石優秀なだけある。惜しむらくは何かを生み出す才能に欠けることか。それをそのまま告げると傷つくだろうからと、遠回しに言ったら一週間も休職されてしまった。懲りたのでもう言わない。

「うーん、働いた後の一服がしいです。さて、なんでしたっけ」

 美味しい珈琲に口を付けたニコレイナスは、十分に一息ついた後で尋ね直す。

「ミツバさんの件です。パルック学長は厄介払いしたくて仕方ないようです。くぎを刺すなら、私がやっておきますが」

「別にいらないですねぇ」

「しかしです。既に陸軍本部、王都警備局、治安維持局の許可を取り付けたようです。こちらで手を打たなければ本当に──」

「いらないと言っているの。余計な手は出すんじゃない。これは、命令よ」

 表情を変え、語気を強めて厳しく警告する。仮面の使い分けが人心掌握のコツである。使い分けすぎて本当の自分が分からなくなってしまうのが難点だ。

「……分かりました」

「ふふ。とても不服そうな顔ですねぇ」

「所長が彼女に掛けていた熱意と執念はよく存じております。それが、万が一流れ弾にでも当たって無為に失うかと思うと」

「あー、それなら大丈夫ですよ。それくらいで死ねるわけがない。第一、そんな結末を私が許すと思います? うふふ、冗談じゃないわ」

 時間、金、魔力と労力、そして執念。どれだけのものをあの子に注ぎ込んだのか。今は亡きギルモアもかなりの金を提供してくれたが、そんなものでは全然足りない。今まで蓄えてきた金、そして培ってきた人脈を活用して彼女をこの世に舞い戻らせた。

 何故そこまでしたか。絶対にこの世にのこしたいものがあったから。

 だから、全身全霊を懸けて挑んで挑んで挑み続けた。そして達成した。今のニコレイナスには、その成果を眺め続けるという夢、野望がある。

 素体を提供してくれたギルモアには深く感謝しているが、残念なことに完全に用済みであった。とっとと死んでくれてむしろ助かったくらいだ。あの男に束縛され続ける人生など、彼女には相応ふさわしくない。第一、ギルモアも死ぬ前に幸福を味わえたのだからさぞ満足しているだろう。

 ミツバには自由に思うがままにこの世界を生きてほしい。そう願っている。そうあるべきだ。

「……所長」

「どうしたんです。今日は珍しく食い下がりますねぇ。さぁ、怒らないから言ってみなさい」

「彼女をこの研究所に引き取りましょう。所長の下でしっかり育てるべきです。そうすれば、必ず立派な魔術師、そして研究者となるはずです。貴方の後継者として──」

 首を横に振り、その言葉を途中で遮る。

「ここをこうやって、私の言うことに従いしっかり進みなさい、と、道を敷くのは嫌なんです。私は束縛したくない。自由というのが最近の流行なんでしょう? ま、彼女が自分でそうすることを選んでくれたのなら尊重するけど。友達もできたみたいだし、そのまま軍人になるんじゃないですか」

「それで、本当によろしいのですか?」

「本当に宜しいのよ。やりたいように生きて、楽しんだら死ねばいいじゃないですか。それができない人が世の中多いですから、十分贅沢ですよねぇ」

 別に研究者になどなってほしくない。意地だけでここまでがったが、失ったものも大きかった。家畜以下のうじむしからスタートし、ここまで上がるためにどれだけの努力をして、どれだけの代償を支払ったか。後悔はしていないが、納得もしていない。人間というのは複雑なのだ。特に女は。

「ところで、ミツバが士官学校に入ってからどれくらいでしたっけ?」

「大体半年でしょうか。途中、謹慎期間があるのであれですが」

「うーん。最低でも半壊ぐらいはやらかすと思ってたんですが。意外と大人しかったですねぇ」

「……そうでしょうか。所長は彼女に関与して死亡した人数をご存じですか?」

 書類をめくりながら、副所長が複雑そうな表情を浮かべる。そんなこと知るわけがない。自分と、自分の気に入ったもの以外、何人死のうと知ったことじゃない。

「あー、もしかしてクイズですか? じゃあ、十人、いや、おまけして十一人!」

「直接的、間接的も合わせると三十三名です」

「ふーん。でも全員自業自得なんでしょう?」

「ほとんどそうですね。ただ、初期に関しては──」

「あー、怖がったり気味悪がったりしただけで死んじゃったでしたか。そうかそうか。ほら、まだ人格、魔力ともに暴走気味だったでしょう。だからです。まぁ、理由もなく悪意を向けるからそうなるんですがね」

 大体のことは金を握らせた職員やらひそませた調査官からの報告で分かっている。密偵を飼っているのは貴族様だけではないのだ。執事ピエールはうっかり落としてしまった毒瓶をミツバに拾われ、逆に毒素を喰らって死亡。ほぼ事故のようなものだ。使用人たちの半数は副所長の報告の通りこれも事故。警備兵は余計なことを言ったせいで軟体生物化。残りはイエローローズの密偵だった者たちだ。始末しようと仕掛けたところで返り討ち。素敵なオブジェとして塔と一体化してしまった。

「でもまぁ、私の予想以上に短期間で制御が効いてますよ。意外と相性が良かったんですねぇ。不完全なのに、中々良いモノを拾ったみたいで。余計な知識があるのはいただけないけど、まぁ許容範囲内ですか」

「……しかし、このまま安定した状態が続くとは、とても思えません。何がきっかけになるか」

「まぁ、大丈夫でしょう。私は楽天的思考の持ち主だし、多分彼女もそうですよ。そういうところも私に似ていますよね」

 冷めてしまった珈琲を見つめる。ミルクが入っていないので、黒い。副所長が用意してくれたミルクと砂糖を入れてみる。ぐるぐる回る。回り続けて、だんだんと同化していく。

 ──ほら、安定した。



 ──ベリーズ宮殿。舞踏会会場。

「これはこれはご機嫌麗しゅう。ミリアーネ様は今日もお美しいですなぁ。後で是非、私と踊っていただきたい」

「これはお上手ですね、ベイル伯爵。お誘いとてもうれしく思いますわ」

 内心馬鹿馬鹿しいと思いつつも、ミリアーネは見事な作り笑顔を浮かべて好色な伯爵に挨拶する。

 新しく手がける魔光石採掘事業への投資に協力を要請している最中だからだ。今は小康状態にある大陸情勢だが、後数年以内にプルメニア帝国との戦争が始まるだろう。お互いに力を蓄え終わる頃だからだ。銃による戦いにおいて、魔光石は大量に消費されていく。値上がりするのは確実だ。現在のブルーローズ家の財政はひっぱくしている。から大金を引き出し、それを使って倍以上にもうけを出す。金はなくとも、適切な指導者としちじょうけの信用があれば返り咲くのは簡単なことだ。

「ところで先日のお話の件ですが、喜んで投資させていただきますぞ。その代わりといってはなんですが──」

「ええ、お食事のご招待についてですわね。それも、もちろんお受けいたしますわ」

「それはそれは。貴方のようなお美しい方とお食事を共にできるだけで、いやはやなんとも」

 た笑みを浮かべるベイル伯爵。この男は未亡人に手を出すのが何よりも好きという情報が入っている。屑ではあるが、金は持っている。自分の広大な土地を農民に貸し出し、使用料をせしめているのだ。農民に知識がないのをいいことに、詐欺まがいの条件で荒稼ぎしている。最初はいいが、徐々に苦しくなる契約となっている。共和派の煽動家たちが言う『寄生虫のごとき貴族』の見本といったところか。

 しかし、取引相手としては全く問題ない。いこと転がして、こちらに有利な条件で投資を引き出したい。強引な手法は向こうも取れない。貴族相手にを打つような相手ではない。その上こちらは七杖家当主代行だ。妄想に出されるだけでむしが走るが、それは手数料ということで堪えてやろう。

「それでは、また後ほど」

 適当に会話をした後、伯爵の傍を会釈しながら離れる。

 周囲の夫人たちと談笑しながら一息入れていると、見覚えのある顔が視界に入った。実の兄、現在のイエローローズ家当主、ヒルードだ。ミリアーネがブルーローズを乗っ取った後、父は見届けたかのように急死。きゅうきょ後を継いだのがこのヒルードだ。父に似て、手段を選ばない冷酷な性格だ。ミリアーネもそうであるからして、きっと血筋なのだろうと思う。

 作り笑いを浮かべながら兄に近づく。予想に反して、兄は露骨に不機嫌な表情を浮かべてくる。まるで苦虫をつぶしたかのようだ。

「ごきげんよう、兄上。……と思ったけれど、どうもご機嫌がよろしくないようね」

「ふん、リーマスとけんしてしまってな。餓鬼一人すら始末できない無能な親なのかとそしられたよ。実際その通りなのだがな」

 ヒルードが溜息を吐いている。他人を何人殺しても何とも思わないくせに、身内には甘いようだ。しかし、その餓鬼というのはもしかして。

「……兄上。餓鬼というのは、まさか、ミツバのことでして?」

「それ以外に誰がいるというのだ。息子の友人といざこざがあってな。えらく面子メンツを潰されたらしい。お前からの依頼もあったから、一気にカタをつけようとしたのだが」

…………

「見事に失敗したよ。完敗だな。くく、あんな餓鬼に手を出したばかりに、我が家が誇る『毒蛇』は半壊状態だ。もはや溜息しか出ない」

「そんなまさか。いつから兄上はそんな冗談を──」

「冗談なものか。殺された者も多いが、恐怖のあまり再起不能になった者も多い。なにせ、頭領が壊れた人形にされてしまったのだから。物理的な意味でだぞ。お前も知っているあの男だ」

…………まさか」

「しかも、あのザマでしばらく生きていたのだ。私もこの目で見たがおぞましいものだった。…………実に恐ろしい。まさに悪魔の所業よ」

 ヒルードが顔をあおめさせ、脂汗を流している。こんな情けない兄の姿は見たことがない。

「どうなされたのです。兄上らしくないですわね。どうして報復なさらないのです」

「報復、だと? お前、アレの危険性を知っていたな? 何故私に何も言わなかった」

「……それは」

「貴様に貸し出した密偵に、口止めしていたことも分かっているのだ!」

 怒声とともにヒルードが敵意を向けてくる。周囲の視線を感じ、ハッとした兄が口をつぐむ。

 確かに、半ば脅して口止めはした。当然危険性も知っていた。できるならば、自分のあずかり知らぬところで、兄の手勢で殺してくれれば幸いとも思っていた。自分が呪いを受けるのは怖い。そんなものがあるとは思っていないが、可能性はゼロではない。だから兄を利用しようとした。それだけだ。

「何か誤解があるようですわね。いいですか? 私は一応アレの義母にあたるのです。直接的にせよ、間接的にせよ手を出せばうわさが流れるでしょう。ですから、兄上のお力を借りようとしただけのこと。始末は急がないともお伝えしたでしょうに」

「──黙れ。あわよくば私をアレに殺させて、イエローローズ家まで乗っ取ろうとでもたくらんだか? 派閥を全て手中にしようとでも思いあがったか? だが貴様の思い通りにはならんぞ。私は金輪際アレとは関わらん。息子にも厳命しておいた。……我が妹ながら、恐ろしい女よ。母娘ともども、中身は悪魔に違いない」

 舌打ちすると、ヒルードは足早に立ち去っていってしまった。

「私と、アレが親子ですって? 冗談じゃ──」

 ミリアーネは一瞬気色ばむが、すぐに微笑を浮かべる。兄も馬鹿ではない。せっかく乗っ取ったブルーローズ家と対立関係になりたいとは思っていないだろう。王党派本流として確固たる立場を築けたのだから。国王をけんせいしつつ、議会の流れを握る。自分たちに有利な施策を押し通す。利益は放っておいても入ってくるのだ。金持ち喧嘩せずとはよく言ったものだ。

 ミツバに関しては一旦保留だ。兄も少し落ち着けば必ず報復を再開するに違いない。あれの性根は陰気で粘着質だから必ず逆恨みする。

 ミリアーネが薄ら笑いを浮かべていると、国王ルロイと王妃マリアンヌが近づいてきた。ついでにまだ幼い長男も連れている。これまた見事に平凡そうな顔である。そのまま立派な操り人形になれるよう育っていってほしいものだ。多少知恵をつけてしまったルロイのようになってほしくはない。王は馬鹿で単純で善良なほど好ましい。

「ごきげんよう、ミリアーネ。来てくれて本当に嬉しいわ」

「先日の謁見以来だな、ミリアーネ。今はブルーローズ当主代行だったか。今日は楽しんでいるかな?」

「これはこれは国王陛下、王妃陛下、そして王子殿下。このような素敵な催しにお招きいただき、恐悦至極に存じますわ。もちろん楽しんでおります」

「うむ、楽しんでくれているならいいのだ。最近は不幸が続いたからな。ところでな、マリアンヌが聞きたいことがあるそうなのだが」

 ミリアーネはこれでもかというほどの笑みを浮かべて、国王一家のご機嫌を取る。

 一応王党派とはいえ、国王はそれほどこちらを良く思っていないだろう。市民に寛容を与えようなどという愚かな政策を繰り返し提案してくるのをねつけているからだ。赤、桃派を除く上院、下院議員の力で徹底的に否決している。皮肉なことに、市民議会からの受けが良いかというとそういうわけでもないのだ。市民のご機嫌を取りたいのは理解できるが、それならば贅沢な暮らしの一つでも改めればいい。だが、そこまでは考えが至らない。ゆえに口先だけで何も実行できないお飾りの王という悪評ばかりがまんえんする。そして市民に寛容を与えた結果、何が起こりどうなるかまで考えることもできない。馬鹿が多少知恵をつけると、碌でもないことしかしないという証左である。

「ブルーローズ名誉姓を取り上げられた、亡きギルモアきょうの忘れ形見のことなのです。私、とても気になっておりますの。まだ十一歳の少女と聞いていますわ。どうか、温かな寛容を与えてあげることはできませんか、ミリアーネ」

「……王妃陛下のお言葉ではございますが。それはできかねます。あれは我が家に恐ろしい災いをもたらしたのです。青薔薇ばらつえを御覧いただければ、きっとご理解いただけるかと思います。おきてに背いて彼女が触れた杖は、今も毒々しい色を纏っております。どうして許すことなどできましょうか」

 何を言い出すのかとミリアーネは内心で激しく舌打ちする。興味本位でアレに手を出されては困るのだ。万が一、国王一家に何かあったら、巡り巡ってこちらにも災いがもたらされる。追放したとはいえ、一族は一族。必ず責任問題となる。だが、顔には出せない。苦渋の決断であったという表情を努力して作る。

「……そうなのですか。事情も知らずにごめんなさい。この通り、謝罪いたしますわ」

「そんな、どうか頭をお上げください王妃陛下」

 その言葉を待ってましたとばかりにニコっと笑うマリアンヌ。

 馬鹿だがそこそこにさかしいのが腹立たしい。国王に余計な知恵を与えているのもこの女である。

「ところで、聞いたところによると、今は陸軍の士官学校にいるとか。それはまことですか?」

あいにくですが、私は存じ上げません。ニコレイナス所長に全てお任せしてありますので」

「そうですか。ならばこちらで調べてみることにします。災いの件についてはとても悲しく思いますが、それでも彼女には寛容が与えられるべきと考えております。できれば多少でも援助できればと思っておりますの」

…………

「はは、一度言い出したら聞かないのだよマリアンヌは。誰にでも幸福に生きる権利はあると言ってな。悪いが、そういうことになりそうだ」

 何が援助だと吐き捨てそうになるのを必死にこらえる。表情には出ていないが、はらわたは煮えくり返っている。

 隣で苦笑しているルロイ。相変わらず妻マリアンヌには甘いようだ。そんなざまだからカサブランカ人の女に骨抜きにされたなどと陰口を叩かれる。

「承知いたしましたわ。つまらぬことに囚われている私の愚かさをどうかお許しください。王妃陛下のお優しさに、世の者はさぞ感嘆することでしょう」

「ふふ、聞きたかったのはそれだけですわ。さぁ、行きましょうか、可愛いマリス坊や。この母と一緒に踊りましょう」

「はい、母上!」

「元気で良いことだ。それではな、ミリアーネ。グリエルとミゲルにも宜しく伝えておいてくれ。最近会えてなくて気になっているのだよ。特にグリエルはブルーローズ次期当主であろう。余が期待していると伝えておいてくれ」

「はい、必ず。我が子たちも喜ぶことと思いますわ。グリエルは、必ずや陛下のお力になれると思います」

「そうかそうか。頼もしいことよな」

 上機嫌で立ち去っていく国王一家。

 マリアンヌは恐らく本気だろう。あれはカサブランカ大公の娘のくせに、やけに市民に同情的なのだ。それがルロイに感染し、市民にも寛容をなどとぬかすようになった。しかも王党派に属する赤と桃の派閥を、寛容派などという愚劣極まりないものに塗り替えてしまった。市民の人気を取りたいのだろうが、愚かなこと極まりない。

 市民は諸悪の根源は国王だなどと言っているが、貴族からすればマリアンヌに他ならない。他国の女はさっさと死ねばいいのだ。どうせ国王と息子以外、誰からも愛されない他国者だ。

 ──なるほど、呪い人形とは通じるところがあるのかもしれない。ならば、二人そろって仲良く地獄に行ってもらいたい。なんなら、国王一族全員に死んでもらってもいい。

 レッドローズ家には他の七杖家から養子を出して代わりの国王とすれば済むし、形骸化しているピンクローズ家などは取り潰してしまえばいい。お飾りは誰でも構わない。どうせ王権には多大な制約がかかっていて、自由になど振る舞えないのだから。自分たちがそれを許しはしない。

(何をしようが、私たちの時代は続く。この国を動かすのは、私たち選ばれし貴族なのだから。国王はお飾り、議会は我々に都合の良い世界を作り出すための道具。市民とは奴隷の別名。だから自由なんて市民には必要ない。働いて働いて働き尽くして死ねばいいの)

 ──ばくだいな土地と財産と名誉を築き、自らの血を継ぐ子にそれらを全て引き渡す。それが貴族に生まれた者に課せられた義務、使命だろう。その繰り返しが、我々の血を更に尊きものにしてくれるのだ。その定めから目をらす者は、貴族を辞めて市民になるか、とっとと死ねばいい。そう、あの愚かなギルモアのようにだ。




 ──陸軍士官学校、校庭。

 座学という名の一般常識勉強を終えた私たちは、外で持久走中だ。

 半年もてば、授業の遅れも気にならなくなる。大して頑張ったわけでもないが、普通の学校とは違うのだ。軍人を育てることが目的なので、やっぱり体力訓練、銃、大砲の扱い方がメインである。そして、お金も掛からず手間も掛からず、それでいて実戦的であり根性も鍛えられる持久走は、教官たちが大好きな訓練である。

「この校庭を走るのもいい加減飽きてきたよ。たまには王都の中を走るってのはどうだろうね」

「馬鹿も休み休み言え。ただでさえキナ臭い情勢だというのに、私たちが駆けずり回るなどいたずらに混乱をもたらすだけだ」

 クローネにサンドラが突っ込んでいる。私は空を見上げて、気楽に走っている。全然疲れないので余裕である。スタミナがついてきたらしい。筋肉は増えてないし背も伸びてないけど。

「しかし平和ですねー」

「お、おい! なんでお前はそんなにゆうしゃくしゃくなんだよ。はあっ、はあっ!」

「そりゃチビは小さいからでしょ。で、そっちは太ってるからその分疲れるんだよ。今何周遅れなんだい?」

「う、うるせぇな! はあ、はあ」

 数周遅れの小太り体型の男子学生が嫌な顔をする。そちらから話しかけてきたのに。この小太りの名前はなんだったっけ。確か──。

「確か、ホットケーキ君でしたっけ。甘そうな名前の」

「違う! 俺の名前はポルトクックだ! お前は何度間違えるんだ!」

「そうなんですか。で、ポルトガル君はもう少し痩せた方がいいですよ。なんだか太陽が沈まない国の人にやられそうな名前ですし」

「ま、また訳の分からないことを、くっ、いやみなチビと話したせいで、い、息が。も、もう無理っ」

 ミスターポルトガルケーキ君が脱落していく。まだ一時間しか走ってないのに。膝をついたところを、教官が怒鳴りつけて容赦のない蹴りを入れている。可哀かわいそうだが自業自得である。手を振ってお別れを告げる。

 半年もすると、私の雰囲気にも慣れてくるらしい。というより、クローネ、サンドラが気楽に話しているからだろう。最初はビビりまくっていた同級生ともこんな感じで一応話だけはできる。でも距離感は相当ある。残念ながら友達にはなれそうにない。

「チビはまたライバルを脱落させたのか。弁舌の才能もあるのかな?」

「……単純に口が悪いだけだろう」

「しかし、外を走るのはともかく、市街の警戒ぐらいはやってもいいと思うんだよね。私たち見習いもさ」

「それはどういう意味だ」

くそカビどもだよ。この前なんか、私のお気に入りのパン屋で自爆しやがった。しばらくは休業だってさ。世知辛いねぇ」

 悲しそうなクローネ。サンドラは鼻を鳴らして吐き捨てる。

「連中は、徳を積んだ後に死ねば楽園に行ける、などとたわごとをぬかしている。自分だけならともかく、善良な市民を道連れにする始末だ。あんな連中は害虫と変わらん。片っ端から殺してしまえばいい」

「また過激だねぇ。ま、それをやりたくても見分けがつかないから無理だよ。一見しただけじゃ一般人と変わらないわけだし」

「尋問の手間があるのは確かだな。だが私ならもう少しくやるし、その自信もある」

 眼鏡をクイッとあげるサンドラ。きっとえげつない拷問とかやるに違いない。多分じゃなくて絶対やる。

「あ、私も結構分かりますよ。あの人たちすごくさわやかな臭いがするから」

「お前は犬か? というか、何がさわやかだ。この大馬鹿者め!」

「あはははは! 緑化教徒の麻薬常習者は生活が破綻しているからね。そりゃ臭うのは間違いないけど、さわやかな匂いとは言いがたいんじゃないかな」

 面倒だったので説明しなかったが、違うのだ。本当に特徴的なさわやかな臭いがする。ミントを更に強力にしたような。さわやかすぎてひどく鼻につく感じ。そういう人は、今までの経験上大抵が緑化教徒だ。大抵というのは、実際に確かめることはできないから。自爆した死体は何回か見たし、リンチにあって意識のない緑化教徒も結構見た。おので斬首される緑化教徒も見た。全員さわやかな臭いだった。普通の人からはしない。なんでかは分からないけど、麻薬探知犬のような特殊能力が私に芽生えたということにしておこう。結構便利だし。そういう臭いがする人には近づかなければいい。自爆におびえる心配がなくなるし。もしくは先に撃ち殺すというのもありかも。あ、でも証明できないとただの殺人犯だった。

「ま、私から言わせれば共和派も似たようなもんだよ。段々活動も過激になってきてるしね。そのうち理想のために自爆しそうだよね」

「おい。今の言葉、直ちに取り消せ。我々はあんな無政府主義者ではないし、無差別殺人も行なってはいない」

「今は、だろう? でも、そういうことならさっきのは取り消しておくよ。理不尽な粛清だけは勘弁ってね」

…………

 クローネが目を細めてサンドラをあざわらう。サンドラもそれに負けじとにらかえしている。私がいなければ殺し合いになっていそう。怖い怖い。

「頑張っておくれよ、未来の議員様。ほら、どちらかというと、私も共和主義者だしさ、自由万歳ってね」

「ふざけたことを。貴様が共和主義者というならば、野良犬とてそうだろうな」

「あははは、それはちょっと言いすぎだよ。野良犬よりは私の方が教養も常識もあるさ」

 得意げなクローネに、サンドラはあきれて首を横に振るだけだ。ツッコミ役は主に私である。

「野良犬相手に勝って喜んでいていいんですか?」

「そりゃ勝つことが何よりも大事だからね。相手がなんであろうと関係ないのさ」

 と、ガルド教官が笛を二回ならした。最後の突撃の合図だ。そういう意識を持って、全力で教官の下に集合しろということである。私がいち早く走り出すと、歩幅をいかしてクローネが余裕で追い抜いていく。体力を消耗していたサンドラは出遅れたため、女子ではビリ確定。あ、ポルトケーキ君がまた転んでる。凄い勢いでゴロゴロと。転がるだけで面白い人間である。私は拍手しておいてあげた。

「よーし、ご苦労だな諸君。だが、女子のクローネ、さらにはミツバにまで負けるのはいただけない。最近女性が強くなってきたとはいえ、体力の差はあるはずだろう? 男子諸君には淑女を守れる立派な紳士になってもらいたいのだ。というわけで今から校庭二十周、行ってこい!」

『そ、そんな。ぜ、全力疾走の後で、足が』

「泣き言など聞く耳もたんな。突撃後に相手の奇襲があったらどうする。全力で走った後なので無理です勘弁してください、と誠心誠意謝るつもりか?」

『……ううっ』

「分かったなら駆け足だ! 次に文句を垂れたやつには俺が鉄拳をくれてやる!」

 笛の合図とともに、男子たちが死にそうな顔で校庭の外周に向かっていく。これから二十周だと、お昼休憩は半分になるだろう。可哀相に。でも私には関係のないことなので、それ以上思うことはないのである。

 ちなみに、私の横ではサンドラがぜーぜー息を吐いている。体力に劣るわけではないが、クローネは体力馬鹿だし、私はスタミナ抜群。これに気力だけでついてきていた代償を払っているだけ。

「はは、無理しなければいいのに。頭でっかちで融通が利かないねぇ」

…………

 クローネがちゃすが、無言で息を整えている。意地でも弱音を吐かないのは流石さすがである。ポルトケーキ君とは違うようだった。

「さてと。チビ、暇なら私と遊ぼうか。突撃って言ったらやっぱり白兵戦だろうし。今回は、銃剣なしでやろう」

「素手で格闘戦ですか?」

「乱戦で落としたらそうなるし。さ、好きにかかってきな!」

…………流石に体格差がありすぎますよ」

 ファイティングポーズを取るクローネは百八十センチメートルぐらい、私は百四十ないくらい。年齢的には平均的だと思うのに、周りからはチビ扱い。なぜなら、彼らとは五~六年の年齢差があるから仕方ないけれど。永遠に縮まることのない差である。

「こないのかい? じゃあ遠慮なくこっちから──」

「いきますね」

 機先を制して突撃開始。クローネの大振りの一発を回避、懐に入ってボディーに一発。これでクローネはノックアウトである。

「うん。まぁ、狙いは分かるけどさ。頭を押さえればこうなるよね」

「はい、参りました」

 大振りはもちろんけんせい。その長い手で、私の頭は普通に押さえられていた。リーチの差というのはいかんともしがたいものだ。やはり文明の利器である銃や大砲を私は活用すべきであろう。

「うーん、チビがもう少しでかくなれば、格闘訓練もできるのにね。好き嫌いせずに牛乳も飲みなよ」

「あれは口に合わないので。生臭くて苦手です」

 生命の源っぽくて苦手である。気分がひどく悪くなる。

「でも魚は食べてるよね。あれこそ生臭いと思うけど」

「魚はしいから大丈夫です」

「ま、それはいいことだよ。私は魚を骨ごとバリバリ食べるからね。これがデカくなるけつだね」

「私はまだ効果が出てないんですよ」

「チビは牛乳を飲まないからだろう。片方だけじゃ駄目なのさ!」

 あははと笑いながら私の髪をぐしゃぐしゃにしてくる。その間にサンドラも回復したようだ。こんな感じで、私たちの訓練は終わりを迎えるのである。ちなみに、午後も同じ訓練である。隣の騎兵訓練場ではさっそうと障害物を避けて馬を駆る男子たち。騎兵科である。コレを見ると、貴族様たちが歩兵、砲兵科に入らない理由も分かる。だって地味だし。


 ──もう嫌というほど走ったその翌日。朝礼時に、ガルド教官が珍しく困惑した表情を浮かべながら口を開いた。

「あー、今日は諸君に伝えることがある。……正確にいうと、諸君というよりは特定の人間にだけなんだがな」

 頭に疑問符を浮かべる学生たち。私はあくびをしているので、全然聞いていない。隣のクローネも大あくび。人間、朝は眠いのである。クローネと目が合ったので、親指をあげてニヤリと笑うと向こうもをしてくる。何のサインかとクローネがこっそり尋ねてきたので、勝利のサインだと教えてあげた。ちなみに、サンドラにもやったのだが『死んでもやらん。馬鹿馬鹿しい』とそっけなかった。真面目である。

「クローネ・パレアナ・セントヘレナ、サンドラ・テルミドーレ、ミツバ・クローブの三名は、一週間の実地研修に参加できることになった。諸君が学んでいる砲兵科が新設されてから二年目になる。初の女砲兵というわけではないが、今名を呼んだ女子諸君は先輩に当たる十九期生以上に優秀な成績を修めている。よって、学長推薦により、特別に参加資格を得たというわけだ」

 ガルド教官の話を聞いた学生たちがざわめく。驚きと嫉妬を含んだ視線が私たちに向けられる。女のくせにやら、女だからひいされている、という情けない言葉も聞こえてくる。当然クローネが黙っているわけもなく。

「ん、文句があるのかい? 私にけんで勝てる奴がいるなら喜んで譲ってやるよ。ほら、今すぐ手を上げな」

…………

 当然いない。体力だけじゃなく、体術、銃剣術の技術も抜群である。戦うために生まれてきたような身体とセンス。クローネは間違いなく軍人として大成するだろう。太鼓判を押してしまう。

「あ、じゃあ私も譲りますよ。無条件で。行きたい人は両手を上げてください」

 その代わりにお手上げポーズくらいしてもらおうと皆に告げたら、全員一斉に視線をらした。少しは打ち解けてきたと思うのに、相変わらず悪評やうわさについては払拭できていない。

「申し訳ありませんが、私は参加を辞退します」

「理由はなんだ」

「自己都合です。強制ならば従います」

 サンドラは普通に辞退を宣言した。本当にわが道を行く女である。

 極力余計なリスクを排除したいのか、もしくは勉強時間の邪魔とかいう理由かもしれない。軍で出世するつもりは最初からなさそうだし。

「……いや、強制ではないが。だが本当にいいのか? 卒業考査時に加点対象となるし、そうそうある機会じゃないんだぞ? 学長推薦だということも忘れるな」

「せっかくですが私には必要ありません。加点いただかなくても十分卒業できますので。推薦いただいた学長には申し訳ありませんが」

 学長からの覚えが悪くなろうがサンドラとしては全く困らないわけで。元々サンドラは勉強するためにここへ来ているわけだし。普通の学校と違ってお金がなくても勉強できるからだ。士官として数年働いたら、退役して議員を目指すと公言している。退役軍人が市民議員になるというのは珍しいことではないらしい。

「……そうか。ならばいい、俺から学長には伝えておこう」

「教官! サンドラが行かないのであれば、僕たちの中から選んではいただけませんか?」

 意欲的な男子が立ち上がりアピールする。凄いやる気である。

「その意気込みは認めたいが、無理な話だな」

「それは何故なぜですか!」

「別に欠員が出ようが向こうとしては全く構わないからだ。ちなみに、二十期の歩兵科、騎兵科、魔術科からも選抜された学生も研修に向かうことになっている。女子だから選ばれたというわけではないことは言っておくぞ。あくまで成績、普段の訓練や学習態度などを考慮して選抜されている」

…………

 不満そうな顔を隠そうとしない学生。ガルドが腕組みして睨みつける。

「大体だな、文句があるならせめてミツバに持久走で勝ってから言え。分かったか?」

「……はい」

「返事が小さい!」

「はい、教官殿!」

「よし、良い返事を聞いたところで話を戻すぞ。クローネとミツバは、今から言う三つの中から希望を述べるように。もちろん希望については前向きに検討するが、必ずかなうわけではないことは理解しておけ。それが組織というものだ。ついでにこれ以上の辞退も認めない」

「あらら、ひどい話だねぇ。やだやだ、自由があるようで全然ないよ。もう辞退すらダメだってさ」

 クローネがおどけてみせる。ガルドも冗談だと分かっているのでそれをとがめない。

 というか、教官が辞退は認めないと言ったとき、主に私に視線を向けていたような。もしかしてご指名だったりして。

「何事も早い者勝ちというやつだ。不満なら自分で選べるくらいに偉くなることだな」

「了解しました、教官殿っと」

「さて、では説明を始めるからよく聞け。まず一つ目が陸軍東部方面軍だ。プルメニア帝国との国境最前線、将来の激戦予定地だな。今のうちに遠足に行くのも悪くはない。戦争が始まったら景色を優雅に楽しむことはできないからな。やることは大砲や長銃の手入れが主になる。ここに行ったら一早く前線の空気を感じられるぞ」

 うーん、そんなに行きたくない。クローネはここで決まりだという顔をしているが。よし、ここは友人に譲ってあげよう。遠足には興味をかれたけど、一人だけじゃつまらないので却下だ。

「二つ目は王都警備局だ。我らが首都の平和を守る誇り高き部署だぞ。ここに行けば警備兵になったつもりで、王都を散歩できる。やることは街の景観維持──ゴミ拾いと浮浪者の死体処理ってとこだ。市民から感謝されるとは実に羨ましい。間違っても王宮警備には回されないから心配するな」

 これもそんなにやりたくない。普段は楽しみながら散歩しているので、任務や仕事になったらつまらないことこの上ない。王宮に入れるなら行っても良かったけど。できればパス。

「三つ、治安維持局。ここはどんな奴でも人気者になれるぞ。税金を滞納する不届き者をたたきのめしたり、馬鹿なゴロつきを締め上げたり、イカれた緑化教徒をぶちのめしたりする花形だ。ローゼリア中に出張って治安を妨害する連中を排除するんだ。恐らく武器弾薬を担ぐのが主な仕事になるだろう。そうそう、任務中以外でも逆恨みによる報復があったりするから、油断しないように気をつけろ」

 なんとなくこれが一番楽しそう。報復は少し怖いけど、そうならないようにすればいい。緑化教徒をどんな風にぶちのめしているのかは見ておきたいところ。是非ともこれからの参考にしよう。私のお気に入りの店や場所で自爆されたら嫌だし、先手必勝だ。私はこれで決まりだ。

「騎兵科や魔術科の連中には王宮警備やらがいせん行進訓練なんて選択肢もあるらしいが、砲兵科は以上で終わりだ。どれもこれも魅力的な部署ばかりで悩むだろう。それじゃあ、クローネとミツバは帰りまでに考えておくように。男子諸君は嫉妬だけはするんじゃないぞ。男の嫉妬は醜い上に情けないからな!」

 心配しなくても、さっきまでの妬みの視線は同情に変わっている。一週間の遠足のつもりで精々楽しむことにしよう。サンドラへのお土産みやげも用意しなくては。適当な緑化教徒の首でいいかな。でも腐らせないようにするのは難しいかも。



 ローゼリア治安維持局レッドローズ州リトルベル市駐在所。一個小隊三十名の隊員を率いるモラン大尉は、送られてきた命令書を握りつぶし、怒りで顔を真っ赤にしていた。

 モランの年齢は既に五十歳。軍歴は三十年を越えている根っからの軍人である。祖国ローゼリアへの愛国心は誰にも負けないと思っている。

「このくそ忙しいときに、なぜ私が子守をせねばならんのだ! 確かに人員が足りないと文句は言ったが、十一歳の子供をせとは言っておらんぞッ!」

「どうか落ち着いてください隊長。お気持ちは分かりますが、たった一週間ではないですか」

 副長のタルク少尉がなだめてくるが、怒りは収まるところを知らない。

「ほんの僅かだと頭では理解しているが、感情が承服せんのだ! なぜ餓鬼を我々に押し付ける! 暇を持て余している王都警備局の連中にでも押し付ければいいだろうがッ!」

 モランは人一倍の愛国心を持っているが、悲しいことに市民階級の出であった。たったそれだけで、輝かしい出世街道を歩む道はほぼ完全に閉ざされてしまった。出自がどうであろうと軍歴さえ積めば、大尉にまではほぼ自動的に上がっていく。士官学校を卒業すれば准尉からスタートし、少尉、中尉、大尉と上がっていく。貴族階級に生まれればあっと言う間に佐官に到達だ。

 だが、市民階級出が佐官に上がるには何か特別な功績を挙げなければならない。将官になどは奇跡的な事態でも起こらない限り不可能だ。例えば、ニコレイナスほどの功績を挙げる必要がある。

 当然、能力的には特筆すべきところがないモランには不可能であり、こうして小さな市の駐在所に配置されたというわけである。プルメニアやリリーアとの戦争には流石に駆り出されたが、特に交戦することもなく停戦が行なわれる始末。予定では、後数年このリトルベル市で過ごした後、晴れて退役を迎えることになる。

「いいか、私にはこの市を守るという義務がある。それに心血を注いできたつもりだ。この情勢下、いつ不測の事態が起きてもおかしくないからな」

「はっ、よく存じております」

「それをのんに実地研修だと? 最近の不穏な状況を上の連中は理解しているのか? 自爆大好きなカビに、聞き分けのない共和主義者、食い詰めた浮浪者などがいたるところにあふれ返っている。外に一歩出るだけで頭痛の種ばかりなのだぞ!」

「……職を求めて王都に集まったものの、望む仕事に就けるのは僅か一握り。市民の生活は悪化するばかりです。それに比例して緑化教徒の数も増えておりますし。共和主義者などは臆面もなく白昼堂々演説する始末です」

 貴族の土地から逃げ出した農奴どもが、職を求めて王都ベルに集まってくる。そこでもを得られなかった者は、浮浪者となりスラムに住みつくか、またどこか棲家を求めて拡散していく。その繰り返しだ。それもこれも貴族が悪いとモランは思っているが口には出さない。最後は親愛なる王家に対する愚痴になってしまうから。

 市民には、まず国税が掛かり、その次に州税と市税がかぶさってくる。当然モランも支払っている。これを滞納した者を取り締まるのも治安維持局の仕事だからだ。この三つの税だけでもかなりの負担だが、戦争が起これば更に戦争税が課される。特に理由もなく、適当な名前の税が増えたこともあった。その度に不平不満の徒が大暴れするので、治安維持局は大忙しである。

 貴族の土地に暮らす農奴は更に悲惨である。上記の税に加えて、貴族への土地代も払わなければならない。余裕などあるわけがない。当然不作時などは餓死者が増加する。それを免れようと子供を人買いに売ったり、あてもないのに逃げ出したり、になって緑化教徒になるのがこの類いだ。共和主義を唱える連中は、まだそこまで追い詰められてはいない。だがそれも爆発寸前のように思える。

「ああ、子守などしている余裕がないことを理解してくれて、心からうれしく思うよ少尉。それで、もう一度言うが、このミツバとかいう研修生、一体何歳だと思う。十一歳だぞ十一歳。士官学校の教官どもは頭がどうかしているぞ!」

「……しかし、書類を見る限りでは、かなり優秀と記載がありますが。銃、大砲の扱いにけ、持久力にも優れると」

「子供の遊びではないのだぞ。……だが命令は命令だ。我々は従わねばならん。軍人とは悲しいものだな」

「心中、お察しいたします」

 嘆息するモラン。

 自重しようと努力するが、口からは愚痴しか出てこようとしない。だが一週間の辛抱だ。

「タルク少尉。悪いがこの研修生の面倒は君に一任したい。最初の挨拶以外は私の前に連れてこないようにしてくれ。怒りで倒れてしまいかねん。退役前に憤死などという不名誉な前例を作りたくないものでね」

「はっ、了解しました。私にお任せください」



 期待の新星、未来の大軍人──ミツバ嬢がいよいよ駐在所に到着した。

 なんと真新しい軍服まで支給されているではないか。こんな子供用の軍服があったのかと一瞬思ったが、よく考えると軍楽隊には普通に子供がいるのを失念していた。おそらくはそこから手配したに違いない。それと、何故か馬車の護衛には王国魔術研究所の魔術師どもがついていた。護衛の厳重さからミツバとかいう子供は貴族出身かとモランは一瞬考えるが、それはないとすぐに考えを否定する。この子供は砲兵科所属だからだ。泥臭い砲兵科に進む貴族などこの世には存在しない。まぁ、研修生に何かあったら面子メンツが潰れると、士官学校側がわざわざ依頼したのだろう。最近は街道に盗賊団が出没することもある。そういう心配りができるなら少しはこちらに回せと、モランは更に腹立たしさを募らせる。

「……ようこそ、リトルベル市駐在所へ。町の外観はもう見たかな? ここは小さいが美しい町だろう。私の自慢の町なのだよ」

「はい、そうですね。とてもれいな町だと思います」

「そう言ってもらえて光栄だ。……私が隊長のモラン大尉だ。これから一週間、君の面倒を見るように命令された。遺憾ではあるが、命令とあらば断わるわけにはいかない。お互いに不幸だとは思うが、前向きにいこうではないか」

「ありがとうございます、モラン大尉。私は研修生のミツバ・クローブです。短い間ですが、よろしくお願いします」

「なるほど。挨拶だけは立派なものだな。よく仕込まれている」

 かかとそろえて、敬礼をするミツバ研修生。さぞかし練習したのだろう、そこらの兵卒よりは上手い。なにやら色々な噂があるとタルク少尉が言っていたが、モランは全く興味がなかったので聞く耳を持たなかった。

 第一印象は『気味の悪いガキ』である。銀髪は腰のあたりまで伸びており、邪魔くさい前髪は目元まで届いている。士官学校では髪の長さに決まりがないのだろうか。面倒なので余計なことは言わないが。それに特徴的なのがこの青い目だ。人形の瞳のように造りは綺麗であるのに、何故かは分からないが薄気味悪い印象を受ける。透き通るように青いのに、感情が読めない。ジッと見ていると、暗闇に飲まれそうになり寒気が走る。普通ならば、誰だってコレには関わりたくないと思うだろう。──呪いの人形。思わずそんなことまで考えてしまった。

 モランは慌てて余計な思考を振り払い、ミツバを上から見下ろして口を開く。

「……さて、君の面倒はこのタルク少尉が見てくれる。まだ若いが、経験豊富で優秀な男だ。更に少尉は士官学校歩兵科を実に優秀な成績で卒業している。年齢も私よりは近いから、話も合うことだろう。色々と勉強させてもらうといい」

 モランはそう言い切ると、タルクに視線を向ける。それにうなずくと、前へ一歩進み出て敬礼するタルク。

「私がタルク少尉です。ミツバ研修生、ローゼリアの治安を維持するのが我々治安維持局の役目です。ここはその最前線となります。君が将来どこの配属になるかは分かりませんが、この町での経験は必ずかすことができるはずです。一週間、共に頑張りましょう」

 タルクがにこやかに微笑ほほえみ、右手を差し出す。

 ミツバは僅かに口元をゆがめると、その手を握り返した。

「ありがとうございます、少尉。少尉はとても『さわやか』な方なんですね」

「さわやか? 私の匂いがかい? そんなことは初めて言われたけれども」

 タルクは自分の服をクンクンと嗅ぎはじめ、ミツバはそれを子供らしからぬ不敵な笑みを浮かべて眺めている。その理由がモランには読み取れない。自信過剰なのか、ただの馬鹿なのか、いずれにせよ生意気な子供だとモランは思った。タルクは穏やかな表情を変えていない。実に人間ができていると感心する。リトルベル市民からの信頼も厚い男であり、モランの後任を十分に継いでくれるだろう。既に後釜の指揮官として本部に推薦済みである。

「はい、間違いなくさわやかな人です」

「ははは、悪い気はしないけどね。しかしいくら私を褒めても何も出ないよ」

 そう軽く笑った後、こちらを振り返るタルク。

「大尉、もう昼食の時間も近いですし、あの食堂に連れていっても構いませんか? 最初ぐらい、歓迎も兼ねてそうといきたいのですが」

「ああ、構わんよ。私の目の届かないところで好きにやりたまえ」

「はっ、ありがとうございます。それじゃあ行こうかミツバ研修生。あの食堂の料理は絶品でね。その上値段もお手頃なんだ。近くの村々から届く美味しい野菜を使ってるかららしいけれど」

「そうなんですか。それはとても楽しみです」

「はは。子供は素直が一番だからね。腹ごしらえをしたら、早速町を案内しよう。他の隊員との顔合わせも行なわないといけないからね」

「ありがとうございます、少尉」

 実に和やかな雰囲気だ。タルクは特にミツバを不気味には思っていないようである。

 こちらに敬礼すると、二人仲良く出ていってしまった。もしかして、自分がおかしいのだろうかと、護衛についてきた魔術師たちに視線を向ける。

「いやはや、変わった子供──いや、研修生でしたな。実に変わっている」

…………

「それで、だ。一つだけお聞かせいただきたいのですが、何故あの若さで士官学校に? いささか非常識なことだと思うのですがね。しかも治安維持の最前線に投入などとは前代未聞だ」

「諸事情がありまして、その類いの質問には一切お答えできません。ご容赦を」

「ふん、これは手厳しいですな。まさか、ニコレイナス所長の隠し子とかですかな? それならば話は分かりますがね」

 冗談がてらせんなことをつぶやいてしまった。魔術師たちの表情がスッと変わる。怒らせてしまったかと思ったが、何かに脅えているようにも見える。

「……大尉殿。冗談でも、そのようなことはおっしゃられない方が宜しいかと。たった一週間の辛抱です。彼女を刺激するような言動は是非お控えください」

「それは一体どういう意味ですかな。なぜ大尉であるこの私が、たかが研修生の機嫌を取らねばならんのです。馬鹿馬鹿しい話だ」

 言葉にとげが混ざる。王魔研の魔術師、研究者たちは軍属ではないから階級はない。モランとどちらが偉いかなどというのは水掛け論だ。職権外の場ではお互いに尊重するということが慣例だ。そしてここはモランの持ち場、遠慮しなければならないのは相手である。

「私はただご忠告申し上げただけです。後は大尉のお好きになされれば宜しいかと。……それでは、我らはおいとまいたします。一週間後、何事もなければミツバ研修生を迎えに参ります。どうぞご無事で」

「おい、ちょっと待て。何事もなければとはどういう意味だ。この町は我らが心血を注いで治安を維持している。何事もあるはずがない。それをご無事でとは無礼であろうが!」

「とにかく我らはこれで失礼します。おい、引き上げだ!」

 えるモランを見向きもせず呟くと、護衛の魔術師たちは早足で退出してしまった。モランは訳が分からずに立ち尽くす。彼らの後ろ姿が、恐ろしい何かから逃げ出すかのように見えたからだ。

「なんだというのだ。全く、訳が分からん。さっぱり訳が分からんわ!」

 そして、いらいらを吐き出すようにせきばらいをしてから、乱暴に椅子に腰掛けるのであった。