親切な学長先生に細かい説明を受けた私は、これから所属することになる教官に紹介されることとなった。各期ごとの、各学科がいわゆる一クラスに当たり、それぞれ担当教官が就いているらしい。私が所属するのは、二十期砲兵科である。ちょっとかっいい。学校には二十年の歴史があるらしいが、砲兵科は去年新設されたばかり。一月からスタートしているので、私はなんと半年の遅れ。本当に大丈夫だろうか。結構不安である。

「それじゃあ、ガルド君、後は任せるよ。何かあったら君に一任するからそのつもりでよろしく」

「は、はぁ。まぁ分かりました。でも、本当にいいんですか? ウチは砲兵科ですよ?」

「うん、今回は特例だからね。でも、特別扱いは本当にしなくていいんだ。普通にね、普通に。他の学生とごとを起こさせないよう、そこだけは宜しく頼むよ。特に、私にだけは、絶対に、迷惑をかけないように。いいね?」

「はぁ。まぁ分かりましたがね」

 ゴツい肉体の日焼けしたおじさん──ガルドが立ち去っていく学長に敬礼すると、私に向き直る。げんな表情でジロジロと視線を向けてくる。

「特例、ねぇ。確かに普通じゃなさそうだ。どういういわくつきなのかね」

「一応普通のつもりです」

 そう言ったが、全く納得いってなさそうな表情だった。

「俺は二十期砲兵科の連中の面倒を見てる、ガルドだ。お前の家柄がどうだとかは全く知らん。他のやつらは知らんが、俺は一切考慮しない。入学の遅れも年齢についても特別扱いはしない。分からないことがあったら聞くなり調べるなりして、自分で努力して追いつくことだ。お前に一々合わせていたら、他の連中が迷惑するからな」

 転入生に合わせて授業を遅らせてくれる学校はないだろう。多少便宜を図ってくれてもいいと思うけど。このガルド教官はそこらへんは厳しいらしい。顔もなんだか険しいし。

「はい、よく分かります」

「宜しい。ならば早速案内しよう。そういえば、授業を受ける準備はできてるのか?」

「はい、一応は」

 筆記用具にサーベル、普通の制服とは違う軍服っぽいものをたくさんもらっている。着てみると、一般兵その一になった気分になれる。頑丈な素材っぽいけど弾が当たったりしたら、普通に死んじゃうだろう。よろいかぶとというのは時代遅れということなのか。よく分からない。分からないから勉強するのである。なるほど、納得だ。



 二十期砲兵科の教室に案内される。なんか汚いけど、それなりに広い教室だ。人数は五十人ぐらいだろうか。これが私の同級生になるようだ。やっぱり女性は少ない。見る限り二人だけかな。女性の社会進出うんぬんと怒る人が出そうだけど、よく考えるとここは士官学校である。軍人になりたい女性は少ないだろう。

…………

 気のせいではなく、本当に空気が悪い。なんというか、あまり歓迎されてない雰囲気。とりあえず会釈しようかと目を合わせる努力をする。が、ほとんどの学生たちが露骨に目をらしている。

 唯一反応があったのは、さっき見つけた女子二人だけ。金髪ぼさぼさ頭の大柄の人と、インテリメガネ風の茶髪の人である。ぼさぼさ頭はニヤニヤ笑顔、もう片方のインテリメガネは、こちらを見定めるように観察する目だった。ピースしたら、ためいきを吐かれた。がっかりである。

「喜べ諸君、君たちに新しい仲間ができたぞ。うれしいだろう? まだ半年なのに、既に十人ほどが退学してしまったからな。ああ、久々に良い話ができて俺も嬉しい。諸君はなおさら嬉しいだろう」

…………

 反応なし。ざわめきもなし。超シーンとしている。

「嬉しさのあまり言葉もないそうだ。さて、時間がもったいない。自己紹介を頼む」

「はい」

 自己紹介。ウケを狙おうかと思ったが、コケたら恥ずかしいのでやめておこう。ここは軍人を養成する学校だから、まともなことを言わなければ。

「今日からここで勉強することになりました、ミツバ・クローブといいます。まだ十一歳ですが、皆に追いつけるように頑張ります。将来は、ここで勉強したことをかして、いっぱい人を殺せるように頑張りたいと思っています。どうぞ宜しくお願いします」

「……ミツバ。国のために働けるようにと言い換えろ。正直なのは良いことだが、言葉は選ぶようにしろ」

「はい、分かりました。将来は国のために働けるように頑張りたいです」

…………

 ガルド教官が乾いた拍手をしてくれる。学生は金髪ぼさぼさ以外の拍手はなし。やっぱり歓迎されていなかった。

「実に素晴らしい挨拶だったな。まさに士官候補生のかがみと言えるだろう。諸君らも彼女に負けないように、今以上に勉学、訓練に励め。それでは、各自授業の準備をしておけ。ミツバは適当に席についていろ。俺は講師を呼んでくる」

「はい、分かりました」

 どうやら科目ごとに講師がいるらしく、担任のガルド教官は教室から出ていってしまった。

 どこに座ろうかなーと眺めていると、露骨に空席に荷物や上着を置き始める学生たち。なんだか嫌な感じだが、最初だから仕方ない。人見知りする人たちなのかもしれないし。

 私も彼らだったら、いきなりは嫌だなーと思うだろう。挨拶とかした後に教科書とか見せなくちゃいけないのはハードルが高い。なんか気まずいし。

「おーいチビ。こっちこっち。私の隣にきなよ!」

 一番後ろの席で、両手で合図してくる大柄の女。周囲の空気を読まずに、とてもアピールしている。それはもう大声でやかましいぐらいに。

…………えーと」

「ほらほら、早くしなよ。立ってても始まらないでしょ。時間の無駄さ!」

「はい」

 流されるままにうなずき、一番最後尾の空席へと腰掛ける。私の目は悪くないようなので、黒板の文字はしっかり見える。が、前の震えている男子学生が非常に邪魔である。つい舌打ちしてしまったら、男子学生は慌てて別の空席に移動してしまった。うん、とても見やすい。

「お、さっそくごやく発動ってね。どんな悪評でも、それはそれで立派な武器になるよなぁ。うんうん」

 ニヤニヤ笑顔の金髪ぼさぼさ頭の女。いや、一応少女か。身体つきを見る限り、かなり身長は高そうだ。机を乱暴にくっつけてくると、「それじゃあ宜しく!」と大声で挨拶してきた。と、今度は小声で耳打ちしてくる。忙しい人だ。

「いやいや。お前が来る前にさ、前に座ってたあいつをちょいと脅しておいたんだよ。背後でじゅつぶやくらしいぞ、ってね。そうしたらあのザマさ。これが流言飛語ってやつで、何事も実践してみないとというわけで。私も将来はいっぱい使っていくとしよう」

 ペンをさらさらとノートに走らせている。

「あのー」

「でさ、知ってた? チビの最初の授業は歴史学。偉大なローゼリアの偉業を学べてしまう授業なんだけど」

「はい?」

 こちらの声は彼女の耳には届かないらしい。がっかり。

「この授業は眠気が一番の大敵でね。偉大な王様が偉大なことを偉大にやったから、最後は偉大な功績を収めましたでいつも終わるんだけど。何もかもが良いところばかりですごいのさ。それなのに最近景気が悪い理由は一言も説明してくれないんだよ。数年前のドリエンテの負け戦も完全になかったことになってるし。やっぱ、偉大だからなかったことになったのかな? やっぱ偉くなりたいよね」

 大あくびをすると、机に突っ伏す金髪ぼさぼさ。やる気の欠片かけらもなさそうだった。

「でさー。チビはそんなチビなのになんで軍人になりたいの。例の悪評とかうわさを払拭するためとか?」

「──凄い。いきなり突っ込んできますね」

「まぁね」

 グイグイと近づいてくる。わが道を行くタイプらしい。

「私は自分のペースを重視するでね。自分を変えるんじゃなく、相手を変える方が好きなのさ。その方が人生楽だよね」

「そうなんですか」

 巻き込まれる方は大変だ。主に私。でも教科書見せてくれるし、なんか色々面白い小話を聞かせてくれるので差し引きゼロ。オッケー。

「うん。で、どうなのさ。お国のために命をささげますとか言って頑張っちゃうの? 名誉の戦死とかしちゃう系?」

「そういうあれはないんですけど。もう家にはいられそうもなかったですし。そうしたら、ここを紹介されました」

「へー。そりゃ大変だね。ま、どうでもいいんだけど。しかし、よりにもよって砲兵科とはね。チビは当たりを引いたね」

 だるそうに突っ伏すと、横顔だけでこちらを見て笑いかけてくる。からかうような顔で。

「当たりってどういうことです?」

「砲兵科はさ。歩兵科と全く同じ授業に加えて、大砲についても学べてしまうんだけどさ。大砲の移動の大変さを知ったら、思わず辞めたくなるみたいで。もう十人も脱走してるから。女子で残ってるのは私ともう一人だけさ」

…………

「でもでもでもだ。ぶっ放すときのあの爽快感はたまらないんだよね。あれを一列に並べて撃ったら、それはもう豪快でさ。障壁を張った偉そうな騎兵だって、あれなら一網打尽だよ」

「はぁ」

「でもさ、経費節約とかいって、一週間に一回しか撃てないんだよ。馬やら魔道具はたくさん買うくせに。ずるいよね。そんなものより砲弾だよ砲弾。もっと実弾演習すべきだよ」

「そうなんですか」

「そうなんですよ。だからさ、なんとかしたくなるだろう?」

「まぁ、なんとかしたくなりますね」

「話が分かるねぇ。嬉しいよ」

 私と金髪ぼさぼさ頭は、視線を合わせると、ニヤリと笑い合った。多分、良い笑顔だったと思う。

 そういえば。相手は私の名前を知っているけど、私は知らないのであった。少ない女性同士、ここはちゃんと聞いておこう。

「で、貴方あなたのお名前はなんですか?」

「ははっ、お前の名前はミツバだろ。覚えた覚えた。私の背をお前が抜かすまではチビって呼ぶからよろしく」

「じゃあ、私はデカ女かノッポさんって呼んでいいです?」

「それは駄目だね。却下だ。主に私が傷つくから」

「そうなんですか」

「そうなんですよ」

 得意気にほおく金髪ボサボサ頭。

「チビと呼ばれる私の精神についてはどうお考えで?」

「いいじゃん、事実だし。それにチビには可愛かわいらしい響きがあるけど、デカ女やノッポはいまいちだしね。私の心にはさっぱり響かない」

「──まぁそれはともかく。貴方のお名前はなんですか?」

 軽く応酬をした後、本題に切り込む。どうやら、このでかい金髪ぼさぼさとは相性が良いらしい。私も遠慮してないし、相手からも遠慮を感じない。何でかは知らない。

「あれ、言ってなかったっけ」

「はい。言ってません」

「クローネ。クローネ・パレアナ・セントヘレナ。まー没落した元貴族ってやつだね。落ちぶれてもパレアナの名誉姓だけは売らなかったのさ。くだらない意地だねぇ」

「名誉姓ですか」

「こんなものただの飾りだよ。さっさと売っちゃえば良かったのにね。持ってたってパンをくれる人はいなかったしさ。でも、大して食べてなかったのに、こんなにデカくなれるんだよ。人間って不思議だねぇ」

「そうですね」

「あ、ブルーローズ家には全くかなわないけど、うちの兄貴と結婚すればパレアナ姓になれるよ。どう?」

 名前の話から結婚相手の紹介に話が飛んだ。色々と凄い。多分、この教室では浮いた存在だと思う。ん。もしかして私も浮いているのかも。大声で話してるのに、誰もこっちを見てくれないし。

「一応考えておきます」

「あ、全然心がこもってないね。ま、大した兄貴じゃないからめた方がいいよ。じゃあ、私は寝るから、この教科書をチビに貸してあげよう。後で新品を貰えるんだろうし、あれなら脱走した馬鹿どものを使ったっていいさ。ほぼ新品」

「ありがとうございます」

「いえいえ、お気になさらず。でも今度倍で返しておくれ」

「考えておきます」

「よろしく!」

 教科書をこちらにぽいっと放り投げると、クローネはぐーすか居眠りを始めてしまった。

 不良学生かと思いきや、歴史の教科書には色々なことがペンで書かれている。質問したことに対しての講師からの返答。それに対しての疑問を書き加えたり。他にも中々鋭い考察が多い。ずぼらに見えたけど、頭は良いようだった。

 私も負けずに頑張ろうと思ったが、隣で寝ているのんな女を見ていたら、なんだか眠くなってきた。講師の話は全然面白くないし。何を言っているのかさっぱり分からない。固有名詞が多すぎて、それは何かを教科書で調べているともう次にいってるし。それに半年も遅れがあるから授業内容が全く頭に入ってこない。お経みたいだ。成仏しちゃいそう。

 役に立たなそうなので、私は教科書に意識を集中させることにした。クローネのメモつきを読んでた方が色々面白いし役に立ちそうである。そう思って、視線を戻したら、クローネが面白そうに笑っていた。たぬきねりしてこちらをさっきから眺めていたらしい。

 全然似てないけど、なんとなくニコ所長的な人だなぁと思った。



 歴史やら語学やら算術といった一般的な授業を終えた私は、だらーっと机に突っ伏していた。集中して授業を受けるのはとても疲れるのだ。

 語学でよく分からないところがあったから、手を上げて質問しようとしたのに、講師の人は一回も当ててくれなかったし。というか目を合わせてくれなかった。本当にひどい話である。そのうち酷い目に遭うと思う。バナナで滑って頭を打つとか。実に楽しそう。

 そんなことを考えていたら、同級生たちはさっさと手荷物をまとめて、教室から続々と出ていってしまう。多分食堂にでも移動するのだろう。私のお昼はあるのでしょうか。お金はないけど、おなかは減る。だって人間だから。可哀かわいそうなお子様がここにいるのに放置プレイ。誰かにおごってもらえないかな。と、奢ってくれそうな人が声をかけてきた。

「うわ、凄い顔だね。死体が目を覚ました瞬間みたいだよ。まさに恐怖体験だね」

「そうですか? じゃあちょっとそれっぽい動きをしてみますね。お代はお昼奢りでオッケーです」

 悪霊に取り付かれた人間風に、カタカタと人形めいた動きをしてあげる。そして、飯をよこせーとくぐもった声を出してみた。クローネは、うわぁと三歩後ずさった。残っていた他の学生は悲鳴をあげて教室から出ていってしまった。

「本当に凄い。夜に見かけたら間違いなく悲鳴をあげるね。そのまま演劇の道に進めそうだよ」

「でもクローネは平気なんですね」

「あはは。ちょっとビビったけども、まぁ。私は好奇心が強い方でね。そういう話は大好きなんだ。呪いで人が死ぬとか、恨みで化けて出るなんて理不尽でいいよね」

「変人ですね」

「チビに言われたらおしまいだよ」

 クローネが笑って、かばんに荷物を纏め始める。私は慌てて声を掛ける。

「ちょっと待ってください。お弁当は買わなければいけないんですか?」

「いや、ちゃんと給食が支給されるよ。気分的にはタダ飯だね。お代わりは自由だけど、しくないから全く嬉しくないけど」

「そうなんですか」

「うん。それじゃあ行くかい。数少ない女子同士、仲良くするのはいいことだと思うね。徒党を組むってやつだ。政治結社かな?」

 クローネが立ち上がると、勢いよく手をたたく。やっぱりデカい。百八十センチ半ばくらいあるだろうか。私も立ち上がる。それなのに見上げる形だ。小人と巨人の完成である。

「あれ、もう一人女子がいるのでは?」

「あー、変人のサンドラのことかな? 授業以外ではほとんど、全く、これっぽっちもしゃべらないね。私は男子に混ざったりするけど。あいつは図書館に入り浸り。真面目で堅い上に、変人なんだ」

「へー」

「仲良くするしないは任せるとして。ま、これからは多分、女三人で大砲運ばされるんじゃないかな。チビが力持ちなことを祈っておくよ」

 そう笑うと、私の頭を軽く叩いてずんずんと背中を押し始める。相当ひょうきんな性格らしい。男所帯ではモテそうだが、はたして。


 士官学校の食堂はそれはもう広かった。十七期から二十期の全学生を一遍に収容できるらしい。色々な催しもここでやるんだとか。卒業パーティーとかかな? 気になるのは、向こう半分はれいな食器の上に、いろとりどりの凝った料理が並んでいるのに対し、こちら半分はパン、肉、黒ずんだ野菜、チーズが適当に載っかっているだけ。なんかよどんでる空気も出てるし。見るからに酷い格差である。

「やっぱり気になるよね。うん、わかるわかる。でも諦めな。あっち側は貴族様の席でね」

「貴族席?」

「そそ。太陽の光も当たって暖かいし、椅子もそれはもう柔らかい。で、こっちは市民やその他席。砲兵科に進むような間抜けな没落貴族と、噂の元ブルーローズ家御令嬢もこっち側だね。ま、住めば都っていうし我慢しな」

「でも、あっちの方が美味しそうですね。凄く良い匂いがします」

「そりゃそうだ。ただ、歩兵科砲兵科の生徒は絶対に食べられない。伝統のある身分制ってのは厳しいよね。これを毎日見てたら思わず共和制信奉者になる理由も分かるね」

 強引に私を座らせると、クローネが料理を取りに行く。貴族様はウエイターっぽい人が注文を取るのに対し、こっちはバイキング形式。自分で取りに行けということだ。

「はいよ。お代わりは自分でよろしくね」

「ありがとうございます」

「うん、最初だけね。いやー、どんな顔して食べるのか興味があったんだ。さ、食べてみて」

 意味が分からなかったが、とりあえず勧められた野菜から口にする。しなびたピクルスもどき。酸っぱい。思わず顔をしかめる。

「──凄く普通だ。もっと酸っぱい顔してくれるかと思ったのに。たこの口みたいに」

「ご期待に添えなくて申し訳ありません。がっかりでしたね」

「全くだよ。しかし、その顔だとカードゲームとか得意そうだね。感情が読みにくい。将来は外交官になるといいんじゃないかな」

「うーん。でも砲兵科ですし」

「なに、世の中どうなるか分からないよ。ここだけの話、誰が王様になってもおかしくない。東の帝国では、愛人の子が大帝に成り上がったとかなんとか。血縁全員ぶっ殺して、宮殿をぶった切って一気に制圧したとかすごいさんくさい噂もあるし。どんな化け物なんだってね」

「へー。半分うそでも凄いですね」

 りょふさんでもいたのかな。会うことはないけど、いつか新聞とかで見れるかも。楽しみである。

「間違いなく世の中は動き出すよ。そのうち、こっちもひっくり返るかもね」

 パンを貪りながら、貴族席を小馬鹿にした表情で眺めるクローネ。その目には野心がたぎっている。私もあやかろうと、似たように貴族連中、中でも一番偉そうな顔でベチャクチャ喋っている優男に視線を集中させた。なんというか、典型的である。で、気になったのはその隣の人。

「どれどれ。あ、あの人没落しそうですね。それに隣のあの人、顔に死相が出てます」

「うん? あー、あれは──」

 ──と。

「この無礼者がッ!!

 いきなり怒鳴り声をあげる優男の付き人その一。なんか死相が出てた人である。死相ってなんだという話だけど、ピンときてしまった。しかし、なんで怒鳴っているのかが分からなかったので、周囲を見渡す。皆、関わりたくないといった感じで顔を背けている。距離を取り始める。

「そこの貴様だ!! 同じ空間にいるだけでも汚らわしいというのに、こちらにらちな視線を向けるとは何を考えている! せんな身の分際で!!

 指をこれでもかとさしてくる。どうやら下賤なやからは私らしかった。

「あれれ。もしかして、私ですか?」

「いきなり偉いのにけん売られちゃったね。あ、もしかして挑発でもしちゃったとか?」

「そういうつもりじゃなかったんですが」

 だって、美味しそうなソースの掛かったステーキ、なんだか彩り豊かな野菜、ついでにケーキまで用意されているんだもの。ずるいなぁと少し妬みの視線が混ざってしまったのは否めない。それが相手の不興を買ってしまったのか。うっかりである。

「あれは十七期の騎兵科の連中さ。卒業が確約されてるから、好き放題遊びほうけてる馬鹿ども。で、中央にいる一番馬鹿っぽいのがイエローローズ家の未来の当主様さ。確かリーマスとか言ったっけ?」

「なるほどー」

 イエローローズ家といえば、義母ミリアーネの実家だったはず。つまり、義理の親戚さんだったわけで。ブルーローズ姓はないから、もう過去形だ。残念。

「全く興味なさそうだねぇ。向こうはいきり立ってるけど、どうする? 叩きのめすにはちょっと今は人数が足りないねぇ。いっそのこと逃げる?」

「ということは、いつもは人数がいるんですか?」

「うん、大抵は私の仲間が結構いるんだけどね。今日はほら、いきなり男ばかりじゃチビが萎縮しちゃうかと思ってさ。に行っててもらったのさ」

「なるほど。じゃあ、どうしたら許してくれるか聞いてみましょうか」

 相談しているうちに、付き人その一さんが近くまでやってきていた。それはもう見下した視線である。

「──おい、貴様」

「はい。なんでしょうか」

「なんでしょうか、ではない。何を偉そうに椅子に座っている。お前らは床いつくばって、惨めにブタの餌を食ってればいいんだ。我らとは何もかも違うということを理解しておけ。下民の頭でもそれくらいは分かるだろう?」

「はい、ごめんなさい」

「薄汚い下民が。謝るときは床にひざまずけッ!!

 椅子を蹴り払われ、私は床に転げ落ちた。ついでに、付き人さんの汚い足でぐりぐりと頭を踏みつけられる。髪が汚れてしまった。がっかり。

「ちょっと待ちなよ」

「うん? 誰かと思ったらパレアナ島の没落ノッポか。目障りだからすっこんでいろ」

「誰が没落ノッポだよ。ぬるま湯にかりすぎて、頭だけじゃなく目も腐ったんじゃないのか? よーし、身分と腕っぷしは全く比例しないってことを証明してやるよ」

 クローネが手を出そうとしたので、私は首を振って制止しておく。

 しかし、そろそろ頭が痛いので、付き人さんの足首を両手で握って動かすことにする。憎しみをめて、全力で。精々苦しめと強く強く祈りつつ。あれ、勝手に祈られてしまった。まぁいいか。どうせ死ぬんだし。

「え? ──っ! あ、足が! ぎゃあああああああああああッッ!!

「ど、どうした!?

「騒がしい、何事だ!」

 付き人さんその一は悲鳴をあげながら暴れはじめ、貴族さんのテーブルに向かって全力ダイブしていった。コントみたいでかなり面白い。思わず笑ってしまう。ついでに指もさしちゃおう。

「お、俺の足がッ! や、焼けてる! 骨が、焼けてる!! あ、熱い、なんだこれはあああああああッ!!

 付き人さんその二が、その一のズボンをまくって足首を確認している。普通の足首で、別に異常はない。それはそうだ。私の力で骨が折れるわけがない。

「……特になんでもないようだが。まさか、その年でぜいたく病か?」

「違う違う違うッ! ぐあああああああああああ!! い、医者を呼んでくれ! ほ、本当に死ぬ!!

「ええい、全くやかましい奴だ。もういい、私は食欲がせた。君たちは彼を医務室に運んでやれ。悪いが先に失礼する」

 イエローローズ家のリーマス君が、ナプキンで口を拭いて、立ち上がる。私を冷たい目でいちべつすると、そのまま食堂を出ていってしまった。続いて、付き人さんズがてんやわんやで立ち去っていく。忙しい人たちである。

「……なんだか分からないけど、してやったね。毒でも刺したのかい?」

「いえ全くなにもしてないです。なんで痛がってたのでしょうか」

 握ったところが丁度弁慶の泣き所に当たってしまったのか。それとも本当に痛風だったのか。それなら地獄の苦しみである。

「ま、普段良いものばっか食ってるから、贅沢病にかかるのさ。本当に馬鹿な奴だ。それより、美味しそうな料理が一杯残ったままだし。チビ、これもらっちゃおうよ」

「それは、とても良い考えですね。グッドです」

 私はもろを挙げて賛同する。慌てて制止しようとするウエイターだが、ちょっと及び腰だ。

「ちょ、ちょっと待て、お前たち! それはお前たちのでは──」

「でも残したらもったいないだろう。だから私たちが美味しくいただこうっていうのさ。じゃ、そういうことで。ほら、暇なら他の貴族様のお世話をしてなよ」

 手づかみで豪勢な肉料理をむしゃむしゃ食べていくクローネ。まさに野生児そのもの。私は一応フォークと皿を持って、美味しそうな菓子に手を出していく。私は甘党なのだ。

 貴族席の人たちは嫌な顔をしているが、わざわざ立ち上がって注意するのが面倒くさいようだ。クローネ、私と目を向けると、目を見開いて小声で話し始める。

 市民席の人たちは、相変わらず顔を伏せて黙々と食べている。触らぬ神にたたりなしを体現しているのかもしれない。それはそれでありである。私はなしだけど。それでは面白くない。

「いやぁ。一足早く席が入れ替わっちゃったなぁ。ま、今回のは予行演習ということにしておこうか」

「やっぱり、こっち側に来たいんですか?」

「それはそうだよ。美味しい食事に美味しい酒、でっかい家にだだっぴろい畑、たくさんの家来に綺麗な花嫁! 金銀財宝、酒池肉林。男なら誰しもが描く野望らしいよ。それを、女の私が実現してやろうと思ってさ。こういうこと言うと、皆笑って馬鹿にするんだけど」

「いえ、素敵な夢ですね」

 若き野心家、クローネさん。目がキラキラと輝いている。体格が立派なので、なんだか迫力がある。彼女にはカリスマ性があるかもしれない。もう仲間もいるらしいし。

「そうだろう? チビもさ、あの馬鹿に抵抗した気概は立派だったよ。チビが優秀でその気があるなら、私の仲間にしてあげるよ。私が偉くなったら、一気に減らすからさ。あれなら、入れ替わりにチビが座ってもいいと思うな」

「減らす? 何をです」

「んー。他の連中には内緒だよ?」

 骨をくわえながら、私の耳に近寄ってくる。他の人には聞かせたくないようだ。小声でクローネがささやく。

「──多いんだよ。このエウロペ大陸にはさ」

「多い?」

「王様やら皇帝やらがさ。ちょっとばかり多すぎる。詐欺師の売る奇跡のつぼじゃないんだから。ま、エウロペに小さい国が多すぎるのがいけないんだけど。だからさ、私が偉くなったら片っ端から整理していくよ。それで綺麗に一つにしちゃうんだ。そのときの地図は見物だと思うね」

 そう言って白い歯を見せて笑うクローネ。大きな夢というか野望である。私は思わず凄いなぁと感心してしまうのであった。

「だから、私はここにいるんだ。故に私は学ばなければいけない。──近い将来、私の指揮する大砲が世界を変えるのさ」

 クローネはきわめて真剣な顔で強く言い切った。その光景は、まるで名画みたいだった。あるいは映画のワンシーン。……口にソースの汚れがついている以外は、本当に完璧だった。周囲の視線が気になるところだったが、私は盛大に拍手しておいた。



 午後の授業を受けようとのんびり歩いていたら、いきなり生徒指導室に呼び出しをらってしまった。内申点システムがあったら大減点間違いなしである。

 生徒指導室には、パルック学長と、ガルド教官、ついでになんか顔を真っ赤にして怒ってるゆでだこおじさんもいた。

「一体何をしたのかね? いや、やらかしたのかね?」

「なんのことかさっぱり分かりません」

 パルック学長の問いに正直に答える。全くもって見当もつかない。前衛芸術を作り出した覚えもないし、リズムゲームをやったりもしていない。私は真面目に学生生活を満喫するつもりなのである。

「とぼけるなッ、この呪い人形め! 私の生徒に呪いをかけただろう!!

 真っ赤な顔のおじさんが騒いでいる。この茹蛸おじさんは顔は面白いけど、正直声が大きくてうるさい。

「……昼食時に騒ぎを起こしたと聞いているが、それは本当か?」

 ガルド教官の問いに、悩んだ後一応頷く。

「私は騒いでいませんが、頭を踏まれたので足をつかんでどかしました」

「そのときに呪いをかけたのか!? なんて奴だ、この化け物め!」

 掴みかかってきそうな茹蛸先生をガルド教官がなだめている。漁師と暴れる蛸である。ちょっと面白い。パルック学長の頭も蛸っぽいので思わずクスリとする。そうしたら丁度目が合ってしまった学長の顔が真っ青になってしまった。こっちは青蛸である。大漁だ。大漁旗を掲げるガルド教官を思い浮かべてしまう。……かなり面白いけど笑ってはいけない。深呼吸してこらえよう。

「まぁまぁ、少し落ち着こうじゃないですか。そんな都合の良い魔術なんて存在しないのは貴方も知ってるでしょう。それにこいつは詠唱魔術なんて知りもしない。目撃者の話を聞いても、そんな素振りはなかったそうだ」

「し、しかし、現に私の生徒が!」

「第一、騎兵科の連中はお守り代わりに対魔障壁を常備してるんでしょう? つまり、魔術対策は完璧ってことだ。それを掴んだだけで破ったというのは無理があるんじゃないですかね」

 腕組みをしたガルドが馬鹿馬鹿しいと斬り捨てる。

 私はガルド教官頑張れと心の中で応援する。ここを退学になったら、私は本格的に行き場がない。スラムに潜り込んで、浮浪児になる人生が待ち受けてしまう。ちょっと面白そうだけど、なんか疲れそうだし止めておきたい。ネズミさんとお友達になれるかもしれないけど。よし、スラムにいったらネズミ使いに転職しよう。

「ぐ、ぐっ。な、ならば、握力で骨を握りつぶしたとか」

「外傷がないのは貴方も見たはずだ。そして生徒の〝骨〟自体には異常なし。第一、この小さな身体で、足を潰すってのは中々難しそうだ」

「……そ、それはそうだが! な、ならば、一体どうして彼は──」

「精神的なもんじゃないんですかね。詳しくは知らないですがね」

 湯気があがりそうだった茹蛸おじさんは、肩の力を落として座り込んでしまった。可哀かわいそうに。寿命が縮まってそう。

「こ、このままでは私は──」

「さて、納得していただいたようだし、これで無罪放免だな。……お前に色々な噂があるのは知っている。あの不幸な生徒は怖がりすぎてしまった結果、幻痛を感じるようになってしまった──ということになるのだろう。つまりは、自業自得ってことだな」

「ふ、ふざけるなッ! そんな馬鹿馬鹿しい弁解で納得できるわけがない! 被害者は名のある貴族で、しかも、あのリーマス・イエローローズの友人なのだぞ!」

「そう言われてもですな。足に外傷はないし、どうしようもない。どういう罪状を押し付けるおつもりで? 証拠はあるんですかね」

…………

 よく分からないが、私が足首を掴んだ付き人その一さんは、痛みが引かず歩くことすらままならないらしい。今は絶賛失神中だとか。

 でも、頭を踏みつけられた恨みがあるので特に思うことはない。苦しみ抜いた後で知らないうちにさっさと死んでほしい。できれば全身に痛みが回るとなお良いね。その方がにぎやかになるだろうし。徐々に痛みが全身に広がって、最後には頭が吹っ飛ぶとか、インパクト抜群だ。

 これは、私の希望なのでそうなるかは知らない。普通に治って明日にはピンピンしてるかも。生きるか死ぬかなら確率は五分五分! でも私は呪術の使い手じゃないから特にこれ以上できることもなく。不幸が訪れるようにお祈りするだけである。人を呪わば穴二つとあるけど、私は十分に不幸を味わったので問題なし。墓穴から這い上がった気分でいっぱいだもの。……あれ、そうだったっけ。なんだかよく分からなくなった。まぁいいや。さっさと死んじゃえ。

「……では、ミツバ君には午後の授業があるから、これで話は終わりにしよう。最後に、何か言いたいこと、彼に伝えたいことはあるかな?」

 学長先生が震える声で尋ねてくる。

「特にないです。どうでもいい人なので、どうなろうと知ったことじゃないかなーって。あ、一応騒ぎを起こしたことは反省してます。ごめんなさい」

 反省の態度が見えないと後で文句を付けられたら嫌なので、ちゃんと反省していますと表明しておく。これは大事である。

 なんだか複雑な視線を浴びせられた気もするけど、気にしないでおこう。長生きのけつである。



 結局二時間くらいは拘束されていただろうか。ようやく解放された私は、フラフラしながら教室を目指す。チャイムというか鐘はさっき鳴ったから、今は移動兼休憩時間だと思う。

 廊下を色んな科の学生が歩いている。私と距離が近くなると、モーゼの十戒みたいにすーっと割れていく。中々面白い光景である。

 せっかくなので、近くにいた学生にすすーと近づいていき、顔を下からのぞんであげた。これ見よがしに視線を避けている人を見つけると、なんだかちょっかいを出したくなるものである。当てられたくないときに、先生に当てられてしまうアレである。

「──ひ、ひっ!!

「こんにちは」

 見知らぬ学生は金縛りにあったように身動きしない。声もあげない。反応が鈍くていまいちくんである。ぎゃーとか叫んでくれないと驚かしがいがない。そういう遊びをしてるわけじゃないけど。せっかく呪い人形という評判があるんだから、そういう反応してくれないと。で、私は指さしてゲラゲラ笑って、彼が顔を真っ赤にして怒る。そして最後に仲直りして、私は実はしゃの分かる面白系女子なんだよーとアピールする遠大な計画なのである。千里の道も一歩から。呪いを解くのも大変なのである。

「う、ううっ」

「どうして、目を逸らすんです? ね、どうして?」

「う、うわあああああああああ!! 助けてくれぇええええええええええ!!

 慌てて逃げていってしまった。それをぼうぜんと見送る私。

 前々から思っていたのだが、私の顔はいわゆるそっち系の顔であるっぽい。それとも醸し出す雰囲気だろうか。鏡で見る限り、少し目つきの悪い、色白で銀髪の小柄で可愛い系女子なのだが。まさか気付かずにらんでしまっているのか。それとも内面から不可思議な何かが出てきているのか。実に謎である。

 そもそも、私の正体自体が謎だから仕方がない。私は一体何なのでしょうか。いずれ解き明かせることを祈っておく。こういうことを考える私は意外とおちゃな性格なのだろう。多分。たまに違うものが混じったりする気もするけど。そういうこともあるよね。そうだね。

 ──自分のことを色々と考えるというのは中々面白い作業だった。周りにはもう誰もいないけど。なんだか微妙に楽しくなってきた私は、鼻歌交じりに教室に戻るのであった。

…………あれれ。誰もいない」

 教室に入ったら、誰もいなかった。今日はもう終わりなのかもしれない。やったね。ということで散歩に行こう。

「ちょっと待て」

 ウキウキで教室を出ようと思ったら、背後から肩を掴まれて強引に引き戻される。

「うわー」

「無表情で叫ぶな」

「どなたですか?」

「……私はお前の同級の人間だ。数少ない女子の一人だな」

「で、今日の授業は?」

「もう終わっている。でだ。私はお前に聞きたいことがあって待っていたというわけだ」

「クローネは?」

「少し前までいたが、仲間と自主練があるから先に行くと言っていたな。『後で寮で飲もう』と伝言を強引に頼まれたから、ついでに伝えておく。享楽主義の馬鹿女め」

 不本意そうな茶髪メガネの女子。

 クローネが飲もうと言ってるのはアルコールだろうか。さて、私は飲んでもいいのだろうか。未成年だけど、この世界ではいいのかもしれない。私の予想だとワインがとても美味しいような気がする。楽しみである。

「そうなんですか。それじゃあ、お邪魔しました」

「話はまだ終わっていない。……私の名はサンドラだ。お前はミツバで合っているな」

「あ、はい」

 茶髪メガネのインテリ女史、サンドラさん登場。笑顔は全くない。自己紹介も勝手に終わってしまった。多分お友達が少なそうである。なんとなくシンパシーを感じる。きっと頭がアレな人である。

「お前はブルーローズ家から追放されたと聞くが、事実なのか?」

「色々あって、そうなりました」

「そうか。それで、追放された今、貴族をどう思っている。それを聞きたい」

「とても偉そうだなと思いました。あと贅沢ざんまいです」

 インタビュータイム突入である。我が道を行く人だなーと思わず感心する。クローネといい、これくらい我が強くないとここではやっていけないのかも。

「同じ人間なのにだ。流れている血も同じ色なのにだ。だが、奴らは我々とは全てが違うと言う。……何故なぜ奴らが、そこまで偉そうにできるか分かるか?」

「貴族だからです」

 すごい。誰でも正解できるクイズ!

「なるほど。それも正解だ。正確には貴族が偉そうに振る舞うことを〝許容する体制〟があるからだ。血統だけで一国の指導者となれる仕組みが全ての元凶なのは言うまでもない。そしてそれに連なるくずども。こいつらが我々の血税を貪っている害虫。いわば、国に巣食うしろありだ」

「害虫に白蟻ですか」

 王様を元凶、貴族を白蟻呼ばわり。中々ヤバそうな話だが、幸い周囲に人はいない。聞かれていたら、またもや生徒指導室行きである。多分私だけ。私は誤解を受けやすいのである。

 長くなりそうなので、適当な椅子に座る。空が明るいや。まだまだサンドラさんの演説は続く。目がヤバイ。なんというか、狂信的な何かを感じる。

「……であるからして、このままでは、更に取り返しのつかない事態となるだろう。国に巣食う白蟻のせいでだ。いいか、我々は皆平等なのだ。神の下には、貴族も王も市民もない。血統で指導者を選ぶ時代は終わらせなければならない」

 サンドラさんと話すのは初めてなので興味深いが、まさか政治の講義を受けるハメになるとは思っていなかった。

 私は机に突っ伏すのを必死にこらえながら聞いた。

「──さて、ここまで聞いてお前はどう感じた。何を考えた」

「やっぱりさっぱり、私にはよく分かりません」

「こんな話をお前にした理由の一つは、食堂での一件を聞いたからだ。あの傲慢なあり方こそが貴族どもの性根。お前はそれに屈せず戦った。あらがったのだ。お前はもう貴族ではなく、我らの側だ。だから、もうすぐ変わるということを伝えようと思った。──もうすぐ、世界は動くぞ。我々が、私が変えるのだ」

「サンドラが、変える?」

「人任せでは何も変わらない。訴えていかなければならない。私は卒業後、規定軍務を終えた後にまずは議員を目指そうと考えている。ニコレイナス女史のおかげで、この国では女性議員も存在できる。唯一他国に誇れるところだな」

「議員さん……。サンドラは将来、市民議会に?」

「ああ。そのつもりだ。無論、それは最初の一歩に過ぎない。目指すところは全く別にある。この国を変えるための最後の一押しには多くの同志が必要になるだろう。お前に意志があるならば、我々はいつでもお前を歓迎する」

 力の篭った、魂の篭った演説だった。何がそこまで彼女を動かすのかは分からなかったが、とりあえず深々と頷いておいた。サンドラは満足したらしく、私の肩に優しく手を置いた。

「まずは勉強してから、考えます」

「ああ、それが正解だ。やっぱりお前は賢いな」

 上機嫌に笑うと、私の頭をでてからサンドラは先に行くと言って教室を出ていった。

 私と違って、皆色々なことを考えているなぁと思うのであった。私が思うのは、とりあえず楽しく過ごしたり、思うように生きていこうというだけ。これを、享楽的というのである。

「自由万歳、か。とりあえず、寮に戻って本場のお酒を味わおう。享楽人生に乾杯しなきゃ」

 こんなことでいいのだろうか。どうも、自分のことなのにかんてきに見てしまう癖がある。自分というレンズを通して、物事を見ているというか。たまに勝手に手が出たり、口走ったりしている気もするし。何だか変な感じだ。私は一体何なのだろうか。この思考している私は本当に私なんだろうか。いつか正解をニコレイナス所長は教えてくれるのだろうか。

 ──ま、どうでもいいか。私がどうであろうと、世界は回るんだもの。



「ただいまー。ってこの部屋に入るの初めてですけど」

 手荷物を抱えた私は、見慣れぬ部屋の鍵を開けてこそこそと入る。陸軍士官学校の寮は、基本的に四人で一部屋らしい。もちろん、歩兵科と砲兵科のみ。貴族様は一人一部屋。だからこんなに広い敷地が必要になるのだなぁと、私は納得したのであった。

 そんなわけで、私はクローネとサンドラと同室となることが決定。二十期砲兵科の女子は二人だけだったから、必然的に私がそこに投入となる。一応男女の区別はしてくれるらしい。本当はもう二人女子がいたらしいけど、とっくに脱落してしまったとか。色々と見切りをつけたんだろうとクローネがさっき言っていた。と、そのクローネが素晴らしい笑顔で迎えてくれる。

「お、来たねミツバ。さぁさぁ、どうぞ中へ中へ」

「あ、ありがとうございます。やっぱり一緒だったんですね」

「うん、女子の仲間が増えてめでたくもあるが、今晩からこの部屋における私の領地が減ってしまうわけでもあるんだ。だから、歓迎会と残念会を兼ねて、安物のワインを用意してきたんだけど。どう?」

 色気のない室内着に着替え済みのクローネが、見るからに安っぽい瓶とあんまり綺麗じゃないグラスを掲げた。服はアレなのに、やたら色っぽい。それに背だけじゃなくて胸もでかい。これはきっと男連中にモテモテである。

…………

 サンドラはあきれた表情で、寝る準備を整えている。出迎えの言葉もなく、完全に放置プレイ。でも目は合ったのできっと意思疎通はとれている。多分。手を振ってみる。スルー。がっかり。

「ありがとうございます。でも、私が飲んでも大丈夫でしょうか」

「ま、いいんじゃないの。酒飲んだって別に死ぬわけじゃないし。死ぬときは死ぬしね。とはいえ、二日酔いでも、明日の授業と訓練からは逃げられないけどね」

「じゃ、じゃあいただきます」

 遠慮がちにいただく。でも飲む気満々である。酒は百薬の長だしね!

「先に言っておくが、私は眠らせてもらう。享楽主義者に自分のペースを崩されたくない」

「あーはいはい、知ってるよ。だから誘ってないんだよ。未来の議員様はとっとと寝ちまいなよ」

 露骨に嫌そうな顔でしっしっと追い払う仕草をとるクローネ。

「ならいいんだが。ミツバも馬鹿に付き合わずにとっとと寝ることをお勧めしておく。……おやすみ」

 一応挨拶はしてくれたサンドラ。だが、部屋の明かりは消され、中央に強引につけたと思われる仕切りの安物っぽいカーテンもピシャッと締められた。容赦のない性格である。

「やれやれ。これだから過激思考のインテリ女は嫌なんだ。こんなものまでつけちゃって。妥協を知らないのさ」

 クローネが苦笑しながら、備え付けの小さなランプを取り出す。魔光石を使ったランプ。でも安物だからあんまり明るくないとのこと。がっかりランプ。

「はい、これでよしっと。……いつもこんな感じさ。私とは相性が悪い上に、性格も正反対でさ。だからチビが同室になってくれて助かるよ。いやぁ、二人きりだと空気が重くてさー。いつも男連中のところで飲んでたんだ」

「クローネの仲間の人ですか?」

「そうそう! 歩兵科や砲兵科在籍で頭の悪い連中ばかりだけど、それが意外と面白いんだよ。馬鹿貴族よりははるかにマシってね。私も貴族の端くれらしいけどさ」

「なるほど。面白いなら楽しみです」

「そのうち紹介するつもりだけど、どいつもこいつもチビの噂にビビっててさ。本当に情けない連中だよ。腰抜けかっての。あ、とりあえず乾杯しようよ乾杯。──はい私たちの明るい未来に乾杯!」

「乾杯!」

 いつの間にかワインの注がれていたグラスを軽く打ちつけ、口を付ける。うん、あまはなくてとても渋い。というか渋すぎ! ほうじゅんな香りとかそういうのないし! ワインのことは分からないけどこれ絶対安い!

「お、『安物だこれ!』って顔だね。大当たり! あはは、私もようやく表情を読み取れるようになってきた。チビは顔立ちは良いんだからさー。いつもの良い笑顔と無表情だけじゃ、味気ないよね」

「えーっと。私の良い笑顔ってなんです?」

「そりゃもうあの悪い顔さ。いやぁ、なんというか凄みがあるよね。真夜中に出くわしたら殺人鬼も腰を抜かすね。そうか、あれなら恐怖で兵を縛れそうだ。チビはチビだけど、それがあれば軍でも大丈夫っぽいね」

「それは良かったです」

 今度は意識して悪そうに笑ってみる。歯をむき出して、若干顔を造る。多分、わらえているはず。なんか、そういうオーラを勝手に纏ってそう。よく分からないけど。

「……うわー、それそれ。いやー本当に良い笑顔だね。お姉さんが花丸をあげよう。さ、続いてもう一杯。あと、本当に怖いからそろそろ顔を戻してね」

 頬をツンツンつつかれた後、もう一杯強引に注がれる。

「あの。これ本当に超渋いんですけど。しかもなんというか、アレです」

「そりゃ驚くほど安物だからね。満足できる高級品が飲みたいなら、もっと頑張って偉くならないと。今満たされたら向上心がなくなっちまう。そういう自分への戒めも篭めて、私は安物を飲んでいるんだ。いい心がけだろう?」

「かもしれませんが、ただお金がないだけでは」

「ははははは! チビは鋭いね!」

 景気良く一気飲みするクローネ。豪快だ。私は普通に飲む。うーん赤ワイン独特の渋みがすさまじい上になんというか軽いし匂いもあれだ。まさに安物ここに極まる。

 なんでワインの味が分かるかは、多分、どこかで飲んだことがあるからだろう。良いのか悪いのかは知らない。言えるのは、もっとおいしい物を飲みたいということである。

「あ、そうそう。私の夢はさっき話したよね。今度はチビの夢も聞きたいね」

「私の、夢?」

「そそ。夢や野望もなく、流されるままに生きるってのは、つまらないと思うなー。何か持ってた方が人生楽しくない? あ、もしかしてお国や王様のために頑張ろうとかそういう奴だったり?」

「全然そういうのはないです。会ったこともないし、本当にどうでもいいです」

「あはは。はっきり言うね。普通は濁すところだけど」

「はっきり言います」

 義理もなければ忠誠心もない。国や故郷への愛情もない。ないないづくしである。滅んじゃっても多分なんとも思わないか、へーで終わると思う。なるほど、私は薄情なのかもしれない。知らないけど。手を叩いて喜んだりはしないと思う。多分。私は。

「じゃあ、軍人になりたいのは食べるため? よくある話だけど」

「それもありますけど、勉強したいならここが良いって教えられました」

「そうかー。チビの動機はサンドラに似てるんだね。んー、もう少しアレだ。ギラギラとした野心が欲しいね。あふれるような金が欲しいとか、死ぬほど偉くなるとか、いい男を捕まえるとかさー」

 どこからか豆菓子を取り出すと、小皿にじゃらじゃらと入れる。手でどうぞどうぞと合図されたので、つまんで口に放り投げる。これは塩がききすぎている。でも安物ワインにはピッタリだ。相性抜群。

「──私の夢、野望。したいこと、かなえたいこと」

 夢、希望、野望。なんだか私には縁遠いようなことに思える。

 生きてこそ、という生存第一の考えがまず浮かんだ。人間、生きてるだけでまるもうけと偉い人が言ってた気がするし。やっぱり安定こそ第一!

 次にぼやーんと浮かんできたのは明るく楽しく生きたいという前向きな考え。とても無邪気で夢に満ち溢れた空気が湧いてくる。面白いことにたくさん触れて、たくさんの友達を作るのだ。世界はこんなにも楽しいことで溢れているのだから。

 ……最後にそれを包み込むもやのように浮かんできたのは──。残念だけど、人にはとても言えないようなことである。それをごまかすために、豆をばりぼりと口に放り込む。

「お、今度はしょっぱい顔だね。何かごまかしたかったのかな? ふふ、私はチビの表情研究の第一人者になれそうだ」

「誰でも分かりますし。そんなものになっても良いことはないですよね。多分」

「いやいや、この先にあるかもしれないじゃないか。チビがどこかで偉くなったら、交渉で有利になるし」

「そうですかね。って私といつかたいするんですか?」

 どんな場面なのか想像もつかない。

「そういう可能性もあるだろう。私とチビの夢がぶつかりあったらさー。でも男を取り合うとか、修羅場はいやだよね。うん。大体は譲るから言ってね!」

 そう言ってグラスを飲み干すクローネ。かなりご機嫌だ。このうるさいなかで寝ていられるサンドラもただものではない。

「……まぁ、とりあえずですけど」

「うん? あ、好みの男の話? 私は私の言うことを聞く奴がいいなぁ。優男でもこわもてでもなんでもいいけど、命令は遵守してもらわないと。たてつく奴は鉄拳だよね」

 それは恋人ではなく上司と部下の関係だと突っ込みたいが、ここはスルー。せっかくいい話をしようとしているのだから。

「いえ、夢の話ですよ。今の私にははっきりとした夢がないので、まずはしっかりと生きていこうと思います。なにせ、私は意識を取り戻してから半年しか記憶がないんです。この先、どうしたいかなんて全然分からないというのが正直なところです」

…………ふむ」

「……でも、全力で生きないと、最初に面倒を見てくれたお父様に顔向けできないかなって思うんですよね」

 父ギルモアは死んでしまったので、もう恩返しとか親孝行はできない。唯一できそうなのは、精いっぱい生き抜くことだ。私が誰なのかすら分からないけれど、まずは生きてこそ。生き抜かないと駄目だ。精いっぱい頑張った上で死んじゃったなら、そのときは仕方ない。色々苦労してくれたお父様にも顔向けできる。多分。おもはないけど、恩はある。

「そっかそっか。確かに、大きな夢や野望があっても、死んじゃったら何にもならないよね。生きてこそか。チビは中々良いことを言うね。ささ、もう一杯いっちゃおう」

「ありがとうございます」

 酒のペースが早くなる。渋みに慣れてきたおかげ。でも、酔いは全然回らない。気分が良くなるということもない。渋いジュースをひたすら飲んでいるような感じ。でも、クローネと飲むのは面白い。

「中々強いんだね。私も結構強いつもりだけど、チビは全然顔色が変わってない。あ、無理してるならいつでもやめなよ。楽しくないと意味がないからさ」

「全然平気っぽいです。やりました」

「そっかそっか。じゃ、遠慮なくやってくれ。へへ、在庫は机の下にしまい込んであるのさ。腐るほどというか腐ってるのもあるよ!」

 机の下を指差す。古い木箱からは、瓶の上部分だけが覗いている。本当にカビが生えてるのもあるし。在庫放出の日が恐ろしい。

「──というわけで、私の当面の方針を発表します!」

「お? うんうん、ばしっと決めちゃおう。勢いは大事だよね」

「臨機応変に生きていくことにします。だから、無事卒業して軍人になっても、いざとなったら逃げることにします」

「うーん? でも敵前逃亡は銃殺だよ。その方針で本当に大丈夫かな? 執行人になったら泣いちゃうかも。いや、多分泣かないけど」

 クローネがちょっと真面目に忠告してくる。それはそうだろう。むしろ、敵前逃亡する兵を始末するのが士官の役目なんだし。でも、命あっての物種と今の私は考えるので、きっと逃げるだろう。──私が私のままならば。

「ほら、戦っても死ぬって分かってるなら、逃げた方が生き延びる可能性がありますし。第一、敗軍の将は死罪っていうのが古来からの定説ですけど、実際に処刑された人ってあんまりいないはずです。……それにこの顔なら、死人のフリができそうですしね。敢闘したていで逃げます」

「あはは! 確かにチビの顔色と身体つきならごまかせそうだけど。あはは。いやぁ、チビは見かけによらず中々話ができるね。うんうん。良いルームメイトになれそうだ。よーし、チビを砲兵科での女友人第一号にしてあげよう! というかなっておくれ!」

 クローネが手を差し出してきたので、握り返す。友達ゲット。

「それはどうもありがとうございます。……あれ、サンドラは?」

「あれはただ部屋に一緒にいるだけかな。本当に話が合わないし。酒も付き合ってくれないし。つまらないからどうでもいいよ」

「クローネは結構毒がありますね」

「うん、私は正直者なんだ。さぁ、わが友よ、もう一杯飲もう! 安いけど量だけはあるよ」

「カビたのはやめてくださいね」

 それから空が白みはじめるまで飲んだ私たち。

 なんと最後はクローネを潰すことに成功してしまった。私はやっぱり全然酔わなかったし酔えなかった。でも、トイレには結構な回数行きました。まる。



 ──朝。私は学校に到着するまで馬車で寝てたから大丈夫だったけど、クローネは死んだような顔をしていた。サンドラは心底呆れた表情をしていた。そして、部屋が死ぬほど酒臭いことにプンプン怒っていた。『享楽主義者への天罰』と古新聞を丸めて頭を叩かれてしまった私は、相当情けない顔をしていたことだろう。

「夢、希望、そして野望。全部良い言葉です。本当に、明るくて素敵ですね」

 ──そうそう。最後に、私の頭の中に浮かんでしまった靄だけど。それはドス黒くて、まがまがしくて、真っ暗で、むせるような死の臭いで溢れていた。この世界に悪意と苦痛をばらいてやる、みたいな感じだったし。あまりに毒々しい紫色で一瞬意識が途切れそうになった。でも私はとても落ち着いていた気がする。

 さっぱり意味が分からなかったので、とりあえずなかったことにしておこう。長い間植物状態だったから、その後遺症なのかもしれない。そういうことにしておく方が良いと思う。私の精神を安定させるためにもだ。

 私は多分大丈夫だ。最近は私が私に定着してきたような気もする。城館や塔にいた頃より、気分が楽なのだ。私は私になれてきた。私は私。だから、大丈夫なのである。でも、誰かが保証してくれると嬉しいな。ミツバはミツバなのだと。




 今日はお待ちかねの銃を使った授業である。ちなみに大砲は一週間に一度だけしか撃てない。それはなぜか。経費がかかるから。世知辛い。当然マイ大砲なんていう素敵なものはなく、軍で古くなった物のお下がりである。小汚いそれをピカピカに磨くのも訓練の一種なのだ。

 射撃訓練は担任のガルド教官が教えるらしい。射撃訓練場で、整列してお話を聞く態勢。私はチビなので一番前に並ばされた。

「さて諸君。今日は編入したばかりのミツバもいるから、もう一度初歩から学びなおすことにしよう。何事も基礎が肝心だからな。では質問するぞ、ライトン」

「は、はい!」

 ライトンと呼ばれた生徒が立ち上がる。いたって平凡。一般兵その一って感じ。いわゆる地味。ちょっとうらやましい。

「魔術大国の異名を取ったこともある我が国だが、なぜ〝魔光銃〟などという誰も名を呼ばない、覚えていない無粋なものを使用しなくてはならなくなったのか。答えてみろ」

 皆普通に『長銃』と呼んでる。テストには出るけど、覚えなくても生きていける。人生ってそんなものだよね。

「はい! 怨敵プルメニアの研究者が〝対魔障壁〟の開発に成功したからです!」

「その通りだ。優勢だった我が国だったが、それを境に一気に流れが変わった。プルメニアが、技術を秘匿せず他国に積極的に障壁技術を伝えていったのも一因だ。それ以降、我が国は劣勢に追い込まれた。対魔障壁は、魔術師が具現化した魔力を阻む。無敵の精兵が、ただのごうの衆になってしまったのだ。失った領土と植民地は数え切れないのは諸君も知っての通り。我が国の屈辱の歴史だ」

……………………

「──故に敵を殺す手段としての魔術はほとんど廃れ、医術や生活術の類いが貴族のたしなみとして伝えられることとなったわけだ。全員、ここまでは問題ないな?」

 全員と尋ねているが、視線は私を見ている。これはアピールチャンス。私はこれでもかと大きく手を上げておく。通信簿では『やる気がある』と評価されるに違いない。多分。でもなんとなくスルーされているような。がっかり。

「……よろしい。さて、窮地に追い込まれた我が国にも、プルメニアの研究者に匹敵する鬼才が誕生した。それがニコレイナス女史だ。彼女はローゼリア人が持っていた魔術適性の優位性を何とかかせないかと考えていた。そして研究を重ね『でかい魔力を使って鉛の塊を景気よくふっ飛ばせば全ての面倒事は一発で解決する。極めて単純なことだった』と先代国王に進言したんだ。──新型武器を携えてな。それが、このニコ壱式長銃だ。こいつは最初期のものだから、かなり希少なものだぞ」

 ガルド教官が慣れた手つきで長銃に弾と火薬みたいなものを込め、棒でせわしなく突いている。そして、何か紙みたいなものを銃の中央にある穴に挟み込むと、構えて狙いをつける。そして発射! 目標であるの胸部に命中。お見事である。

「頭を狙ったんだが、外してしまったな。初期型は命中率がひどく悪いのが欠点だ。ついでに撃った後が非常に煙い」

 ボリボリと頭をいて、銃からもくもくと漂っている白煙を手で払うガルド教官。あんなのが大量に並んでたらすぐに周囲が見えなくなりそう。

「こいつは、魔光石を砕いた粉を使って術式を発動し、衝撃を起こして鉛弾をぶっ放す武器だ。だから『魔光銃』。誰も呼んでないから覚えなくていいが、短銃と長銃があることは覚えておけよ」

 テストにも出ないようだ。でも不意打ちで出たら困るので頭の片隅に置いておこう。明日には忘れそう。

「連中ご自慢の対魔障壁ではこいつは防げない。なぜなら、敵を殺すのは優雅な魔術ではなく、この無骨極まる鉛弾だからな。解決策は馬鹿馬鹿しいくらい単純だったのさ。──では、セントライト、質問するぞ」

「はい!」

「これを開発し、量産に成功した我が国はどうなったか?」

「はい! 新型武器に敵国は激しく動揺し、我が国は連戦連勝。飛ぶ鳥を落とす勢いで、失った領土を取り戻していきました!」

「正解だ。今の我が国の栄光があるのもこの銃のおかげだ。まぁ俺たちが障壁をパクったように、敵もパクりやがったから、現在は五分五分の状況だがな。優位性も消え、我慢比べの消耗戦の時代に突入ってわけだ」

 今の流行は対魔障壁ではなく、対物障壁なんだとか。敵の物理攻撃を防ぐ障壁。銃弾のような物理的な攻撃の威力を緩和してくれる。けど対魔障壁ほどの効果はないそうで。物理完全無効とかそんなにうまい話はなかった。

 ついでに前線の歩兵の皆さまにはそんな素晴らしい障壁発生装置は配布してくれない。製造コストがひどくかさむから。優先的に配られるのは貴族や将官、そして精兵。前線の雑兵たちは消耗品だからどうでもいいらしい。

「騎兵が息を吹き返しやがったのもこの障壁のせいだな。全く面倒なことだ」

 プルメニア帝国の意地により編み出され、騎兵用に改良された〝突撃用対物障壁〟とかいう意味の分からないものがあるそうで。騎兵がそれを展開して派手に突っ込んでくると、兵は気持ちよく吹っ飛ばされてしまう。その後はそれはもう悲惨なことになるらしい。プルメニアのお家芸だと教官が説明してくれた。

 そんな面倒くさい対物障壁をぶち破るために、ニコレイナス所長は銃口を馬鹿でかくした大砲と弾薬を開発。性能が認められると他国もそれを模倣して製造を開始。そんなことが繰り返されて、現在の泥沼みたいな状況に至っていると、ガルド教官は最後に付け加えた。うーん、歴史って面白い。すっごい血塗られてる。

「以上でおさらいは終了だ。何故なぜ魔術や弓が廃れ、銃の時代になったかをちゃんと理解しておけ。この先、大砲が更に量産されれば、死にぞこないの騎兵どもも戦場から追い出せるのは間違いない。なにせ戦争は常に進化しているからな。意地と誇りだけで戦える時代じゃないのさ。お前らもいち早く状況に適応して学んでいくことだ。死にたくなかったらな」

 ひとしきり説明を終えたガルド教官が、別の長銃を手に取ると私に放り投げてくる。

 チビの私には、かなりの大きさであるが、よろけることなく受け止められた。なんだか手にむ。待ってたのはこれだよと、誰かが景気よく手を打ったような。そんな気がした。しただけ。

「これはなんです?」

「そいつが現在陸軍で採用されている、ニコ参式長銃だ。旧式のこいつに比べると、命中精度が上がり、更に耐久性も増した。それに素晴らしい利点がこいつにはある」

「素晴らしい利点?」

「前もって自分の魔力をそいつにめておけば、魔粉薬を入れる手間を省けるようになったのさ。銃に自分の魔力をめる機能がついたわけだ。六発程度はもつし、このレバーを切り替えれば普通に魔粉薬を詰めることもできる。長期戦において、物資を節約できるのは大きい」

「なるほど」

 弾を入れる手間は変わらないようだけど、数秒は変わるから利点には違いない。物資も節約できるし。それに弾倉が開発されればいずれ機関銃もできるのかもしれない。そうなったらもっと一杯死ぬね!

「弾がなくなったらそこらの小石でも代用できる。威力は極めて低くなるが一応散弾銃としても活用可能だ。まぁ、そうなる前に大抵は死ぬから豆知識と思っておけ」

…………

 弾が尽きて、石を代わりに使うようじゃ完全に終わってる気がする。しかもどれくらい射程があるのかも謎である。そうなったらとっとと逃げた方が良い気がする。むしろ、死体から弾を回収した方がマシである。

「ついでにちょっとばかり重いのが難点だが、どうせ最後は鈍器になるんだから気にするな。極めて頑丈だから多少乱暴に扱っても大丈夫だしな。まぁ相手もこいつをパクりはじめてるから実戦での優位性はそんなにないんだが」

 最後の方の言葉は聞かなかったことにしたいが、ガルド教官の顔は真剣そのものだった。いよいよ弾がなくなったら、これに銃剣をつけたり、これで殴りかかるのだろう。石を拾うのもあれだが、銃剣突撃もいかがなものか。なにせ、小柄な私には死活問題である。剣先が届くのか心配だ。

 ……何故か突撃して喜んでいるクローネの姿が脳裏に浮かんだ。彼女はそういうのが似合いそうだ。喜んで先頭を突っ走るに違いない。

「こういう話をすると、どいつもこいつも不安そうな顔をするんだがな。全く表情を変えないお前は中々度胸がある。最近じゃ改良された参式突撃長銃も出回ってるし、新型の四式長銃も開発中ってうわさだ。楽しみに待っていろ」

「はい、分かりました」

 十分不安なんだけど、教官には伝わらなかったらしい。新型はどうでもいいので、弾を切らさないように気をつけよう。そうしよう。

「良い返事だ。ではいよいよ、ミツバ女史の記念すべき初射撃といこうじゃないか。全員で見届けた後は、自己魔力を使っての空砲演習とする。かなりキツいが、士官たるもの、兵卒の見本とならなければならん。終了までに魔力が尽きた軟弱者はいつも通り銃を担いで校庭を走っているように! 分かったか!」

『はい、教官殿!』

 訓練で実弾など使わせてくれるわけもない。自分の魔力を燃料にして、空撃ちしなければならない。それが尽きたら、疲れた精神でひたすらランニング。脱走する人間が出てくるわけである。

 砲兵科はなおさらだろう。歩兵科同様に銃の訓練をしなきゃいけないし、重い大砲を意味もなく担いだり磨いたりしなくてはいけない。超大変で汗臭い上に泥臭すぎる。全然花形じゃない!

「ではミツバ、心の準備ができたら長銃に弾を込めろ。今回は小石だな。そして、術紙を差し込んでから魔力を込めるように。無理なら最初だけ魔粉薬を渡す」

「……えっと。はい」

「当たり前だが、普段は魔力はじゅうてん済だ。そんな悠長なこと、戦闘中に一々やっていられるわけがないからな。だが、基礎は知っておくに越したことはない」

 ゴツい銃に、教官がくれた小石を突っ込んでロック。本当にただの小石で絶対に砕けること間違いない。術紙とかいう謎のブツも差し込む。後は魔力を込めるだけらしいが。くいくかな?

「魔力を込めて、狙いを定めろ。絶対にこちらに銃を向けるなよ? 使い手が誰でも、ある程度の威力が保証されるのが銃だ。小石とはいえ、この距離なら危険だからな」

…………

「どうした?」

「あのー、どうやって魔力を込めるんですか?」

 知らないことはできないのは当然である。ガルド教官はそこからかよと一度ためいきを吐いた。ローゼリア人なら知ってて当然のことだったようだ。せっかくやる気を見せて授業ポイントを稼いだのに、また内申点が減っていく。そんなのがあるかは知らないけど。あったらヤバいかも。最後には最前線送りとか。

「まずレバーが充填仕様になっているか確認しろ。適当に集中した後、息を吹き込むようにその銃身に念を込める。一度コツをつかめばどんな馬鹿でもできる。ただし、魔力が枯渇すると意識を失いかねないから気をつけろ。それについては個人差が大きいからな」

「はい」

 念念念。むむむむと祈りを込める。なんだか不思議な感覚だ。確かに、何かが湧き出てくる。いや、私の体の中、奥の方、中心からたくさんにじてくる。また紫だ。ブルーローズなんだから青がいいのだが、私は紫らしい。

「お、おい。待て、ちょっと待て! お前、一体、何をやっている? というか、それは──」

「頑張って魔力を込めてみました。アレに向かって撃てばいいですか?」

 立ったまま銃を構えて、視線の先に案山子を捉えた。兵隊さんになった感がある。

 早く撃ってみたい。撃ちたい。撃とう。殺そう。せっかくだし案山子じゃなくて本物に。誰かの頭に当たったら、きっとれいな色が飛び散ると思う。考えるとワクワクする。誰の頭がいいかな。誰でもいいかな。

「だから、その紫のもやはなんだッ! ま、待て! 撃つのをめ──」

「発射っ」

 邪魔が入りそうだったので、さっさと発射してしまった。

 ドンと重い手ごたえ。紫の靄をまとった小石はキーンと高い音を響かせて、案山子に命中。さらに砕けることなく、そのまま後方の防壁を貫いていく。

 最後は謎の建屋、油かなにかにでも直撃したようで盛大に炎上してしまった。

 結構造りのいい建屋なので、歩兵科や砲兵科のではないと思う。バチバチ火の粉が飛んでて、中々盛大である。世界が少しだけ明るくなった。実にいいことである。小石じゃなかったら、誰かの頭まで届いたかもしれない。初の試射としては中々の結果と言っていいかも。

…………

…………

…………

 沈黙が場に流れている。なんだかやってしまった感が強い。おかしい。あんなテンション上がるなんて思わなかった。ガンナーズハイだろうか。知らないけど。私はアハハと笑っておくと、銃を置いてさっさとおいとましようとした。が、近づいてきたクローネに首根っこを掴まれた。

「ぐえっ」

「おい、すごいじゃないかチビ! いやあ、見事にやったね! 見なよ! 魔術科の連中のたまり場が燃えてるぞ! あはは、ざまぁみろってやつさ!」

「あの威力はミツバの魔力量が要因か? ……次は大砲で試してみたいところだな。宮殿を吹っ飛ばすのに使えるかもしれん」

 クローネはご機嫌で、サンドラはなにやら思案顔だ。張本人の私はどうだろうねとクビをひねっておく。

「お、次は魔術科ご自慢の占星術館に燃え移りそうだ。目障りだったから丁度良いさ。ほら、後少しだよ。風よ吹けーってね」

「あ、本当だ」

 なんだか装飾の凝った建物に火がずんずんと近づいている。風の具合次第では、即座に燃え移りそう。

 と、我に返ったガルド教官が怒鳴り声をあげる。

「本当だじゃない! 直ちに消火しなければ責任問題だぞ! 男子は俺に続いて全員バケツで水を用意しろ! 女子は銃と弾薬を片付けておけ! 煙に気をつけろよ! それと占星術館だけは絶対に死守だ、死ぬことは許さんが死ぬ気で守れッ!」

『は、はいっ!』


 ──結局、占星術館はちょっと焦げただけだった。だというのに私は晴れて二度目の生徒指導室送りになってしまった。一週間で二回は記録更新だとクローネが腹を抱えて笑っていた。全然うれしくない。

 その上、いけ好かない魔術科のゆでだこ教官のお説教つき。

 でも、主な標的はガルド教官だった。魔術科の教官は私を一切視界に入れたくないようで、いないものとして扱ってくれた。私は空気私は空気。それはそれで寂しいものである。いますよと盛大にアピールしてやったら、泡を吹いて倒れてしまった。ちょっと面白かったので指をさして笑ってあげたら、「……もういい」と疲れた顔の学長先生により解放された。パルック学長は話が分かる人で助かった。

 ちなみに一応責任者だったガルド教官は、銃の手入れを怠っていたことでそれはもう責められてしまったようだ。あれはガルド教官の管理下にある銃だから、事故の責任は重大だと。つまり、今回の一件は魔力充填機能の故障による、銃の暴発が原因ということで落ち着いたわけである。これで私の無罪が確定である。

 でも、説教タイムから解放されたガルド教官は私をいぶかしげに見ていた。『絶対に銃の暴発が原因なんかじゃない。もっと別の──』と深刻そうな顔でつぶやいていたし。実は私もそう思う。

 私の魔力って、もしかしてだけど、なんだかアレなんじゃないだろうか。

 いや、魔力だけじゃなくて、主に私自身だけど。色々と良いか悪いかは別として、ちょっと気をつけた方がいいのかも。でも、気をつけなくてもいいって気もするし。ぐるぐるぐるぐると思考が回る。相反する色々な何かが混ざり合って、『結局なるようになる』ということで落ち着いた。というわけで、これからも出たとこ勝負である。


 ──ガルド教官、減俸三か月。私、謹慎一日と色々な後片付けの手伝い。無罪放免かと思ったのに、連帯責任なんだとか。私は命令通りに撃っただけなのに。士官学校はやっぱり厳しいね。

 顔やら服をすすまみれにして片付ける私を、クローネが腹を抱えて笑っていたので微妙にイラッとしたけど、差し入れついでに掃除を手伝ってくれたのだった。色々アレだけど良い人である。何故かサンドラも無言で手伝ってくれたし。こちらも色々アレだけど良い人なのかもしれない。うーん、青春物語だ。



 今日は砲兵科の花形教科、砲撃実習の日だったというのに私は反省部屋で絶賛謹慎中である。

 ボロい机にお尻が痛くなりそうな椅子。もう初夏だというのにこの寒々しい感じ。鉄格子の向こうには見張り役の監督官が目を光らせている。実に素晴らしい環境である。ここは教官に逆らうなど、学生にあるまじき行為を行なった不良学生をぶち込むための部屋らしい。まぁ、私に言わせると単なるろうごくである。

 見つからないように、こっそりと次のあめだまを口に入れる。甘くておいしい。ばれないように食べられる飴玉は、クローネが差し入れてくれた。持つべきものは友達である。

 ちなみに、サンドラは『勉強しろ』と本を差し入れてくれた。暇つぶしにはなるのでこれも嬉しい。表紙に記されているタイトルは、『偉大なるローゼリアの歴史』。でもこれはダミーで、表紙の裏には『王、貴族、市民、そしてカビ』とあった。シーベルさんという市民議員が発行しているそうで、ベルの街でかなりの評判を呼んでいるとか。何だか肩が凝りそうだが、せっかくなので読み込んでみる。時間だけはたくさんあるのである。

「ふむふむ」

 適当に流し読みでどんどんとページを進めていく。この本の主張は、人口の九十パーセント以上を占める市民こそが国の主役であり、それを抑圧する体制や、利潤を貪る王や貴族連中を徹底的に批判している。過激な文言が至るところに入ってるし。これは市民にはウケがさぞかし良いだろう。共和制、国民主権というなんだか馴染み深い単語まで飛び出してきた。どの世界でも頭の良い人はいるものである。

「カビ?」

 そして、王都ベルの一部に蔓延はびこるカビについて。緑化教徒なる無政府主義者の言うことは決して信じてはならないと強く主張している。教えに染まった忌むべき緑化教徒──無政府主義者どもはカビと同じであり、もはや救いようがない。一片の慈悲も掛けずに徹底的に消毒すべきと断じている。緑化教の教えに従えば、死後神の住む楽園に行ける、などというのは妄言に過ぎない。我らローゼリア人は大輪教徒であり、偉大なる大地の神の下にある。死後は母なる大地に帰り、転生の時を待つのみである、と結んでいる。

「なるほど。頭にお花が咲いている人がいっぱいいそうです」

「黙っていろ! 読書くらいは認めてやるが、発言することは認めていない!」

「はい、ごめんなさい。すごく反省してます」

 独り言をつぶやいたらいきなり監督官に怒られた。仕方ないので反省の意を示してから更に本を読み込むことにする。結局言いたいことは、さっさと国王をり下ろして、市民による市民のための国を作りましょうということだった。そういうことなので、無政府主義者どもは消えてくださいということである。大いに納得する。

 で、ここで考えてみる。私は一応貴族出身だと思うが、現在はなんなのだろうかと。

 もう貴族ではないと思う。名誉姓とやらを取り上げられてしまったから。特にいい思いをした覚えもないので、特に執着もなし。

 では市民かというと、それもどうなんだろう。まだ暮らしに困窮した経験はない。士官学校ではまずいけど食事は出るし。軍人になって前線に送られれば、また意識は変わるのかもしれない。

 王様への恨みつらみも溜まってないけど、貴族の人たちにいい思い出はあんまりない。クローネは没落貴族とか言ってたから、もう貴族としての意識はないのかも。むしろ蹴落としてやりたいと笑っていたし。サンドラは全員ぶち殺してやりたいとか考えていそう。聞くのはやめておこう。なんか危ないから。

 まぁ、なるようになるかと大きく伸びをする。とりあえずは、生き抜くことが重要である。

 多分、亡きお父様もそれで喜んでくれるはず。その上で、友達のクローネや、なんだかんだで構ってくれるサンドラに協力していくのも悪くないかもしれない。クローネは偉くなったら家来にしてくれるとか言ってたし。好待遇間違いなし。そのまま頑張って偉くなってほしいと思う。サンドラには清き一票を入れてあげよう。目指すは総理大臣か大統領に違いない。私は秘書にでもなろうかな。

 そんなことをぼけーっと妄想していたら、誰かが部屋に入ってきた。

「失礼しますよ」

「……一体どなたですか?」

 フードを着た謎の人。表情は見えない。問い掛ける監督官もげんな表情だ。

「急にお邪魔してしまい、申し訳ありません。あるお方から、これをミツバ嬢に届けるように頼まれましてね」

あいにくそういうわけにはいきません。この学生は謹慎中なのです。用件があるならば、明日以降にお願いしたい」

「いえ、是非とも今がいいのです。そうだ、これは少ないですがほんの気持ちです」

 懐から何か布袋を取り出し、監督官に手渡している。結構重そう。ジャラジャラなってるし。あれは多分お金である。いわゆる心配り。黄金色のまんじゅう。初めて見るシーンに感動し、思わず私はうなる。

「いや、しかしですね」

「お受け取りください。絶対にご迷惑はおかけしません。貴方あなたには、これからしばらく用を足しに行っていただきたい。十分程度で構いません。その間に終わらせますので」

…………

「万が一の場合でも、こちらで貴方を雇い入れますのでご安心を。さらに、後で同じだけのものをお渡ししますよ」

 紙を差し出すフードつき。それを読んだ監督官は、驚きで目を大きく見開いている。そんなに素晴らしい就職先をあっせんされたのだろうか。うらやましい。黄金色の饅頭にコネ入社。最高の待遇である。私もあやかりたい。

…………分かりました。万が一のときは、本当によろしくお願いしますよ」

「ええ、もちろんですとも。ささ、しばらくの間、休憩をお楽しみください。〝何か〟あった場合はこちらではずは整えますので、貴方はいつもどおりの仕事をしていただければ結構です」

…………

 監督官は小さくうなずくと、こちらを複雑な表情で眺めてからさっさと立ち去っていってしまった。

…………

「さて、と。これで落ち着いて話ができますかね」

 フードつきの男が、こちらの鉄格子に近づいてくる。私はそれを腰掛けたまま見上げてみる。

 フードからは白髪と無精ひげのぞいている。痩せた体つきで、その腰にはなんだか怪しげなつえが身につけられている。なんというか、悪魔召喚とかで使われそうな感じの装飾だ。

「いやはや、魔術が伝統芸術とやらに押しやられてからは汚れ仕事ばかりでして。戦場の花形と呼ばれていた頃が懐かしく思えますよ。要領の良い連中は上手くやってるんですがね。本当に、時代の変化というのは早いもので」

「そうなんですか。大変ですね」

 愚痴に付き合ってあげる。だって暇だから。

「ええ、いわゆる過去の栄光というやつですね。時折思い出してしまうのですよ。……さてさて、早速本題に行きましょうか。貴方、先日食堂である学生に魔術を掛けましたよね。ほら、貴方がある方の足首を押さえたときですよ。もちろん、覚えていますよね」

「……? えーっと、魔術なんて私は使えないんですけど。何かの間違いじゃないですか?」

「そのガラス玉のように無機質な目でそう言われると、やけに説得力がありますね。思わず信じてしまいそうです」

「だって本当ですし」

 そう言うと、フードつきが大きく溜息を吐く。とてもわざとらしいので、嫌な感じである。

「もしかすると、それが真実なのかもしれませんがね。全く新しい魔術、あるいは呪いとやらを無意識に掛けてしまったのか。いずれにせよ、厄介極まりない。貴方が忌み嫌われる理由も分かりますよ。貴方、同じ学生たちからなんて呼ばれてるか知ってます?」

「さぁ、全然知らないです」

「呪い人形、もしくは毒人形ですよ」

「そうなんですか」

「ふふ、貴方がお友達だと思っている、同室の方々も本心ではどう思っているやら。いやいや、これは失言でしたか」

 ドクンと鼓動の音がやけに大きく聞こえる。感覚が変な感じになる。なんだか知らないが、無性にイライラする。視界が紫に侵食されていくような。

「それでですね。貴方が魔術らしきものを掛けた哀れな学生のことです。あれ以来、足が動かなくなっていたのですが。何故かその範囲が広くなって、今では下半身不随なんですよ。本人は止まぬ激痛にさいなまれ、眠れず食事もとれないありさま。これでは医者も手の打ちようがない。しかも、徐々に上へと痛みの範囲が進行している。このままだと、近いうちに心臓に到達します。そうなれば間違いなく、死に至るでしょう」

…………

「不幸ないさかいがあったとはいえ、ここまでやることはないでしょう。貴方に慈悲の心があるなら、アレを解除していただけませんか。これはお願いです。先日の無礼は、学生に代わりおびしますので、許していただきたい」

 フードつきがおうように頭を下げる。形式だけというのはその態度と顔を見れば分かる。

 さてさて私に慈悲の心はあったかな。さっき民主主義の本を読んだことだし、多数決で決めてみようかと思ったがやめる。全会一致で否決されるに違いない。

 というわけで私の口が勝手に開く。顔も笑っている気がする。不思議なことである。でももしかすると、私の意志だったのかもしれない。混濁しているから、もう分からない。

「もちろん嫌ですけど」

「ふふ、そう言うと思っていましたよ。なにせ、忌むべき毒人形ですから。──では次は〝命令〟します。死にたくなければ直ちに解除しろ。あのお方はお前のようなくずとは命の価値が違うのです。家督を継承し、いずれは尊きお方の右腕とならねばならない。お前ごときが手を出していい存在ではありません」

「絶対に嫌です。そのままのた打ち回って苦しみぬいてから死んでください」

「強情ですね。実に愚かなこと。──では、これでも答えは同じですか?」

 腰から杖、ではなく、短銃を抜き出した。背中側に隠し持っていたようだ。そして私の頭に銃口を突きつける。既に弾込めと魔力充填は済んでいるようだ。古いデザインの割になんだかサイレンサーっぽいのがついてる。こんなところだけ技術は進歩しているらしい。とても素晴らしいことである、と私は思った。

「こうやって目立つように杖を持っていれば、先入観からか銃を持っているとは思われないんですよ。対魔障壁を持つ連中は、うっかり油断してくれます。本当に単純なのですが、中々上手くいきましてね。たとえ対物障壁を持っていようと、この距離では無意味。まぁ、貴方が持っているとは思えませんが、念のためです」

「やっぱり私を殺すんですか?」

「ええ、そうですよ。貴方に解除する気がないなら、殺すしかありません。そういう依頼ですので。それに、貴方を殺せば解除される可能性はあります。私としては子供を殺すのは忍びないですが、毒人形である貴方なら話は別ですし。心は特に痛みませんね」

「もしかして貴方は暗殺者なんですか? 本物を見たのは初めてです」

 こんな状況なのにどうでもいい質問が飛び出てきた。私は好奇心が強いらしい。フードつきも思わず苦笑している。

「このご時勢、私の様な流れ者は仕事を選んでいられません。汚れ役だろうがなんでもやりますよ。──それで、答えは変わりましたか?」

「あはは。死んでも嫌です」

「なら死になさい」

 カチッという小さな音が鳴り、何かが噴き出していく感覚。身体が床に崩れ落ちる。同時に額にしゃくねつを感じ、私は意識を失っていく。多分、後ろの壁はのう漿しょうでひどいことになっているだろうなぁと思った。まだ半年しか生きていないのに死ぬんだなぁと私は思った。これには父ギルモアもがっかりだろう。でも仕方ない。どんなに頑張って生き抜こうと思っても、死ぬときは死ぬのである。人生とはそういうもの。私の死はニュースにもならず、死体は多分無銘の墓にでも埋葬されるのだろう。下手するとざらしかも。腐った後はうじが湧いて大変だ。でも死んでしまってるからどうでもいいかな。

「あ」

 ──そういえば、サンドラに本を返すのを忘れていた。それと、まだ飴玉もまだ全部めていないし。他にもやることはあったような。確か、ミリアーネ義母様にお礼をしないといけなかったんだ。どうでもいいからすっかり忘れてた。後はニコレイナス所長にも色々な秘密を教えてもらいたいし。つまり、まだまだ死ねないなと私は思うのである。やること盛りだくさんである。口からごぼごぽと何かがあふれていくけど、気にせず上半身を起こす。下半身は動くかな? でも意識が飛びそうでちょっと危ない。とても眠い。

「ば、馬鹿な。ど、どうして動ける。絶対に死──」

 ぞわっとした感触が全身を包むと、徐々に意識が薄れていく。紫の視界が黒に染まっていく。最後に見たフードつきの心底きょうがくした顔はちょっと面白かった。逃げ腰だったし、それでは暗殺者失格である。そんなことを思いながら、今度こそ私は意識を失った。

 それじゃあ、おやすみなさい。おやすみなさい。良い夢を。



「失敗した、だと?」

 イエローローズ家当主、ヒルードが不機嫌そうに眉をひそめてき返す。

 もんの表情でひざまずいているのは、代々召抱えている密偵集団『毒蛇』の頭領である。あるじの命に従い、情報収集やら流言飛語、暗殺から人さらいまでどんな汚れ仕事でも行なってきた。無論、それに見合った報酬と栄誉も与えてきた。持ちつ持たれつで、お互いに栄えてきた間柄だ。先日、当主の座を継いだばかりのヒルードも、当然関係を引き継いでいる。

「……はっ。対象の始末に失敗しました。同時に呪いの解除にも失敗。リーマス様の御友人は、心不全により死亡したと連絡が入っております」

 息子リーマスの頼みにより、ヒルードは『毒蛇』に呪い人形への対処を指示。呪い人形を脅迫あるいは拷問し、魔術を解除させた後で始末しろと。解除がどうしても無理なら、そのまま殺してしまえとも伝えていた。妹のミリアーネから『折を見て厄介者を始末していただきたい』と依頼もあったので、これを機に処理してしまう算段だったのだ。それがご破算となった。考えてもいなかった事態に、ヒルードはいらつきを抑えられない。

「何故だ。お前たちの働きぶりは亡き父から聞いている。それがうそではないということもこの目で見てきたつもりだ」

…………

「失敗した理由を聞かせよ」

「……今回は、僅かとはいえ足がつかぬようにと暗殺者を雇い入れました。かなりのれだったのですが。我らには想像もつかぬ、異常事態が起こったとしか考えられません」

「どういうことだ。まさか、失敗原因の調査すらできていないのか?」

 ヒルードが頭領をにらみつけるが、その表情は先ほどから変わらない。しさというよりは、どうしようもないという苦悩がにじている。裏稼業の人間がこのような表情を浮かべるのは実に珍しいことだ。

「部下を見届け役としてつけたのですが、精神に異常をきたしております。回復するまでは、ご報告はできません。また、回復の見込みもありません」

…………。それで、雇い入れた者はどうなったのだ。死んだのか?」

「……暗殺者の身体は液状化して紫の肉塊となっておりました」

「肉塊?」

「はっ、髪、肉、骨、臓器がドロドロに混ざり合っていると申しましょうか。こごりが一番近い状態かと。装束と装備品から判別したのですが。なによりも恐ろしいことに、あの状態で死んでいないのです。騒ぎが大きくなる前に控えていた部下が全ての肉塊を回収。それは三時間奇声をあげ続けた後、ようやく動きを止めました」

「それで、ミツバはどうしたのだ」

「呪い人形の周りには常に紫の靄が漂っており、準備なしに手を出すことは危険と判断し撤収を指示いたしました」

 頭領の顔色が更に悪くなっていく。情報を武器とするのが密偵だ。それが、分からないと報告しなければならないのは屈辱なのだろう。

「ミツバは丸腰で、鉄格子の中だったのではないのか。一体何をしたというのだ。たかが小娘に何ができるというのだ」

「……暗殺者は対魔障壁を所持しておりましたが、あのような状態に陥りました。隠し持っていた短銃でミツバを始末しようとしたようです。部下の報告によれば、確かに発射した痕跡はあったとのこと。あの至近距離で外すとは思えません。銃弾は、確かにミツバを貫いたはずなのです。……先ほども申し上げましたが、何らかの異常事態が発生したと考えます」

「……異常事態」

 ヒルードは顎に手を当てる。ミツバにさんくさい噂があることは知っている。両親を呪い殺した、幽閉した塔には串刺しに死体が貼り付けられていた、執事と使用人を皆殺しにしたなどなど。だが、当然ながら信じていない。ミリアーネが己のために流した悪評だと確信している。流言を用いるのが妹の得意な手段だからだ。その手を使ってブルーローズ家第一夫人の座を獲得し、最後には丸ごと乗っ取ってしまった。妹ながら恐ろしい人間だと思っている。

「銃が暴発した可能性は?」

「ないとは言えませんが」

「……ならばもう一度試してみるか。息子の友人は助からなかったが、やることは変わらぬ。始末することに変わりはないのだ」

 護身用の対魔障壁を暗殺者は持っていたと聞いた。では、一体肉塊とされた原因はなんだ。そして銃弾は当たったはずだという報告。ならばどうしてミツバは死んでいない。正体が全く分からないことにヒルードは不安を覚える。

 なにせ、ミツバやその父をかんけいで陥れたのはミリアーネ。ミリアーネの出身がイエローローズ家であることももちろん知っているはず。その兄であるヒルードは当然怨敵の一人とみなしていることだろう。厄介な敵を抱えるのは望ましいことではない。偶然の事故に過ぎないとしても、直ちに始末したいところだ。

「恐れながら申し上げます。次の襲撃では直接的な手段は避けるのが賢明かと」

「何だと? まさか毒蛇の頭領ともあろう男が、小娘ごときにおびえているのか?」

「そうではありません。ですが、直接手を下す場合ですと段取りに幾らかお時間をいただかねばなりません。代わりに手早く始末する手段を準備してございます。僅かな量でも内臓を腐食させる猛毒をやつの食事に仕込み、ご子息の友人と同様の最期を遂げさせます。調理人は既に買収しておりますので、ご命令さえいただければ直ちに」

 先ほどまでの苦悶の表情は掻き消え、頭領が殺意をあらわにする。じょうとうしゅだんが効かないとしても、やり方はいくらでもあるのだ。これならば任せても大丈夫だろうとヒルードは確信する。

「なるほど。それならば、友人を失ったリーマスの怒りも少しは和らぐことだろう。よし、一切をお前に任せる。見事仕留めてみせよ」

「ありがとうございます。直ちに取りかかります。朗報をお待ちください」

 頭領は頭を下げると退出していく。後ろ姿を見送ったヒルードは、だか分からないが落ち着かない気分になる。泥沼に手を突っ込んでいる、そんな印象が脳裏から拭えなかったのだ。



 ──陸軍士官学校、学長室。

…………職員が自殺? いきなりなんの冗談だ」

「残念ですが、冗談ではありません。自室で首をくくって死亡しているのが発見されたそうです。勤務態度に問題があるとは聞いておりません」

 事務官が冷静に報告してくる。ここ最近面倒ごとが立て続けに発生している。占星術館の小火ぼや、反省部屋の異臭騒ぎに謎の銃痕、騎兵科学生の変死。どれもこれもあの厄介者が絡んでいる。どうせ今度もそうだろうと、パルックには確信がある。

くびり自殺。で、またあのミツバと関連があるというのだろう?」

「はい。自殺したのは、謹慎の際に監督官を勤めていた職員です。例の異臭騒ぎの後、錯乱状態にあったようですが。遺書の代わりに、このようなものが」

 差し出されたメモ。そこには、蚯蚓みみずがのたくったような字で『溶けたくない』と書かれている。さらに差し出された報告書を眺めてから、深い溜息を吐く。

「……一体なんだというのだ、あの少女は。彼女が来てから、異常なことが立て続けに起こっている」

「もしかすると、本当に呪い人形なのでしょうかね。そうだ、景気づけに悪魔ばらいの札でも貼っておきましょうか。私はお守り代わりに常備しているのですが」

 懐から多種多様な護符を取り出して見せてくる事務官。実に怪しげで効果がありそうには思えない。対魔効果すらなさそうだ。この事務官はいつもこんな感じでごとなのだが、今回ばかりはからかわれているようで思わず苛立ちを覚える。

「やけに他人事じゃないか。いつ君に不幸が降りかかるか分からんのだぞ。もう少し真剣にだな」

「それなら大丈夫ですよ。私は絶対に彼女に近づきませんから。彼女に関する指示をいただいた場合は即座に退職させていただきます。触らぬ神になんとやらです。嫌な予感がするので絶対に近づきません」

 事務官は表情を真剣なものに変えて断言してくる。

「何を大げさな。まさか、本気なのかね」

「ええ、命あってこそです。貯金はそれなりにありますので、商売を始めるのも悪くありません。幸い軍に人脈も構築できましたし」

 本気で辞めるつもりなのだろう。懐から封筒を取り出すと、退職願と書かれた書類を見せてくる。『命に都合が悪いので本日をもって辞めさせていただきます』と達筆で記されている。わざわざ退職届まで用意してある段取りのよさに、苛立ちはあきれに変わってしまった。

「……全く、本当に世渡りが上手い奴だ。だが私はそういうわけにはいかん。立場上逃げられないし近づかないわけにもいかないぞ。全く、どうしたらよいものか」

 パルックは禿がった頭を乱暴にまわす。何故自分が学長のときにこんな厄介なことが起こるのか。さっさと退職金をもらって楽隠居したいというのに。ここにきて不祥事など冗談ではない。

 騎兵科の学生の変死はかなり危ういところだった。ミツバとの関連が知れ渡っていなければ、自分のせいにされていたかもしれない。恨みと怒りの矛先はミツバに集中してくれた。まさに不幸中の幸いである。

「それは困りましたね」

 全然困ってなさそうである。完全に他人事だ。これくらいの割りきりも必要かと、大胆な考えを口に出してみる。

「よし。ならばいっそのこと卒業させてしまうか。例えば今月末にだ。大砲の取り扱いだけでも覚えさせておけば問題はあるまい。私が太鼓判を押そう」

 思い付きだが、中々いい考えに思えてくる。その方向でいってみようかと、思考が前のめりになってくる。

「それは、まさか一か月でということですか?」

「そういうことだ。在学期間の規定は四年だが、最短の縛りはない。無理やり加点して卒業試験不要にしてしまおうではないか。卒業試験についても学長権限で全て免除だ。そうだな、極めて優秀なため、これ以上の学習の必要を認めず、でどうだろうか。軍に押し込んでしまおう」

 自分でも相当苦しいと思う。が、自分の命と名誉と楽隠居が第一である。送り込まれた先のことなどどうでもいい。ミツバの将来のことなどそれこそ知ったことではない。保身こそ全て。

「それは難しいと思います。というか無理ですね」

「どうしてもか? 頑張ればどうだ」

「頑張っても無理です。そんな特別扱いをすれば嫌でも目立ちますよ。しかもたった一か月で卒業なぞ前代未聞です」

「むむ」

「しかも彼女は十一歳という最年少卒業の栄誉を背負っての卒業になります。しかもしかもです、ありとあらゆるいわくつきの呪い人形。そんな少女を厄介払いとばかりに軍に送り込んだと知れれば、学長の名は軍だけでなく王国中に広まりますね。おめでとうございます」

「……それは、なんというか、非常にまずいな。私の家に銃弾どころか砲弾が撃ち込まれかねん。ただでさえ、貴族様方を特別扱いしてることで、下級士官から逆恨みされているからな。命が何個あっても足りんぞ」

 自分のせいではないのに、たたき上げの士官連中からは恨まれる。しかも前線でしぶとく生き延び戦歴を重ねてきた連中である。怒らせたら怖い。だから夜には出歩かない。

「残念ですがせめて一年間は我慢すべきでしょう。その間に、砲兵科での経験を積み重ねさせてしまえばよろしいかと。何か課題を与えて加点するのも良いかもしれません。例えば、実戦に参加させてしまうとか」

「ア、アレを、じ、じ、実戦だと!? 君は正気なのか!?

 思わず目を見開く。が、事務官はなんということはないと淡々と続ける。

「ええ。緑化教徒──カビどもの鎮圧戦とかいいんじゃないですか。それか共和派のイカれた連中を相手にさせるとか。相手方に犠牲が増えるなら皆さん大喜びです。誰も困りませんし」

「……なるほど、毒をもって毒を制すか。それに万が一彼女が死んでも誰も文句を言わない。なるほどなるほど、確かにそれはいい。あー、これはどこに許可を申請すればいいのだ? 陸軍本部かね?」

「はい。後はそうですね。王都警備局、治安維持局、それと王魔研の方にも根回しが必要でしょう。つながりがあるようですから」

「ああ、ニコレイナス所長か。理由を考えるのが手間どりそうだが」

 奴とミリアーネのゴリ押しで入学を認めたのが最大の間違いだった。とっとと引き取らせたい。退学させてしまえと一瞬頭をよぎるが、後が怖い。自分の葬儀のが浮かんでしまい、慌てて首を振る。

「ニコ所長ならばむしろ喜ぶのでは? これまでのことを報告したときも、全く問題にしていないようでしたし」

「アレは天才だが変人だからな。全く度し難いよ。……ああ、しかし疲れた。もう今日は何もしたくない。悪いが早引きすることにしよう。なんだか胃も痛くなってきた」

 嘘じゃなくキリキリと本気で痛い。強力な胃薬を処方してもらわなければ。いつもはいやみの一つでも飛ばしてくるのだが、苦しみが伝わったらしく事務官も素直に頷く。

「承知しました。お体が第一ですからね。お大事に」

「ありがとう。後は任せるよ」

 パルックは手を上げると、帰り支度をいそいそと始める。何か起こる前にとっとと退散したい。今日はきっと厄日に違いないという直感がある。賭け事には弱いのに、こういう予感だけは当たるのだ。

 そこへ慌ただしくドアが開き、事務官に何かを伝える職員。事務官の顔が嫌な感じにゆがむ。死ぬほど聞きたくないなとパルックは思った。だが、聞かずに帰ったらきっと寝れない気がする。先送りすればするほど苦しみは強くなるものだ。

「……今度はどうしたというのだね」

「先に胃薬を貰いに行くことをオススメしますけど。今すぐに聞きたいですか?」

「いいから言いたまえ」

「はい。我が校の第二食堂調理人が、休憩室で死亡しました。検死した医師によりますと、全ての臓器が腐り落ちていたようです。どうもスープが原因のようですが。本人が自分の昼食用に調理したものとのことなので、自殺の可能性が高いと」

…………

「ちなみに、ミツバは指導室で自習中ですので、何かするのは無理ですね」

…………おお、神よ」

 パルックは額を押さえてソファーにもたれかかってしまった。やっぱりあれは呪い人形だった。一度抱えてしまった以上、簡単には手放せないのは当然だ。美人だがずるがしこいミリアーネが押し付けてきた理由も分かる。それが最善だと判断したからに違いない。

 ならばやるべきことはただ一つ。なんとか目をつけられないように生き延びて、次のなすりつけ先を探し出すことである。視線を事務官に向けると、ぷいと顔をらされた。

 ──誰でもいい。誰でもいいから、アレを引き取ってくれ。

 パルックはそんなことを考えながら、最後は己が信仰している大輪の神へと祈りをささげ続けた。




 何故なぜか謹慎期間が三日に増えてしまった不幸な私であったが、ようやく解放された。二日目からはあの鉄格子の部屋ではなく、自室での謹慎だったので不満もないけど。勉強が更に遅れると心配だったけど、普通に休日だったので特に問題なし。同情したクローネがたくさん安いワインを用意してくれたので、一人部屋にこもって延々と飲んだくれていた。酔えないけど、楽しくはなる。部屋がお酒臭かったので、サンドラには嫌な顔をされたけど。

「で、今日からようやく復帰ってわけだね」

「はい。授業より謹慎してる期間の方が長くなってしまいます」

「ははは、確かに。本当に笑える話だよ。指さして笑ってあげようか?」

「やめてください。本当にへこむので」

「元気だしなって!」

 クローネが大笑いしながら背中をたたいてくる。そこそこ痛いけど悪い気はしないのである。

「あ、そうだ。またチビのうわさが増えてたんだけど。ね、聞きたい?」

「……あまり聞きたくないですけど。なんですか?」

「サンドラ、アンタが教えてあげなよ」

 何故か不敵な表情をしたクローネが話を振る。サンドラは眼鏡をくいっと持ち上げて、こちらをにらんでくる。怒ってるわけではなく、これが素の表情なのだ。無駄に威圧感がある。

「くだらん噂だが、職員と調理人が自殺したのは確かだ。相当悲惨な死に様だったらしく、色々な憶測が流れている。で、巡り巡ってお前のせいとなった。おめでとう」

 全く感情の篭ってないお祝いの言葉であった。私としては異議を申し立てたいところだ。いわゆる風評被害である。

「なんで私のせいに」

「私は知らん。興味もない」

「悪評なんて気にしない方がいいよ。ほら、このサンドラも変人って評判だけど元気にやってるし。友達いなくても生きていける証拠だね」

 完全に悪口を言っている気がするので私は曖昧にうーんとうなっておく。普段サンドラもクローネを馬鹿にしているのでお互い様なのである。まさに水と油。

「指をさすな享楽主義者め。第一、こちらこそうつもりなど毛頭ない。志を共にできない仲間など必要ない」

「そういう生き方もあるよね。でも、私は嫌だなぁ。というわけで、チビ、今度の休みは街に遊びにいこうよ。友情を深めようじゃないか」

「あ、はい、お願いします」

 私がクローネに二つ返事でうなずくと、サンドラが不機嫌そうに腕組みをする。

「そいつは刹那主義の享楽主義者だからな。あまり見習わない方がいい。それでいて多少頭が回り要領も良いというのがなおさら性質たちが悪い。ヘタにをするとお前だけ卒業できなくなる。こいつの周りにはそんな馬鹿な連中ばっかりだ」

「そ、そうなんですか」

 よくいたような気がする。塾とか行ってないのに、何故か頭が良い子供。テスト前に一緒に遊びほうけていたのに、何故か満点取ってる裏切り者。

「馬鹿とはひどいね。ちょっと頭は悪いけど気のいい男どもさ。あいつらは私の子飼いの将にするんだ。偉くなったら古参になるわけ。うん、きっと大喜びだね」

「何が子飼いに古参の将だ。そういうことは偉くなってから言え。しかもお前より年上しかいないじゃないか」

「たかが数年なんて誤差だよ。学校を出たらそんなの関係なくなるだろ? 私は時代を先取りしてるだけさ」

「偉そうに。意味も分からん」

 サンドラとクローネがやりあっている。サンドラは眉をひそめて、クローネは不敵な表情。これは仲良しさんにはなれなさそうだ。というか私も早く着替えないと、そろそろ朝食の時間である。二人はいつの間にか制服に着替え済みだし。本当に要領が良い人たちである。私はチビなので、その分素早く行動したいものである。

「お、なんだか動きにキレがあるね。顔は病的に白いのに」

「もう体力があり余ってるので。今日は最初から全力でいきますよ」

「お、いいねいいね。ちなみに、復帰一発目の授業は行進訓練だよ」

「行進訓練? どんな授業なんです?」

「歩兵科と合同訓練さ。大砲と一緒に楽隊のリズムに合わせて移動していくんだ。歩兵連中は戦列を組んでそれを乱さないようにってね。砲兵は十九期と二十期しかいないけど、歩兵連中は全員参加するはずだから、結構本格的だよ。ま、最初だけは楽しいけど、半日もやってると苦痛だね。ちなみに休憩挟んだ午後も同じだから」

「一日中ですか」

「その通り!」

 少し眩暈めまいがした。

「しかもチビが来たから、男が抜けて多分この三人組になるね。大砲は結構重いから頑張らないと駄目だね」

「あの教官は男女で体力差があるのを考慮していないのだ。面倒だからまとめてしまえという考えだな」

「それが男女平等ってやつだろ? アンタが好きなやつだ」

「それは平等とは違う。馬鹿馬鹿しいことを言うな」

「……うーん」

 体力に自信はそんなにないので、途中でへばらないといいけど。どうなることやら。

「おや。表情から察するに、更にやる気になったというわけだ。頼もしいね」

 私の気落ちした顔を見たクローネが軽快に笑う。サンドラは心なしか憂鬱そうだ。

「隠し持った体力と腕力に期待している。見かけ相応なら、中々の苦痛を味わうだろう。主にお前と私がだ」

「えっと、頑張ります」



 行進訓練が始まった。歩兵科の学生たちは重い長銃、かっいい制服、長い帽子を被って隊列を組んでの行進だ。私たち砲兵科は、三人一組で車輪のついた大砲を移動させている。軍隊のお下がり大砲だから、形もばらばらだ。重さをあわせるために、わざわざ荷袋をつけて増量してくれている大砲もある。そういうところだけは気配りが細かい。いわゆる余計なお世話なのに。十九期の先輩たちが基本的に良い物を使い、二十期の私たちがお下がりの中でも更にボロい物。これだけ傷だらけだと、頑張って磨いても徒労に終わるだろう。で、二期生分しかいないのは、去年新設されたばかりだから。まだまだ砲兵科の歴史は浅いのだ。

「よいしょよいしょ」

 言葉を吐き出しながら一緒に呼吸をする。声を出した方が力が出るとどこかで聞いたことがあるような。

「うーん。思ったより辛くないね。というより楽チンだ。チビって意外と力あるんだね」

「正直想定外だった。ミツバ、お前は中々やるな」

「あはは。ありがとうございます」

 右側にクローネ、左側にサンドラ。私は一番負担が少ない中央である。ぶっちゃけ右と左の車輪が動けばいいわけである。バランスが崩れると、大砲は変な方向に進んでしまう。

 太鼓のリズムに合わせて、歩兵隊の後ろを行進する砲兵たち。といっても最初は馬鹿広い校庭の外周をグルグル回ってるだけ。そのうち指揮官役の教官が合図を出してくるらしい。

「しかし、なんで音楽を演奏してるんです?」

「その方が楽しいからさ。ドンドンドンとね。身体が勝手に動き出すだろう?」

 全然動き出さないけど、歩調は自然と合わせられるかも。

「全然違う。私たちは訓練を受けているから、太鼓がなくても普通に歩調を合わせられる。が、戦場にあつめられる市民にそれはできない。故に、あのリズムに合わせて一緒に歩けと合図するわけだ。早足、もしくは突撃するときは、太鼓もそれに合わせることになる」

「へー。なるほど」

 納得した。サンドラは頭が良いので、色々教えてもらえる。実は、謹慎中に飲んでいないときは寝る前に講義を受けていた。この世界のこととか色々である。教師に向いていそうだった。

「でも、楽しいっていうのも全くのうそじゃないんだよね。悲鳴が飛び交うのが戦場なんだってさ。それを紛らわせるために明るくいこうってね」

「それもなくはないが、お前のは極端すぎる意見だ」

「はは、素敵な演奏を聴きながら死ぬってどんな気分だろうね」

 あははとクローネは笑う。まぁ、悲鳴を聞きながらもんのうちに死ぬよりは良いのかもしれない。レクイエム代わりになるかも。そんなことを楽しめるうちは死ぬこともなさそうだけど。

「味わいたいなら最前線を志願するといいだろう。祖国のために死んでくれ」

「アンタに言われたくないよ。私は私のために戦って死ぬのさ」

「まぁまぁ。数少ない女子同士、仲良くやりましょうよ」

 愛想笑いを浮かべるが、く顔を作れたかは分からない。というか、二人ともこっちを見てくれないし。

「それは無理な話だな。思想、主義が致命的にあいれない。つまり不可能だ」

「チビ、それは私に死ねって言うようなもんだよ」

「どうしてそうなるんですかね」

 ぐだぐだと世間話をしていると、合図があった。私たちは職員たちが旗で示している目的地へと行進方向を変える。

 ちなみにクローネは大砲の中を拭くお掃除棒と砲弾の入ったかばんを持ち、サンドラは砲弾を詰め込む棒を背負いながら大砲を動かしている。私は撃ち出すときに使う呪紙が巻きついた着火棒を持っている。大砲を一発撃つだけでも色々な作業が必要らしい。だから、基本的に三人から四人で大砲一台を受け持つんだって。で、実戦では、砲兵士官一人に数人の兵卒がつけられる。そのための指揮の仕方やら、段取りなどを覚えるのも砲兵科の大事な使命である。これはガルド教官からの受け売り。こう見えて私もちゃんと勉強しているのだ。大砲撃つの楽しそうだし。どかんといきたい。

「お、そろそろ教官の合図が出るから突撃の準備をしよう。最下位組は腕立てだから飛ばしていくよ。昼の休憩時間が少なくなるから死活問題だ」

「何で分かるんです?」

 ガルド教官の動きに特に変化はない。表情から察したのか。そういえばクローネは私の表情についてもどうこう言っていたし。というか、話をしながら教官の様子もうかがっていたらしい。

「なんとなくかな。ま、あの人はパターン化されてて分かりやすいのさ」

「私には分からないがな」

「人間を分かろうとしないからだよ。頭でっかちさん」

「余計なことに意識を向けたくないだけだ」

「またこれだ。主義主張だけじゃなく、少しは人間の中身に興味を持ちな」

「まさに余計なお世話だな。人間を完全に理解するなど、時間がいくらあっても足りないだろう」

「はいはい。チビはこうはならないようにね」

 くちげんと規則正しい演奏の最中、教官の怒声の合図で突撃ラッパが一斉に吹き鳴らされる。歩兵隊列は慌てて銃剣を長銃に装着し、大声をあげながら突撃開始。前もって準備していた私たちは一気に駆け足だ。私は大砲を一気に押し込んで全力ダッシュ。

 車輪がひどくきしむが、これくらいで壊れるようでは戦場では使えない。もう壊しちゃってもいいや的な感じで走る。同期の大砲を景気よく追い抜いて、走る歩兵のすぐ後ろにまで迫る。

「ちょ、ちょっと速い。というかチビ、お前押しすぎだ!」

「わ、私は押していないぞ! ま、待てミツバ!」

「よいしょよいしょ!」

 大玉を転がすような勢いでわっしょいわっしょい押していく。なんだか気分が良いから楽しくなってきた。前方の歩兵がこちらを見て悲鳴をあげる。戦列が乱れていく。なんだか波を掻き分けているみたいだった。

 突撃の怒声、私たちの突撃による悲鳴。それを掻き分けて、目的地らしい旗の下に到着。流石さすがに歩兵を抜いての一位は無理だったが、三割くらいは追い抜けた。砲兵科の中では晴れて一位。競争じゃないけど、結構うれしかった。

「よーしお疲れだったな諸君! だが、無能に食わせる昼飯はない! よりによって後輩の女子砲兵組に抜かれた間抜け歩兵は昼食抜きだ! ここでしばらくの間腕立てしているように!」

 そんなーという悲鳴が周囲から沸き上がる。そして、こちらに向けられるとげとげしい視線。と、すぐにためいきとともにらされた。私の噂のおかげである。嬉しくない。

「そして優秀かつ馬鹿力な女子砲兵! 気合があるのはいいことだが、突撃の際は周りに合わせろ! 大砲が一気に最前線に躍り出てどうする!! 真っ先に潰されるぞ!! だがそのやる気に免じて今回は腕立てなし!」

 ガルド教官に叱られたが、おとがめなし。良かった良かった。腕立てを開始した三割の歩兵科の学生たちを置いて、残りは食堂に向かって歩き出す。なんだかヒソヒソ話が聞こえるような。

「アハハ、怖がられるだけじゃなくて、恨まれるハメになったね! チビはそういう性分なのかな? 道を歩けば敵が千人! 人生にぎやかで楽しそうだね!」

「なんでそんな笑顔なんです。というか敵が千人って全然嬉しくないです」

「いやいや、いいことじゃないか。今回のは根も葉もない噂じゃない、ちゃんと実力を示したんだから。チビの力に私たちが振り回されるのを、抜かれた連中は見ているんだ。そうやって噂だけじゃなくて、本当に力があることを証明していけば、悪評は畏怖に変わるんだ。どうだい、いいことじゃないか」

「んー。そうかもしれませんけど、なんかに落ちないというか」

 結局怖がられることに変わりはない。このままだとクローネとサンドラ以外に友達ができないような。

「後は普通に面白かったから、いいことにしよう。うん。愉快痛快ってね!」

「ですよね」

 クローネはそういう性格だった。短い付き合いだがなんとなく分かってきた。

「小さいくせに馬鹿力。大人しそうに見えて暴走する気性。なんとも理解しがたい生き物だ」

 サンドラが溜息を吐いて、私の頭を小突いてくる。私はあははと笑っておいた。

 食堂に入ったら、何故か見知らぬ給仕係が昼食を用意してくれた。セルフサービスじゃないのかと聞いたら、貴方あなたは特別ですと青い顔で言っていた。よく分からないので、スープのお代わりをお願いしておいた。この前食べたどろどろスープよりもしかった。



 ──王都ベルの繁華街。士官学校に編入してから二回目の休日だ。一週目の休日は無実の罪で謹慎中だったから初めてのまともな休みといえる。謹慎中もぼーっとしてたり本を読んでたりと、ぐーたらしていたけれども。

 しかし、流石に首都ど真ん中だけあって人通りもすごく多い。軍人やら商人やら市民やらがそれぞれの目的をもって往来している。目の色に違いがあって面白い。ニコニコしてたりギラギラしてたりどんより死んだような目をしてたり。

 時折すれ違う人たちに手を上げて挨拶するクローネ。学生やら兵隊やらケバい女の人やらちょっと怖そうな男の人まで。顔が本当に広いらしい。私も見習いたいものである。なにせお友達が全然増えないのだ。何が原因だろう。

「そういえばチビは王都に来たのは初めてなんだっけ?」

「はい、いわゆるおのぼりさんです」

 キョロキョロしながら歩いている私と、どしんと構えているクローネ。どちらが田舎いなかものまるだしかは言うまでもない。

「はは、ここに比べりゃ大抵は田舎になっちまうよ。それで初の花の都はどうかな。私も最初に来た時は戸惑ったんだよね。広すぎるしゴチャゴチャしてるからさ」

「確かに、迷いそうですね。しっかり付いていくので、置いていかないでください」

「はは、迷子にならないように気をつけなよ。なにせ夜の裏路地に入ろうもんなら、人買いやらぬすっとやらろくでもない連中がかっしてる。あーチビの場合は格好の獲物……じゃなくて、相手が逃げていきそうだけど。例の怖い顔を夜に見たら叫ぶだろうね」

「じゃあ迷ったら幽霊の真似をすることにします」

「それがいい。明日は『王都にさまよえる亡霊』の噂であふれるだろうさ。ま、迷子にならないのが一番だけどね。ほい、これ」

「あ、ありがとうございます」

 露天商から買った瓶のジュースをクローネから受け取る。嬉しいことにおごってもらった。

 ちなみに、生活費はブルーローズ家から渡されているようで、お小遣いも事務局の人からいただいた。必要なものがある場合は申請しろとも言われている。早速自分の長銃が欲しいと申請したら却下された。大砲も右に同じである。

「えーっと、まずは美術館に行ってから、無駄にでかいベリーズ宮殿を見て馬鹿にして、酒場に寄ってい酒を買って帰ろうか。実は在庫が切れかかってるんだ」

「あんなにあったのにですか? 私が飲みすぎたせいです?」

 結構夜にガブ飲みしている。飲んでも酔わない、酔えないんだから仕方がない。でも他に飲むものもないのでガブガブ飲む。渋いけどジュース代わりである。

「そうだよ。全く、水じゃないんだから」

 クローネが口をとがらせる。背は大きいけど、意外と仕草はかわいらしい。が、腰のサーベルが似合いすぎている。大人びているし、すぐにでも軍人になれそうだ。

「じゃあ次は私が奢りますよ」

「チビは何歳だっけ?」

「十一歳です」

「私は十七だ。……流石にチビに奢ってもらったら私のプライドがずたずただよ。遠慮なく飲んでくれていいよ」

「じゃあ、つまみの方は私が」

「ならそっちはよろしくね」

 道行く人々がこちらにちらりと視線を向けてくる。士官学校の制服は結構目立つのだろう。子供が軍服もどきを着ているのだから。普段着の方が良くないかと思ったのだが、こっちの方が面倒事を避けられるらしい。貴族の子息も制服は一緒なので軍人や警備兵からはいんねんをつけられず、性質の悪い市民は後難を恐れて寄ってこない。最強の身分証だと言っていた。

「ここが国王陛下御自慢の美術館だね。はてさて、どれだけの金がかかったことやら」

「ほえー。立派ですね。……中に入らないんですか?」

 何故かいきなり立ち止まるクローネ。中に入ろうとはせず、苦笑いを浮かべている。

「外の石像を見るのはタダだけど、入るには安くない金を払う必要がある。どうする?」

「私は芸術センスがなさそうなので、やめておきます。お金がもったいないですし」

 前衛的に仕上げてしまった芸術品、とげとげ椅子を思い出す。あれはなかったことにしよう。

「はは、それなら私と同じだね。堅苦しいのはどうも苦手でね。華やかなのは大好きだけど」

「じゃあ次に行きますか? れいな庭園もあるみたいですけど」

「いや、庭園はチビの気になるやつと行くと良いよ。雰囲気も良いからね。それより、大事なものを見ていかないとね。あれは色々な意味でこの王都を象徴する逸品だよ」

 クローネがそこそこ人だかりのできている一画を指さす。ちょっとした広場みたいな感じの場所に石像が配置されている。結構な芸術品なのに、なぜか警備兵はいない。というかその人だかりもただ座り込んだり、ぼけーっと空を眺めたりと芸術を楽しんでいる様子には見えない。身なりも粗末だし。

「こいつは『ローゼリア建国の父』の石像だ。どうだい、立派だろう?」

「うーん、なるほど。かなり良い仕事してますね。お高そうです」

 私がうーむと感心していると、身なりの良い人たちがこちらを眺めて、鼻で笑って係の人間にお金を払って中に入っていく。なんだか馬鹿にされてしまった。ハンカチでわざとらしく鼻を押さえていたし。というか結構離れているのにひどい連中である。警護の兵が入り口周辺やら通路を固めているからなんだか隔離されている感が凄い。

 こちらにいるのはなんだか疲れた顔をした人たちばかり。石像やら石碑やらを見ているのではなく、ただ暇を持て余してだらだらしているように見える。後は、なんだか身なりの良い連中を睨んでいるようにも見える。黒いオーラがにじんでるし。本当に出ているわけもなく、そんな感じがするだけ。人間らしくてとても良いなぁと思う。この街はすばらしい。よどんでいるから。

「うんうん、見とれるのもよく分かるよ。中々よくできてるし。残念ながら、ただの模造品なんだけど」

「え、そうなんです?」

「最初は私も本物と思ってたけどね。そんな貴重品を外に出しておくわけがないさ。盗まれちまう」

 よくよく見ると、造りは結構精巧なのにお手入れがいまいちである。手を触れさせないための柵とかも設けられてないし、それを咎める見張りもいない。こうしてツンツン偉そうなおじさんの像を触っても怒られたりしない。

「本物は宮殿の中だよ。装飾には本物の宝石が使われてるし。外にあるのは全部偽物さ。お優しい王妃マリアンヌ様が、『貧しい下々の者にも芸術に触れる機会を与えましょう』って進言したんだよ。ま、評判を上げたかったんだろうけど、見事に逆効果さ。貴族様や金持ち連中は貧民を見てせせら笑い、下々の者は憎悪を更に膨らませるってわけさ。暴動が起きかけたこともあるね」

「あらら」

 周りでぐだぐだしていた男たちが、国王やら王妃の陰口を叩き始めた。警備兵には聞こえないように小声でだ。耳に入りでもしたら大変な目に遭うから仕方ない。でも、士官学校の服を着ている私たちは気にしないようだ。どうやら外見が貴族様っぽくないと判断されたらしい。いわゆる下々の者側である。

「王妃様もなんとかしたかったんだろうけどね。ま、ずっとぜいたくな暮らしをしてきたんだからこちらの考えは理解できないさ。上から眺めるだけじゃなく、実際体験してみないとね」

 クローネいわく、元々王妃マリアンヌは国民に憎まれていたらしい。理由は簡単でマリアンヌがカサブランカ大公国出身だから。カサブランカとは戦火を交えた仲であり、停戦時に関係改善のために当時王太子だったルロイと婚姻が結ばれたと。政略結婚かと思いきや、二人の仲はむつまじいらしい。が、国民からのウケは非常に悪い。なぜなら元敵国のものだから。

「色々と難しいですね」

「そんな美術品より、税を安くしろってのが本音さ。ここの石像も何回か壊されてるし。腕とか頭とか。人間、腹が減ってたら芸術も楽しめやしない」

「じゃあ誰かが教えてあげたらいいのに」

「教えてあげようとした真面目な連中はクビになったよ。偉大なる国王陛下のなさることにケチをつけることになるからね。というか本当の意味でクビになった奴もいるから恐ろしいよねぇ」

 クローネも石像の王冠を背伸びしてつんつんしている。私ではどう頑張っても届かない。

「そうそう、王都ベルのデートコースはここが定番さ。庭園の散歩だけでもそれなりに雰囲気出るし。でもこの偽石像広場だけはやめた方がいいけどね。愚痴を言いに来るにはいいけど」

 苦笑いを浮かべるクローネ。確かに、この澱んだ一画に連れてこられて喜びそうなのはサンドラくらいだ。

「後はしゃた喫茶店でお茶をして、街の露店を見て回るんだ。で、夜になったら……あー、チビにはまだ早いか。とにかく、機会があったら遊びに行くといい。他にも大抵は知ってるから聞いてくれていいよ」

「クローネはモテそうですもんね」

「はは、老若男女問わずに引っ張りだこさ。ま、人間楽しければどうでもいいよね。大体、こんな風にだらだらできるのも今だけさ。だからどんどん遊んだ方がいいよ」

 ぼさぼさ頭を掻きあげると、大きく伸びをしてあくびをしている。人生心から楽しんでいそうである。私も見習いたいものである。


「ここからはあまり派手に悪口を言わないようにね」

「言いそうなのはクローネです」

 次に到着したのは、ベリーズ宮殿だ。偉大なるローゼリア国王ルロイ陛下がおわす超高貴な場所である。宮殿を囲う城壁はそれはもう高く、門は長銃を担いだ立派な装束の警備兵が厳重に固めている。その後ろには何故か大砲が一〇門並んでいる。よく見ると、城壁の上にも大砲がずらりと並んでいるし。臨戦態勢にしか見えない。

「この前暴動一歩手前になったって言ったよね」

「ええ」

「それ以来、王様がビビっちゃってさ。ああやって自分の武力を誇示するようになったのさ。そうしたら余計に市民の怒りをあおることになってね。守るべき民に武器を向けるのか、それでも国王なのかってまた押しかけられて。それでも武装解除しないところを見ると、本気でおびえてるみたいだね。人はいいんだろうけど、肝が小さいのさ」

 門にいる警備兵が、こちらに不審そうに視線を向ける。こちらは士官学校の制服なので問題ないだろうと思ったが、私を見て明らかに表情を曇らせている。が、面倒くさくなったのかすぐに視線を元に戻す。

「チビがちょっと怪しまれたっぽいね」

「身に覚えがありませんけど」

「身に覚えしかないの間違いじゃないかな」

 クローネがニヤニヤ笑っている。

「だってただの子供にしか見えませんよね」

「ただの子供には見えない、の間違いだね。そうそう、たくさん牛乳飲んで背をでかくするといいよ。私は毎日飲んでるからね」

「あー、私はあんまり牛乳は……」

 なんだか味が生臭くてキライなのである。生命の源を飲んでるみたいで、なんだか嫌だ。とにかく相性が悪い。朝食に出たので飲んだら吐きそうになった。身体が受け付けない。

「はは、好き嫌いも個人の自由だから好きにすればいいさ。でも後で泣かないようにね。ちなみに私に好き嫌いは存在しないよ」

 ふふんとドヤ顔のクローネ。

「別に羨ましくないですし。私も嫌いなのはいまのところ牛乳だけです」

「これから増えないといいけどねぇ。さて、チビをからかったところで、王妃様ご自慢の庭園でも見ていこうか。実はちらっと見える角度があるのさ」

 門前を西側に移動し、角度を変えて眺めることにした。先ほどの警備兵は完全にあきがおだ。門をのぞくと、大砲の代わりに綺麗な赤い薔薇ばらが目に入ってきた。でもちょっとだけしか見えない。

「国王陛下が王妃様に情熱的にプレゼントしたんだって。詩人様いわく、プロポーズのときに渡した赤い薔薇があれなんだって。王様が自分の手で育てたらしいよ。今では入り口だけじゃなく、中庭にもたくさんあるんだってさ」

「うーん、ちらっとしか見えませんね。真っ赤で綺麗っぽいですけど、ちょっと物足りないです」

「はは、もっと近くで見たかったら偉くならないとね」

「あ、ブルーローズ姓を持ってたら入れましたかね」

「そいつなら十分すぎるね。間違いなく顔パスだよ。後は、お抱え画家やら音楽家、料理人、召使いとかになればまぁ入れるかな」

「うーん、よく考えると別にそんなに入りたくなかったかも」

 所詮花だし。一本もらえるなら入りたいかもしれない。

「はは、まぁそうだよね。それに、ここは無意味に大きくて広いから掃除が大変そうだ」

…………

 二人でまた正門正面に移動する。豪華な馬車が中に入っていく。見覚えのある紋章。あ、あれはブルーローズ家のだ。ということはミリアーネお義母様が乗っているのかも。まぁ、どうでもいいんだけど。

「そういえば、王妃様って若いんですか? マリアンヌ様でしたっけ」

「えーと。確か、今二十代後半じゃなかったっけ。王様が三十そこそこ? 心底どうでもいいからよく覚えてないね」

「二人ともまだ若いのに大変ですね」

 クローネが吹き出した。子供が知ったようなことを言ったからだろう。警備兵の手前、必死に笑いをこらえている。

「チ、チビに若いって言われちゃアレだよね。ま、まぁ貴族様も苦労してるかもね。その分美味しい物食べたり飲んだりできるんだけど」

「クローネは偉くなりたいんでしたっけ?」

「そりゃもちろん。偉くなって贅沢して幸せいっぱいに暮らすのさ。でかいお城でたくさんの人間を抱えて大宴会、楽しそうだろう」

 クローネが夢を語りながら不敵に微笑ほほえむ。野心がギラギラしていて、力がみなぎっているように見える。夢は子供っぽいけど、そこに向かって全力で駆け出していきそう。周りを巻き込み、あるいは跳ね飛ばしながら。

「じゃ、私たちも将来の栄達を願って乾杯しましょうか。まずは野外の小宴会といきましょう」

「はは、それはいいね。享楽主義に乾杯!」

「サンドラに怒られますよ」

「知らないね」

 からになりかけのジュース瓶を打ち付けて、笑いながら乾杯しておいた。ごくごくと飲み干し、空き瓶を鞄にしまい込む。

「そろそろおやつ買いたいですね。おなかがすいてきました」

「じゃあ露店を回ろうか。ついでに昼飯も買っちゃおう。そろそろあの怖いおじさんが怒り出しそうだし、おいとましないとね」

 警備兵のこめかみに青筋が立っていたので、覚えたばかりの敬礼をして退散することにした。クローネはそこそこ完璧、私はどうみても兵隊さんごっこであった。自分でもアレだなと思っていたが、クローネが腹を抱えて笑い出したので、すねを蹴飛ばしてやった。全然効いていない。どうやら私は格闘戦には向いていないようだ。