特別収録
──それはまだ俺たちが三人ではなく、東西南北で四人組だった頃の話。
高校入学から一週間。俺はまずまずのスタートを切っていた。
最初の関門である自己紹介は無難にこなし、友達は三人、話し相手は十人作ることができた。話し相手の男女比は、八対二。理想的なバランスだ。女好きと思われず、かといって女子と話せない奴というレッテルが貼られない程度の、俺が中学三年間で見出したモブの黄金律だ。
入学してすぐに行われた体力テストや学力テストでは振るわなかったが、そんなのはどうでもよいことだ。悪目立ちするほど悪くなければそれでいい。
世の高校生たちにとって、最初の試練は迅速な友達作りにあると言っても過言ではない。
ここで躓けば、暗黒の高校生活を送る可能性が非常に高まるからだ。
クラス内における見えない身分差……スクールカーストは、確かに実在する。リア充たちを頂点とし、『脱落者』たちを底辺とした学校内における力関係は、あとからそう簡単に変えられるものではない。
この時期に友達を作れず孤立した者は、その真偽に関わらず『孤立するだけの理由がある奴』というレッテルを貼られることとなるだろう。
そうなれば、もはや学校に通う意味などない。
一体何のために高校に進学したのか……そう人に問われたならば、俺は『普通』から脱落しないため、と答えるだろう。
高校進学率がほぼ百パーセントである以上、高校に進学するのが『普通』。学校では友達がいるのが『普通』。停学や退学、留年をするのはあまり『普通』ではないのでほどほどに勉強は頑張り、高校を卒業したら『普通』に進学するか、就職する。それが、俺の考える『普通』の人生……。
とにかく、世の大多数の選択に身を任せておけば、それが最適解ではないにしろ、最悪の回答ということはない。出る杭は打たれる。寄らば大樹の陰。それが、この十数年の人生経験で学んだ俺の処世術だった。
親や教師などは「何か熱中できるものを見つけなさい」なんて言うが、言われてすぐに見つかりゃあ苦労はない。
そもそも、熱中するということがいまいちわからなかった。
漫画やゲームは好きだが、それとはまた話が違うのだろう。
とにかく、『普通』に友達を作って、『普通』に勉強をして、『普通』に卒業できれば、俺はそれで良かった。
……ところで、俺は高校進学にあたって自分に一つの課題を課していた。
それは、できれば一年生のうちに、最低でも高校卒業までに彼女を作ること。
中学までは彼女いない歴=年齢の寂しい人生を送ってしまった俺だが、さすがに思春期のすべてを灰色に過ごすのは避けたい。
別に自分がスクールカーストのトップやリア充になれるとは思ってはいない。だが、『普通』に彼女を作るくらいは許されるはずだ。
できればその彼女は普通よりも可愛くて、そして巨乳であれば言うこと無しであった。
「おはよう!」
朝。登校した俺は机に荷物を置くと真っ先に友達たちへと挨拶をした。
「おっす、マロ」「おはよう、マロ」
次々に返ってくる東野と西田の挨拶に対し、最後の一人に目を向けると、どこか弱弱しい挨拶が返ってきた。
「お、おはよう……北川」
眼鏡のレンズに前髪がかかるくらいに髪を伸ばし、ところどころにニキビが目立つ少し暗めの少年。俺はにっこりと笑って彼の名を呼んだ。
「おはよう、南山」
東野と西田、南山。この三人が、高校に入って新しくできた俺の友人たちであった。
クラスの連中からは、苗字に方角が入っていることから東西南北組と呼ばれている。
ちなみに、綺麗に方角が分かれているのは半分が偶然で、半分は意図的なものだ。
最初は席が近いということで俺と東野が仲良くなり、東野の元々の友人である西田とも仲良くなり、そこであと一人『南』が入った奴が揃えば面白いということで引き入れたのが南山だった。
とはいっても、他のグループなどから無理やり引き抜いてきたわけではない。
あと一人、南が入った苗字の奴はいないかな~と名簿とクラスを見比べていたら、スタートダッシュに失敗して孤立しかけていた南山を発見したという、ただそれだけの話だ。
試しに話しかけてみれば、オタク趣味にも理解があり、特に性格に問題も無さそうであったため、「話も合うし、明日から一緒に昼飯食わない?」という感じでそれとなくグループ入りをほのめかしてみたところ、あっさりとグループ入りをしたというわけだ。
引っ込み思案なところがあり、積極的に友達を作りにいけなかった南山にとって、俺たちの誘いは渡りに船というやつだったのだろう。
ただ、俺たちは特に気にしてはいないが、南山本人としては自分だけ後から入ってきたというところに負い目のようなものを感じているらしく、未だ若干の壁が残っていた。
まあこの時期の出会いの差など、ぶっちゃけ誤差だ。そのうち消えるだろうと、俺たちは意識せず接することにしていた。
「そういえばさぁ、そろそろ部活動見学始まるけど、みんなどこ入るとか考えてんの?」
そう話を切り出して来たのは、東野だった。その顔には、若干の緊張が見られる。チビで痩せ型の東野は、あまり運動部向きの体つきではない。もしも他のメンバーたちが一緒に同じ体育会系の部活に入ると決めた際、東野としては苦しい展開になるからだろうと思われた。
部活動の種類は、グループ形成における大きな要素だ。入学時のグループは、一時的なモノという要素が強く、時期が進むにつれ部活動での力関係が影響したモノへと変化していく。
例えば野球部などの結束力が強い部活などは、それまでのグループから離脱して野球部グループへと移動する可能性が極めて高い。
無論、同じ部活の仲間が少なかったり、部活は部活でクラスの友達は友達と割り切れる者もいるが、やはり同じ部活をしているという要素は強かった。
そんな東野の問いに対し、真っ先に返事をしたのは西田であった。
「俺は入るとしても運動部はないかな。いろいろキツそうだし」
そういう西田も、東野同様、小太りで眼鏡というあまり運動部向きの体型ではなかった。
小太りでも動ける奴は動けるのだが、西田のそれは見るからに不摂生と運動不足の賜物であった。
「俺は今のところ部活に入る気はないな。幸い帰宅部でも許されるみたいだし」
「お、俺も……」
続いて俺、南山と答えると、グループ内にホッとした空気が流れた。
もっとも、これはグループを作る段階でなんとなくわかっていた展開であった。
高校生くらいにもなると、体育会系か否かの判断くらいは雰囲気からわかってくるようになる。
ガチガチの体育会系の奴と、筋金入りの運動嫌いの奴が同じグループに所属しても、最終的には分かれるケースが多いため、最初の段階で無意識に声をかける対象から外してしまうのだ。
俺たちも、そういう同類の気配を感じ取って声をかけていたため、グループみんなで運動部を選ぶ可能性は低いと考えていた。
「部活やんないならバイトとか?」
東野の言葉に、西田が腕を組み悩む。
「バイトかぁ……正直興味はあるけど、まだ働くのは怖いんだよなぁ」
わかる、と俺たちは頷いた。
働くということは給料を得ること。給料を得るとは、相応の責任を負うということ。これまでは子供だからと許されていたことも、バイト先では許されることはないだろう。
ぶっちゃけ、ガチの大人の怒りに耐えられる自信はなかった。
「周りが年上前提ってのキツイわ」
「それなんだよな。とはいえ、高校生のうちに一度はバイトしておけ、って話はあるしな」
「バイトって始める時期が遅ければ遅いほど始め辛くなるらしいからなぁ」
西田の言葉に東野が頷き、俺もそれに続く。
「せめて煩わしい人間関係がなければいいんだけど」
そう言って西田がため息を吐くと、おずおずと南山が言った。
「ぼ、冒険者とかどうよ? 上司とか、いないし」
冒険者……、冒険者かぁ。と俺たちは脳裏にその選択肢を浮かべ。
「いや、無いな」「そんな金ねーよ」「それに、普通に怖いし」
と一笑に付した。
学生が冒険者になるには、高いハードルが存在する。
まずは、最低百万円を超える初期投資費用。百万円という額は、高校生にとってあまりに高額すぎる。それだけの金があれば、他にどれだけ遊べることか。
カラオケ、ボーリング、映画、ゲーム……。月に八万使っても一年は遊び倒せる。月に三万円程度でも、友達との遊行費としては十分だ。三年間何不自由なく過ごせるだけの金額を、冒険者になるためだけに投資するほどの情熱は、俺にはない。
次に、親の説得というハードルがある。冒険者ブームにより近年増え始めている若者の冒険者であるが、それでもそのほとんどは大学生以上だ。つまり、親元を離れている。まともな親であれば、命の危険がある仕事への許可は出さないだろう。
子供たちなどよりよほど迷宮とモンスターの怖さを知っている大人を説き伏せるには、相当な情熱が必要かと思われた。それこそ、自分の命を燃やすほどの熱量が……。
これまでの人生で、情熱らしい情熱を抱いたこともない俺では、いまいち想像できないことだった。
そして、もう一つ。重大な問題が残っていた。
それは、迷宮に潜るのは純粋に怖い、ということ。
ギルドも迷宮の難易度に応じた入場制限を設け、最下級のFランク迷宮に対してさえDランク以上のカードを必須とするという安全策を講じているが、……迷宮にはイレギュラーエンカウントという死神が潜んでいる。
高い初期投資費用を払ってまで、本物の怪物が潜むお化け屋敷を楽しむような度胸は、俺にはなかった。
冒険者の社会的地位が高い背景には、高額な収入というだけではなく、自分の命を顧みず迷宮へ潜り続ける者たちへの尊敬というか、畏怖のようなものがあるのだろう。
「南山は冒険者に興味があんの?」
笑うだけでは失礼だろうと、そう問いかけると南山はあっさりと首を振った。
「い、いや……ちょっと言ってみただけ」
「ふぅん?」
それに少しだけ引っかかるものを感じはしたものの、俺は特に追及したりはしなかった。
今はまだ、深くまで突っ込めるほどの仲ではない。
「でさ、話は変わるけど……」
そこで、東野が声を若干潜めつつ言った。
「うちのクラスで誰が一番可愛いと思う?」
『おっ!』
俄然興味のある話題になってきた、と俺たちは前のめりになった。
「とりあえず、個人の好みは置いておいて、一番かわいいのは四之宮さんってことでOK?」
『異議なし』
東野の言葉に、俺たちは一糸乱れず頷いた。
四之宮さんの容姿については、我がクラスの誰もが認めるところだ。
芸能人クラスの整った顔立ち、日本人離れした足の長さ、出るところは出て引っ込むところは引っ込んだスタイル……。そのどれもが一般人レベルではなかった。
その美少女っぷりは早くも話題となっており、時折他のクラスの男子が廊下から覗きに来るほど。噂では中学生の頃から読者モデルをやっているらしく、わずか一週間にしてスクールカーストのトップが内定していた。
ギャル系が苦手な俺たちのような陰キャであっても、四之宮さんが学年で一・二を争う美少女であることは認めざるを得ない。
「一番は四之宮さん、と。じゃあ二番は?」
『うーん』
東野の問いに、先ほどとは打って変わって悩み始める俺たち。一位は文句なしに四之宮さんで確定であるが、二位からは各々の好みが分かれてくる。ここからはぶっちゃけ、自分の好みを答える場であった。
「うーん、俺は
最初に答えたのは西田。桜井さんは、おとなしめのグループに所属する、うちのクラスで一番背の低い女子だ。顔立ちは西田が二番に上げるように結構可愛いのだが、なんというか子供体型というか……ぶっちゃけロリ系であった。最初見た時、ウチの妹と同い年かと思ったくらいだ。
……つまり、西田の好みはそういう系なのだろう。
「西田はロリ系が好みかぁ~」
「ち、ちげぇって! そ、そういう東野はどうなんだよ?」
暗にロリコンと揶揄された西田が、顔を赤くして問い返す。
「俺か? 俺は……
東野の上げた名前は、ちょっとだけ意外なものだった。なぜなら、大里さんは東野が苦手であろう体育会系のグループに所属する女子だからだ。
しかも、バレー部志望だという彼女の身長は180センチを超えており、確かに美人ではあるものの、彼女より背の低い男子にとっては些か近寄りがたい娘であった。
最初は意外に思った俺であったが、改めて大里さんを観察してみると、なるほど、東野の意見もわかるような気がしてきた。
大里さんは確かに気の強い体育会系の女子グループに所属しているものの、当人の性格としては、のほほんとした穏やかな気質の娘なようだった。
常に目を糸のように細めて微笑み、喧嘩が起こるとやんわりと仲裁に入る、お姉さんタイプだ。
胸元も大変包容力があり、俺は東野の目の付け所の良さに密かに感嘆した。
「東野はお姉さん系が好みか~」
「ま、まぁな……」
「うーん、俺とは好みが真逆みたいだな。まあ友達やるにはその方が良いけど」
西田の言葉には一理あった。タイプが一緒程度なら話が盛り上がるので良いが、同じ人を好きになってしまった時の気まずさと言ったら……。友達がその娘と付き合った日には、即日友情ブレイクとまでは言わないものの、少しずつ疎遠になっていくこと間違いなしだ。
「で、マロは?」
「俺? 俺は……牛倉さん、かな」
東野と西田が、ニヤリと笑う。
「なるほど、マロは巨乳好きか」
「牛倉さん、マジでデカイもんな。学年どころか、学校で一番デカイんじゃねぇの?」
「う、うるせぇな。別に胸だけで言ってるわけじゃねぇっつの。牛倉さん、かなり可愛いじゃん?」
「でも巨乳好きなのは否定しない、と」
「まぁそれは……男の性なので」
東野の鋭い追及に、俺はしぶしぶ頷いた。
何を隠そう、俺は無類の巨乳好きであった。そして牛倉さんは、俺が今まで会ってきた中で、一番素晴らしいお胸の持ち主であった。
もっとも、俺が牛倉さんを推す理由は外見だけではなく、その性格も含めてのことなのだが……そこまでは説明する気はなかった。
「で、南山は?」
「え、お、俺? 俺は……」
チラリ、となぜか俺を見る南山。……おいおい。
「俺……とか言うなよ?」
「ち、ちっげぇよ!」
俺が冗談めかしてそう言うと、南山が割とマジ気味にキレてきた。
普段大人しいだけに、突然の激昂に少しギョッとする。
コイツ……実は結構気性が激しいのか? 思わず東西コンビと顔を見合わせる。
すると、南山もそんな俺たちの様子に気付いたのか、すぐにハッとした様子で落ち着きを取り戻した。気まずそうに座りなおす。
……南山は、自分が弄られるの嫌いなタイプなのかもな。気を付けておこう。俺は心のメモ帳に書き込んだ。
「あ~……ごめん。ちょっと二番は思いつかないわ」
「二番じゃなくても、好みでいいぞ?」
東野がそう合いの手を入れるが、南山は悩んだ様子で答えない。……もしかして。
「普通に四之宮さんがタイプとか?」
俺がそう言うと、西田がポンと手をたたいた。
「あー、なるほど。すでに一位で出てるんじゃ言い辛いわな」
「そういえば……南山は四之宮さんたちと同じ中学出身なんだっけ?」
東野が思い出したように言う。意外な情報に俺は軽く目を見開いた。
そうだったのか……。同じ中学にあんな芸能人クラスがいたら、そりゃあ他の女の子は目に入らなくなっても当然か。
「あー……うん。そんな感じ」
「ってことは、俺はロリ系、東野はお姉さん系、マロは巨乳好きで、南山はギャル系と結構好みが分かれた感じだな」
「お~、とりあえず女の取り合いで友情が壊れることは無さそうだな」
「……もっとも、取り合いになる以前の問題だけどな。俺らの場合」
俺がそう言うと、東西コンビはがっくりと項垂れた。
「それを言うなよな~」
「どうせ俺たちは彼女いない歴=年齢の陰キャさ」
綺麗にオチがついたところで、俺たちの話題は自然とゲームや漫画の話へと移っていった。
話が合う、という理由でつるみ始めた俺たちであるので、当然話は弾む。
そんな俺たちを、南山は時折話には入ってくるものの、基本的には一歩引いた様子で見ていることが多かった。
場の空気に合わせただけの相槌と、愛想笑いに近い笑み。
後から思い返してみれば、それはどこか俺たちを馬鹿にしたような、見下したようなもので。
しかしその時の俺たちはそれに気づかなかった。気づくことができなかったのだった。
──それからというもの、俺たちは部活もせず有り余る時間を遊び倒す日々を送っていた。
特に部活に入るわけでもなく、放課後は適当にマックでだべったり、ゲーセンに行ったり、誰かのうちでゲームしたりマンガ読んだり、モンコロの動画を鑑賞したりと、だらだらと怠惰に過ごす日々。
そこに人間関係の維持以外の努力はなかったが、気の合う友人たちとのぬるま湯のような時間は、それなりに楽しく心地よいものだった。
そんな風に、俺たちが怠惰な青春を送っている間にも、スクールカーストは徐々に固定されつつあった。
単なるお調子者やファッションに多少詳しい程度の者たちが一時カーストのトップに上ってはその地位を維持できず転落していく中、当初から頭角を現していた者たちをクラスメイトたちはカーストトップとみなしつつあった。
読者モデルで学年一の美少女と名高い四之宮さん。その親友で校内一番のスタイルの持ち主である牛倉さん。高一にして140キロの速球を投げるという野球部の次期エース高橋。ほかの三人のように光るものは持っていないものの、ユーモアセンスとコミュ力をもってクラスのムードメーカーの地位をものにした小野。
この四人を、我がクラスのカーストトップ勢とする雰囲気が形成されつつあった。
一方、端からカースト争いに関与するつもりのなかった俺たちは、成り上がりの機会を放棄することでカースト中の下から中の中くらいを堅実にキープし続けていた。
そんなある日のこと。
放課後、俺は珍しく一人で学校に居残っていた。
五月にある体育祭にむけて、体育祭実行委員の会議に出ていたためだ。
わが校では、誰もが何らかの委員をしなくてはならないのだ。
一番不人気であるのがクラス委員長であるのは言うまでもないことだが、では一番人気の図書委員を狙えば良いのかというとそうでもない。
なぜなら図書委員の座を狙っているうちに他のそこそこ楽な委員を取られてしまい、最悪の場合クラス委員長などの過酷な役割を押し付けられてしまう可能性があるからだ。
また、まだクラスの力関係が固定化されていないこの時期に、無理に楽な委員を狙いに行くと、密かなヘイトがたまるという懸念もあった。
そういう点で言えば、体育祭実行委員はそれなりにねらい目の委員会であった。
なぜならば、一年のこの時期しか活動がないためこれを乗り切れば一年間楽に過ごせる上に、ライバルも少なく、クラスメイトたちにも精力的な姿をアピールできるのだ。
また体育祭実行委員はかならず男女のペアなので、女子と話す機会が多くなるというのも密かなメリットだ。
人前でしゃべるのが死ぬほど苦手でない限り、そこそこおすすめの委員会であった。
そんなわけで一人廊下を歩いていると……。
「あれ? 牛倉さん……?」
困った様子で廊下をうろうろしている牛倉さんの姿を発見した。
「あ……えっと……北、川くん?」
若干名前が出てくるのが遅かったことに苦笑しつつも、名前を覚えてもらっていたことに小さな喜びを感じる俺。
「どうしたん? なんか困ってるみたいだけど」
「あ、えっと、実は家の鍵を無くしちゃったみたいで……」
「マジ? 普通にヤバイじゃん。事務室とかに落とし物は届いてなかったか確認はした?」
「うん、さっき聞きに行ったけど、まだ届いてなかったみたい」
「なるほど、じゃあ俺も探すの手伝うよ」
「え、でも」
「気にしないで」
やや強引に押し切り、一緒に鍵を探し始める。
俺は、少しだけ高揚していた。
これは、チャンスだった。
意中の女の子と距離を縮める……という不純なものではなく、借りを返すという意味で。
「ふふ……」
二人で鍵を探していると、ふいに牛倉さんが笑った。
「なんか、高校受験の日のことを思い出すね」
「あ……うん、その節は大変お世話になりました」
そう言って頭を下げる。そして内心でガッツポーズをした。
覚えていた! 牛倉さんもあの時のことを覚えていてくれたのか!
……実は、俺と牛倉さんは入学よりも前に一度知り合っていた。
それが、高校受験の日だ。
俺の今までの人生でも大一番の日、俺は致命的なミスを犯していた。
あろうことか、受験会場で受験票を無くしてしまったのだ。
家を出るときに持っていたのは確認しているし、会場に入ってからも一度確認している。しかし、いざ係員の人に見せる時に、受験票が無くなっていることに気づいたのだ。
青ざめた俺は、係員の人が呼び止めるのも聞かずに、受験票を探すために走り出した。
幸い直前まで暗記物をしようと思っていたため時間に余裕はあった。
そうして受験票を探し始めた俺だったが、校門から教室までの短いルートだというのになぜか見つからない。
刻一刻と過ぎていく時間。増していく不安と恐怖。
すれ違う受験生たちは、困る俺の姿を見ても一瞥をするのみで声もかけてくれない。当然だ、この日ばかりは自分のことで精いっぱいなのだから。
俺が半ば恐慌状態になっていたその時、声をかけてくれたのが、牛倉さんであった。
彼女は、もうあまり時間もないというのに俺と一緒に受験票を探してくれた。
その甲斐あって、俺は茂みに引っかかっていた俺の受験票を無事見つけ出し、試験を受けることができたのだった。
……もっとも、受験票がなくても係員の人に言えば普通に受けることができたらしいのだが、その時の俺にはその容姿もあいまって比喩抜きで彼女が女神に見えたものだった。
その後同じクラスということを知って運命を感じたものだったが、彼女はカーストトップが内定している四之宮さんの親友ということもあり、モブキャラの俺では話しかけることも、あの日のお礼を言うこともできずにいた。
彼女の方も特に俺に話しかけてくることもなかったため、俺のことなど覚えていないのだろうと思っていたのだが……まさか覚えていてくれたとは。
「あー、やっぱりあの時の人、北川くんだったんだ。全然話しかけてきてくれないから、人違いかと思ってた」
「あ、いや、別に忘れてたとか感謝してないとかじゃなく、単純にどう話しかければよかったのかわからなかったというか……」
俺が慌てて言い訳をすると、彼女は軽く噴き出し。
「フフッ。大丈夫、わかってるよ。私も女子ばっかりで固まってたし、話しかけ辛いよね」
「あ、うん。そんな感じッス」
実際は男子と女子の壁以上に、カーストの壁を感じて話しかけられなかったのだが、俺はそう言った。
と、その時。
「あ、もしかして、これ……」
俺は火災報知器の脇に光るものを見つけ、手を伸ばした。
それは、可愛らしくデフォルメされたミノタウロスらしきキャラクターのキーホルダーがついた鍵であった。
「あ、それそれ! あ~、良かったぁ、ありがと~」
牛倉さんに見せると彼女はそれを握りしめてホッと安堵の息を吐いた。
それから悪戯っぽい笑みを浮かべると……。
「これで貸し借り無しってことで……これからは気軽に話しかけてきてくれると嬉しいな。せっかく同じクラスなんだから」
「あ、ああ……!」
単なる社交辞令かもしれない。だが、もしかしたら今後彼女と普通に話せるようになるかもしれない、という期待に俺の心は高鳴った。
そのままの流れで、同じ最寄り駅ということで俺たちは一緒に帰ることになった。
こんな機会が訪れることはもう残りの学生生活で無いかもしれない、と俺は一生分の会話を楽しむことにした。
「へぇ、じゃあ北川くんも妹さんがいるんだ! 確かにお兄ちゃんって感じがするかも」
「そう、今年で小五。も、ってことはそっちも?」
「うん。うちは上もいて、姉一人に、妹二人。一番下は妹さんと同級生だね」
「四人姉妹!? すごいな、漫画みてー」
「あはは、良く言われる」
……楽しい。爆乳で美少女の同級生と、楽しく談笑しながら帰宅する……。これ以上の幸福があるか? 断言する。無い。俺は天国にいるような気分で会話を楽しんでいた。
初めてちゃんと話した牛倉さんは、思いのほかコロコロと沢山笑う女の子で、話しているこちらも自然に笑顔になる。
このままずっとこの時間が続けば良いのに……俺がそんなことを考えていた、その時。
「んっ……!?」
俺は不意に強い視線を感じて振り返った。
「どうしたの?」
「あ、いや……誰かが見てたような気がしたから」
すぐに姿を消してしまったから、よく見えなかったが……あれは、南山? いや、あいつだったら普通に話しかけてくるだろうし、違うか……。
それに、南山だったら、あんな凄まじい顔で睨んでくることもないだろうしな……。
俺はわずかに引っかかるものを感じつつも、それを振り払い牛倉さんとの会話を再開した。
────南山が冒険者デビューを公表したのは、それから一週間後のことだった。
「おはよう……ん?」
朝。学校に登校すると、教室の空気がおかしかった。
なんだろう、と首を傾げていると、扉近くの席だった男子が話しかけてきた。
「あ、おい、北川。お前、知ってたのか?」
「うん? なにを?」
「だから……アレだよ」
そう言って彼が指さす先を見ると、そこにはクラスの半数以上が集まる人だかりがあった。
その中心にいるのは、我がクラスのカーストトップ集団と……南山?
俺が場違いな所にいる友人に困惑していると、彼らの声が耳に届いた。
「まさか南山が冒険者だったとはなぁ~!」
……え? 俺は思わぬ言葉に南山を凝視した。アイツが……冒険者?
みんなに囲まれた南山は、照れたように、しかしどこか自慢げに笑っている。
「いやぁ……冒険者って言っても最近なったばかりの一ツ星だけどね」
「いやいや、それでも十分凄いって! 死ぬかもしれない迷宮に潜ってるんやろ? 大したもんやで」
「小野の言う通りだよなぁ。野球で死ぬことはまずないけど、冒険者は違うもんな。いや、素直にすげえわ」
小野が称賛し、高橋がそれを認めると、クラスの中に「南山ってすごい!」という空気が急速に広がっていった。
「南山ってカッコいいな! 尊敬するわ」「ねぇねぇ! 迷宮の中ってどうだった?」「どんなカード持ってんの? ちょっと見せてよ!」
………………………………………………………………。
なんだ……これは……。
確かに昨日までは俺と同じカーストだったはずの友人が、カーストトップ勢に称賛されクラスの中心にいる……。
それは、俺にとって世界が揺らぐほどの衝撃だった。
なぜ、どうして……南山が、そこにいる?
そこは……俺たちのようなモブキャラでは、絶対に立てないはずの場所なのに……。
その時ふと、牛倉さんの姿が目に入った。彼女は、軽く目を輝かせて南山を見ていた。感心と尊敬の眼差し。
それは、俺では決して向けられないもので……。
俺が茫然と立ち尽くしていると、東西コンビがやってきた。
「よ、よう、マロ。おはよう」
「お前、南山が冒険者だって知ってた?」
「……い、いや、知らなかった。お前らは……?」
「俺らももちろん知らなかったよ。今日の朝いつも通り話してたらさ、突然南山が冒険者ライセンスを取り出して『俺、実はちょっと前から冒険者やってんだよね』って」
「そしたら近くの席の奴が騒ぎ出して、今に至るって感じ」
「な、なるほど……」
落ち着け……。何動揺してんだよ、俺。静かに深呼吸をする。
こんなもん、一過性のものに過ぎない。今はクラス初の冒険者ということで騒がれているが、すぐに熱は冷めるだろう。
そうなれば、またいつも通りだ。
俺たちは変わらず友達で、今日の昼も一緒に飯を食って、放課後はどこかに遊びに行くのだろう。
だというのに、みんなに囲まれている南山の姿を見ると、俺は胸にざわつきが起こるのを止められなかった。
「っと、もうこんな時間か」
「じゃあ南山くん、またあとでもっと話を聞かせてくれよ!」
「ああっ!」
チャイムが鳴り、みんなが我に返ったように席へと戻っていく。
俺も自分の席へと向かう中で、近くを南山が通りかかった。
「よ、よお、南山」
「ん? ああ……」
南山は、どことなく冷たい態度でこちらを一瞥した。
それに戸惑いつつ、努めていつも通りに話しかける。
「驚いたよ、冒険者だったなんて。言ってくれりゃよかったのに」
「……別に、そんな義務ねーし」
「……え?」
「悪いけど、時間ねーから」
そう言って、足早に去っていく南山を、俺は茫然と見送ることしかできなかったのだった。
それから。
一時の騒ぎかと思われた南山だったが、やつはそのままカーストトップに定着しつつあった。
それに伴い、南山の態度も徐々に変わり、外見も変化していった。
引っ込み思案気味で人見知りだった性格はどこへ行ったやら、積極的に人と話すようになり、授業中なども教師に対して冗談を飛ばすようになった。
野暮ったい印象を与えていた髪を美容院で流行りの髪型にカットし、眼鏡をコンタクトに変えた。
その変化は、時にクラスメイトたちに「調子に乗っている」「傲慢になった」という印象を与えることもあったが、不思議なことにそれが逆に南山のカーストトップとしての地位を盤石のものにしていた。
今の南山には、多少の陰口くらいものともしない『勢い』があった。
それは、間違いなくカーストトップの者が持つオーラそのものであった。
そして、残された俺たちはと言えば、完全に奴と疎遠になっていた。
カーストトップグループとつるむようになった南山に対し俺たちは声をかけ辛く、奴は奴でこちらに話しかけてこなくなった。
まるで、もう用済みだと言わんばかりに……。
そんなある日、廊下でたまたま一人だった南山に、俺たちが話しかけるチャンスが生まれた。
少しだけ躊躇しつつも、東野が南山へと声を掛けた。
「よ、よお、南山。久しぶりだな」
「ん? ……ああ」
柔らかい表情で振り向いた南山は、相手が俺たちだと気づくと顔から愛想を完全に消した。
「なんか、久しぶりだな」
「ああ……」
「あれだ、冒険者てやっぱ大変なのか?」
「別に……」
「その、なんだ……今日久しぶりにゲーセンでも行くか。最近話せてなかったしな」
「はぁ……」
どうにも弾まない会話に、最後に東野がそう誘いをかけると、南山が小さくため息をついた。
「あのさぁ……気軽に話しかけてくんなよ。俺とお前らじゃもう、ほら、わかるだろ?」
なっ!? と呆気にとられる俺たち。
南山が俺たちを格下だと思っていることは、態度から察していた。
だが、こんなにもはっきりと口に出すとは……。
衝撃が大きすぎて、今は怒りすら湧いてこない。
「それじゃ、そういうことで」
そんな俺たちをよそに、南山はもう完全に興味がないと言った様子でその場を去っていった。
「なんだ、あれ!」「カーストトップになったらもう前の友達は要らないってことかよ!」
一拍遅れ、東野たちが憤慨する。それも当然のことだ。
南山が冒険者宣言をする前は、俺たちは確かに友達だった。一緒に飯を食い、授業ではペアを組んで、漫画やゲームの貸し借りをし……俺たちは平等な友達だったはずだ。
怒りと悔しさと悲しみがこみあげてくる。
だが、一方でどこか納得している自分も、心のどこかにいた。
南山という人間は、引っ込み思案で人見知りの気があり、はっきり言って友達作りに向いた性格ではなかった。俺たちがグループに引き入れなければ、ずっと一人で孤立していたのではないだろうかと思うほどであった。
俺たちは、そんな一人では友達も作れない南山を心のどこかで見下し、内心で距離を取り、それを奴も察していたのではないだろうか。
だとすれば、この決裂も、必然のことだったのだろう。
……だが、それでも……今のは、さすがに酷すぎる。
内心で複雑に渦巻く感情を飲み込んで、俺はひとまず二人へと声をかけた。
「とりあえず中に入ろう。そろそろ授業が始まるし……」
「ああ……」
未だ怒り冷めやらぬ二人を促し、教室へと入る。
すると、相変わらずみんなに囲まれた南山の姿が目に入ってきた。
何か小野が冗談でも言っているのか、みんなで楽しそうに笑っている。
その傍には、四之宮さんと牛倉さんの姿もあった。
結局、あれから牛倉さんとは一度も話していない……。
南山が楽しそうに牛倉さんといる一方で、俺は彼女に近づくこともできない。
それが、スクールカーストの壁……。
「……ッ!」
その瞬間、俺の胸に火が灯った。これまでの人生で一度も感じたこともない熱量。
それは、悔しさだった。
俺たちを切り捨てて、南山がスクールカーストのトップになったことへの悔しさ──ではない。
自分には何もないということへの悔しさだった。
俺自身に何もないから、何の魅力もないから、たった数メートル先の女の子に話しかけることすらできない。
それが、北川歌麿という人間の価値。これまでの人生の価値。
今まで意識もしてこなかったそれが、今、なぜだか無性に悔しかった。
──俺も、あの中に入りたい。入っていけるようになりたい。
ガキの頃から、クラスの人気者たちが教室の中心で楽しそうにしているのを、端っこの方から見続けてきた。
運動会でも、学芸会でも、遠足でも、修学旅行でも、体育の授業や休み時間だって……いつも脇役に徹してきた。
今まではそのことに対する後悔はなかった。
無理にクラスの中心に入り込もうとしていたら絶対苦労していただろうし、自分がそういう性分ではないと早い段階で理解していたからだ。
だが……憧れはあった。
誰にはばかることもなく、みんなの中心で楽しそうに騒いでいる奴らへの憧れは、確かにあったのだ。
十数年間蓋をし続けてきたその気持ちが、今開いた。
南山を見る。もはや、クラスの誰もアイツがそこにいることを疑問に思っている奴はいない。
……なれるのか。俺や南山みたいな、何も持っていないモブでも。カーストトップに、リア充になれるのか。
冒険者って、そんなに凄いのか。その肩書には、そこまでの価値があったのか。
こんな方法が……あったのか。
まずは、認めよう。南山は、すごい。
こんな方法でスクールカーストの壁を破るなんて、想像もしてなかった。
そして何よりも、俺のようにモブキャラだからと諦めずに、スクールカーストの成り上がりを目指したこと……それを尊敬する。
用済みとばかりに捨てられたことへの怒りもあるが……それ以上に尊敬する。
だから、俺も一つ挑戦してみることとしよう。
俺も、冒険者になる。
そして、カーストトップに、リア充になる。
俺は牛倉さんの姿を見ながら、そう決意したのだった。
《了》