第八話 例えるならRPGの序盤でちょっとだけ加入するお助けキャラみたいな


 俺が冒険者となって一週間が経った。

 毎日のように迷宮に潜り続けた結果、俺は少しずつだがカードの使い方……というか付き合い方というものを理解しつつあった。

 まず座敷童について。彼女の操縦方法は基本的にオートだ。基本的に野放しにし、たまに戦闘を手伝ってくれた時のみお菓子などの報酬を与える。

 感覚としては、RPGでのお助けNPCに近い。低レベルのころに一時的に加入し戦力的には最強だが一切のコマンドを受けつけてくれない感じのキャラ。あれだ。

 もはや思い通りに動かすことなど諦めている俺だが、手ごたえは感じている。この一週間の餌付けの結果、徐々に座敷童が戦闘に参加してくれる確率が上がっているのだ。

 要は子供と同じだ。頭ごなしに命令しても反抗期の子供は言うことを聞きやしない。だから最初は玩具やお菓子で釣る。そして、ちゃんとできたら褒める。そうやって、少しずつお手伝いの楽しさや達成感を教え込んでいく。

 今までのコイツのマスターはそれを理解せず自分の思い通りにしようとしたから、コイツは心を閉ざしてしまったのではないだろうか。

 俺はだんだんとそんな風に思う様になっていた。

 次にグーラーだが、コイツは座敷童の真逆で、完全マニュアル操作のカードだった。

 とにもかくにも命令をしておかなければ動かない。敵に襲われても反撃すらしない。

 ゆえに、戦闘の際はすぐさま命令を出すか、あらかじめ『敵に襲われたら反撃しろ』という命令を仕込んでおかなくてはならない。

 最初はあまりに面倒くさいと思っていた俺だったが、今では逆にこれはこれで面白いんじゃないかと思い始めていた。

 グーラーは命令が無ければ動かないが、命令さえしておけばそれを必ず守る。

 ありとあらゆるシチュエーションを想定しあらかじめ複数の命令を組み込んでおくことで、『命令がなければ動けない』から『融通が利かない』程度まで仕上げるのが現在の目標だ。

 今では学校の授業中も戦闘のシチュエーションとその際にあらかじめ仕込むグーラーへの命令を考え続けているほどだ。

 迷宮に入るまでにできる限り命令を考えておき、実際の戦闘で問題点を洗い出し修正する。

 すべての命令をメモし命令に矛盾が出ないよう管理する作業は地味で大変だが、俺は育成ゲームのようなグーラーの調教に嵌まりつつあった。

 最後に、クーシーについてだが……。

「マスター! 敵の集団を見つけました!」

 牛のように大きな犬が、俺の元へと駆け寄ってくる。

 エメラルドグリーンの綺麗な毛並みと渦巻く大きな尻尾を持つその犬は、俺の前まで来るとすっくと立ちあがった。

 こうして二本足で立っているのを見ると、その身体つきは犬と人間の中間あたりだということがわかる。四本足でも二本足でも活動できるその身体は、どちらかというと猿のものに近いかもしれない。

「数は三体。武器無しのゴブリンが二体に、バトルウルフが一体です! こちらにはまだ気づいてません」

「うんうん、よくやったぞ、クーシー」

 そう言って頭を撫でてやるとクーシーはブンブンと尻尾を振って喜んだ。

 可愛いなぁ……。ウチのマルの奴も子犬の頃はこうして尻尾を振ってきたもんだが、最近は完全にこちらを舐めてやがるからな。

 その点このクーシーは、真に敬うべき相手というものをよくわかっている。

 犬とはこうでなくてはな。

 鼻が利くからこうして大分先のモンスターも教えてくれるし、気配を消せるため斥候役として非常に優秀……なのだが、一つだけ大きな欠点があった。

「で、だ。どうするクーシー。今回はお前が戦ってみるか?」

 咳ばらいを一つしそう提案してみると、クーシーはビクリと身を震わせ尻尾を丸めてしまった。

「う、うう……ボクはまだちょっと、戦闘は……」

「そうか……」

 これがこのクーシーの唯一にして致命的な欠点であった。

 このワンコちゃんは、その臆病な性格により戦うことができないのである。

 ある意味では、言うことを聞かない座敷童よりもカードとしては失格と言えるだろう。

 本当は多少鞭打ってでも矯正すべきなのだろうが……。

「わかった。じゃあ敵のところまで案内したらグーラーと交代だ」

「……ごめんなさい、マスター」

 しょんぼりと尻尾を下げるクーシーの頭を撫でてやる。手が沈み込む様なモコモコの毛並みは、触っていて非常に気持ちが良かった。

「気にするな、できることからやっていこう。な?」

「は、はい!」

 我ながら、甘い。が、クーシーも斥候役としては十分役に立ってくれている。臆病な分、敵の気配に気づくのも早い。

 それを考えれば今すぐに矯正しなくても良いかと思ってしまうのだ。

 それに以前怒鳴ってしまった時は、その後しばらく俺にすら怯えてろくにコミュニケーションが取れなくなってしまったからな。

 グーラーで戦闘が事足りている今、無理にクーシーを戦わせようとして斥候にすら使えなくなるのは困る。

 そんな打算的な考えもあった。

「お優しいこって」

 俺たちの道案内と敵の索敵を兼ねて先行するクーシーを見送ると、そんな嘲笑が背後から聞こえてきた。……座敷童だ。

「カードに気を遣って優しいマスター気取りか? どうせより強くて使いやすいカードが手に入ったら乗り換えるのに、時間と労力の無駄なんじゃねぇか?」

「そんなことはない。今だって十分役に立ってるさ」

「索敵のことを言ってるなら嘘だな。あれぐらいもっと低ランクでも十分こなせる。むしろ死んでも痛くないぶんもっと低ランクの方が使いやすいだろ?」

 一理ある……と俺は彼女の言葉に内心で頷いた。実際、ロストの危険性が高い索敵役には低レアの方が使いやすい。死んでも経済的打撃が少なく、また死ぬことで強力な敵の存在を遠距離からでも教えてくれるからだ。

 プロが取る戦術のうちにも、数十枚のFランクカードを次々と迷宮に放しては使い捨てにし索敵をする、というものがあるらしい。

 ……だが。

「それは使い捨てることが前提だろ? 育てて使い込んでいくなら俺のやり方が一番だ」

 ……Fランクカードと言えども使い捨てにできるほど財布に余裕があるわけじゃない、という悲しい事情は黙っておく。

「甘いねぇ」

「甘いのはお前も好きだろ? 言うこと聞かないカードにお菓子をあげるマスターなんて俺くらいだろうしな」

「ヘッ、言いやがる」

 そう言い残し、座敷童は気配を消した。

 ふふん、今回も俺の勝ちだな。

 彼女はこうしてたまに嫌味を言ってくるのだが、俺はそれにうまく切り返し続けていた。最近じゃあ俺はこのちょっとした舌戦を楽しんですらいるくらいだった。それは座敷童も同じようで、彼女が俺に語り掛けてくる回数も少しずつ増えてきている。それはまるで、本当は友達になりたいのに照れくさくて悪戯から仕掛けてしまう悪ガキのようで、少しだけ微笑ましかった。

「マスター、敵の集団が近いです。交代をお願いします」

「わかった。クーシー、戻れ。出てこいグーラー!」

 戻ってきたクーシーの言葉に、俺は彼女をカードに戻すとグーラーを呼び出した。

 現れたグーラーは、素早くボクシングフォームを取り、ぎょろぎょろと目を動かして周囲を確認すると、

「敵影無し、戦闘中ではない、と判断、しました」

 そう言って構えを解除した。

 グーラーにはあらかじめ出現と同時に戦闘態勢に入り、周囲の確認を必ずするように言ってある。そしていくつかの選択肢を事前に仕込んだうえで、自分がどうすればいいかを判断するように命令していた。

 人工知能がチェスや将棋で人間を凌駕するようになったように、こうして少しずつデータを蓄積させることでグーラーの知性を育てることができないかという、いくつもある実験の一つだった。

「状況を説明するぞ。現在クーシーが見つけてくれた敵の集団に接近中だ。数は三体。ゴブリンが二体に、バトルウルフが一体だ。敵は恐らくまだこちらに気づいていない。距離はバトルウルフの嗅覚ギリギリ。道具はあるものはなんでも使っていい。さて、どうする?」

 俺の問いにグーラーは感情のない声でボソボソと答え始めた。

「イエス、マスター。回答、します。この状況は、シチュエーションナンバー27、の適用が可能と、判断します。よって、単騎にて、スリングショットの、射程範囲まで、スニーキングし、まずは、バトルウルフを、狙撃します。次に、散弾を、装填し、敵グループへと、攻撃します。そののちは、結果に、関わらず、スタンロッドでの、殲滅に、移ります」

 グーラーの言うスリングショットとスタンロッドとは、冒険者専門店で購入したモンスター用の装備のことである。

 スリングショットは硬いゴムが十本も束ねてある人間ではとても引けない特注品で、彼女のようなモンスターでもなければ到底扱うことのできない代物だ。スタンロッドも人間相手では違法なレベルまで出力を増してあり、所有にあたり市役所での届け出が必要なレベルだった。

 俺はバッグからスリングショットとスタンロッドを取り出し、彼女へと預けた。

「よし! いいぞ、やってみろ。戦闘中の様子はちゃんとカメラで録画しておくように」

 グーラーにはウェアラブルカメラのついたヘルメットを付けさせている。戦闘の様子はすべて記録されており、動画を再生しながら命令の修正を行うのが俺の最近の日課だった。

「イエス、マスター」

 敬礼とともに立ち去るグーラーを見送っていると、ふいに座敷童が姿を現した。

「……あの木偶人形が見違えたもんだ。グーラーとは思えねぇよ」

 普段は皮肉ばかりの座敷童が唸るように称賛を口にする。

 それに気分を良くしつつ俺は答えた。

「ま、苦労したからな。この一週間で一番時間をかけたのはグーラーの教育だ。ようやく芽が出始めた感じだな」

「あれで本当に自我がねーのか?」

「ああ。俺の命令以外のことはできない。今も自分で回答を考えたみたいな感じだったけど、あれも俺の言った過去の命令の複合形だ。グーラーはちょっとずつ選択肢を組み合わせられるようになってきたけど、自分で選択肢を作り出すことはできないんだよ」

 思考しろ、自分で考え出せと常に命令し続けている俺だが、逆に言えばそうでもしないとグーラーは何も考えてはくれない。

 ゆえに俺はありとあらゆる想定をして、それをグーラーにインプットし続けている。

 例えば普通の人間なら腹が減れば飯を食おうとする。その日の気分や体調を考慮してどんなものを食べようか選択肢を浮かべる。だがグーラーは腹が減っても命令しなければなにも食べない。食え、といって初めて食べようとする。それでもそこに好みの問題などは含まれない。ただ機械的に食べ物ならなんでも口にしようとする。

 そこで俺はカレーや牛丼、オムライスなどの様々な選択肢を与え、その時の状況に最もふさわしいものを選べと命令する。そこまでやって、ようやく普通に飯を選んで食うということができるようになる。

 その積み重ね、積み重ねでグーラーは一人でここまで行動できるようになった。

 人間だって、未知の状況にはうまく対応できないものだ。

 それをまがりなりにもどうにかできるのは、それまでの経験によるものが大きい。

 俺はこの経験という名の解答集をグーラーに与えてやりたいのだ。

 その努力は、少しずつだが実を結び始めている。

 俺はグーラーのカードを取り出すと座敷童へと見せた。


【種族】グーラー

【戦闘力】110(10UP!)

【先天技能】

 ・生きた屍

 ・火事場の馬鹿力

 ・屍喰い

【後天技能】

 ・絶対服従

 ・性技

 ・フェロモン

 ・奇襲(NEW!)

 ・虚ろな心(NEW!)


「なんじゃこりゃ! 二つも新しいスキルを覚えてんじゃねぇか!」

 カードを見た座敷童が驚愕の声を上げた。

 無理もない、それだけカードにとって新しいスキルを得るというのは難しいことなのだ。

 基本的にスキルを覚えさせたり、あるいはデメリットスキルを消すには数か月は必要と言われている。

 極めて危機的な状況に遭遇したり、劇的な精神の変化で短時間にスキルを得たり失ったりすることもあるそうなのだが、そんなことは稀だ。

 にもかかわらず、グーラーはわずか一週間で二つもスキルを得た。

 しかも育成が難しいと言われるアンデッド系なのにもかかわらずだ。

 別に、このグーラーが特別だとか、俺が天才だというわけではない。

 アンデッドの特性と、絶対服従のスキルが上手い具合にかみ合った結果だった。

 アンデッドは、ある意味ではまっさらな存在だ。自分では何も考えないというのは、そこに無限の余白が広がっているということに他ならない。一時的にマスターの命令が書き込まれることがあっても、それはすぐに漂白されていく。

 しかし、そこに永続的に書き込める絶対服従というペンがあれば?

 書き込まれた命令は消えずに残り、積み重なった無数の文章により、いつしか一冊の本ができ上がるだろう。

 また、新しく得た二つのスキルも、グーラーの資質上習得しやすいモノであったのも理由の一つだ。

 奇襲は、相手に気づかれずに攻撃を与えることでダメージに補正を与えるスキルである。俺はグーラーに隠密スキルの代わりにフェロモンで気配を消させて先制攻撃をさせ続けていたため、その経験がこのスキルに繋がったのだろう。

 そして虚ろな心。俺はこのスキルに一番の手ごたえというか達成感を感じていた。

 アプリのスキル図鑑の説明には、こう載っている。

 限りなく自我の薄い心。精神異常への耐性、自由行動にマイナス補正。

 自我の薄い……言い換えれば少しは自我があるということだ。

 通常、下位のアンデッドには自我がないと言われている。だが、虚ろな心を得たということは、今彼女の中には、心が芽生えつつあるということを意味していた。

「………………むぅぅ」

 可愛い顔に眉間を寄せてグーラーのカードを睨む座敷童。

 そんな彼女に俺はニヤリと笑う。

「どうよ、ちょっとは見直したか?」

「ハッ……そーいう生意気なことは迷宮を一つでも踏破してから言うんだな、雛鳥ちゃん」

「む」

 座敷童の言葉に俺は思わず詰まった。

 迷宮の踏破、か。

 この迷宮に挑み続け、ようやく第五層目まで来た。

 あとは主が存在する最下層だけであり、その階段を見つけるのが今日の目的だ。

 その時のコンディションにもよるが、俺は今日中に迷宮の主に挑むつもりでいる。

 ここまで来るのにすでに一週間も掛かっている。

 普通、この迷宮のようなFランク迷宮なんて深さにもよるが三日程度で踏破できるものらしい。俺のようにCランクカードを持っていたら一日でも踏破できるそうだ。

 ここまで時間が掛かったのは、グーラーの育成に時間をかけたというのもあるが、敢えて手探りでここまで進んできたからというのが大きい。

 実はギルドでは踏破済みの迷宮の地図や主の攻略情報を売っているのだが、俺はそれらの情報を一切買わずにいた。精々、無料で公開されている迷宮の階層深度と内部の時間帯を調べたくらいだ。

 それは冒険者用品を買ったらお金があんまりなくなったという切実な事情もあるが、Fランク迷宮くらい情報なしでも攻略しなくちゃ成長できないと思ったからである。

 それゆえに、俺の迷宮攻略は慎重に慎重を重ねたものとなっていた。

 最初の迷宮とは言え、あまりに時間をかけ過ぎだという自覚はある。

 だから、できれば今日この迷宮を踏破してしまいたい。

 ここまでの迷宮探索で十分な手ごたえは得ている。今のグーラーなら単体でも主を倒せるのではないかという自信があった。

 そもそも、冒険者になるためにDランクカードが必要なのはFランク迷宮程度ならランクの差でごり押しできるからだ。

 迷宮の主は、基本的にその迷宮で出るモンスターのワンランク上のモンスターが出るらしい。この迷宮で言えばコボルトとかヘルハウンド辺りのEランクモンスターか。その上、主たちは迷宮のバックアップを受け、生命力が通常の数倍以上に強化されたり下位種族を無尽蔵に呼び出したりができるそうだ。

 だがそれでもなお、Dランクカードが一枚あればクリアできる。それがランクの差なのである。

 現に、グーラーはこれまでほぼ単騎で複数の敵相手に戦い抜いている。敵を一、二撃で倒せる破壊力と、攻撃と再生を兼ねた屍喰いがその勝因だ。

 仮に主が数倍の生命力を持つタイプだったとしても屍喰いで持久戦はできるし、眷属召喚の能力を持つタイプであってもその破壊力で速攻戦を決められる。問題があるとすれば何らかの特殊なスキルを持つ場合だが、基本的にスキルは上位ランクほど効果がえげつなくなるという法則がある。つまり、Fランク迷宮の主など大したスキルは持っていないはず。

 どうするか、やっぱり今日挑むか? 最悪、座敷童もいることだし負けることはないだろう。

 思考が挑戦に傾き始めたその時、戦闘からグーラーが戻ってきた。

「マスター。戦闘、終了、しました。戦利品を、ご確認、ください」

「おお、よくやった。何も問題なかったか?」

 グーラーから二つの黒い小石──魔石を受け取りながら尋ねる。万能の資源と言われる魔石は、どんな小さなものであってもギルドがグラム単位で量って買い取ってくれる。この大きさだと、二つで五百円ってところか。

「ハイ、マスター。バトルウルフの、狙撃を、行った、のですが、射線上に、ゴブリンが偶然、入り、バトルウルフに、ダメージを、与えることが、できません、でした。第二段階の、散弾の、装填に、移ったの、ですが、バトルウルフが、急接近、してきたため、シチュエーションナンバー4、に従い、それまでの作戦を、停止し、近接戦闘に、入りました。そののち、スタンロッドと、スキルを、活用し、敵の殲滅を、終えたため、帰還、しました」

「そうか……いや、よく頑張ったな。戻っていいぞ」

「了解、しました」

 敬礼するグーラーをカードに戻すと、俺は目頭をもみほぐした。

 むぅ、やはり事前の作戦通りにはなかなかいかないな。まあそれでも敵を倒せたから良いっちゃ良いんだが、それはあくまで相手が格下だったからで、同格相手だったらそうはいかないだろう。

 やはり、今日主に挑むのはやめておこう。階段を見つけるだけにしておくべきか。

 俺はクーシーを呼び出すと、敵の索敵と階段の捜索を再開させた。

「なんだ、今日も主に挑まず尻尾丸めて帰んのか? こんなんで迷宮を踏破できる日がくんのかぁ?」

「うっせ」

 ニヤニヤとこちらを煽ってくる座敷童を適当にあしらう。

「お前がメインで戦ってくれるってんならすぐにでも挑んだって良いんだぜ?」

「そりゃあ無理だ。アタシはこれを読むのに忙しい」

 そう言って座敷が掲げてみせたのは、国民的ゲームの外伝漫画だった。

 無論、俺が家から持ってきてやったものである。

 ピンチの時だけ戦い、その報酬にお菓子をやるという暗黙の契約を結んでいる俺たちだが、グーラーがある程度戦えるようになると座敷童の出番はほとんどなくなってしまった。

 すると、暇になった上にお菓子まで手に入らなくなってしまったコイツは、何を思ったのか……その幸と不幸を操る能力で俺に悪戯するようになったのだ。

 例えば俺を道で転ばそうとしたり財布を落とさせたりなんかは可愛いもので、はぐれたモンスターと俺を不意に遭遇させて俺の心臓を止めかけたことすらあった。

 まったく、カードはマスターに危害を加えられないって話はどこに行ったんだ? それとも、これくらいじゃあ攻撃とは見なされないってことなのだろうか。

 ともかく、戦闘に加わらないばかりか足まで引っ張られちゃあ堪らない。

 ……が、そこで怒ったら俺の負けである。

 俺はこの悪戯を主の器を試すコイツなりの試験と受け取った。

 里親に引き取られた養子が、最初のうち里親を試すように悪戯を繰り返す、というのはたまに聞く話である。

 そこで、俺は悪戯よりももっと面白いもので興味を引いてやることにした。

 この作戦は大成功。今ではこの小さな暴れん坊はすっかり日本の漫画に夢中となっていた。

「しかしさあ、この街の奴らはマジで胸糞悪いよな。街を救うために一人で十万のモンスターの大群に挑む主人公に石まで投げつけてさ」

 ふいに座敷童が、漫画について語りだした。俺もそれに乗る。

「まあな。でも最終的には主人公のために立ち上がってくれたわけじゃん。必殺技を使うために魔力を貸してくれたしさ」

「そこが一番胸糞悪いんだよな。結局あいつらが出てきたの、老師の自爆魔法で敵の軍勢が消し飛んだあとじゃん! いわばほとんど大勢が決してから出てきたわけよ。それを最後だけ力貸して味方面って、アタシそういうのが一番腹立つんだよな~」

「まあ一理あるな。でもさ、最初から街の住人全部が主人公のために立ち上がるってのはリアルじゃねえよ。だって主人公はまだなんにもしてないんだぜ? 街の人たちから見りゃ、不幸だけ呼び寄せたようにしか見えないわけよ。それに中には最初から主人公を助けようと動いてくれた人たちもいたわけじゃん? 主人公の仲間を牢から出してくれたりさ。そいつらは多少なりとも襲撃の前から主人公と付き合いがあったからそうしたわけで、もしそれがなければそいつ等だって何もしなかったと思うぜ」

「……なるほど、たしかに街の住人にとっちゃ命懸けで守るほどの存在じゃないか。でも石まで投げつけることはないだろ」

「結局そこは、人間の美しさと醜さってのを作者は描きたかったんじゃねぇか? 人間の中には自分の罪悪感を誤魔化すために必要以上にキツく当たる奴もいるわけよ。そして大半の人間はわが身が一番大事だが、中には人のために命を投げ出すことができる人もいる。老師の自爆はそれを街の人に教えてくれたわけだな。それが、仲間の賢王としての覚醒と、ラストの展開に繋がったっていう物語の美しい流れなわけよ。ちなみにこれはラスボス戦に通じる流れでな? 全体を通してこの漫画が伝えたいメッセージがここに──」

「でもそれは人間を美化しすぎだろ。命の本質って奴は人間にもモンスターにもあってそれをこの三匹の雑魚モンスターは教えてくれて──」

「ところがそこは──」

「そこは良かったよな。最高のシーンだった! でもアタシとしては──」

 俺たちは帰路につきながら、めちゃくちゃ熱く語り合ったのだった。