第六話 一枚くらいは使いやすいのいないのかよ
────キンコンカンコーン。
「……はぁ」
授業の終わりを告げるチャイムの音に、俺は無意識にため息を吐いていた。
ついに、この時間が来ちまったか……。
別に、休み時間が嫌いなわけじゃない。そんな学生は一人もいないだろう。
嫌なのは、次の授業だ。
女子たちが教室を出ていくのを確認した俺は憂鬱な表情で、体操服へと着替えだした。
いつからだろう、この体育の時間が嫌いになってしまったのは……。
言っておくが、運動は苦手じゃない。得意でもないが。
俺が嫌いなのは、体育の時間に高確率である「はい、二人組作って」という奴だった。
「……マロ、わかってるよな?」
「恨みっこなしだぜ?」
着替え終わった俺のところへ東西コンビがやってきた。
その表情は二人とも硬い。
「ああ、わかってる」
俺たちは拳を差し出すと、同時に言った。
『最初はグー、じゃんけんポン!』
俺、グー。東野、パー。西田、パー。
「ファァァァッッック!」
俺は吠えた。
「へへっ、んじゃ今回一人なのはマロってことで」
「悪いな。頑張ってパートナーを探してくれ」
ホッとしたように笑う東西コンビを俺は恨みの籠った眼で見た。
これだ、これが体育の時間が嫌いになったわけだった。
二人組を作るという構造上、いつも三人でつるんでいる俺たちは、一人あぶれることになる。
あぶれた奴は、パートナーを探すためにクラス中をうろつくことになるのだが、その時の心細さとみじめさと言ったら……。
おまけに相手も大抵友達の少ない奴だから、どうしても授業中負のオーラが漂うことになる。
糞、こんなことになったのも南山のせいだ。
アイツがいた頃は四人組だったから二対二で分けやすかったのに、奴が突然抜けた所為で三人組になってしまった。
こういうのを避けるために、四人組でつるみ始めたというのに。
学校生活において四人という数字はいろいろとイベント上都合が良いのだ。
授業ごとのペア決め、修学旅行や体験学習の班決め、麻雀、大富豪、etc.……。
それが、奴の裏切りによって崩れてしまった。
おのれ、南山……。
しかも奴はちゃっかり小野とコンビを組んでやがるのがさらにムカつく。
そうしてコンビを探し始めた俺だったが、今日は間が悪かったのか、なかなか見つけることができなかった。
こういう時大抵あぶれている奴というのは決まっているのだが、そういう奴らがすでに埋まっていたのだ。
気づけば俺はグラウンドに一人でポツリと立っていた。
オロオロと周囲を見渡す。
ど、どういうことだ? うちのクラスの男子は偶数のはず。余るなんてありえない。もしかして、今日は一人休んでいるとか?
クラスの奴らが、俺を馬鹿にした眼で見ている……気がする。アイツ、組む奴いねぇの? もしかして友達いないんじゃね? ボッチとかだせぇ。そんな幻聴が聞こえる……。
ち、違うんだ。友達はちゃんといるんだ。今回はたまたまじゃんけんで負けただけで……。
そんな風に心の中で言い訳をしていると、グラウンドに駆け込んでくる影があった。
「あぶね~、あぶね~。トイレ行ってたら遅刻するところだったぜ。おーい、誰か余ってる奴いねぇの? 俺が組んでやるよ」
到着するなり大きな態度でそう言ったのは、クラスメイトの
その容姿は、一言で言えばチャラ男だろうか。ロン毛の金髪をがっちり整髪料で固め、右耳にだけ二個も三個もピアスをつけている。顔立ちは普通で、面長の顔と酷薄そうな眼つきが、どこか蛇を連想させた。
その姿を見た俺は盛大に顔を顰めた。
うわ、最悪……ナリキンかよ!
金成は、いつもリア充グループに纏わりついては授業中や放課後に積極的に絡みに行くも、リア充グループからは仲間と見なされていない……俗に言う一軍半と呼ばれる奴らの一人だった。
ファッションや流行には気を使っているが、ルックスに優れているわけでも一芸があるわけでもない。その癖、リア充グループ以外のクラスメイトを見下すような言動があることから若干皆から煙たがられている、そんな奴らの一人だ。
金成は一軍半グループのリーダー格で、名前をもじってナリキンと陰で呼ばれていた。
ナリキンは余っているのが俺なことに気づくと露骨にがっかりした顔をした。
「なんだ、お前かよ。ツイてね~。まあ出遅れたししょうがねぇか……ハァァ」
いきなりの言いぐさに、ツイてないのは俺の方だと俺は顔を引き攣らせた。
そんな俺を見て、東西コンビをはじめとしたクラスの大体は同情的な顔をしていたが、一部はニヤニヤと見下した視線を向けてきた。
それは、ナリキンたちのグループと……南山だった。
アイツは、自分が抜けた後の元友達がみじめな思いをしているのを見て愉悦を感じているようだった。
……糞、誰のせいでこんな思いをしていると思ってんだ!
俺が後ろ手に拳を握り締めていると。
「よし、みんな組み終わったな! 今日はダブルスのテニスだ。勝ち抜き戦にするからこっちにきてくじを引いてくれ」
「……足引っ張んなよ」
体育教師の指示を聞いたナリキンが、ぼそりと呟いて俺の肩を強めにド突いてきた。
こ、この野郎。お前だってそんなに運動神経良くないだろうが! つか、感じ悪すぎんだろ!
頭の中にいくつもの罵詈雑言が浮かんできたが……。
「あんだよ?」
「……………………なにも?」
俺は、結局一言も言い返すことができなかった。
そんな自分が、一番苛立たしかった……。
その日の放課後。
東西コンビに気分転換のカラオケに誘われた俺だったが、それを断り今日も迷宮へとやってきていた。
ナリキンとの体育の授業は、最悪の時間としか言いようのないものだったが、そんなことは迷宮探索を休む理由にはならない。
むしろ、このクソみたいな現状を変えるには冒険者として成功するしかないとやる気が湧いてきた。
ナリキンが俺にあんな態度を取って良いと思っているのは、相手がカーストの下にいると思っているからだ。奴は、下には強いが上には逆らうことができないタイプの典型だった。
現に、とても喧嘩の強そうに見えない小野はもちろん、成り上がりでカーストトップになった南山にすらナリキンたちは媚び
それはつまり俺がカーストトップになった時も同じだということで。
そう考えるとやる気がメラメラと湧いてきた。
迷宮へと足を踏み入れた俺は、さっそくカードを取り出した。
今日のメンバーは、グーラーと昨日は呼ばなかったクーシーだ。
「出てこい、クーシー!」
俺の呼びかけと共に現れたのは、牛ほどの大きさもある一頭の犬だった。エメラルドグリーンの綺麗な毛並みと渦巻く大きな尻尾を持つ、なんとも神秘的な犬だ。
大きさ的には犬と言うよりも太古の狼といった感じだが、愛嬌のある顔つきが狼よりも犬のイメージに近かった。
なお、どうでもいいことではあるが、どうやらコイツも雌のようだった。地味に俺のカードはすべて女の子ばかりということになる。もっともグーラーとクーシーに関しては女の子カードだからと言って特に価値が上がったりはしないのだが。
「は、はじめまして、ご主人さま」
クーシーはオドオドと耳を伏せながら俺へと挨拶をした。
なんだか頼りない印象だが、挨拶をする分他のカードたちより好印象だ。
「ああ、よろしくな。クーシー」
ポンポンとクーシーの腕を叩き、俺はグーラーを呼び出した。
現れたグーラーは、ぼんやりと宙を見つめている。
そんな彼女を見ながら、俺は懐からメモを取り出した。
「グーラー、昨日俺がした命令は覚えてるか?」
視線を俺へと合わせ、コクリと頷くグーラー。ん、どうやら記憶力自体は悪くない、と。だが念のため確認しておくとしよう。
「じゃあ、ちょっと命令の内容を言ってみてくれ」
「……マスター、の、後を、ついていく。起き、上がれる、なら、起き、上がる。敵に、反撃、する。使える、スキル、は全部、使う」
「お、よしよし。ちゃんと覚えてるな。それじゃあそれらの命令は一度全部リセットだ。わかったら頷いてくれ」
コクリとグーラーが頷くのを確認して、俺はメモの内容を読み上げ始めた。
「それじゃあ新しい命令を言う。理解したらその度に頷くこと。命令その一、迷宮内では基本的には俺についてくること。命令その二、迷宮内では常にフェロモンのスキルを使ってにおいを消すこと。命令その三、迷宮内では常に敵の気配を探り続けること。命令その四……」
俺が見ているメモは、俺が授業中に考えたグーラーへの命令リストだ。戦闘の際、命令が無くては全く動けないのでは使えないにも程がある。敵に襲われても自分では反撃すらしないのでは、俺の命の危険すらあるほどだ。不測の事態にいつでも俺が適切な対応ができるとも限らない。
そのため考えたのが、予め行動パターンを定めておけばある程度のパターンに対応できるのではないか、というもの。
幸いにも、グーラーに知性はないがある程度の記憶力はある様なので、あらかじめありとあらゆるパターンに対する対応を命令として仕込んでおけば、理論上は他のモンスター同様に自立的に動けるはずだった。
例えば『常に敵の気配を探り続けろ』『敵が一体の時は奇襲をかけろ』『奇襲の時はスキルのフェロモンで気配を消せ』などの複数の命令を組み込んでおくことで、俺がなにも言わずとも敵を見つけた際は奇襲をかけてくれるようになるだろう……と期待したのだ。
怖いのは命令と命令が矛盾を起こした場合で、このメモは俺が自分で命令を忘れないようにするためと矛盾を起こしていないか常にチェックするためのものだった。
とりあえずの命令をし終え、グーラーにその内容を復唱させると、俺はメモをしまった。
「よし、それじゃあ早速探索をするぞ。……クーシーには索敵をお願いしたいんだが、できるか?」
「は、はい。ボクは鼻には自信があるので……」
そう、これっぽっちも自信なさげに言うクーシー。……本当に大丈夫か?
「……頼んだぞ」
俺は若干不安になりつつ道を歩き出した。
クンクンと鼻を鳴らし歩くクーシーの後をついていくと、グーラーは無言で俺の後を追ってきた。
……うん、ついてこい命令は大丈夫と。
俺はメモの命令その一に〇をつけた。
しばし無言で迷宮を進む。
じりじりと肌を焼く太陽の光。時折吹く心地よい風。木々のざわめき。小鳥の鳴き声。
のどかな雰囲気に、ここが危険な迷宮であることを忘れかけた頃。
「マ、マスター、て、敵のにおいです。こ、こちらへと向かっています」
クーシーが声を震わせながら言った。
「むっ、そ、そうか。よし、戦うぞ」
グーラーは新しい命令を仕込んだばかり、クーシーは臆病のスキルで戦闘力半減と心配はあるが、半減してなお圧倒的戦闘力の差がある。
Fランクモンスターの初期戦闘力は、50以下。一階層であるここならば、10から20と言ったところだろう。対して、クーシーは150。半減しても余裕の差だ。
そもそも、迷宮のモンスターは同種族のカードに比べて弱いと言われている。ランクが上であればまず間違いなく勝てるはずなのだ。それが、冒険者登録にDランクカードの所持を絶対条件としている理由なのだから。
「き、来ます!」
まず感じたのは、プンと漂う卵の腐ったようなにおいだった。吐き気を催すようなそれに思わず鼻をつまむと、においの主が茂みから姿を現した。
それは、狼に乗った緑色の子鬼だった。黒ずんだ緑色の肌、皺くちゃの顔と、ガリガリに痩せた体に、ポッコリと出た腹部。どこか地獄の餓鬼を思わせる容貌……ゴブリンだ。それが、二組。
歯を剥いてこちらを威嚇する敵の姿を見たグーラーが、素早く敵へと襲い掛かった。
そのまま一撃を叩き込もうとしたところで、なぜか動きを止める。は? なんで止まった?
なぜか敵を前にフリーズしたグーラーに対し、敵は容赦なく襲い掛かってくる。狼が足へと噛みつき、ゴブリンがこん棒で殴りつける。もう一組も加わって、グーラーはすぐに袋叩きとなってしまった。
そこに至ってようやく、グーラーは反撃に移る。噛みついた狼を殴りつけ、その肉を噛み千切り、棒で殴りつけてくるゴブリンを殴り返す。自分を攻撃したモンスターへと、順番に反撃していった。
その非効率な姿を見て、ようやく気付いた。グーラーは機械的に自分を攻撃したものに反撃を行っているのだと。最初に攻撃しようとした時動きが止まったのは、敵が二重に重なっており、どちらに攻撃すればよいのかわからなくなったため……。
チッ! 俺の命令の仕方が甘かったせいか。
俺は小さく舌打ちすると、すぐに指示を飛ばした。
「クーシー! 何をしてる! グーラーを助けろ!」
「う、あ……ぼ、ボク、ボク……」
ところがクーシーは、襲われるグーラーを見てもオロオロとするばかりでまったく動かない。
なにしてるんだ、コイツは……! たまらず怒鳴りつける。
「クーシー!」
「ヒィッ……す、すいません、すいません!」
俺の怒声に、クーシーは頭と尻尾を抱えて蹲ってしまった。
思わず呆気にとられる。
……ま、マジかよ。臆病のスキルってここまで酷かったのか。
戦闘力が半減するだけで、一応は戦えると思っていたのに……。
頭を振って切り替える。仕方ない。今は、クーシーは諦める!
「クーシー、戻れ! 出てこい、座敷童!」
「あん? はぁ、出番かよ」
クーシーの代わりに座敷童を呼び出すと、彼女は億劫そうな顔で俺を見てため息を吐いた。
「座敷童、グーラーを助けてくれ!」
「嫌だね」
「……はぁ?」
愕然と、座敷童を見る。そんな俺の様子を見て、彼女はニヤニヤと楽しそうに嗤っていた。
「なんでお前の命令を聞かなきゃいけないんだよ。言っただろうが、アタシを戦力として見るのは諦めなってな」
「う、く……。そ、そうだ。新しい菓子があるぜ? どうだ、欲しいだろ?」
俺は、バックから来る途中に買ってきた菓子を見せた。上のコンビニで売っていた、期間限定のパウンドケーキだ。
「む……」
それを見て一瞬だけ悩んだ座敷童だったが。
「いや、やっぱ駄目だね。そんな気分じゃない」
プイッとそっぽを向いてしまう。
「クソッ!」
ここにきて、座敷童の反抗期が悪い方向に出てしまった。
お菓子で釣るのも、こういった切羽詰まった状況ではむしろ逆効果か。
………………………………仕方ない。こうなったら、覚悟を決めるしかないか。
俺は、バッグから警棒を取り出した。
万が一の時のために用意したこれを、さっそく使う羽目になるとはな……!
「お、おい……?」
「うおおおおお!」
「んなっ、マジかよ!」
座敷童の困惑の声を背に、俺はゴブリン集団へと突撃した。
まさか人間である俺が突っ込んでくるとは思っていなかったのか、ゴブリンたちがギョッと眼を見開き、わずかに硬直する。その隙に、俺は警棒でゴブリンの頭を殴りつけた。
「くっ……!」
か、硬い! まるでゴムタイヤを殴りつけたような感覚。殴ったはずのこちらの手が痺れるようだ。
「グーラー! まずは狼の方を一体ずつ片付けろ!」
「イエス、マスター」
グーラーが、自らに噛みつく狼へと喰らいつくのをしり目に、俺はゴブリンと対峙した。
頭を殴りつけたことで緑の子鬼たちは完全に俺を敵と見なしたのか、黄ばんだ歯をむき出しにして唸っている。その本物の殺気に、俺は恐怖を覚えた。
無意識に足が下がり、血液が急速に冷えていくのを感じる。
落ち着け、大丈夫だ。こんな小学生並みのチビに、高校生の俺が負けるわけがない。リーチでも俺が勝ってる。カードのバリアもある。落ち着け、俺。
乱れた息を整える間もなく、ゴブリンたちが同時に殴りかかってくる。
一体目の攻撃はなんとか躱したが、もう一体の攻撃は躱せない。警棒で受け止める。それが、失敗だった。
ガツン、という衝撃が走り、手が痺れ、警棒を取り落としてしまう。
なんて馬鹿力だ! 小さくてもモンスターということなのか。凄まじい膂力だった。
カードのバリア機能により怪我はないが、衝撃は確実に俺の手を痺れさせている。
それが、俺に死のイメージを明確に喚起させた。
「ヒッ!」
こん棒の一撃を転がるようにして躱す。頭上スレスレ。金玉が縮み上がった。
固めた覚悟が一瞬で砕ける。
も、もう駄目だ、逃げよう。そもそも、生身で戦うもんじゃねぇって、これ!
そう思った時、グーラーの姿が見えた。ようやく一体目を食い殺したところで、まだもう一体の狼が残っている。ここで引けば、また袋叩きだ。
俺はグッと唇を噛みしめると、落とした警棒へと飛びついた。
あと十秒。あと十秒だけ時間稼ぎをしてやる……!
半泣きになりながら警棒を構える俺に、ゴブリンたちが野猿のように飛びかかってきた瞬間。
「グッ!?」「ギャッ!?」
どこからともなく飛来した光弾が、ゴブリンたちの頭を撃ち抜いた。
「は、え?」
そうか、座敷童が動いたのか。
グーラーは……完全に狼を拘束して貪り喰らっている。直にあちらも倒せるだろう。
「はぁ~~~~~」
デカイため息をついてへたり込む。
……疲れた。マジでビビった。これが、迷宮、これがモンスター。
正直、甘く見てた。もっと、楽して金を稼げる仕事だと思ってた。RPGをやるみたいにガンガン迷宮を攻略して、どんどん金を稼いで、女の子たちにはモテモテな夢のような職業だと……。そんな仕事が、あるわけないのに……。
「ふ、ふへへ……」
しかし、Fランク迷宮の、第一階層の、誰もが知る雑魚カード相手に死闘かよ。
思わず、自嘲の笑みが零れる。我ながら笑えるぜ。
こんなんで、冒険者やってけるのか、俺?
「おい」
見上げると、そこにいたのは座敷童だった。なぜか、酷く険しい顔をしている。
えっと、なんだ? 頭が働かない。……ああ、そうか、お礼か。
「ああ、助かったよ。お菓子か、ちょっと待ってろ。今出す──」
「そうじゃねぇ!」
懐をゴソゴソと漁ろうとする俺を、鋭い声が貫いた。
ギョッと眼を見開く。な、なんだ、コイツ。なんでこんなキレてんだ?
むしろキレたいのは、ギリギリまで助けてもらえなかった俺の方なんですけど!?
理不尽なものを感じる俺に、座敷童が問いかける。
「なんで戦った?」
「なんでって……お前が戦ってくれなかったから」
「違う!」
いや、違うって言われても……。
「アタシが言いたいのは、なぜグーラーのために自分の身を危険に晒したかってことだ。カードなんて消耗品だろうが。そんなもんのためになぜ、命を懸ける?」
コイツ……何が言いたいのかさっぱりだぜ。
だが、座敷童の顔は真剣そのものだった。
仕方がないので、真面目に答えてやることにする。
「消耗品、消耗品とは言うけどな。俺にとってグーラーでも大事な財産なんだよ。それをこんな序盤も良いところで喪えるか。次に、別に命を晒したわけじゃない。カードのバリアもあったしな。俺がやりたかったのは、グーラーが持ち直すまでの時間稼ぎだよ」
「……………………」
俺の説明を聞いた座敷童は、じっと何かを考え込んでいるようだった。
「もういいか? それじゃあそろそろ帰るぞ。今日はもう、疲れたぜ」
今日も一回戦っただけで終わっちまった。なんつースローペースだ。だが、グーラーの命令を調整したり、クーシーの運用を考えないことには迷宮なんてとてもじゃないが攻略できん。
俺が重い身体で立ち上がると。
「待てよ」
「……なんだよ、まだあんのか?」
俺がウンザリと振り返ると、座敷童がニヤリと笑った。
「報酬のお菓子を貰ってないぜ」
「はああああああぁぁぁぁ~~~~~……!」
俺はその日最大のため息を吐いたのだった。
「や、やっと着いた……」
迷宮攻略を終え、俺はクタクタになりながら自宅へと帰還した。
つ、疲れた。体が重い。鉛のようだ、とはまさにこのことだろう。
運動量自体は大したことがないはずなのだが、生まれて初めての死闘──というほど俺の方は命の危険はなかったが──による精神的疲労が俺の体力を奪っていた。
「た、ただいま~……」
「お兄ちゃん、お帰り~!」
玄関の扉を開けると、すぐさま出迎えてくれた影があった。
小動物を思わせる小柄な身体つきに、ショートボブに切り揃えたふわふわの栗毛、人懐っこい笑みを浮かべた、十歳ほどの美少女。……妹の
基本的に父親似で両親の平凡なパーツを受け継いだ俺とは違い、美人の母親似で両親の良いところばかりを集めた愛は、肉親の贔屓目を抜きにしても整った容貌をしている。
並んで歩くと血の繋がりがあると見られることはほとんどなく、近所の心無いババアどもに至っては、俺と愛を見比べて「お兄ちゃんがいらないパーツ先に持って行ってくれてよかったね」などと平然と言いやがるほどだ。
もし俺が兄ではなく弟だったら、出涸らしと呼ばれていたことだろう。
「ね、ね、今日も迷宮行ってきたんでしょ? どうだった?」
クリクリの瞳を輝かせてそう問いかけてくる愛に、俺は苦笑した。
珍しく玄関まで出迎えてくれたと思ったら、迷宮に興味があっただけか。
まあ気持ちはわかる。逆立ちしても迷宮に入ることが許されていない小学生にとって、迷宮はまさしく物語に出てくる異世界そのものだ。
身近に迷宮に潜っている者がいるならば、その冒険譚を聞きたくなって当然のことだろう。
目を輝かせてこちらを見上げてくる妹の頭を撫でながら、俺はニヤリと笑った。
「ああ、今日もたくさんモンスターを倒してきたぜ」
……ゴブリン相手に無様に死闘を繰り広げてきた俺にも、妹に見栄を張りたいくらいの意地はあった。
「すご~い! じゃあもう迷宮は踏破した?」
そんな兄に対し、無自覚にハードルを上げてくる妹。俺はそっと目を逸らした。
「い、いや……それはまだ」
「そっか~、残念」
と愛は少しだけ表情を曇らせるも、すぐにパンと手を鳴らし。
「あ、そうだ! 今そろそろモンコロの試合始まるよ!」
そう言って俺の手を引いてリビングへと入る。
すると、こちら……というか愛に向かって飛びついてくる影があった。
甘やかされてでっぷりと太ったラブラドールレトリバー……愛犬のマルだ。
「マル~」
愛の手によってわしゃわしゃと掻き撫でられて千切れんばかりにしっぽを振るマル。
「ただいま、マル」
そんなマルへ向かって俺も笑顔で手を広げてみたが、奴は途端に興味を失ったようにそっぽを向くと、どこかへと歩き去って行った。
こ、この馬鹿犬……。完全に俺のことを格下だと思ってやがるな……!
「おかえり、手を洗って早く着替えちゃいなさい」
俺が馬鹿犬に対して静かに憤っていると、キッチンで洗い物をしていたお袋がそう声をかけてきた。
愛が大人になったらそのままこうなるのではないかという感じの母は、息子の俺が言うのもなんだが、高校生の息子がいるとは思えないほど若々しく美しい。
実際、お袋はかなり若くして俺を生んでいた。お袋は現在三十五歳で息子の俺が十六歳……逆算するとやや犯罪の臭いがするところだ。
「アンタ、晩御飯は? 食べてきたの?」
「いや、食ってない」
「じゃあ温めなおすわね」
鼻歌交じりに夕食を温め始めるお袋。その様子からはどこかホッとしたような雰囲気が伝わってきた。
……実のところ、うちの両親は俺が冒険者をやることを快くは思っていない。
当然だ。我が子が死ぬようなところに行くことを歓迎する親はいない。
それでも渋々ながら許可を出してくれたのは、俺が生まれて初めて『真剣』になっていることを理解してくれたからなのだろう。
また、二度のアンゴルモアを経験している両親は、迷宮と無関係に過ごそうともモンスターの脅威というのは襲い掛かってくることがある……ということを身をもって知っている。
十年前の第二次アンゴルモアも、幼かったこともあって俺はほとんど覚えていないが両親にとっては記憶に新しい出来事だ。
我が子を危険な場所へは行かせたくないが、『本当の危機』に対処できるようにはなってほしい……両親の考えとしてはそんなところだろう。
そういうわけで俺の挑戦を見守ることにしたお袋であったが、やはり心配であることには変わりないようであった。
それを申し訳なく思いつつ温めなおしてくれた夕食を食べていると……。
「お、マロ。おかえり」
別室にいたらしい親父がリビングへと入ってきた。
そこへ、部屋をウロウロとしていた馬鹿犬が通りかかる。
それを見た親父がしゃがみ込んで笑顔で両手を広げるが、馬鹿犬は俺の時と同様軽く一瞥し、そのまま通り過ぎていった。
……どうやら、親父も相当マルに舐められているようだ。
ところが、親父は俺のように怒ることもなくニヤリと笑い。
「ふ、女には媚びても男には尻尾を振らんか。マルもこの家の男というわけか」
そうニヒルに呟いた。
いやいやいやいや……。
「そんな情けないことをカッコつけながら言われても……」
「何を言う、女に媚びて媚びて媚びて、美人の奥さんを捕まえてきたのが北川家の伝統だぞ。俺を見ろ、こうしてちゃんと十歳も年下の美人の奥さんを捕まえてるじゃないか」
ううむ、一理ある。と俺は唸った。
こういうのもなんだが、親父の容姿は俺と同じ特徴のないモブ顔である。
違いと言えば、綺麗な二重瞼で優し気な瞳をしていることくらいで、それ以外は俺のまんま三十年後の姿だった。俺は、完全に親父似なのだ。
ハッキリ言って、この容姿でお袋を捕まえるのは、かなりの試練であったはず。それを乗り越えて見事お袋をゲットした男の言葉には、それなりの説得力があるように思えた。
「なあ、母さんもそう思うだろ?」
親父がキッチンの方へと問いかけると、お袋が力強く頷いた。
「そうよぉ~。お母さんがお父さんを選んだのは、何でも言うこと聞いてくれそうだったのと、浮気したくてもできなそうだったのと、給料が良かったからなんだから」
ひどすぎる……。親父もさすがにちょっと悲しそうだ。
……まあこんなこと言いつつ普通におしどり夫婦なんだけどね、この両親は。
爺ちゃん婆ちゃん曰く、なかなかの大恋愛だったらしいし。
「あ、お兄ちゃん。モンコロの試合が始まったよ」
とその時、ソファーでTVを見ていた愛がこちらへと振り返ってきた。
夕食を口に運びつつ、そちらに目を向けるとちょうどオープニングが流れるところであった。
『今宵も血に飢えた現代の剣闘士たちが、闘技場の舞台へと上がる……。吹き上がる血飛沫、木霊する断末魔。この戦いは、どちらかの死を持ってしか終わらない……! モンスターコロシアム、開幕です!』
────モンスターコロシアム。
それは、迷宮とカードの登場により生まれた新しい娯楽だ。
それまでフィクションの中でしか存在しなかったモンスターたちが、画面の向こう側で、あるいは目の前で、ド迫力で殺し合うその光景は、見る者を熱狂させ、冒険者ブームの火付け役となった。
カードの中には、可愛らしい造形の動物や見目麗しい人間型のモンスターも少なくない。
そんなカードたちに流血と殺し合いを強いることに対し、残酷だ! という意見も少なくはないが、今ではモンコロは冒険者制度と共に世界中に定着しつつある。
それは結局のところ、古代ローマのコロッセウムがあった頃から、人間の本質は一歩も前に進んでいないことを意味しているのかもしれなかった。
『まずは赤コーナー! 奪った命は数知れず! 失ったカードはわずか三枚!
BGMと共に選手が入場する。
『続いては、白コーナー! 敗北の屈辱が俺を強くした! 一度負ける毎に、格段に強くなって舞い戻ってくる不屈の戦士!
紅白両方の選手が、古代ローマのコロッセウムを模した闘技場で、睨み合う。
画面越しにもわかる、ギラギラとした眼差し。
ゴングの音と同時に、両選手がモンスターを召喚する。
藤堂選手が召喚したのは、バッファローを連想させる闘牛の頭を持ち、人間の男性の身体を持つ異形の怪物であった。身の丈は、成人男性の優に二倍はあり、全身に筋肉の鎧を身に纏っている。その腕の太さたるや、人の胴体ほどの太さがあった。
迷宮が現れた現代、この牛頭の怪物の名を知らぬ者はいないだろう。
藤堂選手が呼び出したモンスターの名は、迷宮を徘徊する怪物の代名詞、ミノタウロスであった。
一方の熊王選手が呼び出したのは、青毛の馬に跨った老騎士。銀色のフルプレートアーマーを身に纏い、手には馬上槍を携え、顎には豊かな白髭を蓄えたその姿は、まさに歴戦の騎士と言った風格を漂わせている。
実況が、両選手の召還したモンスターの名を告げる。
『藤堂選手が呼び出したのは、迷宮を代表するモンスター……ミノタウロスッ! 対する熊王選手が呼び出したるは、ソロモン七十二柱が一つ、悪魔の騎士フルカスだァーーッ!』
呼び出された二体のモンスターは、すぐさま行動に移った。
咆哮とともにフルカスへと向けて突進するミノタウロスに対し、フルカスは自身の配下を呼び出し肉の壁を作り出して対処した。
それを見ていた愛が驚愕の声を上げる。
「えー!? なんかたくさん出てきた! 一対一の戦いなのにこれってアリなの、お兄ちゃん!」
「ああ、これはフルカスのスキルだから良いんだよ」
モンコロにあまり詳しくない愛へと解説をしてやる。
モンスターの中には、スキルによって配下を召喚する力を持った者がいる。
迷宮の主などに付与されることも多い、眷属召喚という能力だ。
眷属召喚で呼び出されたモンスターは、本来の性能よりも劣化しているが、それでも一枚のカードで複数のモンスターを呼び出せるという利点は非常に大きい。
そのため、眷属召喚の能力を持つカードは総じて高値を付けられていた。
「へぇ~! じゃあこのフルカス? ってモンスターも高いんだ?」
「ああ、特にこのフルカスはあのソロモン七十二柱だからな……」
それぞれが軍勢を率いるという逸話を持つソロモン七十二柱の悪魔たちは、配下の召喚に特化したモンスターだ。
二十の軍勢を統べるとされるフルカスは、その伝承の通り二十体ものCランクモンスターを呼び出すことができる。たった二十体で軍勢とはあまりに寂しく感じるかもしれないが、この二十体のCランクモンスターもまたDランクモンスターを呼び出す眷属召喚の能力を持つのである。しかも、その数は無制限。時間さえ許す限り、無限に配下を呼び出せるソロモン七十二柱の能力は、まさに軍勢を統べるという伝承に相応しい能力だった。
シンプルなまでに自身の強化に向いたミノタウロスに対し、配下の召喚に特化したフルカス。質と量の戦い。実に対照的で興味深い戦いだ。
『おおっとぉ!? これはぁ!』
そんな風に愛への解説を交えながら観戦していると、試合が大きく動いた。実況の興奮した声が響く。ミノタウロスが、肉壁のわずかな隙間を見出しフルカスへと迫ったのだ。
「ガァァァッッ!!」
「グ、ゥッ……!」
片腕を犠牲にフルカスまでたどり着いたミノタウロスが、その巨大な
深い。素人目にも致命傷とわかる一撃。
「ガ、ガンダァァァルブッ!」
熊王選手が、フルカスへと向けて叫ぶ。あのカードの名前だろうか。……なんだか妙にデジャブを感じる名前である。
『クリティカルヒット! 大ダメージ! ギリギリでロストは免れたようですが、これは決まってしまったかぁ!? 熊王選手、フルカスの名前を叫んでいます!』
『熊王選手は、フルカスをネームドにしているようですね』
『プロの選手の方でカードに名づけをしているのは珍しいですね! 以前、プロの方はカードへの名づけを好まないというお話を耳にしたのですが』
実況のセリフに、俺は確かに、と頷いた。プロの冒険者、それもモンコロに出るような選手でカードに名づけをしている人はかなり珍しかった。
カードには、名づけというシステムが存在する。
通常、カードは死ねばそのまま消滅してしまう。育てた戦闘力も、そのカードが持つスキルも、すべてが失われてしまう。
だが、名づけをしたカードは、ネームドカードへと変わり、死後もソウルカードという形で自身の情報を残す。このソウルカードに、同性同種族のカードを消費することで、そのままのステータス、人格、容姿のまま復活させることができるのだ。
どれほど鍛えて連携を仕込もうが、どんなレアスキルを得ようが、カードがロストしてしまえばそれで終わりだ。未使用のカードを消費することで、カードの蘇生を可能とする名づけのシステムは、一見とても大きなメリットがあるように見える。
だが、多くの冒険者たちがあまりカードへの名づけをしないのには、当然、それなりの理由があった。
名前を付けたカードは初期化できなくなる──つまり二度と売ることができなくなるのだ。
『はい。ネームドになったカードは、復活の権利を得る代償に資産としての価値を失いますから、どうしてもプロの方は名づけを避ける傾向にあります。特にモンコロなどで活躍したカードは市場価格の何倍もの値段で売れることも少なくないので、選手の方は猶更ですね。ただ、それはあくまで傾向です。貴重な後天スキルを持っているだとか、そもそも売るつもりのないカードに名づけをすることもありますよ』
『なるほど! ではあのフルカスも名づけをするだけの価値があるスキルを持っている可能性が高いわけですね。ここからの逆転の可能性に、期待が高まります!』
名づけ、か……。
冒険者がカードの名づけをするケースは主に二つ。そのカードがよほど失い難いスキルを持っているか、あるいは……よほどそのカードに愛着を持ってしまったかの、どちらかだ。
そして冒険者の間で、カードに愛着を持ちすぎるのはあまり良くないこととされていた。
なぜなら、時に冒険者はカードのロストをも計算に入れて運用しなくてはいけないからだ。
下手に愛着を持ちすぎると、自分の命がかかった場面で冷静な判断ができなくなるかもしれない。
故に、一流の冒険者になるには、カードに対する一種の割り切りのようなものが必要だとされている。カードに名づけをするほど愛着を持ってしまうようでは、冒険者失格なのだ、と。
……とまぁ、偉そうなことを言ってはいるが、これらはすべてとあるトッププロ冒険者の雑誌でのインタビューからの受け売りだ。
実際には、今日の選手のようにプロでも名づけをする選手はいる。
それは、あのフルカスがレアスキルを持っているからなのかもしれないが、あの様子を見る限りではカードとの信頼関係を築いた結果だったのかもしれない。
カードとの信頼関係……今の俺ではいまいちピンとこない言葉だ。
俺も、カードたちに名づけをする日は来るんだろうか?
ぼんやりとTVを眺めながら、俺はそんなことを考えるのだった。