頭を
なんてことだ。ひどすぎる。俺、ひどすぎる。人として駄目。もう、駄目、俺。
恥ずか死ぬとはこのことだ。感情が爆発して泣いた。侍女はおろおろと医者を呼びに行った。
それからベッドの中で
俺の気持ちは少しだけ落ち着いた。もとい、落ち着かせた。こんなことをしていても意味はないんだ。どうするかを考えなければいけない時なのだ。俺の黒歴史などどうでもいい。今ならまだ間に合うことも多いはずだ。
やるべきことはいろいろあるが、まずは体調を整えることが第一だ。高熱の影響か、まだ身体が怠くて仕方がない。
「殿下、お食事をお持ちしました」
「ありがとう」
「えっ?」
お礼を言ったらビビられた。
俺の体調に合わせて作ってくれた料理が並ぶ。柔らかく煮込まれたスープが身体に染みた。
「ご馳走様でした。美味しかった。料理人にもお礼を伝えてくれる?」
そう言ったら、飛び出しそうなくらい目を丸くした侍女にまた医者を呼ばれた。医者は首を傾げながら「高熱の影響か?」と考え込んでいた。
あまり態度が変わりすぎると周りが心配するらしい。それはよくないと思い、以前のように接しようかとも考えた。
できるはずがなかった。
どこもかしこも偉そうな態度しか取っていない。食事を持ってきた侍女に「こんなの食べられると思う?」などとのたまい、世話してくれようとした侍女には「そんなことも分からないの?」とこれみよがしにため息をつく。分かってないのは、どこをどう考えても俺である。
試しに侍女が下がった隙に、ベッドの上でそっと以前の自分を真似てみた。
「俺の言っている意味分かる? 辞めさせられたいの?」
……あああぁぁぁ無ぅ理いいぃぃぃ!
ゴン、と頭を打ち付けたつもりだったけれど、ベッドは柔らかく俺の額を受け止めてくれた。やるせない。この顔に湧き上がってくる熱をどう消化したらいいのだろうか。
都合のいいことに、俺が変わった原因については不明としながらも、高熱の影響だろうと医者が言った。そう、高熱のせいである。そういうことになった。
「高熱は心配しましたけれど、殿下は熱を出してお変わりになられましたね」
侍女が喜ばしそうに言う。
そりゃ、俺よりも偉いのは国王である父だけだ、とふんぞり返っていた俺が、全人類の底辺は俺です、とか思うようになったのだ。俺以外の全員が素晴らしい人に見える。輝いて見える。自己肯定感の塊から一転、現在は自己肯定感ゼロである。同じでいられるはずがない。
「今まですまない」
心の中では「申し訳ございませんでしたああぁぁ」と床に額をこすりつけているが、さすがに王子の立場でそれをやったら侍女が困る、ということを学んだ。目覚めた翌日にやったら、俺が乱心したと思われたらしく、ちょっとした騒ぎになったからだ。
「いいえ、とんでもないことでございます」
侍女はそっと目元を押さえる。本当に申し訳なさすぎて、どうしていいか分からない。
俺は何をするべきか考えた。
今この瞬間にも危険な場所で働いている人がいる。道端で死にかけている人がいる。犯罪も起こっているだろう。税に苦しむ人がいる一方で、その税で華やかなパーティーが開かれ、山のようなご馳走が振る舞われている。
「止めなきゃ」
焦燥に駆られてベッドを下りると、ふらりと
「殿下! 大丈夫ですか?」
侍女が俺を支えてくれ、またベッドに戻された。
「駄目ですよ、まだ安静にしていなければ」
「どうかしたの?」
ちょうど母が見舞いに入ってきた。父が見舞いにくることはないが、母は時折訪れてくれる。
「王妃様、申し訳ございません。殿下がベッドから下りて、よろめかれまして」
「あら大変。大丈夫? あなた、ちゃんと見ていないと駄目じゃない」
母が侍女に鋭い眼差しを向ける。
「違うんです、母上。退屈になっちゃって、僕が勝手にベッドから下りたんだ」
「まぁ。侍女を庇うなんて、クラウスは優しいのね」
母は俺の額に手を当て、熱は下がったようね、と呟いた。父とは関わりがあまりないが、母は俺に優しい。母ならば俺の言うことを少しは聞いてくれるかもと思った。そう信じたかった。
「母上、街には死にそうになっている人がたくさんいるんだ。住むところがなくて、食べるものもなくて、冬は凍えてる。なんとかしなくちゃ。母上、彼らを助けて」
「街に? クラウスは街へ行ったことがほとんどないでしょう。なぜそんなことを?」
「……熱が出た時に、夢で見たのです」
俺は必死に彼らを助けてほしいと訴えた。だけど母は呆れたように俺を見るだけだった。
「怖い夢を見たのね。クラウスが気にすることではないわ。ゆっくり休みなさい」
そう言って優しく俺の頭を撫で、出ていってしまった。
その後も母が来る度に言い方を変えて訴えてみたけれど、全く取り合ってもらえなかった。母にとっては一人の平民の命より、今日の自分の髪型の方が大事だったし、どの宝石を身に着けるかを決める方が重要だった。
俺は数日間、世話をされ、食事を出され、あとは寝ていることしかできなかった。母以外の誰かに訴えようにも、訴える人もいない。そもそもほとんどの時間を王宮で過ごしている俺が外の様子を知っているはずもなく、伝えようもなかった。
今苦しんでいる人がいることを知っているというのに、何もできない。悔しかった。
俺は苦笑した。孤児院にいる7歳の子供なら、幼い子の面倒を見たり掃除をしたり洗濯をしたり。やることはいろいろあって、少なからず役に立っていた。それが今はどうだ。ふんぞり返って偉そうにしていた7歳の俺は、実際のところ一人では何もできない無力な子供だった。
だけど今の俺は、諦めたら終わりだということを知っている。
「よしっ!」
俺は自分に気合を入れた。そして勢いよくベッドから立ち上がり、数歩進み、倒れた。
「きゃあぁぁ、殿下っ!」
顔を青くした侍女に戻される。記録、7歩。
「何してるんですか! 安静にと申しましたでしょう?」
「昨日より進めたと思わない?」
俺がニヤリと笑うと、侍女は呆れて言葉も出ないといった顔をした。
「そういうことではございません。毎日無理をして長くベッドにいることになるのと、安静にして早く治すのではどちらがよいと思いますか」
「ぐっ……」
全くもってその通りだった。
目覚めて数日。精神状態は安定したとは言えないが体調は安定し、教師がやってきた。
現在の教師はおじさんとおじいさんの間くらいの年齢で、珍しく半年以上粘っている方だ。次々と俺の教育を諦めて辞めていく中、俺のひどい癇癪と我儘にもめげない貴重な人材である。
目覚める前の俺はこの教師が苦手だった。彼はニコリともしないし、俺の言うことを聞かないし、俺の機嫌を取ろうともしないし、何よりいつも正論で責められるのが嫌だった。でも今はこのおじさんが輝いて見える。いろんな知識を蓄えた素晴らしき御人なのだ。どんな話が聞けるのかとわくわくする。
蛇足だが、彼の頭皮は実際に輝いている。
今日の彼は本をたくさん抱えていて、俺の前にドンと積んだ。
「こんなに?」
単純に驚いて出た言葉に、教師は厳しい顔になった。
「えぇ、殿下でも読める本を集めてきました。殿下が本を好まないのは承知しておりますが、毎日少しずつ読むと単語の勉強にもなりますし、読解力も……」
教師の言葉を聞きつつ、本を数えてみる。どれも薄いが、7冊もある。7冊だ。二度目の俺は一度に1冊しか借りることができなかった。それが薄いとはいえ、なんと一気に7冊である。
「すごいな」
一番上の本を手に取って開いてみた。紙がまだ新しい。
「おや、殿下。開いてくださったのですね。どうですか? 絵も素敵でしょう。これは殿下のために新しく作った本なのですよ。読んでみたく……」
ペラ、とページをめくると教師の声が遠のいていった。代わりに絵と文字が飛び込んでくる。
この本は絵がメインの小さな子向けの絵本だった。文は1ページあたり1行か2行しかない。当然今の俺には簡単すぎる内容で、すぐに読み終えてしまった。
もっと読みたい。
俺はその本を横に置くと、2冊目を手に取って開いた。こちらも似たような絵本で、すぐに読み終えた。3冊目を手にしようとした時、その3冊目を教師が取り上げ、開いて俺の前に置いた。いきなり取り上げられて俺はムッとする。
「殿下、この本は絵だけを見るものではないのですよ。ここに文が書いてあるでしょう?」
何を言っているんだ。当然じゃないかと教師を睨んだ俺に、彼は衝撃的なことをし始めた。開いた本の単語に指を当て、単語ごとに指を動かしながら、ゆっくり読み上げたのだ。
「ある、ところに、いっぴきの、ねこが、いました。この文はそう書いてあります。読める単語はありましたか?」
俺は青くなった。大変だ。今の俺は、ごく簡単な単語すら読めていなかったのだ。
記憶を探ってみると、文字の読み書きはなんとかできるようになっていたらしい。だけど単語の勉強はサボりまくっていた。そもそも大人しく椅子に座って勉強した記憶が全くない。
「えっと……。ねこ、は分かる」
「そうでしたか。では他の単語も勉強していきましょうね」
「……はい、先生」
マジか。俺はショックだった。7歳でしっかりと専任の教師までついているという待遇でこの文が読めていないとはどういうことだ? 混乱して疑問形になったが、理由は明確である。
俺が
「せん、せい……? 殿下、私のことを先生と呼びましたか?」
記憶を辿ってみると、確かに「先生」と呼んだことがなかった。「お前」とか「おい」である。最悪だ。
「それに、ようやく本を読む気になってくださったのですね」
教師は嬉しそうに微笑み、目元を押さえた。教師のそんな柔らかい顔を見たのは、記憶を探っても初めてのことだった。
俺は教師の言うことをよく聞いて、思いっきり勉強した。教師からも熱を出してから別人になったと言われた。まぁ、間違っていない。
それにしても、これだけ学ぶ環境が整っているってすごくないか。
二度目の人生では本を手に入れるのにも苦労したし、ましてや教師がいてすぐに質問できるなんてことはなかった。一度目の俺、どうして気が付かなかった。教師から逃げ回ってサボってばかりだったあの頃の俺を殴り飛ばしてメッタメタにしてやりたい。
俺は本を読みまくり、乾いたスポンジが水を吸うように単語を吸収していった、ということになっている。熱を出して天才児に進化したと思われている。いたたまれない。実際は二度の人生の知識があるだけで、天才にはほど遠い。何も知らないふりをして「先生、この単語はどういう意味?」とか聞いて、先生は嬉しそうに教えてくれるのである。罪悪感しかない。
今の俺にできることは、ひたすら勉強して知識を蓄えることだった。俺はこの環境を思う存分利用した。基本的には毎日教師が来るので、聞きたいことはなんでも聞いた。教師がいない時間には城の図書室へ行った。二度目の人生で渇望した本だらけの空間だ。素晴らしい。
二度目の俺はそれなりに勉強したし本も読んだと思う。だけどここはレベルが違った。そもそも平民が勉強できることと貴族として学ぶことは根本から全然違った。国の歴史、地理、領地ごとの特色や特産物、それを治める貴族、派閥。一度目の人生は王子だったから、有力貴族の名前くらいは知っていた。だけどその貴族がこの国においてどのような位置にいるのか、全く分かっていなかったと思い知らされた。
学ぼうと思えば際限がなかった。そしてそれが手の届く範囲にあるのが素晴らしかった。
◆◇◆◇◆
熱を出して倒れてから3カ月ほどが経ったある日。王宮はいつも以上に華やかに飾られ、門には豪華な馬車が次々と到着していた。
俺はまだ7歳だから、普段はパーティーに参加することはない。しかしこの日は例外だった。
父である国王の誕生日を祝うパーティーなのだ。
新しい衣装に身を包み会場に入ると、眩いばかりに光を反射している大きなシャンデリアと金の装飾が目に入った。この豪華な空間に、ご婦人方のまとう色とりどりのドレスと宝石が華を添える。目が
「第一王子殿下よ」
「ごきげんよう、殿下」
会場を歩くと、俺に気が付いた貴族たちが礼をとる。7歳の子供である俺に大人が頭を下げるのはいたたまれない気分になるが、この時ばかりは偉ぶっていたクソガキを思い出して、尊大に振る舞ってみせた。内心はバクバクだ。
まだ誰も座っていない玉座の近くに宰相夫妻がいるのが見えた。
いた、宰相だ!
俺の心臓がうるさく跳ねる。この国の最重要人物であり、俺の命運を握る男。一度目の敵であり、二度目の主人で恩人でもあり、そして今世でも絶対に避けて通れない人だ。
挨拶に行こうと顔を上げた時、国王の入場を知らせる音が響いた。扉の前に正装の国王と王妃が姿を見せると、集まった貴族たちがさっと避けて道を作る。王と王妃は悠然とその道を歩き、王は玉座に、王妃はその横の王妃のための豪奢な椅子に腰掛けた。
俺の役割は王子として父の誕生日を祝う言葉を述べることだ。そのために何度もその言葉を練習させられた。母である王妃に続き、父王の前で礼をとる。
「父上にお祝いを申し上げます」
父はふっくらとした顎を撫でながら、柔和な笑みを浮かべていた。挨拶は問題なく終わり、俺が下がると、王族や貴族たちが順に父の前を訪れてお祝いを述べていく。
祝いの言葉が終われば優雅な音楽が奏でられるようになり、豪華な食事の時間になる。食べきれない量の料理に、まるで湯水のように振る舞われる高級な酒。
……イラつく。
きっとこの感情は一度目の鉱夫の俺のものだ。
『いくら働いてもこっちの生活は全然よくならないっていうのに、お貴族様や王族様方はそのお金で優雅にパーティーだ』
ハッと鼻で笑った親方の顔が目に浮かんだ。
パーティーの間中、必死に顔を取り繕うのが今の俺の仕事だった。
まだ子供の俺は、早々にパーティーから部屋に戻された。その夜、俺はベッドの中で隠れて泣いた。本当に忌々しかった。
あの母や大勢の妾のドレス一着は、鉱夫だった俺の給料何年分だろう。父の誕生日というたった一日のために使われた金額は、一体どれだけの人が一生をかけて稼いだ額に相当する?
これがごく当たり前だと思っている王族たち、一部の貴族、そして親方が言った通りのパーティーが目の前で行われているのに何もできない自分。夜になった今もきっとパーティーは続いている。悔しかった。
翌日、俺はいつものように机に向かっていた。勉強のための本を開いているのに、昨日のパーティーの様子が浮かんでくる。イライラして勉強が手につかない。一番駄目なやつである。
一度深呼吸してみた。俺は一体どうしたらいいのだろう。
このまま行くと、王族は宰相に討たれることになるという未来を俺は知っている。民のことを顧みずに自分のことばかり考えている王族がなくなることには何も思わないが、そのために血と金が流れるのは避けたい。結局犠牲になるのは民なのである。
俺は玉座に座りたいわけではないが、生まれた時点で俺の前にはそこへの道が敷かれている。
もし俺が拒絶したらどうなるだろう。誰か俺以外で玉座につける者はいただろうか。父の兄弟は似たり寄ったりだし、異母弟たちも王の子という身分を笠に着て遊び歩いていた印象だ。
……いないな!
王族め、どいつもこいつもクズだな。
その筆頭は、俺だ!
「あああぁぁぁ」
机に頭を打ち付けたら、侍女に泣かれた。俺は泣く価値のある男じゃないぞ。
ん? 違うな。俺が傷つくと
自意識過剰。あああぁぁぁ。
「で、殿下っ、落ち着いてください」
侍女が濡れた布を打ち付けた頭に当てる。頭が物理的に冷えて少し落ち着いた。
一度目の人生で俺が去ったあとの王宮の様子は分からないが、おそらく宰相は別の誰かを次期王として
……大変じゃないか!
今度はさぁっと全身が冷えた。先ほど頭を冷やしてくれ、今も頭にのっている布が冷たくて仕方がない。風邪を引きそうだ。いや引いてる場合じゃない。
幸い今の宰相には、まだ王を討つ気はない。
きっと宰相が願っていたように、俺が穏便に玉座を継ぎ、王族のあり方を変えていくのがいいのだろう。鉱山の仲間たちや街の人たちの顔が浮かんだ。皆が苦しむ姿は見たくない。こんな俺がよき王になれるかは分からない。だけど、なるしかないのだ。
王になるにあたって、どうしても避けられないことの一つが婚姻だ。俺が王となって国を治めることを考えた時に、王妃の座につく者として思い当たるのは一人しかいなかった。
リーゼ。
一度目の人生で俺がひどい扱いをし、最終的に婚約破棄を突きつけた相手だ。彼女との婚姻は気が引けた。どう考えたって俺と一緒にならない方が彼女にとっていいはずである。だって俺だ。なにせ俺なのだ。
だけどリーゼは宰相の一人娘で、彼女の持つ後ろ盾は大きすぎる。別の貴族に嫁いで宰相の派閥が大きくなれば、王族は崩れて争いが起きる。異母弟にでも嫁いだら、彼が王に担ぎ出されるだろう。一度目の人生で父王が、リーゼを妻にしたものが次期王となる、と言った通り、それだけの力を彼女は持っているのだ。
彼女との婚姻が大事なのは、今ならば非常によく分かる。王になって安定して国を治めるためには、リーゼ以外にはありえなかった。
リーゼとは婚約内定中だ。10歳になったら正式な婚約を結ぶことになっている。生まれた瞬間に婚約が決まったようなものだったから、記憶を探れば7歳の今までに何度も顔を合わせているようだ。その度に俺は、意地悪なことを言っている。ブサイクとか、お前と婚約なんて嫌だとか。あぁ、過去の俺を殴り飛ばしてギッタギタにしてやりたい。
◆◇◆◇◆
今日はこれから定期的に設けられているリーゼとの対面だ。俺にはリーゼが必要だ。いや、この国のために必要なんだ。だから、リーゼには申し訳なさすぎてもうどう詫びたらいいか分からないけれど、どうか俺の手を取ってほしい。
一生尽くすから!
たとえ彼女に恋愛的な意味で好意を抱けなかったとしても、俺の人生全部をかけて幸せにするから!
ガチャリ。
扉が開いて、リーゼが入ってきた。彼女は俺を見て
背中がゾクッとした。どうしてか息が詰まって、顔に熱が集まってくる。
「殿下、お待たせしてしまったようで申し訳ございません」
ふわりとドレスの裾を翻して丁寧にお辞儀をする。まだ小さいのに完璧に優雅な姿に目を奪われ、胸が震えた。
……可愛いな? えっ、可愛いな。
気が付くと息が止まっていた。意識して呼吸を再開すると、今度は心臓がうるさく鳴った。
「あの、殿下?」
リーゼがコテリと首を傾げる。それは駄目だ。威力が強い。
「どうかしましたか?」
どうかしている。俺の心臓が飛び出そうなくらいドクドクしているのだ。
「あの、えっと、その、だな……あの」
「はい?」
「今まですまないっ」
彼女に会ったら、誠心誠意お詫びをしなければと思っていたのに、口から飛び出たのは勢い任せの謝罪。
駄目だ、こんなんじゃ駄目だ。
「俺、頑張って、君を幸せにする、だから、将来、結婚してくださいっ!」
前言撤回する。恋愛的な意味でも俺は彼女に落ちた。
俺は落ち込んでいた。たとえ前世の話でも、会ったらちゃんと謝らなければと思っていた。だけど、本人を前にしたら言葉が出なくなってしまった。
そもそも今のリーゼは一度目の俺を知らないわけで、いきなり謝られても困るだけなんじゃないか? 謝って重荷を少し下ろし、俺がスッキリしたいだけなんじゃないのか?
考えれば考えるほど、ただの俺の願望で我儘なんじゃないかという思いが強くなる。
それからもう一つ、俺は深刻に悩んでいた。
もしかして俺は幼女を好きになるタイプなのか?
いや、リーゼ以外ではそんなこと思わなかったから違うはずだ。違う、絶対に違うんだ。
それにしても、いきなり求婚するとか……ハァ。俺、馬鹿じゃないのか?
でもリーゼを見たら、なんだか、こう、気持ちが抑えられなかったのだ。二度の人生で健気に俺を支えようとしてくれていたリーゼを見ていたからだろうか。一生懸命な彼女も、悩んでいる彼女も見たからだろうか。