孤児たちは好奇心も旺盛だ。俺に教えられることは多くないが、神父さんから教わった文字や簡単な単語ならば伝えられた。困ったことによく聞かれたのは、孤児院を出てからの生活についてだ。特に年長の子たちにとっては差し迫った話である。あまり失望させないように、でも嘘にならないように現実を伝えるのには苦労した。
少しできた時間、俺は外のベンチで聖書を読んだ。孤児院を出た時に神父さんからもらった古びた聖書で、俺の数少ない宝物だ。こうして開くのはかなり久しぶり。もう何度も読んだ文だけれど、心が踊るのを感じた。
そうだ、俺はこうやって本が読みたかったんだ。
「まだそれを持っていたのか」
どうやら集中していたらしい。神父さんの声にハッと顔を上げると、彼は隣に腰掛けてきた。
「ラルフは施設に入れることになったよ」
神父さんが俯きながら言った。それがどういうことなのか、ここに来る前は知らなかったが、今は知っている。施設は病人を治療したり身寄りのない者を保護する場所ではなく、もう助からない者を
「ラルフがどんな生活をしてきたか分からないが、連れてきてくれてよかったと思うよ。少なくとも施設では食事も出るし、これから冬だからね」
ここに連れてきたのが正解だったのか悩んでいるのを読んだかのように、神父さんは言った。
「クルトは昔からそうだった。自分が苦しい状況でも周りを助けられる。簡単なようで難しい。素晴らしいことだよ」
「そんなことは……」
「残念なことに、孤児が犯罪に手を染める確率はとても高い。クルトも外で暮らして分かっただろう? 孤児がどんな目で見られているか」
痛いほど分かった。孤児は疎まれる。だから仕事も得られないし、結局まっとうな方法では食べることができず犯罪に手を染めていく。犯罪を犯す孤児は一般市民にとっては危険な荒くれ者と認識されてしまい、疎まれる。その連鎖が続いている。
「ラルフも大変だったんだろうね。彼もここにいた時は優しい子だった」
神父さんは悲しそうな目をしていた。
孤児といっても、ここの教会出身者もいれば、別の施設の者もいる。ここは恵まれているが、もっと貧しい孤児院もあると聞く。
今の孤児たちを見ていて思う。みんな、いい子なのだ。この子たちのうち何人がまっとうな生活ができるのだろう。かつての孤児仲間たちは今、どんな生活をしているのだろうか。
「クルト、よく戻ってきてくれた」
犯罪を犯す前に、とは言わなかった。だけどそういうことだ。
まだ俺は大丈夫だと、そう言われた気がした。
翌日から、俺は孤児院の世話や雑用の合間に街に出て、職業紹介所に足を運ぶようになった。元孤児ということは伏せた。かつて正直に打ち明けたら、即追い出されたことがあったからだ。
住み込みで働けるところを探したけれどなかなか見つからず、低賃金で安定しないバイトばかりだ。それでも仕事があるだけいいと思い、片っ端から応募した。
教会の世話になるようになってひと月ほど。
俺は教会で寝泊まりしながら孤児の世話と雑用の他に、日雇いのバイトに出るようになった。もうすぐ冬になるこの時期、多くの農家では冬を越えられない家畜を潰して加工しておく。その手伝いという仕事が多くあった。賃金は低いが、たまに肉の切れ端をもらえたり、食べさせてくれたりもする。俺にとっては美味しい仕事だった。
その他はトイレの汲み取りだったり、ドブの掃除だったり。やりたがらない人が多く、さらに低賃金という仕事は人気がなく、高確率でありつけた。
俺はなんでもやった。職業紹介所にもしょっちゅう通っていたので、そこのおっちゃんとも親しくなり、次第に日雇いながらも条件のよい仕事を渡してくれるようになった。
「お前はちゃんとやり遂げてくれるからな」
おっちゃんはニヤッと笑った。条件のよくない仕事は途中で投げ出す人も多いそうだ。俺はどんな仕事でも最後までやった。だから安心して任せられると言ってもらえた。
ふた月ほどそんな生活を続けたある日、ラルフが死んだ。たまにお見舞いに訪れたが、最後に会った時、ラルフはもう俺のことを認識できていなかった。「よく保った方だよ」と施設長の神官は言った。
季節は冬になっていた。ラルフの気持ちは分からない。だけど、この凍える寒い外でなくてよかった、きっと。自分に言い聞かせるようにそう思った。
無性にパン屋のおじさんとおばさんに会いたくなった。おじさんたちは自分たちの店を潰した犯人が死んだと聞いて喜ぶだろうか。俺がこうして施設に連れてきたことを、余計なことと思うだろうか。
それでいいんだと微笑んで頷いてくれる。俺の願望かもしれないが、そんな気がした。
◆◇◆◇◆
春に近づいてきた朝。まだ冷たい水で洗濯をして、いつものように緑の屋根の職業紹介所に向かった。冬の間は日雇いすら少なく、こうして紹介所に足を運びながらも仕事がない日が多い。今日もそうだろうと思いながら扉を開けると、おっちゃんがすぐに手招きしてきた。
「お前、読み書き計算はできたよな?」
「一応は。簡単なものしかできませんけれど」
「お前によさそうな求人がきたんだ。雑用係だが、読み書きができる人を探しているらしい」
そう言って見せてくれたのは貸金業を営む店からの求人だった。その店は、一般の人からもお金を集めて必要なところに貸す、という形態で成長している店なのだそうだ。
「どうだ? 応募するか?」
「もちろんです。お願いします」
俺はその店に採用された。
仕事内容は雑用だったが、今までよりもいろいろなことを指示された。掃除、ゴミ出し、商談スペースの準備をして、荷物や手紙を運送屋に渡す。読み書きが必要だったのは、書類の準備を任されることがあるためだった。「これと同じものを書いて」と書類と白紙、ペンを渡された時には、初めての文字を書くという仕事に心が躍った。
日雇いと違い、安定して給料を得られるようになった。多くはないそれを貯めて、働き始めて3カ月、ようやく小さな部屋を借りることができ、教会を出た。ずっと教会にお世話になり続けるわけにはいかなかったから、ホッとした。
仕事は順調だった。雇い主のおじさんにも気に入られていた、と思う。
でもそれは、ある日呆気なく崩れた。
雇い主に呼ばれて部屋に行くと、難しい顔をした彼が言いにくそうに口を開いた。
「クルト、孤児だったというのは本当か?」
あぁ、きてしまった。そう思った。俺は「はい」と答えた。
違いますと言えばよかったのかもしれない。だけど言えなかった。言ったところでもう裏を取られていたかもしれない。雇い主は大きく息を吐いて「そうか」と言った。
「この仕事は信用が全てなんだ。孤児がいる、というだけで盗まれるのではないか、という不安が生まれてしまう。そうなれば預けてくれる人がいなくなり、最悪、店が潰れる」
その気持ちはよく分かった。パン屋にいた頃も、そういった苦情が来たからだ。
「すまないが、雇い続けることはできない」
素直に「はい」と頷いた。仕方のないことだ。「孤児だと? ふざけんな」と追い出されることもなく、「
「クルトに悪いところはないんだ。十分以上の働きをしてくれた。だから本音を言うならばこのままここにいてほしい。だけど駄目なんだ」
「そう言ってくださって、ありがとうございます」
俺が微笑むと、雇い主のおじさんは驚いたように顔を上げた。
「……ひどい奴だと思わないのか?」
「思いませんよ。悔しさはありますけれど、お気持ちは分かりますから」
「お前、これからどうするつもりだ?」
「あてはありません。また紹介所に足を運びますよ」
おじさんは目を丸くして俺をまじまじと見た。俺はいたたまれなくなって目を逸らした。
「あと数時間だけ勤務を許していただけませんか? 今日やるべきだったことが終わっていないのです。それが終わって荷物を片付けたら出ていきますから」
「……あぁ」
「お世話になりました」
俺は深々と頭を下げた。悔しかったけど、なるべく悲痛な顔にならないように気を付けた。
「クルト、1週間後にここに来い。残りの給料を用意しておく」
その日の仕事を片付けると、俺は自分の部屋に戻った。職を失ってしまったから、家賃が払えなくなる。だけど教会に戻ることもできない。はぁと大きくため息をついた。だけど、これまで解雇される度に感じていたような絶望はなかった。少なくとも雇い主のおじさんは俺のことを認めてくれていた。辞めさせなければならないことを悔しそうにしてくれていた。孤児を疎む人ばかりじゃないことを、俺は既に学んでいた。
きっと紹介所に行けば、またあのおっちゃんが「もう戻ってきたのか」と心配するような呆れたような顔をして笑うだろう。俺は「戻ってきちゃいましたよ。それで、いい仕事はありますか?」って聞くだろう。苦笑しながら。
それでいいわけじゃないけれど、それでいいことにしよう。
そう思いながら寝て、翌日紹介所で、想像した通りの光景が再現されたのだった。
1週間後、俺は言われた通りに給料をもらいに行った。辞めさせられる時には残りの給料なんて払われないのが普通だったから、とても親切だ。
「よく来たな。まぁ座れ」
給料をもらってお礼を言って去るだけの予定だった俺は、座れ、という予定にない事項を言われて戸惑った。雇い主だったおじさんが対面に腰掛け、言われた通りに俺も座る。
「次の仕事は決まったか?」
「……いえ」
「そうか、それはよかった」
何もよくないぞ。
「あぁ、すまない。言い方が悪かった」
おじさんがニコニコしながら俺に差し出したのは、紹介状らしきものだった。宛名に俺でも知っている、大きな商会の名が書いてある。
「私からの贈りものだ。受け取るかどうかは君次第だけれど、まずは最後まで読みなさい」
書類に視線を落とす。そこには驚くべきことが書かれていた。商会に俺を推薦する、と。
「え? あの、これ……」
「いくつかの取引先に君の話をしてみたけど、いい返事をもらえたのはそこだけでね。雑用係だけど、あそこは仕事が幅広いから、いろんな経験ができるんじゃないかと思うよ」
俺が元孤児であることも伝えたうえで、おじさんがそう言うならば、と聞いてくれたのがその商会なのだそうだ。元孤児という肩書の俺に興味を持ってくれるところがあったことは驚きだったが、それ以上におじさんが俺の職を探してくれたことに驚いた。元孤児がここにいた、という事実を知らせるのは、たとえ信頼できる相手だったとしても危険しかないはずなのに。
「まぁまだ採用と決まったわけじゃないが、悪い話ではないと思う。どうだろうか?」
悪い話なわけがない。むしろ最高だ。
「ありがとうございます!」
俺はガバッと立ち上がり、何度も、何度も頭を下げた。
紹介状を握りしめて向かった商会で、俺はあっさりと採用された。それだけおじさんの信用は厚かったのだろう。俺が元孤児と知って受け入れてくれるのはパン屋以来のことだ。
それから俺は、仕事の日はきっちり働き、休日は教会で孤児の世話をする日々を送った。仕事は順調だった。どんな雑用でもヘドロまみれのドブ掃除や暴れ回る家畜を押さえつけるより楽だったし、新しいことをするのが楽しかった。何より元孤児だとバレる心配をしたり、嘘をついているような罪悪感を抱えずにいられるのが嬉しかった。
定期的な収入を得られるようになると、少しの貯金もできるようになった。俺はせめてもの恩返しに少額ながら教会に寄付しようとしたが、シスターには受け取ってもらえなかった。
「まだ何があるか分からないのだから、貯めておきなさい。大富豪になった時は頼むわね」
この頃から俺は貸本屋に通うようになった。高級品である本は買えないけれど、貸本ならば手が届くようになった。俺は本を読んで新たな知識を身につけていった。
仕事でも人と接する機会が増え、その人の得意なことや経験を教えてもらった。花を買いにいっては花屋に花のことを、菓子屋に菓子のことを聞いた。好きなことや得意なことの話であれば気持ちよく語ってくれる人が多い。話す人も聞く俺も楽しい。いい関係だった。
そんなある日。
「すまないねぇ、今日はいい桃がないんだよ」
桃好きなお客様へのお土産用に果物屋に買いにくると、お店のおばさんが困ったように目尻を下げた。並んでいたのは傷みかけや形がいびつなものばかり。これではお客様に渡せない。
「お貴族様がまたパーティーだそうでね。いい果物はみんな取られちまったんだよ。まったく、こっちは商売あがったりだよ」
よくある話だ。貴族がこれが必要だと言うと、街からその品物が消える。先日は花だった。店から買ってくれるのならばありがたいけれど、その前段階でごっそり持っていかれてしまうのだと、花屋の店主が嘆いていた。
「売るものがないのに税は払わなきゃならないんだよ。どうしろって言うんだろうね」
おばさんはため息をつく。
「税は増えるばっかりなのに、生活はよくなりゃしない。お貴族様はあたしらが払った税でパーティー
貴族の評判は総じて悪い。平民は人にあらず、というのが貴族の考えらしい。
俺は貴族全てが悪いとは思わない。商会のお客様には貴族もいる。俺はまだ直接やり取りすることはないが、上司から聞く限りでは貴族にもいろいろあるらしい。それに、教会の孤児院は貴族からの寄付金で
だけど、もし貴族がそのパーティー1回分の費用を恵んでくれたなら、ラルフは死ななくても済んだのではないか。飢えている人が助かったんじゃないか。そう思うとやるせない。
「おばさん、この桃をいくつかください」
「こんな形だけどいいのかい?」
俺はいびつな形の桃を手に取った。お客様のお土産にはできないが、剥いて切ったものをお茶と共に出すことならできる。
「よかったら、こっちも持ってっていいよ。どうせ売り物にはならないからね」
おばさんは傷みかけの桃をいくつかくれた。傷んだ部分を取ればまだ十分に食べられる。
「口止め料。お貴族様の不満を言ってた、なんてバラされたら大変だからね。内緒だよ」
おばさんは悪戯っぽく笑った。
俺はがむしゃらに働いた。知識を得るのと比例して少しずつ認められるようになっていき、任される仕事も増えた。それに、単純に仕事が楽しかった。
いつからか、俺は孤児であったことを隠さなくなった。上司もそれでいいと言ってくれた。
中には元孤児だと知られた瞬間に態度を
俺は人の話を聞くのが好きだったので、愚痴でもなんでも面白く聞いた。そして誰にも言わないので信用されたらしい。最近はいろんな店に行っては愚痴聞き係になっている。
「はい、口止め料」
そしてそう言って、少し古くなったものや売り物にならないものを分けてくれるのだ。
「あぁ、そうだ。こっちもよかったら持っていきな。綺麗だろ? もう売れないけれどまだ咲くんだよ。クルトの部屋や孤児院に飾ったらいい」
「いいんですか? ありがとうございます」
俺は花屋のおばさんにもらったお花を持って、孤児院を訪れた。
恩返しも兼ねて、孤児院で自分の知識を教えている。誇れるほどの知識があるわけじゃないが、少なくとも俺の知っていることであれば教えられる。知識があるのとないのでは生活がずいぶん違ってくることを理解していたから、孤児たちには一生懸命に教えた。
気が付けば商会に勤め始めてから10年以上。俺は30歳を越えていた。
この日、俺の人生で最大の幸運が舞い込んできた。
いつものように孤児院で教えていると、神父さんに呼ばれた。入った部屋には柔らかい顔をした神父さんと、明らかに貴族であろう男性がいた。
「君のことは調べさせてもらったよ。もしよかったら、うちで働かないか?」
男性は公爵家当主で、この国の宰相だった。この教会はそもそも宰相の寄付で成り立っており、神父さんとは仲がよかったらしい。公爵家といえば貴族の中でも王族を除き最上位だ。元孤児が貴族の家で働くことも難しいのに、公爵家などありえない。頭が真っ白になった。
「なぜ俺……私が?」
「息子と娘の教育係を探していてね。神父に君を紹介されたんだ。様子を見させてもらったのだけれど、君なら大丈夫かと思ってね」
「きょ、教育……私などに公爵家のご子息方に教えられることなど……」
「あぁ、気負わなくていい。話し相手になってやってくれたらそれでいいから」
話によれば、ちゃんとした教師は別にいるらしい。
ただ、宰相は子供たちに庶民の暮らしも知ってほしいと思っていて、貴族出身の教師ではそれが伝わらないため、庶民の暮らしに詳しい者を探していたそうだ。
恐れ多くも、俺は子供たちの世話係兼話し相手として採用された。
信じられなかった。なんといっても公爵家だ。職場である商会で仕事を辞めることを詫びつつその話をしたら、当然ながら驚かれた。貴族と関わりのある上司たちでもその反応だ。
俺が商会に入ったときからずっとお世話になり続けた上司は、快く送り出してくれた。俺はお礼を何度も言いつつ、必死に涙が出るのを堪えた。
◆◇◆◇◆
初めて目の前にした公爵邸に、俺は言葉を失っていた。
城だ。王宮でないことは分かっている。だけど王宮を目にしたことのない俺からすれば城にしか見えなかった。ここは王都にある公爵家の邸宅で、公爵領にある邸宅はもっと広くて大きいらしい。この上があるとは信じられない。
中を案内してもらったが、もう、開いた口が
与えられた使用人部屋も、食事の質もマナーも、とにかくみんなすごかった。
特に驚いたことの一つが、使用人たちが厳しいながらも皆親切だったことだ。それぞれ努力して勝ち取ってきたのだろう地位に元孤児が入って、いい気がするわけがない。それなのに誰も俺を蔑まなかった。むしろ公爵家の使用人なのだから妥協は許さないとばかりにマナーや作法、言葉遣いまで、みっちり教え込まれた。使用人の質は公爵家の威厳に関わるらしい。公爵家の使用人という矜持は、俺が思っていたのとは違う方向ですごかった。
使用人たちとの会話の中で知ったことだが、神父さんは宰相の家と繋がりのある公爵家の出身なのだそうだ。宰相とはもともと知り合いだったらしい。公爵家とはいっても庶子だったために爵位を継ぐことはできず、神父になったという経緯があるそうだ。
俺は神父さんに憧れていて、神父さんになるにはどうしたらいいかを聞いたことがあった。その時神父さんが切なそうに笑った意味が今分かった。出身が孤児である俺は、どんなに頑張ったとしてもその地位に就くことはできなかったのだ。神父どころか、おそらく神官にもなれなかった。今考えてみれば孤児だったという神官は、一人も心当たりがなかった。
公爵家には3人の子がいた。5歳の女の子、4歳と2歳の男の子だ。男の子2人はやんちゃざかりで侍女たちも困っていたが、女の子はわずか5歳にして聡明で大人しい印象だった。
俺は公爵家の雑用をこなしつつ3人と過ごした。教育係という名目ではあったけれど、教えるというよりも一緒に遊んだという方が近い。そもそも俺が教えられることなんてほとんどないのだ。でも孤児院での経験から子供と過ごすことには慣れている。わりとすぐに子供たちは懐いてくれ、意外なことに侍女や使用人から一目置かれるようになった。
ある天気のよい日、俺は公爵家の子供3人と一緒に庭の木陰で遊んでいた。
長女のリーゼに花冠の作り方を教えると、彼女はすんなりとものにして編み始めた。5歳とは思えないくらいに手先が器用で、どんどん冠がその姿になっていく。
「リーゼ様は編むのがお上手ですね」
そう声をかけると、彼女は俺を見て嬉しそうに笑い、またすぐに目線を手元に移した。リーゼが楽しそうに編み込んでいく。でもその時間は長くは続かなかった。
「リーゼ様、お勉強の時間ですよ」
侍女がリーゼを呼びにきた。リーゼは一瞬だけ残念そうに手元を見つめ、すぐに立ち上がって侍女についていった。あとに残されたのは、残り少しで完成する花冠。
なんだか切なくなった。本当は「もうちょっとで完成するから」「少しだけ待って」。そう言いたかったんじゃないだろうか。だけどリーゼは何も言わずに侍女に従った。
リーゼはいずれ王子に嫁ぐのだという。そのために学ばなければならないことがたくさんあるそうで、リーゼの「お勉強の時間」は驚くほどに長い。
俺は勉強したくてもできる環境じゃなかったから、最初聞いた時は専任の教師がいてみっちり教えてもらえるなんて、なんて羨ましいのだろうと思った。だけど限度がある。5歳といえばまだ遊びたい盛りだ。木の枝を剣に見立てて門番ごっこをして走り回り、シスターから雷を落とされるか自分で怪我をするまでがセット、という年齢である。現に4歳の公爵家長男は似たようなことをしている。違うのは門番ごっこが騎士ごっこになったことくらいだ。