2章 二度目の人生
俺には不思議な記憶がある。鉱夫として人生を終えたある男の記憶だ。最初は夢だと思っていたが、たぶん前世、自分が歩んだ記憶なんだと思う。そう思えるようになったのは、大人になって記憶がはっきりし始めた頃からだ。
はっきりと言っても違う人生の記憶があるなというのがはっきりしたのであって、記憶自体はぼんやりとしていて
もしかしたら前世の俺は、生まれは貴族だったのかもしれない。時折どこか華やかな様子が浮かぶのだ。おそらく何かをやらかして、鉱山に行くことになったんじゃないか、と予想している。その何かは分からないけれど、それが原因でずっと後悔しているようだった。
記憶がどうであれ、今の俺にはあまり関係がない。ただその後悔は、とにかく真面目に努力するべきだと、そう俺に言っているようだった。
俺はとある街の教会の孤児だった。物心ついた時には孤児院にいたので、父母は知らない。幸いなことにその教会の神父さんはとても素晴らしい方で、シスターたちも優しかった。毎日のお祈り、できる範囲の仕事はあったし、物資や食事が必ずしも満足できるだけあったわけじゃないけれど、孤児たちは助け合いながら教会内ではのびのびと過ごすことができていた。
「うわぁ、すごい本!」
俺が5歳くらいの頃だろうか。シスターに用事を頼まれて、俺は初めて神父さんの部屋に入った。そこには本棚があって、何冊もの本が並べられていた。神父さんは俺の視線が本棚に固定されていることに気が付いたのだろう、シスターから頼まれていた書類を俺の手の中から抜き取り、柔らかく目を細めた。
「見てみるか?」
「いいの?」
神父さんは頷いて、本を1冊俺の手にのせてくれた。ずしっと重たかった。
許可を得てそっと開いてみると、文字がずらっと並んでいた。少しだけ教えてもらったのでいくつか知っている文字があったけれど、当然ながら全く読むことはできない。
「文字が読めるようになれば、自分でお話が読めるぞ」
「え? この本も?」
俺は神父さんやシスターが時折本を読み聞かせてくれるのが大好きだった。絵が大きく描かれた本だ。だけどその本は薄いから、もっと聞いていたいのにすぐに終わってしまう。それに何冊もあるわけじゃないから、同じお話をもう何度も聞いている。
手の中にある本に目を落とす。この中に自分の知らないお話が詰まっていると思ったら、なんだかわくわくしてきた。
「クルトはお話が好きだもんな。どうだ、文字を覚える気になったか?」
「うん!」
神父さんは今後の役に立つからと、孤児たちに文字を教えてくれていた。俺はその日から必死に文字を覚えた。同年代の孤児の中で一番早く文字を覚えたのは俺だったと思う。
文字を覚えると今度は少しずつ単語を覚えて、本を読むようになった。ここは教会なので、最初に読む本は聖書である。教会にいながら俺はあまり信心深くはないけれど、それでも新しいお話を知ることができるのはすごく楽しかった。
分からない単語を神父さんやシスターたちにしつこく聞いて回りながら読んだので、本当に少しずつで時間がかかった。なにせ神父さんもシスターも忙しい。
「クルトは本当に本が好きなのね」
シスターは苦笑しながら、読めない単語を教えてくれた。
俺は新しい知識を得られるということが好きだった。だから神父さんにお話をねだった。神父さんはいろんな話を聞かせてくれた。たまに借りられた本はおつとめの間に何度も読んだ。
孤児の環境としては、とても恵まれていたと思う。神父さんもシスターも孤児を大切にしてくれた。だけど世間的に見ればそうでないことは、少しずつ理解するようになった。
「孤児と一緒に遊んじゃいけません」
教会にお祈りに来たのだろう、小さい男の子が母親の手を離れて俺のところへ来ようとした。遊んでくれると思ったのだろうか、男の子は笑顔で駆けてくる。それを母親が止めた。そして俺をまるで汚物を見るかのような目で見てきた。
男の子は「なんで?」と母親に聞いた。
「なんでも。駄目なものは駄目よ。行きましょう」
母親は俺を睨んで男の子を連れて出ていった。俺は別に悪いことをしたわけじゃないはずだ。だって何もしていない。男の子を誘導したわけでも、声をかけてもいない。もちろん
そんなことは何度もあった。ある人は孤児たちが歌ったら「聖歌が
神父さんはいつも俺たち孤児を守ってくれた。近所の子に小石を投げられた時は投げた子を叱ってくれたし、孤児は汚いと言ってきた大人には、汚くないとちゃんと話してくれた。
俺たちはみんな神父さんを尊敬していた。
「僕は大きくなったら神父さんになるんだ」
ある時、俺は意気揚々と神父さんにそう言った。孤児院の仲間もそう言っていた。神父さんになって、自分たちみたいな孤児を守るんだって。
「おや、それでは私の仕事がなくなってしまうね」
神父さんはおどけたように笑った。
「あ、えっと、そうじゃなくって」
この教会のトップは神父さんだけれど、その下に神官やシスターがいる。まず俺は神官になって、神父さんを支えたい。だけど考えてみたら、神父さんになりたいってことは神父さんが神父さんを辞めたあとってことになる。それは嫌だ。でも神父さんになりたい。矛盾しているが、その時は本気でそう思っていた。
「神父さんになるにはどうしたらいいですか?」
真面目に聞くと、神父さんは切なそうに微笑んだ。
「たくさん勉強しなさい」
神父さんの表情の意味を知るのは、しばらく先になってからのことである。
◆◇◆◇◆
12歳になると孤児院を出なければならない決まりになっている。
さすがに12歳でいきなり外に放り出されたら生きていけないので、最初は住むところや仕事をある程度は教会が整えてくれる。
俺は教会のある都市の隣にある小さな町の、小さなパン屋で働くことになった。
「真面目に努力して頑張りなさい。だけど、どうしてもつらくて仕方がなくなったら、ここに来るといい。困った時は頼ってもいいのだからね」
俺は今までお世話になったお礼を言って、深々と頭を下げた。そして神父さんとシスターたちに見送られて、慣れ親しんだ教会をあとにした。
持ち物はバッグ一つだけだ。その中で一番大事なのが聖書だ。聖書の中身が重要なのではない。本が読みたかったから、この聖書で必死に文字や単語を勉強した。それを見ていた神父さんが特別に譲ってくれたのだ。古びて薄汚れているとはいえ、「神父さんが特別に譲ってくれた」もので「高価な本」なので、俺の一番の宝物なのだ。
貴族ならば馬車に乗るのだろうが、俺にそんな選択肢はない。神官が付き添ってくれ、パン屋までひたすら歩いた。あまり外に出ることがなかったから、目新しいものばかりで興奮した。
「気持ちは分かるが、あんまりはしゃいでると店まで歩けないぞ」
付き添いの神官は、俺が兄のように慕っている人だった。俺の様子を見て苦笑している。
「あっち側の綺麗な建物はお貴族様も使うお店だから、なるべく近寄らない方がいい。あぁ、あそこにある緑の屋根の店が見えるか? あれが職業紹介所だ。もし仕事がなくなってしまったらあそこで紹介してもらえる」
神官は俺に街を紹介してくれる。花屋、布屋、食料品店。どれも物珍しくて心が躍る。その中に本がたくさん並んだお店を見つけた。
「あれは? 本屋さん?」
「貸本屋だ。売っている本もあるだろうが、基本的には本の貸し出しを行っている店だな」
俺は店の前にかじりついて中を眺めた。もちろんお金なんて持っていないから、買うことも借りることもできない。だけど本がこんなにいっぱいあるところがあると知って
「俺にも貸してくれますか?」
「お金があれば、たぶんな」
神官は途中でジュースを買ってくれた。俺にとっては滅多に飲めないご
目的地に着いたのは、昼もとっくに回った頃だった。
「よく来たね」
人のよさそうな老夫婦が迎えてくれた。老夫婦が経営しているパン屋は、従業員が辞めてしまったところなのだそうだ。老夫婦2人だけでは厳しいので、店を
老夫婦は店の屋根裏の小さな部屋を俺に用意してくれた。今までは大部屋だったので、自分の部屋という場所に興奮した。同時にしんと静まった一人の部屋が少し寂しくもあった。
パン屋の仕事は大変だった。まず朝が早い。教会でも夜明けと同時に起きるのが基本だったけれど、こちらは夜明けのずっと前に起きて作業する。そうしないと朝食にパンを買いにくるお客さんに間に合わないからだ。
パンを作るということも重労働だった。最初は生地を
「最初はそうなるさね」
ははっ、と笑ったおじさんは、もういい歳とは思えないくらいに力強かった。
俺はパン屋の老夫婦をおじさん、おばさんと呼んでいた。おじいさん、おばあさんと呼ぶにはまだ少し若い気がしたし、パワフルで元気だったからだ。2人はとても明るくていい人で、孤児の俺にも親切だった。とても恵まれていたと思う。俺には親がいないけれど、もしいたらこんな感じなのかな、なんて図々しくも思ったりした。それだけ2人は俺を気にかけてくれたし、俺も2人を慕っていた。
仕事はきつかったけれど、パンが
「あら、新しい子が入ったの」
「そうなんですよ。おかげでもう少し店を続けられます」
「そりゃ、よかったねぇ」
焼けたパンを店に運ぶと、お客さんが来ているところだった。接客担当はおばさんだ。俺はパンを置いたら軽く頭を下げ、すぐ
「クルト、客の前に出るのはいいが、孤児だったってことはバレないようにするんだぞ」
おじさんがそう注意するのは何度目だろう。俺は静かに頷いた。なんとなく言っている意味は分かった。孤児はあまりよい目では見られないからだ。
それを如実に理解させてくれたのは、それから数カ月後のこと。だいぶ仕事に慣れ、楽しくなってきた頃のことだ。
朝、パンを買っていった客の男が、夕方に店に乗り込んできた。
「おい、ここでは孤児を雇っているそうじゃないか」
男は俺を探すように店内を見回す。俺は隠れてその様子を
「くそっ、食べちまったじゃねえか。変なものを混ぜてるんじゃないだろうな? とりあえず金を返せ。腹を壊したら医者代を請求するからな」
あいにくおじさんは材料の買い出しで店にいない。もし男がおばさんに手を出しそうになれば飛び出すつもりでいたけれど、穏便に済ませようとしたおばさんが返金したことで、男は悪態をつきながら店を出ていった。
「まったく、困った客もいるもんだね。気にしないでいいからね」
おばさんはそう言って、俺の頭にポンと手を載せた。
残念なことに、どうやら孤児の俺がこの店で働いていることは広まってしまったらしい。その頃から明らかに客の数が減った。
「孤児を雇ってるのかい? いずれお金を持って逃げられるよ。やめた方がいいよ」
そう言う人もいた。悪い人じゃないのは分かっている。おじさんとおばさんを心配しているのだ。だけど、俺はそんなことしないのに、と悲しい気持ちになった。
そんな中でも来てくれる常連さんもいたし、孤児だと知っても俺を気にかけてくれる人もいた。それでも売れ残ったパンを見る度に、俺は罪悪感で打ちひしがれそうになった。
「すみません。俺がここにいるから……」
「何言ってんだ」
おじさんは少し強めの口調で言った。おじさんは普段は温厚で優しい顔をしているけれど、パンを作る時だけは頑固おやじのような厳しい顔になる。今おじさんはそんな顔をしていた。
「お前は悪いことなんて何もしていないだろ。堂々としていればいい」
「でも……」
「なに、俺たちはお前が来なければ店を畳むつもりでいたんだ。潰れたらその時はその時だ」
「そうよ。それに、そんなお客さんなんてこちらから願い下げよ。来なくなって清々したわ」
おばさんも隣で笑った。涙が出た。
「ありがとうございます」
その日から、俺は今まで以上に必死にパン作りに打ち込んだ。
パン作りは思った以上に難しくて、おじさんに言われた通りにやってもなかなか上手くいかなかった。それでもだんだんできることが増えていき、ここに来てから1年経つ頃には少しは役に立てるようになり、2年経つ頃には一通りの作業をやらせてもらうことができた。
その頃には減っていた客数も売上も、以前と変わらないくらいまで戻っていた。
パン作りは奥が深い。毎日頑張っているつもりだし、一人で生地から焼くまでできるようになったけれど、おじさんには到底及ばなかった。
「クルト、だいぶ美味しいパンが焼けるようになってきたな」
「でもおじさんのとは全然違います」
「ははっ。俺が何年パン屋をやってきたと思ってんだ。これくらいで抜かれたらたまらんよ」
それからさらに1年。
おじさんのパンにはやっぱり及ばないけれど、俺が一から作ったパンを店に並べられるようになった。孤児が手伝ったというだけで不安がられたり、何か変なものを混ぜたのではないかと疑われたりしたので、とても緊張した。
俺が孤児だったことを知りながら通ってくれる常連さんは、俺が作ったパンを買ってくれた。
「美味しかったよ」
そう言ってもらえた時は、嬉しくて仕方がなかった。
俺はずっとここでパンを焼くんだ。そう思っていた。あの日までは。
ある日の深夜、パン屋に強盗が入った。物音に気が付いて自室の屋根裏部屋から厨房へ下りると、数人の男が金目のものやパンを作るための道具を運び出していた。
「何してるんだ!」
俺は怒鳴ったが、男たちが止める気配はない。まずい、見つかった、という素振りもない。ちょっと面倒だな、という程度の顔をしただけだった。そのうちに気が付いたおじさんとおばさんも下りてきた。それを見た男の一人がニヤリと笑った。
「俺たちはお前らを傷つけたいわけじゃない。大人しくしていれば、手は出さないでやる」
俺はおじさんとおばさんを背に
それでもおじさんとおばさんの店を荒らされるのは我慢ができなかった。飛び出そうとしたその瞬間、おじさんの優しくて厳しい声がした。
「クルト、やめなさい」
「おじさん!」
「見れば分かるだろう? 歯向かってもやられるだけだ。君たち、持っていっていい。だから手を出さないという約束は守ってほしい」
男は笑った。
「そうこなくっちゃ。さっさと運び出そうぜ」
明かりはつけているものの、深夜なので薄暗い。その中でどんどん器具が運び出されていく。生地を捏ねる時に使う大きなボウル、
「クルト」
後ろからおばさんが俺の腕を
「なんでこんなことをするんだ!」
「こうしないと生きられないからだよ。文句があるならお貴族様に言いな」
どのくらい経っただろう。男たちは俺たちにとって大事なものを、乱暴に持ち去った。深夜だったけれどそれから寝られるはずもなく、
光が入ってくると、惨状がより露わになった。あいつらは持ち出せるものをほとんど持っていった。そのまま使うためとは思えないから、たぶんどこかで売るんだろう。
唯一幸いだったのは、男たちが約束を守り、誰にも
すごく悔しかった。毎日使い続けて愛着の湧くものたち。俺でもこれだけ悔しいのだ。おじさんとおばさんはもっと悔しいだろう。涙が止まらない。
「おじさん、おばさん、申し訳ありません」
俺は2人を前に深く、深く頭を下げた。
「なんでお前が謝るんだ? 何かしたわけじゃないだろう」
「していません。だけど、あいつらの中に知っている奴がいた」
盗んでいった男たちの中に、見知った顔があった。同じ教会で育った仲間だった。子供の頃は一緒に笑った仲だ。悪い奴じゃなかった。むしろ優しい奴だった。
でもそんなことを言ってもしょうがない。
「孤児、か」
おじさんがボソッとそう呟いた。
「俺がいたからここが狙われたのかも」
「考えすぎだ。とにかく、片付けようか」
泣きながら荒らされた厨房と店を片付けた。もう焼くことができないのに、仕込んでおいたパン生地が発酵してプクッと膨らんでいる。やるせなかった。
いつもだったら開店している時間になり、何も知らない客たちがやってきた。おばさんが対応する。悲しそうな顔をする人、怒りを露わにする人、いろいろいたけれど、中には俺がやったのか、手引きしたんじゃないかと聞く人もいた。
店が襲われて数日。被害届は出したけれど、結局犯人が捕まることはなかった。最近こういった犯罪が増えているらしい。
「だから孤児を雇うのはやめなって言ったのよ。犯人、元孤児なんでしょう?」
そう言う人もいた。おじさんとおばさんを心配しているのであって、悪気があるわけじゃないことは分かる。だけど悔しくて悲しかった。
「犯人は分かりませんけど、あの子じゃありませんよ」
おばさんはいつも否定してくれた。おじさんも俺がやったとは思っていない。だけど、世間はそう見なかった。元孤児が犯罪者になる確率は、すごく高かったからだ。
「そうかい? 一生懸命やってたようだから、あたしもそれを信じたいけどね。それにしてもひどいねぇ。店はどうするんだい?」
「畳むことになりました」
「それは残念だよ。でも仕方がないよね。あたしはここのパンが好きだったよ。寂しいね。また税が上がるっていう噂だし、これからどうなってしまうんだろうね」
おじさんとおばさんから店を畳むと聞いたのは、2日ほど前のことだ。
「すまないな。もしお前にその気があれば、いずれ店を任せてもいいと思っていたんだがな」
この店には後継者がいない。おじさんとおばさんには娘が2人いるが、もう嫁いで別の町で暮らしている。もしできることならば、俺も後継者になりたいと思っていた。
だけど、今からまた器具を集める余裕はなかった。独り立ちできるほどの技術もまだなかった。襲撃を受けた店を孤児が経営しているとなれば、客も来ないだろう。それに、いつまた店が襲われるか分からない。
何もかもが中途半端だった。
「このままここに住んでも構わないよ。店のものは盗られてしまったけれど、預けておいたお金は少しならばあるからね。贅沢はできないけれど、食べていけないことはないよ」
おじさんたちはそう言ってくれたけれど、さすがにそれにずっと甘えるわけにもいかない。
俺は次の仕事を探すために、隣町にある職業紹介所へ行った。おじさんには「親戚ということにしていいから孤児だと名乗ってはいけない」と言われていたけれど、何も悪いことはしていないはずなのに嘘をつくのが嫌で、正直に言ってしまった。結果、すぐに追い返された。孤児なんかを
◆◇◆◇◆
俺はパン屋を出て、教会のある街に戻ってきた。都会の方が仕事が見つかりやすいと思ったからだ。あるのは少しの身の回りの品と、わずかなお金だけ。「少しで悪いね」と言いながらおじさんとおばさんがくれていたお給料を貯めたものだ。
それから俺は職を転々とした。
最初は飲食店の下働き。言われたことはなんでもこなしたが、半年くらい経ったところで孤児だったことがバレてしまい、追い出された。次も飲食店だった。その次は農家で、その次は商会の雑用係。他にもいろいろやったが、どれも長くは続かなかった。
それからしばらく仕事が見つからなかった。持っていたお金もほとんど底をつき、住むところもない。ふらふらと街を
いくら頑張ったところで元孤児だと分かれば蔑まれ、辞めさせられた。まともな職につけないことが続き、俺は自暴自棄になりかけた。
「なぁ、前世の俺。お前はなんでそんなに頑張ったんだ?」
思わず呟いた。大人になるにつれて徐々にはっきりしてきた記憶。やはり前半はぼんやりしていてほとんど分からないが、後半はなんとなく思い出せる。
俺は鉱山で苦労していた。毎日鉱山に潜ってひたすら岩を砕いている。そこから抜け出せる未来なんてなく、実際にそのままそこで死んでいる。前半が分からないからどうとも言えないけれど、報われた人生だとは思えない。それなのに腐らなかったのはなんでだ?
前世の俺は後悔ばかりしていた。その後悔が教えてくれたのは、とにかく真面目に努力することだった。だけど、真面目に努力したところで何がある? もし職につけたって、また孤児だったことを理由に追い出されるだけだ。生きていることに、なんの意味がある?
「くそっ」
石を蹴ったら、足に血が
俺はその日眠る場所を探して、路地裏に入った。だが残念ながら先客がいた。別の場所を探そうと踵を返しかけた時、その先客と目が合った。彼はなぜか俺を見て目を丸くした。
「もしかして、クルトか?」
俺が目を見張ると、彼は嬉しそうに顔を明るくした。
「やっぱりそうか! 俺だよ、ラルフだよ。孤児院でお前と同じ部屋だった」
「ラルフ、なのか?」
そこにいたのは、かつての仲間だった。ガリガリに
水を浴びることもしていないようで、異臭がした。
「分かってくれたか? こんななりだから、分かんないかと思った」
へへっとラルフは笑った。その顔は、孤児院で共に遊んだ時の顔を思い出させた。
「クルト、お前ももしかして宿なしか?」
小さく「あぁ」と答えると、ラルフは「そうか」と呟いて、少し残念そうな顔をした。
「なぁ、少し話そうぜ。俺はたぶんもうすぐ死ぬからさ。少しだけ付き合ってくれよ」
「何言ってるんだ?」
「へへっ、今は珍しく起きてたんだけどな。寝たり幻覚を見たり、最近はそんな時が多いんだ。きっともうすぐお迎えが来る。俺には分かるんだ」
ラルフに悲痛さはなかった。むしろ、そのお迎えを望んでいるようにさえ見える。
もしかしたら怪しい薬に手を出したのかもしれない。孤児院の頃に絶対に駄目だと教わった薬だ。一時だけ幸せな夢を見られるという薬は、いずれ身体を滅ぼすと聞いた。
「クルト、あの時はすまなかったな」
あの時とは、おじさんとおばさんのパン屋に強盗が入った時のことだとすぐに分かった。ラルフはその男たちの中にいた。
「言い訳になるけれど、そうしなきゃ生きられなかったんだよ。あの時はまだ、ああしてでも死にたくなかったんだ。許せとは言わない。でも悪かったとは思っている」
ラルフはパン屋で俺の顔を見て、ひどくつらそうな顔をした。やりたくてそうしているわけじゃないことくらいすぐに分かった。もともと気が小さくて、優しい奴だったのだから。
「事情があったんだろうとは思うけど、許す気はないさ。俺はあの時、いろんなものを失った」
俺は少し間を開けてラルフの横に座った。どうせ行く当てもない。仕事もやることもないのだから、時間だけはたっぷりある。
「俺さ、孤児院を出たあと、斡旋してもらったところで働いたんだけどさ」
ラルフは孤児院を出てからのことをぽつぽつと語った。
斡旋された仕事先は、そこそこ人数のいる作業所だったそうだ。孤児だからという理由できつい仕事ばかりを割り振られ、罵られる日々だったという。
「言われた仕事はちゃんとやるつもりだったんだ。だけど、どいつもこいつも俺に嫌な仕事を投げてくる。一人じゃ終わらなくて、でもやらないと怒鳴られた」
ラルフがやった仕事は他の人の功績になった。さぼっていた奴らはしっかり給料をもらい、ラルフにはわずかだけ。やっても認められないのに、失敗だけは人の分まで叱責された。
「中には俺に同情的な人もいたよ。食事を横取りされた時に、こっそりあとからくれたりさ」
でも表立って庇うことはできなかったという。それだけ上の力が強かったそうだ。
一応は教会が斡旋した職場なので、衣食住は粗末ながらも整えられていたらしいが、与えられたのは大部屋で、部屋に戻ってからも蔑まれたそうだ。そんな日々に休まる時間はなかっただろう。おじさんとおばさんのパン屋で働けた俺は、すごく恵まれていたんだなと実感した。
「ある日、同室の奴が部屋に置いていたはずのお金がないって騒ぎ出してさ。お前が盗ったんだろうって、俺のせいにされたんだ。俺じゃないって訴えたけど、誰も聞いちゃくれなかった」
ラルフはへへっと笑った。笑うところではないと思うが、それからしばらくラルフはへへへへっと笑っていた。目が虚ろで常人ではない様子だ。
「大丈夫か?」
「……どこまで話したっけ?」
「ラルフはやっていないのに泥棒扱いされたとこ」
「あぁ、そうだっけ。それで、もう全部が嫌になって逃げ出した」
教会を頼っても連れ戻されるだけだと思ったラルフは、住むところもなく辺りを転々としていたそうだ。仕事も得られず、もともとわずかだったお金はすぐに底をついた。
「食べるものもなくなってゴミを漁っていた頃、親分に拾われたんだ。パンが食べられたし、誰も俺を悪く言う奴はいなかった。俺と同じように孤児だったっていう奴も多かったな」
親分とは、パン屋に強盗に入ったメンバーの中で交渉してきた一番偉そうな人だそうだ。街に受け入れられなかった者たちの集まりで、盗みを働き、それを売って過ごしてきたという。
「盗むのは駄目だってことは分かってた。最初は戸惑ったよ。だけど、盗んでいなくたって盗んだって言われるんだ。だったらどっちでも同じじゃないかって思ったんだよね」
その中の一軒が、おじさんとおばさんの店だったらしい。俺がいることを知って、パン屋に来たのではなかったようだ。俺の顔を見て驚いたとラルフは言った。
「言い訳にしかならないけどさ、俺にとってはそうして過ごすのが普通になってた。盗んで生きるか、野垂れ死ぬか、どっちかだったんだ」
またラルフはへへへっと笑った。時折意識が飛ぶようで、しばらく沈黙したり、そうかと思えばしゃべり続けたりする。意識も混濁するのか、同じようなことを何度も言ったりした。
「ラルフ、なんでお前一人でここにいるんだ? その親分はどうした?」
「捕まっちゃったんだよ。俺は偶然その時仕事を頼まれて
それからまた転々として、今に至るという。その間に仲よくなった人がいたらしい。似たような境遇で意気投合したというその人は、ラルフが言うには、去年亡くなったそうだ。
「その人がラルフに何か、勧めたのか?」
「……そんなことより、お前の話を聞かせてくれよ」
その人がラルフに薬を教えたのだろうと推測したけれど、ラルフは言おうとはしなかった。
「パン屋はどうなったんだ?」
「あのあと、店を畳むことになったさ」
「……そうか」
「そのあとはいくつかの仕事を転々としていた」
俺はごく軽くだけ、今までのいきさつを話した。途中でラルフの手が震えていることに気が付いて「大丈夫か?」と聞いたけれど、「いつものことだから気にするな」と返ってきた。聞いていたのか意識を飛ばしていたのか分からないが、俺が話し終わるとラルフは顔を上げた。
「やっぱりクルトはすごいなぁ。いくつものところで働けたんだもんな」
「今は職なしだけどな」
自嘲気味に鼻で笑ったが、ラルフは本当にすごいと思っているようだった。
「孤児院にいる時から、他の奴らとは違うと思ってたんだ。勉強もできたし、そういえばいつも本を持ってた。神父さんやシスターに分からないところをしつこく聞いて回ってたな」
「よく覚えてるな」
「懐かしいな。あの頃に戻りたいな」
孤児院にいた頃から孤児が
隣を見ると、ラルフの身体は明らかに震えていた。暑い日でもないのに汗をかいている。「もうすぐ死ぬから」と言っていたのは冗談ではなかったのかと思い至る。
「おい、大丈夫か?」
「大丈夫ではないのかなぁ、よく分からない」
震えながらへへっと笑う。笑っている場合じゃないだろう。
「俺さぁ、普通に生きたかったんだよ。お貴族様みたいに煌びやかな生活じゃなくていい。お金持ちじゃなくてもいいから、ちっちゃな家で毎日困らないだけの食べ物があって、一緒に笑い合える人がいて。そんな生活」
「うん、そうだよな」
「だけどさ、気付いたらそれを奪う側になってたんだ。どうしてこうなっちゃったのかな」
パン屋に強盗に入ったことは許せない。だけどもし自分がラルフの立場だったら、絶対やらなかったと言えるだろうか。
「なぁクルト、お前、今は宿なしって言うけど、ずっとそうだったわけじゃないんだろう?」
「あぁ」
「お前はまだ間に合う。俺みたいになるな」
ラルフが俺を見上げる。落ちくぼんでぎょろっとしているけれど、その目は子供の頃と同じ、優しい目をしていた。
「死ぬ前にお前に会えて嬉しかった。もう行け」
ラルフはそのまま横に倒れ、目を閉じてしまった。俺は目を丸くして近くに寄る。
「ラルフ? おい、ラルフ!」
本当に死んだのかとぎょっとして確かめると、呼吸はあった。眠っているだけのようだ。
俺は残っていたわずかなお金を使って一番安いパンを買った。飲める水を
俺も少しうとうとしたらしい。隣で動く気配がして目が覚めた。
「誰だ?」
「クルトだ。忘れたか? ちょっと前まで話していただろう」
「……あぁ、クルトか、クルト? なんでいる?」
まだぼんやりしているのか、はっきりと認識できていないような目をしている。
「とりあえず飲め。水だ。パンも少しだけどある。食べられるか?」
最初は遠慮していたラルフだが、喉が渇いていたらしく水を受け取って飲んだ。パンは少しだけ、ゆっくりと食べた。気を使ったというよりは、それだけしか食べられないように見えた。
「ラルフ、行くぞ。ちょっと付き合ってくれ」
「どこにだ?」
教会に、と言えばついてこないと思って、行き先は伏せた。孤児院にいた時に、教会には孤児のための施設の他に、病気の人や動けない人のための施設があると聞いたことがある。そこへ行けばもしかすれば、と思ったのだ。幸いここから教会までは遠くない。
ラルフを支えて立ち上がると、俺は肩を貸してよたよたと歩き出した。途中でラルフは歩けなくなり、背負った。驚くほどに軽かった。置いていけと言われても従う気にはなれなかった。
「なぁ、なんで俺を連れていこうとするんだ? クルトにとって、俺は盗人だろ?」
「なんでだろうな。俺にも分からない」
自分はもう生きている意味なんてない、死んでもいいかもしれない、なんて思っていたのに、実際に死にそうな人を見たら、なんとかしないと、と思ったのはどうしてだろう。
教会に着いた時、ラルフは意識を失っていた。中に入ると、おばさんのシスターがこちらに気が付いて顔を
「すみません、あの」
声をかけると、シスターは俺の顔をまじまじと見て目を丸くした。彼女はよく子供たちの世話をしてくれる優しいシスターだった。俺がここを出た時は12歳。それから7年が過ぎている。背も伸びたし顔つきも変わったけれど、どこか見覚えがあると思ってくれたようだ。
「お久しぶりです、クルトです。ここの孤児院出身なんですけれど、覚えていますか?」
「もちろんだよ。あぁクルト、大きくなったねぇ」
俺のことが分かっただけでなく、こんな状況ながらも懐かしそうな顔をして微笑んでくれた。
「一体どうしたんだい? 背負っている人は?」
「ラルフです。俺と同じくらいの時期にここの孤児院にいた」
「えっ」
驚いて俺の背を覗き込んだことからすると、シスターはラルフのことも覚えていたようだ。
「偶然会ったのですけれど、この状況で。なんとか助けていただけないかと思って……」
シスターは回り込んでラルフを見て、口元を押さえた。
「意識がないの?」
「はい。呼吸はあるので寝ているだけかと思います」
「とりあえず、場所を移しましょう。ついてきてちょうだい」
シスターのあとについて、俺はラルフを背負ったまま一度外に出た。そこから教会の敷地内をしばらく歩き、奥にあった粗末な小屋に案内された。この教会で育ったけれど、こちら方面に来ることは禁止されていた。ここに来るのは初めてだ。
中から男の声が聞こえる。普通に会話しているような声ではない。呻くような、嘆くような、そんな声。ここがそういう人たちの施設なのだとすぐに分かった。
「ここで少し待っていてくれるかしら。話を通してくるから」
シスターは小屋の中の一室に俺たちを通すと、そう言って出ていった。寝台のようなところにラルフを寝かせると、窓を開けた。室内に
連れてきたのは失敗だっただろうか。もしかしたら路上で死にゆく方が、ラルフにとってはよかったのかもしれない。そんなことを考え始めた時、先ほどのシスターと神官が一緒に入ってきた。シスターが、この神官がここの施設長であると教えてくれた。
「今までどんな様子だった?」
ずっと一緒にいたわけじゃないから詳しいことは分からないけれど、俺はラルフと会ってからの様子を伝えた。話が終わると神官はラルフを軽く診察し、小さくため息をついた。
「孤児院出身か。その後親族やそれに近い人は?」
「分かりませんが、おそらくいないかと」
「なるほど。分かった、とりあえず一度預かろう。その後の処遇はこちらに任せてもらうということでいいか? 引き取れないから連れてきたんだろう?」
「はい、すみません」
「責めてるわけじゃないんだ。連れてきてくれてよかったよ」
俺たちが話している間、ラルフは目覚めなかった。目覚めた時にここにいることを、彼は怒るだろうか。
話を終えて、俺はシスターと共にその施設を出た。シスターはラルフの様子に心を痛めていたようだけれど、それを顔に出さないように俺に微笑みかけた。
「クルトは今どうしているの? 貴方の話を聞きたいわ。住まいは近く?」
「あ……」
思わず言葉に詰まってしまった。その一瞬でシスターは何かを察したらしい。失敗した。嘘でも元気にやっていると言うべきだった。
「着替えは持ってる?」
シスターは俺のバッグを見ながら聞く。日常的に持ち歩くには大きいそのバッグには、今の俺の全ての荷物が入っている。当然少ないが服も入っていたので、俺は頷いた。
「そう。ならば、まずは身を清めてくるといい。場所は知っているわね?」
「ですが……」
「あの状態のラルフをここまで背負ってきたのでしょう。正直に言って、
俺はラルフをお願いできたら戻るつもりでいて、教会の世話になろうとは思っていなかった。そんなことはお見通しとばかりに、シスターは目尻を下げて微笑んだ。
「心配ないよ。今の時間は誰も使っていないし、上にも話はしておく。今着ている服も一緒に洗っておきなさい。終わったら必ず声をかけてね。勝手に出ていっては駄目よ」
俺は苦笑した。そっと出ていこうとしていることも、お見通しだったらしい。
確かに臭いだろうと思い、ありがたくその言葉に甘えさせてもらうことにした。
身体を洗うと、とてもすっきりした気分になった。ラルフの臭いもついていただろうが、俺も数日洗っていなかったのだ。服も洗って干し、身支度を整えると、教会の建物に入った。
俺はシスターのいる執務室の近くで待つことにした。自分から顔を出す勇気はなかった。もし俺が立派な身なりをして、手土産や寄付金でも持っていれば、誇らしい気持ちで堂々と入れただろうに。次にここに来る時にはそうありたいと思っていたのに、現実はこんなものだ。
「まぁ、もしかしてクルト? 立派になって」
すぐに別のシスターに見つかった。立派でなくてすみませんと心の中で謝って、取り次いでもらう。先程のシスターは中にいたようで、すぐに出てきてくれた。
「あら、声をかけてくれればよかったのに」
「すみません。洗い場ありがとうございました」
「いいのよ。ついてきて」
お礼を伝えたら去るつもりだったのに、シスターはスタスタと歩いていく。疑問を飲み込んであとに続いた。シスターには逆らうべからず。逆らっても敵わないと幼い頃に習得済みだ。
シスターはしばらく進むと、ある部屋の扉をノックした。「どうぞ」と声が中から聞こえた。
「失礼します。クルト、入って」
通されたのは神父さんの部屋だった。部屋の内装は子供の頃に入った時のまま。そして懐かしい顔が正面にあった。
「久しぶりだな、クルト。元気そうだな」
神父さんは
神父さんは俺の様子を見て苦笑した。
「そう縮こまるな。ラルフを連れてきてくれたんだって?」
「はい」
「そうか。ラルフが、なぁ。ところでクルトは今どうしているんだ?」
神父さんは優しく微笑んだ。俺は神父さんには特殊な力があると思っている。なぜかこの人を前にすると嘘とか冗談は言えなくなって、
気が付けば俺は孤児院を出てからのいきさつを全て話していた。
「そうか、大変だったね」
神父さんが発した言葉はたったそれだけだったのに、何かがストンと落ちた気がした。
そうか、大変だったのか。大変だったよな。
その一言には
それと同時にハッとした。この方は俺が長々と身の上話をしていいような人ではないのに。
「すみません、話し過ぎてしまいました。お会いできて嬉しかったです。では……」
「クルト」
挨拶をして去ろうとした俺を
「孤児院に赤子が3人も入ったんだ。それなのに神官とシスターが減ってしまってね」
孤児院にいる子供たちは助け合って生きている。大きい子が小さい子の面倒を見るのは当然のことで、俺もそうしてきた。だから赤子が3人というのが大変なことは分かるつもりだ。
「そうでしたか」
それは大変ですね、という意味を込めて言うと、神父さんがニコリと笑った。
「しばらくの間でいいから、孤児院の手伝いをしてくれないか?」
「え?」
「見習い神官の部屋には空きがある。食事は子供たちを見ながら一緒に食べてあげてほしい」
それからいくつかの条件が示された。給料は出ないので、いつ辞めてもいいこと。手が足りない時間以外は自由に過ごしてもらっていいこと。宿なしでお金もなく、食べるものさえ手に入れられない今の俺にとっては、どれも破格の条件だった。
「クルトならば状況が分かっているから助かるんだけれど、いいかい?」
「……ありがとうございます」
俺は深く頭を下げた。その途端に涙が落ちそうになった。どう考えても俺の今の状況を思って、口実を作って助けてくれたのだ。懸命に涙を堪えて頭を上げられない俺に、神父さんは「助かるよ、よろしくね」と声をかけて席を立ち、そのまま部屋を出た。きっとこれも神父さんの優しさだ。俺はその部屋で一人、泣いた。
◆◇◆◇◆
それから俺は神官見習いの大部屋の一角を借り、食事もとれるようになった。少しでも役に立たなければと、一生懸命孤児と向き合った。赤子の世話は大変だし、子供たちは皆元気だ。雑用もたくさんある。暇なく動き回り、役に立てている実感が持てることが心地よかった。