プロローグ


 王宮の宝物庫には、王族の所有するたくさんの宝物が保管されている。きらびやかな王冠、宝石のたくさんついた首飾りや腕輪、ブローチ。見ているだけで目がチカチカしてくるようなまぶしさだ。

 これらは値段のつかない価値のものばかり。それ故にこの宝物庫は厳重に管理されている。自由に入ることができるのは王と王妃、それからここを管理する数人の役人のみ。他の人がここに立ち入るには、厳重な審査と許可が必要になる。

 この国の第一王子であるクラウスは7歳になり、初めて宝物庫に入ることを許された。さすがに王妃もこれらの宝物にいたずらをされたら困るので、今までは許可を出さなかったのだ。

「いいですか、わたくしから離れてはいけません。それからいいと言ったもの以外、触れてはなりませんよ」

「分かっていますって」

 クラウスは母である王妃、宝物庫の管理官と共に中へ足を踏み入れ、ぐるりと見回して「わぁ」と感嘆の声を上げた。

「綺麗でしょう?」

 クラウスの目を引いたのは金の剣だ。儀式の時に国王である父が身に着けていた記憶がある。

「母上、いずれ僕もこれを使うのですか?」

「そうですね」

 それを想像すると、なんだか誇らしくなってくる。自分はいずれここにあるごうしゃな王冠をかぶり、金の剣をつけるのだ。それをクラウスは当然の未来として捉えていた。

 ふと煌びやかな一角から視線を外して反対側を見ると、宝物には見えない古びたものたちが置かれた場所があった。

「母上、あちらはなんですか?」

「あぁ、あれらも宝物なのですよ。行ってみましょうか」

 王妃と共にクラウスはそちら側までゆっくりと歩く。

「この剣は初代王が自らいくさに赴き敵将を倒した剣と言われているのですよ。あちらは三代目王妃が愛用したカップ。割れてしまっているけれど、細工は見事でしょう?」

「ふぅん」

 どうやら歴代の王族が使用した何からしい。近づいてみても、クラウスにはそのよさは分からなかった。どう見てもただのガラクタだ。

 折れた剣は使えないし、ところどころさびていて見た目にも綺麗じゃない。端が取れてしまっている女物の小さな冠は、変な形に曲がっていてなんだか不吉だ。割れて使えないカップより、新しくてキラキラしているものの方がいいに決まってる。こちら側に来なければよかった。

 クラウスはそんなことを思いながら、興味なく母のあとをついて歩いた。

「これは五代目の王妃、だったかしら、の耳飾りよ。壊れてしまっているけれど、宝石だけは今でも綺麗でしょう? 石だけ取り出して加工できないかしら」

 王妃は宝石が好きだ。そんなことを言って、管理官に「おやめください」とたしなめられている。

 新しい宝石を取ってこさせればいいのに。

 クラウスはつまらなくなってきたが、王妃はガラクタに夢中だ。逆を向けば煌びやかな甲冑かっちゅうが見える。やっぱりあっちの方が好きだ。それでも母から離れるなときつく言われている。仕方なくガラクタに視線を戻して王妃の後ろにぶらぶらとついていた。

 ふと落としていた目線を上げると、ガラクタが並んだ先の角に何か光っているものが見えた。金属的なキラキラではなく、柔らかい白い光を放っているように見える。

「母上、あれはなんですか? あの光っているやつです」

 王妃はクラウスが指差す方向を見た。でも王妃には光っているものなど見当たらない。

 クラウスが指差しながら数歩進むと、光はさらに強くなった。まるで引き寄せられるようにその光に向かっていく。

 そこにあったのは、取っ手のついた小さな丸い鏡のようなものだった。

「これです。どうしてこんなに光っているのでしょう?」

 なぜかとても触れたくなった。触ってみたくてたまらない。だけど触れるなときつく言われている。ぐっと我慢して母を見上げる。

「光ってはいないと思うけれど?」

 不思議そうな顔をしながら、王妃はそれを手に取ってながめた。

 王妃が動かすたびまばゆい光が発せられてクラウスは目を細めた。それにもかかわらず、不思議なことに王妃が眩しがる様子は全くない。

 鏡らしき丸い部分はくもっていた。王妃が覗き込んでみると、自分の顔の輪郭がぼんやりとだけ映った。

「何かしら? 手鏡のように見えるけれど、曇っていてよく見えないわ。あなた、分かる?」

「あぁ、こちらですか」

 宝物庫の管理官が、それを見て微笑んだ。

「王家に伝わる秘宝の一つで、『三度の手鏡』と呼ばれるものでございます」

「三度?」

「三度、己の姿をその鏡で見せてくれるそうです。国が滅びる前兆が現れた時、必要な者がその力を得る、と言い伝えられているのですが、正直なところその意味はよく分かっていません」

 この手鏡の持ち主が誰であったのか、力、というものがどんな効果をもたらすものなのか、正確なことは何も分かっていないという。

 王家の秘宝というものはいくつもあって、それぞれに異名や迷信があったりする。例えば一つだけ願いを叶えてくれるブローチとか、一定時間だけ時を止めてくれる指輪とか、怖いものでは呪いをかけられるネックレスというものもある。それらも同じようにこの部屋に置かれているが、効力を発揮した秘宝を見たことがある者はいなかった。なので王妃も管理官も、その一つだろうと特に気に留めなかった。

「母上、僕も見たいです」

「いいでしょう。壊さないように気を付けるのですよ」

 クラウスが母から手鏡を受け取った瞬間、光がさらに強くなった。こんなに眩いのに、王妃たちにはその光が見えていないようだ。

「わぁ、綺麗」

 王妃は曇っていてよく見えないと言うが、クラウスには曇りも傷も一つも見えない。真新しい磨きたての鏡に見えた。

「綺麗かしら? わたくしにはそうは見えないけれど、クラウスはそれが気に入ったのね」

 王妃は首をかしげている。

 こんなに綺麗なのに、どうして分からないのだろう。ここにある他の宝物とは比べ物にもならないくらいなのに。

 そう思いながらクラウスは鏡に自分の顔を映した。その瞬間、鏡は一度激しく光った。クラウスは驚いて手を離そうとした。しかし、まるで固まってしまったかのように手が動かない。

 そのまま光はだんだんクラウスの中に吸収されていく。

 ……何?

 クラウスはあわてた。声を発したつもりだったのに、口が動かない。それどころか手も身体も全く動かない。

 ……熱い。

 そうしているうちにも光はどんどんクラウスの中に入ってきて、その度にクラウスの身体は熱くなる。何かが入り込んでくるような感覚に絶叫したが、声になることはなかった。

 そして、ふっと光が消えた。固まっていた身体が自由を取り戻す。

 同時にクラウスはその場で意識を失った。