間一髪、間に合った……!

シアは目を白黒させて、わたしを見上げた。

「く、クレア様……」

「ここで死ぬなんて、わたしが許さない」

「で、でも、私のせいで……クレア様が……」

「わたしが破滅したのは、シアのせいじゃない。わたしが……愚かで傲慢だったから。それだけ」

「そんなことないです。私は……クレア様を傷つけてしまって……謝りたくて……」

「謝らないといけないのは、わたしの方だもの。ずっと、ずっと言いたかったの。裏切ってごめんなさい。シアは……わたしの親友だったのに」

シアは目を大きく見開いた。そして、真紅の美しい宝石のような瞳から、ぽろぽろと涙をこぼす。

シアはわたしにぎゅっとしがみついて尋ね返す。

「今でも……クレア様はわたしのことを親友だと思ってくれるんですか?」

「もちろん。シアはわたしの親友。今回は妹でもあるけれどね」

わたしは、くすっと、シアを安心させるように笑ってみせる。

シアはこくんとうなずいた。

「シアが死ぬぐらいだったら、わたしは破滅したっていい。でもね、きっとわたしもシアも、一緒に生きていく道があると思うの」

「……信じていいんですか?」

「わたしはシアのお姉ちゃんだもの。二人で、やり直した人生の道を探しましょう」

わたしの言葉に、シアの目の妖しげな光が薄れていく。

たぶん、もう大丈夫だ。

シアは、何かに……洗脳されて、操られているようだった。

その何かが、消え去ったのだと、わたしは感じた。

もともと時計台の入り口に護衛がいたはずなのに、どうやって気づかれずにここまでシアが来たのか、という問題もある。

なにか……わたしたちの敵が、それこそ魔法を使っているとしか思えない。

考え込んでいると、腕の中のシアが小さく身をよじる。

「そ、その……クレア様」

「なに?」

「ずっと抱きしめられているのは、恥ずかしいです……」

ああ、そうだった!

シアが飛び降りないようにと、思わず抱きしめてしまっていた。

シアの身体はあったかくて、とても心地よかった。

わたしは、頬を赤くするシアに、微笑む。

「そうそう、シア。シアはわたしの妹なんだから、『クレア様』なんていう他人行儀な呼び方は、やめない?」

「え? で、でも……どうお呼びすれば……?」

前回の人生では、わたしは公爵令嬢、シアは平民の娘だった。

でも、今は違う。姉妹なのだから。

「フィルみたいに、『クレアお姉ちゃん』って呼んでほしいの」

「……そ、そんな! 恐れ多いです……」

「そう呼んでくれないと、ずっと抱きしめたままだから」

シアは呆然とした顔をして、それから、恥ずかしそうに目を伏せる。

そして、小さく唇を動かした。

「……く、クレアお姉ちゃん?」

「そう! それでいいの」

わたしもシアも、やり直した。

前回の人生の記憶を、忘れることはできない。

でも、やり直したのだから、きっと今までの関係の上に、新しい関係だって作れるはずだ。

「シア、あのね、姉の役割はね、甘やかされたり奉仕されたりすることじゃないと思うの。妹や弟を守ってあげるのが、わたしの役割だから」

「それはクレア様が……いえ、クレアお姉ちゃんが、わたしのことを守ってくれるということですか?」

「そのとおり!」

わたしはその言葉とともに、シアの体を放した。シアはようやく、優しく微笑んでくれた。

「それは……とっても嬉しいです!」

振り返ると、フィルがむうと頬を膨らませている。

ヤキモチを焼いてくれているのかもしれない。可愛いなあ、と思う。

わたしはフィルに近寄り、そっとその頭を撫でた。

フィルはびっくりしたようにわたしを見上げる。

フィルがシアに対して、死んじゃだめだ、と叫ばなかったら、わたしは道を間違えていたかもしれない。

「フィルの言葉のおかげで、わたしは間違えずに済んだの。ありがとう」

「ううん。お姉ちゃんが決めたことだよ。……あのね、『やり直し』って何のことか、教えてほしいな」

そう。わたしはフィルに、やり直しのことを説明しなければならなくなった。

前回の人生で、わたしはフィルに処刑された。そのことをどこまで説明するか、何をフィルに伝えるか、考えないといけない。

それに、シアを操っていた敵が誰なのか、それも知らないといけない。きっとその人物こそが、わたしがやり直したことを知っている。

だけど、今は姉と妹と弟が揃って、帰る場所がある喜びを噛み締めたかった。

赤い夜の魔女の刻印は、消えていた。

今回の人生は、前回の人生とは違う。

わたしもフィルもシアも、一緒だ。

これから、フィルのことも、シアのことも、もっと大事にしないと。

わたしが微笑むと、フィルもシアも、天使のような笑顔を浮かべてくれた。