「オレには……あのペンダントを手に入れても、一緒に身に付けたい相手なんていない。オレが信じるのは……オレだけだからだ」

「わたしとは……違うんですね」

サグレス王子のことを、わたしはたぶん、何も知らない。

ただ、宮廷は陰謀の渦巻く場所で、そんな中でサグレス王子は第二王子として育ったわけで……自由に生きてきたように見えて、きっと、そうではないんだろう。

「頑張って、クレアお姉ちゃん!」

遠くからフィルの声がする。

そう。わたしには、わたしを信じてくれて、わたしがその人のために戦える人がいる。

わたしはサグレス王子の激しい攻撃を受け流した。

バシリオ先生から教えられた技術で、なんとかサグレス王子の攻撃を防げているけど……決定打がない。

「あんたじゃ、オレには勝てない!」

わたしはさらに後ろへ下がろうとして、一瞬、足がもつれた。

……しまった!

サグレス王子は剣を大きく振りかぶり、振り下ろそうとした。

このままじゃ……危ない!

そのとき、わたしは記憶が蘇った。

そうだ。

前回の人生で、わたしはサグレス王子の、剣術大会での決勝戦を見ていたのだ。

そのときも……似た場面があった。体勢を崩した相手に、サグレス王子は大きく剣を振りかぶった。

その振りかぶり方は、わずかだけれど、隙があった。きっと相手が体勢を崩したのを見て、大きくためを作ったんだと思う。

そう。

普通なら、そのまま体勢を立て直そうとしているうちに、サグレス王子の剣が迫り、負けてしまう。

けど、サグレス王子に生じたわずかな隙を……もしかしたら、勝てるかもしれない!

わたしはそのことを一瞬のうちに考えて、崩れかかった体勢から前へと無理に踏み込んだ。

そして、サグレス王子のもとへと飛び込む。

サグレス王子が驚きの表情を浮かべ、瞬間、怯む。そこにわたしは剣を横にぎ払った。

わたしの剣は、サグレス王子の胴を捉え、そして、綺麗に直撃した。

サグレス王子の手から、剣が落ちる。

金色の瞳が、呆然としたように、わたしを見つめている。

審判の先生が、クレア・ロス・リアレスの勝利、と短く告げる。

会場の広場はしーんと静まり返り、その直後、とても大きな歓声が上がった。

わたしが勝った、ということらしい。

自分でも信じられない。

サグレス王子はとても強かった。そんな相手にわたしが勝てたのは、前回の人生の知識と、バシリオ先生の指導があったからこそだと思う。

それに……フィルもわたしを信じてくれていたから。

「そうか……オレの負けか」

サグレス王子が、小さくつぶやく。

わたしは微笑んだ。

「やっぱり、殿下のお妃にはなれません」

「……ははは。情けないな。あんなことを言っておいて、負けるなんて……」

サグレス王子は弱々しい笑みを浮かべ、やがてうつむいた。

わたしは、そんなサグレス王子の手を取る。

びっくりしたように、サグレス王子は、わたしの目を見た。わたしもにっこりと笑って、その金色の瞳を見つめ返す。

「良い戦いだったと思います。殿下のような方に勝つことができて、誇らしく思います」

「世辞はいいよ」

「本心ですよ?」

そして、わたしはぎゅっとサグレス王子の手を握った。

サグレス王子は……顔を赤くして、上目遣いにわたしを見た。

「あんたの……いや、君の弟を傷つけようとしたのは、悪かった。あの決闘のことも謝るよ。だから、許してくれるか?」

「はい。二度とフィルを危ない目に遭わせようとしない、と約束してくだされば」

「もちろん約束するよ」

そして、サグレス王子は、穏やかな笑みを浮かべた。これまでの、魅力的だけれど、乾いた笑みとは違う。

とても自然な……十三歳の少年らしい笑みだった。

観客たちに、わたしたちの会話は聞こえない。互いの健闘をたたえていると思っているのか、大きな拍手が起こった。

やがて審判の先生がわたしに微笑み、そして、二つのペンダントをくれた。

濃い緑色の宝石。

輝魔石だ。

フィルがわたしに駆け寄ってくる。

「お姉ちゃん、おめでとう!」

フィルはわたしの正面に立ち、そして、嬉しそうな笑みを浮かべた。天使のような表情だった。

わたしはそんなフィルを抱きしめようとして……思いとどまった。

今は、フィルを抱きしめるより、大事なことがある。

わたしはそっと、輝魔石のペンダントを手にとった。

そして、それをフィルの首にかける。

フィルは照れているのか、服の襟の下の首筋は、真っ赤だった。

そのペンダントの輝魔石はフィルの胸元で、わずかに光を放った。濃緑色の宝石の中に、まるで星のような輝きが走っている。

微弱な魔力が、そんな美しさを見せているのだと思う。

「これで……ずっと一緒、だよね? お姉ちゃん?」

「ええ、もちろん!」

夜の魔女とはなにか、預言は何を導くのか、次の王には誰がなるのか、そして魔女崇拝者たちが何をしようとしているのか。

問題は山積みだ。

ずっとフィルと一緒にはいられないかもしれない。

でも、今は、わたしのそばにまだ、フィルがいて、こうしておそろいのペンダントをつけることができる。

「クレア様」

振り返ると、アリスが楽しそうな顔で、わたしを見つめている。

そして、アリスは観客席のわたしの仲間たちを指差した。

「フィル様が可愛いのはわかりますけど、みんなすねちゃいますから」

アルフォンソ様とレオンとシアが、むうっと三人揃って頬を膨らませて、わたしたちを睨んでいる。

「わ、わたし、なにかした?」

「それはもう。みんなヤキモチを焼いているんですよ。フィル様だけがペンダントをもらえて悔しがっているんです」

「そ、そうなの!?

「はい! なので、一緒に早く戻りましょう。あたしとシア様が腕によりをかけて料理を作って、優勝の祝賀会を行いますから!」

そうして、アリスはスキップするように駆け出した。わたしとフィルは顔を見合わせて、そして、慌ててアリスの跡を追った。

歩きながら、フィルが言う。

「みんなもお姉ちゃんのことが好きなんだね」

「そうだと嬉しいけれど」

「でも……お姉ちゃんにはぼくのことを一番大事にしてほしいな」

フィルが小さくつぶやいたのを聞いて、わたしは微笑んだ。

「フィルのことが一番大事。だって、わたしの大切な弟だもの」

ふわりと、爽やかな心地よい風が、広場に吹く。

そろそろ夏がやってくる。

学園に来て、初めての夏で……長期休暇もある。

フィルとどんなところに出かけよう?

わたしはわくわくしながら、胸を躍らせる。

そして、みんなのもとへ、フィルと一緒に戻った。