Ⅲ 剣姫VS王子

わっ、と歓声が沸く。

剣術大会の準決勝。サグレス王子が、相手の侯爵子息を倒したのだった。

ここは学園の広場。

綺麗に刈り込まれた芝生に、ところどころ白線がデザインされたおしゃれな空間だ。

そして、とても広く、軽く夕日があたりを照らしている。

周囲には観客席がたくさん設けられていて、多くの人が剣術大会を見守っている。

なんといっても、こっそり剣術大会の勝敗で賭けをやっている生徒もいるし、大会はとても盛り上がる。

剣術大会はおおよそ事前の予想通りに進んでいた。

まず、サグレス王子は圧勝を続け、そして、今、難なく決勝へと進出した。

一方、アルフォンソ様も出場していたのだけれど……。

しょんぼりとうなだれ、肩を落としている。リアレス公爵家とアルフォンソ様の関係者は、観客席の同じあたりに固まっていた。ついでにバシリオ先生もわたしたちのそばで試合を見守っている。

アルフォンソ様だって、決して弱いわけじゃない。……ただ、一回戦でサグレス王子に当たってしまい、そして負けて一回戦敗退となったというわけで。前回の人生でも、それは同じだった。

「せっかくいいところを見せようと思ったのに……」

「サグレス殿下と戦った相手の中では、アルフォンソ様が一番、いい線をいっていましたよ」

落ち込むアルフォンソ様に、わたしは思わず声をかける。

アルフォンソ様は顔を上げて、青い瞳でわたしを見つめた。

「そうかな?」

「はい!」

わたしが勢いよくうなずくと、こころなしかアルフォンソ様は嬉しそうにして、元気になった。

……良かった。

前回の人生では、アルフォンソ様は欠点がないように見えた。たぶん、弱みを見せないようにしていたのだと思う。

今回は、こんな落ち込んだ、子供っぽい表情を見せてくれるのは、アルフォンソ様がわたしに気を許してくれたからかもしれない。

「わたしがアルフォンソ様のかたきを討ちますから」

「くれぐれも無理はしないようにしてほしいな」

とアルフォンソ様は心配そうに言う。

そう。

わたしも順調に勝ち上がり、サグレス王子と決勝で戦うことになった。

バシリオ先生の指導のおかげもあって、短期間だけど、かなり自分の弱点を補うこともできた。

だから、勝ち上がることに苦労はなかったけれど、問題はサグレス王子を倒せるかどうか、だ。

心配はあるけれど、一つ嬉しいことがあった。

それは、フィルが一回戦を勝ったことだ。二回戦では負けてしまったけど、もともとフィルは剣術がほとんどできなかったのだし、大戦果だ。

わたしがフィルに「良かったね」と言うと、「レオンくんのおかげだよ」とフィルははにかんだ。

ああ……。

わたしがフィルに教えてあげていれば、「お姉ちゃんのおかげだよ」と言ってくれたかもしれないのに。

レオンがにやにやと横からわたしを見ている。

まあ、仕方ない。

優勝すれば、フィルが欲しがっていた輝魔石のペンダントが手に入るし、フィルが喜ぶ姿を見ることができると思う。

それに、フィルとおそろいの輝魔石のペンダントをつけられるわけで。

そろそろ休憩時間も終わり、決勝戦だ。わたしは立ち上がった。

アルフォンソ様が、レオンが、アリスが、シアが、そしてバシリオ先生が。

みんながわたしに「頑張って」と言ってくれる。

フィルがわたしに駆け寄り、宝石みたいな黒い瞳で、わたしを見上げた。

「……お姉ちゃん。ぼくは……お姉ちゃんが勝つって信じてる」

「もちろん! 絶対に勝って、輝魔石のペンダントを手に入れるから」

そして、フィルとおそろいのペンダントをするんだ!

わたしは力強くうなずくと、観客席から、中央の対戦場所へと進み出た。

ひときわ高い歓声が上がる。

観客の生徒たちの中からは「頑張れ、リアレスの剣姫」、なんて、言葉も飛んでくる。

ちょっと……恥ずかしい。

対するサグレス王子は、余裕の笑みを浮かべていた。

赤い髪をさらりとかき上げ、そして、金色の瞳でわたしを見つめた。

「やあ、リアレスの剣姫」

「その呼び方、やめてください。恥ずかしいですから」

「そうかな。あんたもなかなかの人気者だ。ここでオレに勝てば、その名声はもっと上がるだろうな」

「そうはさせない、というわけですね」

「そのとおり。勝つのはオレだ」

サグレス王子は爽やかな笑みを浮かべた。

わたしは問いかける。

「カルメロのことですが……」

「カルメロの件は、悪かったな。あれはオレの命令じゃないが、オレの身内の指示でね。責任はオレにもある」

あっさりと、サグレス王子は謝った。さすがに闇討ちなんてことを王子がさせるとは思わなかったし、やっぱり別の人間の指示らしい。カルメロ自身も本意ではないと言っていた。

ただ……サグレス王子の周辺に、誰か勝手にわたしに危害を加えようとした人間がいるらしい、ということもわかる。

誰だろう?

魔女崇拝者のクロウリー伯爵は、サグレス王子派の有力者だった。彼は夜の魔女であるわたしを利用して、サグレス王子を国王とし、強い国を作ろうとしていた。

クロウリー伯爵は、逮捕された後も頑なに口を割らず、王都の牢獄につながれている。だから、仲間が誰であるかはわかっていない。

サグレス王子自身が、夜の魔女のことをどこまで知っているかもわからない。

ただ、サグレス王子の関係者の中に、他に魔女崇拝者がいてもおかしくない。それはこの学園の中にいるかもしれないのだ。

アルフォンソ様とサグレス王子、どちらが国王になるか。この問題は、学園にも持ち込まれている。

わたしとサグレス王子の試合は、王太子派とサグレス王子派の戦いという面もある。学園の中の出来事とはいえ、それは二人の王子の評判に関わり、そして、その未来へとつながる。

そして、わたしはアルフォンソ様の婚約者だ。

アルフォンソ様がサグレス王子に負けた以上、なおさらわたしが勝つことが重要だ。

「凡庸な兄貴の婚約者なのには、同情するよ」

とサグレス王子は、笑いながら言う。

見え透いた挑発だ。わたしは聞き流すことにした。それに、あの完璧なアルフォンソ様が凡庸だとしたら、他の人の立場がない。

ただ、このサグレス王子が特別に優秀だというだけだ。

「どうかな。この戦いで、オレが勝ったら、あんたがオレの妃になるというのは?」

「……へ?」

わたしは一瞬、サグレス王子の言うことが頭に入ってこず、固まった。

……プロポーズされた、ということだろうか。

わたしは顔を赤くしてうろたえたけれど、サグレス王子は平然としていた。

わたしは、サグレス王子を睨む。

「公爵家の力が目当てですか?」

「いや。そんなものに興味はないし、そんなものがなくても、オレは国王になるつもりだ」

「なら……どうして?」

「あんたは面白いし、そして強い。あんな兄貴にはもったいないからな。オレが国王で、あんたが王妃。そうすればカロリスタ王国を、さらに富み、さらに豊かな国にできる」

「へえ、わたしの能力を買ってくれているんですね?」

「ああ。そのとおり。さて、どうする?」

ここで、もし、わたしがうなずけば、どうなるんだろう?

わたしは前回の人生で、アルフォンソ様から婚約破棄されて処刑された。

今回はわたしからアルフォンソ様を離れ、サグレス王子のもとへと行くという選択肢がある、ということで。

まったく想像もできない未来を提示され、わたしは少し戸惑った。

でも……答はもちろん、決まっている。

「せっかくのお話ですけど……それはありえませんね」

「へえ、どうして?」

「この戦いで勝つのはわたしだからです!」

サグレス王子は、わたしをしばらく見つめ、そして微笑んだ。

「勇ましいな」

わたしもサグレス王子も、細くて軽い木剣を構えた。

決闘とは違って、わたしたちは二人とも、胸や胴には防具をつけている。そして、一回の戦いのみで勝負を決めることになる。

勝敗を判定するのは、第三者の先生の一人だ。

そして、戦いは始まった。

開始の合図の瞬間、サグレス王子の剣が振り下ろされる。

その剣は鋭く速かった。

わたしはなんとかその剣撃を受け止めた。

やっぱり……強い!

剣を振るいながら、サグレス王子はわたしに問いかける。

「あんたが戦うのは、自分のためか、アルフォンソのためか?」

「どちらも正解ですけれど、どちらも間違っています」

「なぜ?」

わたしはサグレス王子の第二撃を弾き返し、体勢を立て直すため、後ろへと下がった。

そこに、サグレス王子が追撃を放つ。

「わたしは……フィルのために戦っているんです」

「弟のためか。決闘で弟をはめようとしたオレが許せないか?」

「それもあります。けど違うんです」

そう。わたしがバシリオ先生のもとでたくさん訓練をしてまで、剣術大会で優勝を目指した理由はいろいろある。

前回の人生では、自由に振る舞えずに剣術大会にわたしは参加できなかった。だから、今回は、自分の力を試してみたかった。

サグレス王子に負けたアルフォンソ様に代わって、わたしが勝たなきゃ、というのもある。

サグレス王子の言う通り、決闘を仕組んだサグレス王子を倒したい、という思いもある。

でも、最大の理由は……。

「フィルに……弟に約束したんです。絶対に優勝するって」

「弟?」

「輝魔石のペンダントを手に入れて、二人で身に付けるんだって」

「なるほどな」

サグレス王子の金色の瞳がすっと細くなり、そして、冷たい色が浮かぶ。

そして、サグレス王子の剣はさらに強く、烈しくなった。