……良かった……。
ほっとするわたしは、腕の中のフィルを見る。
「お、お姉ちゃん……ありがとう」
「どういたしまして」
「で、でも……恥ずかしいな」
たしかにみんなの前で、フィルをぎゅっとしている格好になるわけで……。
わたしは慌ててフィルから離れた。フィルは顔を赤くして、わたしを上目遣いに見ている。
可愛い……。あのまま抱きしめていても良かったかも……。
と、そんなことを考えていたら、目の前のセレナさんが顔を青ざめさせているのに気づく。
どうしたんだろう?
わたしはセレナさんの視線の先を見て……固まった。
皿は床に落ち、割れるだけで済んだ。セレナさんも無事。
ただ……。
生クリームたっぷりのお菓子は、サグレス王子の顔に直撃したらしい。
サグレス王子の美形の顔に、生クリームが一面についていて、まるで白ひげのようだ。
サグレス王子は困ったように、変な笑みを浮かべる。
わたしは思わず、くすっと笑ってしまい、そして、しまったと思う。
サグレス王子にお菓子が直撃したのは、たぶん、わたしがフィルをかばったからだ。
セレナさんとサグレス王子のあいだにフィルはいて、そんなフィルをわたしが抱き寄せたから、サグレス王子は、生クリームの白ひげをつけることになったわけで……。
あれ? もしかしてわたしのせい?
セレナさんはますます顔を青くしていた。それはもう、怯えるのも当然だと思う。相手は王子。しかも自分の家ともつながりがあるのだから。
わたしも困ったことになったな、と思う。王子に恥をかかせ、しかもくすっと笑ってしまった。
サグレス王子が、決闘のときに見せていた冷たい目を思い出す。
なにか、仕返しをされるかもしれない。そのときはわたしが、自分とセレナさんを守らないと……。
ただ……わたしがもっと気になったのは……。
せっかくあんなに美味しそうなお菓子だったのに、もったいない! 食べられなくて残念だ。
「も、申し訳ございません、殿下!」
ほとんど悲鳴のような謝罪の声をセレナさんが上げる。
どれほどサグレス王子は怒るだろう? わたしは想像もつかなかった。
けれど、サグレス王子は、そのままの状態でくすくすと笑いはじめた。
「せっかくのお菓子が台無しになってしまって残念だね。あんなに美味しそうだったのに」
それは……わたしの考えていたことと同じだった。そして、サグレス王子はわたしに目を向ける。
「あんたは、やっぱり弟のことが大事なんだな」
「はい。ですが……その……申し訳ありません」
サグレス王子より、わたしはフィルを守ることを優先してしまったわけだ。けれど、サグレス王子は、首を横に振った。
「気にしなくていい。ああ、セレナ。君も許すよ。それより、他にもお菓子があると嬉しいね。オレも、この食いしん坊の『リアレスの剣姫』も、それを望んでいるからね」
食いしん坊の姫……。わたしが最初のお菓子をたくさん食べただけで、食いしん坊呼ばわりされるのは、ちょっと不本意だ。
ただ、サグレス王子は怒っていないみたいでほっとする。
やっぱり、学園中で支持されているだけあって、大物感があるなあ、と思う。ここで感情的に怒るより、寛大に許したほうが周囲の評価は上がるだろう。
実際、フローラ先輩たちは「さすが殿下。お優しいですね」と言って、憧れの眼指しで見つめている。
でも、わたしはこの王子のことを信用することはできなかった。決闘のこともあるけど、それを抜いても、なにか胡散臭い。
「さて、リアレスの剣姫。剣術大会で戦えることを楽しみにしているよ」
サグレス王子は、生クリームの白ひげをつけた面白い顔で、そんなかっこよいセリフを言った。
……笑いをこらえるのに必死だったのは、内緒だ。