臆病な私:con Serena los Maroto

マロート伯爵家という名門の家に生まれ、私はとても両親に可愛がられた。

セレナは可愛い、可愛いと言われ、愛され、何不自由なく暮らしたと思う。

使用人たちもみんなわたしには親切だった。

でも、それはマロート伯爵家の令嬢だからで……。

マロート伯爵家の屋敷から、一歩でも外に出たら、どうすればいいかわからなくなってしまう。

他の家でのお茶会や舞踏会に参加しても、わたしは孤立してしまった。

お父様も、お母様も、「すぐに慣れるさ」と笑っていたけど……でも、私にはそうは思えなかった。

私はマロートの屋敷の中でしか生きられないし……存在価値もないんじゃないかな。

そんなふうに思っていた。

それでも、私は貴族の娘の一人として、お父様たちの勧めで、王立学園に入学した。

ふたりとも王立学園の出身で、そこで出会ったのだという。

学園は全寮制で……屋敷を離れないわけにはいかなかった。

お父様もお母様も、私にずっとお屋敷にいてほしいといって嘆いたけれど……。

二人はやっぱり私を学園に入れる考えは変えなかった。

「きっとセレナにも、尊敬すべき友人がたくさんできるさ」

お父様はそう言ってくれたけど、でも、私はそうは思えなかった。

こうして、私は怯えながら、学園に入学した。

でも、私は予想通り、孤立してしまった。

クラスには馴染めなくて……ひとりぼっちになってしまったのだ。

私はいつもおどおどとしていて、肩身が狭くて……。

そんな中で、私はフィル様に出会った。

フィル様は王国の七大貴族の跡継ぎで、しかも舞踏会でもとても華やかに踊っていた。だから、そんなフィル様は目立っていて、かえって他の人を寄せ付けない空気になってしまったのかもしれない。

だから、そんなフィル様も私と同じでひとりぼっちで……でも、とてもきらきらとしていた。

飛び級で入学するぐらい優秀だというフィル様は、容姿も優れていて、とても可愛らしく、かっこよかった。

同じひとりぼっちでも、フィル様が物憂げに窓の外を見ると、様になる。

私がフィル様に憧れるようになるのに、時間はかからなかった。心の中で、私はフィル様と自分を重ね合わせて、ひとりでもいいんだと思った。

でも……。

フィル様にはクレア様という姉がいた。

その姉が教室にやってくると、フィル様はぱっと顔を輝かせて、跳ねるようにクレア様に近づいていった。

普段は見せない、フィル様の表情に私は驚く。

フィル様の嬉しそうな顔を見るだけで……フィル様が姉のクレア様のことを大好きなのがわかった。

私はそれを見て……複雑な気持ちになった。

もちろん、フィル様と仲良くするクレア様に対する嫉妬もあったけれど。

でも、それ以上に、フィル様が一人じゃない、ということに気づいてしまって、衝撃だった。

私には同じ年頃の仲間なんて一人もいない。でも、フィル様にはあんなに仲の良い姉上がいるんだ……。

そう思うと、私は……やっぱり、自分だけが一人なんだと感じた。

しかも、クレア様はフィル様に友達を作るつもりだと言う。

私は思わずクレア様を屋上に呼び出し、そんなことはやめてほしい、と言ってしまった。

フィル様は一人だからこそ良いのに……。一人だからこそ、私との共通点もあるのに。

そんな私の勝手な訴えに、クレア様は微笑んだ。

「あのね、セレナさん。わたしもね、このままフィルがひとりぼっちだったらいいな、って思いがないわけじゃないの」

私は予想外の言葉に驚いた。

クレア様は続ける。

「フィルが一人だったら、ずっとわたしがフィルを独り占めできるじゃない? そう思ったの。でもね、やっぱりそれは違うんだって気づいた」

「どういうことですか?」

「フィルはきっとそんなのは望んでいない。わたしだけじゃなくて、もっと多くの人と仲良くなれる。だって、フィルはあんなに良い子なんだもの」

「……そうですね」

「わたしは、フィルにもっとたくさんの人と仲良くなってほしいの。そして、みんなにもフィルの魅力を知ってほしい!」

クレア様は花が咲くような素敵な笑みを浮かべた。

「あんなに可愛くて、頭も良くて、そしてとても優しい子をわたしが独占していたら、きっと神様からの罰が当たるもの。わたしはフィルのことが大好きだから、みんなにもフィルのことを知ってもらいたいの」

私はクレア様を上目遣いに見た。

まるで……私は自分の思いを否定されているように感じた。

そして、きっと……私が間違っているということも、わかっていた。

私はクレア様に尋ねる。

「私が間違っている……ということですか?」

「そういうわけじゃないわ。あなたがフィルのことを好きなのは、わたしも嬉しいもの。だからね、あなたも眺めているだけじゃなくて、フィルの友達にならない?」

「私が……フィル様の友達……」

予想外の言葉に、私はクレア様の言葉を繰り返してしまった。

そう。

きっと……私の本当の願いは、ひとりぼっちのフィル様を見ていることじゃなくて……。

でも……。

私は首を横に振った。

「私なんかじゃ……きっと……ダメです。私は……ダメなんです。ずっとお屋敷にいて……家から一歩でも出ると怖くて……。人と話すのもうまくできないですし……何の取り柄もないし……」

「そんなことないと思うけど」

「私は……クレア様とは違うんです。クレア様みたいに……フィル様と仲良くしたりなんて……」

私はクレア様みたいに特別な存在じゃない。

ただの気弱な貴族の娘だし、フィル様の姉でもない。

でも、クレア様は身をかがめ、私と視線を合わせて、にっこりと笑ってくれた。

「セレナさんはとっても可愛いもの。取り柄がないなんてことはないと思うの」

「そう……でしょうか」

「ええ……あなたが勇気をもってフィルと友達になりたいなら、わたしはいつでも協力するから」

そう言って、クレア様は一点の曇りもない、きれいな茶色の瞳で、私を優しく見つめた。

どうして……クレア様は……。

別れを告げて、立ち去ろうとするクレア様を、私は呼び止める。

振り返ったとき、クレア様の美しい茶色の髪がふわりと揺れ、太陽の光を反射した。

「どうして、クレア様はそんなに堂々としていて……自信をもって振る舞えるんですか?」

くすっとクレア様は、笑った。

そして、ゆっくりと、クレア様は澄んだ声で言う。

「フィルがわたしを必要としてくれているから。フィルがわたしのことを姉として頼ってくれるから、だから、わたしは堂々としているんだと思う」

そう言うクレア様の表情はとても素敵で……魅力的で……輝いていた。

ああ。そっか。

私は一人でも輝いているフィル様のようになりたいと思っていた。

でも、違ったんだ。

今でも、フィル様には憧れがある。

でも……私がなりたいのは、クレア様みたいな人だ。クレア様にとってのフィル様はきっとかけがえのない存在なのだと思う。

誰かをそこまで大事に思うということを、私は経験したことがなかった。

私は……クレア様のようになりたい。

クレア様こそが本物の貴族令嬢だと思う。

そのクレア様が、私も、フィル様と仲良くなれると言う。

なら、頑張ってみよう。

私もフィル様と仲良くなれば……クレア様みたいになれるかもしれない。

クレア様が思いついたように言った。

「そうそう。セレナさん。わたしのことを『様付け』はやめてほしいの。同じ学園の生徒でしょう?」

「で、でも……」

王太子の婚約者で、七大貴族の娘であるクレア様は、私なんかよりずっと身分が高い。

呼び捨てとか、さん付けなんて考えられない。

そんなことはお構いなしに、クレア様は楽しそうに私に提案する。

「わたしが二年生。あなたは一年生。だから、『クレア先輩』って呼んでくれると嬉しいな。考えておいてくれる?」

クレア……先輩。

そっか。当たり前だけど、クレア様は二年生で、わたしの上級生だった。

一人の先輩と後輩として付き合おうとクレア様は言ってくれているんだ。

私は嬉しくなって、でもその場ではこくこくとうなずくことしかできなかった。

クレア様はごきげんな様子でわたしの肩を優しく叩くと、手をひらひらとして去っていった。

クレア様とその従者のレオン君がいなくなって、屋上には私一人になった。

でも、これからはひとりじゃない。

私は青空を見上げる。

今度あったら、「クレア先輩」と呼ぶことにしよう。

私は……もうひとりじゃない。

フィル様と……そして、クレア先輩と仲良くなるんだ!