Ⅴ 学生決闘!
その翌日。
フィルとセレナさんはあっさりと仲良くなった。
あまりにもあっけなくてびっくりするぐらいだ。
わたしはフィルにセレナさんのことを教えてあげたのだ。
フィルはためらっていたけど、わたしが「きっと大丈夫」と励ますと、「うん」とうなずいてくれた。
その後はフィル自身の力だ。勇気をもってフィルは教室でセレナさんに話しかけた。
セレナさんもどぎまぎしながらも、でも、とても嬉しそうに、フィルとおしゃべりをするようになって、すっかり二人は友人になった。
これで良かった……はずだけれど。
わたしは胸が少しもやもやする。
これは……なんだろう?
ただ、この漠然とした不安を除けば、すべて順調だった。なんやかんやでもう一週間が経っている。
嬉しかったのは、セレナさんがフィルと仲良くなっただけでなく、わたしのことも慕ってくれるようになったことだった。
セレナさんはわざわざ上級生のわたしの教室にときどき来てくれる。
今日もすべての授業が終わった後、セレナさんがわたしの席に遊びに来ていた。
「ね、クレア先輩。今度、二人で王都に買い物に行きましょう!」
セレナさんが褐色の瞳をきらきらと輝かせ、わたしを見つめる。こんな可愛い子に、先輩、と呼ばれるのも悪くないかも。
ただ、慕ってくれるのは嬉しいのだけれど……。
「フィルと一緒じゃなくていいの?」
「はい。フィル様と一緒なのも楽しいと思いますけど……でも、クレア様と二人きりでお買い物もしてみたいなって。フィル様と一緒では行けない場所もあると思いますし」
フィルがいると行けない場所って……ど、どんな場所だろう?
ともかく、フィルの孤立問題は解決して、わたしの破滅も遠のいた……はずなのだけれど。
腕の赤い刻印は消えないままだ。魔女化の印が残っているということは、何か見落としがあるような……。
そのとき、ぱたぱたと足音がして、教室が少しざわめく。
振り返ると……そこには、フィルがいた。
とても慌てた様子でわたしに駆け寄ってくる。
そして少し涙目になっていて、わたしを上目遣いに見る。
「お、お姉ちゃん!」
「ふぃ、フィル! どうしたの?」
息を切らしたフィルは、しばらく深呼吸してから、わたしに一枚の手紙を差し出す。
白い封筒は、すでに赤い封蝋が砕かれていた。その中身の一枚の便箋にわたしは目を通す。
わたしは読んでいくうちに、みるみる顔が青ざめていく。
「これ……」
フィルがうなずく。セレナさんはきょとんとした表情で、手紙を横から覗き込む。
そして、セレナさんもわたしたちと同じように、青ざめた。
それはフィルに対して決闘を申し込むと書いてあった。
いわゆる果たし状だ。
なんでフィルみたいなおとなしい子に決闘なんか申し込むんだろう? ……と思ったら、手紙に書かれていた理由は、セレナさんだった。
要するに、手紙の主は、フィルとセレナさんが仲良くなったことが気に食わないらしい。
差出人の名前は、男子生徒だった。
つまり……。
「セレナさんのことが好きな子が、フィルに決闘を申し込んだってことね!」
「ええっ、そうなんですか!?」
セレナさんがびっくりしたようにのけぞる。
まあ、セレナさんからしたら、思いもよらないことになったのだと思う。でも、セレナさん本人にも言ったけど、セレナさんの自己評価が低すぎるだけで、全然おかしなことじゃない。
でも、困ったことになった。
決闘……。
もちろん、決闘と言っても、本物の剣を使って殺し合いをするわけじゃない。
木でできた剣で、互いに戦う。剣術の訓練を、試合にしたようなもので、なかばスポーツだった。
ただ、それでも怪我をする人がいないわけじゃない。
しかも、フィルは……そういう荒事をするには……優しすぎる性格だ。
どうしよう……。
相手の男子生徒を説得して決闘をやめさせる、というわけにはいかない。
一度申し込んだ決闘を取り下げることも、決闘を断ることも、名誉に反する行いだとされる。
だから、相手も決闘をやめられないし、フィルも決闘を断れない。
「どうしよう、お姉ちゃん?」
フィルが涙目でわたしを見上げる。
もともとはわたしがフィルとセレナさんを近づけたことで起きた問題だ。
なんとかしないと……。
そういえば……決闘といえば……。
わたしは、はっとした。
すっかり忘れていたけど、フィルが学園で決闘を行ったっていう事件は前回の人生でもあったはずだ。
あの頃は……フィルに関心がなかったから、理由は覚えていない。だけど、フィルがひどく負けて、怪我を負い、見物人から笑われるというひどい結果になっていたはずだ。
そのときのわたしはフィルを助けようともしなかった。その場にはいなかったけど、あとでその話を聞いて、「公爵家の恥曝しね」と言ってしまったと思う。
それはちょうど……入学から日が浅い、今ぐらいのことだった。
どうして、忘れていたんだろう……。
フィルを傷つけたことを無意識に思い出さないようにしていたのかもしれない。
ともかく、この問題を解決しなければ……きっとわたしも破滅する。
フィルとセレナさんが不安そうにわたしを見つめる。
わたしは二人に微笑んだ。
「大丈夫。わたしがなんとかするから」
そう言うと、二人はぱっと顔を輝かせた。うん。年下の子から頼りにされるのも悪くない。
とは言ったものの、決闘……か。
フィルを戦わせたくはない。仮にフィルが勝てるとしても、危険なことはしてほしくなかった。
相手はフィルに敵意があるのだし、そういう状態で戦えば、わざとフィルを怪我させようとするかもしれない。
だからといって、決闘を断るのも問題だ。それはリアレス公爵家の名誉に関わるし、フィルの今後にも影響する。
とすれば、フィルの代わりに代理人を立てる必要がある。
決闘に代理を立てることは不名誉なことじゃない。リアレス公爵家の身内から選べばいい。
問題は……誰が代理人になるか、だ。
☆
ということで、リアレス公爵家の身内の生徒を集める必要がある。
そして、誰がフィルに申し込まれた決闘の代理人をするか、対策を話し合おう。
具体的にはわたしとフィルのほかに、アリス、シア、そしてレオンの五人だった。
わたしは不安そうなセレナさんの肩をぽんぽんと叩くと、別れを告げた。そして、フィルを連れて、みんなを集める。
アリスもシアもレオンも、すぐにみんな来てくれた。校舎二階の隅の空き教室に入る。
ほとんど授業でも使われていない場所で、埃っぽいけど仕方ない。わたしたちは夕日を背にしながら、教卓を囲むように並ぶ。
わたしが事情を説明すると、みんな深刻そうな顔をした。
「本当はぼくが戦うべきなんだろうけど……」
とフィルが小声で言う。
でも、それは現実的じゃない。わたしだけじゃなくて、アリスもそう言った。
「次のリアレス公爵として、フィル様に万一のことがあってはいけませんから」
そのとおり。
前回の人生では、フィルは誰も代理人を立てることができなかった。
それはフィルが孤立していて、しかも、公爵家のわたしが冷たい態度を取っていたからだ。
でも、今回は違う。
この中の誰かが、フィルの代理人になれる。
適任者は……。
アリスとシアの目線が……レオンへと向く。
レオンはびくっと震え、そして、顔を赤くして言う。
「お、俺が……代理人になりますよ!」
「たしかにレオンくんが代理人になるのが一番かもね」
とアリスがふふっと笑って言う。この二人はどちらも下級貴族出身の公爵家の使用人だ。
アリスが先輩、レオンが後輩、という間柄で、レオンはアリスに頭が上がらないらしい。
フィルはレオンの主人でもあるし、レオンが主人のフィルの代わりに決闘に出るのが王道だとは思う。
レオンは剣術の心得もある。レオンの生まれたマルケス男爵家は武門の家柄だ。
公爵家の屋敷でも、剣術をみっちり仕込まれていると聞いている。
シアも目を輝かせて、レオンを見た。
「家臣が主人を守る騎士道という感じがして素敵ですね!」
アリス、シア、そしてフィルが期待のこもった目でレオンを見つめる。
三人はとてもレオンに期待している。
レオンは胸を張った。
「お任せください……必ずや俺がフィル様の敵を倒してご覧に入れます。……お嬢様も、それでいいですよね?」
黙ったままのわたしに、レオンが尋ねる。
その青い瞳はかすかに揺れていた。
途中まで、わたしもレオンに任せるつもりだったけど……気が変わった。
わたしは微笑んだ。
「せっかくだけど、代理人はレオンじゃないほうがいいわ」
「え?」
「フィルの代理として決闘するのは……フィルの姉であるわたしの役目だと思うから」
みんながぽかんとするなか、レオンが顔を真っ赤にした。
「お、お嬢様……俺には任せておけないということですか!?」
「そういうわけじゃないけど」
わたしは肩をすくめた。
アリスが頬に指を当てて、「えーと」とつぶやく。
「たしか、お嬢様とレオンくんなら……お嬢様のほうが剣術の腕は上ですねえ」
「だいぶ前の話をしないでください!」
そう。お屋敷にいた頃、わたしはレオンと剣術の試合をした。
フィルがわたしの剣術の腕前を褒めてくれていて、それを聞いたレオンが「お嬢様には負けない!」と言って勝負を挑んできたんだった。
あの頃は、レオンはもっと生意気だった。
それで、結果はわたしの圧勝だった。
わたしはこれでも剣術は大の得意だった。
リアレス公爵家は武勇で身を立てた家で、その娘であるわたしも一通りの訓練を受けている。
もちろん実戦経験なんてないから、模擬試合のみの強さだけれど十分だ。
何でもそつが無くこなすことができた前回の人生の中でも、剣術は得意な方だったし、今回はやり直した分、経験値も上がっている。
いくらレオンも剣術の修練を重ねているといっても、まだ十二歳の少年だ。
わたしには勝てない。
「い、今はお嬢様よりも俺のほうが……」
とレオンは強がってみせる。
べつにわたしのほうがレオンより強いと証明したいわけじゃない。
そして、それが理由で、わたしがフィルの代理人をするわけじゃない。
「もしかしたら、強いかもね。でも、わたしがフィルの代理人をしたいの」
「ですが、お嬢様が万一怪我をされては……」
「大丈夫。死ぬわけじゃないし。それに、レオンなら怪我をしてもよいというわけじゃないでしょう?」
レオンはぐっと言葉に詰まった。
もともと公爵家の次期当主であるフィルに怪我を負わせないために代理人を立てるわけで。
そこでフィルの姉で、王太子の婚約者が代理人になっても、ある意味本末転倒なのだけれど。
実際に、シアはすごく心配して反対してくれた。フィルも「お姉ちゃんが危ない目にあうぐらいだったら、ぼくが出る」と言い張ってくれて嬉しい。
アリスだけは、わたしと同じことに気づいたのか、何も言わずに微笑んだ。
結局、わたしは無理やりみんなを納得させて、その場を解散させた。
そう。これでいい。
決闘なんて……ちょっと怖いけど。
でも、前回の人生みたいに、破滅して、処刑されて、誰からもいらないなんて言われることに比べれば……ちっとも怖くない。
わたしが自分の部屋へ戻る途中、レオンだけがわたしを追いかけてきた。
振り返り、わたしは廊下でレオンと向き合う。
「どうしたの、レオン?」
「どうしたもこうしたもないですよ! どうしてあんなことを言い出したんですか?」
青い瞳を怒りに燃やし、レオンがまっすぐにわたしを見つめる。
わたしはレオンの端整な顔を見て、微笑んだ。
「だって、レオン、怖がっていたもの」
「え?」
「足が震えていたし、瞳も揺れていたし……表情もとっても怯えていたから」
「ど……どうしてわかったんですか?」
「レオンとは長い付き合いだから。気づかないほうがおかしいと思うの」
フィルやシアは気づかなかったみたいだけど、わたしはレオンが恐怖していることに気づいた。
レオンは十二歳の子どもで、そんな子が決闘に参加するとなれば怖くなって当然だ。
しかも、フィルの名誉をかけて戦うわけだから、もし万一負けたら……とも思うだろう。
「そんな子を無理やり戦わせるわけにはいかないもの」
「無理矢理なんかじゃ……」
「でも、わたしがあそこで強引に主張していなければ、レオンは断れなかったんじゃない?」
うっとレオンが言葉に詰まる。
あれだけフィルやシア、アリスの期待の視線を受けていれば、きっとレオンは断れなかったはずだ。
レオンは責任感の強い……良い子なのだから。
「余計なことをして、レオンの気持ちを傷つけたなら、ごめんなさい」
「……謝らないでください。俺が……怖がっていたのは本当ですから。自分が……情けないです」
レオンは、小さくつぶやいた。
いつもは生意気で、わたしに楯突くレオンが、弱々しくうつむいている。
わたしはそっとレオンのきれいな金色の髪を撫でた。
レオンが驚いたように、跳ねるように顔を上げる。
「安心して。わたしが必ず決闘には勝つから」
「ありがとうございます……お嬢様」
「それでね、レオンにはやってほしいことがあるの」
レオンは首をかしげ、そして、わたしはそんなレオンに微笑んだ。
☆
いよいよ決闘の当日になった。
学生決闘のルールに則って、わたしと相手の子は、正午に学園の広場で戦うことになる。
立ち会い人だけじゃなくて、大勢の見物人も来るはずだ。
学生決闘は学園のちょっとしたイベントだ。みんな退屈しているから、良い娯楽になる。
自分でいうのもあれだけれど、王太子の婚約者であるわたしが戦うという時点で、話題性抜群だ。
相手はバリエンテ子爵家の次男コンラドという男子生徒。
一年生の子だ。
少なくとも事前に調べた限りは、剣の天才みたいな話は聞かない。
もしかしたら代理人を立てるかもしれない。
でも、バリエンテ子爵家自体、サグレス王子一派の宮廷貴族の一人だというけれど、新興の弱小貴族だ。
強い代理人を探してきて、立てる力はないと思う。
わたしは口笛なんて吹きながら、控室代わりの教室で待機する。
剣術の訓練用の
剣といっても、とても細長くて軽い棒のようなものだ。ただ、これで戦っても怪我をするときは怪我をする。
そうならないためにも服装が大事だ。
剣術用の、動きやすくて、かつしっかりと体を防護できる服装も用意した。
普段はスカートの服ばかり着ているから、これはこれで新鮮だ。
あとはレオンが来るのを待つばかりだ。
レオンにはわたしの介添人を務めてもらう。
決闘は、決闘をする人間だけじゃなくて、それぞれに介添人がつく。
ルールどおりに決闘が行われていることを確認して、万一のときには決闘者を助ける役目だ。
それをわたしがレオンに頼んだのは……我ながら意外なのだけれど、レオンのことを信頼しているからかもしれなかった。
がちゃん、と扉が開く。
レオンがやってきたのかと思ったら、フィルだった。
「フィル!」
わたしは嬉しくなって、立ち上がる。
さっきまで、フィルやシア、アリスたちから励ましと心配の言葉を受けていたばかりだ。
それでもフィルに会えるというだけで嬉しくなってしまう。
フィルがとてとてとわたしのもとにやってきて、わたしを見上げた。
「どうしたの?」
「やっぱりお姉ちゃんが心配で……」
フィルはそう言って、顔を赤くして、視線をそらした。
自分の代わりに、わたしが戦うということで、罪悪感を持っているんだと思う。
フィルが心配してくれるのは嬉しいけど、そんなふうに暗い表情をしてほしくはない。
わたしはくすっと微笑んだ。
「大丈夫。わたしなら、楽勝だから」
「本当に?」
「ええ。フィルとセレナさんに文句をつけた敵なんて、一瞬で倒しちゃうんだから!」
「……うん」
そう言うと、わずかにフィルは顔をほころばせた。
さあ、フィルのために頑張らなくっちゃ。
そうしていたら、またノックの音がした。
どうぞ、というと、はいってきたのは、驚いたことに王太子のアルフォンソ様だった。
急いでやってきたのか、息をきらしていて、ぜぇぜぇと荒い呼吸をしている。白いマントがめくれていて、金色の髪が揺れる。
だいぶ慌てた様子だけど……。
「どうしたんですか、アルフォンソ様?」
「どうしたもこうしたも……クレアが決闘に出ると聞いて慌ててやってきたんだ!」
あ……。
しまった!
アルフォンソ様には一言も相談していなかった。
「えっと……心配してきてくれたんですか?」
「当然だ!」
「そ、それは……ありがとうございます」
「一言、相談してくれても良かったのに……」
アルフォンソ様はすねたように、青い瞳でわたしを見つめた。
どうしよう……?
すっかりアルフォンソ様のことを忘れていたなんて、とても言えない!
わたしは微笑んだ。
「すみません。……でも、必ず勝ちますから、安心してください」
「だけど……」
「アルフォンソ様は、婚約者のわたしが勝つと信じてくださらないのですか?」
ちょっとからかうように、問いかけてみる。
アルフォンソ様は困ったような顔をして、うつむいた。
「その言い方は……卑怯だ。もちろん、僕はクレアが勝つと思っているさ。だけど万一怪我をしたらと思うと……心配でたまらないんだ」
そんなにアルフォンソ様がわたしのことを心配してくれているとは思わなかった。
わたしがそう言うと、アルフォンソ様は頬を膨らませた。
「当たり前だろう。……クレアは……その……僕の妻となる人なんだから」
アルフォンソ様は、頬をぽりぽりとかきながら、顔を真っ赤にしてうつむいた。
えっと……そうだ。たしかにわたしはアルフォンソ様の婚約者で、学園を卒業すればアルフォンソ様の妃ということになる。
前回の人生では、わたしはそうなることを疑わなかった。でも、実際にはそうならずに処刑されてしまったわけで……。
今回は、そのことをすっかり意識していなかった。
アルフォンソ様がわたしのことを心配してくれているのは嬉しいけど、でも、ちょっと気恥ずかしいな。
わたしがどう答えようか困っていると、フィルがわたしの袖を引っ張った。
フィルはじーっと黒い宝石みたいな瞳でわたしを見つめている。
「お姉ちゃんのことを心配しているのは、ぼくも同じだよ」
「えっと……うん」
フィルが何を言いたいのかわからず、わたしは首をかしげる。
アルフォンソ様に対抗しているんだろうか。
「ううん、弟のぼくのほうがずっとお姉ちゃんのことを心配しているんだもの」
やっぱり……対抗しているみたいだ。
アルフォンソ様がそれを聞いて、青い瞳を見開く。
「そんなことはないさ。婚約者の僕のほうがずっとクレアのことを心配している」
むっとフィルはアルフォンソ様を見上げる。
「ぼくはお姉ちゃんの家族だけど、殿下はお姉ちゃんの家族じゃありません」
「だが、いずれ家族になる」
アルフォンソ様は恥ずかしいことをさらっと口にして、わたしは思わず頬を赤くする。
その後もフィルとアルフォンソ様の二人は「弟のほうが」「婚約者のほうが」と言い争っていた。
この二人も……最初に会ったときと比べたら、ずいぶんと仲良くなったなあ。
その後も、シアやアリスたちがやってきて、急ににぎやかになった。二人ともやっぱり、わたしのことを心配してくれている。
フィル、アルフォンソ様、シア、アリス、それにレオン。
みんなわたしの味方だ。
前回の人生では、フィルとアルフォンソ様やレオンはわたしの敵だった。シアとは絶交してしまい、アリスはこの世にいなかった。
そう考えると、今はとっても、素晴らしい状況だ。
このまま……破滅も回避できるといいのだけれど。
まあ、ともかく決闘をなんとかしないとね。
わたしは、それほど深刻に決闘のことを考えていなかった。
対戦相手のことを知るまでは。
決闘の場。
学園の広場に、わたしはレオンと一緒に立っていた。フィルはわたしたちの少し後方にいる。
「いよいよね、レオン」
「はい。……お嬢様、ご武運を」
レオンが青い瞳でじっとわたしを上目遣いに見る。
わたしは微笑んだ。
「ありがとね、レオン」
わたしがぽんとレオンの肩に手を置くと、レオンは恥ずかしそうな顔をした。
フィルは決闘の本人、わたしが代理人、レオンが介添人だ。
そして、相手方は、まず、決闘を申し込んだコンラド・ラ・バリエンテがいる。くすんだ茶髪と茶色の目の平凡な見た目だ。
セレナさんに好意を持っていて、フィルに対抗心と敵意をもって決闘を申し込んだはず……なのだけれど。
まったく覇気がなく、ぼんやりとした目つきでわたしたちを眺めている。
フィルを見る目にも、まったく敵意がなかった。
……? どういうことだろう?
コンラドという男子生徒の様子に違和感を感じた。けど、それより問題だったのは残りの二人だった。
決闘の代理人は、背の高い一年生の男の子だった。
フィルと同じ黒髪黒目だけど、雰囲気はまるで違う。目つきが鋭いし、にやりと笑うと、
南方の血が混じっているのか、顔つきも外国風で、肌の色も褐色だった。
十二歳にしては体格もがっしりしているし……これは強敵かもしれない。
「私はカルメロ・ラ・フランコです。次の王妃様とお手合わせ願えるとは光栄ですな」
「え、ええ……」
手強そうな相手だ。警戒しないといけない。
でも、わたしの注意を引いたのは、最後の一人。相手方の介添人だった。
その男子生徒は、わたしも名前を知っていた。同学年の生徒だ。
赤髪に、金色の輝く瞳。とても目立つ容姿だ。
背もスラリと高くて、かなりカッコいい。
ただし、着ている服は、学園の標準服ではない。
白を基調にしたマントを羽織り、澄んだ青色の豪華な服を着ている。
それは……アルフォンソ様の着ている服の、赤と青を入れ替えたような服だった。
その服には、王家の証である金色の模様が織り込まれていた。
彼は、わたしににっこりと、無邪気な笑みを向けた。
「やあ、知っていると思うけど、オレはサグレス・エル・アストゥリアス。あんたの婚約者の弟だ」
ははは、と笑った彼は、第二王子サグレスだった。
……わたしは驚きで声も出なかった。
たしかにバリエンテ子爵は、第二王子サグレス派の貴族だ。
だからといって、有力な貴族というわけではないし、その子息がサグレス王子と特段親しいという話も聞かない。
まさかサグレス王子が出てくるなんて、夢にも思わなかった。
サグレス王子はわたしに片目をつぶってみせる。
そして、見物人たちに、軽く手を振った。
そう。
サグレス王子は人気者だった。
アルフォンソ様も人望がないわけじゃないし、優秀で完璧だけど、大人気というわけじゃない。
それはわたしも同じで、有名人ではあるし、一部に慕ってくれる人もいるけど、でも学園の生徒のあいだで熱狂的な支持を受けているかといえば、そうではない。
けどサグレス王子は、崇拝者ともいうべき生徒たちがたくさんいる。
生まれついての魅力なのか、サグレス王子には不思議なカリスマがあった。
アルフォンソ様が、後継者の地位を奪われると恐れるのも、わかる気がする。
「どうして……サグレス様が……」
「友人が困っていると聞けば、一肌脱ぐのが世の習いってわけでね。本当はオレ自身が戦うつもりだったんだが……止められてしまったからな」
それはそうだろう。
子爵の子息の代理人に、王子が立つなんて前代未聞だ。
それに、友人、というけれど、コンラドとサグレス王子がそんなに仲が良いなんて話は聞かないのだ。
弟のために戦うわたしとは事情がまったく異なる。
わたしは頭を回転させた。
このカルメロという強そうな生徒も、サグレス王子が手配したに違いない。
なら、何のために?
わたしは理由に思い至った。
……客観的にみれば、わたしはアルフォンソ様の仲間だ。わたしはアルフォンソ様の婚約者だし。
フィルもアルフォンソ派と思われることは変わらない。
リアレス公爵家は、アルフォンソ様が王位後継者となることを支持している。
つまり……。
サグレス王子はにこにことしていたけれど、金色の瞳で鋭くわたしを見つめた。
「そう。これは政治だ。オレたちが決闘で、リアレス公爵家をボコボコにすれば、あんたらは馬鹿にされることになるだろうな。武門の家の名が泣くことになる」
「そうすれば、アルフォンソ様の評判も落ちるということですね?」
「ああ、そうさ」
アルフォンソ様はあまり強い後ろ盾がない。そんななかで、リアレス公爵家は、アルフォンソ様にとって最大の味方だった。
そのリアレス公爵家の評判を落とせば、たしかにアルフォンソ様にとっても不利なことになる。
だけど……。
「そんな権力闘争を学園に持ち込む必要はないと思うのですけれど?」
「学園こそが、闘争の場なんだよ。オレも兄上も、この学園の生徒だからな。そして、ここの学園の生徒はみな貴族で、有力な貴族の子弟はたいていこの学園にいる。未来の王国の指導者が揃い踏みってわけだ」
たしかに、この学園はそういう場所だ。未来の王国を担う人々を集めて、教育を施す。
ここでの交流が、将来につながるのだ。
だからこそ、わたしはフィルにこの学園で友人を作ってもらわないといけないと思った。
逆に言えば、この学園で、サグレス王子とその一派がより一層の支持を受け、アルフォンソ様とわたしたちが評判を落とせば、サグレス王子が次の国王となる可能性は高くなる。
その政治抗争の一つとして、この決闘は仕組まれた。
コンラドの不自然な覇気の無さも当然だ。彼自身には決闘を挑む動機はなかったんだから。
ってことは……。
アルフォンソ様が王太子だから、わたしはこの決闘に巻き込まれたってことなんだ……。
いや、べつに……アルフォンソ様が悪いわけじゃないけど……微妙な気分になる。
サグレス王子はそんなわたしの内心を知ってか知らずか、微笑む。
「あんたとは一度、じっくりと話してみたいと思っていた。面白そうな人だと思ってたからね。まさか決闘にやってくるとは思わなかったが……」
わたしとサグレス王子は、宮廷で一度か、二度顔を合わせて儀礼的な挨拶をした程度の交流しかない。
それは前回の人生でも同じだ。あの頃は、むしろアルフォンソ様の脅威になると思って、サグレス王子のことを警戒していた。
サグレス王子はちらりとわたしの背後を見る。
後ろにはフィルがいるはずだ。
「……弟のことが大事なんだな」
「はい。フィルは……わたしの最高の弟ですから」
「羨ましいよ。オレと兄上のあいだでは、ありえない関係だな」
サグレス王子は真顔で小さくつぶやくと、やがて笑顔を取り戻した。
「さて、クレア・ロス・リアレス嬢。オレの仲間のカルメロは強いぜ。なんといっても、俺にあと一歩で勝てるぐらいだった」
「さぞ優れた腕前を持っているのでしょうね。サグレス殿下が強いという前提があってこそですけれど」
「ははは。そのとおりだ。そして、オレは強い」
その言葉に嘘はないと思う。
サグレス王子といえば、前回の人生では、強豪揃いの学園の剣術大会でも優勝していたはずだ。
「逃げ出すなら今のうちだぜ? たぶん、あんたの腕ではカルメロには勝てないからな」
そう。わたしでも、きっと楽勝というわけにはいかないはずだ。
だけど、負けるとは思わない。やり直したわたしの経験値をなめないでほしい、と心の中でつぶやく。それに……。
わたしは首を横に振った。
「セレナさんのことが理由で、決闘を申し込まれたなら、まあ、仕方ないかなと思っていました。可愛らしい理由ですし、わたしのせいでもありますし……ですが……」
実際の決闘の理由は、サグレス王子が、コンラドを利用して、フィルを辱めようとしたことにあった。
アルフォンソ様との王位継承権争いのために。
そんなくだらない理由で……わたしの弟を傷つけようとしたのなら。
許せるはずがない!
「フィルのために、アルフォンソ様、そして、わたし自身のために。この勝負、勝たせていただきます」
「いい度胸だ」
サグレス王子の言葉と同時に、カルメロがにやりと笑い、細い
わたしも、木剣を手にとった。
「レオン!」
わたしの言葉に、隣のレオンがはっとした顔をする。レオンには、介添人として勝負の開始を宣言してもらわないといけない。
レオンは剣呑な空気に呑まれたのか、青ざめていた。
レオンは小声でわたしに言う。
「ほ、ホントに勝てるんですか? 相手の人、めちゃくちゃ強そうですよ」
「大丈夫」
「ですが……」
「たまには主人のわたしのことを信じてほしいな」
わたしが冗談めかして言うと、レオンは口をぱくぱくさせ、こくりとうなずいた。
そして、レオンはサグレス王子に、とてとてと歩み寄る。
レオンはサグレス王子に圧倒されているようだった。
小さな声でレオンは告げる。
「これより……神の名に誓って、コンラド・ラ・バリエンテの代理人カルメロ・ラ・フランコと……フィル・ロス・リアレスの代理人クレアの勝負を始めます」
サグレス王子はその言葉に、短く「よろしい」と応じた。
決闘開始だ!
わっと、見物人たちの歓声が沸く。
勝負は三回。先に二回相手を倒したほうが勝者となる。
わたしは木剣を下段に構え、そして両足を開く。
カロリスタ流の剣術で「星月」と呼ばれる王道の構えだ。
対して、カルメロという少年は、剣をまっすぐに前に突き出し、右足を軽く前に出す。
不思議な構えだ。
あまり見たことがない。ダンスでも踊るみたいな格好で、まるで剣の素人のような感じだ。
けれど、わたしが剣を振るって攻撃しようとすると、意外にも攻めにくい。
ひらひらと踊るように、円形の動きでカルメロはわたしの攻撃をかわしていく。常にカルメロは足を止めずに動いていて、剣そのものが盾のように立ちはだかる。
なにか……特殊な剣術なんだろうけど、正体がつかめない。
防御中心の剣術のようだ。
このままではこちらがジリ貧だった。
……なら、賭けに出るしかない!
わたしは、横へと足を動かし踏み込む。
回り込んで、剣をかわし、横から斬撃を入れるしかない。
ところが、わたしの攻撃は読まれていた。
わたしの進行方向にあわせて、カルメロの剣がひらりと舞う。
そして、わたしは腹部をしたたかに打たれた。
「ぐっ……」
思わず悲鳴を上げそうになるけど、我慢だ。
これぐらいなら、耐えられないほどじゃない。
でも、わたしは痛みに、その場に倒れ込んだ。
一戦目はわたしの負けのようだった。
カルメロが冷たい目でわたしを見下ろす。
「なかなかの腕前ですが、私には勝てませんよ。降参するなら今のうちですが」
「……冗談じゃない!」
「手加減はしませんから、怪我をしても知りませんよ?」
カルメロはわたしをあざ笑った。悔しい……。
でも、こんなやつに負けるわけにはいかない。
次の試合まで短い休憩となる。
「お姉ちゃん……!」
フィルが駆け寄ってくる。その後ろからレオンも顔を青ざめさせてやってきた。
フィルはかがみ込むと、わたしの顔を覗き込んだ。
その目は涙に潤んでいた。
……心配してくれているんだ。
わたしは微笑んだ。
「すぐに泣いちゃダメ。それに、わたしは平気だから」
「でも、お姉ちゃん、とても痛そうにしていたし……」
「こんなのなんてことない。ちょっぴりびっくりしただけ」
これは強がりだけど、でもフィルの前では、いつでも頼れる姉でいたいのだ。
わたしはフィルの涙を指先でぬぐう。フィルはふるふると首を横に振った。
「お姉ちゃんが危ない目に遭うなんて嫌だよ。もうやめよう?」
「ううん。わたしは諦めるつもりはないの」
「でも、ぼくのためにお姉ちゃんが……」
「もちろん、フィルのためにわたしは戦ってるけど、でもね、わたし自身も戦いたいの。だって、わたし、あの人達に腹を立てているから」
そう。わたしはフィルを罠にかけようとしたサグレス王子たちを許すつもりはない。
ここで勝って、向こうに恥をかかせなければ気がすまない。
レオンも申し訳無さそうに、目を伏せていた。
「申し訳ありません、お嬢様。本来なら……俺が戦うべきなのに……」
「いいの。わたしが言いだしたことなんだし」
「……お嬢様は怖くないんですね」
「そうかな」
まったく怖くないわけじゃないし、カルメロとの次の戦いでは怪我を負うかもしれない。
まあ、処刑されるのに比べたら、どうということはない、ということもあるし……不思議とわたしはそれほど怖くなかった。
「怖がっている様子が……お嬢様にはまったくありませんから。お嬢様は……とても……勇気があるんですね。俺とは違って」
恥ずかしそうにレオンはうつむく。
レオンから褒められるのは、ちょっと気恥ずかしい。普段衝突しているからこそ、だ。
「もっと褒めてくれてもいいよ」
わたしはからかうようにレオンに言う。てっきり、レオンは「べつに褒めているんじゃないです」と突っかかってくるかと思った。けど、レオンは何も言わず、うつむいたままだった。
自分が戦わない罪悪感をまだ感じているんだろう。
わたしはくすっと笑って、レオンの金色の前髪をそっと撫でた。
レオンはびっくりしてわたしを見上げる。
「レオンもきっと勇敢な人になれるわ」
「そうでしょうか」
「自分が臆病なことを自覚できる者のみが、真の勇者になれる。初代リアレス公爵の言葉、知っているでしょう?」
レオンはうなずいた。リアレス公爵家の身内ならみんな知っている言葉だ。
レオンはまだ十二歳の子どもだ。これから成長して、勇気を手に入れる。
「だから、今はわたしに任せておいて」
レオンは「はい」と小さくつぶやいた。
そして、レオンは表情を和らげた。
「あの……お嬢様」
「なに?」
「そろそろ髪を撫でるの、やめていただけませんか」
「いいじゃない。レオンの髪って、とても柔らかくて、撫で心地も良いし」
「や、やめてくださいって。みんな見てますよ!」
そういえば、大勢の見物人がいるんだった。
わたしも頬を赤くして、周りを見回す。
みんなくすくす笑っていたけど、その表情は温かかった。ただし、見物人の中にいるシアだけは、なぜかレオンを睨んでいたけど。
ともかく、勝つ方法を探す必要がある。
あの不思議な剣術は……なんだろう?
見たことがないし、カルメロの異国風の見た目からしても、外国の剣術なのかもしれない。
「……お姉ちゃん、あのね」
「どうしたの、フィル?」
「ぼく……あの剣術、知っているかもしれない」
「本当に!?」
わたしが身を乗り出したので、フィルはびっくりしてしまったみたいだった。
……いけない。フィルを驚かせないようにしないと。
フィルはどぎまぎした様子で、とつとつと語りはじめた。
「あれはシルヴァニアの剣術だと思う」
「シルヴァニアって……西方の島国の?」
「うん。剣術の本で読んだことがあるんだ」
シルヴァニア流剣術というのは、円を描くように移動して、防御に徹するらしい。そして、相手の隙を見て、反撃に転じる。
フィルは詳しく説明してくれた。
「さすがフィルね。本の内容をそんなに正確に覚えているなんて」
「王家の屋敷にいたときに読んだ本なんだ。そのときは……他にすることがなかったから」
フィルは王家の屋敷にいたときはひとりぼっちで、誰も味方がいなかった。
だから本にのめり込んで、普通は読まないような本も屋敷に置かれていれば読んでいたという。
何気ない一言で、フィルが孤独だった頃の、嫌な記憶を思い出させてしまったかも。
わたしは心配になったけど、フィルは微笑んでくれた。
「今はいっぱいすることがあるから。だって……お姉ちゃんがいてくれるし」
フィルが目を輝かせて、そう言ってくれる。
うん、やっぱり……フィルは可愛い。
わたしはフィルを抱きしめようとして……かわされた。
「お、お姉ちゃん。こんなみんながいるところで抱きしめたりしないでほしいな」
「……ごめんなさい」
フィルはくすっと笑った。
剣術の正体はわかったけど、でも、どう対策すればいいのだろう?
それも、フィルが教えてくれた。
フィルはそっとわたしに耳打ちした。
本に書かれていた内容によれば……。
わたしはその対策を聞いて深くうなずいた。
うん。その方法でやってみよう。
「ありがとう、フィル。おかげでたぶん勝てるような気がする」
そして、わたしはレオンの方を向く。
「さあ、次の戦いね」
「はい。お嬢様」
レオンの青い瞳は、わたしをまっすぐに見つめていた。
そして、わたしは立ち上がった。
カルメロは「へえ」とつぶやく。
「戦うんですか」
「最初からそう言っているでしょう?」
「意外だな。だが、あなたでは私には勝てない」
「やってみなければわからないと思うのだけれど」
カルメロはにやりと笑みを深くした。
わたしはその黒い瞳を見つめる。
大丈夫。
勝てるはずだ。
ふたたび、決闘が始まる。
カルメロは剣をさっきと同じようにかまえ……。
そして、わたしは決闘開始すぐに、カルメロのそばへと飛び込んだ。
「なっ……」
懐に飛び込まれたカルメロは身を守ろうと剣を引く。
だが、それより先に、わたしの剣が、カルメロの剣を捉えた。
力いっぱいにわたしは剣を叩き込む。
カルメロは剣を取り落した。
慌てて剣を拾おうとするカルメロの首筋に、わたしは剣を突きつける。
「勝負あり。そうでしょう?」
決闘のルールでは、首筋に剣を突きつけられたら、負けである。
わたしは短時間でカルメロに勝利した。
シルヴァニア流剣術は、防御の剣術だ。独特の足さばきで、持久戦に持ち込むことを目的としている。
その対策は……先手必勝。相手が防御の流れを汲む前に、剣自体を攻撃すればいい。
わたしは身のこなしも速いし、カルメロを倒すことができた。
フィルの知識とわたしの剣術の両方があってこその勝利だ。
カルメロは呆然としている。
わっ、と観客の歓声が沸いた。
わたしの勝利で決闘はとても盛り上がっていた。
ふふっとわたしは笑う。
「あんなに自信たっぷりだったのに、負けたわけね」
わたしが意地悪にカルメロに言うと、彼は悔しそうにした。
次に、サグレス王子に視線を移す。てっきり慌てているかと思ったけれど、サグレス王子は冷静で、むしろ面白そうに、わたしを見つめていた。
サグレス王子は、カルメロに近寄る。
「いやあ、いい負けっぷりだった。カルメロ」
「も、申し訳ございません。しかし、次は必ず……勝ってご覧に入れます」
そう。三戦目がある。
ここで勝たなければわたしの勝利は決まらない。
カルメロの剣筋もわかったし、勝てるとは思うけれど、絶対ではない。さっきみたいな先手必勝にも対策してくるだろうし……。
サグレス王子は、わたしに問いかける。
「次も勝つつもりかい?」
「もちろん」
「あんたは強いな。その強さはどこから来る?」
「わたしはフィルの最強の姉だもの。だから、負けないの」
わたしはサグレス王子の金色の目を見つめ、そう答えた。
サグレス王子は、「そうか」とつぶやく。
その金色の目は、何か深く……とても昏いものを宿しているように見えた。
やがて、サグレス王子はにっこりと笑った。
「今回はオレたちの負けだな」
わたしは一瞬、サグレス王子の言葉が飲み込めなかった。
降参、ということらしい。
信じられない。
もちろん、わたしは負けるつもりはない。でも、客観的に見れば、最後の戦いでカルメロが勝つ可能性は十分にあった。
なのに、サグレス王子は、あっさりと負けを認めてしまった。
「帰るぞ、カルメロ、コンラド」
「しかし、殿下。私はまだ……」
反論しかけたカルメロを、サグレス王子はちらりと見た。その目はひどく冷たくて……恐ろしかった。
口答えは許さない、ということだろう。
カルメロはぴたりと口を噤み、冷や汗をかいていた。
それまで、黙っていたコンラド少年は、うやうやしく胸を手に当て、「すべては殿下の意のままに」と述べる。
サグレス王子は満足そうにうなずくと、わたしに手を差し出した。
「あんたには敬意を表するよ。オレ自身もあんたと戦ってみたいものだな」
「そんな機会があれば、ですけど」
わたしはサグレス王子の手を握る。その手はとても冷たかった。
「機会はすぐにあるさ」
そう言うと、サグレス王子はわたしの手を離し、微笑んだ。
そして、立ち去っていく。
わたしは勝った、ということみたいだった。そんなわたしの胸に訪れた思いは……。
「つ、疲れた……」
わたしはへなへなとその場に倒れ込んだ。
心配したレオンがわたしのもとに飛んでくる。さらにシアやアリス、アルフォンソ様たちも、わたしに駆け寄ってきてくれた。
決闘は終わったから、介添人のレオン以外も、そばに来られるようになったのだ。
見物人たちも次々にわたしを誉め称える言葉をかけてくれる。
でも、わたしにとってのもっとも嬉しい称賛は……。
「お姉ちゃん……すごくかっこよかったよ!」
「ありがとう、フィル。でも、勝てたのはフィルのおかげね」
フィルはふるふると首を横に振った。
「お姉ちゃんが強かったからだよ。……今度は、ぼくも強くなって、自分で勝てるようになりたいな」
「フィルならきっとなれるわ。だって、わたしの弟なんだもの」
そう言うと、フィルはとても嬉しそうに微笑んだ。
「……ぼくのために戦ってくれてありがとう、お姉ちゃん」
そして、フィルは天使のような、屈託のない笑みを浮かべた。
これからも……わたしは、フィルにとっての最強で最高の姉でいられるだろうか。
それはこれからの学園生活にかかっている。