Ⅰ ふたたび幼い弟がやってくる

ここは王立学園。王都にある、国内最大の中等教育機関。

学園の中央にそびえ立つ時計塔のてっぺんから、わたしは学園を見回した。

広々としているなあ、と思う。一学年四百人の生徒が六学年。これほど大きな学園は、大陸を見回しても珍しいはずだ。

全寮制だから、休日の朝の今も、多くの生徒が校庭や校舎を歩いている。

貴族と上流階級の子弟の多くは、ここに通うことに憧れ、そして、試験に合格した者だけが入学を許される。

……そして、ここはわたしが破滅した場所だ。

今のわたしは十三歳。学園の二年生になったばかりだ。わたしが破滅したのは学園の五年生、十七歳のときだから、あと四年の時間がある。

前回の人生において、わたしは王太子アルフォンソ殿下に婚約を破棄され、弟のフィルに処刑された。

それもこれも、自分よりはるかに優れた聖女シアに嫉妬し、彼女を殺そうとしたからだ。

そして、十二歳からやり直したわたしは、無事に春を迎え、学園に二度目の入学を果たし、一年が経ったわけだ。

今回、わたしは弟のフィルを次期公爵とする儀式にも成功し、さらに王宮に監禁されるなんていう事件も乗り切った。

シアはなぜかわたしの義理の妹になっていて、いまのところ脅威じゃない。

そして、王太子とシアはわたしと同い年なので、一緒に学園に入学した。二人とも、前回と違って、嬉しいことにわたしの味方だった。

すべては順調と思っていたけれど……。

「く、クレア様! 今日はわたしと王都のグローブ劇場へ劇を見に行きましょう!」

「いや、クレアはフットボールの試合の観戦を僕と行くんだ!」

目の前でにらみ合っているのは……未来の聖女シアと、王太子のアルフォンソ殿下だった。

わたしは冷や汗をかいて、二人を見つめる。

ふたりとも、誰もが認める美少女と美少年だ。王太子は当然偉いし、シアだってそのうち聖女になる。

そんな二人が言い争っている理由は……わたしとお出かけする権利をめぐって、らしい。

しかも、一人で時計塔に来たわたしを追いかけてまで……。

こ、困ったなあ、と思う。

前回の人生なら、王太子がシアに告白して、わたしはむしろ二人の障害だったのに……。

ちなみに、この学園にはブレザーの標準服はあるものの、基本的に服装は自由だ。なので、シアは白いドレスを身にまとい、王太子は王族専用の豪華な赤いマントを身に付けているという感じで、普段どおりだ。

二人は言い合いを続けていて、シアはひしっとわたしの腕を、大事なものでも抱きかかえるかのようにつかむ。

「今日は宮内大臣一座の大人気公演なんです! きっとクレア様も楽しんでくださいます」

「……そんなふうにクレアの腕をつかむなんてずるいぞ、シア」

「でしたら、殿下もクレア様と手をつないでみたらいかがですか?」

挑発するように、シアは言う。どういうわけか、今回の人生のシアは王太子やフィルに対して敵意を持っているようで……それが今も発揮されている。

王太子にそんな態度で大丈夫なんだろうか、と思うけど、あまり王太子は気にしていないみたいだった。

むしろ気になるのは……シアがわたしと腕を組んでいることらしい。

王太子は顔を赤くして、「僕がクレアと手をつなぐ……」とうろたえたようにつぶやいた。

二人には悪いけれど……今日、わたしには外せない用事があるのだ。 

わたしは単眼鏡を取り出して、学園の正門の方を見つめた。

シアは不思議そうにわたしを見る。どうして単眼鏡なんて取り出すのか、と思っているんだと思う。

でも、わたしには見たいものがあるのだ。

……そろそろ、のはずだけれど。

「く、クレア……その手を……」

王太子が言いかけたそのとき……。

「来た!」

わたしの叫び声に、シアと王太子がびくっと震える。どうしたんだ? という顔だったけど、でも、そんなこと気にしていられない。

学園の正門の向こうには、簡単なものだけれど、飛空艇用の港が設けられている。

飛空艇は、赤い飛空石を消費して空を飛ぶ夢の機械で、わたしの大好きな乗物だ。

その港に一隻の巨大な飛空艇がゆっくりと着地した。多くの動力機関が取り付けられた、旅客用の飛空艇だ。

その気になれば、数十人の人を乗せることもできると思うけど、でも、きっと乗客は一人だけだ。

茶色の美しい船体には、黄金の獅子の紋章があしらわれている。

その飛空艇からとっても小柄な、そして可愛らしい少年が降り立つのを、わたしは見つけた。

そう。彼こそが、わたしにとってこの世でいちばん大事な弟、フィルだった。