これは、私がまだ、今よりもっと未熟だった頃の物語。

 師に拾われ、メイドとなるまでの過程である。

「初めまして。今日から御師事させて頂く、イヴリーン=ハベルハバルと申しま──」

 私の挨拶を遮ったのは、初対面とか、そういう気遣いや配慮など一片もない、稲妻の如き平手打ちだった。

 仰向けの石畳から見上げる青空に、衝撃の残響と、師となる女性の声が重なった。

「御機嫌よう、お嬢さん。早速ですがこれ以降私の許可なしに、下水と直結したそのお下品なお口を開くことを禁止します。分かったら返事をしなさい、便所娘」

 彼女はアリア。私の師匠であり、王都最強のメイド。血だまりから染め上げたような緋色の髪を落とした立ち姿は、死神のような第一印象だった。

 そして、その比喩は決して間違いでなく、住み込みの修行は過酷を極めた。

 ある日、廊下の雑巾がけ三〇〇〇往復の中程で。

「紅茶が切れていますよ、イヴリーン」

「っ!! ──申し訳ありません、師匠!」

「私に買って来いという意味ですか?」

「いいえ、師匠! ……ぐふっ!?

「備品が切れないよう買い足しておくのはお前の仕事ですよ。能なしのイモ娘が、どうやら生まれた畑の肥溜めが足りていなかったようですね」

「も、申し訳……ありません」

「お駄賃をあげますから、今すぐ表通りのお店で買ってきなさい」

「は、はい!」

「では、逆立ちのままダッシュです」

「あの、師匠、私、スカートで……」

早くハリアップ

 そして、別のある日、午後のお茶アフタヌーンティーの折だった。

「師匠、紅茶です」

「……前髪と間違えて舌でも切り落としましたか? 仕方ありません、美味とはどういうものか体に教育してあげます」

 師匠は容赦なく、跪かせた私の喉に、ポットから紅茶を直に淹れてきた。

「ごぼっ!? ぼっ、ボボボっ!」

「十ガロン(※注 一ガロン=約四リットル)飲み干すまで終わりませんよ。こら、鼻から垂らしてないで喉を動かしなさい」

 また別の日、この日は早朝だった。

「おはようございます……師匠」

「おはよう、イヴリーン。ではいつも通りに始めなさい。今日のお題は、私の美しい所を十個です」

「はい! 師匠はお顔が美しいです! 師匠はお声が美しいです! 師匠の髪は最高に美しいです! 師匠は性格も最強に美しいです! え、えと、あとは……」

「たった四個で言い淀みますか。では鼻フック懸垂百回の刑です」

「ひっ! お、お願いです師匠、そ、それだけは」

「問答無用」

「い、いやぁああああ──ッ!!


「……ってな感じで、あの味覚音痴の口下手暴力メイドが完成したんじゃないかと俺は思うんだが」

「ええ、うん。まあ、なんかもうキャラが違うとか色々あるけど……」

 パチパチと下火を打つ焚火の音。寝付けないというクロニカに、俺が真剣に想像、もとい推測したイヴリーンの過去を語っていたのだが、いささか反応が芳しくない。

「後ろ、見た方がいいわよ、ライナス」

 振り返る。そこにはかつてなく温度の無い顔つきをした、黒髪のメイドがいた。


「──それで、本当はどうだったの?」

 ライナスを物理的に黙らせた拳を払い、イヴリーンはその一言だけを落とした。

「ご想像に、お任せします」