ふわふわしん


 リビングにもどってみると、ウッドはまだ氷のちようこくを作っていた。

「おお、今度は大きいな……」

 子どものたけくらいある、きよだいな氷のオリーブの木だ。

 ゆかよごさないよう、大きなバケツから氷の木が生えている。

 リビングの光を受けて、きらきらとかがやいていた。

「すごぴよ……!」

「わっふふー。さっきよりも大きいんだぞ!」

 どうやらディアとマルコシアスのねむも飛んだらしい。

 バケツのすぐ近くから氷のオリーブを見上げていた。

「ウゴ、いがいとおおきくできるね!」

「もっとおおきいのも……いけるぴよ!?

「ウゴウゴ、いける……とおもう!」

 おれとステラがリビングに戻ると、ウッドが手をる。

「ウゴ、おかえりー!」

「ああ、ただいま。すごいじゃないか」

「ただいまです……! さっきより、何倍も大きいじゃないですか!」

 さっきまでの氷の彫刻と比べると、確かに十倍くらい大きい。

「何かコツをつかんだのか?」

「ウゴ、シードバレットをつかったんだ!」

 うれしそうにウッドが手のひらを差し出してくる。

 そこには黒いえんけいの種があった。

 これがシードバレットで生み出した種らしい。

「ウゴウゴ、なんだか、これをとおすと──うまくおっきくなる!」

「なるほど、そんな発見が……。すごいぞ、ウッド」

 まさかそんなシナジーがあったとはな。俺はウッドの身体からだでる。

「ウゴ……! ありがとう!」

「ぴよ! これだけきれーなら、みんなよろこぶぴよ!」

「わふ。アイスドラゴンのきばも楽しみなんだぞ!」

「それだけじゃないな、にもせられるかも……」

「ええ、これはれいですものね……!」

 今ならまだ山車に組みむこともできるだろう。

 これは本当に綺麗だからな。まぁ……おや鹿かもしれないが。

 ステラがリビングの置時計を見上げる。

「さて、それじゃ……そろそろご飯を作りましょうか」

 ステラが冷蔵庫をじっと見つめた。

「せっかくとうも出来ましたし、ここは『ふわふわ真紅』を作ります!」

「ついにぴよ! たのしみぴよ!」

「エルフ料理なんだぞ!」

「エルト様、こうしんりようをメモしますので生み出して頂いてもいいですか?」

「ああ、もちろんだ」

 ふわふわ真紅──つまりはマーボー豆腐だな。

 必要なのは長ネギ、にんにく、花椒ホアジヤオたかつめしよう……。

 あとはステラが作り置いた、いくつもの豆やとうがらの特製スパイス。

 どれも赤かったり黒かったりでかなり辛そうだ。

 ちなみにかたくりもステラの主導でじゃがいもから作っている。

 俺には片栗粉の良し悪しも作り方が正しいのかもわからないが……。

「ボムマッシュルームがあって助かりました。これも使いますので……!」

 ステラから聞いたが、ふわふわ真紅に肉は使わないそうだ。

 使うのはボムマッシュルームで、これに多様な香辛料を混ぜていく。

 冷蔵庫に保管してある豆腐をステラが取り出した。

「ウゴ、なにかてつだえる?」

「俺たちはなべに入れる具材を準備しようか」

 すでにステラからふわふわ真紅のレシピは受け取っている。

 とはいえ、火加減についてはステラが主導してやったほうがいいだろう。

「お願いします……!」

 ディアとマルコシアスにはレシピの読み上げをやってもらおうか。

「ぴよ……ねぎはこまかく、にんにくはあらくきるぴよ」

「切り分けをするみたいなんだぞ」

「よし、それからやっていこう」

 まずはにんにくのしんを取り、包丁であらくみじん切りにする。

 ウッドは長ネギを細かくみじん切りだな。

いためるのは母上なんだぞ」

「うしろでやってるぴよ……!」

 ステラは大鍋にボムマッシュルームを入れ、強火で炒めている。

「火力が大事ですので……っ!

 ごうごうと熱気がい上がってるな。

 しばらくするとステラは鍋を振るい、しゅぱぱーっとボムマッシュルームを切り刻む。

 相変わらず、すごいぎわだった。

「ウゴ、つぎはトーフゥーをきる!」

「かなりこまかくきる、みたいぴよ!」

 ウッドも包丁にはかなり慣れてきている。

 あっという間に豆腐がサイコロ状になった。

「ボムマッシュルームは弱火から中火で炒めるんだぞ」

「しばらくいためて、こげめをつけるぴよ!」

「その次に香辛料を入れるんだぞ!」

 ふむふむ……俺とウッドは香辛料を刻んでいく。

 ちょっと鼻がむずむずして、なみだが出そうだ。

 げきせいの香辛料が多いからだな……。

「ウッドは切っていてだいじようか?」

「ウゴ! もんだいなしだよ!」

うらやましい……!」

「とうさま、めがアレなら……あたしのほうにくるぴよ!」

「んん?」

 言われるまま、ディアの目の前にかがむ。

 ディアがふわっと羽を広げた。

「ごしごしぴよー!」

 ごしごしごしー!

「ぶっ、ぐわっ!」

 不意打ちにのけ反りそうになるが、こらえる。

 一通り俺の目元をふきふきすると、ディアの羽ははなれていった。

「どうぴよ!?

「あ、ああ……良くなった……」

 コカトリスの羽の効果だろうか。目のしょぼしょぼとかゆみが取れた。

 ……単に目が綺麗になったからかもしれないが。

「そろそろ香辛料をお願いします!」

「ウゴ、わかったー!」

 熱気ただよう鍋にウッドが香辛料を投下していく。

 どことなくトウバンジヤンっぽいステラ特製スパイスも、スプーンで投入だ。

「あとはトーフゥーをゆどうしする、ぴよ!」

「わかった、で上げるんだな」

 さすが、細かいところまで気を使っているな。

 俺なら多分、こうした工程までは発見できない。

 数分、お湯で豆腐を茹で上げる。

「そうしたら母上の鍋にレッツゴーだぞ!」

「はい、かんぺきなタイミングです!」

 多種多様なスパイスが入ったステラの鍋からは、すでにこうばしいにおいが立ち上っている。

「豆腐を入れるぞ……!」

 茹で上げた豆腐を湯切りし、俺はステラの鍋へ移した。

「では、ここからは強火で一気に……ちょっと離れていてください!」

「わ、わかった!」

 すでにステラの鍋は赤く染まっていた。

 豆腐が入ると、かなり麻婆豆腐っぽい見た目になっている。

「水とお酒を足して……!」

 ごうごう……火柱が上がりそうな勢いでガンガン鍋を振るう。

 ツーンとした香辛料の匂いがキッチン中に広がってきた。

 その間に俺とウッドは作業場を片付け、テーブルに皿とスプーンを用意する。

「うーん、いい匂いがしてるんだぞ」

「ぴよ! ふくざつなかおりぴよね……!」

「いよいよめの作業です!」

 ステラが自家製片栗粉に水を混ぜ、鍋に振りかける。

 最後に火を弱めて……くろしよう、ごま油、塩をひとつまみ。

 最後まで迷いのない手際だった。

「ふぅ……よし、完成です!」

「できたんだな!」

「まってたぴよっ!」

さつそく、試食しましょう!」

 ステラも調理に自信があるのだろう、テンションが高い。

「ウゴ、もうおさらとかはよういしてあるよ!」

「ありがとうございますっ!」

 ステラが大皿にふわふわ真紅を盛り付ける。

 おおっ……完璧に真紅の麻婆豆腐だ!

 子どもたちが興味深そうにふわふわ真紅を見つめる。

「ぴよ! ほんとーにまっかぴよね!」

「わふー。スパイスが効いてるんだぞ」

「ウゴ、おいしそう!」

 ステラも会心のドヤ顔である。

「いい大豆と水で豆腐が作れましたからね。満足できる出来栄えです」

 そしてステラは冷蔵庫から、作り置きの冷たいお茶のすいとうを取り出した。

「ふわふわ真紅なら、ちょっとい目の……」

 冷蔵庫にはスパイスだけでなく、ステラの特製茶も置かれている。

 これも製法はよくは知らない。まぁ、おいしいからいいんだが。

 水筒からお茶をコップに分け、用意かんりようだ。

「よし、それじゃ食べてみようか」

 とりあえず他の料理はなしで、ふわふわ真紅だけだ。

 かなりの量なので、これだけでもおなかいっぱいになりそうだが。

「それでは、めぐみに感謝を!」

「「「恵みに感謝を!」」」

 みんなで言葉をわし、いざスプーンを手に取る。

「まずは全体を……」

 俺はスプーンでふわふわ真紅をひとすくいしてみた。

 うーん、とろみがついて……香辛料の匂いが鼻をくすぐる。

 日本だとぶたのひき肉が入っているが、ステラはボムマッシュルームを使っている。

 これはきっとエルフ料理のとくちようなんだろうな。

 しかしボムマッシュルームには肉に近いうまが詰まっている。

 味わいは問題ないだろう。俺はふわふわ真紅をゆっくり口に運んだ。

「はむっ、んむ……っ!

 辛さのげきのうこうな旨味が一気に口内をめぐる。

 そしていつしゆんつと、複雑な香辛料が重ねてれつした。

 うーん、木綿豆腐もほどよいかたさだ。

「おいしい……!」

 辛いは辛いが、せいぜい中辛くらいだな。

 食べ進めるのに何の問題もない。

 ステラもはふはふと食べているが、子どもたちも大丈夫そうだ。

「ぴよ! うまぴよ~!」

「わふー。トーフゥーがいいんだぞ……!」

「ウゴ、いろいろな味がするね!」

 ん? ウッドの発音が良くなったような……。

 ステラも気が付いたのか、スプーンを止めた。

「ウゴ……二人とも、なにかあった?」

「い、いや……。ちょっと発音が良くなったと思ってな」

「はふはふ……ごっくん。そうなのぴよ?」

「もにゅもにゅ、ごっくん。このきゅーっとした刺激が作用したかもなんだぞ」

 ディアとマルコシアスはスプーンを止めることなく、食べ続けている。

「成長した、ということなのでしょうか?」

「最近、色々とあったからな。発達につながったのかも」

 ララトマにお礼を言いにいったり、アイススタチューで彫刻を作ったり。

 ウッドもウッドで自分の思う通りに様々なことをしている。

「ウゴ……それって、良いこと?」

「ああ、とってもいいことだ」

「ええ、らしいことです……!」

 そう言うと、ウッドが嬉しそうにうなずいた。

「ウゴ、それなら良かった!」

 ウッドもふわふわ真紅をおいしそうに食べている。

「ぴよ! おかわりぴよね!」

「我もなんだぞ!」

 ディアとマルコシアスは早くも食べきったようだな。

 しかもすぐにおかわりしたいらしい。

 俺もこのふわふわ真紅は……今までで一番おいしい麻婆豆腐だ。

 こってりとした油の旨味、重層的な香辛料のハーモーニー、濃厚な豆腐……。

 どこを見てもハイレベルとしか言いようがない。

「ステラとしては、どうだ?」

「もちろん満足です……! 故郷の味を再現できましたっ」

 ステラもはふはふ食べながら、少し涙ぐんでいた。

 さっきまで色々と話して──ステラのかかえているもののいつたんかい見た。

「ぴよ、かあさま……ないてるぴよ?」

 そのせいだろうか、ステラも涙もろくなっているのかもしれない。

「嬉しくて……ええ、これは嬉しいだけですので」

「わふ……。そーいうときは、我を撫でるといいんだぞ」

 マルコシアスがふにっとした頭を差し出す。

「ぴよ! あたしもなでるぴよ!」

 ディアもステラのそばに寄り、もこっとした身体を差し出した。

「ありがとうございます……!」

 ステラはマルコシアスとディアをいとおしそうに撫でる。

 そのままふわふわ真紅を食べ切り、俺たちは満腹になった。

「ぴよー、まんぷくぷくぴよねー」

「わっふー。我もまんぷくぷくだぞー」

 ディアとマルコシアスは少量ずつ、二回もおかわりしたからな。

「ウゴ、ごそうさま!」

「本当においしかったよ」

「いえいえ……また作りますね!」

 ステラの言葉にディアがぴよっと羽をかかげる。

「そうしたら、またおかわりするぴよよ!」

「たくさん食べちゃうんだぞー」

 夜ごはんが終わり、片付けを済ませ──俺たちはここく眠りについた。


着ぐるみそろえて


 そのころ、ザンザスでも冬至祭の準備が進んでいた。

 街の倉庫ではレイアがえつに入っている。

「うーん、実にいいですね……」

 そこには三十体のコカトリスの着ぐるみが並んでいた。

「なかなかそうかんだね」

 手伝いの出張に来ているナナも満足そうに頷いていた。

「しかしヒールベリーの村は良かったんですか? あなたをお借りして」

「図面はキチッと手助けしたし。細かな作業は、むしろぼくがやらないほうがいいんだ」

「ほう、そうなのですか? 意外ですね」

「村の事業だからね、分担そのものも重要だよ。だれかがなんでもやると、成長がない」

「確かにあなたの見識と技術はずばけていますからね」

 ナナのおかげで冬至祭で使う着ぐるみもパワーアップしていた。

「それにしても、こんなにコカトリスの着ぐるみを持ってたんだね」

「ザンザスのマスコットですからね。必要経費です」

 ちなみに並んだ着ぐるみには、すでに人が入っている。

「例年のこととはいえ、疑問がなきにしもあらずでござるよ」

 先頭の着ぐるみに入っているえいがつぶやく。

 この着ぐるみの中身の半分はぼうけんしやである。

 もちろん職権のらんようではない。特別ボーナスで集めているのだ。

 これはザンザスの議会も認めている支出であった。

「毎年、こんなことを……」

 紫影のとなりの着ぐるみにはジェシカが入っていた。

「私もザンザスとのれんらく係のはずが、気が付いたらここにいましたわ」

 そう、ジェシカはいつの間にかザンザスの着ぐるみ部隊に編入されていたのだ。

「たまにレイアの政治力がこわいでござる」

 すすっとレイアが着ぐるみの隊列に近寄る。

「でも去年より楽でしょう?」

「心なしか、そうでござるな……」

 紫影が息を大きく深呼吸する。去年に比べて息苦しさが減っていた。

「通気性を改善したからね。素材にひと手間かけるだけで、効果が出るんだ」

 ナナがドヤ顔で答える。

すごい技術力なのはわかりますわ……」

「その他にも関節部位の改良、ぴよ音も実装できましたし──」

「ぴよ音、ですわ!?

「そう、これこれ」

 レイアがぴよぼうひもを引っ張る。

 ぴよー! ぴよよ──!

 帽子からぴよの鳴き声がひびわたる。

「あ、ああ……!」

 ジェシカがちょっとのけ反る。

「帽子と同じ機能を取り付けたのでござるか」

「ええ、技術的な問題にはばまれていましたが……ナナのおかげで解決しました!」

「逆転の発想だよ。そのぴよ音の大きさだと、すぐにりよく切れになるからね」

「実は数十秒しか音が鳴りませんの」

 日々、ぴよ帽子をかぶっているジェシカが補足する。

「さすがにこの帽子のサイズで、長時間のどうは不可能でした。しかし……!」

 レイアがぐっとこぶしにぎる。

「ちょっとのふうで、従来の数倍のぴよ音が可能となったのです!」

「そ、そうでござるか……」

「さらにコカ博士のアドバイスも参考に、高音でもよりクリアな音質を実現しています」

「そこも苦労したよ、ほんと」

「はっはは、本当にありがとうございます……!」

「ふっふふ……どういたしまして」

 どうやらレイアとナナの間に、なぞの連帯感が生まれているようだった。

「……ちなみに、どこから音を鳴らすのですわ?」

みぎわきに力を入れてみ」

 ナナが右の羽をパタパタさせる。

 ジェシカが右脇に力を入れると、着ぐるみから音が鳴った。

 ぴよ~。

「あれ? 確かにかなり静かになりましたわ」

「左脇に力を入れてみ」

「はぁ……今度は左ですわね」

 ジェシカが左脇に力を入れると、カチッと音がした。

「もう一度、右脇に力を入れてみ」

「なんだかいやな予感がしますわ」

 とはいえ、どうなるのかのこうしんには勝てない。

 ジェシカが再び右脇に力を入れると、大きなぴよ音が響き渡った。

 ぴよよー!

 ジェシカがおどろいてびくんとふるえた。

「び、びっくりしましたわ!」

「ごめんね、左で音量調節ができるんだ」

「それがちょっとの工夫でござるか」

「ぴよ帽子のデータは集まっていたからね、これなら長持ちするよ」

くわしくはこの説明書をかくにんするように……!」

 レイアがふところからパンフレットを取り出す。

 そこにはこう書かれていた。

『ザンザス特製着ぐるみⅡ式、とりあつかい説明書』

「は、はいですわ……」

「さて、そろそろメインの方々が来ますね」

 レイアが倉庫のかべにかかっている時計を見上げる。

 そのときちょうど、倉庫の入り口から着ぐるみの一団が入ってきた。

じやするぞ」

「お待ちしていました!」

 倉庫に入ってきたのは、コカ博士とかいな六体の着ぐるみたちである。

 誰もがつやつやでふわふわな着ぐるみだった。

「今日はお世話になります」

「何、気にするな」

 コカ博士が羽をぴこぴこさせる。

 ちなみにナナはレイアの隣でふにふにしていた。

 コカ博士が着ぐるみをのがすはずもなく、ナナに声をかけた。

「そのマントは……君が高名な冒険者のナナか」

「初めまして、うわさは色々と聞いているよ」

「私も君の論文は読んだことがある。しかし、素晴らしい着ぐるみだな」

 コカ博士がじっとナナの着ぐるみを見つめた。

「ヴァンパイアの技術のすい、優美かつ機能性にもすぐれている」

「いやはや、コカ博士の着ぐるみもかなりのレベルだよ。ヴァンパイアの王族クラスだ」

 着ぐるみマイスターであるナナからしても、コカ博士たちの着ぐるみレベルは相当高い。

「動きもりゆうれいかつ独創性に富む……。君も祭りに参加を?」

「んー、僕はヒールベリーの村からのおうえんなんでね。今日はたまたまだよ」

「なるほど、そうか」

 そこでコカ博士の一団が倉庫に並ぶ着ぐるみたちをえる。

 にわかに倉庫の空気が張り詰めてきた。

 よくわからないまま着ぐるみに入ったジェシカも震える。

「何が始まるんですの……?」

「訓練でござる」

「えっ?」

「真のぴよぐるみになるのでござる」

 ジェシカがまどっていると、コカ博士がすすすっと近寄ってきた。

 ものすごく着ぐるみの顔が近い。

「君は新顔か」

「えっ、は、はい……。私の名前は──」

 名乗ろうとしたジェシカを、コカ博士がしゅっと羽で制す。

「名乗らなくていい。君はコカトリスだ」

…………はいですわ」

「中々の体幹だが、力が入りすぎている。もっと彼のようにかたの力を抜きたまえ」

 コカ博士が羽で示すと、紫影はすでに肩の力を抜いていた。

 ふにふに、ぽよぽよ……。

 そうするとどことなく、コカトリスっぽさが増している。

「なるほどですわ……」

 コカ博士の言葉にはげんがある。

 歴戦のぴよ着ぐるみだけが放つオーラが、ジェシカにも見えていた。

 ジェシカの後方でも、コカ博士が連れてきた着ぐるみたちが指導を行っている。

「こう、もっとやわらかく……」

あしを上げすぎないように、すり足を多くっ!」

「「は、はい!」」

 かなり気合いが入った指導である。

 そこでふと思い出したかのように、コカ博士がレイアに聞いた。

「ところでザンザスの山車はどうだ?」

「ええ、問題ありません! コカトリスの山車はちゃんと直しました!」

「ふむ、それなら安心だ」

「そういえば『コカ博士と秘境ぴよ』についてなのですが……」

 レイアがおずおずとコカ博士に切り出す。

「うん? 何かあったのか?」

 エストーナ王国とヒールベリーの村のやり取りは、デリケートなものだ。

 前回コカ博士が来て東の国が話題に出た時も、レイアは口に出さなかった。

 しかし今はもう、宝船が村をおとずれ──公然たるものになっている。

 エルトも村の住人に対し、すでにある程度の説明は行っていた。

 レイアは最小限のことがらだけ、コカ博士に伝えることにした。

「ヒールベリーの村に、エストーナ王国の宝船が来たようです」

「ふむ……? なるほど」

 ふにふにふにふに……。

「エストーナ王国の先祖はあのえいゆうステラだったな。何からいに来たのか?」

 ジェシカは着ぐるみの中で少しうなった。

 瞬時に正確な予測をしている。ただの謎の着ぐるみではなかった。

「そこまでは、なんとも」

「そうか、情報提供ありがとう。しかし……今はこちらに専念しよう」

 コカ博士が羽をふにっと掲げる。

「次は羽振りだ」

「……はいですわ」

「この羽振りは基本にしておう。まずは両方の羽で三十回ずつ羽ばたくのだ」

「うぅ、わかりましたですわ……」

 それからしばらく、ジェシカは着ぐるみ講座を受けることになった。

 ちなみにステラはその優れた身体能力で着ぐるみマイスターでもあるのだが、ジェシカはそんなことを知るよしもなかった。


部品を作ろう


 それからヒールベリーの村でも、急ピッチで冬至祭の準備が進んでいた。

 夕方になってもトンテンカンと作業が続いている。

「にゃー。しんちよくはどうにゃ?」

 山車の作業場は村外れにある。

 エルトの植物魔法で生み出した木材を組み立て、雨をしのげるようにしているのだ。

 山車の高さは十メートルをえるので、作業場もかなり大きい。

 作業場の中では村人が今も作業をしていた。

「もっぐー。順調もっぐー」

 作業場の中央横には金属関係の作業場がある。

 イスカミナは手元の金属部品をひとつひとつ検査していた。

 くぎから車輪のパーツ、外から見えないが安全のための固定具……。

 イスカミナの金属加工の知識が大いに役立っていた。

「イスカミナのおかげで、金属部分も安心にゃ」

「もぐ。でも村のはまだ弱いもぐ」

「ザンザスから仕入れができるから、仕方ないのにゃ」

 ナールが懐からメモを取り出した。

「でも冬至祭にはたくさんの人が来るにゃ。移住者もきっと増えるにゃ」

「もぐー、楽しみもぐねー!」

 イスカミナの向かい側にはやくざい関係の作業場があった。

 何人ものくすが染色用のようえきを作っては、かざりを色あざやかに変えている。

 この一角だけ、すでにお祭り気分になっていた。

「にゃー……すでに派手で美しいにゃ!」

「ふふ、ここは染料の材料も高品質ですからね」

 作業場のリーダーであるアナリアが得意げに頷く。

「ほぼじんぞうに高価な染料が使えますからね。ふふふ……」

「ここからさらに手を加えるにゃ?」

 ナールが見たところ、すでに十分カラフルである。

いつたんかわかして、さらに上からるとグラデーションがえます」

「なるほどにゃ……」

「もぐ! 高等学院でも評判だったもぐ!」

 イスカミナがガチャガチャと山車の部品が入ったかごを持ってくる。

 アナリアが籠を下ろしたイスカミナを見つめながら──。

「それを言ったら、イスカミナの塗りも相当なモノですよ」

「そうなのにゃ?」

「もぐ……! 天然のがあるもぐ!」

 きゅぴーん! イスカミナがりよううでを掲げる。

 確かにイスカミナの手は、毛でおおわれていた。

「常人の三倍は速いですからね、イスカミナの塗りは」

「任せるもっぐ!」

「それは心強いにゃ……!

 ナールが工程表を見ながら、ひとつずつ確認をしていく。

「そういえば新しい料理の『ふわふわ真紅』食べましたか?」

「にゃ? この前、食べたにゃ……おいしかったにゃ!」

 ナールがしつを振りながらうっとりする。

 数日前、ステラしゆさいの試食会が行われたのだ。

 もちろん大好評のうちに試食会は終わった。

「私はてつで調合していたので、欠席でしたが……」

「集中し過ぎにゃ……」

「もぐ。朝にはかしてるもぐ!」

 アナリアには根を詰めすぎるけいこうがある。

 今、いつしよに住んでいるイスカミナはいい同居人だろう。

「でも今回もすごいにゃ。のうこうで辛いなかに酸味や油がハーモーニーしてたにゃ」

 ナールはごくりとつばを飲み込んだ。思い出すだけでまた食べたくなる。

 そんな言いしれないりよくがふわふわ真紅にはあった。

「あとはトーフゥーにゃ。不思議な食感に、豆の旨味がぎゅっとのうしゆくされてたにゃ……」

「うぅ、聞くだけでおいしそうですね」

「もぐ! これからその料理も量産に移るもぐ?」

「にゃ、その作業はステラのほうで進めるにゃ。試食会もあと何回かするはずにゃ」

 これまでと同じく、量や辛みの調整をしないといけない。

「期待大もぐ……!」

 そんな話をしていると、夕日を浴びながら台車の列がやってきた。

「ふぅ、資材のお届けです!」

「きゅっきゅー!」(お届けー!)

 台車を引っ張っているのはアルミラージたちだった。

 それをカイが先導しているのだ。

「にゃー! ありがとにゃ!」

「いえいえー! こうしたことでしたら、ぜひ……!」

 カイがアルミラージと台車を繫いでいるなわをほどく。

「きゅいー?」(ご飯はー?)

「ご、ご飯はお昼に食べたから……」

「きゅい!?」(なんですと!?

 アルミラージたちがカイをじろっとにらむ。

「なんだかうさちゃんが不満気なようですね……」

「にゃ。ご飯を要求してるのにゃ?」

 もはやアルミラージのこうした姿はめずらしいものではなかった。

「……食べすぎはよくないもぐ」

 村での食事量を思い出し、そっと視線を外すイスカミナ。

「そうですね……。私も、うぐっ」

「しっかりするにゃ! この村のご飯がおいしいのは仕方ないことにゃ……!

 その間にカイはアルミラージから圧を受けていた。

「きゅいー……!」(本当は持ってんでしょー……!

「きゅっきゅい!」(出せー!)

 ぐりぐりとアルミラージから頭をし付けられるカイ。

「ぐっ、くぅ……! まだ夜ご飯まで時間が……!」

「あれ? どうしましたです?」

「ぴよよー」(お邪魔しまー)

 カイが困っていると、ララトマと地下コカトリス数体が現れた。

「ちょうどいいところにきたにゃ!」

「はえー……?

「ぴよー?」(どしたんー?)

 ララトマたちは照明係である。

 予定では夜に入ってからも作業するので、地下コカトリスのぺかーが必要なのだ。

 もちろん全員に作業分の手当が支給される。

 ナールがけいを説明すると、ララトマが頷いた。

「なるほどですね、食べすぎですか……」

「ぴよ!」(私たちには無関係かもー。見てよ、この身体!)

 たぷたぷ……。

 コカトリスは自分の体形にあまかった。

「ちょっといいですー?」

 カイがコカトリスにびくっと反応するが、なんとか押しとどまった。

「はうっ、コカトリス……! い、いえ! どうぞ!」

 カイがうながすと、ララトマが地下コカトリスをアルミラージの側に連れて行った。

「ぴよちゃんをつまんでみてしいです!」

 そしてララトマはアルミラージの前脚をふにっとつかむ。

「きゅっきゅー?」(なになーに?)

 アルミラージは首をかしげながらも、ララトマにされるがまま前脚を差し出す。

 そしてそのまま、アルミラージの前脚がコカトリスの毛の中にゆっくりまっていく。

 ふわふわ、たぷんたぷん……。

「……きゅい」(……おおう)

「ほら、こっちの子もさわってみるです!」

「きゅい?」(なぬ?)

 別のアルミラージも前脚を差し出し、コカトリスのお腹を触る……。

 ふにふに、たっぷたっぷ……。

「き、きゅいー……」(おっ、おー……)

 そしてアルミラージたちはおたがいに頭を寄せ合った。

「きゅっきゅい」(かなりたぷってた)

「きゅー……」(ぼうを感じたねー……)

 アルミラージたちがだんだんと静かになっていく。

 どうやらもうご飯はいいらしい。

「……なつとくしたようですね」

 コカトリスが首を傾げた。

「ぴよ?」(なんだったの?)

 アナリアがコカトリスにきついてもふもふする。

「ぴよちゃんはそのままでいいんですよ……!」

「でも食べすぎは問題にゃ」

「ザンザスのぴよちゃんにも、かなりたぷめの方はおられるので……」

 実際、コカトリスはたぷっても問題はない。

 いずれ危険水域に達すると、自らダイエットにはげむのだ。

 アルミラージの落ち着きを確認したララトマが笛を取り出す。

「では、そろそろ始めますです~」

「「ぴよよー!」」

 ララトマが笛をき始めると、コカトリスが目をぺかーと光らせた。

 作業場に十分な光が広がっていく。

「おおー。すごいですね」

 さすがにアルミラージでは照明係は無理だ。

「もっぐー。こっちの角度から照明をお願いするもっぐ!」

 ララトマは演奏を止めずに片手を振る。

 そうすると一体の地下コカトリスがすすっとイスカミナに近寄った。

 ぺかー。

「ありがともぐー!」

「にゃ。心が通じ合っているのにゃ……」

 こうして冬至祭の作業は続いていくのであった……。


進捗


 冬至祭まで残り半月になった。最近は色々な作業が急ピッチで進んでいく。

 とはいえ、楽な面もある。この村にはザンザスからの移住者が多い。

 なので祭りの流れやノウハウについて、かなりスムーズなのだ。

 今日は打ち合わせでレイアが村に来ている。

「お久しぶりです!」

「ああ、十日りくらいか?」

 山車の作業場で打ち合わせだな。

 レイアの時間がないため、山車を点検しながらである。

 山車は今のところ、台車部分までほぼ完成した。

 まだ上に何もないので、巨大な台座と骨組み、車輪だけだが……。

 今日の作業場は花飾りの固定に使う部品や予備の部品を作っている。

「なんだか少しやつれているような……」

「ええ、向こうで色々と作業がありまして……」

「手紙を読むだけでも大変そうだったしな」

 レイアからほぼかくじつで手紙は受け取っていた。

 内容は冬至祭の進捗と報告だ。レイアの仕事はにわたっていた。

 祭りに合わせて山車の準備と出店の用意。さらに冒険者ギルドオリジナルグッズのかんしゆう

 今年はステラ名言マントが一押しらしい。

 あとはダンジョン観光ツアーの特別計画、各冒険者ギルドとのれんけい、議会とのせつしよう……。

「逆にここまで来れば、あとはチェックが主なので楽になります」

 レイアが山車に近寄り、各部を点検する。

「ザンザスの重役は大変だな……」

「いえいえ! 私にとってこの村は命の源泉なので……!」

「昼ならコカトリスは外に出ているからな。たくさんれ合うといい」

 さすがの俺も、レイアからもふもふタイムを取り上げることはできなかった。

「ああっ! ありがとうございます!」

 レイアのテンションが見るからに上がる。

 ザンザスのダンジョンにもコカトリスは住んでいるが、広大な草原で出会えない可能性もある。

 やはり触れ合うなら、この村のほうがいいらしい。

 しばらくレイアとともに山車に問題がないことを確認する。

「はい、このままの作業で大丈夫ですね……!」

「ありがとう。出店についても助かったよ」

 俺は手紙で出店についても相談をしていた。

 おかげでその辺りについてもちゃんと進んでいる。

「こうしたノウハウは豊富にあります。アイスドラゴンの牙とふわふわ真紅、楽しみです」

 レイアが顔をほころばせる。

「氷を使ったデザートは貴重ですからね。冬でもじゆようはありますよ」

「それなら良かった、一安心だな」

 出店の看板商品はステラのエルフ料理とウッドのかき氷だ。

 あとは土産みやげ用の野菜や果物だな。村人でも店を出す人が何人かいる。

「……それで、例の件についてだが」

 モネットの件も手紙の中で報告済みだ。

 ステラが使っていないステラの武具を借りられるのか、そこを確認したかった。

 レイアが俺に視線を送って頷く。

「よし──場所を変えよう」

 俺はレイアを連れて、冒険者ギルドに移動した。

 冒険者ギルドのこうりゆうていでは、ちょうどメニューの改良が進められている。

 観光客が大勢来るので、様々な効率化が必要なのだ。

 紅竜亭の一角を仕切り、話し合いの場所にする。

 もちろんついでにメニューの試食にも付き合ってもらった。

「はむはふ……!」

 レイアがおいしそうにふわふわ真紅をほおっている。

「それがふわふわ真紅、甘口バージョンだ」

「実にいいですねっ! あー、ボムマッシュルームの旨味とほのかな辛さが素晴らしいです!」

「かなり甘くしたんだが……」

 今、レイアに食べてもらっているバージョンのふわふわ真紅は俺には物足りない。

 だが甘口が好みのレイアにはちょうどいいらしい。

「私はこれでも良いかなと……。このトーフゥーも変わっていておもしろいですね」

「それは大豆の加工食品だな」

「元は豆ですか、確かに言われてみると……」

 レイアがスプーンにすくった、豆腐をじっーと見つめる。

「味わい以外は、おもかげがありませんねっ」

「食感も見た目も全くちがうからな……。しかし量産のは立ったぞ」

 ふわふわ真紅を食べながらレイアが答える。

「おおっ……! この料理も人気になると思いますよ!」

「ジェシカが今、必死につえから海水を生み出しているからな」

 ちょっと前までザンザスに出張していたが、先日戻ってきたのだ。

「……」

 レイアの動きが一瞬止まった。

 何か、知ってはいけないことを知ってしまったような顔をしている。

「その情報は……機密こうですから、せておいてもよろしいかと」

「そうか?」

 どうやらレイアはあの杖から出る水に対して、あまり良い印象を持ってないようだ。

 見た目はアレだが、かなりすごい杖なのに……。

 もちろん水の成分や調合の準備も進んでいる。

 冬至祭で使うにがりの大半は、イスカミナが調合したものになるだろう。

 レイアのふわふわ真紅がある程度減ってきたところで、ステラが顔を見せた。

「ふぅ……。お久し振りです、レイア」

「ごしておりました……!」

 ステラが俺の隣にすわる。

「メニュー改良も一息つきましたので、こちらに来ました」

「ちょうど良いタイミングだな。それで……武具の件だがどうだ?」

「議会の了承は取り付けました……!」

「おお、割とすんなり通ったのか」

「何か言われる可能性もあると思いましたが……」

 俺とステラが頷き合う。

しぶる方々もじやつかんおられましたが……」

「……やはりそうか」

「博物館の館長とかはこつに悲しそうな顔をしてました」

「うっ……それは……」

 ステラが軽く気まずそうな顔をした。

「さすがにわいそうなので、そこは……なんとかします。祭りに合わせて展示物も必要でしょうし」

「申し訳ありません。ごはいりよ、痛み入ります」

「代わりにわたし特選、野ボールグッズを渡しましょう」

 ……いいのか?

 武具と野ボールでは全然方向性が違う気がするが。

「ぜひ……! 文句を言う人なんて、いませんので!」

 いいらしい……まぁ、当人がそれでいいなら、俺は何も言うまい。

「しかし……一点だけ、条件があります」

 ふわふわ真紅を食べ終わったレイアがきりっとした顔になる。

「武具のお引き渡しの際に、ステラ様かエルト様に直接来て頂きたいのです」

「それは問題ないと思いますが……」

「ステラは一度、ザンザスに行ってるしな」

「お手数をおかけします。途中でふんしつとうなんったら、とんでもないことになりますので」

 ふむ、ちゃんとこちらから受け取りに来て欲しいということか。

 そう言うと、レイアは懐からふうとうを取り出した。

「こちらが簡単な目録になります」

「おお、見よう」

 封筒の中には折りたたまれた用紙が入っていた。

『ステラ様の武具

・アダマンタイトの武器 12

・アダマンタイトの防具 4個

・ミスリルの武器 73

・ミスリルの防具 24

・その他、魔力を秘めたアイテム 個』

「……こんなにあったのか?」

「ナイフや肩当て、指輪やペンダントなどもふくめて、それくらいですね」

「これが全部、わたしが使ったことに……?」

 ステラが疑わしい、という視線を送っている。

「ええ、私も今回、初めてぜんぼうを知りました」

 レイアが少し前のめりになる。

「しかるべき人が使えば、大都市もほろぼせますので……!」

「思ったより、すごい話になったな」

「その点はご心配なく、レイア。いざとなったら、わたしが取り戻しますので!」

 ステラが力強く頷いた。

 こわっ……全力のステラとは絶対に戦いたくない。

 その後、武具の引き渡しについて具体的な話を進めた。

 とりあえず受け取りに行けばいいだけなので、大丈夫だろう。

 一段落すると、ステラがメモを取り出した。

「それで……このふわふわ真紅はどうでした?」

「ええ、実に素晴らしいですね……! 辛さもちょうど良いです!」

「ふむふむ……なるほど」

 それから新メニューについても話し合いをした。

 ステラのメモに気になる一文があったが、俺の心の中にしまっておこう。

『子ども用味付け レイアに好評』


花飾りの制作


 数日後、山車の台座がおおよそ完成した。

 村外れの作業場もさらに拡張され、花飾りの制作が始まった。

 地面には目印となる巨大な板と柱がセットされている。

 ドリアードがせっせと準備を行い、花や枝を取り揃えていく。

「はわー。腕が鳴りますねー」

「改めて、ものすごい高さですわね……」

 図面をながめたジェシカがごくりとのどを鳴らす。

 隣のスペースでは台車部分を作っており、最終的にここで合体させるのだ。

「にゃーん。でも作業は順調だから大丈夫ですにゃん」

 さくさく。ブラウンは枝を手に取りながら、思うように余分なしよを切っていく。

「こんな感じにゃ?」

「いーですねー。最後に枝の下を、ななめにちょんと切ればおっけーですよー」

「了解にゃん!」

 ブラウンの他にもニャフ族や冒険者が集まり、作業が進んでいく。

 初老の冒険者が枝を手に、頭をなやませている。

「ここはどうすればいいんじゃろか、切ったほうがいいのか……」

「迷ったら切ったほうがいいですよー」

「そういうものなんですの?」

「足りない分には、後で足せますからねー」

てつがくにゃん」

 作業場のテーブルにはテテトカの作った、ミニ花飾りのはちが置かれていた。

 青いベロニカやネモフィラ、赤いシクラメンが組み合わされている。

「にゃん。この小さい花飾りにも気品があるにゃん」

「本当にそうですわね……」

「もぐもぐ……。そーですかー?」

 テテトカは草だんごを食べていた。

 高貴な花飾りの横でおやつの立ち食いである。

「高貴なふんが……実にマイペースですわ」

「にゃーん。ちょっとでも近づけるようにがんりたいにゃん」

 ブラウンが意気込みながら、花の選定を進める。

「にしても、切った花がけっこう長持ちするにゃん」

「特別な水と土ですからねー」

 そこに植木鉢を持ったコカトリスが現れる。

「ぴよよー!」(お待たせ、お届け物だよー!)

「すやすや……」

 コカトリスの抱えている植木鉢には、ドリアードが入っていた。

 気持ち良さそうに昼寝中である。

 慣れっことはいえ、ジェシカたちは少しぎょっとした。

「ぴっぴよー!」(んじゃねー!)

 コカトリスは作業場に植木鉢を置くと、そのままさっと帰っていった。

「んしょ、んしょ……」

 テテトカが中に入っているドリアードに構わず、植木鉢の土を確かめている。

「うーん……。まだちょっと……」

「……どうしたのですわ?」

「花に元気でいてもらうには、特別な土が必要なんですけどー。まだ熟成が足りませんねー」

「熟成……にゃん? その単語で合ってるにゃん?」

「正しいような、正しくないような言葉ですわ」

「んー、ここに水をちょっと入れてもらえますー?」

 テテトカの指差した植木鉢には、ドリアードがすやすやと眠っている。

「先客がいるにゃん」

「寝ているみたいですが、本当にいいんですの?」

「大丈夫ですよー。どばっーと!」

「そ、そこまで勢い良くはしませんわ!」

 テテトカに促され、ジェシカが杖から水を放つ。

「がおー」

 ちょろちょろとの口から水が出る。

「本当にやったにゃん」

「ちょっと、それは言わないでくださいですわ」

「ふーんふーん」

 水が止まると、テテトカが植木鉢の土と水をかき混ぜる。

「いいですねー。大地のパワーを感じますよー」

 こねこね。テテトカが土をこねくりまわしている。

「そ、それは良かったですわ」

 ブラウンが手を止めずに、ぽつりとつぶやいた。

にゃん」

「しっ、しっーですわ!」

 こうしてドリアードの作業にあつとうされながらも、準備は進んでいった。

 祭りまであと一週間。色々な作業も大詰めだ。

 俺もステラもウッドもいそがしく準備をこなしていく。

 なんとなくだが、祭りが近づくと気分も盛り上がってくるな。

 武具の受け取りにはステラが行くことになった。

 村の入り口で俺たちはステラを見送る。

「いい子にしていてくださいね、すぐに戻ってきますから」

 まぶしい朝日の中、アルミラージの背中に乗ったステラがディアに頰を寄せる。

「ぴよ……! わかったぴよ!」

「ふふっ……」

 しばらくディアのかんしよくを味わうと、ステラはディアをそっと俺に渡した。

「では、ザンザスまでささっと行ってきます!」

「気をつけてな」

「いってらぴよー!」

「わふー。帰りを待ってるんだぞ」

「ウゴウゴ、いってらっしゃい!」

「きゅっきゅー」(るんるんー、走るぞー)

 もちろんカイもついていくのだが、少し心配そうな顔をしていた。

「大丈夫でしょうか。中々の長きよですけれども……」

「ええ、わたしには乗馬の心得もあります!」

 ステラが頭を撫でて身を屈めると、アルミラージの目がかっと見開かれた。

「きゅいー!」

 ステラの乗ったアルミラージがぴょーんとジャンプする。

「とんだぴよー!」

「高等テクニックなんだぞ!」

 カイも目を丸くしているな。

「ま、まさか……。いきなり心を通わせて、うさぎびができるとは……っ」

「ふふ、いい子ですね」

 ステラも楽しそうな様子でアルミラージのふかふか頭を撫でる。

「では行きましょう!」

「は、はいですー!」

 どちらが主導権を握っているのかわからないまま、ステラたちは出発していった。

 アルミラージの足だと、ザンザスまで往復二日で十分らしい。

 馬だと三、四日かかるはずだ。常に高速で走れるのが大きいんだな。

「ぴよー……」

「わふ。またすぐ会えるんだぞ」

「そうぴよね……っ! マルちゃんもとうさまも、おにいちゃんもいるぴよ!」

 ディアは少しさびしそうな表情だが、俺たちをしっかり見上げた。

 ステラと離れるのは初めてだが……すぐのことだ。

 さっきまで十分もふもふ、スキンシップしてたしな。

 ディアもそれを理解できている、と思う。

「ああ、ずっと側にいるからな」

 俺はディアと子犬姿のマルコシアスをしっかりと抱える。

 ふかふかのつやつやだ。

「よし、それじゃ俺たちも花飾りの制作に行くか」

「ぴよ! かあさまのいないあいだ、がんばるぴよよ!」

「わっふ。そろそろ兄上の彫刻もためしてみるんだぞ?」

「ウゴ、テストは大事だからね!」

 そろそろかなり形になってきた頃だろう。

 朝日を背にして、俺たちは花飾りの作業場に移動する。

 作業場に入ると、すでに大きな花飾りが出来上がりつつあった。

 高さ十メートルの柱に小さな植木鉢がセットされ、花が飾られている。

 青や赤を基調に、白い花や葉の付いた枝がアクセントになっているな。

「わふわふ。いい花のかおりなんだぞ」

「ぴよー……きれーぴよねー!」

 ディアとマルコシアスは目をきらきらさせながら、花飾りを見つめていた。

「いい感じじゃないか……!」

「ウゴ、みんな頑張ってるからね!」

 ここ数日、アイススタチューの件でウッドも作業場に通っていた。

「ウゴ、見て!」

 ウッドが種をかくにして、アイススタチューを作る。

 冷気が収束していき、じよじよに形になっていく。

「ウゴゴ……!」

 ウッドは目を細めて集中している。

 ものの数分で見事な等身大のニャフ族の像が完成した。

「ぴよっ、そっくりぴよ!」

「わふー! いつの間にか、すごい出来栄えなんだぞ!」

「ウゴ、頑張って練習した!」

「ああ、本当に良くできてるぞ……!」

 思い切って任せてみたが、想像以上の成長ぶりだな。

「ウゴ、ありがとうー!」

「にゃー! 本当によく似てますにゃ」

 おくで作業していたナールとニャフ族が氷の彫刻に感心していた。

「本当によくできてますニャー」

「毛並みも再現されてるにゃう」

 ウッドは嬉しそうにニャフ族に応じる。

「ウゴウゴ、いつも遊んでくれるおかげだよ!」

「そんにゃ……。いつも綿をせがんでいるのはこちらですにゃー!」

「「にゃー!」」

 ニャフ族がウッドへと抱きついた。

「ウゴウゴ、気にしないで!」

「「んにゃにゃー!」」

 うん、ウッドもしっかりニャフ族と親しくしているようだな。

 こうした機会に繫がりが深まるのはいいことだ。

「じゃあ二人は花飾りをやってみようか」

「ぴよ! やってみるぴよ!」

「わふ。レッツチャレンジだぞ!」

 俺は空いていた作業台にディアとマルコシアスをそっと下ろす。

 その時、作業場に眠そうなテテトカがやってきた。

「ふぁー、おはようですー」

「おはぴよ!」

「わふー。おはようなんだぞ」

「ウゴ、おはよう!」

「おはよう、眠いなら無理をしなくても……」

 ぽてぽて。テテトカが目をこすりながら作業台に近寄った。

「いえいえー、これは二度寝なので。はふ、もぐもぐ……」

 テテトカが草だんごを取り出して食べ始めた。

「んん、目が覚めてきましたー」

 言いながら、テテトカが作業場の奥から花の付いた枝の束を持ってきた。

「これがベストなやつですよー」

「おお……確かに花の色合いが良いな」

 テテトカが持って来たのは、ピンクのカーネーション、ペンタスやアネモネだった。

「ぴよ! かわいいぴよ!」

「わふ。赤やピンクは好きなんだぞ」

 そういえば、マルコシアスの一番最初のよろいは真紅だったな。

 あれはマルコシアスのしゆだったのか……。

「思う通りに枝を落として、ぎゅっとまとめてくださいー」

 テテトカが近くの作業台を指差す。

 そこにはミニ花飾りが置いてあるが……美しい中に気品がある。

「あれがぼくの作ったやつなのでー、迷ったら参考にしてくださいー」

「ぴよ……! むずかしそうぴよ……」

「大丈夫ですよー。心のままに作るのが大事ですからー」

「わふ。それならできそうなんだぞ」

 こうして俺とディアとマルコシアスは花飾りの制作を始めた。

 ウッドも合流するが、今はナールやテテトカと氷の像の配置を話しているな。

「ウゴ、このへん?」

 ウッドが先ほどのニャフ族の像を板に載せる。

「いいですにゃ! でもあと何体、彫刻を作れるのですにゃ?」

「ウゴウゴ、まだまだ作れるよ!」

「それならー……この辺の鉢をちょっと右に寄せれば、もう少し置けますよー」

「にゃ! それはいい考えにゃ!」

 自分のいないところで話が進む、それを嫌がる人もいるだろう。

 だがそれはコミュニティの成長であり喜ばしいことなのだ。俺は特にそう思う。

 ちょっとうるうるしながら、俺は余分な枝を落としていく。

「ぴよ……。むつかしーぴよね……」

 ディアが頭に密着するほど、花を目の前に持ってきている。

「ぴよ。ここは……いるぴよ、いらないぴよ、やっぱりいるぴよ……」

 かなり悩んでいるな。しかしこれも情操教育のひとつと言える。

 迷いながら決断を下していくのだ。俺もなるべく口は出さないようにしよう。

「わふ。こんなところでいいんだぞ?」

 反対にマルコシアスは割とてきぱき進めているな。

「わふわふ。次はこっちをやるんだぞ」

 マルコシアスがちまっとした前脚でアネモネを束ねていく。

「ぴよ! きめたぴよ! ここをぽっきりぴよよ!」

 かくを決めたディアが勢い良く、枝の一本を折る。

 ぽきっ!

 枝を折ったあと、ディアは穴が開くほど枝を見つめた。

「……ちょっとびみょうぴよ」

 どうやら納得できなかったらしい。

「あー……もしダメだったら、そこの黒い箱に入れておいてくださいー」

「これぴよ?」

 作業台の近くに黒い木箱が置いてある。

 中をのぞいてみると、すでにいくつかの枝や花が入っていた。

「ぴよー」(こんちゃー)

 ぬぬっと黒い箱を持ったコカトリスが作業場に入ってきた。

 すでに慣れているのか、当たり前のように黒い箱を入れえる。

「ぴよ……」(ふむふむ……)

 コカトリスは羽を黒い箱に入れ、枝を一本取った。

「ぴよぴ」(もぐもぐ)

…………

 コカトリスはちゆうちよなく枝を食べ始めた。

「ぴよ……!」(甘みの中に、わずかな酸味……!)

 そのままコカトリスは枝をぽりぽり食べながら、黒い箱を持って作業から去っていった。

「どうやら黒い箱に入れると、コカトリスのおやつになるんだぞ」

「そのようだな……」

 完璧なリサイクルのような気がしなくもない。

「我が主、その枝はダメなんだぞ?」

「ぴよ……。それがむずかしーぴよ……」

 じーっ。ディアがこんなに悩むのも珍しい。

 だが逆に良い機会だな。大いに悩んで考えた分、ディアの成長にもなるだろう。

 こうして俺たちは一日中、花飾りの制作に専念した。

 おかげでかなりいいところまで進んだな。

 冬至祭まで、もうすぐだ……!


空から


 ザンザスにとうちやくしたステラは目を回しそうになっていた。

 前に来た時も多かった人が、さらに増えていたのだ。

「すでにとんでもない人出ですね……!」

「冬至祭に参加する人が、もうぽつぽつと来ていますからね」

 人をかきわけながらステラとレイアが中央通りを歩く。

 通りにはすでに様々なグッズや食べ物の出店が並んでいる。

 コカトリスグッズ、ヒールベリーの村のおいしい果物や野菜、ステラグッズ……。

「ジャガイモにバター……。かなりの人が並んでいますね」

「じゃがバターは、ここ数年の人気商品です。ヒールベリーの村でも、出店すると思いますよ」

「なるほどぉ……」

 ちなみにカイはザンザスの外でアルミラージと一緒にいる。

 さすがにこれだけの人がいると、アルミラージでは街中に入っていけない。

「武具の用意は出来ています。アルミラージで来られるとは思いませんでしたが……」

 レイアがふむふむと頷く。

「しかしみようあんです。アルミラージのパワーなら、じんそくに運べるかと!」

「馬車数台分ですからね……」

 馬とアルミラージのセットで運べば、それほど時間もかからずに戻れるだろう。

「点検と整備もばっちりです……! ナナが手伝ってくれましたので」

かのじよ、こちらにいたんですか」

 少し姿が見えないと思ったが、ザンザスで働いていたらしい。

「古い魔法の武具を見られる人は貴重ですので……」

 それもそうか、とステラは納得した。

 魔力を持った武具は、それなりの職人でないと整備もできない。

 ナナにはうってつけの仕事だろう。

「んん……?」

 ステラが空に目をやると、彼方かなたの雲にぼんやりとしたかげが映る。

 ザンザスのせんとうの向こうから、何かがせまっていた。

「あれは……」

「ど、どうかされましたか?」

 影がもうスピードで近づいてくるにつれて、その正体がわかってきた。

 すでに一度見ているので間違えるはずもない。

「……宝船ですね」

「えっ? あの小さな影がですか……?」

 ステラの見上げた方角を、レイアも目を細めて見ていた。

「まだ早いと思ったのですが……」

「予定をまえだおししたのかもしれませんね。でも、もし会えるなら──」

 言うべきことはもう決まっている。そこでレイアが頭を傾げた。

「あれ? ですが、何か妙ですね。速すぎるような……」

「そうなんですか?」

「空を飛ぶ乗り物は危険防止のため、一定速度以上は出さない国際的な決まりが……」

 レイアが解説する横で、ステラはぶるっと身を震わせた。

 もうれつな魔力の波動が身体を通り抜けたのだ。

「これは……!?

 宝船がさらに近づいてくる。

 ステラがさらに集中して宝船を見ると、異変がわかった。

 宝船のかんぱんから『ナニカ』がき出しているのだ。

 レイアも気付いたようでしんけんな表情になっていた。

「甲板に何かあります……?」

「わたしにもそう見えますね……」

 言いながら、ステラはまたも魔力の波動に身を震わせる。

 まるで呼吸するかのように、断続的に魔力の波動が放たれていた。

 この魔力には覚えがある。あの時の──指輪の魔力だ。

 嫌な予感がしたステラはレイアを振り返った。

「ナナはどこにいますか?」

「中央倉庫にいます!」

「行きましょう……!」

 レイアの案内でザンザスの通りを駆け抜ける。

 二人とも一流の冒険者だけあって、身のこなしはばつぐんだ。

 あっという間に中央倉庫に到着する。

 倉庫の前には何人かの人がおり、そこに見慣れた着ぐるみがいた。

「ナナ……!」

「おひさー……。変なことになっているみたいだね」

 ナナがぽにぽにと羽を振る。

「お久しぶりです。あなたも感じ取ったんですね」

「うん、あの宝船からっぽいね」

 羽の先にはますます近づいている宝船があった。

「気になるなら、様子を見に行ったほうがいいかもだけど」

 ナナがそう言うと、後ろからぽにっと新しい着ぐるみが現れた。

「異変が起きているのは、確かだな」

「あなたは──」

 誰ですか、と言いかけてステラは目をぱちくりとさせた。

「……コカ博士ですか?」

「ほう、その通りだ。俺を知っているか」

「ええ、月刊ぴよはちゃんと読んでいますので……!」

 月刊ぴよにけいさいされていたイラストそのままの着ぐるみなのだ。

 白い帽子と、一見してわかる最高級の着ぐるみ。コカ博士に間違いなかった。

 なぜここに、と一瞬思ったが不思議はない。

 これからザンザスではぴよちゃん祭りが始まる。

 コカ博士ならいてもおかしくない。ステラはそうばやく結論付けた。

「それなら話は早い。俺の得意魔法は風魔法だ」

「なんと……! 音速でぴよちゃんに会いに行けるっ」

「運べる人数に限りはあるが、宝船に近づける……どうする?」

 どうやらコカ博士は協力してくれるらしかった。

「ぜひお願いします。できればナナも……!」

「大丈夫だよ。なんとなく僕の専門分野の気配がするし」

するどいですね……。多分、そうです」

 ナナもこれまでの経験から、何かを察しているようだった。

「レイアは念のため、街にけいかいの連絡を」

「わかりました……!」

 レイアがしゅっと敬礼する。頭にぴよ帽子はのっているが。

「では行こうか」

 早速、コカ博士の周りにステラとナナが集まる。

 そのままコカ博士が羽をかざすと、あわい青色の魔力が満ちていく。

 ステラがこしに差したバットを確かめる。

「大丈夫です……!」

「……まぁ、得物は人それぞれだ」

 一人納得したコカ博士が羽を広げると、淡い青色の球が三人を包み込む。

 そのまま球ごと、ゆっくりと空にかび上がっていく。

 不思議な感覚だった。まるで大気の中を泳いでいるような──。

「注意点だ。この球から自由に移動はできない。位置が固定される」

「なるほど、注意します!」

「常に一緒に行動しないとダメな魔法なんだね」

「その通り。バラバラにかいしたりはできないからな」

 青色の球が徐々に加速し、高度が上がっていく。

 レイアが遠ざかり、街並みが眼下に広がる。

 あっという間に建物も小さくなった。加速はさらに増していく。

「不思議ですね、速いはずなのに全く感じません」

 だんと違う感覚にステラは気を引きめる。

 そして上から見ると、ザンザスがいかに大きな街か理解できる。

 建物はまめつぶみたいな大きさなのに、視界いっぱいに街並みは広がっていた。

「そろそろ速くしても大丈夫だな」

 ばびゅーん!

 大気を突き抜けながら、ステラたちは宝船に接近していく。

 宝船もザンザスに近づいており、両者の距離はどんどん縮まっている。

「見えてきました……が」

 巨大な宝船はまるであせるかのように空を飛んでいた。

 魔力の波動は──弱まっていない。

「あれが原因でしょうか?」

 宝船に近づくと異変がすぐにわかった。

 黄金の魔力がとらのように、甲板に突き立っているのだ。

「なんだ、あれは?」

「魔法具だね。しかも普通じゃない……よくあんな魔力があるね」

「あれほどの魔力が……」

 コカ博士が少しせんりつしている。

 それほどまでの魔力が虎から放たれているのだ。

「……なんとなく似てますね、この前のアレに」

「この前のアレね、確かに……」

 ナナがふにっと頷く。この前のアレとは、ブルーヒドラのことだ。

 直感でしかないが、雰囲気は似ている。

「とりあえず甲板に降りるか」

 コカ博士が羽をくいくいっと動かす。

 羽の動きに応じて青色の球が空を飛び、宝船へさらに接近する。

 ある程度近づいたところで、甲板の詳しい様子がわかってきた。

 モネットと大勢の従者が黄金の魔力でできた虎の前にいる。

「あそこに降りましょう……!」

 しかしステラが声を上げた瞬間、虎から猛烈な魔力の波動が放たれた。

 それは黄金のやりのようになり、ステラたちへとおそかる。

「ぐっ、れるぞ!」

 コカ博士が羽をくいっと動かす。

 球体がしんどうすると同時に、急速に右へ動いた。

 さきほどまで球体のいた場所を黄金の槍が通り抜ける。

「こっちを認識して、こうげきしてる……?」

 ナナが呟くと、さらに甲板の虎がめいめつして魔力を放ってくる。

 今度はさっきよりも小さい槍が多数、球体に向けて放たれた。

「まずい、回避しきれん」

「むしろ、ここで止まってください!」

 ステラが前に出て、瞬時に黄金の槍のどうあくする。

「僕も打ち落とすよ……!」

 ナナがポケットからめらめら槍を素早く取り出す。

「わかった、ここで止まるぞ」

 コカ博士が球体の位置を固定する。

 直撃する槍は、六発。ちよう圧縮された魔力の槍である。

 それらが風を引ききながらステラたちに向かっていた。

「せいっ!」

 しかしステラの手にかかれば、どうということはない。

 ここぞというタイミングで五発の槍をたたき落とす。

「えいっと!」

 ナナもめらめら槍で黄金の槍をはじき飛ばす。

「よし、でも……!」

 安心したのもつかの間、すぐに次の魔力の槍が放たれた。

 それもち落とすが──終わるとまた魔力の槍が発射される。

「これじゃキリがないよ!」

「船に近づくものをげいげきしているようだが……船や甲板の人間は無事みたいだな」

「……なるほど、ねらいはわたしたちだけ、ということですね」

「船から離れれば、攻撃は終わるかもだが」

「しかしそれでは……」

 宝船もこのままでは着陸できず、何も渡せない。

 少なくとも虎がなくなって正常化しない限りは不可能だ。

「しかし近づけば、槍のかんかくはさらに短くなるぞ?」

 話している間にも黄金の槍は放たれ続けている。

 絶妙に球を動かして距離を調整しているが、コカ博士の言う通りだ。

 船から離れると間隔が空き、近づくとより激しく槍を撃ち出す。

「飛んでいる宝船の下からこそっと……はマズいよね」

「間にあるものを無視して撃ってきたら、だいさんになりますね」

 あの虎の攻撃パターンは不明だ。

 もしかしたら船も構わず撃ってくるかもしれない。

 そうしたら船は簡単にかいされるだろう。

「やっぱりかぁ……けになっちゃう」

「打開策は何かあるか?」

「……あの虎をどうすれば破壊できると思いますか?」

「アレは魔力の構造体だから──強いしようげきと魔力があれば、止まるはずだよ」

「同感だな。しかし近づくのが容易ではない」

 今、ステラたちと船は百メートル以上離れている。

 それでも魔力の槍はひっきりなしに飛んできているのだ。

「この距離で有効な攻撃魔法は、ほとんど存在しない。せめてもっと数がいればな」

「そうだね、多方面からの攻撃ならなんとかなるかもだけど」

 しかしここは空中だった。数で囲むのも無理なのだ。

「わたしにはまだ手があります……」

「どうするつもりだ? このまま近寄ることは難しいぞ」

「普通に近寄るなら、そうかもしれません。もっと速く、発射間隔を超えて飛び込めれば……」

「それって……」

 ナナがはっと気が付いたようだ。

「虎の真上から、スカイダイビングってこと!?

「ええ、まさにその通り……です!」


英雄は空から


 ステラがさっと計画をコカ博士に説明する。

 とはいっても、虎の上空から射出してもらうだけだが。

「明らかに無茶だが、そんなことができるのか?」

「仮に失敗しても、この高さなら大丈夫です」

 ステラが下を覗き込む。

 今、三人は上空数百メートルを飛んでいた。

「軽いムチウチ程度でしょうね」

「本気か?」

「コカ博士、相手はあの英雄ステラなんだよ。ドラゴンから振り落とされても無事なんだから」

へいがありますね。それはドラゴンを空中で仕留めたから、飛び降りただけですが……」

 少なくともドラゴンに空中から振り落とされるような無様は一回もない。

「……運動エネルギーを加味すれば、あの虎の破壊は確実だろう」

「では、決まりですね」

「はぁ、じゃあ僕も一緒に飛ぶよ」

 ナナがぴこっと羽を掲げる。

「いざというときは、僕をたてにすればダメージを軽減できるだろうし」

「ナナは大丈夫なんですか?」

「ぶわっとかさ~」

 ナナがてってれーとお腹のポケットから赤い布の束を取り出した。

「これは落下速度を軽減する魔法具だよ。空中で布が広がるんだ」

「ぴったりじゃないですか!」

「残念だけど、まだテスト段階だ。きっと大丈夫だけど」

 何がどうテスト段階なのか、ステラは聞きたくなったが──やめた。

 そうしている時間がしい。

「わかった……。いささか不安だが、保険があるなら良しとしよう」

 コカ博士はくいっと羽を動かす。

 一度、三人を乗せた球が船から遠ざかり──大回りして虎の上に移動する。

「移動速度、進路を考えると真上よりか、ここがいいだろう」

「ですね……っ」

 ステラがぐっとバットを握る。

 船の上空百五十メートル離れたここには、魔力の槍は飛んでこない。

 やはり距離が攻撃のトリガーらしい。

 すぅっとステラが呼吸を整える。やるべきことは明確だった。

「では、行きましょうか」

「ふぅ……おっけー」

 ナナがめらめら槍をポケットに戻し、ぶわっとかさを背負っている。

「本当にいいんだな?」

「ええ、一気にお願いします!」

 最終確認を済ませたステラのひとみにはとうが燃えていた。

「わかった、カウント三で落下させる」

「了解です!」

「はいよー」

「いくぞ、三……」

 ステラが魔力を高ぶらせていく。

 一発勝負だが、初めてというわけではない。

「二……」

 むしろステラは常に一発勝負でいどんできたのだ。

 ステラの全身が黄金の魔力に包まれる。

「一……」

 すでにステラは狙いを定め、完璧なイメージを構築していた。

「ゼロ!」

「はいっ!」

 ステラとナナが風の魔力で下方向に射出される。

 大気を突き抜け、ステラは猛スピードで甲板の虎に接近していった。

 黄金の槍が放たれるが、おそい。

 今のステラの身体能力の前には、小手先の攻撃に過ぎなかった。

 槍を弾き飛ばし、超高速のままステラは甲板に向かう。

 もう距離は数十メートルに近付いていた。

「えーいっ!!

 そしてステラは真上から黄金の虎を目がけ、バットを振り下ろしたのであった。

 バキィ……!!

「グオオオオッ……!

 黄金の虎がさけび──猛烈な魔力のせんこうが放たれ、空を覆いくす。

 ガラスがくだけ散るような音が鳴り、黄金の虎にひびが入る。

 上空からの一撃で魔力の構造体は完全に破壊された。

「ふぅ……!

 もちろんステラはすちゃっと着地を決めていた。

「あーっと!」

 ぶみっ。ステラのそばにナナが背中から落下する。

「……僕の手番はなかったか」

 ぬくっとナナが何事もなかったかのように身体を起こした。

「あの白いムチは危ないですからね」

 一流の冒険者同士、無事かどうかは一目でわかる。

「やれやれ……しかし一発で終わったね」

 すでに黄金の虎はきりになり、空に散り始めていた。

 数瞬ののち、コカ博士もふわっと甲板に降り立つ。

「どうやら無事なようだな」

「ええ、おかげさまで……!」

「ステラ様、それにナナみゃ……!?

「モネット……大丈夫?」

 とつぜんの登場にモネットと従者たちは大いに驚いている。

 しかしあいさつを交わしているひまはなさそうだった。

「その指輪が、やはり……!」

 モネットは苦しそうに指輪に魔力を送り込んでいる。

 周りの従者も同じく、必死に魔力を送っていた。

 しかしモネットに比べれば、従者たちの魔力はかなり少ない。

 虎の魔力はさんしたが、それでも指輪からまだ魔力は放たれていた。

 あの一撃で完全に終わったわけではないようだった。

「話はあとでっ。その指輪に魔力を込めればいいんですか?」

 一瞬、迷ったモネットだったが、ステラに勢い良く頷き返す。

「みゃ、そうですみゃ!」

「ナナとコカ博士もお願いします!」

「わかった、じゃあステラに合わせるよ」

「問題ない。ナナに続いて魔力を流そう」

「ありがとうございます……!」

 モネットの魔力に合わせるように、ステラたちも魔力を注ぐ。

「みゃ、みゃ……! なんという魔力ですみゃ!」

 従者たちも戦慄していた。

「信じられません……っ」

「着ぐるみの方々も……!」

 ステラたちの魔力が流れ始めると、指輪の波動が弱まってきた。

 波打つたび、徐々に魔力がおさえられていく。

「イケそうだね……!」

「ええ、あともう少しです!」

 ぐぐっと抑え込むように、全員がひたすら魔力を流す。

 ステラの額にもあせが浮かんだ。数分ほど魔力を流しただろうか。

 やっと指輪から放たれる魔力が止まった。

 完全に魔力が消えたのを確認し、魔力を流し込むのを終える。

「ふぅ……これで大丈夫ですかね」

「あ、ありがとうございますみゃ……!!

「「ありがとうございます!」」

 モネットと従者のエルフたちが手を合わせて涙目になっていた。

 ステラはどうどう、とモネットを制す。

「それで、いったいどうしたんですか?」

 モネットは語り始めた。指輪の魔力が抑えきれなくなったこと。

 魔力があれば抑えられるので、きんきゆうで王都に向かおうとしていたこと……。

 今はすでにおだやかな速度でザンザスの上空をせんかいしていた。

「でも助かりましたみゃ……。なんとお礼を申し上げればいいかみゃ」

「……でも一時的なだよね」

「ナナは相変わらず、はっきり言うみゃ」

「お二人は面識があるので?」

「学院の同級生だよ」

「みゃ。問題児のナナを引率してたみゃ」

「なんと……!」

 ステラは驚いた。そんな接点があったとは。

 まぁ、知っていたとしても何かが変わるわけでもなかったが。

「学院の昔話はいいとして──まだ根本的に解決していないでしょ」

 コカ博士も羽をぴこぴこさせながら私見を述べる。

「ふむ、この感じからすると──再び中の魔力が外に出ようとするのでは?」

「みゃ……。おそらく、その通りですみゃ」

 モネットはうなだれながら認めた。

 ここで意地を張っても仕方ないと思ったのだろう。

「おかしいですみゃ。この周囲に来てから、指輪の反応が妙ですみゃ」

「東の国では、そうではないと……?」

「ふうん、この周囲ね……」

 ステラとナナがちらっと空の彼方に視線を向ける。

 思い当たる点がひとつだけあった。

 この宝船の真下にはザンザスの街が広がっており、中心にはダンジョンがある。

 世界十大ダンジョンのひとつであり、いまだとうの超巨大ダンジョンだ。

 何かのえいきようがあったのかもしれない。

「ま、原因はさておいて──次にどうするかだね」

「おそらくまた同じことが起こるだろうな」

 しれっとコカ博士が宣告した。

「みゃ、それは……」

「その可能性は高いね。根本的に解決はしてない」

「……わたしは助けたいです」

 ステラのほうを見ながら、コカ博士が羽を組む。

「ある程度、これまでの経緯で仮説は立てられたが……」

「だね、僕も多分同じ解決策を考えているよ」

「みゃ? どういった解決策ですのみゃ?」

 ステラがモネットの指輪に視線を向ける。

「指輪が魔力をめ込んでいるわけですから……あえて、大量に魔力を注ぎ込めば」

「僕の見立てでもえ切れなくなって、指輪はこわれるだろうさ」

「順当な解決策だな。必要な魔力はけたはずれだが」

「みゃ!? でもそれは危険ですみゃ!」

 モネットがぶるっと身体を震わせる。

「もちろん、ここで実行はしません。ちゃんと準備をしてからのほうがいいでしょう」

 ステラの瞳には決意がみなぎっていた。

 誰もが従わざるを得ないような──英雄のオーラだ。

「いいですよね、モネット」

 それから地上に降り、レイアとカイにも連絡を取った。

 カイは目を丸くしていたが、事情が事情だ。

「はわー……まさかこうなるとは」

「すみません、突然こうなりまして……」

「いえ、それは全然大丈夫ですので!」

「きゅー……」(すややー……)

 アルミラージたちは宝船の甲板できゆうけいしていた。

 甲板に身体をこすこすしながら昼寝している。

「結果的に武具も渡せて、任務はひとつ終わりましたが……」

 ザンザスの武具も今、レイア主導で船内に運び込んでもらっていた。

「みゃ……こちらにおられましたみゃ!」

 甲板に出てきたモネットがててーっとステラに近寄る。

はんにゆうは大丈夫そうでしたか?」

「はいですみゃ! なんとお礼を申し上げたらいいですかみゃ……」

 モネットはすっかりステラにきようしゆくしていた。

 どうやらさっきの天からの一撃に敬服したらしい。

 エルトならきっとうまく言うのだろうと思いつつ、ステラは口を開いた。

「……それについては後で考えましょう」

「みゃ! 承知しましたみゃ!」

 アルミラージのづくろいをたんのうしているナナが呟く。

「思い切りぶん投げたね……」

「どうもわたしには苦手です」

 ステラは頷きながら、ヒールベリーの村のほうを見た。

 宝船で戻れば、すぐに帰れるだろう。

 いきなり宝船が来て俺は驚き、そこにステラたちが乗っていてさらに驚いた。

「ぴよっ! かあさま、おかえりぴよー!」

「ええ、ただいまです!」

「わふー。すぐのかんだったんだぞ」

「ウゴ、船だから早かったね!」

 今、ステラは家に帰ってきている。まさかこんなに早く再会するとは……。

 しかし俺はステラから事情を聞き、じようきように唸った。

「指輪が暴走、か……」

「ええ、魔力の波動もすさまじく……」

「……確かにそれだと仕方ないな」

 ステラはそうしたことを見過ごせるタイプじゃない。

 解決できる見込みがあるなら、飛び込むだろう。

「どうするぴよ?」

「ふむ……その指輪はどうにか出来そうなのか?」

 俺はその甲板の魔力を見ていない。間近で見たのはステラたちだけだ。

「不確定要素はありますが……このままではモネットは国にも帰れません」

「わふ。船が危ないんだぞ」

「それはそうだな、また魔力が暴走したらと考えると……」

「大丈夫、なはずです。次の暴走が起こる前に解決します」

 すでにステラは覚悟を決めていた。

「そうか……」

 不安はあるが、彼女の意志を尊重しよう。常に俺はそうしてきた。

「わかった、ただ危険ならすぐてつ退たいだ」

「はいっ!」

「ウゴ! 俺も役に立てる?」

「そうだな……。魔力が必要というなら、たぶん……」

 ウッドはぼうぎよりよくも魔力もあるし、戦力にカウントしても大丈夫だろう。

 物理的なたいきゆうりよくでは俺よりはるかに上だ。

たのめるか?」

「ウゴ、もちろん!」

「ありがとうございます……!」

 よし、決まったら善は急げだ。

 さっそく指輪の破壊に取り掛かろうか。


後始末


 こうして俺たちは村外れの草原に集まった。

 メンバーは俺、ステラ、ウッド、ジェシカ、ナナ──そして謎の着ぐるみだ。

 白い帽子を被っていて、コカ博士というらしい。

「俺も参加しよう」

「あ、ああ……それは助かるが……」

 かなりイケボな着ぐるみだな。

 この声はどこかで聞いたことがあるような、ないような……。

 実家でこんな声の主がいたかもだが……。

 いや、コカトリスの着ぐるみを着用する知り合いはいないな。

「俺のことはコカ博士でいい」

 コカ博士がふにっと羽を差し出す。

「ああ、わかった……。じゃあ、俺もエルトで……」

 なんとなく立場や貴族のアレコレを持ち出しにくい。

 コカ博士の羽は……ほっこり、ふにふにと温かい。

 ……ガチだ。ディアを撫でているからわかる。これは真剣な、高級着ぐるみに間違いない。

「ウゴ、それでどうするの?」

「みゃ……」

 モネットも不安そうにしている。ステラがぐっと拳を握った。

「指輪に最大魔力をぶつけます。ここなら周囲にがいおよびません」

「それで……いいのですみゃ?」

「逆にそれ以外の解決策はありません。指輪を物理的に壊すとか──」

「むしろばくはつするかもね。僕の見立てだと」

 コカ博士は着ぐるみなので表情が読めない。

「……その解決策で正しいだろう。異存はない」

 なんだろう、コカ博士が一瞬だけ俺を見た気がするが。

 しかしやることが決まれば、一気に決着をつけるだけだ。

 モネットの周囲に集まり、俺たちは待機する。

「みゃ、それじゃ……指輪を出しますみゃ!」

「ああ、わかった……!」

 モネットがきんちようした様子で指輪を外し、深呼吸をひとつする。

 そしてゆっくりと手のひらにのせた。

 指輪は──さざ波のように黄金のもんが表面を走っている。

 ほんのわずかに魔力の波動を感じた。ステラが全員を見渡す。

「この中で最も魔力が多いのはエルト様です。なので──最初にお願いします」

「わかった、俺が魔力を流し込み始めたら合わせてくれ」

「はい……!」

 俺は息を整えると、モネットの手の平の上に左手を重ね合わせる。

 こうすると魔力の波動をより強く感じるな。ブルーヒドラにどことなく似ている。

「いくぞ……!」

 俺は深呼吸をひとつして、魔力を流し込み始める。

 俺の魔力が徐々に指輪と共鳴し、黄金の魔力が指輪かられ出してきた。

「ウゴ、魔力が強くなってる!」

「よし、みんなも……っ!

 全員がさっと手と羽を差し出し、魔力を集中させる。

「グオオ……ッ!

 指輪から虎の苦し気なほうこうが聞こえる。これが指輪にふうじ込められている存在か。

 だが俺たちの放つあらしのような魔力は止まらない。

 息が詰まりそうになり、毛が逆立つ。

「ぐっ……!

 俺はさらにぐっと魔力を流し込む。

「グオオオッ!!

 咆哮と同時に光が放たれ──指輪の魔力を感じなくなった。

「……どうだ?」

 モネットの手のひらに残されたのは──魔力がなくなり、ひびの入った指輪だけだ。

 ふぅ……と深く息をく。

「みゃ、なんとお礼を申し上げればいいですみゃ……」

「いえ、これは──みなのおかげです」

 俺だけの力では決してない。全員のおかげである。

「うん、もう魔力は感じられないね。壊れてる」

「それじゃ、これはどうしますわ?」

 ジェシカの言葉にステラが一歩、み出した。

「この指輪……頂いてもいいですか?」

 ステラがそうした言葉を口にするのは珍しい。

「お渡しした武具はザンザスの博物館のものです。代わりになるものが少しでもあれば……」

「みゃ、もありませんにゃ」

「コカ博士も構いませんか?」

「別に構わない。だがそれなら、モネット王女に頼みがある」

「みゃ、なんですかみゃ?」

「実は月刊ぴよで『コカ博士と秘境ぴよ』というコラムをれんさいしているんだが、今度は東の国で取材をしたいんだ。その許可が欲しい」

 なんだ、そのマニアックなようせいは……。

「ついでに必要なら魔物のじよも行おう。連載のために」

 しかもよどみなく、よくようのない声で大真面目に言ってのけた。どこまで本気なんだろうか。

「みゃ! それでしたら、断るわけがありませんみゃ!」

「ありがとう。しようさいはまた後日、打ち合わせよう」

 まぁ、対価としては安いものだ。

 しかしこのものじしない態度、強大な魔力……この着ぐるみの中身はよほどの大物なのだろう。

「ウゴ、でも良かったね!」

「みゃ……何から何まで、ありがとうございますみゃ。これだけの武具も貸してもらえるみゃんて」

 モネットは恐縮しきっている。

 あのザンザスの武具は、モネットにとっても価値あるものだったようだ。

「いえ……あの指輪の魔力は凄まじいものでした。きっと一人で抱えていたのですよね」

 ステラの声には間違いなくやさしさが含まれている。

「みゃ……ステラ様……」

「時間があれば、ぜひ遊びに来てください。村にはぴよちゃんもうさちゃんもいますし」

「みゃ……? わかりましたみゃ!」

 多分、コカトリスとアルミラージってわかってない気がする。

 しかし俺としても、新しい繫がりは常にかんげいだ。

「何か、本当にできることがあればお力になりますみゃ」

 モネットの言葉をありがたく思う半面、難しい面もある。

 距離は遠く、これまでぼつこうしようだったのだ。

 あまり無茶を言うとモネットを困らせることになるだろう。

「それなら……とりあえず、定期的に連絡をしましょう。焦る必要はありませんから」

 俺がそう言うと、ステラが耳をぴくぴく動かした。

「わたしもこの村にいます。これからお互いの良いところを合わせていければ……」

「わかりましたみゃ……。このおん、忘れませんみゃ!」

「また連絡するよ、モネット」

「みゃ……! ナナにもお礼をしなきゃいけないみゃ」

かたくるしいねぇ。何か、僕の好奇心を刺激するものがあったら教えてくれればいいから」

 照れかくしなのか、ナナが羽をひらひらさせる。

 モネットも色々と忙しい身だ。ゆっくり話す時間はやはりなさそうだった。

 渡した武具を使って、故郷の魔物をとうばつしたいだろうしな。

 ここでのんびりお茶するわけにもいかないだろう。

 モネットたちは早速、宝船に乗り込んでいった。

 そして再び空へと舞い上がり──あっという間に見えなくなった。

「さて、俺もおいとまするとしよう」

 宝船を見送ると、コカ博士がふよふよと空に浮かんでいた。

「もう行くのか?」

 コカ博士こそ、少しゆっくりしていけばいいのに。

「さっき話に出た、取材許可の書類をまとめたい」

「やむを得ない事情ですね」

 ステラが力強く納得している。

「また会えるだろう」

「わかった、またの機会に」

 コカ博士は本当にさっぱりした人物だな。

 引き留めてもだろうし、見送ることにする。

「ではな」

 コカ博士はそれだけ言うと、高速で空を飛んで行った。

 うーむ……シュールなだな。

 その時の俺は、思いもしなかった。

 この繫がりのおかげで地下のかいたくが一気に進むとは……。