カイと村人


 カイが移住してから数日が経過した。

 以前も村にたいざいをしていたので、特に問題はない。

 カイの一日もそれほど、村に来る前と変わるわけではなかった。

 朝日が差しむ中、カイがもぞもぞとベッドで動く。

「んんっ……」

「きゅー……」(くぴー……)

 ベッドに入ってきた四体のアルミラージをぐっとしのけ、カイは起き上がった。

「きゅい!」(おはよっ!)

 アルミラージもぱちりと目を覚まし、ベッドから下りた。

 なぜだかアルミラージたちはカイのどこしんにゆうしてくるのだ……。

 少し寝苦しいが、ずっと前からこうなので仕方ない。

「おはようー……」

「きゅっ!」(ご飯の時間だ!)

「ちょっと待って~……」

 四体のアルミラージがきゅいきゅいとご飯をねだる。

 ばやく身支度を整えたカイは、りよく式冷蔵庫から野菜を取り出した。

「ええと、特選トマト……あとはレタス、にんじん……」

 アルミラージは野菜や果物であれば、何でも食べることができる。

 特に好むのはにんじんだが、それだけだと栄養がかたよってよくない。

 今のところ、このナナが選んだトマトはアルミラージにも好評だった。

「はい、よくんで食べましょー」

「「きゅー!」」(はーい!)

 大皿に盛られたトマト、レタス、にんじんをアルミラージは勢いよく食べる。

 カイもパンとハム、トマトのサラダでささっと食事をった。

「んー、みずみずしい……」

 確かに野菜のしさは他とは比べ物にならない。

 ねむが一気にき飛ぶほどせんれつな味わいなのだ。

「ふう、このトマトはなぞの美味しさですね……」

 中には自分でさいばいにタッチする村人もいるらしい。

 これだけ農業が盛んなら、あり得る話だ。

ゆうが出来たら、にんじんにるのもいいかも」

 朝食の後片付けをし、アルミラージの毛並みをブラッシングする。

「きゅぷー」(あふー)

 気持ちよさそうに目を細めるアルミラージ。

 このブラッシングは健康チェックもねているので、ていねいに時間をかける。

 ブラッシングが終わると時計は十時を指していた。

「おっと……今日は広場に来てくれ、ということでしたけれど」

「きゅっきゅー」(おでかけー?)

 昨日、なぜだかカイはナールに呼ばれたのだ。

 どうも手ぶらでいいらしいが……。

「そろそろ時間ですね。行きますか」

「きゅい~」(お散歩~)

 もふもふのアルミラージをでながら、いつしよに家を出る。

 ヒールベリーの村はおだやかながら、いそがしそうである。

「働き者が多いからでしょうか……」

 見た限り、村はニャフ族とぼうけんしやくすが多い。あとはドリアードだ。

「……きゅい」(……まってる)

 とうの近くは農業区画だ。季節を無視してごうせいに野菜と果物が育っている。

 今も冬なのにヒールマンゴーやパイナップルがたわわに実っていた。

 そこではよくドリアードが土に埋まっている。

「……いまだにこれは慣れないです」

「きゅいきゅ」(おなじく)

 カイとアルミラージが広場に行くと、そこにはすでに人だかりができていた。

「にゃんにゃーん! こちらですにゃー!」

 木箱の台に乗ったナールがカイに手をる。

 近づいていくと、人だかりの中央に大きなそくせきテーブルが置かれていた。

 テーブルの上には大きな紙と筆、絵の具が用意されている。

「これは──なにを?」

の設計図を書いていくにゃん」

 ナールのとなりにいるブラウンが説明する。その手には筆がにぎられていた。

「ははぁ、今度の冬至祭のですよね? 聞いてはいましたが……」

「にゃん。カイさんも参加するにゃん」

「カイでいいですよ。でも私──ですか?」

「せっかくにゃん!」

「そうにゃ! はなかざりの具体的な部分や、山車のそうしよくは一任されたにゃ!」

 ナールのしつがやる気にれている。

 アラサー冒険者が木のへらで絵の具を混ぜている。

「それでみなで集まって、色々とめていこうってなったわけで」

「何日かに分けて、集約していくにゃ」

「それは……でも、私はまだ来たばかりですけど」

「関係ないのにゃ! ぜひ、参加するのにゃ!」

 燃えるひとみのナールがカイの手を取る。

「この山車の出来栄えで、冬至祭の評判が決まるにゃ。皆のアイデアが必要にゃ……!

「わ、わかりました……!」

 思わずたじろぐほどの気合いだった。とはいえ、特に良いアイデアはない。

「とりあえず、ぱぱーっと作りたい花飾りとかを書き出すにゃん」

 山車には相当なスペースがある。

 き合うコカトリスと野ボールニャフ族以外にも、たくさんの花飾りがセットできるのだ。

「いいですねぃ。おれは……こう、黒とむらさきしぶめに」

 アラサー冒険者がちょちょいと筆を走らせると、盛り上がりが激しくなってくる。

「それじゃ、俺はじやくみたいな花飾りを!」

「私はちようこくが得意なの、葉を模したデザインを車輪に……」

「緑の葉でかめとかどうだ? おもしろそうだろ!」

 わいわい、がやがや。たくさんのアイデアが集まってくる。

 こうして何か芸術作品を作る、ということがこの世界ではめずらしい。

 なので村人にも熱が入っている。

「なるほど、この村が大きくなるわけですね……」

 カイがアルミラージの頭を撫でながらつぶやいた。

 村人の自主性を引き出し、一体となって準備を進める。

 こうした成果がさらに人を呼び込むのだろう。

「にゃ! カイのアイデアはどうにゃ!?

 話を振られたカイが、机の筆を手に取る。

 とりあえず、自分が得意なところからやってみようとカイは考えた。

「そうですね……。こうしたもんしようとかでしたら……」

 カイがさらさらっとがく模様をえがいていく。

 あっという間に見事な紋章がいくつも出来上がった。

すごいにゃん……!」

 ブラウンも目を丸くしている。

「伝令が主な任務ですからね。書状にふうするための紋章は描けないと……」

 そこでカイがふと手を止める。

 こうして幾何学模様を描くのは仕事であっても好きな作業だ。

「なので、模様で飾りをいろどるのは任せてもらえれば、と」

「そりゃありがたいですぜ。きっちりした模様は難しいんで」

「にゃにゃん。れいな幾何学模様は芸術にゃん!」

 こうしてめられればうれしくもなる。

 カイは続けて筆を走らせた。

「あとは……こう、花を図式化したりとか」

 次にカイがさらさらっとの線画をく。

 いくらかちゆうしよう的だが、しっかりと薔薇とわかる模様だ。

「おおー、これもいいですねぃ」

「にゃ! これも取り入れるにゃー!」

 こうして村人たちはわいわいと様々な図と飾りをまとめていった。

 気が付けば昼となり……パンをかじりながらアイデアを出し合っていく。

 午後を回り、とりあえず今日の作業はしゆうりようになった。

「にゃー、続きはまた明日にゃ!」

 冬至祭のしようさいは一日で決められる量ではない。

 紙や筆の後片付けを行い、解散になった。

「んー、久しぶりにたくさんの模様を描きました……!」

 人の少なくなった広場でカイがびをする。

 アルミラージは……少しはなれたところでイスカミナ、コカトリスと遊んでいた。

「ぴっぴよー」

「きゅっきゅー」

「……うぅ」

 まだカイの本能にはコカトリスへのきようしんが残っている。

 前回の滞在で、かなり軽減はされたのであるが……。

 イスカミナが皮と綿で作られたボールをにぎにぎし、ぽーんと上に投げる。

「もっぐー!」

「きゅっきゅー!」

 ボールはほぼ真上に投げられていた。

 アルミラージはボールの落下に合わせ、楽しそうにキャッチする。

「もっぐ! うまいもっぐ!」

 ぐっとイスカミナがサムズアップする。

 言葉は通じていないが、アルミラージの知能は高い。

 きゅいきゅいとアルミラージは嬉しそうにしていた。

「すみません、アルミラージのめんどうを……」

「もっぐ! 気にしないでもぐ!」

 イスカミナがアルミラージのあごの下を撫でる。

「きゅいー」(もこもこー)

 イスカミナのうでもふわふわである。アルミラージは気持ちよさそうに目を細めた。

「ぴよよー」

 コカトリスもアルミラージの身体からだをもふもふした。

「きゅいきゅ!」(ヤバいほどふわもっこ!)

 コカトリスのふわもっこはアルミラージにも好評だった。

 こうして見ると、コカトリスは無害で可愛かわいらしいマスコットである……。

 まだあまり直視はできないけれど。

 カイはそこで、ふと気になったことをイスカミナに聞いてみた。

「そのボール、村でよく見ますね……」

「もぐ! 野ボールは村で人気もぐ!」

「野ボール……。確か、そんな名前でしたね」

 前回もその名前を聞いたことがある。

くわしくは知らないのですが、どういう遊びなんです?」

「ボールを『ばっと』で遠くに飛ばすもぐ!」

「なるほど……シンプルですね」

「もぐ! ボールを投げる人は一人で、打てないとダメもぐ」

「へぇ、クリケットに近いんですかね……」

 何かを持って打つ、と聞くとクリケットとゴルフしか思い当たらない。

 しかし結構な村人がボールを投げ合ったり、バットを振ったりしている。

「きゅー」(楽しそー)

「機会があったら、やってみるといいもぐ!」

「ええ、わかりました。この子たちも興味があるみたいですし……」

 カイがうなずくと、コカトリスがもぞもぞと羽を動かした。

「んん……?」

「ぴよっ!」

 コカトリスがじゃーんと羽の中からボールを取り出した。

 どうやら持ち歩いていたらしい。

「ぴよよー……!

 そのままコカトリスがずいっとカイに近寄り、羽を差し出す。

 そこにはボールがのせられていた。

「こ、これは……っ」

 思わず後ずさりそうになるのを、カイはみ止まった。

「どうやらプレゼントみたいもぐ!」

「は、はぁ……」

「きゅ!」(ボールだ……!)

 さっきまでボールで遊んでいたアルミラージが興奮している。

「家でもぜひ、遊ぶといいもぐ!」

「そうですね、はい……」

 どうやら自分でボールを受け取るしかないらしい。

 どきどき……。カイの心臓が高鳴る。

 しかし、コカトリスは気のいいりんじんだ。

 今もアルミラージと遊ぶ用のボールをくれようとしている……。

 つぶらな瞳のコカトリスが見つめる中──カイはゆっくりとボールを受け取った。

「あ、ありがとうございます」

「ぴよ!」

 カイがしやくするとコカトリスも頷いた。

「もぐ! それじゃ、私たちは帰るもぐ! 祭りの準備があるもぐー!」

「ぴっよー!」

「ええ、さようならです」

「きゅー!」(またねー!)

 イスカミナが手を、コカトリスが羽を振りながら去っていく。

「……ふう」

 それを見送ってからカイは息をきだした。

 ボールは特に変わったものではない。綿を皮に詰めただけだ。

 しかしなぜだか、少し特別な気がしたのであった。


とう作り


 カイが移住して俺も様子を見ていたが、だいじようそうだな。

「元々、旅や単身にんは慣れていますので……」

 この一言に苦労がしのばれる。

 コカトリスとアルミラージの仲も良好のようでなによりだ。

「ぴっぴよー」(もっこもこー)

「きゅっきゅいー」(ふわっふわー)

 村で出会うと、おたがいの身体を軽くんでいく姿が見られる。

 どうやらかれらなりのあいさつらしい。

「うっ……!

 カイは相変わらず、コカトリスにはじやつかんの恐怖心があるようだが……。

 しかしいきなりたおれたりはしない。コカトリスへの恐怖は後天的な学習だからな。

 この村で気のいいコカトリスと接していれば、やわらいでいくだろう。

 そして冬至祭の準備も本格的にスタートした。

 今日は自宅で色々と作業をしよう。

 朝、家のリビングで山車の設計図を広げる。

 かたはばくらいの大きな紙一面に山車の絵が細かく描かれていた。

 様々な花飾りや、山車の細かい模様もセットである。

「ふむ……これはデザインだな」

「ぴよー! いろがたくさんぴよね!」

 設計図はフルカラーで仕上がっている。なのでこれだけでも十分美しい。

「わふー。花飾りもすごい大きさなんだぞ」

「でも安全対策はしっかりしていますよ。外から見えないようにロープやくぎがたくさんです」

 ステラが図面のあちこちを指差した。

 なにせぴよっとしたきよだい花飾りそのもので十二メートルもある。

「ウゴ、それならあんしんだね!」

「安全第一だからな。あとはうまく仕上げないといけないが……」

 図面があっても完成しなければ意味がない。

 これほど大きい構造物は、俺の魔法以外だと村で初めてだ。

 山車の車輪、どう部分から台座、花飾りの本体から固定部分……。

 他にも注意深く、正確に作らなければいけない。

「手先の器用な人は大勢いますから、心配はいらないかと」

「ああ、これも住人の力だな」

 いつの間にか、多くのことが村でできるようになっている。

 その集大成として、今回の冬至祭は成功させたいものだ。

「わたしも……やっとにがりが手元に来ましたっ」

 さきほど、朝一番にジェシカがびんめのにがりを届けてくれた。

 き通った瓶に入ってるので、中身はちゃんとわかる。

 見た目には、単にとうめいな液体だが。

「ぴよー? これがにがりぴよ?」

「我も初めて見るんだぞー?」

 ディアとマルコシアスが興味深そうにのぞき込む。

「ええ、これ自体はとても苦くて……マズいです」

「まずぴよ……!」

 ディアが一歩、後ろに下がった。

「ウゴ、これとだいずで、トーフゥーができるんだよね?」

「ああ、そのはずだ」

 とりあえず量産のことは置いておき、試作しないとな。

 手作り豆腐に必要な機材はそろえてある。

「ぴよー! それじゃ、トーフゥーをつくるぴよー!」

 さつそく、キッチンへ移動する。

「まずよく洗ってけ込んだ大豆、と……」

 すでにキッチンには、長方形の木箱に漬け込んだ大豆がある。

「きのう、よういしてたぴよ」

「これは……難しくはない工程ですね。こだわれば、色々とふうはできますが」

「とりあえず大豆に水分を吸ってもらうだけだな」

 昨日から漬け込み、すでに一日経過している。

 ステラの話によると、まずこれで第一段階は完了だという。

 工程全体はすでに聞いているが……問題は次からだな。

「次はたくさんの水と合わせて、すりつぶすんだぞ?」

「ええ、その通りです。すばやく、力強く……です!」

 これはウッドやステラが適任だな。量産時には適当な魔法具で高速化しよう。

「ウゴ、やってみたい!」

「それでは、どうぞ……!」

 すりばちに大豆を移し変え、五倍ほどの水を加える。

 そこでウッドが思い切り、すりこ木で大豆をすり潰す。

「ウゴウゴー!」

 あっという間に大豆がすり潰され、クリーム状になった。

 うむ、あっという間だな。

「ぴよ! あとかたもないぴよ」

「すり潰したら、今度はこちらのなべに移してていきます」

「ウゴ! わかった!」

 クリーム状になった大豆を大きな鍋に移す。

 まだ豆腐のふんは全然ないな……。単なる大豆クリームだ。

 ステラが計量カップで水を計りながら、鍋に加えていく。

「おおよそ二倍から三倍の水を加え、煮ていきます……!」

「わふ。水をたくさん使うんだぞ」

「その通りです。水は──豆腐作りの命です!」

 ステラはぐつぐつと大豆クリームを煮込んでいく。

 最初は強火にし、げないように木べらで混ぜるのだ。

「昔のザンザス地方だと、水の調達は難しかったかもな」

「ええ、それほど余裕がありませんでしたからね……」

 ステラの故郷、東の国ではここよりはるかに雨が降る。

 なので豆腐作りのような、水を大量に使う食材も用意できる。

「今はここら辺でも、ポンプや水道管があるしな」

「ぴよ! ジェシカぴよもいるぴよ……!」

「ええ、ジェシカと謎のつえのおかげです」

 ステラにとってもあの杖はそういうにんしきなのか。

「ウゴ、かなりにえてきた!」

 話をしている間に鍋がふつとう寸前になった。

「おっと、沸騰させてはいけませんね。弱火にっと……」

 ステラが火を弱くし、いているあわを取り除いていく。

 それから十分ほどって、俺はとある変化に気が付いた。

「ふむ? においが変わってきたな」

 心なしか豆特有のあおくささが消え、あわい匂いがただよう。

「ぴよ! おまめのにおいじゃなくなってきたぴよ!」

「わふー。不思議なんだぞ」

「では、そろそろ完全に火を止めましょうか……」

 ステラが火を止める。俺は用意されていたザルを前に出す。

「いよいよ、こしていく工程だな」

「ええ、うすぬのぶくろとザルに移して、と」

 ザルの上には布袋、下にはボウルが置かれていた。

 ステラはカップで大豆のクリームを布袋に注いでいく。

 この布袋でこしていくわけだな。

「今のところ、順調ですね……!」

「そうか……一安心だな」

 手順は聞いていても、うまくいっているかはわからない。

 でも問題はなさそうで良かった。

 大豆のクリームを布に注ぎ終わると、ステラは袋の四方を手に取った。

 そのまま袋をたたむようにし、袋の口をひねる。

 だばーっと乳白色の液体がザルを通り、ボウルにまっていく。

 もうそれほど熱くはないみたいだな。

「……しぼってみますか?」

「ぴよ! いいぴよか!?

「やってみたいんだぞー!」

 もう直接火にさわらないからな。子どもたちでも問題はないだろう。

「熱いかもなので、この木べらで押してくださいね」

「わかったぴよっ!」

 ディアとマルコシアスが、木べらを袋にぎゅぎゅっと押し付ける。

 袋に残っているしるがまだ出てくるな。

「ぴよー! これがトーフゥーぴよね……!」

「ま、まだですけどね。これは豆乳で豆腐ではありません」

 ほう、この搾り出した汁が豆乳なのか……。

 ぎゅっぎゅー。

 ディアとマルコシアスが力を入れるたび、袋から豆乳が搾り出され、ボウルに溜まる。

「いい感じだな」

「でももう、あんまりでなさそーぴよ」

「わっふ、わっふぅー。全力なんだぞー」

 マルコシアスががんりながら袋を押している。可愛い。

 ある程度搾れたところで、俺はディアとマルコシアスに声をかける。

「最後はウッドに任せたらどうだ?」

「ぴよ! そうぴよ、おにーちゃんのでばんぴよ!」

「わふー。我はもう限界なんだぞ」

「ウゴ、わかった! しぼる!」

 袋を受け取ったウッドがごうかいに力を込めると、まだかなりの豆乳が出てきた。

「さすおにいちゃんぴよ!」

「力こそパワーなんだぞ!」

「ウゴウゴ! でも、こんなところかな?」

 もうウッドの力でも豆乳は出ないようだな。

 ステラは絞り出された豆乳を、再び鍋へともどして温める。

 ここからは温度管理も重要とのことで、温度計も使っているな。

 ということは、袋に残った搾りかすが「おから」か……。

 これはこれで料理に使えなくもないな。

 そして、ステラがにがり入りの瓶をじゃーんとかかげる。

「次は……いよいよ、にがりを入れます!」

 かぱっと瓶を開けると、ディアがぶるっとふるえた。

「やばそうなふんいきぴよ」

「危険を感じるんだぞ」

「ウゴ? そうかな?」

 俺は隣のステラにこそっと話しかけた。

「珍しく味見したくないようだな」

「そのほうがいいですね、これは単体では苦いだけですし」

 本能で危険を察知しているようだ。

 豆乳が温まったところで、ステラは火を弱めてにがりを入れ始めた。

「そーっと、そーっと……」

 にがりを木べらに伝わらせながら、うまく全体へ行きわたらせている。

 じよじよに鍋の中に変化が出てきた。

「豆乳がぶんしてきたな」

「ほんとーぴよ、かわってるぴよ!」

「黄色い汁が分かれてるんだぞ」

「これが成功のあかしです。うわみがないと失敗になります」

「ウゴ、じゃあうまくいってるんだね……」

「あともうちょっとですね……!」

 上澄みを木べらで確かめ、ステラは完全に火を止めて鍋にふたをした。

 ここからあと十五分から二十分くらいで完成する。

「最後に、木綿と木箱を用意しましょう!」

「ああ、準備はばっちりだ」

 キッチンの横から三つの木箱を持ってくる。

 これら三つの木箱には大きめの木綿がいてあるのだ。

 ちなみにこの木箱は特製で、底にほんの少し汁がげるすきがある。

 ここに固まった豆乳を流し込むのだという。

「たのしみぴよねー」

「ええ、わたしも実に久し振りで……そろそろいいですかね」

 ステラが鍋の蓋を開け、お玉で固まりかけの豆乳をすくっていく。

「これは……おぼろ豆腐か?」

「その通りです、よくご存じですね……!」

「んっ、ああ、ちょっと何かで読んだんだ」

 危ない、前世の知識がぽろりと出た。

「ウゴ、これもたべられるの?」

「食べられますが『ふわふわしん』には使えません。生で食べる用です」

「ウゴ……! つかいかたがちがうんだ」

 ウッドは素早く豆腐のちがいを理解したようだ。

 ステラはしんちように木箱へ豆乳を流し込む。

 まもなく三つの木箱いっぱいに豆乳が注ぎ込まれた。

 豆乳が注ぎ終わると木綿をかぶせ、箱に蓋をする。

「あとは上からおもしをして固めます」

「重しが重いとより固くなるんだよな?」

「ええ、その通りです。今回はこのエルト様の用意してくれた木片で……!」

 ステラは黒い木片を取り出す。

 俺が植物魔法で調整して作った特製の重りだな。実は数十回、試行さくしたしろものである。

 何かで代用しても良かったが、大豆以外にもこうけんしたかった。

「重さが大切なんだぞ?」

「豆乳の量と重し、これで豆腐の固さが決まりますからね……!」

 ステラの瞳には力が入っている。

「適当な重しでは、満足できる豆腐はできません!」

「ウゴ、そうなんだ……!」

「ぴよ、ということは……そろそろかたちになるぴよね!」

 そしてステラが重しをすーっとていちように木箱の上に乗せる。

「これで水分が出てくるのを待つわけだな」

「はい……! ときおり水分は捨てて、じっくり待ちます!」

 それから出てくる水分を捨てて三十分が経過した。

「最後に、水にひたします……! これも大切です!」

「……どれくらいたいせつぴよ?」

「これをしないと、苦いです」

「やばぴよね……」

 ステラがいてくれて本当に良かった。これは一人だととうてい考えつかないな。

 重しを取り、木箱をさらに大きな、水入りの箱に置く。

「これでにがりを水で薄め、味を調ととのえます」

「わっふ。ちなみにずっと水にしずめるのはダメなんだぞ?」

「水入れが長すぎると、今度は味も水に流れます」

「がーんだぞ」

「ウゴ、むずかしいね……」

「でも手順をしっかり守れば、豆腐は量産できるはずです」

「そうだな。にがりがあれば、他の物を用意するのは難しくない」

 大豆は俺の植物魔法で生み出せる。あとはキッチンと木箱、布くらいだ。

 時代でも大量生産できたのだから、今の俺たちに作れないことはない。

「さて、そろそろいいでしょうか……?」

 もう三十分経ったか。ステラがうきうきしながら、木箱を水から引き上げる。

 そのまま丁寧に、テーブルのタオルの上に木箱が置かれた。

「ふふふ、それでは……いきますよ!」

「楽しみだな……!」

 ステラがさっと木箱の蓋を取り外す。

 そこには真っ白な、木綿のあとがついた豆腐が出来上がっていた。

 これこそ、まさに木綿豆腐だ。


実食


 ステラが少し木箱を揺らすと、豆腐もわずかに揺れた。

「おおっ……! ちゃんと固まってる!」

「ぴよ! まっしろぴよ!」

「わふ。やわらかそうなんだぞ!」

「ウゴ、これがとうふ……!」

 ステラがぷるぷる震えながら宣言する。

かんぺきですね、成功です!」

「やった……! ステラのおかげだな」

 さすがに俺だけでは、これはどうしようもなかった。

「いえいえ、大豆とにがりがないと豆腐はできませんから」

 そんなことを言い合っていると、ディアとマルコシアスが豆腐をじっと見つめている。

「ぴよー……!

「わふー……!

 ものすごい食べたそうにしているな。

「ふふ、早速試食をしてみましょうか」

 ステラが冷蔵庫からごま油の瓶と刻んだネギを取り出した。

「これならさっぱりと食べられますからね」

「ぴよ、ぴよよ……」

「言葉が出なくなっているんだぞ」

「たのしみぴよよっ!」

 木箱から豆腐を取り出したステラが、俺とウッドに向き直る。

「どうでしょう、豆腐を切ってみますか?」

「ウゴ、いいの?」

「ちょうど三つあるしな。三人で切るのにちょうどいい」

 ディアとマルコシアスにはまだ少し早いので、俺とステラとウッドで切ろう。

 まな板に豆腐を置き、包丁で切っていく。

「ウゴ……! やわらか!」

「ああ……初めての感覚だな」

 しかし言葉とは裏腹に、俺の胸はなつかしさにあふれていた。

 まさかこの世界で豆腐を切るとは……。

 感動しないほうがおかしい。

「水も大豆も高品質ですから、期待できますね……!」

 まな板の上に、切られた豆腐が並んだ。

「ごま油とネギは、ディアとマルちゃんにお願いしましょうか」

「ぴよ! がんばるぴよ!」

「わっふー! 綺麗にのせていくんだぞ!」

 ディアはごま油の入った小さな瓶をしっかりと持っている。

「ぴよっ……そっーっとぴよ!」

 豆腐にものすごく顔を近づけ、瓶をみようかたむける。

 あまりに小さな傾け具合なので、ごま油はまだ出てなかった。

「わっふ、わっふ♪」

 マルコシアスは刻みネギをちょんちょんと豆腐にのせていく。

 うーん、可愛い……。

 ディアのほうはまだ瓶の口からごま油が出ていない。おそろしく慎重だな……。

「も、もう少し勢いよく傾けても大丈夫ですよ?」

「ぴよ! じゃあ、もうちょっといっちゃうぴよ!」

 つつーっとごま油が豆腐に注がれる。

 多すぎず、少なすぎず。時間をかけただけあって、完璧な傾け方だった。

「こんなとこぴよ?」

「ええ、ぴったりです!」

「ぴよよ! ほかのもやってくぴよ!」

 それからディアは顔を近づけながら、つつーっとごま油を注いでいく。

 こうしてすべての豆腐にごま油とネギがえられた。

 最後にスプーンを用意し、準備完了だ。

「よし、では頂こう。めぐみに感謝を!」

「恵みに感謝を!」

「ウゴ、めぐみにかんしゃを!」

「かんしゃぴよー!」

「感謝だぞー!」

 スプーンで豆腐にれてみる。ふわっと豆腐が揺れたな。

 木綿豆腐なので、それなりにだんりよくがある。

 そのままちょっとだけ力を入れ、豆腐をすくい──口元に近づける。

 豊かなごまのかおりの中に、わずかにネギと豆の風味がある。

 完璧なひややつこだ。

 俺はそのままネギと一緒に豆腐を口に入れた。

 一気に大豆のうまが広がる。せいりようなごま油とネギがいいアクセントだ。

 少し嚙むと、豆腐はほろほろとくずれた。

 ああ、これは良い豆腐だ。

「おいしい……!」

「ええ、完璧な味わいです……!」

 ディアとマルコシアス、ウッドはどうだろうか。

「ごまとおまめのあじぴよ……もにゅもにゅ」

「もにゅもにゅ……さっぱりと気持ちいいんだぞ!」

「……くちのなかから、きえたぴよ!」

「ウゴ、やわらかでおいしい!」

 ディアがさくっと次の豆腐をスプーンですくう。

「ふしぎぴよ。あじはこくないのに、もっとたべたいぴよ……!」

「それが豆腐のりよくだな。つうの野菜や果物とはちょっと違う」

「もとはおまめ……それがこんなにかわるぴよね」

「一緒に作らないとわからないんだぞ」

 マルコシアスもさくっと次の豆腐をすくう。

「そのとーりぴよ! もにゅもにゅ……!

「この味がくせになるんだぞ。もにゅもにゅ……」

「ウゴ、おれももっとたべる!」

 俺も豆腐を味わいながら、ステラにこそっと話しかけた。

「どうやら好評なようだな」

「ええ、慣れが必要かなとも思いましたが……」

 ディアとマルコシアスは目をぱちくりさせながら、もにゅもにゅ食べている。

 不思議な感覚ではあるのだろうが、手が止まらない感じだな。

「エルト様としては、どうですか?」

「うん? この味は大好きだぞ」

 大豆の旨味がたっぷり詰まった、良質の豆腐だ。

 前世が日本人として好きなのは当然だった。

「そうですか……良かったです」

 ステラが胸を撫で下ろした。やはりかのじよにも不安があったのだろう。

「……エルト様はエルフ料理がお好きですよね?」

「ステラの腕前が良いからだよ」

「そ、そんなことは……! そういう意味ではなくて、ですね……っ」

 ステラの料理の腕がちようじん的なのは事実だけどな。

 ディアとマルコシアスを見ると、まだ豆腐を食べ続けていた。

 ほおにもっちり、豆腐を詰め込んでいるみたいだ。

「ぴよ……! よっつめぴよ」

「わっふわふ。我も四つ目にレッツゴーなんだぞ」

 おっと、そろそろディアとマルコシアスを止めないとな。

 食欲があるのはいいことだが、適度な量にしないといけない。

「一応、それが最後だ。残りはまた夜に食べような」

「わかったぴよ! もにゅもにゅ……」

「ラジャーなんだぞ! もにゅもにゅ……」

「ウゴ、ほんとにふしぎー! もにゅもにゅ……」

 もにゅもにゅ、ごっくん。ウッドもおいしそうに食べているな。

 こうして豆腐作りと実食は成功に終わった。

 冬至祭の特売品『ふわふわ真紅』に近づいたわけだ……!


東方の王女


 豆腐作りが終わった翌日の午後。

 この前の知らせ通りなら、そろそろエストーナ王国からの一行がおとずれる。

「ううむ……」

「どうかしましたのにゃ?」

 俺は冒険者ギルドのしつしつで書類仕事をしていた。

 ナールも同席し、会計書類をまとめている。

 ステラは一階のこうりゆうていで冬至祭の打ち合わせだ。

「いや、どうにも落ち着かなくてな」

えいゆうステラのまつえい……と名乗る方々ですにゃ」

「ナールからすると、その辺はどうなんだ?」

「英雄ステラには様々な物語がありますにゃ。実はけつこんしてたにゃとか……」

 やはりステラには諸説あるらしい。

「最後が最後ですにゃ。にせステラもいましたにゃ、無断で名前を借りた人もいますにゃ」

「それはそうだろうな……」

 俺はぼんやりと義経や空海伝説のことを思い浮かべた。

 様々なところに行ったことのある人物には、話にひれがつくものだ。

 ステラも旅をしながら魔物をとうばつしていたので、同じようなものだろう。

「しかも当の本人が、伝説の検証をきよしてるからな」

 本当はステラ本人が様々な伝説や民話、史書の内容に決着をつければいいかもしれない。

 だが断固として、ステラは過去のいつさいを振り返らない。

 それはもう、自分のことに触れた本や劇は全く見ないほどだ。

「こだわりがあるのですにゃ」

「まぁ、俺も無理にとは言わないが……」

 仕事をしながら、ふと窓の外を見る。

 いつの間にか、空を飛ぶはんせんが映っていた。

 大きさは普通の馬車の数倍、たくさんのオールが船からき出している。

 も船体も派手な赤色で装飾され、非常に目立っていた。

 まるで──七福神の宝船だな。

「うん……? まさかアレか?」

「にゃ……? にゃ! 間違いなく王族の船ですにゃ!」

 ああいう船を見るのは初めてだが、知識としては知っている。

 高価な魔法具を詰め込み、空を飛ぶようにしているのだ。

「だんだんと近づいてくるな……。この冒険者ギルドの近くに降りるようだ」

 さすがに村の真ん中に降りようとはしないか。

 冒険者ギルドは村の外周部にあるからな。

 ここから外は草原なので、降りてもらうのにも問題はない。

 窓から見ている間にも、空飛ぶ船は高度をゆっくり下げていく。

「よし……俺はむかえに出てくる。ここは任せた」

「はいですにゃー!」

 事前にれんらくを受け取っている以上、むかえるのがれいだろう。

 俺はステラとともに冒険者ギルドの外へ出た。

 やはり宝船は草原に降りようとしているな。

 空を見上げながらステラがつぶやく。

「懐かしいですね、あれは宝船です」

 宝船、本当にそういう名前だったのか。

「どういう由来なんだ?」

「八福神が金銀宝石を運んだ、えんの良い船の名前ですね。東方の伝説上の船ですが」

「そうか……伝説にちなんでいるわけだな」

 前世と同じようなことを考えた人がいたわけだな。

 人間の考えることは、どの世界でも大差ないのだろう。

 七福神が八福神と、ちょっと増えた程度だ。

「ええ、わたしのころは王家のみが使えました」

 宝船はそのまま徐々に降下してくる。

 周囲には何もないな、大丈夫だ。

 太陽の光を浴びて、宝船の外装がはっきりと見えてきた。

 赤色の船体には、金と銀の細い波が描かれている。

 巨大な帆の一面には大樹の紋章──書状にもあった、エストーナ王国の紋章だ。

 こうして宝船が近づいてくると、いやでもきんちようしてくる。

 しかし何も宣戦布告に来たわけではない。

 落ち着いて話をすればいいだけだ。

 宝船が草原に着陸する。

 ズン──思ったよりもひびきは鳴らなかったな。

「……到着だな」

 そのまま少し待つと、船体の横が開いて中から人が出てきた。

 中央に高貴な白いニャフ族が、そばにはエルフが並ぶ。

 明らかに中央のニャフ族が最上位だな。他の人とはけたちがいの魔力を感じる。

 ナナと同等くらいだろうか……。

 つまり一人で一つのだんに相当する力があるということだ。

「お目にかかれて光栄ですみゃ。エストーナ王国のモネット・エストーナと申しますみゃ」

 モネットがゆうに頷く。

 所作のひとつひとつに気品が漂っている。

「ご挨拶痛み入ります。私はエルト・ナーガシュ、みなさまかんげいいたします」

 さすがに相手は王族なので、相応の言葉づかいをしないといけない。

「わたしはヒールベリーの村のステラと申します」

 家族以外では気が付かないだろうが、ステラの声がかたい。

 ステラは不服だったり、嫌な感情を見せるのを恐れている。

 とはいえ、決して表に出ないわけではないのだが。

「急の訪問、申し訳ありませんみゃ。長居するつもりはありませんみゃ」

 モネットはそう述べると、船の中へ腕を伸ばした。

「どうぞ、中へお入りくださいみゃ」

 断る理由もない。俺とステラは船へ入っていった。

 一歩、船に踏み入ると木材の香りがする。内装は外見に比べるとかなり簡素だ。

 最低限の装飾のみで、あとはかべいたに彫刻が刻まれている程度である。

 時折、ぴよっとしたコカトリスの彫刻があるのが面白い……。

「少しばかりの内装で申し訳ありませんみゃ」

「いえ、宝船だけで国のげんを示すには十分でしょう」

 実際、こんな船が上空にいきなり来たらあわてふためくしかない。

「ありがとうございますみゃ。せきさいりようの関係で、内装はこうせざるを得ませんのみゃ」

 俺は率直な言い方に少しおどろいた。

 そのまま木のろうを歩いて、応接間に通される。

「どうぞ、お座りくださいみゃ」

 応接間には巨大でふかふかのソファーがあり、数々の美術品が並んでいた。

 りゆうの置物、すいの宝石、コカトリスのり、大樹の絵。

 あっ……ステラの小さなちようぞうも置かれている。

…………

 わずかに視線を横にすると、ステラの目線が自身の彫像に向いたのがわかる。

 ま、まぁ……もう仕方ないな。

 俺とステラは並んですわる。正面にはモネットだ。

 エルフの人たちはそばづかえらしく、ソファーにはだれも座らなかった。

「重ねて、急なご訪問申し訳ありませんみゃ」

「いえ、お気になさらず……」

 俺の言葉に合わせて、ひかえのエルフがそっと緑茶のカップとクッキーの皿を並べる。

「どうぞ、東の名茶をお飲みくださいみゃ」

 それからモネットと俺たちは話を始めた。

 とはいえ、お互いに貴族同士だ。胸の内を語る、ということではない。

 無難な世間話を通して、お互いのパーソナリティーを少しずつさぐるのだ。

 かつな発言は問題になりかねないからな。

「エストーナ王国でもささやかですが、冬至祭が行われますみゃ」

「なるほど、世界のどこでも共通ですからね」

「そうですみゃ。しかしエストーナは温暖ですみゃ。大規模にお祝いはしませんみゃ」

 気になるのは、ステラがあまりしやべらないことだ。

 明らかに俺よりも──けいかいしている。

「それにしても、こうして接するだけで懐かしさを覚えますみゃ」

「懐かしさ、ですか?」

 俺は心の中で来た、と思った。

 モネットが懐かしく思う対象は、ステラ以外にあり得ない。

「東に動乱あり、治まるのに百年余り……。長い時間がかかりましたみゃ」

「……わたしにとっては、遥かに遠い日の出来事です」

「東の民にとって、ステラ様のぎようは昨日の出来事ですみゃ」

 モネットが何を言おうとしているのか、俺は理解しようとしていた。

「ドラゴンやベヒモス、トロール……いにしえの魔物は、今よりも強大だったと聞いてますみゃ」

 これは本当の話だ。

 昔は今よりも魔物はずっと多く、強力な個体が君臨していたとされる。

 ここ数百年、人間たちはそれらの個体を討伐し、魔物の生息域をけずってきた。

 ちなみにステラの伝説がすべて真実なら、数百年間でトップクラスの討伐記録になる。

「ステラ様はそれらの魔物におくすることなく、討ち果たしてきましたみゃ」

「申し訳ありませんが、あまりおくに残っていません」

 ステラは軽く息を吐いて、カップを覗いた。

「モネット様は……わたしに魔物を討伐してほしいのですか?」

「みゃ……。お見通しですみゃ」

 モネットがニャフ族らしく、手のこうで顔を洗った。

「あなたの祖先が、わたしに全く同じようにたのんできました」

「みゃっ……!?

 さすがにこの答えは意外だったらしい。

「みゃみゃ、失礼しましたみゃ。これは一本取られましたみゃ」

 モネットはほがらかに笑ったのち、キリッとした顔つきになった。

「では単刀直入に申し上げますみゃ」

 モネットは俺とステラに向き直った。

「ステラ様にエストーナ王国の大将軍になって頂きたいのですみゃ!」

「大将軍……!? 国軍の最高責任者に、と?」

 俺は少しのけ反ってしまった。本当なら、とんでもないこうぐうである。

「もちろん、王族にも復帰頂きたいですみゃ!」

「なっ……!

 まさかそこまで、ステラのことを……?

「お断りします」

 はやっ。ステラはにべもなく断った。

「みゃ……そうですかみゃ」

 モネットが何度か素早くまばたきをした。

「実を言いますとみゃ、エストーナ王国ではまだ魔物が大量におりますみゃ」

 待遇面で押しても意味がないと見たのか、モネットは切り口を変えた。

「これは真実ですみゃ。どなたに聞いても、そう言うでしょうみゃ」

 俺は失礼にならない程度にモネットの顔を見た。

 モネットの言っていることは多分、事実だ。まだ東の国には魔物の群生地帯が多い。

 その数ときようは、ここら一帯の大陸中央部とはかくにならないだろう。

 そのため、こちらと東の交流もまだあまり進んでいないのだ。

「ステラ様に、ぜひ来て頂きたいのですみゃ」

「……魔物を討伐してしい、と?」

「それはステラ様のこころだいですみゃ。私としては──兵や冒険者のはげましになってもらいたいだけですみゃ」

 モネットはうまく条件を変えてきた。

「ステラ様に長々ととうりゆうして頂こうとは思いませんみゃ。まずは数ヶ月でも、今のエストーナ王国を見て頂きたいのですみゃ」

「そうですか……」

 ステラの言葉の歯切れが悪くなった。

 しかし、これは仕方ない。ステラは困っている人を放ってはおけない、英雄なのだ。

 本人は英雄あつかいされることを望んでいないが、本質はまぎれもない英雄なのである。

「とにかく、何らかの役職につくのはお断りいたします」

「みゃ……残念ですみゃ」

 モネットの声色から、ある程度この流れを想定していたのではないかと感じた。

 もっとも、ステラもそう感じているかはわからないが。

「帰国について──即答はできません」

「わかりましたみゃ。私もしばらく、この国に滞在しますみゃ」

 元々は外交で来たんだったな。まぁ、この宝船があれば行き来は楽だろうな。

 話が終わりに近づこうとした、そのとき──。

「みゃっ!?

 モネットが慌てると、指輪から黄金の光が放たれ始めた。

 同時に、魔力のほんりゆうが巻き起こる。

「な、なんだ……!?

「これは……」

 側仕えのエルフたちも慌てている。

「モネット様……!」

 モネットは手を伸ばして、側仕えを制した。

 指輪から放たれる光が徐々に強くなり、応接間を照らしていく。

 まるで──指輪の中から光が外に出ようとしているかのようだ。

「な、なんでもありませんみゃ!」

 モネットがもう片方の手で指輪をおおった。

「みゃー……!

 そしてモネットは大量の魔力を指輪へ流し込み始めた。

 俺もいつしゆん、ぎょっとするほどの魔力量だ。

 ゆっくり黄金の光が弱まり……やがて光は消えた。

「みゃ、おさわがせしましたみゃ……」

「い、いえ……大丈夫ですか?」

 モネットは平然を装っているが、肩で息をしている。

 今の魔力の注ぎ込みでかなりしようもうしたのではないだろうか。

「お気遣い、感謝しますみゃ」

 しかしモネットはそれだけを言って会談を終えた。

 というより、話し合いを終えたそうな雰囲気があったのだ。

 原因はあの指輪だろう。

 気にはなったが、聞いても答えは返ってきそうになかった。

 応接間を出て、木の廊下を歩いていく。

「冬至祭の頃にまたおうかがいいたしますみゃ」

「ええ、お待ちしています」

 とりあえず、社交儀礼としてそう応じておく。

「……はい」

 ステラも見た目は平静だが、内心は違うだろう。

 早く二人きりでステラと話がしたかった。

「良いお返事を期待していますみゃ」

 俺とステラは船の外に出る。辺りには見物に来た住人が集まっていた。

「では、失礼しますみゃ」

 そう言い残し、見送るモネットの前で船のとびらが閉まった。

 モネットの姿が見えなくなり、少しすると宝船が浮き始める。

 そのまま宝船は西へと飛び、すぐに見えなくなった。

「行っちゃいましたね……」

「ああ、そうだな」

 話したのは結局、一時間くらいだっただろうか。

 今になって心臓が激しくどうしてきた。

 必死になってさきほどの会談内容を振り返る。

 ステラは……どんな風に考えているのだろう?

 俺はそっとステラの横顔を見た。

 彼女のおもいが、綺麗な横顔から少しだけわかった。

 ──黒いくうどう

 たまにステラが覗かせる、彼女の本質だ。

 ステラは親や友人を捨て、故郷を捨てて冒険者になった。

 冒険者として名をせた後も、自身を題材にした創作や銅像についていつかんして厳しい。

 その真実や過去について、ステラはだんぺん程度しか他人と共有することを許さない。

 ステラは英雄だが、根底には触れられない部分を持っている。

 しかしそれを恐ろしいとは、俺は思わなかった。

 俺も同じなのだから。

 俺も転生者としての自分を明かすつもりはなかった。


家族と親


 それから冒険者ギルドへ戻って仕事をこなし、夕方に帰宅した。

 会談の内容はナールたちにも伝えていない。

 俺とステラで話し合う前に、この話を広めないほうが良いと思ったのだ。

 今、俺たちは家のリビングで休んでいた。

 二人で話すのは、もう少し夜になってからだ。

「ふぅ……今日はつかれました」

「おつかれさまぴよ!」

 ソファーにぐてっとしているステラ。そのむなもとにディアがいる。

「まっさーじ、してあげるぴよ!」

「本当ですか……?」

「ぴよっぴよー!」

 ディアが羽を広げ、ステラの頰を揉み揉みする。

「あふ、あうぅ……」

「かあさまのはだ、ぴちぴちぴよねー!」

「そ、そうれふか……」

「もみもみぴよ~」

 ステラはディアのマッサージを気持ちよさそうに受けている。

「わふ、わふ……」

 ちなみにマルコシアスは俺のひざの上で、あおけになっている。

 やさしくおなかを撫でると、マルコシアスの尻尾が揺れる。

「父上の撫で技術は、かなりのレベルなんだぞ……」

「はは、ありがとう」

 完全に飼い犬だが……本人は気にしていないらしい。

「ウゴ、みてー!」

 ウッドは熱心にアイススタチューのスキルを使っていた。

 おかげでかなり上達している。今もヒールベリーの枝を氷で作っていた。

 きらきらとリビングの照明が反射し、実に綺麗だ。

「うまいじゃないか……!」

「すほいでふね……!」

 ステラはまだマッサージされているので、微妙な発音になっていた。

「ウゴ、もっとがんばる!」

 ウッドは側に置いてある花瓶の中に氷の彫刻をした。

 自分の力で形あるものを生み出すのが、きっと楽しいのだろう。

「わふ……。父上、何か考え事なんだぞ?」

 マルコシアスが小さく俺にたずねた。

 俺にしかわからない程度の声の小ささだ。

「……そんなことはないが」

「撫で方に、迷いがあったんだぞ」

「そんな違いが……?」

 マルコシアスがうつらうつらしながら答える。

「我は撫でられ名人だぞ。心の揺らぎもわかるんだぞ」

「お、おう……」

 ゆうしゆうな飼い犬のセリフだな……。しかし少しだけ、心のざわつきが治まった。

 なぜだかマルコシアスのお腹を撫で続けると、落ち着いてくるのだ。

「わふふー……」

 俺はちらりとステラを見た。

 俺には秘密がある──転生者という秘密が。

 しかし思い出せるのは、この世界が前世でやり込んだゲームと似ているということ。

 もちろん異なる点も多い。人や地理は全く違う。ただ、世界の法則や動植物が似ているのだ。

 あとは──俺にあるのは断片的な日本の知識か。

 俺はいまだに前世の名前も、住んでいた場所も思い出せない。

 俺の前世で総理大臣は誰だったのだろう?

 親や家族、友人はどうだったのだろうか?

 こうしたことは、何一つ思い出せない。

 俺はちゆうはんな転生者だ。

 前世にしゆうちやくできるほどではなく、かといって思い出した記憶は確かに有用なのだ。

 俺はこの秘密を誰とも共有する気はない。

 結局、俺でさえ──前世と記憶の意味を理解していないのだ。

「ぴよよ。マッサージしてたら、つかれてきたぴよ」

「ふふ……ひとやすみしますか?」

「そうぴよ……。どうやらマルちゃんもおやすみぴよね」

 ディアの言う通り、マルコシアスも完全にお休みモードに入っていた。

「わふぅ……」

 俺はマルコシアスをそっと膝からクッションの上に移動させる。

「ぴよ……マルちゃんのおなかで、やすむぴよ」

 ディアはぴょんとステラの胸元から下り、マルコシアスのもとへ向かっていく。

 眠気でふらふらしているが……なんとかマルコシアスへたどり着いた。

「マルちゃんのおなかは、さいこーぴよ……」

 そう言うと、ディアはマルコシアスのお腹に身体をうずめた。

 さわさわ、もこもこ……。

「ぴよー……」

 マルコシアスもディアを包み込んでいる。

「わふー……」

「しばらく、そっとしておきましょうか」

「ああ、そうだな……」

 少しどきりとしてきた。

 ウッドが起きているし、このリビングは任せて大丈夫だろう。

 ステラと二人で話し合う絶好の機会がやってきた。

「ちょっといいか、ステラ?」

 かろうじて声は震えなかった、と思う。

「ええ、いいですよ」

 ステラが軽く頷いた。

「ウッド、ちょっと上で話してくる。ここは頼んだ」

「ウゴ! わかった!」

 ウッドは氷の彫刻作りに夢中のようだった。

 俺とステラはお互いに視線を交差させ、階段を上った。


ステラという人


 階段を上り続け、屋上の扉を開く。

 ほとんど太陽は西に落ちかけ、青白い三日月がたそがれを照らす。

 半分夜に染まった空には無数の星が浮かんでいた。

 俺とステラは、無言で丸テーブルのこしかける。

 先に口を開いたのはステラだった。

「……迷っているんです」

「ああ、なんとなくそんな気はしてた」

 ステラが顔を少しそらしながら、かみをかき上げる。

 少女のようでいて、彼女は違った。

 俺が言うべき言葉は決まっている。最初に出会った時、俺はステラにこう言った。

 今でもそれは、何の変わりもない。

「ステラの好きにしていい。こちらは何とかなる」

「ふふっ、一番最初の時も同じことをおつしやいましたね」

「何も変わらない、ということだ」

「本当ですか?」

「ああ……。結局、したいようにするのが一番だから」

 家族のこと、冒険者ギルドの仕事、村のこと……。

 どれもかけがえのないほど大切だ。

 しかしステラの末裔や故郷の国もまた、大切だ。

 俺がゆうれつをつけられるだろうか?

「……故郷にはあまりいい思い出がないんです」

 ステラはテーブルに腕をのせ、視線を下に向けながら言った。

「わたしは……エストーナ王国の前身に当たる、小さな国の王女として生まれました」

 それからステラはぽつぽつと語り始めた。

「エルト様は、なんとなく察しているみたいでしたが」

「まぁ、それだけの気品と教養があればな」

 この村に住んで気が付いたが、やはりステラの立ち居振るいは群をいている。

 細かな所作は当然として、書類仕事もきよう的に早い。

 明らかに高等教育を受けていた──数百年前ならおうこう貴族なのは間違いないと思っていた。

「それなら、細かなところは省きますが……わたしは不義の子でした」

 不義の子。うわりんで生まれた子ども、ということか。

 しかし王家なら側室などの制度もあると思うが……。

「兄や姉がいましたが、仲は良くなかったですね。家族全員とも、でしたが」

 ステラは悪い思い出を振りはらうように首を揺らした。

「わたしの母は女王でした。そしてわたしの父は正式な夫ではなく、とあるこうしやくちやくなんでした」

「ふむ……」

 まぁ、ない話ではなかった。いわゆる若いつばめというやつだろう。

「ご想像の通り、その嫡男は若い美男子で才能がありました。母が……アレだったわけです」

 こほんとステラはせきばらいした。

「問題はわたしが強すぎたことです。兄や姉、王家の誰よりもわたしは強かった」

けいしようかかわってきたのか……」

 本来であればステラにはほとんど何の権利も残らないだろう。

 しかし魔法の才があれば、話は別だ。民も家臣も魔法にすぐれた統治者を求める。

 才能がないとして追放された俺とは逆だな。

「何度か暗殺されそうになって、わたしは故郷を飛び出しました」

…………

「結局、わたしがいなくなってから、王位継承問題のせいで国はほろびましたが……」

「……そうか」

「だから、ちょっと思っていたんです」

 ふっとステラが星のまたたく黄昏を見上げた。

「もしわたしが国にしがみついていたら、どうなっていたんだろうって」

「……だとしたら、今回はいい機会かもしれないな」

 人間だれしもせんたくこうかいがある。

「でも、ダメですね」

 そこでステラは俺の顔を見つめた。

 背筋が震えるほど美しい、ステラの顔だ。

「今は全然、行く気にはならないです」

「ステラ……」

「あの場では保留にして……今の今まで、迷ってましたけど」

 そこでステラはふっと微笑ほほえんだ。

「わたしは、わたしを自由にしてくれる人が好きなんです。ひねくれていますけれど」

「そうは思わないけどな」

「エルト様、わたしと一緒に暮らして……どうでした?」

 少しだけ声をひそめて、ステラは俺に問いかけた。

「楽しいよ、毎日」

「わたしも同じです。それだけで、わたしにとっては……かけがえのないものなんです」

 そこでステラは腕を組んで、雰囲気を切りえた。

 しめっぽい雰囲気から、からっとした感じに変わった。

「でも、モネットのことは助けたいと思います。何か出来ればいいのですが……」

「うーむ……」

 実はそれも考えていないわけではなかった。

「前にちらっと、レイアがステラの武器を展示とか言っていたよな?」

「わたしが使ったことのない、わたしの武器ですか……」

 ステラがやや目を細めた。

「ミスリルのけんやアダマンタイトのやりとかだな。何十本も収蔵されてる」

 レイアに燃える魔剣を見せられ、ちょっと気になって本で調べたのだ。

「あれ? そんなにあったんでしたっけ?」

 本当に興味がないんだな。

「前にザンザスに行ったとき、軽くレイアに説明されたきりでした」

「使った覚えがないなら、仕方ないが……」

「でもそれならば、かなり価値がありますよね?」

 ステラもそこに気が付いたようだ。

「ああ、本にも目録がっていたぞ。ザンザスは冒険者の街でもあるからな」

 しかもここ数百年、国で内乱が起きてもザンザスは安定していた。

 おかげで価値のある武具が相当数、残っているのだ。

「普通なら、そうした武器は街の宝だ。貸し出すわけはないが……」

「わたしが説得すれば、可能ですね」

「しかもステラの末裔を名乗っている国へ貸すわけだからな。断らないだろう」

「ええ、あの剣や腕当ても喜ぶでしょう……。初めてわたしの役に立つと言えます」

 ステラが少し遠い目をした。

「これで十分なのか、それはわかりませんが」

「……そうだな」

 しかし魔力を持った武具は極めて貴重だ。

 大きな戦力になるだろう。

「あと、少し気になることがあったが……」

「あの妙な指輪でしょうか?」

「やはりステラも気になったか。何かを魔力でおさえ込んでいるようだな」

 しかもモネットは無理にそうしているようだった。

「あの指輪と似たものを、わたしは知っています」

 ステラはぽつりとつぶやいた。

「あれは魔王具のひとつだと思います……!」

「ブルーヒドラと同じモノか?」

 あれも魔王が作った、いわゆる防衛装置みたいなものだった。

「ええ、指輪に封じられているモノが出てくるという……わたしが眠りにつく前、うわさに聞きました」

「危険なものなのか?」

「それは──なんとも言えません。有用なものにもなり得ます」

「ふむ、うまく扱えれば……か」

「しかし本当の意味でせいぎよできるのは、魔王だけです」

 はっきりとステラが断言した。

「あまり彼女に口を出していいものかどうか、わかりませんが……」

 普通なら事情もわからないまま、あなたの指輪は危険ですとは言えない。

「でもステラから聞く分には、いいんじゃないか?」

「そうでしょうか?」

「むしろ、ステラから言うしかないと思う」

「わかりました。でも、仮にあの指輪はどうにかしないといけないのなら──」

 せんとうけられない、そういうことだろう。

 ブルーヒドラもそうだったしな。

「もちろん、手伝うよ」

「……ありがとうございます」

 ステラは嬉しそうに頷いた。

 もうすっかり西日は地平線に消え、夜のとばりが下りている。

 空に光る月と星は、今日も変わらず美しい。

「エルト様と話したら、ずいぶん楽になりました」

「ああ、それなら良かった」

「聞き上手ですよね、エルト様は。わたしより年下とは思えません」

 まぁ、たぶん精神ねんれいは俺のほうが上だしな。

「そろそろ夜ご飯の時間だ。リビングに戻ろう」

「ええ、そうしましょう……!」

 夜を背に、俺たちは屋上から家に戻った。

 俺が先を歩き、階段を下りようとした瞬間──。

 ぎゅっと後ろのステラが俺の体を抱きしめた。

「んんっ……」

 ステラは何も言わない。俺もされるがままになる。

 思ったよりもステラの体温は熱い。

「……お日様の香りがする」

 優しく暖かな香りだ。

「ふふっ、それはディアの匂いです……」

 ステラは朗らかに言うと、少しして俺から離れた。

 俺はこれまでになく、ステラとのきよが縮まったのを実感した。