冬至祭に向けて


 おれはレイアから手紙の入ったふうとうを受け取った。

 こうそうを練りこみ、金粉でかざった格式高い手紙だ。すでに封は開けられていた。

 当然か。封筒のあてさきはザンザスで、俺じゃないし。

「ステラのまつえい……か」

 俺はレイアの言葉をり返した。

「ええ、ご存じでしたか?」

「ここに来てから、何冊も本を読んだからな。それに他の国についての本も読んだ」

 少なくとも、周囲の国がどういう農作物を生産しているか。

 それくらいは知っておかないとな。

 他国の歴史についても、今では多少の知識があるし。

「えーと、今は七つの国の王家がステラの末裔を名乗っているんだったな」

「そうですね。すべて東方の小国ですけれども」

 言葉にすると、とんでもない話だが……。

 しかしステラからそういう話は聞いたことがない。

 ステラは歴史上のじんなので、勝手に名乗られているのだろうが。

 この件については、ステラとも話をしなければならない。

「ステラはもうすぐ来るはずだ──」

 そこでタイミング良くとびらがノックされ、ステラが入ってきた。

おくれました。エルト様、レイア」

「いや、だいじようだ。ちょうどステラの件で書状が来ていたんだが……」

 俺は東方の国からの書状、末裔についてステラに説明した。

「ふぇぇ……全然、知りません。末裔なんて一人もいません」

「そ、そうか」

「やはりそうでしたか……ふむふむ」

 レイアもうんうんとうなずいている。頭の上のぴよぼうれていた。

「他のだれかと取りちがえているか、しようですね」

 ステラがほんのわずかにまゆを寄せている。

 俺にはわかるが……かなりかいになっているな。

「ザンザスの記録でも、そうしたモノはありませんでしたし」

はくをつけたかったんだろう、多分」

 俺は前世の知識から、これはさむらいの源氏みたいなモノだとにんしきしていた。

 本当に源氏の血筋でなくても、そう名乗ることが大切なのだ。

 ステラの名前は東方の諸国ではそれほど価値があるのだろう。

「気持ちはわからなくもないですが……」

 いつの間にかステラの眉が元にもどっていた。

 強くこだわる性格じゃないからな、ステラも。

「それで、手紙には……なんと書いてありました?」

「東のエストーナ王家から、ザンザスの議会への問い合わせですね。冬至祭に立ち寄りたい、と」

 冬至祭は一ヶ月半後だ。とはいえ、かなりのきよがある。

 何かのついでかもしれないが。

「同時にステラ様にもお会いしたい、と」

「えっ……いやです」

めずらしくはっきり断ったな」

「わたしの全く知らない、わたしの末裔が会いに来るんですよ? 嫌な予感がします」

「まぁ、来て話すのはその件だろうな」

 ステラが復活したとなれば、末裔の名乗りにも支障が出るかもしれない。

 最悪のパターンでは、それらの王家の正当性にもんがつくわけだし。

 どうあれステラと話はしておきたいのだろう。

「先方に手土産はあるそうで。訪問の警備費として、金銭的えんじよの用意はあるそうです」

「ほう……取引の用意はあるということか」

「ザンザスの議会としては、断る理由がありません。ステラ様の末裔を名乗っている王家ですし」

 ふむ、ザンザスではステラは絶対のえいゆうだ。

 その末裔であれば、ていねいむかえるしかないだろうな。

「……その人たちとわたしは、関係がありませんよ」

 ステラはやはり気乗りがしないようだ。

 俺としては、どうだろうか。

「気乗りしないのはわかるが……」

 しかし後々になって、大きなめ事になるのも困る。

 ステラの末裔を名乗る国々で、ステラをどうこう取り合う事態もあり得る。

 それならば……一度、きちっと話をするべきとは思う。

 あとでアレコレ言われるよりは、先にすっきりさせたほうがいい。

「残念ですね……。エストーナ王国からのお金で、冬至祭をごうにしようと思いましたが……」

 レイアがややわざとらしく首をった。

「史上最大のぴよちゃん祭りは、見直しですね」

「ちょっと待ってください」

 ステラがぐっと身を乗り出す。

「ヒールベリーの村も乗ろうと思ったんだが……」

「乗るんですか……!?

 ステラが目をかがやかせた。もちろん、お金をくれるならもらって使うまでだ。

 ダメしとばかりにレイアが言った。

「ニューぴよグッズも作りますよ、この機会に!」

「くっ……仕方ありませんね。そういう事情であれば……」

 ステラが頷いた。わかる、もうステラの頭の中はおどるコカトリスでいっぱいだ。

「エストーナの王家に会いましょう……!」

 それから冬至祭のがいようをまとめていった。

 ザンザスの冬至祭では数千人が来訪し、大きなお金が動くらしい。

 冬至祭は冬の終わりを告げる節目だ。一年のめになる祭りだからな。

 次の大きな祭りはげいしゆんさいになる。

 地域によっては、一年で最も大きな祭りが冬至祭になる。

「今年はステラ様の大復活記念祭、そういう案もありますが」

「不許可です」

 ステラはばっさり切って捨てた。

「ステラ様が使ったとされる、数々の伝説の武器も展示しますのに……」

「ほう、そんなものがあるのか?」

 本でいくつか見た気がしたな。

 ステラのパワーにえ切れず、ぽっきり折れたけんとか……。

「……あの大半は、わたしがれたことのないしろものですが」

にせものじゃないか」

「伝説、あくまで伝説ですので……!」

 レイアがこほんとせきばらいをした。どうやら、やましいところがあるらしい。

「であれば、コンセプトは例年通りですね。ぴよちゃん祭りです」

「ぜひ協力します」

 ステラの変わり身が速過ぎる。まぁ、もうステラもレイアにはえんりよしてないからな。

 俺は前に読んだ本を思い出していた。

「正式には『封印祭』という名前だろう?」

「その通りです。元々は世界十大ダンジョンのきようを忘れないためのお祭りでした」

「なるほど、それでぴよちゃんが……」

「コカトリスはザンザスのダンジョンで、最強の存在だからな」

 おそれる対象をあえて祭る行事は、前世の日本でもよくある。

 ドラゴンなんかも、よくもんしようや強大さのモチーフとしてあつかわれているしな。

「祭りではきよだいが街中を練り歩きます。その対象に、ヒールベリーの村もふくめればと」

「いいじゃないか、観光客も来てくれそうだな」

 ふと、前世のお祭りの知識が頭をよぎった。

 どんどこどん……。せいだい輿こしが街中をしつそうする風景だ。

「それぞれのギルドが、うでによりをかけて山車を用意するのです」

「それでは……ちよう巨大なぴよちゃんも!」

「もちろん、街で一番大きい山車になります! 天まで届く、ビッグぴよちゃんです!」

 まぁ、そうだろうな……。

「それで……エルト様も山車をどうでしょうか?」

「山車か? 巨大な台車に色々飾りつけをするんだよな」

「ええ、このザンザスの山車を見に来る観光客は大勢いますので」

 大きくてはなやかな建造物自体、この世界では珍しい。

 まさにかつこうらくなのだろう。

「この村でも山車は作れるのか?」

「規模にもよりますが、全く問題はないかと」

 ふむ……この村でも作れるなら、いい宣伝にもなるだろう。

「わかった。山車を作って、参加する方向で行こう」

「ありがとうございます……! 資料は後で持ってきますね!」

 話し合いは終わり、レイアは部屋を出てザンザスへと戻っていった。

 ステラもぴよちゃん祭りでテンションが上がっているようだ。

「ぜひ盛り上げたいですね、エルト様」

「そうだな……。村の力を結集して、人を呼びむいい機会だ。ごうせいな山車を作ろうか」

「ああ、ぴよちゃんの姿が……!」

 すでにステラのひとみには巨大なぴよちゃんの山車が思いかんでいるようだった。

「大きなコカトリスは……そんなにいいのか?」

 レイアにしても、やけにコカトリスの大きさを強調していた気がする。

 俺は特に、コカトリスのサイズに思い入れはないのだが。

「ええ、ぴよちゃんは大きいほど良いのです! ディアもどーんと大きくなってしいですよね」

「お、おう……」

 どうやらコカトリスのサイズについては、感覚の違いがあるようだ。覚えておこう……。


 夕方、ナールとアナリアを呼んで冬至祭の説明をする。

 二人とも、話を聞くとぱぁっと顔を輝かせた。

「にゃにゃーん。いいお話だと思いますにゃ!」

「冬至祭は本当にたくさん観光客が来ますからね、村の宣伝にはもってこいです」

 ザンザス在住だったアナリアが頷く。

「何度見ても、ザンザスの山車は本当に華やかですにゃ!」

「気合いの入ったギルドは、毎年のように山車に新しい飾りをつけますからね」

「ほう……毎年、山車を新しくするわけではないんだな?」

「はい、山車はどれも巨大ですからね。本体は補修して……取り外しできる飾りだけ新しくします」

 なるほど、費用の節約には合理的だな。

「にゃ! コカトリスの山車もそのはずですにゃ」

 ふむふむ、こうした情報が手に入るのはたのもしい限りだ。

「資料は後でレイアが持参するそうだが……やっておくべきことはあるか?」

「まず大きな、特注の台車が必要ですにゃ」

「それについては、図面があればわたしがかんとくできます」

 ステラがすっと手を挙げる。かのじよは大工仕事も超人的だからな……。

「あとは飾りつけですが、染料や薬品が必要ですね。それは私が担当しましょう」

 アナリアの本業だからな。その辺りは任せよう。

 ナールがてんじようを見上げながら、指折り数えている。かわいい。

「あとはどんな山車を作るか、ですにゃ。これが一番大事ですにゃ!」

 だろうな、それが一番大事だ。

 巨大なモノを作るだけなら、俺がほうを使えばいいだけだし……。

 このぼうけんしやギルドの、ぴよっとした建物のように。

 しかしそれでは意味がないだろう。

「……それについてなんだが」

 俺はそこで一呼吸置いて、全員をわたした。

「村の人からアイデアを集めて、ひとつの山車にするのはどうだ?」

「にゃ! それはらしいですにゃ!」

「とてもいいかと思います!」

 ナールとアナリアはがおで頷いた。

 これなら村の人も参加できるし、良い記念になるだろう。

 主体的に参加すれば、きっと思い入れも深くなる。

「わたしも、もちろん賛成です……!」

「よし──それじゃ村の力を合わせて、山車を作ろう! 冬至祭だ!」

「「「おー!」」」

 ということで、俺たちは冬至祭に向けて準備することになった。


新メニュー


 そのころ、ディアとマルコシアス、ウッドは村の北を歩いていた。

 ウッドの手にはバットとボールがにぎられている。

 第二広場でキャッチボールをした帰りなのだ。

「ぴっぴよー。かぜがきもちいいぴよー」

「わふー。さわやかなんだぞー」

 マルコシアスはちまっとした子犬姿である。

 ディアはそんなマルコシアスの背中をでながら歩いていた。

「マルちゃんはつやつやぴよねー」

「ありがとなんだぞ。我が主もふわもっこなんだぞ」

「ウゴ、ふたりともかわいいよ!」

「ぴよよー、うれしいぴよねー」

 太陽は西にかたむきつつある。ひんやりとした秋風が気持ちいい。

 三人は大樹のとうに近づいてきた。

 今日も今日とて、つちにはたくさんの人が来ている。

「にゃーん。お散歩のお帰りにゃん?」

 ブラウンが三人に声をけてきた。

 どうやら土風呂の帰りらしく、首にタオルを巻いている。

「ぴよ! そうぴよ!」

「運動は大切なんだぞ!」

「いいにゃん、大切なことにゃん!」

 三人は村中で愛されている。仲の良い三人を見るだけで、誰もがやされるのだ。

「ウゴ、ブラウンはつちぶろのかえり?」

「ですにゃん。毛のお手入れは大事ですにゃん!」

 土風呂はニャフ族にも広まりつつある。

 その中でもブラウンは土風呂をかなり気に入っていた。

 四人は居住区画へいつしよに歩いていく。そのちゆうで──。

「ぴよ? あれは……」

 ディアは首をかしげた。視界のすみ、大樹の家と家の間に珍しい人がいたのだ。

「んーん……」

 テテトカが目を閉じながら、首までまっている。

 ドリアードはだん、大樹の塔の近くでしか埋まらない。

「こんなところで、どうかしたにゃん?」

「ウゴ、めずらしい……」

 こんな居住区で、しかも一人で埋まっているのは非常に珍しかった。

「ごげんうるわしゅー。うーん……」

うなっているんだぞ、何かあるんだぞ?」

 マルコシアスがふんふんとテテトカの埋まっている周囲のにおいをいだ。

「土の感じが、ちょっと変なんですよねー」

「にゃん? そうなのにゃん?」

ふんがすこーし変わった、というか」

 マルコシアスがテテトカの周囲を回る中、テテトカが目を開ける。

「本当にちょっとだけなんですけどー」

「わふ。特に変わった匂いはないんだぞ」

「ウゴ……とうさんにつたえる?」

 ウッドはそくにそう提案した。

 テテトカはマイペースだが、その直感や知識はエルトにも重宝されている。

 しかしテテトカは頭だけを横に振った。

「何が変わったのか、もう少し確かめてからにしますー」

「ぴよ! むちゃはいけないぴよよ」

「そこは大丈夫ですよー」

「ダメぴよよ!」

 ディアがずいっと身を乗り出した。

「そうやってみんな、しにそーになるぴよね……!」

 何か変な経験をディアは積んでいた。

 夕陽が落ちる直前、俺とステラは家に帰ってきた。

 リビングで休みながら今日の決め事を振り返る。

「今日は色々と話をしたな……」

「ですね。地下のことも決まりましたし」

「ぴよ。あのきらきらしてるところぴよ?」

 ステラのひざの上からディアが聞いてくる。

 すでに子どもたちものんびりモードである。

「ああ、村の外から来た人の宿しゆくはく場所になる予定だ」

 ララトマが住んでいた地下空間は広々としているが、日常生活には少し不便だ。

 ゴンドラを使わないと行き来できないからな。

 あとは土が良いから、いもを植えることになるだろう。

「わふぅ。いいと思うんだぞ。お祭りに合わせて、そーいう場所は必要だぞ」

「ウゴ、ふかふかのベッドはだいじ!」

 マルコシアスはウッドに寄りかかりながらまったりしている。

 完全に飼い犬状態だな……かわいいが。

「村のせつも強化が必要ですね」

「そうだな、一時的に食事できる場所も増やさないと」

 もし今のヒールベリーの村に数百人の観光客が押し寄せたら、食べる場所が足りない。

 食材は魔法で作れても、快適に過ごすのは不可能だろう。

「でもエルト様の魔法なら、家も増やせますし」

「それが植物魔法のいいところだな」

 そんなことを話していると、ディアがもぞもぞと羽を動かした。

 少しわかってきたが、おなかき始めるとディアはあの動きをする。

「そろそろ夜ご飯を作り始めましょうか」

「ぴよっ。ごはんぴよー!」

「はい、今日はわたしが当番ですね……!」

 ステラがディアをかかえて立ち上がる。

 そして俺の膝の上にディアをそっと置いて、キッチンへと歩いていった。

「ぴよー、とうさまー」

「よしよし、今日もふかふかだな」

 俺がディアをそっと撫でると、ディアも気持ち良さそうに目を細めた。

「料理のレパートリーも増やしていきたいところですね……」

 ステラがエプロンを着けて料理を始める。

 しゅぱぱぱぱっと相変わらずすごぎわだな。

 包丁さばきが目に見えない。

「わふー。母上、当てはあるんだぞ?」

「『ふわふわしん』という料理がオススメなのですが、うーん……」

「ウゴ、どういうりょうりなの?」

 俺も初めて聞いたな。いや、エルフ料理にくわしいわけではないのだが。

 大陸中央とエルフの住む東方は長らく交流が少なかった。

 なので食文化などは今もおどろくほど違う。

 まぁ、エルフ料理はちゆうみたいで俺は大好きなのだが。

「大豆とにがりから作った、とうというモノをですね」

 ……ん? この世界に豆腐があるのか?

 いや、前世の豆腐と同じモノとは限らないか。

「油とできる限りのこうしんりよう、何種類かのはつこう調味料でむんです」

 それって──マーボー豆腐か!?

「ぴよ! おいしそーぴよ!」

 ディアがぱちっと目を開け、羽をかかげた。

「エルフの間でも人気の料理なのですが、問題がありまして……」

「豆腐か?」

 俺も前世では豆腐が好きだった。

 しかし製法についてほとんど知識がなかったので、この世界ではノータッチだったのだ。

 今の日本人で豆腐を作れる人はほとんどいないだろう。

「ええ、材料があれば作れるのですが」

「そ、そうなのか?」

 割とレアなスキルの気がする。

「旅の中で練習いたしました……!」

 背中しか見えないが、ドヤ顔なのが見て取れる。

 王家と会うのは気が進まないが、豆腐作りはほこらしげなステラだった。

「わふ。でも難しそうなんだぞ。トーフゥー作りは」

 ちょっと発音が違うが、俺は気にしないことにした。

「大豆は俺が生み出せるが……にがりは無理だな」

 ぼんやりと海水からできるという程度しか知らない。

 それ以外の知識はなく、にがりを作るのはとても無理だ。

「海水から作らないといけませんが、手に入りませんからね。ナールたちからも無理でしたし」

 まぁ、ここから海はかなりはなれているからな。

 なべから火の手が上がる中、ステラが鍋を振るっている。

 だんだんとこうばしい匂いがただよってきた。

 この匂いは何度も食べた、レッドドラゴンのつめだな。

「ウゴ、それなら……ジェシカは?」

「ジェシカ……? いや、それは……ふむ……」

 ジェシカはつえから魔法の水を出していた。

 冷水と湯を出せるのは知っているが、海水は確かめていない。聞く機会もなかったしな。

 しかし言われてみれば、海水も水の一種ではある。

「わふー。あのおもしろい杖から出る水なんだぞ?」

「可能性はありそうだが、にがりを作った経験はどうだろうな」

 海水だけあっても、にがりまで精製できなければ豆腐は作れない。

「それでしたら──海水があれば、イけると思います!」

 大皿にレッドドラゴンの爪を盛りつけ、ステラがリビングへと戻ってきた。

「にがりも作れますよ、ちゃんとした海水があれば!」

「ぴよ! おみずがあればいいぴよね!」

「冬至祭に合わせて、新メニューの投入か……」

 もし大量生産できれば、麻婆豆腐──おっと『ふわふわ真紅』は良いせんたくになる。

 この辺りでは豆腐のような食感は珍しく、目新しいのは間違いない。

 前世の日本でも『ふわふわ真紅』は大人気だった。

 レッドドラゴンの爪に赤いうどん、それにふわふわ真紅。

 うん、からめの料理はくせになるしな。コンセプト的にもまとまっているだろう。

「明日にでもジェシカに聞いてみるか……!」

 翌日、書類仕事を片付けてから俺はジェシカに会いに行った。

 時間は午前の九時半、今の時間はレインボーフィッシュの監督をしているはずだ。

 すいそうの置いてある倉庫にとうちやくすると、ブラウンがむかえてくれた。

「にゃーん。おはようございますにゃん!」

「おはよう、ブラウン。レインボーフィッシュは順調か?」

「にゃ! うろこの質と生産スピードは順調に推移してますにゃん!」

 びしっとブラウンが敬礼し、倉庫で作業しているニャフ族を見渡した。

 レインボーフィッシュの鱗は栄養価の高い肥料だ。

 これ自体も現金で売れるうえ、村の農業生産を支える重要物資である。

 今も五人のニャフ族が鱗をくだき、かわぶくろに小分けにしている。

「それはいいことだな。それで、ジェシカはおくか?」

「はいですにゃん。イスカミナと色々、実験してますにゃん」

 イスカミナも来ていたのか。

 彼女も熱心に村を発展させようとしてくれているな。

 奥は実験室で、黄金のレインボーフィッシュもここにいる。

 倉庫区画を横切り、奥へと向かう。

 そこではイスカミナとジェシカが熱心に机の上のガラスびんを観察していた。

「もぐもぐー。やっぱり土も必要みたいもぐ」

「ふむふむ、じようの匂いがえいきようするみたいですわ……」

「色んな条件をめないといけないもぐね~」

「おはよう、二人とも」

「にゃーん。おじやしますにゃーん」

「もっぐー、おはようございますもぐー」

「おはようございますですわ、エルト様」

「レインボーフィッシュの飼育はどうだ?」

 生けの中のレインボーフィッシュは元気に泳ぎ回っているな。

「やはり不思議な魚ですわ。鱗についても未解明な部分も多いですし」

「鱗はかんきように左右されやすいもぐ。生命力は強いから、飼育はできるけどもぐ」

「最適化はまだ遠いということか。いや、しかし十分成果は出ているぞ」

「ですにゃん! しっかりと目標は達成してますにゃん」

 生け簀や水道設備は高価であまり増やせない。

 同じスペースで鱗の数や質が向上するなら、おがらだろう。

「ありがとうございますですわ。でもまだ、目標となるはんしよくまではいきませんわね……」

「ううむ、そこなんだよな……」

 現状、レインボーフィッシュの繁殖条件は不明だ。

「冬に卵を産むのは確かにゃん?」

「ええ、故郷ではそこまではわかっているんですけれど……」

「でもここで卵を産む気配は全くないにゃんね」

「そうなんだよな……」

 飼育状態だと増えない可能性があるので、適度に湖へ戻さなければならない。

 でないと湖の個体数に悪影響があるかもだしな。

「湖でれるのも一定サイズ以上、大人だけにゃん」

「私の故郷でもそうですわ。なぜかぎよは全然、見当たりませんの」

「もぐ。生態の不思議もぐねー」

「やはりまだまだ調べなければいけない魚だな……」

 ウナギみたいに大きく回遊する魚かもしれない。

 完全に人工環境で増やせれば、ベストなんだがな。

 まぁ、中長期の課題としてなんとかしたいところではある。

 というところで、そろそろ本題に入ろう。

「ああ、それと昨日の夜にステラから話があったんだが──」

 俺は豆腐とにがりについて簡単に説明した。

 話を聞いて、ジェシカが目を見開いた。

「にがり……その言葉を、まさかここでお聞きするとはですわ」

「おお、知っているのか?」

「はい、私の故郷では海水から作ったにがりをエルフたちに売ってましたわ」

 なんと、そのままズバリじゃないか。ラッキーだな。

「朗報だな。百島諸島ではそうしたこともやっているのか……」

「でも売ってるもぐ? 自分たちで使わないもぐ?」

「ええ、私たちはいつさい使いませんわ。でもエルフには必要みたいで」

 ジェシカの頭の上のぴよ帽子が揺れる。

「にゃーん。生産だけけ負っているのにゃん」

「なるほど、そういう関係か……」

「トーフゥーはほとんど東方エルフ専用の食材で、私も見たことはありませんわ」

「もぐ! ちょっとだけ話は聞いたもぐ。ふわふわで、フォークでせないもぐとか」

「スプーンで食べるにゃん?」

「私も形がくずれるので、スープのようにすすると聞きましたわ」

 それはおぼろ豆腐か湯葉なのでは……?

 まぁ、豆腐の種類まではいいか。とりあえず豆腐をゲットしなければ。

「食べ方は問題ない。海水がその杖から出れば……」

 ジェシカがでーんと杖を掲げる。

「大丈夫ですわ。ちゃんと海水も生み出せますわ!」

「おお! 素晴らしい!」

「でも大量の海水は生み出せませんわ。かなりの魔力が必要ですもの」

「ふむ、その制約はあるか……」

 やはり冷水や湯とは違い、海水はハードルが高いようだ。

 ただの塩水じゃダメだからな。

 俺の植物魔法もだが、不純物が多いものを生み出すのは逆に難しいのだ。

 そこでイスカミナがふにっと手を挙げる。

「もぐ! 海水が欲しいなら、再現できるかももぐ!」

「それは魔法具でか?」

 なるほど、化学的に調合するわけか。

 大量生産できるなら、もちろん方法は問わない。

「水をカチャカチャいじって、海水にできますもぐ。問題はどういう海水にするかですもぐ」

「そうですわ、海水と言ってもすべて同じではありませんわ」

「むっ、そんなに種類があるのか?」

 確か、塩でも色々と違うらしいし。海水の違いでにがりも変わりそうだ。

「私の杖からなら、三十種類の海水が出せますわ!」

 どーんとジェシカが胸を張る。

「お、おう……そんなにか?」

「水にこだわりがありますにゃん……」

「それで、どのような海水がベストですわ?」

 そこまでは考えてなかったな。しかし海水は用意できそうだ。

「うーむ、それはステラとの相談だな。どういう海水が必要なのか決めないと」

「もぐ! そうしたらその海水をぶんせき、量産を目指しますもぐ!」

 まずは豆腐作りに適した海水を決める、ということだな。

 そこが決まらないと前には進まない。

 もちろん、にがりの成分によっては豆腐ができない可能性もあるだろうし。

 まだ詰めるべき点は多いが、やるべきことは見えてきた。

 それだけでも大きなしゆうかくだ。


コカ博士


 数日後、ザンザスの冒険者ギルド。

 レイアはザンザスに戻って書類仕事を進めていた。

「ぴよ帽子の量産、ステラ様の名言マントの量産……」

 にこにこ顔のレイアが冬至祭の書類を片付けていく。

 書類に判を押し、修正点は書き込んで指示する。

 流れる書類を受け取りながら、副ギルドマスターのえいはジト目になっていた。

「ご機嫌でござるな」

「ふふ、一番楽しい仕事だからな」

「議会がレイアの不在に、アレコレ言っているでござるよ」

 このところのレイアの不在を疑問視するやからもいる。

「仕事はとどこおらせていないはずだがな。ナーガシュ家とのせつしよういそがしいと言っておいてくれ」

「そう伝えているでござるよ」

「さすが、わかっている」

 紫影は軽く息をいた。紫影は知っている。

 レイアがヒールベリーの村に通うのは、コカトリスをもふもふするためであると。

 ザンザスのダンジョンには入場規制があり、連続で入ることはできない。

 しかしヒールベリーの村では、コカトリスはもふり放題なのだ。

「まぁ、成果が上がってストレスも軽減されるみたいでござるし……」

「何か言ったかな?」

「気のせいでござる」

 実際、ヒールベリーの村ができるまでザンザスの冒険者ギルドは大変だった。

 それががらっと好転したのだ。

 今ではレイアは土風呂とコカトリスで、過去最高におはだがツヤツヤになっていた。

「ぴよ祭りのていけいも確約できた。チラシのラフも仕上げないとな……」

「それでござるが、今日はもうすぐコカ博士が来るでござるよ」

「むっ……? 今年はいつもより早いな」

 コカ博士は月刊ぴよにも稿こうする、なぞのコカトリスの着ぐるみ博士だ。

 いつもふらっと来ては去っていく──しかしその知識と経験は確かなものだ。

 時にザンザスのぴよグッズのかんしゆうも、しようでやってくれるのだ。

 特にコカ博士の改良したぴよぬいぐるみの評価は極めて高い。

 その時、コンコンと扉がノックされ、ギルドの職員が顔を見せる。

「あのー、コカ博士がおしになられていますが……」

うわさをすれば……。今行こう」

 レイアは紫影とともに応接間に向かった。

 ステラの木像が置かれた応接間には、すでにコカ博士がすわっていた。

 レイアが知る限り、最もふわもっこな着ぐるみであり、細部までこだわりいている。

 その頭の上には白の博士ぼうが取り付けられているのだ。

 レイアを見ると、コカ博士がふにっと羽を掲げた。

「久し振りだな」

「数ヶ月ぶりですね。お元気でしたか?」

「ふむ、問題はあるが──ザンザスとは無関係だ」

 コカ博士はよくようのない、しかしつやのある声で答えた。

 声に若さはあるが、見た目とは裏腹にそれほど愛想は良くない。

 だが、すでにレイアもその辺りを気にする間柄ではなかった。

「そろそろ来てもらおうと思っていました。ちょうど良かったです」

「私もそう思った。山車は保管してあるかね?」

「街の中央倉庫にあるでござるよ」

 紫影が答えると、コカ博士がぱっと立ち上がる。

「ではさつそく行こう。悪いが時間がないからな」

 三人は冒険者ギルドを出て、ザンザスの街並みを移動する。

 ぽよん、ぽよよん……。ふかふかのコカ博士の着ぐるみが揺れる。

 コカ博士の中の人が誰なのかはわからない。

 強い魔力を持ち、大金持ちでもある。

 さらにコカトリスを含めて魔物学の深い知識があった。

 ほとんど間違いなく、どこかの大貴族だろうが……。

 しかし着ぐるみの中身をせんさくするのは、非礼なのだ。

「思ったが前に来た時に比べ、街に活気があるな」

「新しく北にできた村のおかげで、色々と盛り上がっています」

「ふむ……そうか。それはいいことだ」

 着ぐるみの奥から、レイアの頭──ぴよ帽子へ視線が注がれた。

「ところでその素晴らしい帽子は?」

「これは新商品でして。とても可愛かわいいでしょう?」

 ブレないレイアに対して、紫影が視線を送る。

 レイアはしかし、喜々としてぴよ帽子を揺らし続けた。

「毛はガリアン産、目の部分はアラバ山脈のドワーフからか。奮発したな」

「ええ、その通りです。一目で見抜くとはさすがですね」

「当てるのが凄いでござる」

「コカトリスらしさを再現できる素材は、それほど多くはない。ところでそのひもは?」

「はい、これですね……!」

「あっ──」

 紫影が声を出すと同時に、レイアがぴよ帽子の紐をちゆうちよなく引っ張った。

 ぴよ──!

 ぴよよ───!

 ぴよ帽子から、可愛らしいコカトリスの鳴き声がひびいた。

 コカ博士がじっとレイアのぴよ帽子を見つめる。

「……面白いけだ」

「ありがとうございます……!」

「高音が途切れるときに、やや音がブれてコカトリスらしさがなくなるが……」

「凄いコメントでござるな」

「うぅ、その点については……目下、改良中でして」

 覚えがあるらしく、レイアがきようしゆくする。コカ博士にかくし事はできないのだ。

「二年前、フォン・マイアー博士がコカトリスの鳴き声について論文を出した」

 コカ博士が相変わらず抑揚のない声で続ける。

「おそらく、その鳴き声の改良の役に立つだろう」

「なんと! 取り寄せて確認します!」

 そんな話をしながら、三人はザンザスの中央倉庫へやってきた。

 中央倉庫はき抜けの高い建物で、数十人の職人が作業していた。

 冬至祭の山車はかさ張るので、普段はパーツごとに保管されている。

 それを今、この中央倉庫で集めて組み立てているのだ。

「今は台車の部分を組み立てています」

「飾りつけはまだ選定中でござる」

「ふむ、順調そうだな」

 中央倉庫には、十メートルの巨大コカトリス像がちんしていた。

 像といってもかための毛でおおわれており、どちらかというと超巨大なぬいぐるみである。

「コカ博士の援助で、今年の冬至祭もこの像で祝えますね」

「意外と何年も使えるものだな」

 この像の建造費の一部は、コカ博士の出資である。

「よし、さっさと点検してしまおう」

 コカ博士は羽を広げながら魔力を解き放った。

 青くあわい光と共に、コカ博士がゆっくりと宙に浮かんでいく。

 そのまま──コカ博士はふよふよとコカトリスの像へ向かっていった。

「ふむふむ……」

 コカ博士はお腹のポケットから小さなづちと検査具を取り出し、像を軽くたたき始めた。

 そのままコカ博士はゆうしながら、像の各所を点検していく。

「異常なし、と」

 コカ博士の点検を見上げながら、紫影がぽつりとつぶやく。

「……普通に凄い魔法でござるな」

「完全にせいぎよしているからな。しかも両手を動かしながら」

 空中でこのような芸当ができる人間は、ザンザスの冒険者にはステラ以外にいない。

 それほど魔法を使いながら何かをする、というのは難しいのだ。

「この像にも大金を出してくれましたし……」

 ふよふよーっとコカ博士がコカトリス像の後ろに回る。

「動作のほうは……」

 コカ博士が像の裏側から魔力を流し込み、ぽちっとボタンを押す。

 そうするとコカトリス像の羽がゆったりとバタバタし始めた。

「実は点検はウチでも出来るのでござるが……」

「自分の目で確かめたいのだろう、きっと。わかる。わかるとも」

 ヒールベリーの村に通い詰めるレイアはうんうんと頷いた。

「……ぴよ好きの共通点でござるな」

「何か言いましたか?」

「気のせいでござる」

 しばらくして、コカ博士はコカトリス像から離れ、レイアと紫影のもとへ戻ってきた。

「大丈夫、今年も問題なしだ」

「ありがとうございます……!」

 コカ博士はお腹から紙とペンを取り出すと、さらさらと絵をき始める。

「だが三しよ、毛が落ちかけている。ここだけは補修すべきだろう」

 これも例年の流れである。レイアはよどみなく答えた。

「しっかりと直しておきます。必要素材は第三層で入手できますので」

 毛の補修には、とくしゆせつちやくざいが必要だ。

 もっとも、ザンザスのダンジョン第三層【キノコの庭園】の奥で手に入るものであるが。

「では、私は今日はこれで帰るとしよう」

「あっ、実は今年のぴよちゃん祭りなのですが……」

 レイアはコカ博士を呼び止めた。

「今年は盛大にやりますので、もしコカ博士のほうでも何かあれば……」

「ふむ……考えておく。げん稿こうが遅れ気味なものでな」

「原稿ですか? もしかして、月刊ぴよの『コカ博士と秘境ぴよ』ですか?」

 レイアがものすごく食いついてきた。

『コカ博士と秘境ぴよ』は月刊ぴよの人気コラムである。

 世界中の珍しいとくちよう、習性を持ったコカトリスをしようかいする人気れんさいだ。

「ああ、これから東方の国で取材しようとしたのだが……許可が下りなくてな」

「むぅ、あちらはまだへい的ですからね」

「まだ数号分のストックはあるが、ダメならかくからやり直しだ」

 コカ博士は感情の読めない声で答える。

 レイアはエストーナ王国のことを思い浮かべたが、さすがに口には出さなかった。

 三人は中央倉庫を出て、ひとのない区画に辿たどり着く。

「よし、ここなら大丈夫そうだな」

「ええ、もう周囲に人はおりませんので」

「建物に気を付けてでござる」

 コカ博士が青色の魔力を放ち、ふわっと空に浮かび上がる。

「では、また」

 それだけ言うと、コカ博士はもうスピードで上空にい上がり、空を切りく。

 あっという間にコカ博士の姿は見えなくなった。

「いつも通り、せわしない人でござる」

 レイアはコカ博士から渡されたメモを見る。

「謎の人物だが、ぴよちゃんにかける情熱は本物だ」

「それは敬服するでござる」

 とりあえず、像には大きな問題はなさそうだ。

 補修だけ手早く済ませてしまおうとレイアは思った。

「さて、像の補修を手配しなくてはな。えーと……第三層の奥か」

「そこそこ危ないエリアでござるな。まりがけになるでござろう」

「まぁ、せいえいじんで行けば問題ない。たまには私ももぐろうかな」

「中々に珍しいでござるな」

 ギルドマスターになってからというもの、レイアがダンジョンに潜る機会は減っていた。

「なに、ついでに飾りつけのアイデアも考えてっと……ふっふふー」

 こうして、レイアはるんるん気分で冒険者ギルドへと戻っていった。


村の一日


 ヒールベリーの村にて。

 爽やかな秋の日差しの中、ナールとアナリアは広場でお茶をしていた。

「今日はいい天気にゃ……」

「本当に……でもなんだか不思議な気分ですね。秋でも葉の色が変わりませんし」

 アナリアは村に建つ大樹の家をながめながら答えた。

「魔法の建物だから、きっと特別にゃ」

 今日は休みなので、かなりの数の村人が広場にいる。

 のんびりお茶を飲んでいたり、あるいは野ボールで運動していたり……。

「ウゴウゴー!」

 ウッドが力強く、いくつものボールを空へと投げる。

「「にゃああん!!」」

 そうすると、何人ものニャフ族がボールを追ってダッシュを始めた。

「もっと、ウゴウゴー!」

「「にゃ、にゃあああああんん!!」」

 ニャフ族が右へ左へ走るのを見て、ナールのしつがふるふる揺れる。

「ナ、ナールも行っていいんですよ?」

「大丈夫にゃ。あちしの心はさざ波のようにおだやかにゃ……!

 ナールが広場の隅で集まってひるしている地下コカトリスたちを見る。

「すやー、ぴよぅ……」

「ぴよ、ぴよよ……」(もしゃもしゃ……)

 半分寝ぼけながら、コカトリスはおやつの草だんごを食べている。

「あんな感じに穏やかにゃ……」

「そ、そうですか……」

 ダージリンの豊かなかおりを楽しみつつ、アナリアは視線をめぐらせる。

「エルト様の発案で、この村でも『山車』を出すことになりましたが……」

「いいことにゃ。すごく目立つし、宣伝効果はばつぐんにゃ」

「問題は何の山車を作るか、ですね」

「メインは冒険者ギルドの巨大コカトリス像にゃ?」

「数年前にリニューアルして、ひと回り大きくなりました」

 アナリアはふふりと微笑ほほえむ。可愛らしいコカトリスの像は、ザンザスでも愛されていた。

「例年のくすギルドは、カラフルに染めた飾りの山車ですね」

まんきようみたいなやつにゃね」

「そうですそうです、アレは中々楽しいですよ……!」

 数十種類の薬剤を用意し、普段は作らない色の飾りを作る。

 それが薬師ギルドの用意する山車だ。

 ポーション作りに情熱をかけるアナリアには、腕試しにもってこいのイベントだった。

「にゃーん。ザンザスの三大ギルドの残り、ギルドは……」

「毎年、巨大な武器か防具ですねぇ。去年は剣でしたか」

 アナリアは少し目をせた。その時の剣は、ただの巨大な剣ではない。

『うっかりステラが折ってしまった、名剣の巨大レプリカ』

 そういうコンセプトだったのだ。

 ステラが知ったら、きっと遠い目をするだろう。

「広く山車のアイデアをしゆうにゃけど、あちしはどうしようかにゃー」

「そうですねー……」

 ナールとアナリアは村の住人では最古参である。

 採用されなくとも、ちゃんとしたアイデアは出したいところだった。

「お茶を飲んだら、少し散策して考えてみましょうか」

「にゃ! 賛成にゃー!」

 二人はお茶を飲み終えると村の中を歩き始めた。

 村をしようちようする建物といえば、まず大樹の塔。

 のんびりと二人は塔に向かって歩き始めた。

 土風呂エリアのとなりを通ると、ナールがふむふむと頷く。

「今日はいい天気にゃ。たくさんの人が埋まってるにゃ」

「少しへいがありますが……」

 しかし、事実としてたくさんの人が土風呂を楽しんでいた。

 冒険者もそうだが、新しく増えた地下ドリアードもいる。

「地下を開発するので、まだゆうはありそうですが……中々の混雑ですね」

「最初の頃より、ずっとにぎやかにゃ」

 塔の周りには様々な農作物が植えられ、育っている。

 木の間をドリアードたちが移動しては収穫やせんていを行っていた。

 中心になっているのはテテトカの妹、ララトマだ。

「その調子です! いいですよ~」

 葉や幹を手に取り、収穫物のチェックをしている。

 水場の横ではコカトリスが収穫した農作物を洗っていた。

「ぴよよー」(ぱしゃぱしゃ、きれいにー)

「ぴよっぴよー」(洗いましょー)

「コカトリスもんでいますね」

「よく働いているのにゃ」

 コカトリスやドリアードには休日というがいねんうすい。

 その代わり好きに食べて、好きに寝ているわけだが。

「ぴよっ!」(お腹空いた!)

 キャベツを洗っていたコカトリスが、おもむろにつまみ食いを始めた。

「ぴよよー!」(シャキシャキだー!)

 あっという間にコカトリスはキャベツ一玉を食べ切った。

「よく働いているにゃ……。労働には対価が必要にゃ……」

「ま、まぁ……特権ですから」

 ナールとアナリアは大樹の塔を見上げる。

 他の魔法の建物と同じく、大樹の塔の葉は青々としげっている。

 村の隣にある森は紅葉になっており、その色合いの違いははっきりしていた。

「にゃ? あっちにナナとテテトカがいるにゃ」

「おや、珍しい組み合わせですね」

 大樹の塔から少し離れたところにテテトカが埋まっている。

 その横で着ぐるみ姿のナナが、箱状の魔法具をガチャガチャといじっていた。

 箱のサイズは鍋程度、鉄製でぴかぴかに光っている。

 ナールとアナリアは二人のもとへと歩いていった。

「こんにちは、どうかしましたか?」

「ご機嫌うるわしゅー。ちょっとですねー」

「うん、気になることがあってね。『さぐーる君』で調べていたんだ」

「どういう魔法具にゃ……?

 相変わらず、わかるようでわからない謎のネーミングだった。

「簡単に言うと、魔物のこんせきを調べる道具さ」

「まさか、何かあったんですか?」

 身を乗り出すアナリアにテテトカが答える。

「んー……かもですねー」

「ここ最近、色々とあったでしょ? それで魔力の流れがわかりやすくなったんだ」

「にゃー、ブルーヒドラとかありましたにゃ」

「地下空間にはまだ先がある、はずだからね。ふむふむ……」

 ナナは一通り装置を操作すると、羽の動きを止めた。

「ありがとう、データは取れたよ」

「いえいえー」

「じゃあ、ぼくはこれで。失礼するよ」

 そう言うと、ナナはぽよぽよと立ち去っていった。

 あっという間の出来事だ。

「にゃ。特に問題はなかったにゃ?」

「多分、そうでしょうね……」

「それで、お二人はどうしたのですー?」

 何事もなかったかのように、テテトカがアナリアにたずねる。

「あっ、ええ……山車のアイデアを探していまして」

「色々と見て回ってるにゃ」

「ははぁ……面白そうですねー」

 テテトカがごそごそと動き、土の中からい出てきた。

「ぼくもご一緒していいですー?」

「もちろんにゃ!」

「心強いです!」

 テテトカが自分の住処すみかの大樹の塔を見上げる。

「塔の上からなら、村全体がよく見えますよー」

「ほうほう、村を上から眺めたことはあまりないですね……」

「にゃ。見方を変えると、何かつかめるかもにゃ」

 三人は大樹の塔へと移動した。

 大樹の塔にはたくさんのドリアードが住んでいる。

 草だんごをこねたり、寝ていたり、寝ていたり……。

 マイペースに暮らしているのだ。

 三人はそのまま塔を登り、六階から村を眺める。

「冒険者ギルドが家のすきから見えるにゃ」

「ええ、村を象徴する建物になりましたね……」

 大樹の家の間から、こんもりとした冒険者ギルドの建物が見えた。

 通りがかった商隊がきらびやかなふんすいの前に並んでいる。

 どうやら噴水が珍しく、楽しそうに眺めているようだ。

「ねーねー、テテトカちゃんー」

「ほーい、どしたー?」

 片目が隠れているドリアードがテテトカを呼ぶ。

「花飾りでしらがもっと必要かもー」

「あいあい、用意するねー」

「んにゃ? 花飾りにゃ?」

「何かを作っているんですか?」

 ナールとアナリアは同時に驚きの声を上げた。

 ドリアードが何か、農作物や食べ物以外を作ることは珍しい。

 仕方ないことではあるが、それが二人の認識だった。

「ぼくたちの風習でー、花を集めて飾るんですよー」

「……そのまんまにゃ」

「見てみますー?」

 テテトカがさらに塔の上階を指差した。

「面白そうですね、いいですか?」

「もちろんですー」

 アナリアたちはさらに塔の上へと歩いていく。

 その階は広々した空間になっていた。

 フロアの真ん中に、華やかなフラワースタンドが鎮座している。

「おおお……!」

「すごい、すごいにゃ……!

 二人は食い入るようにそのフラワースタンドを見つめた。

 フラワースタンドの高さは三メートル、はばは一メートルほど。

 白百合にかすみ草、きよう、赤いがちりばめられていた。

 はしと作業台が横に置かれ、まだセットされていない花も多い。

 そのフラワースタンドの前でテテトカが誇らしげになった。

「これが『花飾り』ですー」

「かなりの手間がかかりそうですね。もしかして毎年この季節に作っているんですか?」

「いえー。仲間が増えたり、住処を変えたり……。記念の年だけですー」

「なるほどにゃ。お祝いということにゃ」

「そですー。今年はおっきくしないと……」

「ふぅむ、なるほど……」

 アナリアはじぃっと制作途中の花飾りに近寄った。

 色あざやかな中にも、変化と気品が漂う。人の目を吸い寄せるりよくにあふれていた。

「いいにゃ、これは実にいいにゃ……」

 ナールも花飾りに近寄り、みずみずしい香りを吸い込む。

 さらに横に回ってみるが、そこもきちっと作りこまれていた。

 見ていてきない、というのはこういうことだろう。

「……これにしますか」

 アナリアがナールに向けて静かに言った。

 ナールもアナリアの言葉を受け、力強く頷いた。

「にゃ! いいアイデアだと思うにゃ」

「ほえー?」

 わかっていないテテトカは、ひとり首を傾げるのであった。

 休みの日、俺とステラは豆腐作りにチャレンジしていた。

 リビングには海水が入った木製のコップがずらっと並んでいる。

 このひとつひとつに、ちょっとずつ違う種類の海水が入っているのだ。

 小さなコップに海水が半分ほど、ジェシカの努力の成果である。

「すんすん……」

 ステラがぐるぐるとコップを手に取りながら歩き回っている。

「どうぴよ?」

 俺のむなもとにいるディアが首を傾げる。

「まぁ……良さそうなのはこっちですか……」

「ウゴ、においでわかるの?」

「故郷に近そうなモノを選んでます」

「ソムリエみたいだな」

 俺もためしに香りを確かめてみたが、さっぱり違いがわからない。

 ここはステラに任せるしかないな。

 子犬姿のマルコシアスはステラに抱えられている。

 くむくむと小さな鼻を動かしていた。

「多分、こっちがいいかもなんだぞ」

「ほうほう、マルちゃんもそう思いますか?」

「豊富な栄養を感じるんだぞ……!」

「さすマルちゃんぴよ!」

 やはりおおかみではなく、犬なのでは……。

「まぁ、失敗しても深刻な話ではないが」

 すでに海水は多くの種類が用意されている。

 残された問題は豆腐作りに向いた海水を選べるか、だ。

 大豆は俺の植物魔法で大量に生み出せるし。

「三十種類のうち、とりあえずこの七種類で試しましょうか」

「わふー。この十一番がオススメなんだぞ」

「わかった。明日、選んだ番号の海水をジェシカに頼もう」

 そうすれば、選ばれた海水がそこそこの量で届くはずだ。

 あとはその海水でにがり、豆腐を作ることになる。

「ウゴ、につめるのに、どうぐがあってよかったね」

「ああ、めたりかんそうさせる魔法具はナールの手元にあったからな」

「天日干しにしようかと思いましたが、そこは省けそうですね」

 にがりは海水をのうしゆくさせることで生まれる。

 濃縮の方法は天日干し、加熱……やり方は色々あるらしいが。

「ぴよ! じゃあ、トーフゥーはすぐたべれるぴよ!?

「ええ、意外と近いうちに食べられますよ」

 ステラがにっこり微笑む。

「ぴよ! たのしみぴよー!」

 そうして海水入りコップを片付けていると、げんかんからノックの音がした。

「ん? 誰だろう?」

「ウゴ! おれがでるね!」

 ウッドが玄関に向かい、扉を開ける。

 そこには着ぐるみのナナがいた。

「ウゴ、いらっしゃい!」

 珍しいな、休みの日にこうしてナナがやってくるとは。

「ふむ……何かあったのか?」

「気になることがありましてね。ちょっといいです?」

「ああ、今は大丈夫だ」

 ナナをリビングに迎え、話を聞く。

 ディアとマルコシアス、ウッドにはちょっと遊んでいてもらおう。

「これはテテトカが最初に気が付いたことなんですけど──」

 それから、ナナは自分で調べてきたことを報告した。

 どうやら魔物か、それに近い反応があるらしい。

「村の地下通路、その先ですか……」

「しばらくは置いておこうかと思ったが……」

 俺とステラは視線をわす。

 用意はしているが、タイミング的に後回しにしていたのだ。

「気になる点はあった。地下通路には小さなボムマッシュルームがいたしな……」

「どこからかほうが入ってきてるはずですしね」

「おそらく、水に乗ってきたんだと思う」

 ナナがお腹のポケットからスケッチ帳を取り出す。

 本当にそのポケットは便利だな。

「テテトカと測定した値がこう、こう変化して……」

 スケッチ帳には村の周辺地図がわかりやすく書いてあった。

 そこにナナがさらさらと書き込んでいく。

「やはり地下通路の先があやしいか……」

「もし成体のボムマッシュルームが大量発生するとマズいですね」

「近日中に調査を進めたほうがいいと思う」

 ナナがはっきりと断言した。

「そうだな……。冬至祭で外から観光客も来る。備えはばんぜんにしたい」

 せっかく観光客が来ても、魔物さわぎが起きたら台無しだ。

「ですね……。うれいは絶っておきませんと」

 豆腐作りには少し時間がかかる。

 海水を用意するのに、数日くれとジェシカから言われているのだ。

 冬至祭の山車のアイデアも募集中で、決める段階にはない。

「……地下たんさくのほうを優先するか?」

「僕は大丈夫ですよ」

「わたしも……ぴよちゃん祭りのために!」

「よし……それなら早速、明日にでも地下に向かおう」


地下探索再び


 翌日、厳選されたメンバーで俺たちは地下通路に向かった。

 俺、ステラ、ナナ、さらに調査要員としてイスカミナ。

 あとは──お手伝いの地下コカトリスと姉妹コカトリスだ。

「ぴよー」(地下、楽しそー)

「ぴよよー」(照らしちゃうよー)

 ぺかかーと地下コカトリスの目が光り、姉妹コカトリスが羽をばたつかせている。

 おやつ支給でやる気がみなぎっているな。

「お昼寝も飽きたので、おやつを食べたいそうです!」

 最後に通訳としてララトマ。正直な報告だった。

「僕はじよう戦力な気もしますけど」

「ま、まぁ……思ったより強力なメンバーになったな」

「ドラゴンの群れでも余裕ですね……!」

「もぐ! 今回も地下を調べていくもぐ!」

 ゴンドラから地下広場に降り立つと、地下の光るこけが俺たちを出迎えた。

 資材が色々と置いてあるが……ここから地下大河を下り、怪しい地点を調べていく。

「とりあえず半日程度の調査にしようか」

 調べるところまで調べて、植物魔法で封印をほどこしてもいい。

 分厚い木の板を置けば問題ないだろう。第一は安全確保だしな。

「わかりました……!」

 俺たちは地下大河に到着し、調査を開始した。

 相変わらず、この地下大河は美しい。

 地下で気温が低いので、少しひんやりとしているが。

 イスカミナが例のターンテーブルを設置し、地下のじようきようを調べ始める。

「もっぐもぐー! もぐっぐー!」

 シャカシャカ、ピッ! チェケラ!

 なんだかキレが増しているような……。

「お給料でターンテーブルを改良したもぐ!」

「なるほど……いや、それはこちらが費用を出すぞ?」

「気にしないでくださいもっぐ! 私がノリやすくなっただけもぐ!」

 ……完全にしゆの部分なのだろうか。

「ごきゅごきゅ……ぴよ」(ここのお水はうまー)

「ぴよよー」(うーん、きもちいー)

 コカトリスのみなさんは地下水を飲んだり、寝転がったりしてるな。

 まぁ、目はぺかーっとしているので役目は果たしている。

 少しすると、イスカミナが声を上げた。

「もぐ! 河の下流方面に魔力の反応もぐ。前はなかったもぐね!」

「やっぱりか……。前と変化が起きたんだな」

 どうやらテテトカのかんが正しかったらしい。

 植物魔法の『木造りのろう』で足場を作りながら、俺たちはそのまま地下大河を下っていく。

「ぴよー」(ぺかー)

「ぴよよー」(何にもなーい!)

「ふふっ、ありがとうございます、ぴよちゃん……!」

 一時間、二時間とけいかいしながら歩くが特に変化はない。

 魔物の物音も、痕跡も見当たらなかった。

 俺はポケットからかいちゆう時計を出し、コカトリスの目の光に当てる。

 明るいのでよく読める。

「うーむ、かなりの時間進んだな」

 ララトマがコカトリスを撫でながら声を上げる。

「こんなにこの河は長く続いていたんですね。そこに驚きかもです!」

 帰り道に警戒はいらないだろうが、そこそこの時間はかかる。

「あと一時間、奥を調べて何もなければ帰ろう」

「わかりました。仕方ありませんね」

 そのままさらに河を下ると、イスカミナが急に立ち止まった。

 何か見つけたのだろうか?

「もっぐ、もぐぐ……」

 イスカミナは川底を少し見つめると、身体からだかがめて砂をすくい取った。

「……何かありましたか?」

 イスカミナの手に、きらきらと光る砂がある。

「もっぐ。レインボーフィッシュの鱗もっぐ」

「むっ? まさか……その小さなりゆうみたいなのが?」

 俺はイスカミナの手元をじっと見た。

 小さな砂と砂の間、普通に見落としそうなほど小さい鱗があった。

「本当ですね……。レインボーフィッシュの小さな鱗です」

「こんなに小さな鱗は初めて見たな」

「ほわー。本当です! 小さいです!」

 鱗をぽりぽり、おやつにしているララトマも驚いている。

「よし、これは貴重な収穫だな。持って帰ろう」

 まさかここで発見があるとはな。

「ふむ、レインボーフィッシュの稚魚がここに来たのかな?」

 ナナも器用に屈んで川底を漁る。

 そしてすくい取った砂に、着ぐるみの顔をじーっと近付けた。

「……小さな鱗が数枚あるくらい、ですね」

ぐうぜんですー? 迷い込んだだけとか?」

「魚がいれば、さすがにわたしは気が付くと思いますが……」

 ただ、レインボーフィッシュは警戒心が強い。

 ここまで俺たちは普通に会話して、魔法を使いながら歩いてきた。

 仮にいたとしても、遠くへげてしまった可能性もある。

「ぴよー」(ぺかぺかー)

 うむ、地下コカトリスの光もまぶしい。これは逃げるな……。

 それから数分、皆で川底を調べてみた。

 しかし成果は小さな鱗が十数枚だけ。どれも小さく、稚魚の鱗だろう。

「これ以上の収穫はなさそうだな……」

「もぐ、もう少し進みますもぐ?」

「そうだな、あと一時間は進んでみるか」

 俺たちはさらに先へと進んでいく。

 ときおり川底を調べてみるが、小さな鱗しか見つからない。

 これ以上の成果はないか……?

 そろそろ帰ろうかとちらっとなやみ始めた頃──。

「ちょっと待ってください……! 空気の流れが変わりました」

 ステラがすっと腕を広げる。

「僕も感じました。広い空間になってそう……」

「村から二時間半か。かなりかかったな」

 距離にして十キロくらいか。

 川底は浅いから、二回目は馬で来れるが……かなりの距離だ。

「魔物の気配ではありませんが……」

「よし、しっかり警戒しながら進もう」

 地下大河が横にそれ、河の水が流れ込んでいるな。

 どうやらその先が広い空間になっているようだ。

 俺たちはゆっくりと流れにそって歩いているが……おかしい。

 息が白くなり、急激に寒さを感じる。

「……気温が下がってないか?」

「ええ、河の水が曲がってから冷えましたね」

 俺は皆のほうを見た。

「もぐ。あんまり感じないもぐ」

「これくらいなら、全然大丈夫です!」

「僕の着ぐるみは、ほかほか機能が付いてるから……」

「ぴよー?」(どうかしたー?)

 ……寒さを感じているのは、俺とステラくらいのようだ。

「どういうことだ? 明らかに異常な寒さだぞ」

 この世界で初めての寒さだ。

 今の季節に村で雨が降っても、息が白くなることはない。

「明らかに異常事態ですね。何かが、きっとこの先に……」

「ステラは大丈夫なのか、この寒さは」

「この姿で雪山をけ回っても、まぁ大丈夫なので」

 お、おう……こごえるのは俺だけのようだな。

 この寒さだと、数十分でヤバいことになる。

「さすがに防寒の魔法を使うぞ」

 俺は手のひらを自分に向け、【ツンドラのコート】を発動させる。

 保温性の極めて高い、コケ類のコートを生み出す魔法だ。

 前世のゲームではたいひよう性をする魔法で、今の状況にぴったりのはずだ。

 緑色の魔力がはじけると、ふわっと重みが身体全体にかかる。

 腕を見てみると、緑色のもこもこコートがしっかり生まれていた。

 うん、大丈夫……かなり温かい。一気に快適になった。

「良さそうですね……!」

「大して魔力は使わないからな。ステラにもかけよう」

 俺はステラに腕を向け、【ツンドラのコート】を使った。

 ……もこもこのパジャマみたいな姿だな。

 見た目がそれほど格好良くないのは、前世のゲームも同じである。

「ぴよ……」(じーっ……

 コカトリスから熱い視線を感じる。

 というより、実際に目が光っているのでものすごくまぶしい。

「どうやらぴよちゃんも興味があるみたいです!」

「大丈夫だ、遠慮しないでいいぞ。ララトマもどうだ?」

 正直、ララトマは見ているだけで寒そうに見えるのだが。

「では、お願いしますです!」

「よし、魔法をかけるぞ」

 俺はララトマとコカトリス相手にも【ツンドラのコート】を使った。

 あっという間にコカトリスたちも、もこもこ姿になる。

「ぴよぅ!」(やったぁ!)

「ぴよよー!」(もこもこだー!)

 地下コカトリスは目を輝かせて喜んでいるな。

「ふむ、やっぱり寒かったのかな?」

 コカトリスはあらゆる環境に強いらしいが、感覚面はまた別なのかもな。

 しかし俺の考えは的外れだった。

 コカトリスがコートに羽をばして──。

「ぴよよ……」(もしゃもしゃ……)

「ぴよぴよ~」(ほんのりあま~)

 ようしやなく【ツンドラのコート】を食べ始めた。

「おやつ的にも好評みたいです!」

 コカトリスはおいしそうにコケをつまんでいた。

「……まぁ、喜んでいるみたいですので」

 むしゃむしゃ、コカトリスの羽は止まらない。

 あっという間に【ツンドラのコート】はなくなってしまった。

「そうだな……」

 少し遠い目をしつつ奥へと進むと、さらに気温が低下しているな。

 地下大河の水はこおっていないが、地面やかべにはしもがついていた。

 もこもこ姿のステラが、壁に手を這わせる。

「この寒さは……ザンザスの第四層みたいですね」

「『氷雪のたき』か? 本で読んだだけだが……」

 ザンザスのダンジョン、第四層は極寒の世界と書いてあった。

 どこまでも吹雪ふぶきと氷原が続く。

 しかし一部の水は凍ることはなく、巨大な滝を形成しているのだとか。

「ええ、あそこにも凍らない水がありまして。ちょうど今の大河のようです」

 奥へ進むほど寒くなるのに、地下大河はやはり凍らない。

 流れも急ではないと思うのだが……。

「共通点があるかももっぐ」

「第四層の魔力が流れ込んでいたり、とかもありうるか」

 ダンジョンの構造は謎が多い。

 特に巨大なダンジョンは周辺に影響をあたえることもある。

 ザンザスもダンジョンの入り口に向かって、ひんぱんに魔物が向かってくるらしい。

「寒さは増すばかりだな……」

 普通の人間なら、防寒着がないと確実にマズいことになるな。

 地面も壁も天井も純白の世界だ。

 うーむ、すでに氷点下まで気温は低下しているか……?

 通路を歩き、広大な空間を目指す。

 大気も白く、げんそう的な光景になってきた。

「おおっ……」

 一面が氷と霜で覆われた広大な空間。そこに俺たちは到着した。

「キラキラしてるですー!」

「もぐ! 冬の高山みたいもぐー!」

 ララトマがいた広間と同じく、光る苔が生えているのだろうか。

 天井にはツララが生え、プリズムのように広間を映し出している。

 そこに地下コカトリスの目の光が組み合わさり、オーロラのようになっていた。

「ぴよー」(ふわー、凍ってるぅー)

「ぴっぴよー」(きれいだねー)

 一方、ステラは静かにへきめんを撫でていた。

「雰囲気が第四層そっくりになってきましたね……」

 ナナも研究用に、羽でごりごりと壁をけずっている。

「うん、魔力のうも高いね」

 それは俺も気が付いていた。首の裏がぞわぞわする。

「魔物がいるかもしれません」

 俺たちは頷き合いながら、広間の奥へ足をみ入れる。

 そこで俺はつるっとすべりそうになった。

「うおっ、足元に注意しないとヤバそうだ」

 ここの地面はよく滑る。一面の氷で遠近感も摑みづらい。

 意外と危ないな……。他のみんなは大丈夫だろうか?

「もぐ! しっかり足元を踏みしめるもぐ!」

しんちようにです!」

 おお、イスカミナとララトマの足取りはしっかりしている。

 そういえば、ドリアードが転んだ場面とか見たことない。

 ステラやナナ、コカトリスもちゃんと歩いている。

 もしかしてここでも俺が一番、足取りが危ない……!?

「段差があるみたいですね。数段階にわたっていますので、気を付けましょう!」

 ステラが広間の奥を指差す。数十センチほどの氷の段差だ。

 段差ごとにじよじよに下がっているようで、それが数メートルかんかくで連続している。

 映画館やスタジアムの座席みたいな段々だな。

「ぴよっ!」(ぴょん!)

「ぴよよーっ!」(ジャーンプ!)

 コカトリスたちは躊躇なく段差を飛び越える。

「「ぴよっ──!!」」(着地──!!

 すちゃっとうまくポーズを取る。すごいバランス感覚だな。

「よいせっと……」

 俺はゆっくり段差を越える。

「ふうふう……」

 ナナは苦労しているな。その着ぐるみはどう考えても、段差に向いていない。

 しかしくじけることなく、俺たちは段差を進んでいく。

「下がるごとに寒くなっていくな」

 気のせいではないはずだ。霜はより厚く、風に舞う小さな雪は多くなっている。

 俺たちのそばを流れる地下大河だけはさらさらと流れていた。

 それ以外は完全に雪国の光景である。

「魔力も……さらにくなっているな」

 段々を下りながら、イスカミナとナナは地面から試料を採取する。

 地面や壁を削ってガラスの容器に入れていくのだ。

「ふむふむ……。やっぱり魔力で形成された氷だね」

「もぐ! 自然の雪山とは違うもぐー」

 俺たちは警戒しながら周囲を見張る。白く、雪が舞うせいで視界は良くない。

 コカトリスも頭をぐるぐる動かし、周囲を照らす。

「広間の先はまだ続いているのか……?」

「おそらく……。まだまだ続いてそうです」

 ステラが目を細め、広間の奥を見通そうとしていた。

「これ以上第四層に近くなるなら、寒冷地用の装備が必要ですね。帽子やくつ……」

 俺は足元の粉雪をしっかりと踏みしめる。

「そうだな。とにかく視界と足元が悪くなっている」

 食料品や装備も俺の植物魔法でカバーはできる。

 しかし俺に何かあると【ツンドラのコート】も解除されてしまう。

 奥に行き過ぎるとてつ退たいも難しくなるからな。とりあえず大きな変化があるのはわかった。

「この広間を調べたら、一回引き上げよう」

 他のみんなからも異論はなかった。ララトマがコカトリスに呼びかける。

「はいです! ぴよちゃんもそろそろ帰りますですよ!」

「「ぴよ!」」(はーい!)

 うん? コカトリスは全部で四体だが、あの二体は何をしてるんだ?

 移動に手間取っている間に、二体だけ地面をったり、っついたりしている。

「ぴよよ」(もうちょいー)

「ぴよよー!」(あと少しでり出せるー!)

「んー? 地面に何かあるみたいですー?」

「本当か!?

 氷の下に何かあったのか──コカトリスに駆け寄ろうとしたしゆんかん、地面が揺れた。

「エルト様、奥から……!」

 ステラがしゅっとバットを構える。

 天井からぱらぱらと氷が落ちてきた。

 巨大な何かが、こちらに向かってきている。視界が悪いせいでいまいちよく見えないが……。

「アイスゴーレムです!」

 ステラがさけぶと同時に、氷のたまが飛んできた。

「いきなりこうげき!?

 握りこぶし大の氷の弾がステラのもとへ降り注ぐ。

「ていっ!」

 れいに身をひねり、ステラは氷の弾をかいした。

 一瞬、まさにひやっとした。

 その間にも広間の奥から魔物がゆっくり近づいてくる。

 しかも一体だけじゃない。ひびきとうすぼんやりとした影からすると、複数いる。

「迎えちますっ!」

 俺もばやく、事前に決めていた指示を出す。

「ララトマ、イスカミナ! コカトリスと後ろへ!」

「は、はいですー! ぴよちゃんー!」

「もっぐー!」

「ぴよよー!」(ほいほーい!)

「ぴよぴー!」(こうたいこうたいー!)

 姉妹コカトリスたちがララトマとイスカミナを胸毛に収納し、後方に移動する。

 これで彼女たちの危険は大きく減った。

 ナナがお腹のポケットから、するすると身のたけほどのやりを取り出す。

 てってれー。そんな感じでナナが槍を掲げる。

「めらめら槍~」

「おお、燃えてる……!」

 ナナが取り出した槍は、さきから赤いほのおが燃え上がっている。

 火の属性を持つ魔法具か。この状況にぴったりだな。

 地響きが大きくなるとともに、白いもやの先から魔物の姿が見える。

 俺たちの身長の約二倍ほどの巨体だ。

 凍りついた体に巨大な白い花がいている。

 その姿を見たステラとナナが一瞬、動きを止めた。

「なにあれ?」

「わたしも知りません! アイスゴーレムに似ていますが……!」

 まどう二人だが、俺には前世のゲームで見覚えがあった。

「あれは……フリーズブルームか」

「フリーズブルーム……!?

 どうやら聞き覚えがないらしい。

 フリーズブルームはゲームの期間限定イベントで現れた、植物系の魔物だ。

 戦えた期間が短かったので、ゲーム内でも極めてレアな魔物だった。

 やつかいな性質は持っているが、そこまで強敵ではない。

 フリーズブルームの花の部分に魔力が集まり──氷の弾が発射される。

「【れ枝のたて】!」

 俺は素早く右手を出し、空中に木の盾を生み出した。

 大したぼうぎよりよくはないが、自動的に敵の攻撃を防ぐ魔法だ。

 フラワージェネラルの弾だとかんつうするが、この氷の弾であれば、問題なく耐えられるはず。

 バキィッ!

 冷気のかたまりが木の盾に直撃し、木の盾が砕け散る。

 しかし氷の弾は防ぎ切った。

 さらに広間の奥から氷の弾が発射される。

「とうっ!」

 ナナが華麗に槍を振り回し、氷の弾を打ち落とした。

「せえい!」

 しかし一番すごいのはやはりステラだ。バットを振り、氷の弾を打ち返す。

 氷の弾はフリーズブルームの花に見事、命中した。

「フラワーアーチャーっぽい姿ですからね、これで……!」

 フリーズブルームがよろめく。

「いや、コイツは確か……」

 フラワーアーチャーなら、花の部分に攻撃すればたおせる。

 しかしフリーズブルームは……違ったはずだ。

 よろめきからフリーズブルームは体勢を立て直し、こちらに進んでくる。

 俺は前世のおくを辿っていく。

「そうだ、後ろの球根をかいしないと効果がない!」

「ええっ!?

 白い雪で視界が悪くて見えないが、あのフリーズブルームは球根とつながっている。

 細い根が伸びており、その奥にある球根を破壊しないとダメなのだ。

「コイツらが来た先に大きな球根があるはずだ!」

 ナナがステラに目配せをする。

「どうする? 僕たちで行く?」

「そうしましょう! 少しの間、お任せしていいですか!?

 ベテラン冒険者だけあって、素早い判断だった。

「わかった! 俺は盾があるから大丈夫だ!」

 フリーズブルームの花に再び魔力が集中する。

 また氷の弾を発射する気だ。

 ステラとナナが走って奥に回り込もうとする。

 位置関係が変わったことで、フリーズブルームの攻撃がこちらに向く。

「【枯れ枝の盾】!」

 これはそれほど強い魔法ではないが、連続発動が可能だ。

 俺の目の前に三個の木の盾が生み出された。

 フリーズブルームが氷の弾を発射する。

 木の盾は自動的に弾のどう上へとすすっと動き、攻撃を受け止める。

 とはいえ、木の盾は一発攻撃を受けるとこわれてしまうが。

「時間かせぎには最適だな」

【枯れ枝の盾】は初級の植物魔法、俺の周りしか守れない。

 この世界ではゲームの中より人間の魔力が少ないため、燃費は悪いが……。

 きたえた俺の魔力なら、安全に攻撃を引き受けられる。

 ステラとナナの姿はもう見えないが、きっとうまくやってくれるだろう。

「ゆっくりね!」

「せーい!」

 ドッゴーン!

 白い雪の向こうからごうおんが聞こえてきた。

 ちょっと前、ブルーヒドラと戦った時に聞いたような……。

「大丈夫か!? 轟音がしたが!?

「問題ありません! ちょっと段差を越えるのに、シュートしただけなので!」

 何を? そう、きっとナナをだ。

 あの着ぐるみで段差を登るのはキツいかもと思ったが。

 フリーズブルームの花はまだこちらを向いている。

「来いっ……!

「「ぴよー!」」(とつげーき!)

「えっ!?

 いきなり俺の後方から、二体の地下コカトリスが飛び出してきた。

「ちょっ……!

 コカトリスはがんじようだ。この氷の弾でもダメージは受けないだろう。

 ちらっと後ろを見ると、姉妹コカトリスはララトマとイスカミナを守っている。

 手が空いているコカトリスが突っ込んできたのか。

「ぴよー!」(とびげりー!)

「ぴよよー!」(つっつきー!)

「ぴっぴよー!」(ちょっぷー!)

 二体のコカトリスはそれぞれ、フリーズブルームに攻撃を仕掛ける。

「いや、そいつらに攻撃は──」

 コカトリスは猛スピードでフリーズブルームにげきとつする。

 フリーズブルームはよろめくが、それだけだ。

 さっきのステラの弾き返しと同じで、目立った損傷はない。

 フリーズブルームの花にまた魔力が集中する。

「……撃ってくるぞ!」

「「ぴよ!」」

 ぺちー! コカトリスたちが魔力の集まった花を羽でビンタした。

「んっ?」

 叩かれた瞬間、フリーズブルームの花から魔力が散った。

 フリーズブルームはまた体勢を崩すが、すぐに立ち直る。

「また魔力が集まるぞ……!」

「ぴよ!」

 ぺちちー! 再びコカトリスがフリーズブルームの花をビンタする。

 そうするとまた花から魔力が消え去った。

「んっ? もしかして……」

 コカトリスが攻撃するたび、花の魔力が散っているな。

 どうやら羽ビンタで完全に魔力がなくなるようだ。

「氷の弾が……ずっと撃てない?」

 ぺちぺちぺちんー!

 何回花に魔力が集まっても、コカトリスのビンタでキャンセルされる。

 後ろからコカトリスの胸毛に守られているイスカミナとララトマの声がした。

「もっぐ……小さな魔力だから、消えてるもぐ?」

「ブルーヒドラより弱い魔力ですから!」

「どうやらそうみたいだな、かんぷうしている」

 フリーズブルームは巨体だが、氷の弾以外の攻撃方法を持っていない。

 その代わり、球根を壊さないとダメなのだが。

「氷の弾を封じ込められるなら、危険はないな……」

「もぐ! ステラとナナのほうはどうもっぐ?」

 イスカミナが声を上げた瞬間、フリーズブルームの体が崩れ始めた。

 巨体と花がガラガラと音を立て、ひび割れて──壊れていく。

 もう花に魔力も集まっていないな。

「おっ、ちょうど球根を壊したようだな」

「さすがですー!」

「ぴよー!」(やったー!)

「ぴよよー!」(おっけー!)

 コカトリスもフリーズブルームのほうかいを理解したようだ。

 羽を掲げながらたぷたぷとおどりしている。

「もぐ。見たことない魔物だったもぐ」

「俺もよく知っているわけではないが……」

 前世のことは秘密だからな。一応、こう言っておく。

「ちょっと暖かくなってきましたです!」

「ん? そうだな、舞い散る雪も減ったような……」

 ララトマの言う通り、気温が上がっている。

 すぐにわかるほど広間の冷気が弱まっているのだ。

「あの花の魔物を倒したおかげもぐ?」

「多分、そうだろうな」

 ゲームでは気温にかかわることは起こらなかったはずだ。

 しかしこれほどの魔力なら、変化があってもおかしくない。

「でも村の気温に比べるとまだかなり寒いな」

 少し暖かくなったが、氷や霜は完全になくなってはいない。

「まだあの花の魔物がいるかもです?」

「可能性はあるな。フリーズブルームのせいでこの冷気が生まれていたとしたら……」

 そこで広間の奥からステラとナナが戻ってきた。

「ただいまです!」

「ああ、おつかれさま。こっちは大丈夫だが……」

 ステラの後ろを歩いているナナは、雪でかなり白くなっていた。

「これは雪と霜だから……大丈夫ですよ」

「そ、そうか。お疲れさまだ……」

 俺の思った通り、ナナは投げられていたみたいだな。

 着ぐるみにたっぷり雪がついてる。

「ぴよぴよー」(きれいきれいー)

「ぴよよー」(ぱたぱたー)

「わっ、れいにしてくれるの? 助かるよ」

 コカトリスがナナのもとにささっと集まり、羽で雪を払っていく。

 ステラがすすっと俺に近寄り、おずおずと聞いてくる。

「向こうに球根がありますが……何かに使えたりしますか?」

 いい勘をしているな、その通りだ。

「フラワーアーチャーの根と同じで、使い道はちゃんとあるぞ」

「……ちょっとへこんでいますが」

 ステラが目をそらす。

 そうしてフリーズブルームのもとに移動すると……球根は派手にへこんでいた。

 ……バットの形に。