王女と手紙


 ブルーヒドラの決戦から少し前のこと。

 ヒールベリーの村からはるか東、大陸の東方にいくつもの小国がある。

 深い森、温暖な気候──東方の国のひとつ、エストーナ王国。

 青白い月がらめき、木造のきゆう殿でんやさしく照らしている。

 宮殿はさほど広くはなく、ゆったりとした造りの二階建てであった。

 宮殿の中庭で、王女のモネットが緑茶を飲みながら書類に目を通していた。

「みゃ……」

 モネットはゆらゆらと白いしつを揺らしながら、しよくだいの光をたよりに報告書を読んでいた。

 エストーナはエルフが数多く住む国であるが、今の王家はニャフ族である。

 王家の指輪をはめた、しろねこの王女──それがモネットだ。

 報告書の内容はあまり良いものではない。国内のものじよが進んでいない知らせだった。

「やはり、国外に助けを求めたほうがいいみゃ」

「……大臣たちは良い顔をしないでしょう。国民たちも、ですが」

 答えたのは側近の女官だった。かのじよはエルフ特有の耳をぴくつかせる。

「他の東方の国にも残念ながら、余力はありません」

「私は何度も提案してるみゃ。それならもっと遠いところに助けを求めるべきみゃ」

「我ら、東方の国は大陸中央とも長く交流がありませんでしたからね」

 魔物の生息域と森林地帯によって、エルトたちの住む大陸中央と東方は切りはなされていた。

 戦乱が終わり、交流が復活したのはここ五十年ほどだ。

 それまでは本当にわずかなれんらくと品物が行き交うだけであった。

「とはいえ、限度があるみゃ。力のある国は、たくさんあるみゃ」

 モネットは数年前にエルトたちの国、アルネスト王国に留学していた。

 アルネスト王国は他国の貴族を積極的に受け入れている。

 モネットにとってはアルネスト王国はおどろきの連続であった。

 比べて、このエストーナ王国はへい的、保守的すぎる……。

 モネットは報告書をわきに重ねると、次は手紙の数々を読み始めた。

 多くは単に消息をかくにんする手紙や国際イベントのさそいである。

 その中にモネットは気になる手紙を見つけた。

 赤いしずくもんしようされた手紙である。

「にゃう、これはトマトじゆうの紋章……ナナからみゃ!」

 モネットとナナは留学時代からの友人であった。

 今でも手紙でのやり取りは続き、消息を知らせてくれる。

「ふんふん、みゃ……」

 モネットは友人からの手紙を食い入るように読み進める。

 ある程度読んだところで、モネットは大きくのけ反った。

「みゃ! あれは本当だったのかみゃ……?

「何か大変なことが書いてありましたか?」

 モネットが手紙を読んでのけ反ることはめずらしい。

えいゆうステラが現れた、といううわさは知っているみゃ?」

「少し前からそのような噂がありますね。なにぶん、遠くのことではありますが」

「ナナの手紙はザンザスからみゃ」

「なんと……! それでは、まさか……」

「そうみゃ、別件で行ったときに確認をしたみたいみゃ」

「それで、しんのほどは……」

 側近もしんけんおもちで前のめりになる。

「本物、ナナはそう判断しているそうみゃ」

「それは……本当にあのとうしん、ドラゴンを投げ飛ばしてたおした者、リヴァイアサンをもぐりで倒した者、みん不休で四日間戦い続けた者、史上最強のエルフ、英雄ステラ様でしょうか?」

「大半はちようみゃ」

「失礼しました、数々の伝説がありますゆえ……」

 英雄ステラの名は東方の諸国にひびわたっている。

「本物のステラ様であれば……やるべきコトがあるみゃ」

 尻尾をりながらモネットは机の上の筆に手をばした。

「モネット様、ちょうどアルネスト王国から記念式典の招待が来ています」

「それは実に好都合みゃ」

 モネットが筆にインクをませ、手紙を書こうとしたところで──モネットの王家の指輪から黄金の光が放たれ始めた。

「みゃっ!」

 光が放たれると同時に、モネットがさっと指輪を反対の手でおおう。

 モネットが指輪に魔力を送り込むと、指輪の光はじよじよに小さくなっていった。

だいじようでございますか……?」

「……問題ないみゃ」

 モネットは身体からだふるわせながら答えた。

 王家の指輪には古代のしき魔力がふうじ込められている。封印をするためには、所持者が魔力を送り込み続けなければならない。

「その指輪も、なんとかしませんと……!」

「無理みゃ。この国で最も魔力が強いのは、私みゃ」

 モネットは首を振った。

 エストーナ王国において、モネットはずいいちの魔力を持っている。

「モネット様……」

 しかしそれでも、封印が大変な負担であることを側近は理解していた。

 生暖かい秋風がき、雲が月をかくし始める。

 モネットは白い尻尾をふにっと揺らした。

「みゃ……。これは私の責務みゃ。英雄ステラのまつえいとしての、義務みゃ」