アリエル一行がビーリー子爵領の領都を発って早五日。街道を行きながら、遂にオルコット子爵領の領都まであと半日というところ。辺境地は街道沿いだけではなく、魔物の襲撃を防ぐ意味でも、関所や砦が築かれているが、先に独立派が押さえていた為、アリエル一行が足止めされることもなかった。

 しかし、関所や砦で捕らえられなかったからと言って、一行の安全が完全に保障された訳でもない。独立派がアリエルを亡き者にと考えているなら、道中で襲う必要もない。懐に迎え入れた後にどうとでもできるのだから。そんな独立派への懸念もある中で、クレアの眷属……契約者たちの襲撃は、収まるどころか苛烈の一途を辿っていた。

 今もまた、襲撃を受けている真っ最中。

 馬車を目指して疾走する人外の兵たち。その動きは直線的で迷いがない。それ故に早い。襲撃を受ける側としては、近付かれる前に始末したいと考えるのは当然のことであり、馬車の屋根に上り『銃弾』をばら撒くアルの姿がそこにあった。速射を優先することで一撃必殺とはならないが、人外の兵たちの動きを鈍らせるのには成功している。しかし、敵は元より命を棄てての襲撃の様相。手足が千切れようとも止まりはしない。向かってくることには変わらない。完全に動きを止めるには殺すしかないという状況が展開されている。

 一目散に向かってくるだけという、愚直な襲撃は稚拙と言うしかないが、場の選択はまさに妙技。関所や砦から離れており、他者の往来がない頃合いで襲ってくる。徹底して目撃者や巻き添えを出さないようにしているのが、襲撃を受ける側にも分かるほど。統制された動きや意図がそこにはある。それ故に、度重なる襲撃はこれが最後だろうとアリエル一行は認識していた。もはやオルコット子爵領の領都は目と鼻の先。この先は、街道に関所や砦が詰まっており、目撃者となる者も多くなる。これまでの傾向から、襲撃をするならまさにココだろうと目星を付けていた地点。そして、まさにその地で襲撃を受けたという流れ。

「アル様。今回はかなりの数がいるようです。それに……異質な気配を纏っている者も……」

「あぁ、何となく嫌な匂いは感じてる。ヴェーラも感知できるなら余程だね」

 街道に沿って襲ってくる者はアルが対処。視界不良な街道横の森からいきなり出てくる者については、基本はヴェーラとエイダが対処し、その討ち洩らしをアリエルの護衛たちが更に相手をするという役割分担となっている。ちなみに、セシリーとヨエルは、念の為にアリエルに張り付いていた。

「……引いたか?」

 エイダがぼそりと呟く。これまでの襲撃のパターンは、一斉に向かってきて、ある程度を撃退すると収まる。次にまた一斉に向かってくる……という繰り返し。寄せては引く波の如し。これまでは多くても三度ほどだったその襲撃の波が、既に五度目。今は次の襲撃までの小休止といったところ。未だに周囲には濃密な死と闇の気配が漂い、これで終わりという訳でもない。

「ええ。とりあえず、兵たちは引いたようです。しかし、異質な気配を持つ指揮官と思しき者に引く気はないようです。再度の襲撃が予想されます」

「指揮官……ビクター殿やあの聖堂騎士のおっさんみたいな役どころだろうね」

「話に聞く限りはそうかと……」

 クレアの眷属であり、人外の兵を召喚する能力を持つとされる者。ビクターやウォレスと同等の能力者。契約者。

 ヴェーラ自身は実際に遭遇したことはないが、マナや気配を視覚化できる彼女の瞳には、クレアと似た気配が視えている。もっとも、彼女が《王家の影》にいた頃は、その実力差故にかクレアの気配を一切〝視る〟ことができなかった為、あくまで雰囲気での判断となるが。

「手っ取り早くそいつを叩くことはできないのか?」

 話を聞いていたのか、エイダが近付いてきてそんな問いをアルとヴェーラに投げる。

 方法がない訳でもない。ただし、人外の兵が情報を共有していると確信するアルとしては、また一つ切り札を失う。クレアにも知られてしまうと考えている。

「(……いや、待てよ? むしろ情報がクレア殿にまでいくというなら、逆に手札を見せている方が良いのか? 戦いとなった際のちょっとした擬態に……まぁ戦うと決まった訳ではないけど……)」

「……ん? どうしたんだ、アルバート殿は?」

 アルが黙り込んだことでエイダが不審に思うが、ヴェーラが『アル様のいつものこと』だと、そっとフォローする。そんな従者の気遣いを余所に、弾かれたようにアルの思考が戻って来る。

「ねぇヴェーラ。僕には何となくの方向くらいしか判らないんだけど……君には、指揮官と思われる相手の気配が〝視え〟ているんだよね?」

「はい……あくまで薄らとですが視えています。アル様は何を?」

 女神がこの世界に招いたという使徒故なのか、その身に宿った女神の一突きの効果なのか、アルは死と闇の気配を感知できる。しかし、今回はかなりの距離があり、いつもよりもぼんやりとしか判別ができない。召喚する兵が枯渇するのを待つか、相手が近付いてくるのを待つか。ただ、延々と人外の兵を相手取ることにうんざりしているのも事実。

「切り札を晒すのはアレだけど……エイダ殿が言うように、手っ取り早い方法で行こうかとね。ヴェーラ、悪いんだけど僕の眼になってくれないか?」

 アルの考え。ヴェーラを観測手スポツターとして敵を『狙撃』する。共同作業。


◆◇◆◇◆


「くく。何度見ても凄まじいな。使徒の抜け殻と言えど、平均的な貴族家の私兵など相手にならんほどの強さを誇るんだがな。クレア様が気に掛けるだけのことはある」

 壮年の男が一人。名はダライアス。人外の兵たちの召喚者であり、クレアの眷属としては古株。力在る契約者だ。

 一方的に、呆気なく千切られる兵たちを見て呟く。使徒の抜け殻である人外兵は、確かに女神の力に向かっていくだけではあるが、その力量は決して弱い訳でもない。これまでにも何度となく繰り広げられた光景ではあるが、それを仕向けたダライアスが、アルたちの戦力に目を見張るのも当然のこと。

「それが例の視覚の共有というやつか。これほど離れていても〝視る〟ことができるとは便利なものだ。……それはそうとしてダライアス殿よ。我々ルーサム家は、基本的にクレア一派のやることに口も手も出さんが……ここから先は違うぞ? 無関係の者や無辜の民すら巻き込む可能性がある。一線を越えるならこちらは介入する。民への被害は許さない」

 ダライアスの傍らにはもう一人。監視の任を持つルーサム家の手勢。ごく自然に気配を消しており、その存在感は驚くほどに〝薄い〟。

「委細承知。安心なされよ、クスティ殿。クレア様は無駄に民の血を求める御方ではない。それにアリエル嬢についても、このような襲撃で命を奪えるとは思っておらん。いわば警告のようなものだ」

「……ふっ。その警告とやらで、ここまで兵を損耗するのは笑えないのでは?」

 クスティと呼ばれた壮年の男は、ダライアス……ひいては人外の兵たちに薄気味悪さを感じている。まるで〝死にたがり〟の集団だと。そして、彼のその感覚は間違っていない。

「クスティ殿よ。それこそ何を今さらというところだな。貴殿も使徒の抜け殻……兵たちのこと、本当は分かっているだろうに」

「(……やはりそのままなのか? 連中を死なせる為に襲撃をしている? ……よく分からん連中だな)」

 ダライアスの目的はアリエルの命ではない。もちろん、あわよくば……という欲目はあるが、真の目的は〝間引き〟。冥府の王側の使徒のなれの果てである人外の兵たち。実のところ、クレアも想定外ではあったが、抜け殻となった彼ら彼女らが強く求めるようになったのだ。自らの死を。

 人外の兵たちは、これまでもクレアの手勢として、戦いの中で死ぬこともあったのだが、特に自らに死を求めるような行動はなかった。そこまでの自我がなかったとも言える。

 ちなみに、クレアが眷属化する前は、死の安寧から現世へ呼び戻されるという常軌を逸した状況を前に正気を保てず、再び死の闇に抱かれることを強く強く望んでしまうような存在だった。自死を封じるという、冥府のザカライアの呪縛を受けていたから猶更のこと、死へ羨望が見られていた。その羨望と苦しみを一手に引き受けたのがクレアという存在。依り代だ。

 しかし、ここ最近は抜け殻である筈の肉体の方が『早く死なせろ』と、強く訴えるようになっていた。これまでにはなかったこと。

 そもそも、彼ら彼女らの自我とも言えるモノは既にクレアが取り込んでいる。残された肉体は抜け殻のようなモノ。その抜け殻が死を希求するとは……クレアは、計画が順調に進んでいることを確信した。これはその反作用だと。クレアの中に取り込まれた使徒たちが求めているのだ。神の死を。

 それは破綻した発想の飛躍。己に都合よく解釈した結果に過ぎない。

 だからクレアは気付かない。使徒の抜け殻の制御が利かなくなっているということに。神々ではなく、〝物語〟が修正しようとしているなどと思いもしない。

「……そろそろ人の流れも多くなる。ダライアス殿やクレア殿の狙いは知らないが、切り上げ時であろう? それとも、ルーサム家を敵に回すか?」

「確かに。では、次にひと当たりすれば、撤収することにしバ……ッ……!?

 この時、東方最強たるルーサム家私兵団のクスティも、想像だにしていなかった。危機を察知することができなかった。

 それほどに遠く速い一撃。

 ダライアス。クレアの契約者であり、眷属としては古参の者。

 彼が口にした『次のひと当たり』が実行されることはもうない。


 狙撃。


 正確に敵指揮官であるダライアスの頭部を吹き飛ばす。

 シグネにビクター。ここぞという場面で、最も有利な一射目を外していた精度の甘さが、今回に限ってはなかった。想像の埒外の長距離からの無慈悲な精密射撃。

 頭部を消し飛ばされ、いっそ呆気ないほどにダライアスは死出の旅へ。その実力を発揮する以前に、己の死を認識する間もなかったことだろう。

「ッ!?

 弾かれたようにクスティが反応するが、その反応すらも既に遅い。だが、流石にルーサム家の手練れであり、一気に距離を取り気配を消す。もはや至近距離ですら彼を捉えることは難しい。

「(何だ!? あのアルバート・ファルコナーの魔法か!? ……まさかこの距離を狙えるのか? ははっ! いっそ馬鹿馬鹿しいな。マナを認識することもできなかった。恐れ入ったよ。ファルコナー本来の技とは真逆の脅威だな)」

 冷静に分析しながらも、クスティの背には冷たい汗が流れている。アレは不味いと。もし自分が狙われても、殺気すら感知できない距離と速度。為す術が圧倒的に少ない。ルーサム家の精鋭たる軍団長たちならば、認識の外から異常な速度で狙われても、瞬間的に逸らす、躱す、耐える……というデタラメが可能かも知れない。だが、クスティは自分でソレを試すには危険過ぎる魔法だと判断した。

 アルの脅威度が一気に跳ね上がる。ルーサム家の手練れが本気で警戒するほどに。


◆◇◆◇◆


「……仕留めました」

「……だね。流石だ。やはりこういう狙いはヴェーラの方が向いているようだね」

 一方で、『狙撃』を放ったアル……とヴェーラ。

 アルにも自覚があった。『自分には遠距離狙撃のセンスがない』と。辛うじて的に当てることはできても、一撃必殺というには照準が甘い。距離が離れれば離れるほど急所を適切に狙い撃つのが難しい。当たり前のことではあるが。

「……アル様。い、いえ……必要なことだと言うのは分かるのですが、そ、その……少し気恥しいのですが……」

「え? あ、あぁゴメン。離れるよ」

 アルはヴェーラを後ろから抱き抱えるようにして狙う先を指差していた。

 魔法については、特に指先から放つという縛りはないが、マナを重ね、ヴェーラが狙いを定める為の分かり易いポーズとして。

 特にアルは気にもしていないが、ヴェーラの緊張と気恥ずかしさを察して流石にすぐに離れる。

「……す、すみません。従者としてこのようなことを気にするものではないと分かっているのですが……」

「え? 別に謝ることもないけど?」

 そんな二人の様を見て、エイダは思う。

「(仲がよろしいことで……)」

 イラっとする気持ちがない訳ではない。見せつけやがってと。

 ヴェーラに狙いを任せ、アルはただ『狙撃弾』を放つだけという役割分担とした。マナを感応して重ねることで、狙い通りの場所に放つこともできた。想定していたよりも上手く事が運んだ。兵の召喚者を一撃で仕留めるという上々の結果。

「これは使えるね。これだけの距離を狙い撃てるなら、化け物連中にだって一泡吹かせられるだろうさ」

「……しかし、今の魔法は普段使っているのと違い、連射はできないのではないのか?」

「外れたらスタコラさっさと逃げれば良い。化け物相手でも、コレだけ距離があれば逃げやすいしね」

 アルとエイダでは「戦う者」「戦士」としての考えに少し違いがある。これは一族の慣習による差とも言える。ファルコナーとヴィンス一族の違い。

 ファルコナーは逃げることを恥と思わない。最終的に生き延びた者が勝者という考えが根底にある。姑息な手であっても、必要であれば躊躇はしない。

 一方、エイダの根底にあるヴィンス一族は、どちらかと言えば、強き相手と堂々と戦うこと自体を名誉とする気風。逆に言えば、弱者相手の戦いには価値を見出さないという傲慢な一面もある。だからこそ、アルのことを弱者と侮った過去のエイダは、価値のない弱者相手ならば、拷問すら厭わなかったのだ。結局、当時のエイダの目論みは覆され、取り返しのつかない惨事を招くことになったが。

「逃げる……か。確かにそうだな。戦いを始めたからといって、どちらかが死ぬまでやり合う必要もない……」

「そうそう。ま、それぞれに信念なり流儀もあるだろうから、軽々しく否定も肯定もできないけどね。エイダ殿はセシリー殿より後に死なないと誓ったそうだけど、貴女が死んだ後、間を置かずにあっさり彼女が死ぬとしたらどうだ? そう簡単に死ねないとならないか?」

「……確かにな。アル殿の言にも一理ある。主とした者をあまり否定はしたくないが、セシリーは戦士としては弱いからな。アレほどの魔法を持ちながら、勿体ない気もするが……私としては、彼女には今のままであって欲しいという気もする」

 エイダの想い。これまでは戦士としての強い弱いが価値観の大部分を占めていたが、己の弱さと向き合ったこともあり、戦士としての強さだけが全てではないと知った。世の中には、戦士より弱いにもかかわらず、別の一面では戦士を遥かに凌駕する者もいる。戦士としての強さ以外の強さもあるのだと……エイダはその身を以て知った。。

 ただ、そんなエイダの想いを、アルは内心で否定する。いや、彼女の変化そのものではなく、セシリーへの所感を否定するというべきか。

「(過去のエイダ殿を詳しくは知らないが、恐らくは良い変化なんだろう。多様な価値観を認められるというのは。でも、セシリー殿については別だ。彼女が今のまま、戦士として弱いままだと……あっさり敵に回る可能性もあるんだよな……)」

 アルの懸念。クレアの操り人形と化した神子セシリーと……あの凶悪な、白いマナの風魔法と戦う嫌な未来がちらついてしまう。