結局のところ、ダリルの思惑は単純明快。『セシリーの分まで自分が』というある種の独善的な自己犠牲のままに動いている。その押し付けを、想い人であるセシリーが受け入れるかは別として。

「……それで、ダリルは私の神子としての運命? とやらも何とかしようと?」

「ええ。クレア殿と行動を共にしているのは、それが主な理由と言っても良いかと。私にはよくは分かりませんが、少なくともダリルは『女神の力を制御するようになり、クレア殿の言葉が嘘でないことが改めて分かった』とも言っていました。彼にはそれなりの確信があるのでしょう」

 セシリーの神子としての運命を奪い去る。具体的に何をするのかは皆目見当もつかないが、何らかの方法があるとダリルは確信しているという。まさかとは思いつつも、超越者であるクレアであればもしかすると……と、アルやヨエルなどは思ってしまう。そう思わせるだけのナニかが彼女にはある。良くも悪くも。

「(神子の運命ねぇ。ダリル殿の想いはそうであっても、クレア殿は? まさか彼の想いに心を動かされたなんてことはないだろうし、当然に無償奉仕の訳もない。そこには何らかの意図や目的があるだろうね)」

 アルは自身の今後の身の振り方をと考えているが、アリエルの話を聞くにつれて確信に近い想いを抱く。自身に選択の余地が残されていないと。女神に喚ばれた使徒としての影響なのか、それとも、ここに来て〝物語〟の強制力なのか……はたまた自身で選び取った道なのか。

『神子を護る』

『クレアの目論みを阻む』

 アルはそんな目的……衝動のようなモノが、自身の中に芽生えているのに気付いた。

 この世界は現実であり、個々が意志を持っている。必ずしも〝物語〟の想定通りに行く筈もない。

 確かにそんな風に考えてはいたが、時には意志云々ではどうしようもないことも起こり得る。己の出自、立場、利害による関係、抑えられない感情……誰しもが何らかのしがらみや意図によって踊らされている。それは現実世界であっても同じ。むしろ現実故のこと。仕方ないと流されることも多いのを知っている。それらに納得できるかは別としても。

「(クレア殿と初めて対面した時から『気に入らない』とは思っていた。ま、その延長だと思えば自分への言い訳にはなる。ただ、この身の内の奥から湧き出てくる衝動のようなモノ……少し面倒くさいな。自分が自分じゃないみたいだ)」

 もし、この場にヴェーラがいたなら、アルの不愉快さには気付いていただろう。そして、アルもヴェーラと二人きりであったなら、その想いを素直に吐露していた筈。自分の感情や流儀とはまた別の衝動。そんなモノに少し戸惑っていると。

「クレア殿の目的は不明なままですが、アリエル様を始末したいという意図があるのはハッキリしているでしょう。とりあえずは、それが独立派全体に波及していないことを願うばかりというところですか」

「……独立派と言っても、父たちとルーサム家側では熱量に違いはあります。父たちの目的には王家との交渉、都貴族の排除が含まれますが、ルーサム家側はその辺りにはあまり興味がありません。彼等の優先は当然のことながら東方辺境地や大峡谷、魔族領すらも守ることです」

「アル殿の言では、今のところルーサム家の手練れはこちらの監視に徹しています。事実、クレア様の眷属である者たちがいくら死のうとも、彼等からの介入は一切なく、ラウノ……私やセシリー殿と共に虜囚の身だった者も逃げ果せたようですし……」

 ルーサム家とクレア一派との関係性などについても話は及ぶが、如何せんアリエルの持つ情報も不完全であり、参考程度にしかならない。後は、オルコット子爵領に集結しつつあるという、独立派に接触してから。独立派の首魁であるダンスタブル侯爵の下に辿り着いてからの話。

 一行の旅は続く。そして、アルは直近での襲撃の匂いは感じ取っていなかったが、道中に襲撃を受けないとまでは思っていない。それはアリエルも同じ。

 案の定、次の日から再び、襲撃者さんコンニチワ状態が続くことになる。


◆◇◆◇◆


「神子ダリル殿。少しよろしいカ?」

 ダリルを呼び止める声。抑揚は平坦で、どこか不快感を催す少し甲高い声色。ただ、そう感じるのは、彼自身が大峡谷での戦いを経験しているが故とも言える。声の主は尊敬に値する者であり、立場としてもダリルが軽々にやり取りすることが難しいほどの者でもあった。

「……ええ。どうされましか?」

「感謝ヲ。少し、クレア殿のことでお尋ねしたク……」

 ゴブリン。ダリルが大峡谷での戦いにおいて、親の顔よりも見たと言っても過言ではない邪妖精、悪しき魔物。もっとも、それは教会の定義によるものであり、東方辺境地においてゴブリンは亜人種として、ヒト族と同等以上の知能や社会性を有する存在であると認知されている。ルーサム家の私兵の中にもゴブリンは少なくない。

 そして、この度ダリルを呼び止めたゴブリンは、ぱっと見の印象はただのゴブリンではあるが、〈貴族に連なる者〉……戦う力のある者であれば、彼をただのゴブリンと思わないだろう。誤認する者は早々に死ぬだけだ。

 ルーサム家の軍団長の一人。精鋭中の精鋭。名はダーグ。ゴブリンの中でも特異なる者。

 本来、ゴブリンは生まれ付いた格……ゴブリン、ホブゴブリン、ゴブリンジェネラル等々……によって、個体として限界があると言われているのだが、ダーグはただのゴブリンとして生まれ、ただのゴブリンとして格上のゴブリンたちを凌駕してきた。

 更に、五十年で長いとされるゴブリンの寿命すら超え、齢は証言があるだけでも軽く八十を過ぎており、嘘か真か百や二百を超えるとも言われている。先々代のルーサム家当主と死闘を繰り広げた末に軍門に下ったと伝えられており、現当主の幼き日の指南役を任されるほどの信望もある。まさにゴブリン種の超越者。

「クレア殿の? 俺で答えられることなら良いのですが……?」

「神子ダリル殿。貴殿ハ……このままで良いのカ? クレア殿が貴殿に仕掛けてきているのだろウ? 我々は……ルーサム家は、貴殿を救う手立てがあル」

 ルーサム家の生きた伝説と言えるダーグ。そんな彼がダリルに問う。そして選択を迫っている。ルーサム家の手を取れと。つまりは、クレアの存在を危険視しているとも言える。そして、ダリルは救う対象だという判断がある。

「……身に余ることです。ルーサム家の軍団長ともあろう御方に、こんな俺の先行きを案じて頂けるとは……」

 少し困ったようなダリル。ダーグは察する。殊勝な言葉を口にしているが、目の前の若僧の瞳には迷いがない。他者の言葉で動くことはない。

「(若さ故の愚直さカ……だが、その意気やよシ。せめて、無駄死にさせぬように見守るしかないカ……)」

 数秒の沈黙。無言のやり取り。

 ダリルも、自身が揺らぐことがないということがダーグに伝わったことを知る。ルーサム家は、クレアを滅することはできずとも、撃退することはできるだろう。だが、そこには犠牲が伴う。自身に仕込まれたナニかについても、ルーサム家の者であれば目星が付いているのかも知れない。それでも、ダリルは彼等の手を取ることはない。

「(神子の力……女神の影響を排除するには、クレア殿の示す手しかない。俺の中の〝予感〟もソレを肯定している。女神すらもクレア殿の一手を支持している。こればっかりはルーサム家では無理だ)」

 いつの頃からか、ダリルは〝予感〟が示すものが違ってきていることに気付いた。これまでは、自身の身の安全や不利益に関してのことが多かったのだが、クレアと行動を共にする……託宣から外れるに従って、この〝予感〟は身の安全よりも別の物を優先するようになっていった。女神の意思のようなものを感じるようになっていた。〝予感〟の示す先、それは女神の願いだと察する。

 その上で、ダリルは密かに気付いてもいる。クレアの決定的な勘違いに。彼女は神々の影響から恒久的に脱することを……神殺しを望んでいるが、〝予感〟は彼女を肯定している。つまりは、女神がクレアの神殺しを願っている。

 神を排除する。女神や冥府の王からこの世界を取り戻す。ダリルからすれば、まさに大言壮語に他ならないが、クレアはソレを為す為に必要なモノを一つ一つ積み上げている。少なくとも百年以上も前から。

 クレアの前提では『神は世界の支配を望んでいる』ということだが、ダリルは『神の方こそこの世界に縛られているのでは?』という疑問を持つに至る。

 クレアと……少なくとも、女神エリノーラの望みは一致している。ダリルはそう確信している。

 超越者気取りのエルフもどきが、神々が気まぐれで生み出した哀れな亡者たちを取り込んだことで、クレアは彼ら彼女らの代弁者となった。神への憎しみがその身に渦巻いており、一連の行動は、いわば亡者たちの復讐なのだろう。

「……ダーグ殿。俺は近い内にクレア殿の操り人形となるでしょう。詳しくは明かせませんが、そこには俺の意図もあります」

「そうカ。神子ダリル殿……いや、愚かな若僧ヨ。私は其方そなたのような馬鹿は嫌いではなイ。助けが要るなら、その時は遠慮なく言エ」

 皮肉な話だ。クレアは神々を憎むが、神々はクレアを愛している。その存在、行動を肯定している。そして、それこそがダリルが付け入る隙。

「ならば今は一つだけ……もし、俺の目論見が外れて、本当にクレア殿に取り込まれた際には……速やかに殺して下さい。俺はそうなった姿を、彼女に……セシリーには見せたくない」

「……本当に馬鹿な奴ダ。だが、確かに助けると言っタ。それが其方の望む助けなら、私はそれを叶えよウ。そして、もしそうなるなら、私はルーサム家やダンスタブル家の縛りを破り、古き者としての盟約すら棄て、そのまま悪鬼クレアを殺ス。そもそも彼奴きやつを生かしておいたのが間違いのもとヨ」

 ゴブリンの戦士はダリルの望みに思わずため息を吐く。そして、クレアに対しての後悔もだ。

「ダーグ殿は過去にクレア殿と……?」

「昔の話ダ。私がルーサム家に仕えるよりもずっと前、私も彼奴もお互いに今より貧弱だった頃、考えの相違から殺し合ったことがあル。ふっ。いつの間にか大層な気配を纏うようになってはいるガ、彼奴の本質ハ、望み通りにいかずに癇癪を起こすガキと変わらン」

 ルーサム家に仕えるよりもずっと前。殺し合った。クレアは癇癪持ちのガキ。

 不穏な言葉が並ぶ。ダリルは目の前にいるダーグのことを只者ではないと知っていたが、まさかそれほどの謎を持つとは思いもしなかった。

「ルーサム家に仕える前……失礼ながら、ダーグ殿は一体……?」

「ふっ。戦士の過去を聞くのは野暮というものダ。……愚かで馬鹿な若僧ヨ。安心しロ。私が命を懸ければ……妖しげな化生の首魁と成り果てた彼奴の命にも届ク。其方は己の気の済むままに往くがいイ」

 そんな語りとダリルの疑問をその場に残し、謎多き戦士は踵を返して去っていく。その語りが嘘ではないと、若僧に証明して見せるかの如く、去り往きながらのほんの刹那、ダーグはマナを解放して見せる。

「……なッ!?

 恐らく、ダーグにとってはお遊びの範疇。しかし、それだけでダリルは十二分に理解した。彼は魔道士戦士の極み……到達点の一つだと。

 去っていくその後ろ姿は、正真正銘のゴブリンではあるが、ダリルの目には、遥か彼方に連なる霊峰のような〝巨大さ〟と手の届かない〝遠さ〟が視えた。クレアとはまた違う方向性を持った超越者の姿。