「(このまま精霊となるのか、死と闇の眷属となるのか……ふっ。どちらにせよ、俺がヒトでいられるのもそう永くはないのかもな。女神にクレア殿。それぞれが何を目的としているのかは知らんが、好きにするが良いさ。俺は馬鹿な操り人形だ。精々最期まで確かな足取りで踊ってやるよ)」

 ダリルは哀しき決意を秘め、戻れない道を唯一人で進む。

 その旅路がどこへ辿り着くのか。詳細は分からずとも、確かなことを彼は知っている。この道が、自分自身の未来へ辿り着くことはないと。


◆◇◆◇◆


「名も知らぬエイダ殿。調子はどうだ?」

「……アンタか。はっ。良い訳もない。だが、いつまでも拗ねてもいられない。私は名を取り戻してしまったからな」

 セシリーとエイダ。お互いにどこか似た空気を持った二人。かつて自暴自棄のままに出会った僅かな邂逅の際も、そして今も。

 その経緯はどうであれ、特にエイダは生きる理由……死ねない理由を持ってしまった。前を向かざるを得ない。いつまでも立ち止まってはいられない。

「そうか。……私たちはここから更に東方へ向かうことになりそうだ。王国を割る変事に関わっていく可能性が高い。エイダ殿はどうする? もう死に場所を求めるという訳でもないのだろう?」

「……聞いたよ。アンタが『託宣の神子』とやらだったんだな。あのベナークを片手間で始末したらしいじゃないか。まるで寄せ付けなかったと。はは……シグネたちが躍起になっていたのも分かろうと言うものだ」

 お互いにそれなりに素性を知った。セシリーが『託宣の神子』であることもだが、エイダがヒト族の中に生きる魔族であること、アルに手を出して返り討ちにあったこと、一族を追放された後、争乱を煽る連中に与したこと。

 ただ、あの魔人との戦いを改めて言われると、セシリーには身の内に苦いモノが拡がる。

「なぁ。アンタからすれば図々しいとは思うかも知れないが、私も同道させてもらえないか?」

「……恐らく、いや、確実に命を懸ける戦いが待っているぞ? 私には深いところまでは分からないが、名を取り戻したなら一族の下へ戻れるんじゃないのか? あの時、伝言を頼んだヴィンスという翁……その御方が一族の長なのだろう?」

「……いずれケジメとして一族の下に帰ることになるだろうが、まずは魔族領の方が先だ。それに、何よりもアンタたちには恩がある。道行きに戦いが待つという恩人を、ただ見送って、はいサヨウナラという訳にはいかない」

 エイダは語る。自分を生かした戦士たちの望み。エイダ自身が馬鹿を仕出かしたことが発端ではあったが、共に一族を出奔した者たちは魔族領へ行くことを望んでいた。

 過去に一族丸ごとが追放されて決別したという見知らぬ故郷。遠くて近い同胞たち。そんな魔族領への様々な感情が混じり合う、歪ではあるが確かな望郷の念が根底にあったからこそ。

 エイダたち自身も追放者へと堕ち、望みの糸は絡まって解けなくなってしまったが、それでも、魔族領へ辿り着くことが一つの心の支えとなっていたのも事実。

 生き永らえたエイダは、魔族領をその目に焼き付ける。遠い故郷で生きる同胞に触れる。そこに厳しい現実が待っていたとしても。それが真の戦士たる者への手向けの一つになると信じて。

 そして、それとはまた別に、命の恩人に対して何もしないという訳にもいかない。セシリーたちを護る為なら、永らえた命を惜しむことはない。

 恩人を護る為とはいえ、黄泉路を渡ればさっそくに来たのかと、向こうでカーラたちにこっぴどく叱られるだろうが……それはそれで戦士としての一つの在り方だろう。

「恩人というなら、それはアル殿だ。私は確かに治癒術を使ったが……エイダ殿を守った戦士たちへの敬意など……それどころではなかった。情けないことに、私は口ばかり達者で、あの時も自分のことばかりだ。明確にヒトを殺したのもアレが初めてで……私は、ただアル殿に言われるままに動いただけなんだ……」

 セシリーはアルに理想を語っていたが、いざとなれば訳も分からないまま、率先して一撃を加え、あまつさえそのまま敵を殺した。

 法による裁き? 生かして無力化すると豪語したのは誰だ? 敵の始末を平然と口にしたアルに対して、怒りを覚えたのはどこの誰だったのか?

 敵を生かすにせよ殺すにせよ、どちらにしても中途半端な対応だったと……振り返ってそれを自覚し、一連の行動を恥だと思う程度には、セシリーも戦う者としての気概は持ち合わせていた。

 そんな己の未熟さ、中途半端さをセシリーはエイダに語る。何故か彼女にはするすると自身の恥を晒すことができた。自然と弱音を吐く。それは似た者同士という気安さか。あるいは接点がなさ過ぎる故の気負いのなさか。

「私はエイダ殿の恩人などではない。貴女を庇い、戦い続けた戦士たちに遠く及ばない未熟者だ。エイダ殿が恩を感じるような者ではない……」

「……アンタが未熟なら猶更のこと。正直なところ、アルバート殿に私は必要ないだろう。の御仁は、ある種の完成された戦士だ。むしろ私が付き従えば足を引っ張るだけだろうさ。悪いが、私から見てもアンタには戦士として足りない部分がある。だからこそだ。私はその部分を命で補ってみせる。アンタが正道を征くなら、邪道を引き受ける。私の命を盾として使えばいい。従者とは言わない。ただの小間使いとして傍に置いてくれないか?」

 エイダは静かにセシリーの前で両膝を突く。膝立ちとなり、頭を軽く垂れて両の手の平を上に向けてセシリーへ差し出す。ヴィンス一族の命を捧げるという儀礼。

 セシリーはその儀礼の詳しい由来や意味などは知らない。ただ、彼女が己に仕えることを望んでいることは流石に分かる。そして、それを断るということが、どのような意味を持つのかも。エイダの儀礼は、捧げた命を拒絶されれば、その命を投げ捨てるという覚悟すら含んでいる。

「……戦士エイダ。私は貴女の主として相応しい者じゃない。ただ、貴女の想いを無下に断ることなどできる筈もない」

「……感謝を。この命は主たるセシリーへ捧ぐ。私はアンタを主として仰ぎ、命を剣として、盾として、アンタが歩む道の露払いをする。主より後に死ぬことはないと誓おう」

 領都とは言え辺境地。その安宿の一室で契られた主従の誓い。

 見届ける者はおらず、教会や王家、ヴィンス一族やオルコット家がその関係を承認する訳でもない。

 ただのお遊びのような儀式に過ぎない。だが、二人にとっては紛れもなく意味を持つ出来事。

 セシリーとエイダ。

 一人は神子。一人は魔族。

 己の弱さと愚かさを知る者。

 二人は征く。物語の世界を共に。

 もし、遠い未来において、神の視点で過去を振り返るとすれば、この瞬間こそが神子セシリーの転機だったと知るだろう。

 この世界はあくまで現実であり、アルが知る〝物語ゲームストーリー〟とは似て非なるもの。

 二人の神子。

 ダリルとセシリー

 アルは考えていた。この世界においての『主人公』はどちらなのかと。

 答えを知る時は徐々に近付いている。

 それはアルだけではない。多くの者が、この世界の『主人公』のことを知るだろう。

 真に託宣に示された者。主人公。光の勇者。

 世界が主人公を知る時、それが〝物語〟の終わり。