「神子セシリーですが、ある程度は女神の力を引き出したようです。もっとも、こちらの手の者はあくまで遠くから感知をしただけですが……」

「くは。順当に育っているようだな。粘っていた割には、事が起きた後はウォレス愚者との接続が切れるのが早かったから気にはなっていた。流石に、またしても小僧が出しゃばって来るとは思いもしなかったわ。……まぁ計画に支障がなければそれで良い」

 死と闇の眷属が語らう。ただし、この度の舞台は光差す邸宅の部屋の一つ。

 人外のエルフもどきは、変わらない紅き瞳の妖しさと美しさを纏うが、今はその姿を光の下に晒している。

「セシリーに魔族領の浄化をさせる……という話を進めるのか?」

 男の声。もう一人の神子であるダリル。今や女神の力を十全に操り、この世界の〝物語〟を彩る者。

「その通りだ。こそこそと隠れ潜む連中を引きずり出してもらう。それこそ、託宣に語られる神子の偉業よ。それに、今回の一件で神子セシリーは〝魔族との接点を持った〟とも言える」

「……よく分からないな。魔族との接点であれば既に俺も持っているだろうに。〝魔族と接点を持ち、百年の苦難の暗黒を王国にもたらす〟……だったか?」

 託宣。その中でも一部の者にとっては広く知られている内容。


 辺境より光の神子が二人。

 彼等は王家に連なる者との接点を持ち、いずれ王国に千年の繁栄をもたらす可能性。

 彼等は魔族に連なる者と接点を持ち、いずれ王国に百年の苦難の暗黒をもたらす可能性。

 その可能性のどちらにおいても、魔族とヒト族は相争う。

 二つは一つに。可能性は調和。調和こそが千年の先。


 よくよく考えれば、既にダリルもセシリーも、〈王家に連なる者〉とも〈魔族に連なる者〉とも接点を持っている。今さらの話だ。

 今の教会の定義によれば、女神の祝福を得ていない種族が魔族であるという。つまり、そういう意味ではクレアたちも〈魔族に連なる者〉と言えなくもない。

「その託宣はただのあらすじのようなモノだ。〈王家に連なる者〉とは、マクブライン王国の第三王子であるアダム周辺を指しており、〈魔族に連なる者〉とは、ヒト族の中で生きる融和派と呼ばれる連中のことよ。……本来であればもっと早く、それこそ学院にいる間に魔族どもと接触させるつもりだったのだがな。王国は想定していたよりも頑なに神子を閉じ込めた上に、融和派の連中も突然に結束を固めて独自に動き始めた。早々に託宣とは違う流れができてしまっていたからな」

 クレアが滔々と語る内容やその行動について、ダリルは疑問を感じている。

 彼女たちは託宣からの脱却を目指していると言いながら、託宣の流れに沿わないことに不満を持っている風でもある。

「(クレア殿は明らかに託宣を〝選んでいる〟。その先に彼女の目的があるのだろうが……碌なモノじゃないのは確実だろうな)」

「(健気なモノよ。国を割り、己の身を捨ててでも、好いた女の未来の為に命を懸ける……その姿は、まさに劇に語られる主役の振る舞いか……くくく)」

 元より、お互いに利用し合う関係ではあるが、ダリルとしてはどう足掻いても、自分がクレアの手の平の上で踊るだけなのは理解している。

 単純で強大な暴力にはじまり、組織力、計画の為に準備していた時間、持っている情報量……その全てがクレアの足元にも及ばない。

「ルーサム家はどうなんだ? クレア殿たちの思惑とはまた違うのだろう? 悪いが、俺は王国や教会に対してはともかく、まさに同胞とも言えるルーサム家と事を構える気はないからな?」

「構わんよ。神子ダリルは己の想うままの道を征くがいいさ。我々とてルーサム家修羅の者と真っ向から対立する気はない。それに、あやつ等の怒りは魔族領を穢した者どもに向かっておる。我等とは共通の敵を持つ者同士よ。ふふ。神子ダリル。決裂の末に、貴殿がワタシを滅する気になったなら、ルーサム家と手を組むのが最善だと言っておこう」

 流石に雑兵ごときに後れをとることはない。だが、数は少ないが、当主をはじめ、ルーサム家の幹部級の者たちは、その一人一人がクレアの命に届き得るほどの強者。迂闊に敵対することは避けたい……と、彼女が思うのも当然のこと。

 託宣の外にいながら、その暴力と組織力により、クレアが最も警戒しているのがルーサム家でもある。

 一方、ダリルは敵対する未来について助言を受けたが、それをそのまま素直に信じられるほどにクレアが甘くないことも知っている。

「(……女神の力を纏いながら相対してよく分かる。クレア殿はまさに超越者。ルーサム家の者たちも強大だが、それでも強者の範疇に過ぎない。彼女がその真の力とやらを発揮した時に……勝てるとは思えない)」

 クレアはにやにやと不敵な笑みを浮かべながらダリルの様子を窺っている。発する言葉とは裏腹に、何をしようとも無駄だと……彼に対して暗に突き付けている。

 雁字搦めで逃げられないのは、実のところセシリーではなくダリルの方。

 彼はクレアの目的を果たす為の道具。もはや逃げられる筈もない。そして、ダリルはそのことすら理解している。

 クレアにナニかを仕込まれた。

 いつの間にか、己の身の中に日に日に脈動して膨れ上がっていくナニかの存在を認識している。同時に、その脈動に対抗するかのように女神の力も明らかに増してきていることも。

 既に呼吸に等しいほど自然に、女神の力を制御することができており、クレアがお遊びで仕掛けてくる〝契約〟に引っ掛かることもない。

 それでも、クレアの余裕は崩れない。