「……カーラ……わ、私は……」

「ッ! 意識が戻ったか!」

 宿の一室。ビーリー子爵家の邸宅、領主館で繰り広げられた騒ぎから既に三日が経過していた。実のところ、未だにビーリー子爵は立て籠もっており、騒動は完全には沈静化していなかったりする。

 エイダへの最低限の治癒術を施し、戦士の遺体を清めた後、アルとセシリーは意識の戻らない……生死を彷徨うエイダを抱えて領主館を脱していた。途中、ヨエルと合流することになったが、当然のことながらウォレスはいない。キッチリとヨエルが始末をつけた。一応、『意識が戻った為、ある程度情報を聞き出して領主館の者に引き渡した』という白々しい言い訳をヨエルは語っていたが。

 ウォレスを亡き者にしたのは、甘ちゃんであるセシリーも流石に察し、ヨエルに対して不信感を抱くが、アルもヨエルも気にする風でもない。当たり前のことをしたまで。そんな認識。

 その後、緊急配備の敷かれた街を行く一行は、領都の聖堂騎士や治安騎士に呼び止められることもあったが、『ビーリー子爵家を囲っていた兵にやられた』と、しれっと言ってのける。全てが嘘でもない。嘘はほんの八割ほどだと、アルはまるで動じることもない。外傷はある程度塞ぎはしたが、まさに重傷者であるエイダを抱えていた為、不審の目は向けられたが潜り抜けることができた。見逃されたと言うべきか。

 ちなみに、アリエル一行は当初の予定通りに出立するつもりだったが、一連の騒ぎ……いつの間にか領主館を取り囲むように現れ、現れたのと同じくあっと言う間に消えてしまったという所属不明の兵たち。その出現と消失による混乱が街を覆う。

 当然に街は騒然となり、消えた兵を探す為、普段は緩い筈の領都への出入りがきつく制限されることとなってしまう。結果として、アリエル一行は悪目立たちせぬようにと出立を遅らせて街に留まっている状況。

 ただ、アルはエイダの目覚めを待つと決めた為、足止めされているアリエル一行と合流するのはもちろん、連絡などで接触するのも念の為に避けたままにしている。

 宿を取り、騒ぎが過ぎるのを待つこととなり、現在に至る。

 そして、そんな折にとうとうエイダの意識が戻ったという訳だ。

「……こ、ここは……? わ、私は……生きているのか?」

「ええ。かなりの深手だったが、とりあえずは命を取り留めた」

 多量の血を失いはしたが、傷自体は癒えている。セシリーの白いマナを用いた治癒術は思っていた以上に効果が高く、『神聖術』による再生魔法と見紛うほどだった。しかし、傷は癒えても、当人の意識が戻らないという状況が続いていた次第。

「……アンタは……噴水広場の?」

「名も知らぬ人。まさかこのような再会をするとはな。とにかく、貴女は三日ほど意識が戻らなかったんだ」

 未だに思考が途切れ途切れであり、夢かうつつかの区別もあやふやなエイダ。若干の気怠さと体の動かし辛さはあるが、特に痛みはない。傷が癒えていることを確認する。ただ、そもそも傷を負ったのが現実だったのかも判別が怪しいといったところ。

 しかし、いつまでも現実は待ってはくれない。残酷にも時は刻み続け、それと共に意識がはっきりしてくると当然に思い出してくる。戦いを。仲間の死を。自らが生き永らえたということを。

「傷……癒えている? ……ッ!? カーラはどこだッ!? ベナークは……ッ!? 他の皆はッ!!

「お、落ち着け! 傷は癒えたが、かなりの血を失っている。それにずっと寝たきりだったんだ。興奮するな!」

 急にベッドから起き上がろうとするエイダをセシリーが制する。しかし、エイダにとってはこれが現実だとするなら……と、焦る気持ちしかない。何故ここに私一人なのだと。

「は、離してくれッ! わ、私は行かないと……ッ!」

「落ち着けと言っているだろう! さっきも言ったが、あれからもう三日経っている!」

「み、三日だと!? じゃあ、カーラは!? ドルーにユーインたちはッ!?

 どんどんと記憶が鮮明になっていく。次はその鮮明となった記憶によって、更に混乱が加速していく。悪循環。そんなエイダを前にして、セシリーがどうしようかと悩んでいる時、彼女らの様子を見かねたのか、ノックと同時に部屋のドアがゆっくりと開く。

「……悪いね。婦女子の部屋に立ち入る失礼を許して欲しい」

 人影が二つ。アルとヨエル。

 隣の部屋で待機していたが、アルはエイダの覚醒に直ぐに気付いた。そして、目覚めた後に混乱するだろうことも。流石にセシリー一人に、興奮した元・瀕死の者を押し付けるのも悪いと思い、彼女らの部屋を訪れることに。

 アルとしては、エイダを余計に興奮させるかも知れないので、本当は控えていたかったのだが……やはりそういう訳にもいかなかった。どうしても話をする必要はある。

「お、お前は……ッ!?

 アルの姿を見れば、当然エイダにまた別の混乱が起こる。

 ベナークとの一戦を凌いだが、仲間の顛末も分からない中で、愚かな自分の決定的な過ち。その相手の登場。混乱しない訳もない。

 抑えるセシリーを撥ね退けて、ベッドから出ようと……アルから距離を取ろうとするのも無理はなかった。

 ただし、アルもいつまでもエイダの混乱に付き合ってもいられない。それ以上に優先すべきことがある。

「……鎮まれ」

「うッ!?

「……なッ!?

 明確に指向性を持った威圧。力業。臨戦態勢ならいざ知らず、戦う者であっても、無防備な状況であれば流石に通じる。巻き添えでセシリーもドキリとすることになったが。

「……アル殿。心の臓に悪い……それに彼女は目覚めたばかりなんだぞ? 本調子には遠いんだから、お手柔らかにお願いしたい……」

 恨みがましいセシリーは無視。アルの視線は真っ直ぐにエイダを捉えている。

 冷静にならないと死ぬかも知れないという、本能的なナニかもあったのだろう。威圧による一瞬の空白により、エイダも幾分かは冷静さを取り戻す。話を聞く態勢にはなっていた。

「……まず、威圧しといて何だけど、僕が貴女を傷付けることはない。とりあえず今のところはね。それは貴女を庇って黄泉路を渡った戦士たちの遺志に敬意を払ってのことだ。ヴィンス殿の一族の習わしは知らないが、僕の一族では、戦いの末に死した戦士の望みは、可能な限り尊重することになっている」

 敢えてゆっくりと説明する。その意味が浸透することによって、エイダはまた混乱……ではなく、脱力した。起き上がろうとしてベッドの上で膝立ち状態だったが、そのままへたり込む。

 改めて仲間の死を知らされた。自分を生かす為に犠牲になったことを知る。

 彼女はアルの一族の習わしを詳しくは知らないが、似たような習わしはヴィンスの一族にもある。アルの話す内容は、十分に彼女も理解できた。できてしまった。

「……そう……か。生き残ったのは……私だけか?」

「そうだ。とりあえず、周囲に生きている者はいなかった。そして、貴女には改めて謝罪を。戦士たちの亡骸を持ち出すことはできなかった。……すまない。貴女を守って散っただろう戦士の遺体は判別できる限りは清めておいた。そして、これがそれぞれの遺髪だ」

 無力感に包まれるエイダに謝罪をして、アルは上質な紙に包んだ遺髪をベッドの脇の小さな台の上に並べる。

 面長の青年のもの。長髪の少年のもの。小柄で短髪の女性のもの。髭を生やした男性のもの。最期までエイダを守ろうとした、彼女と同じく燃えるような赤毛の女性のもの。

「恐らく他にもいたんだろうけど……判別できたのはこの五名だけだった。そして、この赤毛の戦士は、命尽きた後も守護者として貴女の前で立ち続けていたよ。……できれば、それぞれの戦士の名を教えてくれないか?」

「…………」

 茫然としたままだが、それでも現実は現実。目の前の者は散っていった仲間たちを戦士として遇してくれた。ならば、エイダはそんなアルに応じなければならない。それは義務だ。一族の戦士を尊重した者を蔑ろにはできない。

 彼女は自身でも気付かぬうちに、自分を一族の者だと強く認識していた。思い出している。追放された身であり、関係を断ち切られた側。一時は自暴自棄になっていたにもかかわらず。

 仲間の亡骸への処遇について礼を述べた後、ぽつりぽつりと、エイダは少しずつ聞かれたことに答えていく。

 遺髪となった戦士やそれ以外の戦士の……仲間たちの名前。その気質。それぞれが得手としていた戦い方。魔法。普段のどうでもいいくだらないやりとり。彼ら彼女らの辿ってきた道。そして、己が巻き込んで道連れにしてしまったこと……などなど。

「……そうか。あの赤毛の戦士はカーラと言うのか。それに、ドルー、ユーイン、イラ、デール……それに、僕が気付けなかったライナックとドルゴフ。それぞれの戦士の名も覚えたよ。ちなみに、貴女の名はどうなんだ? ナイナ殿で良いのか?」

「いや……今は〝エイダ〟だ。甚だ不本意ではあるが、彼女……カーラが私をエイダと呼んだ。真の戦士がそう呼ぶなら……私は名を取り戻した。もはやナイナは死んだことになる……」

 名前の剥奪。そして名を取り戻す。

 その習わしについて、アルは深い所までは理解できない。ただ、エイダ自身が、名を取り戻すことを不服と思いつつも受け入れざるを得ない……そういう複雑な心境であることは窺えた。

「色々と思うこと、考えることもあるだろうから、今日はこれで失礼するよ。まだビーリー子爵家の騒動は終わっていないし、街も騒がしい。今後のことは嫌でも考えざるを得ないけど、騒動が下火になるか、完全に復調するまではゆっくりすればいいさ」

「感謝する。仲間のこと。私のこと。そして……すまなかった。かつての愚かな手出しのことを改めて謝罪する」

 ベッド上からではあるが、エイダは静かに頭を下げる。

 彼女も頭では理解していた。それでも、やはりアルに対して澱のように積み重なる憎悪もあったのだが……この時は己の愚かさについての謝罪がするりと出てきた。

 今やエイダの憎しみは外ではなく、己に向かうのみ。

「ま、一度はヴィンス殿の顔を立てて流したこと。今回のことだって戦士たちへの敬意としてだ。それに、こちらが貴女の友や一族の者を手に掛けたことは紛れもない事実だしね。できるなら、僕はこの度の戦士たちに敬意を払ったままでいたい。貴女を殺したくはない……そう思っていることは覚えておいて欲しい」

「……胸に刻んでおく」

 たとえ戦士たちの遺志を尊重するとは言え、害意を持って向かってくるならそれはそれ。

 殺したくはないという思いがあっても、アルは平熱のままに排除する。そこに情が介在する余地は少ない。

 決して深くは知らないにしても、エイダもアルのそんな気質を察してはいる。殺したくなくても、必要とあれば殺す者だと。

 カーラたちがその身をなげうってエイダの命を繋いだことで、彼女は安易に死の安寧へ逃げることもできなくなった。

 考えようによっては、生き永らえたことはエイダにとっての責苦。


◆◇◆◇◆


 気を張ってはいたが、当たり前に憔悴しているエイダを休ませる為、アル、セシリー、ヨエルは連れ立って部屋を出る。軋む廊下を歩きながら、部屋割りについてヨエルが申し出る。

「セシリー殿。エイダ殿も目覚めたことだし、もう一部屋借りるのはどうでしょう? アル殿もそれでよろしいでしょうか?」

「ええ。構いませんよ」

かたじけない、アル殿。流石に今のエイダ殿は少し一人にしてあげたい」

 ちなみに、現状は宿代などの費用は全てアルが支払っている。ただし、実のところ、今使っている金の出処はアリエル一行から。活動に必要だろうと、アルに預けられたものだ。にもかかわらず、その件は内緒。アルはしれっと自腹を切っている風を装って、二人に恩にきせていたりする。大雑把な割に、細々した所で抜け目がない。せせこましい。そういう姑息さもファルコナーか。

 そんなことはおくびにも出さず、一階の受付に向かいながらアルは二人に投げかける。今後のことを。

「さて、エイダ殿も目を覚めましたし……僕の我がままへの付き合いはここまでとして、御二人はどうします?」

「どのみち個人で逃げ回るなどは下策。どうせならアリエル様に後ろ盾になってもらう方が良いかと思いますが……」

「アリエルの後ろ盾があれば確かにありがたいが、結局は彼女も独立派だ。クレア殿と対立することになっても良いのかどうか……そもそも、私自身は神子だの託宣だのについて情報が乏しい。まずは適切な情報を得たいのだが……」

 ヨエルはクレアと対立することを殊更に重要視はしていない。いつぞやのアルと同じ心境。彼女が本気で動けば、抵抗の意味がないことを知っている。逆らっても無駄。だったら、好きに動くだけ。気にし過ぎると何もできない。

 ウォレスたちと行動を共にしていたことについても、セシリーに反発させるのがクレアの目的だったのではないかとヨエルは見ている。

 そう思えるほどに、あまりにもウォレスはあからさまだった。もしかすると、アレが彼の素の態度だったのかも知れないが、その差配をしたクレアには意図があった筈だとヨエルは考えている。

 また、仮にそうであるなら、こちらが次にどう動こうが、恐らくクレアはその動きに対応するだけの準備をしているだろうと……ヨエルはそこまでを想定している。

「まぁアリエル様なら、神子や託宣についてはある程度以上の情報は持っているでしょう。ただし、彼女たちについても先行きは分かりません。もしかすると、アリエル様ですら大局的な判断によって切り捨てられる可能性だってあります」

「……私がアリエルと合流することが、そのような大局的判断を招いてしまうのではないだろうか? そうであるなら……私は……」

 セシリーは『自分の存在がアリエル一行に迷惑を掛けるのではないか?』……そういう懸念が拭えない。もしそうなら、いっそ一人で……という、間違った自己犠牲を発揮しそうなほど。

 その想いをアルが知れば『悪い意味で主人公っぽい』と揶揄するかも知れない。

「とりあえず、今後についての大きな判断は保留にしても……一度アリエル様たちと接触はしてみましょうか? 場所は変えたようですが、領都に留まっているようですから」

「……重ね重ねすまない。アル殿」

 セシリーとしては、先々のことを考えると暗澹たる気持ちにはなるが、アリエルと再会できることについては単純に嬉しいとも感じている。

 彼女が自分に対して多くの秘密を持っていたとしても、友であることに変わりはない。それはダリルに対しても同じ。彼女は信じている。お互いに分かり合える日が訪れることを。

 それは箱入り故の夢見がちな甘さなのか、神子としての使命故なのか……今はまだ誰にも分からない。

「アル殿。話は少し変わりますが、我々を張っていたルーサム家の手勢はやはり音沙汰なしですか?」

「え? ……ああ、連中はこの騒動でもダンマリですね。かなりの強者たちなので、迂闊に接触はしたくないと思っていましたが……むしろ逆。こちらが接触しようとすれば引くでしょう。本当に監視だけのようです。対象がヨエル殿なのかセシリー殿なのかは分かりませんけど」

 言いながら、アルはそんな訳はないと思っている。神子セシリーの監視に決まっていると。当然ヨエルもそのように考えている。

 ルーサム家の手勢は静かに、そして確実にセシリーを視ている。

 その任務の詳しい内容までは分からないが、彼等が任務を失敗することはない。そう思わせる確かなモノを持っている。

 アルとヨエルはそれをひしひしと感じ取っていた。