
「……ごふァッ!!」
「(あれ? 手加減し過ぎたか?)」
アルの一撃により、軽鎧を装備した者とは思えないほどに軽々と吹き飛び、バウンドして地を転がるウォレス。一般的な手加減というにはかなりの痛打ではあるが、アルなりの手心を加えた形。誤算としては、ウォレスにとっては痛みが強過ぎて意識が途切れなかったこと。むしろ逆。手加減が足りなかったとも言える。脳筋仕様の手加減は普通に強打。
ただ、目論見が外れたからと言って、ウォレス相手に追撃や尋問などとのんびりもしていられない。律儀に追いかけてきた人外の兵が背後からアルに迫る。
『ガァァッッ!!』
『ゴラァァッッ!!』
振り返りもせずに、周囲に展開していた『銃弾』を一斉に発動させて使徒の特攻を跳ね返す。千切る。葬る。前の者が死んで往くのを見ながらも、後続の勢いはまるで止まらない。
「(もしかしてこいつら……僕を害することは二の次で、返り討ちにあって死ぬのが目的なんじゃないのか? あまりにも無防備に突っ込み過ぎだろ……)」
無事にというには疑問があるが、『銃弾』を掻い潜ってアルのもとへ到達した兵は三体のみ。その三体も、タイミングを合わせるなどの連携を図る様子もなく、それぞれがただただアルに突進していくだけ。
もちろん、反撃をしなければ攻撃を受けることになるが……本気で敵を害する気なら、他にもっとやりようがあるだろう……と、アルはそんなことをぼんやりと考えてしまう。
体勢を低くして、タックルのように飛び込んで来た先頭の一体の頭を蹴り上げる。人外の兵は身体ごと浮き上がるかという衝撃を受け、骨が砕けるというより首が千切れそうになって終わり。
続けて飛び掛かってきた一体。アルは身体をズラして躱し、通り過ぎるタイミングで手刀によって首を斬り飛ばす。分かり易い絶命。
最後の一体。芸もなく真正面から突っ込んで来た為、そのままアルも前進して踏み込み、カウンター気味に喉への痛烈な掌打を見舞う。結果、その衝撃で回転するほどの勢いで地に叩き付けられる人外兵。後頭部も強打し、倒れた後にはピクリとも反応しない。
三者三様ではあるが、どれも一撃一殺。攻撃はあるが防御がない。緩急のフェイントもなく猪突猛進のみ。アルからすれば殺されに来たようにしか見えない。まるで死ぬ為の儀式という印象すら抱いてしまう。
「……自殺志願な連中はともかくとして……態度はデカかった割にコッチはヌルいな。眷属の気配はビクター殿と同等かと思ったけど、実力は雲泥の差だな」
人外の兵三体を屠る間も、一撃を受けたウォレスは倒れて呻いているだけ。隙を突いての反撃はおろか、起き上がってすらこない。
ただ、これはあくまでアルとウォレスの相性の問題であり、距離を置いて魔法を撃ち合うような戦い方であれば、彼が一級の実力者であることに違いはない。現にセシリーとヨエルは、ウォレスの守りを抜くことに苦心していたほど。もっとも、ダメージを受けた後の振る舞いは、確かにビクターとは比べようもなく無様ではあるが。
第三者の乱入による動きが一段落したことを確認し、セシリーとヨエルが警戒しながら、ウォレスの件を含めてアルのもとへ近付いてくる。
「……ほ、本当にアル殿か? 一体何故ここに?」
「ご無沙汰していますね。セシリー殿にヨエル殿。……ラウノ殿は姿を消しましたか?」
「ええ。アル殿の乱入を機とみて逃げたようだ。……セシリー殿に重ねるが、どうしてここに? ウォレスを殺すなとは?」
「ええ。説明しますけど……まずはこの聖堂騎士もどきとの話が先です」
そう言いながら、アルは未だに倒れているウォレスを無感動に蹴って仰向けに転がす。
「ぐぁッ! ……き、貴様……ッ! こ、こ、こんな真似をしてタダで済むと……ッ!」
「はいはい。もういいからそう言うのは」
どうしてデカい態度で威張り散らしている奴は、同じような状況になると皆が皆同じようなことを言うのか? 無個性にもほどがある……と、本気でアルは疑問を感じていたりもする。
そんな態度のアルに……というより、いい様にあしらわれているウォレスの姿を見て、セシリーとヨエルは何とも言えない気分になる。自分たちはこんな奴に逆らえなかったのかと。
アルはそんなセシリーたちの微妙な空気もお構いなしに、ウォレスのひしゃげた胸当てを片手で掴み無理矢理に身体を引き起こす。
「……ぐッ! き、貴様ッ!」
「黙れ」
「……う……ッ!?」
骨でも折れていたのか、痛みに顔を歪めるが、彼は自身の状況がそれどころではないことをようやくに知る。臨戦態勢の気配すら感知できていなかった為、アルは意図的に威圧を使ってウォレスに自分の状況を知らしめることに。既にお前の命運が尽きかけていると通告する。
「アンタがクレア殿の眷属なのは知っている。街に展開させている兵たちは、アンタが起点となって召喚しているってこともな。とりあえず、あの兵たちを元に戻せ。影の中だったか?」
「……な、何故それを……貴様は一体……ッ!?」
ため息と共に、アルは空いた片方の手でおもむろにウォレスの手首を掴み、流れるようなスムーズさで……折る。
「がぁぁッッッ!?」
喚くウォレスなど一切考慮しない、淡々としたアルの〝お願い〟は、ウォレスが人外の兵を引くまで続く羽目になる。
もっとも、セシリーが流石に惨いとして止めに入ったり、それを更にヨエルが制するなど、ひと悶着はあったが。
「……ベナーク。本気で言っているのか?」
「何だ? 今さら怖じ気づいたのか? 既に混乱の渦中だ。街に置いている人形どもを暴れさせれば、ある程度は目を眩ませられるだろ? あとはビーリー子爵を含め、ここの連中を皆殺しにしてしまえばいい。なぁに、外の聖堂騎士だって
周囲を巻き込んで逃げる。奇しくもナイナがセシリーに忠告した通り。
「……ビーリー子爵やその取り巻きの研究者たちは、確かに私たちに負けず劣らずのクズだろうさ。だが、ここには直接の関係者じゃない連中も多いのはお前だって知っているだろ? それに、理由はどうあれ、仮にも一時の安息を提供してくれた相手だぞ? ……そこまでやるのか?」
ナイナとベナーク。
二人の間には薄らと危険な匂いが漂っている。いや、二人ではなく、一味とナイナの間というべきか。
外法の求道者の一味は、ビーリー子爵家からの脱出の為に手段を選ぶつもりはない。そして、ナイナは一味ほどに生に固執する気もなければ、流されてそこまで堕ちるつもりもない。摩耗した心……ヴィンス一族の戦士としての矜持に薄らと火が灯る。ナイナ自身の何を今さらという自嘲を含めて。
「……おいおい。ここに来てイイ子ちゃんぶるのか? お前の扱っている人形どもがどれほどの犠牲の上で造られているのか知らない訳でもないだろ? それに、お前だってその手は既に血に染まっている。少しばかり血の装飾が増えるだけだろうが? 何を躊躇う?」
外法の求道者一味としては当たり前の感覚。ベナークは反意を持つナイナのことが本気で理解できない。まさに何を今さらが彼の中にも拡がる。
無関係の者を殺すのも、抵抗する力のない者を殺すのも、外道を殺すのも、敵を殺すのも……ベナークにとって差はない。むしろ戦場においては、周囲を利用するのは自らを生かす為に当たり前のことだ。
「……そうか。私も大概の愚か者だが、そこまではできん。そこまでして生に拘る理由もない。……ふっ。ベナーク。アンタが私の終着点だったとはな」
「ナイナ、本気か?」
決裂。
身勝手な愚かさで一族の期待を裏切り、仲間を喪い、恐れにより仲間の復讐からも逃げ、見下していた相手に戦士として負け、流れ着いた先の仲間をまた裏切る。いや、相手が外道とは言え、一時の恩を受けた相手を守る為か。
「(ここだな。私はここで戦わなければ、この場を脱したとしても、本当にただのクズとして死ぬ。なら、せめてクズどもを道連れにして黄泉路を逝く。借り物の力ではあるが、最期くらいは戦士として戦って死んでやるさ。……はは。まだ私自身にもこんな望みがあろうとはな)」
静かにマナが
「バカがッ!! 人形を多少扱えるだけで俺に勝てるとでも思ってるのかッ!」
「はッ! やるだけやってやるさ……ッ!」
誰にも知られないまま、ナイナの心もまた動いていた。
◆◇◆◇◆
「……ではアル殿。あの眷属の兵たちの制御がウォレスの命と繋がっていたと?」
「本当のことは分かりませんけどね。以前にそんな事例があったから念の為です。ヨエル殿。ちなみにその時の相手はビクター殿でしたよ」
「……そうですか。確かにいつの頃からかビクター様には畏れを感じていました。何と言うか、超越者の気配のようなものを。ヒト族を辞めたのだろうとは思っていましたが……今思えば、このウォレスと同じモノだったような気もします」
ビクターの死を知らされても、ヨエルに特別な感慨はない。多少思うことはあるが、《王家の影》はそういう別れが基本であり、ビクターやクレア個人に対しても、組織の上役として以上の特別な忠誠がある訳でもない。もっとも、直接的な師弟関係にあったラウノはまた違う思いを抱くかも知れないが。
ヨエルたちのかつての上役であるビクター。その彼と同じと目されたウォレスだが、人外の兵を引き上げるという役目を終えた後、セシリーの要望もあり今度こそ意識を刈られて眠らされている。
「しかし……ビーリー子爵家の混乱はどうしましょうかね? 連中が邪法外法に手を染めていたらしいというのは僕も知っていますけど……この混乱の中で、誰がどうとか分からないですよね? このウォレスっておっさんも詳しいことを知っているか怪しいですし……」
ビーリー子爵家内の混乱の原因を聞いたアルだが、今さら『さっきのはなしで』という訳にもいかないということくらいは分かる。流石にこのまま放置してサヨウナラもできない。セシリーが考えていたように、無関係ではないが無理矢理に協力させられていた者だっているだろうと。
「とりあえず、向こうに声を掛ける必要はあるだろう。もしかすると襲われる可能性もあるが……今の私ならば邪法や外法……女神に反する力であれば感知できる。現に今も、屋敷の中で蠢いている死と闇の気配を感じる。ある程度の区別はつきそうだ」
神子として、その身に宿る女神の力を初めて真剣に引き出したことで、セシリー自身にも変化があった。アルと同じ……か、それ以上となる女神と冥府の王由来の力の感知能力。
そして、既にビーリー子爵領の領主館内では冥府の王由来の力を持つ者同士がお互いに争っているのを感知している。
「このウォレスとかいうおっさんはどうします? 連れて行くなら意識を戻しますか?」
「……見張りとして私が残りましょう。セシリー殿のお立場を保証するという書状などについても、少し聞きたいことがありますので」
ヨエルがそう申し出る。アルからすれば『私が始末するからセシリー殿を遠ざけろ』という風にしか聞こえない。もちろん、セシリーも何となしに昏いモノを察しているが……あくまでも小さな引っ掛かりのみ。ウォレスを始末するとまでは思っていない。
セシリーやダリルは辺境貴族とは言え『託宣の神子』。
良くも悪くも箱入りで育った為に、その辺りの機微には疎い。先ほどのウォレスとの戦いにおいても、何だかんだと、最後の最後には相手を殺さないようにと立ち回っていた。
ウォレスを殺されると不味いというアルの懸念は要らぬ世話だったということ。早とちりな脳筋を晒しただけ。
そもそも、東方辺境地は亜人型の魔物も多く、言葉によって意思疎通のできる者たちもいる。大森林ほど苛烈に見敵必殺という風土ではない。時には負傷した者を援ける為、ヒト族と魔物、双方の陣営で取引を持ち掛けるような場合だってあるのだ。
《王家の影》であるヨエルや、大森林での戦いが身に染みているアルには、そんな譲歩が普通という感覚はない。特にヨエルからすれば、ウォレスがクレアに通じている以上、始末する以外に道はない。
もっともクレアとしては、セシリーたちにウォレスを斃させるのがそもそもの想定だった。その際に混乱を招き、セシリーが神子として力を発揮すれば尚良しというところ。要は捨て駒に過ぎない。ウォレスであればどうせ暴走するだろうと見越していた。
〝神子の一行が東方の地にて邪法の徒を排除する〟
まさに託宣の通り。自前で邪法の徒を準備していたというだけ。むしろビーリー子爵家や外法の求道者連中の方が保険でしかなかった。
もちろん、セシリー一行やアルにそんなクレアの思惑など知る由もない。セシリーたちがウォレスから脱することすらクレアの手の平の上。
「では、混乱を収められるかは博打になりますが……乗り込みますか?」
「そうだな。早くしないと犠牲者が増える」
そして、そんな思惑はまた別として、アルとセシリーは混乱の渦中へ。