「……? ……何か?」
「なぁ。アンタは……コイツの飼い主か? この死と闇の眷属の……?」
「……ッ!?」
セシリーとナイナ。神子と魔族。糸の繋がった人形と糸の切れた人形。
まるで接点のない二人が出会う。
「……貴女は? クレア殿の手の者か?」
「クレア? 悪いが知らないな。ただ、そいつの気配を感じて、何となしに聞いただけだ」
セシリーは警戒するが、すぐに肩の力を抜く。自分に直接の害意を持つ者であれば、人外の兵が黙ってはいないだろうと。クレア側は神子にはまだ死なれては困ると……そう考えていることは、セシリー自身にも感じられていた。
そして、何より目の前に現れた女の纏う雰囲気が自分と似ていた。諦め。ナニかを手放して疲きった者のそれ。
「そうか。……彼は私の監視だ。ああ、貴女がどこの誰かは知らないが、私へ危害を加えようとしないでくれ。彼が反応する」
「……なるほど。アンタは虜囚の身という訳か。どこか似た空気を感じたのは……そういうことか……」
セシリーが感じたのと同じく、ナイナも目の前の者に自分と似た自暴自棄で投げやりな空気を感じていた。
ナイナはそっとセシリーの横に腰掛ける。だが、お互いに名乗りはしない。双方がともに『相手にはまともではない事情』があるのだろうと察していた。ただの気まぐれな出会い。それだけ。
「その監視を何とかして欲しいなら撃退するくらいはできるが……必要か?」
「ありがとう。名も知れぬ人。だが必要ない。彼は一人ではないしな。もう別に構わないんだ。……そういう貴女は私の助けを求めるか?」
「……必要ないな」
「……だろう?」
別に助けが欲しい訳じゃない。流されて、流されて、その果てまで往くだけのこと。ただ、少し話がしたくなっただけ。ほんの気まぐれだった。
「……なぁ名も知れぬ者。アンタは王都へ行くことはあるか?」
「さてな。今の状況が続けば、いずれは王都へ連れて行かれる気もしている。……誰かに伝言でもあるのか?」
「……もし、その時までアンタの命があればで良い。ラドフォード魔導学院の庭師頭の一人にヴィンスという翁がいれば……一言、『私が愚かだった』と伝えて欲しい。……いや、ただの独り言のようなものだ。忘れてくれても構わない」
「覚えていたら伝えよう」
ナイナの心残り。自分の愚かさに気付いたということを、かつての一族に伝えたかった。期待はしていない。誰かに言葉として聞いて欲しかっただけかも知れない。
聞く側のセシリーも、彼女が口にした願いが、〝そういう〟性質のものだと分かっていた。
「ああ。くだらない話を聞かせた。すまなかったな。……代わりと言っては何だが、死と闇の属性を持つ者には気を付けろ。黒いマナを操る連中にもだ。アイツ等は愚か者の集まりだ。いざとなれば、見境なく周囲を巻き込んで逃げる。……精々逃がさずに一網打尽にしてくれ」
「……そうか。参考にさせてもらう。ただ、愚かなのは死と闇の眷属に限らない。女神の徒であろうが……力在る者が理不尽に力無き者を踏みにじるということが横行している。踏みにじられる側になって……それを実感する」
名も知れぬ二人の僅かな邂逅。お互いが言葉にしたいことを口にするだけの時間。相互の理解などない。心の交流などもない。ただ、誰かと話をするだけ。
「自身が踏みにじる側にいた時は気付かなかった……か?」
「恐らくな。私に自覚はなかったが、私に踏みにじられた者からすれば、理不尽と無力を感じていただろうな」
「……名も知れぬ者。アンタのことは知らないし、こっちから話を振ってなんだが……素直にそう言えるアンタは、故意に人を踏みにじる奴ではないだろうさ。まだ私よりかは救いがある筈だ」
ナイナは静かに立ち上がる。セシリーのことをまったく知らないが、少なくとも自分のようなバカではないと感じるものがあった。せめて、彼女が虜囚の身を脱することを祈るくらいはする。
「……行くのか?」
「ああ。……アンタが、引き返せるうちに正道へ戻れることを祈っているよ。もっとも、アンタは私と違って被害者のようだからな。無事に逃れられることを祈るべきか……ではな。さらばだ」
「…………」
名も知れぬ人。ナイナが去る姿をセシリーは見送る。その後ろ姿は、死の影の抱擁を受けている。